ヤンゴン Rangoon, BURMA




私はずっと、ミャンマー陸路入出国の完全観光を目指していた。

ロンプラに、
「コートーン(ミャンマー最南端)から行ける」
と書いてあったので、
ミャンマービザを取ってタイ南部を目指した。

町でいろいろ聞いてみたけど、
残念ながら、コートーンからの陸路ヤンゴン行きは無理だった。
このとき、船や飛行機の値段をチェック、
コートーン → ヤンゴン のフライトは、
ミャンマー人 4000k(チャット)くらい、
外国人は 100ドル近かった (1000k = 1ドルくらい)。

人も天気も何もかも、
私にとってのミャンマー最初の地コートーンの印象は、
決していいものじゃなかった。


結局、バンコクからヤンゴンへ飛んだ。


ビザは1ヶ月だったけど、用事があったため半月の滞在、
自身の事情なので仕方ないんだけど、とても慌しい旅になった。

最初の印象がイマイチだったこと、
のんびりダラダラできない短い旅行期間、
私のテンションは低かった。

ヤンゴンの空港では、
1000円もしないようなシルバーの指輪まで申告させられた。
こんなのは初めてだった。



ヤンゴン中心部。男性も女性も、ロンジーと呼ばれるスカート状の布を穿く。 奥に見える金色の建物はパゴダ(仏塔)。仏教は人々の生活の大きな部分を占めているように感じた。 映画館に貼ってあったポスター。尼さんが中心にいる。お坊さん尼さんは、ミャンマーでは日常の一部。 テレビでは、寺の説法や読経を流す番組をやっていて、多くの人がその番組をつけている。
サイカー。キレイに手入れしてる。この手の写真、他国では多くの場合、運転手は居眠中、ミャンマーでは漫画熟読中。 花を売る少女。仏像に飾ったり、車に飾ったり。
ジャスミン?どれもみずみずしく、香りのいいものも多い。 ヒモに通した花は、これらや左の写真のものが主流だった。




雨季の終わりの、どんよりとスッキリしない空と
突然くる、ものすごい雨。

目に付く立派な建物は寺。キンキラで、数も多い。
このころすでに、派手な寺は食傷気味だった私。
美しく映えるはずの青空もない。

多くの途上国では、
外売りや屋台、食堂、と
庶民が食べるものには活気があったけど、
ここは、首都のわりに、そうした外食系が極端に少ない。
道端で売られている食べ物は、
パキスタンでイヤってほど見て、
胸焼けしそうな揚げ物ばっかり。
種類も多くない。

ここには、ふつう、私をワクワクさせるはずのものがない。
写真は極端に少ない。


でも、このミャンマー、私の興味をとっても引いた。

私が興味を持ったのは、寺でも食べ物でもなく、人。

よく、旅行者が『ミャンマーは人がいい』って言うけど、
私自身は、ミャンマー人が特別、人がいいとは思わなかった。
もちろん、みんな親切でやさしいんだけど、
これは、ミャンマーに限ったことじゃなく
観光客が来ない、それでいて
共同体がしっかりあるようなところでは、
人はとても親切でやさしい。

私がものすごく興味を持ったのは、
そこに「人間の生活」があったから。


休みは祭りのあるときだけ。
土曜も日曜もなく毎日働き、
月給は8ドル前後。

8ドルするかしないかの安いシルバーの指輪すら、
ミャンマー人の役人から見ると申告対象になるのが、
こうした事情を知るにつれて、理解できてきた。

ふつう、物価に反比例して、人々の生活は動物的なんだけど、
このミャンマーは、物価は恐ろしく安いのに、
きちんとした人間の生活があった。

この先の持ってき方次第ではあるけど、
うまく軟着陸させて軌道に乗せたら、
間違いなく、東南アジアで一番の経済国になる。
タイやマレーシアやベトナムは、
あっという間に追い越されちゃいそう。
それだけの基本・基礎を人々が持っている、
これがとにかく、興味深い点だった。

私が製造業の経営者で、
海外に1つだけ工場を作るなら、
間違いなくミャンマー。
もちろん、政情その他の要素を加味しない、
労働力としての人の質だけからの観点だけど。




