手作り家具工房  WWBU

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Ω  3メートルのテーブル ('17/09/18)

 

 地元の工務店さんの依頼でスギの大きなテーブルを作っています。元はご神木でその後依頼先企業さんの所縁のお蕎麦屋さんで長く使われててきた厚板を2枚に割ったものを甲板に使って欲しいとの内容で今回の完成寸法は2900×1200×700で同じものを2台納めます。まずこちらで用意した芯去りのスギの角材で脚を作るのに1週間、普通ならまず甲板を接いだ後で養生の時間に脚の用意に入るのですがこのサイズの板を隙間が空くことなくに接合するのはレベルを確かめやすい脚台があった方が有利かなと考えて脚台先行です。4枚ある板の厚みは多少ばらつきがあって60平均ですが一枚は70近くあってしかもうち2枚は150×600程度の欠き落ち部があるのでそれも似たような板で補填継ぎする必要があります。明日からいよいよその甲板の加工に入るところでまあどう仕上がるかお楽しみです。

 ちなみに塗装にはこの頃よく耳にするガラス塗料というのを使います。個人的には年を重ねてオイルで磨きをかける木の質感の変化に好意を寄せているので普段この手の一度固まると浸透しない塗料を使うことはないのですがこのテーブルは社員食堂で使われるそうなのでメンテ優先と柔らかな生地の硬化のため普通のオイルでは役不足ないかと思いはじめはウレタンを想定していたのですが全面自然な風合いを生かした木造の空間に余りテカリのきついものも不似合いかなと再度考えなおしました。まだ新しい商品なので仕方ないところはあるにしろ実感としては高価ですね。問合せしてみたところオイルの上にも塗れるとのことでそれがどのレベルで本当かどうか、期待するほどの効果に見合う仕上がりかも含め端材でいろいろ実験してみます。

 

Ω  キャビネット2台 ('17/09/03)

 

 キャビネットを柔らかなスギ材で作るのは久しぶりでしかも板組という仕様なのであられで組むのが一番強いのかなとも考えましたが台輪もない作りなのでそれもどうかと思い幸い厚みが40近くあるので結局15oのホゾを片側4枚で組むことにしました。その方がすっきり見えますし。軟材ですと大きなパネルソーや横切り機があると簡単に済む仕事もうちでは少し厄介で特に杉は木口を鉋がけするにも刃を出し気味にすると細かな欠けがすぐに出るので結構神経使うことも多いです。甲板は天然赤マツの節あり材ですがこちらの方が断然加工が楽です。その節も大きなものでも水で濡らしながらだと機械カンナにかけてもしっかり形を崩しませんし仮に逆目掘れしてもあとで手鉋で修正がきくほど浅く身がしっかりしてます。これはこのまま無塗装でお使いになるそうです。きれいな板ですからそれも面白いかもしれませんね。

 こちらはシリーズでやっているお寺さんの納め物で生花をこの上で切り揃えたりする作業台になります。右側は棚のある収納、左にはごみ箱が入り廃棄物がすぐに隠せてすっきりできるようなプランです。この甲板と引出部前板、扉は改装前には床の間に使われていたケヤキの厚板を大工さんの案で割って再利用したもので無垢板なのと水気を簡単に拭き取れる必要性から塗装には水性ウレタンを刷毛塗りしています。甲板の角が欠けているのは柱の間のスペースに収まるためで本体を含めて寸法ぎりぎりに作ってしまうとスペースに収まらなくなってしまう危険がありますから1p弱余裕を見て甲板には雑巾摺という宛木を用意し本体サイドには5oの薄板を最後に差し挟んで見た目と埃の侵入を予防します。この台の上には奥行200の棚が吊るされその右手下部には植木バサミのしまえる小抽斗が付きます。面白い空間になりそうです。

 

 

Ω  小物の夏 ('17/08/03)

 

 このところ小物の制作が続くので楽です。暑い時の重いもの、大きいもの、硬いものは本当に体力を消耗して辛いものですから今年はラッキーです。定番の椅子2脚に次いで写真は洗面所の壁付けティッシュ入れ箱2点と立ち上がり式の小棚。今は小振りなセンターテーブルを手掛けていてそれが終わったら事務所片付け用の腰高分割式キャビネット夏休みを挟んでまたお寺の造作の手伝いと続きますが頭を抱えるほどの難物はありません。

 今日ラジオで聞いた情報ですがこの頃都内では主に外食店さんや甘もの屋さんで単一商品で勝負する店が流行っているとのことでした。牛丼の吉野家ではありませんがケーキ屋さんもある一つの種類しか置かないのだそうです。お客側のメリットは何かというとあれこれ迷う憂いがないということでその単品がずば抜けて珍しいか美味しければ都会ではそれなり経営を維持できるのだそうです。あれこれ選択肢が多いと選ぶのが鬱陶しい現実は確かにありますね。うちは注文家具屋なので基本定番はないのですが同じものを作る続けるメリットは確かにあります。特に椅子など変な角度の組付けになることが多いのですが何度もやってるとコツがわかってきて一度でピタリと歪みなしに上がるようになりますから品物のポテンシャルや作業効率はその都度向上しています。ただ問題はそればかり繰り返していると作る方が耐えられるのかなというところで昔の職人さんたちはダレないように常に質の向上に心を向けていたという話で余り他所事に目移りしないようにこれも自分を守るという目的もあったのだろうと思います。

 

Ω  Carioca-coffee ('17/07/21)

 

 栃木市の設計施工事務所「レイキモッキ」の増田さんに連れられて以前お手伝いした喫茶店に寄ってきました。リフォーム以前はコーヒー豆をローストする工場で暗い物置のような印象だったようです。

 お店は駅からは歩いて5分くらいですかね、大通りから一本入った旧商店街の中にありながら奥に駐車場もありました。中に入ると地味な外観とあまりに違うので驚かれるのじゃないですか。町屋らしく奥に長い室内空間に新規に切り出した明り取りの窓がいい位置に配され無垢材を多用しつつ基調となるミントカラーと調和してとても落ち着いた感じのいいスペースになっていると思います。窓は木枠、床はナラ板、テーブルやカウンターにはいろんな種類の木を当てています。当日はカメラを持っていませんでしたのでこの写真はコーディネーターでもある奥様の美砂子さんにお借りしたものです。

 栃木市は僕の若いころには眠っているような街でしたがこの頃は若い人たちにチャンスを与える活気のある様子が伺われます。このお店のオーナーはかなりお年を召した方ですが焙煎はもちろん、バイクライダーとしても現役だそうです。腰の低い面白い親父さんでした。普段は若い女性が頑張って切り盛りしているそうです。いいお店です。どうぞ一度お寄りください。文庫本を手に長居するにはもってこいの空間です。

キャリオカコーヒー 栃木県栃木市倭町9 - 11

0282-23-2232 am9〜pm6:30

(駅前に同名のお店があるそうですがお間違えなく)

 

Ω  擬宝珠つくり('17/06/21)

 

 今年は空梅雨のようで5月から毎日のように畑に水やりの時間を取られましたがその甲斐あってかジャガイモは大粒のものが取れましたしナスやインゲンも食べられるようになってきました。気温もこのところようやく安定してきたせいか暑いのが好きなキュウリやかぼちゃも元気に枝葉を伸ばしてきました。心配なのは里芋ですかね。水が好きなのでこまめに給水するもなかなか大きくなりません。トマトは実を付け始めたところなのですが金色の産毛が生えているんですね。農業初心者にはうれしい驚きでした。

 仕事の方ですが今月はまたお寺の仕事に戻っていまして玄関と本堂との通路に設えたスロープに添える手摺の制作にあたっています。本体は主にカエデ、これは狂い易い木なので敢て板を接ぎ合わせてパーツを作っています。上の写真奥にあるのが支柱で四角形のものが4本、八角が8本。手前の削り途中のものが擬宝珠という飾りで台座を挟んでその柱の上に乗ります。頭の少し尖がった玉でよくお寺の回廊などで見かけるあれで今回材は紫檀です。以前納骨棚というものを作ったときにケヤキで似たものを作ったことがありましてそれが気に入っていると和尚さんに言われているので今回も手削りしていますが12個もあると結構指先が痛くなりますね。

 

Ω  ベッド2台 ('17/05/21)

 

 ご新築の家具いろいろの手伝いが続いていましてこれはベッド。ご夫婦用でシングルとセミを同じデザインで作りました。材はフレームがクリ、スノコはヒノキでこれらは支給材です。側板になるパーツは当初100×40の角材を用意されていたのですがジョイントする金具の都合とクリという材の耐荷重力に確信が持てなかったものですから160×30の板に変えてもらいました。デザイン的な観点からだと前者がすっきり見えていいと思うのですが体重を支える、それも長い期間にわたってという機能優先を受け入れてもらえた形です。作り付けの棚がヘッドレストの代わりになるのでこの上に40センチ厚のマットレスが乗ると極スクエアで飽きのこない見た目になると思います。

 ベッドなどは露出部が少ないのでその好例に入らないかもしれませんが木の家具のいいところは長年オイルやワックスなどで手入れし続けていると購入時には持っていない深みのある色艶を増すところが大きいと思います。これを使って下さる方がどのくらいの耐用年数を期待しているのかは実際にはわからりませんし何もしないでいれば他の消費財と同様の運命でただ消費され打ち捨てしまうことも残念ながらあるかもしれませんが作る側の意図が言葉で語るのではなく出来上がったものの中に反映できているようには心がけてはいます。その仕事の条件の中で耐久性をより優先で考えるのはそれが木という材の他の素材に乏しい利点を引き出しやすくするためですし刃物による生地仕上げも同様の考えからです。先月野外の展示会場は横殴りに近い雨に降られまして持ち込んだものがかなり濡れましたがその程度では何ら問題なしなのは判ってました。ちゃんと仕上げた生地は強いですよ。

 

Ω  連休明け気温30度 ('17/05/09)

 

 連休中に日帰りで日立海浜公園と横須賀美術館に行ってきたのですが海が近いと空気が流れて本当に心地いいとあらためて実感しました。足利は内陸ですので日が高くなるこの時期から夕立でもない限り大気が重いなと感じてしまいます。

 ロシア映画の「イワン雷帝」のワンシーンを連想させる人の帯。これだけ大勢の人を引き寄せて肩をぶつけ合うような混み具合でもどの人もみな天気と同じ晴れやかな笑顔で不機嫌な顔は一つも見つかりませんでしたから花の力はすごいもんですね。こうしたスペクタクルの立案から実作業まで準備に当たる方々の努力苦労は大変なものだとは思いますがこうした数やスケールで勝負するものには何となく乗り切れないものがありましてどちらかというと人気の少ない雑木林の中の散策道の方に珍しい植物が見られてその方が興味深かったです。

