魔物のいる生活

 


 

暗黒神ラプソーンを倒してから2週間。

ゼシカはようやく故郷の地を踏みしめようとしていた。

船の上からポルトリンクの港が見える。

この港から、冒険は始まった。

あの日から今日まで、色々な事があった。

だが思い返してみればあっという間だった気がする。

色々な人との出会い、別れ。

不思議な出来事。

死と隣り合わせの毎日。

リーザスの村にいた時とは何もかもが違った。

必死に戦って、必死に生きてきた。

悲しい事もあったが、嬉しい事もあった。

だが、そんな日々ももう終わり。

これからは、旅に出る前までの日常に戻る。

友人達もそれぞれの日常に戻って行った。

港を遠くに見ながら、様々な感情がゼシカの胸の中を駆け巡っていた。

 

船がポルトリンクの港へ着く。懐かしい風景。

平和になった故郷を見るのは久し振り―いや、生まれて初めてだ。

ここから海沿いに歩いて帰れば半日ほどでリーザス村に着くだろう。

ゼシカは自分を乗せてきてくれた船長やポルトリンクの人々と別れの挨拶を交わす。

それらを一通り済ませると、ゼシカは皆が待つ生まれ故郷に向けて歩き出した。

 

道中、それは穏やかでのんびりとした一人旅だった。

波打ち際を歩いたり、小高い丘の上で遠くの景色を眺めたり。

無邪気な年相応の少女のようにはしゃぎながら歩く。

新しい発見などは一つもなかったけれど、

ただ道を歩いているだけでこの上なく楽しかった。

そんな心の余裕、今までは持てなかった。

ゼシカは自分でも信じられないほど、浮かれていた。

そうこうしているうちに、リーザスの塔が見えてくる。

高く晴れ渡った空に、塔がそびえ立つ。

それを見て、否応無く胸が踊る。

やっと帰ってきたという実感が込み上げる。

逸る気持ちを抑えて、ゼシカは村へと急ぐ。

皆の顔が浮かぶ。母親、ポルク、マルク…

元気にしてただろうか。

そんな事を考えながら自然と笑顔がこぼれる。

故郷まであと数キロ。

 

 

 

 

 