ヤンゴンのマーケット周辺。みんなロンジー姿、きれいにしている。
雨季だったので激しい夕立が何度もあったけど、ミャンマーではみんなちゃんとした傘を持っていて、雨が降るとさす。 日本のように、雨が降ると傘をさす&ちゃんとした傘を持つ、っていうのは、東南アジアではあんまり普通じゃない。
ミャンマーの警察。
どこの警察にも出てる、この May I help you の文字、見るたびに、妙な脱力感を感じてしまった私。
露店の女性。頬にタナカと呼ばれる白いお化粧。ミャンマーでは、女性や子供はみんな、このタナカをしている。 売っているのは、タイでもよく目にする、葉っぱに包んだモチ米で作ったお菓子。 こちらは、東南アジアからパキスタンまで広範囲で、よく見かけた揚げ物。 でも、売ってるこのおじさんの雰囲気と合わせて、どうしてもパキスタンを思い出してしまう私。
ヤンゴンで強烈な私のお気に入りだったのがこれ。なんとゼイタクにも、素焼きの壷に入ったヨーグルト( 190Kくらい? )。ホント美味。 これはスーパーマーケットで売ってた物なので、ミャンマー人一般からするとそうとう高価な品だと思う。 ミャンマーでは、手作り製品より工場製品のほうが高い。 ミャンマー(ビルマ)といえば、やっぱ宝石。マーケットの宝飾屋で。 外国人でも目利きだと、いいモノ見つけて買えるんだろうな。




発展途上国を旅していると
「子供のころの日本はこうじゃなかった」
ってよく思った。

私の子供のころは、高度成長期だったけど
もっと前に建てられた建物は、たくさんあった。
建物のドアや窓、鍵はちゃんと閉まったし
壊れたら、みんなちゃんと直した。
きれいに掃除していたし、使用に支障はなかった。

多くの発展途上国には、そうしたものがなかった。

ミャンマーにはそれがあった。


バングラディシュやパキスタンでは、
人が住んでいるにもかかわらず、
イギリス時代の建物は、無残な廃墟のようだった。
中国も、故宮や租界時代をはじめ
人民中国以前の建物は、無残だった。

ミャンマーには、
手入れをして大事に使う、
という高度な人間生活があった。

強烈な雨、強い日差し、高い湿度。
ひとたび雨が降れば、
街中の道は、腿の辺りまで水につかる。
舗装もあまりされていない埃っぽい道。
決して保存に恵まれた環境ではないけど、
みんな丁寧に使っていた。

日本で走っていた路線バスや観光バスが、
今、ミャンマーで走っているけど、
それは大事にされている。

あれだけ埃っぽい国で、
満員、窓全開で
日々走っているにもかかわらず、
車内は、とてもきれいに掃除されている。


発展途上国では、
車や電化製品など、
日本で使われていた日本製品の
第二の人生を見ることが少なくないけど、
劣悪な環境でも、黙々と動き続ける姿に、
いろんなことを思った。

中古日本製品は、
どの国でも大事にはされているけど、
その国の人々の水準によって、
日本人から見ると、その大事にされ方は大きく違う。

ミャンマーに来て、大事にされて、
人々の生活の役に立ってるバスは、
そうした第二の人生を送る日本製品の中では
特別の幸せものだな、って思った。



これも右の写真も、たぶんイギリス時代の建物。 パキスタンの廃屋状態を見慣れた後だと、本当に驚く。いい状態で維持されてる。
「後のり」の文字もそのままに、ミャンマーでがんばる日本のバス。どこのだろ? 白に緑のラインの都バスも、相当がんばってる。埃だらけ、橋のない川は渡河、などなどの悪環境からは考えられないほど、丁寧に掃除・維持されてる。 これ、かわいくてお気に入りだった路線バス。ソ連製?いつの時代のものだろ。
どのバスの車内も、こうやって、仏像と道中の安全を祈って葉っぱが飾られている。 木生り完熟バナナ。モンキーバナナより大きくて、ぱっつんぱっつんに身が入ってるバナナ。 バナナは好きじゃないんだけど、東南アジアで食べると、全然別モノの美味しさ。


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