 先日レンタル店で「ラースとその彼女」とい映画を借りて見てみたのですが面白かったです。本屋大賞の成功例に習ってということかもしれませんが熱心な店員さんの裁量を認めるオーナーさんも出てきたのか普通背表紙を見せる書架の展示に時々正面を向いているものがあり、僕も映画が好きでよく見ていますからその良さを広くお知らせしたいという意図はなんとなく読めます。今回の拾い物は何ら予備知識がありませんでしたし制作者についてもあまり聞いた名がありませんでしたので疑心半分でしたが結果的には信じて良かったことになりますね。所謂ダッチワイフと暮らし始める男の話ですからのっけからもう絶望的に手が伸びないストーリーをどう展開させるものか。人を上下で分けたがる料簡の狭い幸福に鈍感などこぞの国ではあまり起きそうにない夢のような話ですがこういう可能性が知恵として広く認識されるといいですね。店員さんにお礼を言いたいです。

 

Ω  トイレの戸 ('17/04/15)

 

 下にも書きましたお寺のトイレの戸はこんな感じです。秋田と福島産の源平材を混ぜて使っています。一番奥がオスメイトの方も使い勝手のいい個室の引き戸、これには大きなハンドルとサムターン式の大きなロック鍵が付きます。それから男女各スペースの入口の引き戸、個室用ドアが3枚、それに物置用が1枚、一番手前が回廊になっている奥の水場との仕切りになるドアでこちらは鍵付きで一方向からしか開けられないように木製のつまみを片側にしか付けていません。全面鉋がけして薄めた桐油と亜麻仁油で塗装しています。

 今回は立て付けまで含んでの仕事なので金具を取り付ける欠きこみをあらかじめ済ませています。慣れないので神経使います。来週当たり左官屋さんの作業が済み次第の現場参加になります。自分で寸法取りをしたものですから無事合わせが済むのか少し心配です。

 扉はこれが全部ではなく水屋の目隠しになる一間幅の大きな板戸が合わせで2枚、それに三間間口の天袋用が4枚、少し置いてその下の書棚スペースに格子戸をあてがう予定です。ほかの仕事を差しはさみながら気長に進めていこうと思います。

 

Ω  お寺の仕事 ('17/03/25)

 

 このところお寺の改装の仕事しています。ご住職の数年来の希望を形にするお手伝いで集会場のトイレを身障者の方にも使い易いように直したり入り口や本堂との通路の段差をスロープ化したりする工事で大工さんの手の回りきらないところを僕が担当します。上の写真は24oランバーで組んだ棚で一間幅が3台並びます。古い仏典や座禅会の座布団などが収まります。この後はドアと扉をスギ材で作りそれからスロープに添える手摺を幾つかと小さな作業台を設置します。考えた通りうまく出来上がるのかいろいろ悩むのは毎度のことでおかげで飽きずに続けられます。

 コンピュータを仕事場から居間の方に移した途端夜メールのチェックするくらいしかめったに使わなくなり代わりというわけでもないのですが畑仕事する時間が増えています。お茶休みについついユーチューブを開いて気づいたら30分経過などよくあったので仕事に集中するという点ではこれでよかったかもしれません。今日は日中少しもう取り入れの終わったカキ菜を抜いて太い根元は穴を掘って埋めて残った枝葉はコンポストが一杯になってしまったので耕運機をかけて散らしました。3月のジャガイモ植からシーズンが始まりねぎを株分けして植え替えてそれからナスやトマトなどの夏野菜の準備です。土いじりはなかなか面白いものです。そう思えるようになったのも年のせいですかね。ただ自分の意向を通そうとするのでは成果があまり上がらず相手をよく見てよく動くことが肝心な点は木工の仕事にも似たところがありますがこちらは代価に対する責任などありませんから呑気できますしいい気分転換になります。

 

Ω  手業市 ('17/03/014)

 

 隣町の館林市で催されるオープンマーケットに参加します。トンボ玉作家の方からブースに余裕があるのでよかったらシェアしないかと持ち掛けられて同席させていただく形です。在庫の椅子をいくつか持って実際のところ名刺配りでもできればいいかなと考えています。現場で刃物研ぎの実演でもやったら足を止めて見てくれる方もあるかもしれませんのでそのような準備はしておこうかと思ってますがさてその機会があるでしょうか?食事の取れるコーナーもあるそうですから春のお花見がてらもしよろしければお出かけください。

 上の写真はこの頃よく頼まれる大工さんの下請けの仕事の様子、丸木を挽いて乾燥させた荒木の板を決められた通りの厚みに削り寸法に切り回して鉋がけしてお終いという内容です。台に乗っている板は北海道の産だそうですがナラと柏のハーフではないかと思うのですが。所謂イシナラじゃないかと。びっくりするくらい堅いです。フローリング材にしたらベストだと思うんですがね。仕方ないので台直しでナイフマークを軽くこそいだ後表面を少し水拭きして柔らかくします。それでも堅木用の鉋は逆目予防のためかなり角度を立てて研いでいるため引きは重いしこのサイズだと片面仕上げるともう刃先は鈍ります。時間を取られてかなわないので別に自棄になったわけではないのですが物は試しと角度のねた軟材用の中シコかんなを使ってみると引きは軽くなるものの刃先が負けるのか比較するとやや曇った仕上がりです。これじゃだめだと次に出してきたのが軟材の最終仕上げ用の[重延)で結果からするとこれが一番相性がいいようで引きも軽いし仕上がりも透明感抜群、長切れもする、文句のつけようもないんですがこの鉋は使い始めのころどうも堅木に食いつきが悪いのでこちらを任せる機会がとんとなかったのですが今回は救世主です。下手の上司に使えると割りを食う例だったかもしれませんね。道具の評価は使う人に依り大きく差が出るのはこういうことですね。

 

Ω  落とし材の活用 ('17/02/05)

 

 時折お得意さんに頼まれた簡単にできる実用品を仕事の合間に作ります。写真上は喫茶店の作業台の下棚のスペースを整理したいとのことでそれに載せる棚。下は古い足踏みミシンの足元のゴムの車止めが劣化したのでそれに代わるものをとのご相談、その下のヒノキの板はベランダに吊る子供用ブランコの腰掛になります。

 こうしたものは品物を作る際に出る取り残し材の活用になりますので工場でくすぶってたものに活躍の出番が回ってきたようで気分がいいもんです。こんなもんでも結構長く使えるんじゃないですかね。例えば上の台のスノコなどは先日作ったベッドの格子の予備パーツで欠き込みの部分もそのまま活用しています。

 

Ω  年明け ('17/01/05)

 

 自由自在にものつくりが出来るようになれればどんなに素敵だろうと考えてこの道に入りましたが未だそのような境地には遠く、しかしここが僕の居場所でいつかはと希望を持つことで気持ちを整えることもできます。

 その希望がただのお題目にならないように、追いかけているものを見間違うことのないように気を引き締めて仕事に向かっていこうと思います。

  本年もどうぞよろしくお願いします。

 

 (追記 市内堀込町の「辻屋」さんは一杯飲み屋の体裁ですが出てくる料理がとてもおいしいいい店です。メニューは豊富で家庭的なものが主で昼にはテイクアウトのお弁当も作られているそうです。両隣の信金と医院が目印です。小さな店舗ですが奥の間と座敷もしつらえてあり控えめながら経営者の心根の判る雰囲気があります。安価でよく仕込まれているものをお探しの方にはお勧めします。

 

Ω  電話番号が変わります。('16/12/20)

 

 携帯電話というものは人間がテレパシーを使うようで何だか落ち着かないので外出の少ない自分には無用なものと思っていたのですけれど30年使ってきた黒電話がいよいよ発信ができなくなり家族の編成が変わった事もありこの際母屋の回線を光に変えてコンピュータをそちらに移して工場の線は止めて携帯に移行することにしました。母屋の電話番号を生かしたいのでこのページでも表示している今まで使っていた工場の番号は使えなくなる予定です。15年使ってきた番号ですから何かと支障も出るかと思いますがご面倒おかけします。新しい携帯の番号の方へと移行お願いします。

070−4419−3982

 この機種は型落ちのせいでしょう2年使い続ければ本体は0円とのこと。スマホと違って時間つぶしになる機能は付いていませんが今までそれで何の不都合もありませんでしたから安さの方を歓迎します。それより以前は当たり前にあった公衆電話がコンビニ前からも姿を消してしまい出先で電話探しで時間を取られることの方がこの頃の困りごとでしたのでその解消には役に立ってくれると思います。

 やはり便利さですかね。今の今実感として不便を感じていない便利さには警戒するタイプですがまあこれくらいの変化には対応しないとまずいんでしょうね。使用説明書を読んでみたのですが気が重いです。

 この種の機種も近いうちなくなるのでしょうけど今日たまたまスーパーにもう収穫時期かなと思い大和芋を買いに出かけたところ長芋しか置いてなく、品出しをしていたおばちゃんに聞くと大和芋は高いので売れ残りが出て困っていたのでこの頃は置かなくなったと話してくれました。毎日食するものでもなしできれば味の濃いものをと考えていたので残念です。それほど食いたければ生産者を探して送料負担で買って下さいというところでしょうか。そのためのツールも輸送手段も近年整備されているのは判っていますが、うーん。でもやっぱり食べたいですね、グローブのような形で水っぽくない大和芋。

 

Ω  壁一面棚 ('16/12/10)

 

 近くで家具を作ってくれるところをインターネットで探してみたら隣町にあったと寄っていただいたのが半年前、住宅を新築するというということで一つの壁面を木製の棚で埋めたいという長年の理想を手伝ってほしいとのお話でした。2400×2500のスペースは結構大きなものですが奥行きは主に本とテレビを置くので300くらい、扉も抽斗もなしということですのでわりと気軽に考えていましたが今日の午後設置は無事済ませることができましたものの実際作業がすべて完了したのは今朝の午前10時。ここ1週間はずっと午前様でした。

 厄介なのはすべて組んでしまうとサイズと重さから一般住宅には搬入できないところです。そのためパーツは分解して運び現場で組み上げることになります。いくつか箱状のものをジョイントするのが簡単なのですが置かれるのはリビングの人の目につきやすい場所柄板が重なってごてごてした印象にしたくはありませんし材も無駄にしたくはありません。そのため上の写真にあるように全体は4つのパーツの分け中央テレビスペースは中空にしてその上下を左右から橋渡しする形でホゾ入れ作業は現場で当日行うということに打合せで決まりました。

 加工上の難点はその組んだパーツをどのように後々弛まないように工夫するかです。台輪は2500の長さの一本で取れてますからこれでビス止めしてしまえば下は接線は開きません。支輪も同様にできるといいのですが天井に接地するため通常見えなくなる裏側からのビス止めは不可能です。そのため支輪下に位置する「ヒモ」という上端のホゾの残り地確保のための化粧パーツを中仕切り板とアイガキに組ませるよう加工して外れ止めの機能を持たせました。あと問題は中間部でして左右からほぞを水平に差し込むとその各々のホゾは短くなってしまいます。ですからお客さんの了解を得てテレビの置かれるスペースの上下の横桟は桟一本分下方向にずらしています。単調に見えがちなものも少しアクセントになりますし28o厚の板に片側5枚のホゾをぎりぎり深く差し込めばかなりの強度が期待できます。

