1999年10月19日『中日新聞』夕刊より

モンゴメリのレシピ
奥田実紀
『赤毛のアン』の作者・モンゴメリは料理の達人だった。
『赤毛のアン』をはじめとする多くの小説を書き残したルーシー=モード=モンゴメリは、私生活でも、二人の子供の子育て、夫が牧師で二つの教会を受け持っていたこともあり牧師夫人として教会の行事や接待にもかかわるなど、目が回るほど忙しかった。エネルギーにあふれたモンゴメリはそれらを器用にこなしていくが、どうしても家政婦を雇う必要はあった。もともと彼女は料理をするのが大好きで、家政婦が休暇を取っている間は、思う存分、料理を楽しんだという。「もし私が作家という憐れな職業でなかったら、すばらしい料理人になっていただろう」と、自分で言うほど、腕にはかなり自信があったようだ。
 感謝祭の時、鴨料理を作ったモンゴメリは、日記にこう記している。「私の料理の腕は衰えていなかった――スチュアート(息子)が幸せそうにこう言ってくれたから――“ママ、ママみたいに肉汁を作れる人は誰もいないよ”“ママ、どうして毎日料理をしないの?”と。もちろん、私は料理が大好きだし、時間があれば料理をしたいのだ」
 モンゴメリの家系(母方・父方とも)の女性たちはみな料理の才能を持っていて、おいしい料理のレシピも代々受け継がれてきた。もちろん、モンゴメリ自身も、たくさんのレシピを書き写したレシピ帳を持っている。彼女の手書きのレシピ帳が、今でも一族の間で大切に保存され、活用されているという。レシピ数は四百種以上もあり、その中から選ばれた約九十種が『Aunt Maud's Recipe Book』として出版され、邦訳版がもうすぐ東洋書林より刊行される。
 レモンパイ、アップルソースケーキ、クリスマスケーキ、クランベリーゼリーのサラダ、たんぽぽワイン、コーンブレッド、チキンキャセロール、子羊肉のシチュー、スイカの皮のピクルス、プディングにマフィン、クッキー、アイスクリーム、サラダなどなど。
『赤毛のアン』の中に登場する料理も見受けられる。特に印象が強いのは、息子のスチュアートが亡くなる寸前まで恋しがった“モックチェリーパイ(まがいチェリーパイ)だ。これはチェリーが入っていないにもかかわらず、チェリーの味をクランベリーとレーズンで代用して出すという工夫がなされたパイで、そのおいしさは格別だったらしい。また、日記にもレシピを書き残したほどお気に入りの“ニュームーンプディング”は親戚の家で出されたデザートで、レモン風味がきいた大人の味だ。モンゴメリはレモンの風味が大好きで、デザート類にはほとんどレモンが登場している。
 これらは、アンの作者が愛用したレシピというだけにとどまらず、当時の生活の習慣や知恵――一種の歴史を物語っている。ローストグースのレシピで、モンゴメリは鵞鳥一羽の解体の仕方まで詳細に書き込んでいる。狩猟したか、丸ごと購入して自宅で下準備をしていたことがうかがえる。肉は酢漬けや塩漬けにされて長期間保存できるようにしていた。料理に使用する油脂は、もちろん動物の脂である。豊かとはいえない時代だったので、材料はいたってシンプル、調味料を除くと、小麦粉、バター、牛乳、卵。どれも自分の農場から調達、自家製チーズ作りの工程でできるミルクの名前がいくつも出てくるなど、珍しい材料も多い。野菜や果物も畑や果樹園から収穫するので買う必要はない。手に入らない材料の代用――“モックチキン”はチキンの代わりに豚肉を使っており、豚肉は鴨肉の代わりにも使われている。冷蔵庫がないので、氷は涼しくて暗い場所に氷室を作り、おがくずをかけて保存した。このような、一八〇〇年代後半から一九〇〇年代初めの、自給自足の様子が垣間見られるのである。ひとつの料理から知り得ることがこうもたくさんあるとは、大変に興味深い。
 また、レシピがあることで、モンゴメリが味わったおいしい料理を、私たちが作り、分かち合うことができることは、何よりの財産である。世界的に有名な作家としてのモンゴメリは遠い存在かもしれないが“おいしいものを作るのも食べるのも大好き”だった、料理の名人・モンゴメリはとても身近で、親しい存在に感じられる。