初めは、ほんの小さな違和感だった。

だがそれは少しずつ大きくなっていく。

言い様の無い不安が胸の中を支配していく。

ただ歩いているだけなのに、何故か息苦しい。

不吉な予感がゼシカの神経を逆撫でする。

何か取り返しのつかない事が起こってるような、そんな胸騒ぎ。

その予感に突き動かされるように、村へ急ぐ。

そして村まであと数百メートルまで来た所で、

ゼシカはようやくその異変の正体に気付く。

「………っ!」

胸の奥がざわめくこの感覚。

これまでに何度も経験してきた、嫌な予感。

「まさか…」

ゼシカは次の瞬間には駆け出していた。

村の入り口に来たゼシカは、その目を疑った。

村は、魔物の巣になっていた。

「………っ」

目を覆いたくなるような光景。

見渡す限りの魔物。

村は魔物達で埋め尽くされていた。

「……」

ゼシカは声を出す事も出来ず、呆然とその様子を見る。

自分が命がけで守った世界の平和。

だが自分が留守の間に、村は魔物に支配されていたのだ。

一番守らなければいけないはずの、家族。

それを守れなかったというのか。

ゼシカはその場に倒れ込みそうな体をやっとの事で支える。

唇を噛み、後悔が胸を締め付ける。

そして今にも泣き出してしまいそうな瞳で、ゼシカは見た。

魔物達の中に、人間がいた。

それは道具屋を営むおじさんだった。

ポルクとマルクの顔も見えた。

よく見ると、他の村人達も魔物達の中にいた。

どうやら無事な人達もいるようだ。

ゼシカの胸に微かな希望の光が差す。

せめて無事な人達だけでも助けなければ―

ゼシカは村の中に足を踏み入れる。

その瞬間、

「あ!ゼシカ姉ちゃん!!」

ゼシカの姿を見つけたポルクがそう叫び、駆け寄ってきた。

そのポルクの声を聞いた魔物達が、一斉にゼシカの方へ振り返る。

そして、数十の魔物達は一瞬にしてゼシカを取り囲んだ。

ゼシカは怯む。

この数の魔物達を相手に一人で戦わなくては―

ラプソーンを倒したとは言え、自分には頼もしい仲間がいた。

一人きりで戦ってきた訳ではなかった。

だが戦わなくては。この村を自分の手で守らなくては。

ゼシカは呪文を唱えようと構える。

そんなゼシカに、魔物達は一斉に叫んだ。

「ゼシカさん!おかえりなさい!!!」

呆気に取られるゼシカ。

「は…?」

そして1匹のスライムが、ポルクの頭の上に乗った。

「は…???」

「わー、ゼシカさんだー!本物だー!」

スライムはゼシカを見て嬉しそうにはしゃいだ。

「はぁ???」

 

 

 

 

ポルクに事情を聞く。

どうやら、ゼシカがラプソーンを倒した2日後、

村に魔物が大挙して押し寄せてきたらしい。

魔物達は、ゼシカに会わせてくれと要求してきた。

初めは村人も当然のように魔物を恐れていた。

だが、魔物達は人々を襲う事もなく、

むしろ友好的に村に溶け込んでいった。

そんな魔物達に戸惑いながら、

村人は次第に彼らを受け入れていくようになっていった。

「村の人達は皆魔物と仲良しだ」とポルクは言う。

だがそれはゼシカにはにわかには信じ難い事だった。

しかし魔物達は確かに村人に溶け込んでいた。

目の前の光景に戸惑うゼシカ。

「と、とりあえずお母さんに会ってくるわ!」

ゼシカは荷物をポルクに預けると、すぐに走り出した。

 

家に駆け込むゼシカ。

すぐに母親の部屋に向かう。

母のアローザはソファに寝そべり、マッサージを受けていた。

そのマッサージをしていたのは、なんとスライムナイトだった。

しかもアローザはスライムナイトが乗っているスライムを枕代わりにしていた。

ゼシカに気付くアローザ。

「あら、ゼシカちゃん。おかえりなさい」

「お、お母さん!なんなの、この有様は!」

「有様?」

「なんでこの村、魔物だらけになってるのよ!」

それを聞いたアローザはころころと、楽しげに笑う。

「あら、やっぱりビックリした?」

「す、するわよ!当然でしょ!」

「でも、心配しなくてもいいのよゼシカちゃん。実はね…」

アローザはそう言うと、得意気に話し始めた。

 

アローザの話が終わる。

アローザの言う事はほとんどポルクと同じ事だった。

しかも魔物はとても村の役に立っていると言う。

「この子なんて、マッサージ上手なのよ〜。お母さん、最近腰が痛くて…」

スライムナイトは照れたように頭をかく。

「で、でも魔物なのよ?いつ危害を加えてくるか分からないじゃないっ」

「ん〜、それは大丈夫だと思うわよ?」

「なんでよっ」

「教会の神父様が言ってたんだけどね、村にいる魔物達には邪気がないんですって」

「邪気が…ない?」

「そう。今までの魔物達とは違って邪悪なモノが感じられないんですって」

「………」

確かに、それはゼシカも感じていた。

村にいる魔物達は、今までのような殺気立った雰囲気が全くなかった。

「つまり人を襲うような凶暴な存在ではないって事よ」

「そ、そんな事…信じろって言うの?」

「それに魔物達が来て10日くらい経つけど、変ないざこざなんて一つも起こってないのよ?

 色々とコキ使ってるのに文句一つ言わず素直に働くし」

「そ、そんなの猫被ってるだけかもしれないじゃない!何か目的があるのかもしれないわっ」

「魔物ってそんなに頭良いかしら?」

「え?」

「そりゃあ1匹や2匹は頭の良いのもいるかもしれないけど、あれだけの数の魔物全部が猫被って悪巧みしてるなんて考えられないわ」

「……」

確かにそうだ。

スライム、ドラキー、くしざしツインズ、いたずらもぐら、スライムナイト…

村にいた魔物達の中に強い魔物はいなかった。

魔物は基本的に強さと知能が比例する。

弱い魔物は知能も低い。

村にいたあの魔物達が人を欺くなんて真似出来るとは思えなかった。

何か悪さするとしても、せいぜい物陰から人を襲うくらいだろう。

だが、これまでそんな事はないと言う。

ゼシカはますます混乱した。

本当に人と魔物が一緒に暮らしているのだろうか。

それはゼシカにとっては常識外の出来事だった。

ゼシカは立ち上がり言った。

「ほ、他の人達にも話聞いてくるわ!」

「いってらっしゃ〜い」

 