 これは北海道産のミズナラで小径ながら長さのある木でしたのでこのような大きな家具にはもってこいですが工場は狭いので材に合わせて重い機械を一々移動させなくては収まらずまた鉋がけも一日ではとても終わらないほど時間を取られたり思わぬ苦労をさせられたのですが木目はとても面白く組み付けが終わり寝せてあったものをお客さんに手伝ってもらいながら立ち上げたところは圧巻でなかなかいいもんだとあらためて感心しました。お客さんにも喜んでもらえて大変でしたけどやれて良かったです。

 

Ω  ネルドリップ台制作 ('16/11/23)

 

 これは何かというとコーヒーをドリップするネルの濾し器を手持ちから固定にするための台で箱型のものは業務用というか二つ差し込めるタイプ、手前のは家庭用シングルです。これらはみな札幌のコーヒー店「ランバン」さんからのご注文によるものでご自分のお宅でもおいしいコーヒーを淹れたいとのお客さんからのご要望からリクエストに応えられたものだそうです。ツインのタイプはマスターの阿部さんご自身の設計で現にお店でも使われています。シングルの方はそのお店をご紹介してくださったうちのお客さんに以前頼まれたものを阿部さんが写真を見て気に入ってくださって今回作ることになりました。材料は毎回手近にあるものから選んでいまして今回は落とし材がたくさんあるケヤキにしました。シングルのステーに当たるTの字のパーツのみは堅いカリンです。

 左隅に写っているのは四面を組んだだけの箱で同じサイズものが3台。これはプライベートでインテリアとしてお使いになるそうです。組み合わせで自由になりますし板厚は28あり頑丈にできてますから人が腰掛けても十分耐えられますよ。

 

 

Ω  ケヤキの大棚 ('16/10/08)

 

 これは間口高さ一間半の壁面をそっくり棚にしたいとのご希望で作った棚なのですが40ミリの板厚のケヤキはまあ重いのなんの困ったものです。お客さんは本業の農業の傍ら立ち木伐採と製材を副業とされていていつか自宅を新装する際に使えるようにと材をストックされてきたのだそうで、背の薄板も含め長年準備したものなのでできるだけ使い切って欲しいとのご要望です。

 この棚の用途は主に作業のための用具を効率よく収納することで置く場も家族用出入り口の土間ということですしなるべくコストを掛けないでほしいとのご意見もありますのでうちでは珍しく支輪・台輪・見付き以外手鉋を掛けない生地仕上げになっていますし組み方ももっと安易にしたかったのですがこんな強い木をスギヒノキのような軟材と同様に加工すればじき暴れて見苦しいものになりかねませんのでとにかく板の狂いを抑え込める最低限の工夫はしてあります。また見付きも木目のばらつきが気になる程ででしたので素性のいい赤ケヤキがあったので朋木で全面15ミリ前張りすることにしました。正面見付きはものが置かれても隠れることとはないのでそれだけでも見た印象はぐっと落ち着いたものになります。

 下の写真は何かというと一度ノリ入れせずに組んで塗装・仮ジョイントを済ませたものを配送都合のためばらしているところです。トラックを借りる費用を省きたかったので。昨晩納品を無事済ませたところですが上段を重ねる際には若い人たち3人の手を借りて神輿のように担ぎ上げました。気持ちよく手を貸してくれた若い方々にこの場で改めてお礼を言いたい気分です。というのも慣れない屋外での組み立て作業に帆立の左右を間違えたり台輪の勝手を取り違えたりじたばたする中年家具屋に呆れもせず付き合ってくれたからです。本当にどうもありがとうございました。若いって素晴らしいですね。

 

 

Ω  足利の絵馬 ('16/09/10)

 

 今年の夏も暑かったですね。お盆前にちょっと小旅行したのも南国でしたので太陽と重い木に占領された印象しか残らなかった気もします。しかしここまできたら彼岸ころまでもう少しの辛抱ですね。

 ケヤキの仕事はお客さんの同意を得ていったん中断し昨日から期日の迫った細かな仕事をまとめて片付けています。神経をあまり使わない作業を挟んでリズムを変えてインターバルを取りたいということもあたものですから。

 上の写真もその一つで上が手本、下がボール紙で作った原寸。お土産用に販売する絵馬のレプリカで6ミリ厚の杉板で50枚分パーツを用意します。制作されるのは80をもっと数えたご年配の方で長年仕事とは別に足利の絵馬の研究保存に尽力されてきたと聞きました。その方の援者の方からの頼まれものでこのごろ材料の入手に困っていると聞いて僕のところを思い出したのだそうです。絵馬にもいろいろ歴史があって元々はその地の有力者らが寺社などに祈願成就のお礼に記念として相応の金品と共に納めたものだったのでしょうけど足利の絵馬は女性を含む平民が奉納したものがかなり古い時代のものから残っているのに特色があるのだそうです。二百年を超える古いものならその書かれた内容も含めて資料としてもまた歴史の遺物としても価値がありますからそれに目を付けた盗難もあったようですからその価値に気付き行動を起こしたそうした方々の保護なしには当時の人たちの生きた証も霧散して消え去られてしまったことと思います。

 足利という街は古くは庶子のための学問所が開かれその後第二次産業が移植されその指導者や労働者など外から人が流れてきた歴史があります。多分何かしらの夢を抱いてその実現可能性を信じてこの地で暮らした人も多かったのではないかと想像します。自分の夢を持つのも難しかったのが昔のこの国ではなかったでしょうか。絵馬はそれを得られた個人の歓喜の表現の一つかもしれません。平民が育み平民が伝えるこれも正当な歴史だと思います。大切にしたいです。

 

Ω  ネコヅメのよる ('16/07/15)

 

 いろいろお世話になっている方から絵本をいただきました。町田尚子さんという作家さんの描かれたもので主人公の猫はご本人の飼い猫だそうです。おそらくは人の側からのいろいろな事情により路頭に迷う猫たちを保護する熱意のあるグループの手を経てその縁は結ばれたようです。ある晩何かに惹かれて猫たちが集まる場面があってそのたくさんの中にそのような体験を経た者たちも少なくないかもしれません。僕の知る猫もその中にいました。作画がとても素晴らしい素敵な本です。

 猫との関係は命令服従の煩わしさがないですからいいですね。フラットで。復古主義的な硬い社会への回帰の流れの進む中、猫の持つ柔軟性としたたかな気高さが見直される傾向にあるのでしょうか。

 仕事の方はというとトラック一台分のケヤキ材で工場は一杯です。写真はそれから箱物5本とベッド2台に割り振っているところです。

 用材になるようなケヤキはおそらくスギヒノキのような建材と同様に成長過程で人の都合に合うように何かしら手を加えてあるのではないでしょうか。植え替えの場所を選んだり枝落とししたり間引いたりとか。僕らが普段使う雑木に比べ整っている印象があります。価格が高かったのはその辺の事情によるのかもしれません。今回の材も昔の手順で製材されたもののようですから水分は少し残っていると思います。そこが削りや割りの時の注意点です。完全に枯れてしまうと今度は硬くて加工が大変になるという事情もありますから難しい木ですね。船箪笥を作られる方が大まかに木取りしたパーツを紐で結んで高野豆腐のように天井からつるしているのを写真で見たことがあります。昔から人はこれに上手く対応すべくいろいろ知恵を絞ったと思います。

 北関東のケーブルテレビ「うらら」で7月11日より栃木のギャラリー「レイキモッキ」さんのお店レポートが放送されています。僕の作ったものもちょっと顔出ししています。圏外の方はホームページでアーカイブとしてみることができます。もしよろしければどうぞご覧になってみて下さい。

http://ulala-tv.jp/broadcast

 

Ω  カウンター用板削り ('16/06/14)

 

 仕掛りの仕事を一時中断して二日掛けてカウンター用の欅の板を急遽仕上げました。この夏にご新築のお客さんが先日トラック一杯分材を持ち込まれて大工さんの手都合があるのでそれだけはできるだけ早くほしいとのこと。奥行が550、長さが2760、厚みが90。一体何キロくらいあるんでしょうか庭先から工場に移動して作業台に乗せるのにも一人だと大変です。上の写真板の胴体にクランプ止めしてあるのは梃子です。これがないと板を寝かすこともできませんでした。

 作業はまず片耳見付き部分から。ワイヤーブラシで外皮のカスをこそぐのですが渋皮の部分がなかなか落ち切れずそのまま塗装すると斑模様となりさっぱりしないので外丸小鉋で自然の成りを崩さないようもう一皮むきます。それが済んだら両木口を寸法でカネになるよう落としてその部分が壁に収まるのか目につくのか判りませんから一応鉋がけします。木口削りはこのような硬い木の場合少し湿らせて表面を柔らかくします。一方鉋台の側は湿気止めと滑りをよくするため少し油びきします。裏面は手を掛けなくてもいいとのお話でしたがそのままではざらつきが出ますから電気鉋で鋸目を落として手鉋で軽くに面出します。表面はきちんとレベル出ししてきれいに鉋がけして契りを入れるというのが手順です。芯含みの柾挽き材ですから表面はほぼ化粧のようなもので木口面のはかなりごついのを2発入れました。

 しばらく寝かしたあとで帯鋸で狂い取りの挽き直しをした材ですので手当てはそれほど困るらせられることはありませんでした。木そのものも素性がよく刃物にもなじんでくれる質でしたし。硬い芯近い部分は案外簡単に削れます。ただシラタに近い柾目部分の方は習い目逆目が入り混じっていて無暗に力任せに引くと毟れの出る危険がありますから注意する必要があり難しいです。このお客さんは以前お知り合いの方に収めたテーブルの刃物での仕上げが気に入ったと話しててくださいました。生地上りを褒められるのはうれしいですし同好の方に使っていただけるなら余計に頑張れます。

 扱ってみると欅もいいものですね。昔の人の憧れの中にはこの木の持つ強さに惹かれる部分が大きいのだと思います。何世代にも渡って生活を支えてくれるそんな夢を見られるのもこの木ならではです。他にも平地で大きく育つ木はありますが強さという点ではやはり王様は欅でしょう。育ちが早いわりに木質は硬く一体何を滋養にして体作りにしているのか不思議な木です。おそらく全方向に伸ばした枝と無数に広げた葉の数にその秘密があるのではないかと考えますがその力強さを良い方向に活用するにはそれを安定させるまでに時間をかけて養生する必要があるところなども教育がその後の生き方に欠かせない人間に似ていなくもありませんね。

