確かめに行こう

 


 

そして、私はあれから500年後の地球に降り立った。

 

もうこの時代にはタツヤはいない。

あれから500年という、気の遠くなるような時間が、

地球を、そして月をどう変えたのか。

タツヤが残した「現在」を確かめるべく、私は今ここにいる。

 

地球の研究者と対面する。

彼はタツヤの子孫だと言う。

彼は緊張した面持ちで、私に話しかけた。

「シンシアさんはアサギリタツヤとは知り合いだったのですよね?」

「ええ、私はタツヤの…」

恋人よ、と言いかけて、やめた。

さすがに500年も前の人間を恋人と言うのは憚れる。

それにタツヤにも家庭があったのだ。

私がそんな事を言っては彼の奥さんだった人に悪い。

「まぁ、ちょっとした知り合いだったの」

「そうなんですか。やはり…」

それから私は彼から色々な事を聞いた。

タツヤが残してきた功績は想像以上に大きな物だった。

ターミナルの存在を公にし、技術を大きく躍進させた。

多くの敵を作り、同時に多くの仲間を作った。

そして、死ぬ間際までターミナルについての研究に携わったという。

500年も先の時代に名が残っているという事実だけでも、大したものだ。

タツヤの功績のおかげで、人類は数百年分の技術を取り戻した、

というのが現在の地球での彼の評価だという。

 

 

「ところで、タツヤの子孫ってあなたの他にもいるの?」

話題は次第に他愛のない事に移っていき、私は何気なくそう訊ねた。

「えぇ。直系の子孫だけでも相当の数がいます」

「そうなんだ」

「彼は子沢山でしたから」

「そっか、じゃあタツヤは幸せな人生を送ったんだね」

そう言った瞬間、心の中を爽やかな風が通り抜けていくのが分かった。

胸のつかえが取れていくような感覚。

そして、私はそれでようやく分かった。

私は実の所、それが一番知りたかったのだ。

タツヤが幸せな人生を送れたのか。

それが気がかりだった。

あの後、タツヤが私に縛られてずっと独りだったりしたら、きっと後悔していた。

心の底から、良かったと思えた。

それは自分でも不思議なくらい穏やかな気持ちだった。

ちょっとくらい妬いてしまうかと思っていたのに。

 

「ねぇねぇ、そういえば私の伝承って、他にどんなのが伝わってるの?」

「え…!?い、いえ…その…」

「??」

なぜだか分からないが、彼の態度が急変した。

目が泳ぎ、額から汗が噴き出ている。

まるで聞かれたくない事を聞かれた子供のようだった。

そして、彼は実に申し訳なさそうな口調で言った。

「あ、あの…その…」

「うん」

「いずれ分かる事だと思うので…その、言いますけど…怒らないでくださいね…」

「うん?」

「い、言っておきますけど、あくまで伝承ですからね?」

「えぇ…」

あまり良い内容ではないのかもしれない。

私は若干緊張し、話の続きを促した。

「そ…その…『ターミナルにはやせ我慢の得意な強情っぱりな女がいる』…と」

「……は?」

私は耳を疑った。

「で、ですから、別に私が言った訳ではなく…、あくまで伝承でして…!」

「な……なっ…」

「あ、あの…その…」

「ほ、他には…?」

「えっ?」

「他にはどんな伝承が残っているの?」

「え…えぇっと…」

「気にしなくていいから。教えて」

「い、犬が苦手…とか…」

「!!」

「あと…こんな写真とか…」

「!!!!」

その写真は、別れる前日の夜にタツヤの部屋で取った写真だった。

私がタツヤの頬にキスをしている。すっかり忘れていた。

「こ、こ、こ、こ、この写真は…今の時代の人は皆知ってるのかしら…?」

「えぇっと…その…まぁ、大体の人は…」

「そ、そ、その伝承を…残したのは…タツヤ…よね…?」

私は握りしめた拳を震わせながら、聞いた。

「えぇ…まぁ…そうですね…」

「………タ、タツヤの奴〜〜!!」

 

顔が熱い。

ターミナルに帰りたい。

あと500年くらい眠っていたい。

こんな恥ずかしい思い、生まれて初めてかもしれない。

沸々と怒りが湧いてくる。

その矛先は、もちろんタツヤだ。

「そんなくだらない事を伝承に残すなんて…っ」

タツヤの顔を思い出す。

「ほんと……バカ…」

そう呟いた瞬間、視界が滲んだ。

「え…?」

気付くと、涙が零れていた。

一瞬、その涙がどこから来たものなのか、分からなかった。

これは何の涙なんだろう…

今までに流した事のない種類の涙に戸惑う。

悲しい訳じゃない。辛い訳じゃない。

それならば、この涙は一体…

そして、気付いた。

「そっか…」

渡されたハンカチで涙を拭う。

だが涙はとめどなく溢れてくる。

「私、嬉しいんだ…」

タツヤが残してくれた伝承。

それは伝承と呼ぶには他の伝承に申し訳ないくらいバカバカしい内容だけど。

でも、それはタツヤが私の事を忘れずにいてくれた証だった。

今、これ以上ない喜びに胸が震えていた。

「シ、シンシアさん…?」

「ううん、なんでもないの」

 

空を見上げる。

500年前と変わらない地球の空の色。

タツヤと一緒に見上げた、空。

私は立ち上がる。

 

さぁ、確かめに行こう。

タツヤが繋いできたこの未来が、どんな時代か。

 


 

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