ゼシカは村人達に話を聞いて回った。

だがどの村人も言う事は同じだった。

魔物を怖がるどころか、歓迎し感謝する人までいた。

家に戻るゼシカ。

アローザがゼシカに尋ねる。

「どう?信じた?」

「……し、信じないっ」

苦々しそうにゼシカは呟いた。

そんなゼシカを見てアローザは溜息をつく。

「じゃあどうすれば信用するのよ」

「ど、どうすればって…」

「実際に魔物が役に立ってる所を見れば信用する?」

「う……、た、多分」

「ふぅ、相変わらず強情なんだから」

「う、うるさいわねっ」

 

 

家の外に出るとさっそくスライムがいた。

子供の遊び相手になっているようだ。

その子供はとても楽しそうにスライムと遊んでいる。

身体能力の高くないスライムは、子供の良い遊び相手になるようだ。

「ほら、とても楽しそうでしょ?」

「子供同士で遊んでいればいいでしょ。なんでわざわざスライムなのよ」

子供の母親が不安そうな顔でゼシカに話しかける。

「ゼ、ゼシカ様…スライムを追い出すんですか…?」

「私はそうしたいけど」

「……そ、そうですか…」

母親は落胆したように肩を落とす。

そしてゼシカに懇願の眼差しを向ける。

「ゼシカ様…」

「なに?」

「あ、あのスライムは…その…えっと…」

「なにかしら?」

「あ、あの子、スライムと遊ぶようになってから、ほうれん草が食べられるようになったんです!」

「……それ、スライムと関係なくない?」

「あと、足し算が出来るようになりました!」

「だからそれスライム関係ない…」

「字も読めるようになったし、風邪もひかなくなったし…この間なんて初めておつかいに行けたんです!」

「だからそれ、スライムと全然関係ないじゃない」

「やっと…やっと友達が出来たんですっ」

「……え?」

「この村にはあの子と同じ年の子供なんていないから、あの子は年上の子達と遊ぶしかなかったんです」

「………」

「あのスライムはあの子にとって初めての友達なんです…。だから…一緒にいさせてあげたいんです…っ」

「………」

「あんなに楽しそうに遊ぶあの子の顔見るのは初めてなんです…」

それは母親の切実な願いだった。

そう言われてしまってはゼシカは何も言えなかった。

「ゼシカ様…ダメでしょうか…?」

「うっ……」

「ゼシカ様…」

「と、とりあえず他を見てくるわっ」

居たたまれなくなり、ゼシカはその場を後にする。

背中に子供の楽しそうな笑い声が聞こえた。

 

 

次に会ったのはホイミスライムだった。

「この子は良いわよ〜。怪我をしたらホイミをかけてくれるわ」

「ふ〜ん、ホイミねぇ。薬草でいいじゃない」

「薬草だとわざわざ買わなくちゃいけないでしょ」

「じゃあ道具屋は商売あがったりね」

「うっ…そ、それは…」

ホイミスライムはふわふわとゼシカに近づき、ホイミを唱えた。

だが、ゼシカは怪我をしていなかったので意味がなかった。

ホイミスライムはそんな事も意に介さない様子で、

満足そうな顔をしてふわふわとどこかへ行ってしまった。

辺りを漂うホイミスライム。

時々、立ち止まり誰彼構わずホイミをかけていく。

だが皆怪我をしていないので意味がない。

だがホイミスライムはとても満足そうだ。

彼はただ単にホイミを唱えるのが好きなようだ。

そんなマイペースなホイミスライムを二人はしばらく見ていた。

そしてアローザが言う。

「どう?可愛いでしょ?」

「うん」

ゼシカは思わず頷いてしまう。

母はそれを聞いてニヤリと笑う。

「…あっ、そ、その…違うわよ!別に可愛くなんか…!」

「まぁ。ゼシカちゃんったら、ツンデレみたい」

「は……?ツン…デレ…?何それ」

「気にしないで」

「え?う、うん…」

 

 