 

Ω  県立ぐんま天文台 ('16/05/18)

 

  群馬に天文台があるなんて知りませんでした。連休中たまたま立ち寄った道の駅に置いてあったパンフレットに惹かれて夕食までの時間埋めのつもりで見物に行くとこれが案外面白かったです。山腹の駐車場から施設までつづら折りの急斜面を10分程歩かされるのには閉口しましたが3基のドームを戴いたユニークな形の建物とモニュメント群が目に飛び込んでくると小山の頂上に隠されていた秘密基地に出くわしたようなウキウキ感があります。

 ひと時代前の地方の博物館ですと「見たいのならどうぞ」と冷めた態度で接せられることが多かったような気がしますが時代の流れですかね現場の方々への権限と責任の移譲が進んだのか意欲的な企画で来訪者を楽しませてくれるところが増えましたね。この日は研究者の方が銀河系に関するレクチャーをされていました。その解説も宇宙版グーグルマップのようなコンピュータ画像を多用したものでしたので門外漢にもわかりやすくまた視覚的に興味を引き出してくれる内容です。

 ただそれもあくまで余技のようなものでこの施設の最大の特徴は天文台という施設の要、望遠鏡で夜星の観察ができるところです。ほぼ毎日週末には予約なしでも日暮れから2時間の間一般に公開しているそうです。上の写真にあるのは宇宙から届く光を肉眼で確認できる国内最大級の望遠鏡。これをのぞかせてくれるそうです。

 そうですと書いたのは実際にはその日は時間が許さず見ていないからで近いうちのまた寄らせてもらおうと考えています。多分最新鋭の技術からすればアナログな機械ということになるのでしょうが光が実際に自分の目に飛び込んでくるのを体験したいですね。近年政府は宇宙事業に熱心なようですがこうした草の根的事業にもっと支援してほしいところです。公報もそうですし維持費についても。現場の職員の方にお話を聞くとどの方も素人の馬鹿な質問にとても丁寧に優しく対応してくれました。いい大人が触れても目先がが広がるようなすがすがしい気分にさせてくれます。教育というのはすぐに成果が分りずらくなかなかお金を注ぎ込むのが難しい分野なのだろうとは思いますが人の心を広げる体験は独立して立てる強い心のいい滋養になるんじゃないでしょうか。

 

Ω  椅子の脚削り ('16/04/29)

 

 2月の頭ごろ時間調整のためパーツの木取りやら座板の接着など下ごしらえを済ませておいた椅子の加工を再開しています。今は穴掘り・ホゾ付けが終わり整形の段階で脚の外周を丸くするためカッターで荒取りして鉋がけしているところ。昨日一日前脚を8本、今日は後ろ脚を朝から削ってます。単調になりがちで肩も凝りますが手加工が好きな木工屋には夢のような作業で量産を使命とする仕事場では許されない贅沢です。これがやりたいがために自分で仕事場を持ったとも言えますのでしみじみ注文のありがたさを感じます。お客さんは別にこの工程を特に支持しているというわけでもないと思いますがどうか我儘を許してください。多少均整がとれていないところもありますが生地上りは独特で硬木の繊維の緻密さがきれいに出せるんですから。

 単純に面の連続性・なめらかさを追求するならスクレッパーや金ヤスリがスピードの点でも有効だと思いますがうちで出すものはデザイン性より木の持ち味を生かして艶やかな透明感と指先が滑るような触感優先で楽しんでいただきたいと考えています。

 

Ω  建具33枚 ('16/03/17)

 

 建具の仕事が続いていましてこれが今日納めた分、9種10枚あります。未塗装での引き渡しになりますのでみな同じに見えますが材種もカツラ、クルミ、キハダ、高野マキといろいろです。同じロットであと2枚框組みの加工を終えたものがあるのですがそれらには羽目板をくり抜いて小窓を付けなくてはならず、この後のロットでも同じ加工があるので小窓枠は一緒に加工して明日取り付けしてから組みに入ります。左下に写っているのがそのパーツです。組み付け屋さんは今日から現場入りしていますからその2枚を追加で持っていくかあと口に回すかは指示待ちです。

 あと8種19枚はこれから加工に入ります。玄関ドアがナラで大きなものなので厄介ですがそれ以外はスギやクルミで比較的軽い材が主ですし単純な同型のも含みますので少し楽です。先に特殊な窓2枚先行で収めていますから合計で33枚。今回のお宅は施主さん同意の上で合板をなるべに使わないでどのようなことができるのかトライアルの要素もあるのだそうです。

 建具の仕事は材の見立てと加工の精度が半々のウェイトでしょうか。少しでも確認を怠るとその付けがあとで3倍返しされてしまいますので一歩一歩足元を確かめて進む登山をしているような気分です。

 先日「ナイロビの蜂」という映画を見ました。これがなかなか良かったです。巨悪に挑む小さな正義が小手先のひとひねりで滅んでしまう悲しい話ですがそれだけでは観客にそっぽ向かれてしまうでしょうからプライべートなシーンにちょっとロマンチックな味付けがされていて受け入れやすい内容になっています。ここに言う「蜂」とはアフリカの大地に咲く花の蜜を求めてやってくる多国籍企業なのか、その企業と現地政府に立ち向かう主人公の活動家の女性を指すのかあるいは外から来たもの西洋社会を総称して表しているのか分りませんがもともと繁栄をもたらすその蜂がなぜ攻撃行動をとるのか、一刺しで受けた痛みの感覚が混沌の中何かの覚醒に繋がるのであればせめてそのに救いがあると思えますがそれでもその痛みの感覚が失われるようなら人の世もそこで終わってしまうのではないかとの不安も感じます。人と人が感情を共有することによって成長してきた人類がそれを手放して鈍化し社会の崩壊へと進む流れに前時代には考えられなかった力の集中が可能になった時代に差し掛かって僕らももっと目を見張っていなければらならないのでしょうね。この映画ハリウッド製かと思っていたらイギリスの映画でした。このような内容の映画を作るのに気鋭のブラジル人監督を招聘したりできるところなど民主主義を信じる国民の気骨を感じます。こうした形で淡々とつづられる犠牲者の話は残りますね。映画はそのイメージを心に写す効果的な道具だと思います。もちろんいい面ばかりではありませんが。

 

Ω  「栃木の建築家と作る家」('16/03/06)

 

 昨日栃木の設計士増田さんのところへ伺った折に新しくできたての本をいただいてきました。各地の地元の設計事務所さんを紹介するシリーズの栃木版で図書館にもおいおい置かれるそうですので見かけたらどうぞ手に取ってみてください。家を新築増築する際ハウジングメーカー・工務店さんに次いで第三の窓口をご紹介している本です。建築家というとデザイナーとしての側面がまず意識されますが意外と今日では現場統括として昔の棟梁の役割を負う部分が多いのがよくわかります。その職能を依頼者側がどう活用できるかいろいろ具体的にわかりやすく解説する手引きとなっていますのでそのような計画をお持ちの方には一つの参考書になると思います。

 このところ玄関ドアから大小いろいろ20数種建具を作る仕事をしていますがこれも増田さんの依頼です。この現場は栃木市内、今大工工事がほぼ終わり次いで左官工事が進んでおり壁塗りのための足場が室内に組みあがったところでこの日は先に収めた造作材の仕上がり具合も見せてもらえました。構造はほぼ形になりこれから部屋の雰囲気に合わせてペンキ・珪藻土・京壁にと塗り分けられます。大工さんは床を張る無垢材の板を一度全部並べて木目のバランスを整えてから取り付け作業に入ったそうです。丁寧な手作業が多いというのが増田さんの家の特徴だと思います。

 その家もあと少しで完成して6月ごろには少し期間を設けて見学会も予定しておりその際僕のところの家具もついでにいくつか展示しないかととのお誘いもありましたので期日が正式に決まりましたらまたお知らせいたします。どうぞ見にいらしてください。

 

Ω  コンピュータ購入 ('16/02/16)

 

 コンピュータがネット接続をしなくなって1週間しても様子が変わらず、寒い工場に置かれているので春になって暖かくなったらまた働く気になってくれるかもとの思いもあるのですがメールが使えないなどは困りものなのでこちらが根負けした形で仕方なく近所の従弟にDellのページをプリントしてもらい通販で注文することにしました。モニタはまだ使えそうなので本体のみです。対応にあたってくれたオペレーターさんは外国の方のようでしたが視覚による伝達手段を使えない状況を難なくクリアしているところは感心しました。能力さえあれば人材の活用に地理的条件を軽々超えてしまう実例に触れびっくり、時代はどんどん進んでいるんですね。ただ自分の名前に使われている漢字登録をするのに「淑」の字を説明するのにはてこずりました。いつも使う「山口淑子」や「淑女の淑」が通用しません。

 品物は実働日2日で届く早業の上接続ともしかしたら満杯のHPのソフト切り替えも視野に入れて時間を空けていたのに案外あっけらかんとネットに繋がってしまいこれもまた拍子抜けしてしまいました。昔の苦労は何だったんでしょうかね。ネットさえ繋がってしまえば各個が自在にメール設定の解説のページなども探せますしコンピュータ社会が改めてユーザー視点を徹底的に基本にしている作りだと感心します。

 いろんな噂のあるウィンドウズ10ですが他に選択肢も見当たらず、98時代から使っているソフトも古いデータも動かしてくれましたのでまあ合格です。グーグルアースもツイッターPCページも見られるようになったのでそこはちょっとまあ嬉しいです。結局HPはこの雑記ページを旧住所のジオシティーに移してあとデザインで気になっていた罫線とセルの高さの修正法がやっと分ったのでそれを直して当面の不満は解消しましたのでこのままの形で継続することにしました。何でも屋からオリジナルで勝負を賭けるような木工屋に方向転換することでもなったらその時考えればいいかなと。まあそんなことがあればですけど。

 こちらは座卓をテーブルに仕様変更したいとのご要望で作った脚です。座卓は甲板が1200と大きな正方形のもの。そのサイズだと家具屋さんやネットで探してみてもなかなか見つからず、漸く九州の業者さんで適当なものがあったので送ってもらったのだそうです。その後膝を痛めてしまったので椅子生活に変えようと思い立ち改造を扱ってくれる業者を探してみたところ今度は思いのほか隣の町内で見つかったので試しに電話してみたとのことでした。工場にいらしていただいて仕様やコストのことをご相談し上のようなものができました。元の足は折りたたみができるタイプのもので材はウォルナットですが今回の材はホオでダークブラウンにオイル着色しています。貫はない作りにしたためその分強化策として幕板をやや大きく、四本の足も板を接ぎ足しして90角と太めにし小さい添え板も入れています。

 問題は運搬についてでして1200×1200×720はうちの車に入りきりません。そのため別途代車を調達するのも出費ですから車で5分とかからない距離ですしひっくり返して毛布を敷いた車の天井に括り付けて持って行こうかと思案中です。木製品を乾いた風に当てるのはあまりよくはないのですが自転車より少し早いスピードなら何とか行けるのではないかと。

 

Ω  終わりなき世の ('16/01/05)

 

 年を重ねることがまるで悪いことのように考える習いはおそらく昔からでしょうしそもそも同じ価値観のまま一生を永らえるならば理想から遠く離れる時期にはもどかしく辛い思いを背負い込むことになるのはそれはまあ仕方ないでしょうからそうならないように途中途中で軌道の修正は心の安定のためにも必要なんだと思います。実際時間の経過を経からでないとなかなか解けない難問もありますし以前なら気づかないものにも目が届くようにいつも間にか視点が変化することもありますからその目覚めの感覚を大切に。後退のように感じられた一歩が喜びをもたらすこともあると思います。それを何と解釈して納得するかはあくまでも個人の選択でしょうけど慌てないで冷静に思いをめぐらせたいものだと思います。

 与えられた時間の限り自分に任されたどこへでも動ける自由の感覚、これは手放したり邪魔されたくはないですから外の世界に対して目を瞑っていたくはありません。また相手の立場に立てば故意に人の道を塞いでしまうのも避けたいです。その節度を守るもの同志なら所謂人間嫌いの空虚に落ちずに済むのではないかと思うのですが。

 知らないままにあった英知、美しいものに接する希望もまだあります。

 本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 仕事の状況ですが先月中頃から住宅の造作材の手伝いをしています。上は2点とも柱に化粧材を張り合わせるものです。左はキハダ、四角推に面取りした木口を見ると2面の接着線が見えると思います。右は2.6mもあるクリで大工さんが現場で取り付けるとのことです。その大工さんはとてもいい腕を持っている方で設計士さんの書くとても複雑な図面を様々な仕口で工夫し忠実に形にしていきます。昔気質の職人は技と同じようには口が動かない淡々としたタイプの方も多いようですがこの方の相棒はしっかりした娘さんが勤めておられていい具合に回っているようです。意気の合うお二人の仕事は丁寧で上がりがとてもきれいです。

 

Ω  森龍次商店 ('15/11/25)

 

 やりくりがようやく算段出来たので丹波のギター作家さんのブログで時折紹介されている京都の砥石屋さんに予算と希望を手紙に書いて送ってみたところ折り返しご返事いただき送っていただいたのが上の写真にあるものです。昨日届きました。嬉しくて曇天の暮方でも工場の中が明るく暖かくなった気分です。早速試してみたところ食いつきが妙にいいので粒子がちょっと粗めなのかなとも思えましたが刃先は滑らで短時間できれいに澄んだ深い鋼色に上がります。軽く楽に研げるというメリットは大きいですね。本当ならお店に伺うのが筋なんですが見ず知らずの者にいいものを紹介していただきありがたい気持ちです。店名を冠したホームページありますからご関心のある方はのぞいてみてはいかがでしょうか。ご店主は気さくな印象の方でした。それでも「大事に使ってください」と幾度も念を押され扱う品への愛着の程がうかがわれます。

 こちらは今までお世話になったもの。僕が石の名称や種類に不勉強なため森さんに選択で参考になるかもと思い送った写真です。手前のは3年前に買ったもので薄くなって縁が折れてしまって使いにくいので出してきたのがその隣の先代です。こちらも大分ちびています。これから先は望むものがいつでも手に入るとは限らないでしょうからこのような使い切りではなくいくつかそろえて並列でランク分けするとか工夫しないといけないかもしれませんね。

 この二つは浅草の「といしや」さんで手に入れたもので実は通販に決める前に再度出向いたところこの頃半開きのシャッターが完全に下りていて隣の宝くじ売りの方に伺うとしばらく店を開いていないということでした。もうあのご夫婦にお目にかかれないのかもしれません。とても残念です。人も店も惜しいです。

 

Ω  ジーンズ買い ('15/10/06)

 

 確か岡山の辺りだったと思うのですが中学生向けの白い帆布製の肩掛けカバンを産業の柱としていた町が需要低下から製造品転換をはかり蓄積されたノウハウを活かし価格では太刀打ちできないので質にこだわるジーンズを売り出し活気を取り戻したという話をテレビで見て仔細を知りました。小さなメーカーさんたちが競い合いそれでいて協力を惜しまず手を組んでいい流れが出来上がりつつあるとのこと。

 下北沢のよくいくお店の手前にそれを扱う専門店が2,3年位前に出来た時店員さんに聞いた話では「耐久力抜群折り紙つき」とのことなので「いつか買いに来るから」とその時言った口約束を勿論相手は覚えているはずないですけど漸く先月果たしたことになります。昔風にきつ目のものを少しづつ体形に合うように馴らしていくのが好きなので今作業中はいています。はじめはポケットに手を突っ込むのも屈むのも窮屈でしたが少しづつ馴染んできているところです。

 自分の経済力を考えると思い切った出費になりましたがズボンを買うのは15年ぶりくらいですし常用していたものが膝割れしてしまったのでもう頃合です。そのズボンは30年前学生の頃買ったもので10年ほど前にジーンズを買い換えに行ったらずっと同じで通してきた型が廃版になったと聞き仕方なく押し入れの奥から出してきたものです。あまり服選びをしたくないと思う服装音痴には耐久性が一番の要です。それと心地好さ。これは気に入りましたしもっとよく馴染んでくれるのが楽しみです。

 こうした試みは出来れば応援もしたいですし不特定多数ではなく好きな人に選んでもらえるような独自性を磨いていこうと方向性はいい刺激になります。僕らのもの作りもこのような流れを作れるといいですよね。

 

Ω  暑い夏 ('15/08/06)

 

 当地足利は連日最高気温を記録する館林の北西約10`に位置しています都合上やはり暑いです。かつては工業中心に栄えた街ですがその分野では古い歴史があるわけではありませんので代々に渡って土地に執着する人もそう多くはなくなんとなく穏やかに漂っているような雰囲気があってそこが面白いところでもあるのですが身近に触れ合える山や川といった天然の資源に恵まれていますし首都圏からも比較的近く、生活に入用なものは手軽に入手しやすいこともあるので都市部でリタイヤした方々などがのんびりとセカンドライフを楽しめるようシニアタウンとしてインフラ整備を進めたらそれが街の新たな収入と活性化に繋がるのではないかなどと考えていました。医療機関も現在でもそこそこ充実していますし。ただこの暑さは人寄せにはかなりマイナスになるでしょうね。地元連中の気づかないデメリットは他にもあるのかもしれません。

 普段東京のビル街を歩く人がここに来て「暑い暑い」の連発です。ここの人間は慣れたものなので丸の内や新宿の方がよっぽど辛いだろうと感じてしまうのですが曰く「手頃な逃避地が見当たらないうえとにかく風が全然ない」ということらしいです。空気の流れがない、確かに背中には高くはないにしろ山々が列をなして重い空気を堰きとめているんでしょうね、きっと。それにしてもこの溜まった熱を有効活用する何かいい知恵はないものでしょうか。個人もそうですが自治体なども困り事をもっと声高にアピールしてもいいんじゃないですかね。何をみっともないことをと考えるかもしれませんが何事もオープンにすればいい解決策をもっている方の目に留まる機会も増えますし奇特な方も出てくれて交流が生まれるかもしれません。先が見えないと憂う若者も自分の活躍できる分野が実は至る所にあるという事実に気づくこともあるかもしれませんし。

 自分はどうかということですが仕事は何とかしています。暑いだけなら体は上手いこと順応してくれますから。下はいつもの設計士さんの新築のお宅の建具、その下はスギの一枚板の座卓をテーブルに変えたいので脚を作って欲しいと頼まれたものです。この幅メーター越えの板は日光の杉並木の倒木を割ったものだそうです。

 この欄でも何度か書きましたギャラリー「レイキモッキ」で小物作家さんとイラストレーターさんの新鋭二人の展示会が開かれます。なかなか今風でユニークなもの作りをマイペースでしているお二人は栃木市の出身で学生時代からのお友達同士とのこと。会場は栃木駅から歩くと10分くらいの距離です。スペースの運営はこれから試行錯誤していくつもりだそうですのでその転回についてもご関心のあります方どうぞお立ち寄り下さい。仔細につきましては建築事務所「銀の森」もしくは「レイ木杢キ」で検索お願いします。駐車スペースは2台しかありませんが近所に巨大な駐車場を持ったスーパーがありますのでそこを利用させていただけるようお願いしてあるそうです。

 

Ω  生材購入 ('15/06/13)

 

 写真は福島南会津の晴天の空、途中の田島の道の駅でおにぎりを食べながら眺めた景色ですがこの切り取った小さな領域の中でもどれほどの命がそれぞれの時間を計りながら生きているものか。多分僕らの想像をはるかに超えた世界が営まれているでしょうし、そも僕ら人間がどこまで理解できるものかあやしいですね。

 昨年製材して畑の脇で桟積みして乾かしていた北海道産のナラ材をトラックに積んで運んでいって、今年材木市で落としてもらった同じくナラ材を板にしてもらって帰りにはそれを積んで持って帰る一日がかりの車旅してきました。置いてきた材はこれから2週間人工乾燥機にかけて夏くらいから使えるようにして貰います。

 昨年まではすぐに使える乾燥材を購入していたのですが海外の仕入先もいろいろ移行があるようでして最後に入荷した分は板の割れ止めに尿素のようなものを使っているものが多く見られこれが気温の低い時期に硬くておまけに砂をかなり噛んでいるので刃物がすぐに傷んでしまい手押し鉋機を守るため電気鉋で下拵えしたのですがひどいのになると一枚裏表荒取りするだけで替え刃がダメになったりでその余分な経費も実質値上げのようなものですので創業当事に戻ってまた丸太材に切り替えた次第です。木質が単価に見合うものならまだ我慢も出来るのですが材木屋さんの話ではこの先良くなることはないだろうということですので。

 上は作業の様子です。径35〜40の丸太3本分、長いものは5mもありますのでそれを都合のいいところで切ってもらったりしましたので長さがまちまちで桟積みがちょっと厄介です。今の時期湿気は多いものの気温は高いですので急激に乾燥が進むと割れが入り易いため木口と板目部にはボンドでコーティングして調整します。今はまだ水気が多く柔らかく、製材直後なのでまあ真っすぐな板ですが乾燥が進むにつれむくむくと本来の癖がでてきます。歪んだり割れが入ったり。間に30cm間隔で桟を配し上から重しをかけてその動きを抑えつつ時間を掛けて乾燥させ応力が沈静するのを待つわけですが理想から言えばその桟の当たっている部分は乾きずらいですから途中定期的に桟の位置換えをしたりやることは多くて大変です。

 

Ω 「her」 ('15/03/08)