「じゃあ次からは本気を出すわよ」

「本気?」

「見て!おおきづちよ!」

おおきづちは薪割りをしていた。

村中の薪を割ってくれているらしい。

「この子がいれば薪割りをする必要がなくなるわ」

それは助かる。

薪割りは大の男でも重労働だ。

 

「そしてさまようよろい!」

さまようよろいは両手にバケツを持っていた。

「なんと水汲みをしてくれるのよ!」

毎日の水汲みは大変だ。

水汲みのせいで腰を悪くする人は後を絶たない。

 

「そして最後にメラゴースト!」

メラゴーストは自分の火を薪にくべていた。

「今まで苦労して火を起こしていたけど、その必要がなくなるわ!」

 

 

おおきづち、メラゴースト、さまようよろい…

ここに来てゼシカは困ってしまった。

何が困るって、この子達は本気で役に立っているのだ。

元々それほど村人の多くないこの村で、労働力はとても貴重だ。

魔物とは言え、労働力になってくれるのなら大助かりだ。

これでは追い出すなんて事、とてもじゃないけど言えなくなってしまう。

 

ゼシカが悩んでいると、ドラキーがゼシカにまとわりついてきた。

ドラキーはさすがに役に立たないだろう。

「ドラキーはどう役に立ってるの?」

「ドラキーは…えっと…えっと…」

「ほら、何もないでしょ」

「か、可愛いわ!」

「は…?」

「ドラキーはとても可愛いわっ」

「はぁ?」

「こんなに可愛いのよ!どう?すごいでしょ!」

「そんなの役に立ってるとは言えないわ!」

「でもこのドラキーの愛らしさで人々は皆癒されるのよ!」

魔物の可愛さなんて役に立たないのをゼシカは知っていた。

可愛さで人を油断させて近づき、危害を加える魔物も多い。

だが、危害を加える心配がないのであれば、何も問題はないのかもしれない。

「可愛いだけなら猫とか犬でいいじゃない」

「でも実際可愛いと思うでしょ!?どう!?」

「わ、私はさっきのホイミスライムの方が…」

「へ〜?」

しまった、という顔をするゼシカ。

「だ、だから勘違いしないでっ」

「出たツンデレ」

「な、…ツンデレって何よっ」

「まぁまぁ、気にしない気にしない」

「え、う、うん…」

 

 

一通り村中を回り、ゼシカ達は池のほとりに戻ってきた。

ゼシカはまだ難しい顔をしていた。

そんなゼシカを見て、アローザは呆れたように言う。

「もう、何が不満なのよ」

「………っ」

実の所、不満なんてなかった。

確かに村の役に立っている魔物もいたし、村人も歓迎している。

最早、ゼシカ一人の反対によって追い出すなんて事は出来なかった。

それでも簡単には認めるのはプライドと今までの経験が許さなかった。

「皆あなたに会いに来たのよ?それを邪険に扱うの?」

「う…っ」

それを言われると弱かった。

ゼシカだって鬼ではない。

追い詰めらるゼシカ。

「で、でも今まで人間を襲っていた魔物と今更仲良くするなんて…」

「この子達は魔王に操られていただけなんでしょ?この子達に罪はないじゃない」

「で、でも…」

「もう、本当に強情なんだから」

もうどれだけ考えてもゼシカに勝ち目はなかった。

「わ、わかったわよ!好きにすればいいでしょ!」

それを聞いて村人から歓声が上がる。

魔物も嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。

「なによ、私だけが悪者みたいじゃないっ」

「そんな事ないわよ、むしろゼシカのおかげなんだから」

「え?」

「ゼシカのおかげでこんなに平和になったんじゃない」

「お母さん…」

「おかえりなさい、ゼシカ。よく頑張ったわね。ありがとう」

「……っ」

そう言われて、ゼシカの瞳に涙が浮かぶ。

不意打ちのような一言に涙腺が決壊してしまった。

ゼシカは慌てて涙を拭く。

「あらあら、ゼシカちゃんったら…」

「…す、少しでも村人に迷惑かけたら魔物全部追い出すからね!」

「ツンデレみたい!」

「だ、だからツンデレってなによっ」

「気にしないで」

 

 

村に魔物達のいる生活。

そんな想像もつかない日々が、始まった。

 


 

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