 

 近未来の画期的人工知能との恋愛経過を描いた「her」という映画を見ました。画面に描かれた未来世界はとてもクリーンで洗練されており排気ガスを撒き散らす車は見当たらず人々は広い舗装路を自由に歩き、人出のある海岸はゴミ一つなく騒ぎ立てるものもなくみな穏やかに等しく太陽に肌を晒すことを楽しんでいる。印象としてここは傷や汚れのない、社会が個人を圧迫しない世界であり暗い未来象が定番になっている中ちょっと変わっています。情報のネットワーク化がさらに進み人やモノの移動の不合理な面が多分に改善されその結果人と人との距離を心理的空間的に十分余裕を持って確保されつつ繁栄に成功した社会ではいといろな物事を仲良く共有することが道徳的で正しいとする価値観が行渡ったということでしょうか。

 主人公の中年の男性ほもともとは新聞のコラムニストでしたが現在は手紙の代筆サービスをする企業のライターをしており仕事で成功を収めた妻とは一年も別居中、生活には不自由はないものの一対一の人間関係が以前のように無邪気に進めることが出来ずゲームやネット活用でも満足しきれない欠落の埋め合わせができるかと契約した人工知能との恋愛によって活気のある日常を取り戻すという話です。プログラムの音声は女性の声で設定されていていつでもどこでもこちらの望むときに期待以上の応答をしてくれその心地いい驚きは人生の失望の多いパートを自分の都合に応じて満たしてくれその上で自分を励まし行動に導いてくれる。その関係がそのまま続くのなら安全でコントロールの効く閉じた世界にそれで充足できたかもしれません。ただ恋愛に関係が進むと彼の側に常に傾いて提供されてるサービスではなくなりますからある面気詰まりやストレスも出てきます。

 この映画でテーマとしているのは自由でオープンになった社会で自分とどう向き合うかということだと思います。或いは自分をどう守るかといったらいいのか。映画の主人公は世間の評価より自分の価値を少し高く見積もっていてそれが自分の支えにもなっている、虚栄心ともいえるかもしれませんが普通人がみな持つレベルだと思います。その領域を外界から隔てる壁は弱い自分を保護する役目を果たす半面他者からは障害と映ってしまうジレンマにどう対処していけばいいのか、これは社会的に整理し規定できない個人の問題だと思います。

 映画の終わりに主人公はその壁を俯瞰してみてみようと思い立ったのか高いところに上がってみます。壁のこちらも向こうも上から眺めればそうたいした違いはないのにと考えたかもしれません。その壁の意義はおいおい考えてみるとしてともかく立ち位置を変えて内と外と冷静に見てみることは即答えに結びつかなくとも大事なことではないでしょうか。とても面白い映画です。キャスティングもうまくはまっています。こうした映画が作られヒットするアメリカは少し前と社会が変わってきているのかもしれませんね。

 上は先日作った建具で加工が終わりこれから仕上げの削りを入れるところを撮ったものです。ギャラリーの正面と脇のドアになります。筋交いの入るちょっと変わった形で材はスギとキハダでオスモカラーでグリーン系に着色されるそうです。オープンはゴールデンウィークを予定しておられるとのことですので期日が決まりましたらまたお知らせいたしますのでどうぞ見にいらして下さい。

 

Ω  窓の造作 ('15/01/19)

 

 下にも書きました「銀の森」さんのギャラリーは近くの病院の社宅だった平屋一軒家を改装するもので設計士さんご夫婦のアイディアがいろいろ盛り込まれています。年明けから大工さんの都合が前倒しになったこともあり工事は思いのほか早く進んでいるようでそれにあわせてこちらも仕掛り品を途中一休みさせて急遽参戦です。上の写真は出窓のある一番奥の待機スペースの両脇の風通し小窓になるパーツです。四角形の角が上下を向く窓の嵌め込み枠になるもので材はヒノキの柾を当てています。1500の長さがある出窓の地板はミズメザクラで作りました。これが第一弾。引き続いてこのあとドア枠・固定棚などのパーツ供給があり大工工事が一通り落ち着いたらおいおい展示台や建具など木工事に入ります。面白いものが出来上がりそうでとても楽しみです。

 

Ω  転換点 ('15/1/5)

 

新年おめでとうございます。

 今年のトピックですがいつもお世話になっている栃木市の設計事務所「銀の森」さんが木材展示を兼ねたギャラリーをこの春オープンします。これから少しづつ什器の製作などに入っていきますがもしかしたらそこをお借りして個展のようなものを開くチャンスもできるかもしれませんのでお手伝いできることがあれば積極的に参加させていただくつもりでいます。

 比較的入手しやすい価格であること、接客対応をきちんとすることその二つの売りは方向転換するつもりではないのですが何もしないで手が空いてしまうのは怖いですから今年は出来ることから外に向けて活動しようと思います。ともすると存在を多くの方に認知されるか或いは誰も真似できないもの作りの能力があるとかそのどちらもないと淘汰されてしまうような空気に流されそうにもなります。従業員さんを抱えた職場ならその流れの見極めが生死問題に繋がる重大な関心事となっていることは間違いないでしょうが個人の工房はどうあるべきなんでしょう。もし時間に空白が出来てしまってもその機会を慌てることなく余裕として呑み込めるよう覚悟準備しておくべきですよね。

 僕自身はただ単に作るのが面白くてこの世界に身を置いていますが仕事の基本は規定のものの再生産で主はあくまでもお客さん、所謂作家さんとの決定的な違いはその家具がピースとして納まるライフスタイルまで想像しているかどうかだと思ってます。今までそれは繋がらない平行線のままそれで良いと考えていましたがこの頃よく寝る前にスケッチブックに落書きすることが多くなりました。どのような人にどのようなものがあったらいいのか、それはどのような目的に適うものか木工を始めた頃にまた戻ったような不安と興奮とがあります。受身の立場ではいられない自分は何を探しているのか今年のテーマはそんなことになりそうです。

本年も変わりなくどうぞお付き合いください。

  追記)今年一つ目の記事をアップロードしてみたところニフティーの無料HPサービスの容量100メガ一杯になってました。有料のもっと大きなキャパのところに移るか、リニューアルしてスタイルを変えてみるか、これもタイミングなんでしょうかね。

 

Ω  落語会のお礼 ('14/11/11)

 

 この串刺しおでんのようなものは何かというと洋服ダンスのハンガーに吊るして棒にネクタイ、黒い市販の金属フックにベルトを掛けるものです。なるべく水平が保たれるように中央の縦棒は錘のつもりです。180度くらいまでなら回転します。

 ひと月ばかりいろいろアイディアを練ってきたのですが[使いやすくて長持ち]という個人的思い込みをどうしても外すことができず結局無難なものになってしまいました。三角ではなく半円にしたほうが良かったのか今も腑に落ちてないところがあります。パズルのような組み方をしたのでなかなか壊れないだろうとは思うのですが目に付くところで使われるわけではないにしろデザイナーさんならもっと作りに自由で気のきいた形を思い付くんだろうなと自分の頭の堅さに気落ちしてます。ただこれは落語会のチケットを頂いたお返しに何かをと申し出てリクエストしていただいたもので販売品ではありません。価値の定まった先例にはない新しいものでお金をいただけるようなものを作るならもっとこなれるまで当然ノウハウ蓄積の時間かけないとダメですよね。

 高崎で催されたその会の演者は権太楼さんと春風亭一之輔さんでした。その日初めて噂の一之輔さんを見たのですがなるほどいいですね。肝が据わっているというかまあ落語家さんにもいろんなタイプの方がありますがその世界に浸っている色気があってそれでいて角がしっかりして煮崩れてなくこういう人も出てくるんですね。落語は枕のフリートークと本題の話とバランスが難しいものでお客さんの雰囲気というのも影響するのでしょうが地で勝負できるフリーに傾きがちな若手が多い中冷静によく計算して組み立てられていると思いました。他の演目はどう演じるものかとても気になっています。そのお客さんには他にも市馬さん、白酒さん、菊乃丞さんなど教えていただいてまして落語界は大看板を次々失いどうなるかとおもいきやまた新しい波が来ているんですね。十八番と評されるまで同じ演目を何度も何度も繰り返し磨きをかけて自分で価値を高めていく時間を要するのが芸です。驚かされるのは嬉しいことです。

 YOUTUBEで落語を探すと古典から新人さんまでいろいろ聞くことができます。初代の快楽亭ブラックさんや先代の鈴々舎馬風さんの音源などどこから引っ張り上げたものかたまらないです。今のブラックさんの大須演芸場最終場面など現場におられた方が本当に羨ましい。収入減を案じる方もおられるかもしれませんが広く一般に窓口を開くという点ではとても有効な宣伝方ではないでしょうか。僕などそのうち喬太郎さんを見に出かけてみようと考えてます。ライブの方がより面白いのは分かってますので。ただで散々楽しんだら何か少しでもお返ししないと申し訳ないという気もありますし。

 お世話になっているお寺のお出入りの大工さんが60代で亡くなられて後継もないので手元に残った建築材をよかったらお寺で使って欲しいと持ち込まれたとのことでした。ケヤキの柱材やスギの一枚の天井板などいろいろ多分仏堂や住宅の補修・改装を見越して残しておいたものではないかと思います。その大工さんとは僕も一度仕事でご一緒させていただいたので元気な顔を知っています。いつも奥さんと二人連れでコンビを組んでぞろっぺいに見せて仕事は細かいいい親父さんでした。

 お寺の用具をそれを使って作って欲しいということで昨日打ち合せついでに引き取ってきたのが上の写真です。2200の長さですから上がり框か何か想定したのでしょうか。ケヤキは板にして乾燥させると反りがきついので丸木のまま乾かすと聞いています。うちにはバンドソーはないので板割りをどうしようか迷いましたが持ってみると案外軽かったのである程度機械で、あとは手挽きでトライしてみようと思います。両木口の腐れを落としてプレーナーをかけてみたのが左側の一本です。いつ頃手に入れたのかいい色気の素直な材です。今工場中このケヤキの香りで満ちています。

 

Ω  モノクロ ('14/10/10)

 

 これは今手掛けているお仏壇の材料、10年天乾させた2.3m350径の丸太を一本半支給されたものです。厚みは50〜24ミリまでいろいろあってこれから適所に割り振っていきます。量をさばかないといけない現代の職場ではなかなか望めない贅沢で加工も昔風のやり方で任されているということもありますので写真の色も落としてみました。モノクロだと分かりづらいのですが東北産シュリザクラです。埃っぽくむさいうちの工場でもなんだかノスタルジックでさっぱりした印象になりますね。

 モノクロの映画はどうしてだか各シーンが記憶によく残ります。色彩を受容するのに人の脳の解析能力をかなり食われてしまうのでしょうかね。その対極たる3D映像となると目がちかちかして後で何も覚えていないなんて事がよくあるのでこのごろは敬遠してしまいますが考えてみるに刺激で間を取り持とうという現代の日本の生活もこれに似たものかもしれません。うきうきして人任せな分気楽でいいのですがそれだけだとやはりおかしい気がします。

 先日見た「ネブラスカ」というアメリカの新作映画もモノクロでした。広大な中西部が舞台のロードムービーですから流れる雲やうねる大地、しわの多い人の顔がたくさん画面内に切り取られてどれも美しいなと感じられました。色を抜くということで見る側に余裕が生まれて相対的によりよく見るような効果も現れるのかもしれません。あとは飽きさせないように物の選択、配置や角度を工夫してすこしづづ見る側を刺激する。個人の手作り感を大切にしているこの監督さんのセンスはとてもいいですね。よく見よく知りさえすればつまらない人生などないのではないか。個人の目からよく見ることのトレーニングを大切にというとこでしょうか。

 先日フランスのあるメディアが後世に残したい映画の一位に「七人の侍」を選んだと話題になっていましたがこれも当然白黒作品です。黒澤さんのなら「姿三四郎」がシャープでとても印象深い映像で撮れています。それより少し後に取られた前進座の「人情紙風船」という映画も建物や衣装がうっとりするほどよく映っています。あまり受けなかったリュックベンソンの「アンジェラ」もよく手が入れられていると思いますしなかなか見る機会のなかったタルコフスキーの「アンドレイ ルブリョフ」などこの頃はありがたいことにレンタル屋さんにも出ていますのでまた見てみたいという気になりました。この映画地味ですが構図がものすごく考えられていますしオープニングの撮影などどのようにしてブレを抑えたのかとても驚かされます。モノクロは誤魔化しが効きませんから作る側の姿勢がそのまま出てくる人間くさいところが嬉しいんです。時間をかけ神経の行き届いているものは何度見ても飽きの来ない奥深さがあります。明るいモノクロにするには手間も掛かると思いますがマニアはいますのでこれから普通に作られるようになるといいですね。

 こちらは先に書いたトンボ玉作家さんに頂いたものです。ガラスの質感とナメクジのそれがなかなかいい相性なので気に入っていました。よく目を凝らすと体内には気泡の細かな粒が弾けていて銀河のように透けて見えるんですよ。目の付け所がよかったと思うんですが評判はいまいちということでちょっと悔しいです。

 

Ω  夏の終わり ('14/08/28)

 

 上の写真は新築のお宅の造作材の下拵え、目合わせして平らに削った材に鉋がけ〜接着している様子です。このあと養生の時間を置いて目違い払いして見える面と見付きには最終仕上げの鉋をかけて面尻になる角は面取りをし引渡しになります。建築の業界は分業化がかなり進んでまして設計や材加工は別担当となっているのが普通になって久しく、大工さんの仕事は組み付けが中心でその他の経験を積む機会はますます減りそのため木材や手工具に関心を持たないのも普通。栃木のような地方でもそんな具合です。家作りの専門家の視界から木材はどんどん遠くなりつつあるようです。木の時間はゆったりしていて過去にはそれに人の時間の方を合わせる余裕もあったのですが現代のスピード感覚ではそのギャップに我慢できないのかもしれません。それでもその中にも流れに同調しない者はいますのでその人たちが希望を持ち頑張って生き残れる余地があることを願うばかりです。

 住宅で無垢の木を使った造作を頼むと集成材が出されるのが普通です。電話一本ですぐに手配できますし木のサイズが規格で揃っているうえ特性である反りへの対応など面倒な後処理や知識が不要な分重宝ですがびっくりするほど高価です。流通が複雑なことなどが理由にあげられるのでしょうが専門家の方々が他の選択肢がないと判断している点がそれを助長している大きな原因だと思います。写真の仕事は設計士さんの手持ち材です。その設計士さんが自分で材を集める理由は好きだからが半分、もう半分はその方が集成材を使うより安価に出来るからということがあるからだそうです。大量にさばくなら均質で安定したものが求められ全てに目が届かすことが難しくなりますから小さな規模だからこそ可能なこともあります。

 個人規模でやりくりしていますからたまには間に合わせで苦心することもあるそうで、例えば上の物件は繋がると一間半にもなる作り付けのキッチンキャビネットになるのですが表に見える部分は北海道産の堅いナラ(多分ナラとカシワのハーフだと思います)で扉が付いて物が置かれてしまえば見えなくなってしまう地板の部分には見付き側の一枚を除いて36ミリ厚の岩手の天スギを当てています。お客さんの了解も得ているということで最終的には着色もしますが多少節ありとはいえ材木市でもめったに出ない天然物がそんなパートで使われているのも珍しいと思います。設計士さんはたまたまめぐり合わせで使いどころに困っていた丁度いい寸法のものがあったからと言ってましたがこっちがびっくりしてしまいます。油が濃くて耐久性に優れたいい材です。普段見えない棚の樹齢が200年。個別注文らしくていいですね。面白い設計士さんでなにかと気が合いいい経験させてもらってます。

 こちらは昨日出来上がった小椅子。トンボ玉作家さんから展示会などの時に腰掛兼作業台として適当なものがなかなか見つからないので作ってくれないかと頼まれていたもので昔の小学校の工作室にこんなのがあったそうなのです。寝かせて側面に張った板の上でトンカチを叩いたりするそうですのでちょっと骨太にしています。それらは多分マツかヒノキを使ったのではないかと思うのですがこれはスギの落とし材をあてました。持ち込みを貰い受けたものに寸法が丁度合ったので。ですから材費はかかっていません。上品で軽くていい材ですがやや柔らかな質感ですから表面を固める塗装はしていただく話にはなっています。

 出番のなかった取り残し材が形になって人に貰われていくのは嬉しい気分になります。目に付く箇所の釘打ちは久しぶりにやってみると案外難しいもんですね。木蝋をまぶしてウズクリでこすってみたら光沢が出て面白いのではないか試してみたくてうずうずしますがそれは注文の範囲を逸脱してしまいますから我慢です。

 

Ω  テーブルトップの化粧直し ('14/07/15)

 

 他の用で伺った折にいつでもいいから直してもらえないかと頼まれていたテーブルトップの補修を昨日済ませました。数年使って汚れが目立ってきたのでクレンザーのようなものを使って一気にきれいにとしようとしたら白っちゃけてしまったとのご様子で油をひき直す手もありましたがこの際ですから全面削り直してしまった方がいいのではないかとお話を進めました。

 というのも言い辛いのですが実はこの板はちょっと波打っています。テーブルは業務用として喫茶店で使われているものでこれと同時期に作った大きな板目材テーブルは真っ直ぐなままなのに本来反りの出にくい柾目の方が乾燥期に歪みが目立つのでいつか手直ししましょうと話していたモノです。当時取引していた木材屋さんではこの厚みの柾目材の扱いはなかったので新規のところに問い合わせたところ乾燥済みのものがあるとのことでお願いしたのですがふた冬越した頃あたりから歪みが目につくようになってきてしまいました。原因は乾燥の不備です。ユーティリティーを優先して反り止めを中央一本しか付けられない作りのために用心してお客さんに安定性の高い柾目をお勧めしたのはこちらですし割高な材コストのご負担を呑んでいただいたいたこともありますので当然削りの費用は当方持ちとしてメンテのオイルと運搬のガソリン代をご負担いただくことでご了解していただいています。(実際にはご好意でそれより余分に頂きました。どうもすみません。)

 下が補修後。手順としては台直し鉋で皮むきをして汚れ層をこそぎ中シコ鉋でレベルを整え仕上げを掛け、オイル、ワックスという流れです。接ぎ板は目の流れが反対方向に向いた板が隣あっていたりしますから逆剥けが出ないよう仕上げは慎重に進めます。同形4枚塗装まで丁度一日。お店の休業日を挟んで一日で上げる仕事ですから乾燥の時間をあまり取れないのでオイル掛けは2回。あとは匂いの少ない液状のビーワックスを今後の汚れ落としのメンテを含め中心に考えようと思います。

 今回の問題は木材の乾燥についてでして後日他の用のときにその材木屋さんに聞いてみたところこの柾目材は天然乾燥2年で人口乾燥機に入れていないということでした。市販されるナラの板材は人工乾燥が当たり前と思い込んでいたのが間違いです。水抜けが早い柾目でも34ミリだとちょっと早いと思います。ただし人乾もされていれば完璧というわけではなくそれ以前の天乾にかける時間があまり短いと材の性質に拠ってはひび割れなどの支障が出ることもありますし人乾後ひと月は戻りの時間を取らないと加工後狂いがしばし出ます。何でも適正かどうかよく確認しないとダメですね。

 お客さんはそれを含めてこちらに信用を預けてくださるのですからそれを裏切ることのないよう注意を怠らないよう気をつけます。

 

Ω  製材立会い ('14/06/12)

 

 旭川の材木市で入札を頼んでおいた丸木を南会津まで挽きに行って来ました。たまには人頼みにしないで出かけてみようと思い立ったのは丁度ベンチに出来る乾燥済みのクリ材を探すという目的もあったのと時間に追われる仕事がひと段落着いて一年で最も輝いている山の緑を見たくなったからです。送料を浮かすためトラックを借りて一日がかり。うちからだと例幣使街道の杉並木を抜け会津西街道を北上するルートを辿ります。途中大雨で道路が封鎖にならないかヒヤヒヤする場面もありましたが上は日差しもあり一面の生き生きした草木に囲まれ昔近所の原っぱでよく見かけた小型のバッタやら平地では見たことのない羽虫を目にすることが出来ましたし気分が晴れるというかつまらない雑事はどうでもよくなります。福島は中高年にはタイムスリップ感覚、若い方なら目にして耳にして変わらないもののその新鮮さに驚きをもたらしてくれると思います。

 製材は径が40のミズナラが一本だけです。それでも長さは6mもありますから材積で1立米。これは普段仕入れる乾燥済み材の注文単位と丁度同じ量でしかも一本の同じ性質の材がそれだけ揃うというのは加工屋にはとても魅力があります。この頃は道材でも年輪の荒いものがほとんどと訊いている中でたまたまなんでしょうけど今回のは樹齢200以上数えられ目がかなり密に詰んでいます。その上色気は昔風の濃いのものでしたので入手できたのは幸運でした。今年の市ではことのほかナラが高騰して通い慣れたプロの方でも数字書きが難しかったとも聞いていますし実際この丸木を当てるまで6,7本競り負けたそうですから縁を取り結んでくれた材木屋さんにはとても感謝しています。

 写真上は若干ある曲がりの頂点のところ、長さ2200で一度胴切りしてもらって 甲板用に40厚でスライスしたもの。これでも縮みや反り・捩れで修正を加えると仕上がりの想定は30上くらいです。元口が少し荒れていましたので半分はそれを含まないきれいな板が取れるよう鋸入れをお願いしました。下が今回分のメイン。長さが3800、半割りにして中央は柾、両端が追い柾にしてもらったもの。厚みは34・29と半々です。これまで丸木買いするナラは通常のルートでは入手しづらい、あるいは売りに出されても高価で手が出ないテーブルトップなどのための幅広材を目標にしてきたのですが今回分は普段多用している150〜300幅のためのテストです。

 今現在流通しているナラ材の入手パターンは大まかに3通りあります。@国内産のものを国内で製材、A外国産のものを国内で製材、B外国産のものを外国で製材。同じサイズを求めるという条件でなら上に行くほど高価で量も少なく貴重です。Bは新しいカテゴリーで従来主流だったAに較べ私見ですが材の質はともかく養生の経験不足なのか慣行がちがうのか使いづらい面がありこの先改善の姿勢がないならこのルートの切り替えを考えなくてはならない事情があり実は今回の生木買いもその回避策のひとつです。

 ナラは乾燥が難しく実際知識とケア不足からいろいろ失敗を経験していますので出来るなら手を出したくないというのが本音です。強い木ですからね、レベル出しや重しが不十分だと大人しく平らにはなってくれませんし割れも出やすい。厚みのあるものでしたらまだ転用が利きますけど薄板は失敗できませんからこれまで手出ししないでいました。今回幅を落とした柾挽きにしたのも駄目もとにするわけにはいかない用心からです。コストカットのためにロスを増やすわけにはいかないですもんね。

 僕のところの家具は車を持つ経済力のある方が無理のない範囲で購入できる価格の品物でありたいと考えています。木の好きな方に長く使っていただけるようなものを提供できるようにと。見た目地味で構造に重きを置くのもそのためでその役目を担える材としてナラはパートナーとしてベストと考えています。この先高級品でのみしか出会えなくなってしまうのなら寂しいですからね、規模の小さなところを小回りできる利点とし加工だけが仕事と考えないようにして上手い動き方を模索していくつもりです。

 これは翌日の桟積みの様子。乾燥をほぼ終えた材が上になって重し代わりになってます。これまで以上に途中経過に要注意です。

 

Ω  今日の工場 ('14/05/24)

 

 5枚扉の食器棚。大きいです。材の長いものがないのでお客さんの了解を得て本体・ 甲板とも繋いで組み上げる設計になったそうです。家具材になる丸太は国内のものはだいたい2200〜2400の長さを基準としていますから2250の全寸は微妙なんです。乾燥させるうちには両端から細かな割れは入りますから最低でも各10センチは捨てと見込むのが普通ですから。

 仕上げを済ませた生地を長く放置させると歪みのもとなので本体は下地の塗装を既にかけています。片面塗装も狂いの原因になりますから裏表全部たっぷり油を浸み込ませます。写真は扉の仮組の様子です。ここで一枚づつ目違いやねじれをある程度調整してそれから表面を仕上げます。組みにはクランプ止めの時間が取られますから組みながら次の棚の加工、棚を組みながら引き出しの加工という段取りです。それから本体を重ねて背板を取り付け扉の仕込を終えたらほぼ完成します。頂上はあと少し、登山と同様にあせりは禁物です。

 かれこれひと月この物件に付きっ切りになってるのですが同じ頃工事を始めた近所の建て売り住宅5棟が外装を済ませて今日足場を外しにかかっていまして食器棚一台と住宅五棟が同じスピードで出来上がる現実の脅威に眩暈がします。

 

Ω  板割り('14/05/03)

 

 これは持ち込みの丸太挽き材、全部ケンポナシです。板厚は60o〜12o、幅はいろいろあるこれらで大きな食器棚を作ります。支給された図面には外寸とレイアウトの指定はありますが各パートの細かな数字は任されていて材に合わせて割り振りを検討し、大まかに決まったら報告確認するということで設計士さんと合意できています。

 板を接ぎ合わせて箱にするプランもありましたがそれだと絶対量が足りないようなので帆立・地板・棚板は全て框組みとして図面・木取り表を起こしました。框内部に納まる板は枠と同じ厚みにする必要はないので板を2枚に割ったりして材を省くことが出来るからです。その上で不都合なくばチジミ模様の入った特殊な板一枚と階段板一枚分取れる板を残して欲しいとの要請がありましたので途中目ぼしい板を撥ねて後は全部使い切るつもりで分配を考えます。割れや痛み・虫食いを上手くよけるということは無論ですが木材には切面それぞれ色模様の違いが出るという特性がありますから出来上がり姿を想像しながら寸法だけではなくそれらバランスを見ていくことも大事です。今回分は芯含みの100近い角材が何本か混じっておりそのおかげで帆立て前柱に太いものが取れましたしその落とし材は14ミリの薄板が4枚揃い目で取れるなど有効に使えました。柱が太く取れると差し込むホゾも長くできますし剛性とサイズに相応の安定感が出ます。この辺は家のつくりと同じです。乾燥は十分されていて割った板の面を合わせるとほぼ隙間ないほど狂いが少ないので助かりました。反りが出たらそれを正すため再度厚みを落とすことになりますし動きが安定するまで様子を見る時間を取られることもありますから。下が大まかな板割りを済ませたところです。ここまでで1週間。削りや接ぎで実際に刻みに入るまでまだ後1週ほど掛かると思います。

 框組はモダンで機能主義的なフラットな面も出しずらいですしデザインの面では形状に制約があるのでちょっと古臭く感じられる感もあるかもしれません。パーツが増える分手間も余計に掛かるということもあり現実に売り物としてコスト高な面もありますし。自分が使うものではないのであまり出しゃばった事は慎みますがしかし個人的には板組みより框が好きです。安心感があるといった方が近いでしょうか、板組みの家具で長く使い込んで立ち姿のいい家具というものを見た記憶がないからです。昔と今では使っている材種も違いますし加工法や接合法、乾燥に関する技術・知識も進んでいますし生活環境もかなり変化があるとは思うのですが過去をスパッと切り捨てる自信もありません。

 時を重ねた木の質感はいいもんです。そうした思いに共感してくださる方は少ないかもしれませんがそれも一つの価値ですから大事にしていきたいです。家具はただ観賞するためだけの置物ではありませんから居場所を確保するために本来ある機能が長く失われないよう考え付く手は打っておきたいです。使い手の方と作り手双方安心できるように。

 

Ω  研ぎ桶 ('14/04/10)

 

 これは何かというと研ぎ桶と呼んだらいいのか要するに砥石をこの上に置いて刃物を研ぐ台です。作業は水を掛けながらしますから下に水が溜まるような作りになっています。普通はシンクなどのある水場で立ってするのが当たり前なのですが僕の工場には水は引いてませんし正座は苦にならない性質なのでうちのはこんな形です。以前刃物屋さんで見たものを真似たものです。

 十数年使っている右側のが傷みが激しくついこの間左側板に続いて手前の枠下がとうとう折れて外れてしまいぐらぐらやりにくくて仕方ないので昨日次の材待ちの間半日手が空いたのを見計らって新しいのを作ることにしました。古い方はその当時手持ちで一番安価だったコナラの板目材を当てたのですが懸念した通り水気にはやはり弱かったですね。加工の不備もあったため水の当たる下半分が東京タワーの脚のように末広がりになってしまってます。今回の材は先日使ったスギの落としを貰い受けたものでして漆も使い残しで封を切ったものがあったので一度だけかけています。接着剤は耐水ボンドを想定していたのですが拭取りをきれいに上げるのも面倒ですし物は試しなので接着も漆を当てています。自分で使うものですからなるべく実験要素を入れたいですしね。サイズは若干大きくなったものの断然軽いです。

 どうせすぐ汚してしまうものですけどこう写真で見ると何だか麗しい気もします。で、古いのはどうするかなんですがやっぱりぱっとは捨てられないので植木鉢代わりか何かに利用してみます。

 このHPが在籍しているニフティーさんの容量の100Mにほぼ届いてしまったので今後どうするか考えなくちゃならないところに来ています。まあ一つ入れたら一つ消すという方法で継続してもいいのですが何だか手間な気もしますし。ギャラリーの展示も趣味的というかええ年してフィギュアのコレクションのように溜まる一方で大人気ないとも言えますので時間を作って一度整理しないとダメですね。知人にフェイスブックの活用を勧められたりもするのですが自分には今の穴倉生活の方が合っていますので同じような形で行きたいのですがするとどんどん世間から遠くなり商売も先細る懸念もあり難しいところです。XPの問題もありますしリニューアルの時期なのかもしれませんね。別に画期的なアイディアもありませんがもちょっとプロっぽく、シャープで熱い感じの方が見やすいでしょうかね?

 (追記)ニフティーで調べてみたところ製作ソフトの表示とは違い容量にはまだ10Mほど余裕があるみたいですのでしばらくはこのままいけそうなことになりました。先走ったこと書いてしまい申し訳ありません。手が空いた時間にせっせと要らない画像を削除したりしたのですが無意味でしたね。

 

 Ω  吉野杉 ('14/03/05)

 

 仕掛かりの仕事を大きなビニールで外気が触れぬよう覆い休止させて今はお彼岸前までの納期で水屋を作っています。上の写真は先日届いた持ち込み材、オール赤、無節の吉野杉です。僕の普段使っているナラ材の数倍の価格がする理由はとても身がよく締まった良材であるうえ色や表情のばらつきがほとんどなく木目も真っ直ぐ、また乾燥がよくなされているところでしょうか。地味ながらとても面倒な手を掛けているその目的は目に映りよく長期の使用に支障ないようにということだと思います。打ち合わせの折から軽い杉材でオイル塗装の組みモノを作ることに正直なところ不安もありましたが手に持ち削り始めてその懸念は小さくなりました。比重はヒノキと変わらないくらいずっしりきます。

 下は羽目板の仮仕上げ。薄板は動きの反応が早いので厚み決めが済んだあと長く放置すると鉋掛けしずらくなるので予め済ませておきます。使用する機械の刃物が研磨から上がってきて全て揃いましたから明日から刻みに入ります。任せていただいた期待に背くことのないよう頑張ります。

 

 Ω  椅子の折れた貫の直し ('14/02/08)

 

 大騒ぎの予想通りに雪が降りました。それにかち合わないように早めに昨晩収めた階段板と建具の仕事の写真をうっかりと撮り忘れたのを今気づきまして更新がないととうとう手ぶらになったのかと気にかけてくださる方もおられますので今回は身辺報告で代用させていただこうかと。一応まだ何とかやっています。

 上の椅子も今日お持ちする予定でしたが月曜に持越しです。この椅子は随分前にコンペ用に作ってしばらく工場で客用に使っていたところ気に入ってくださる方があって貰われたものなのですが「体重100kの巨漢が後ろ脚二本立ちにして座っていたら音がしてぐらぐらするようになった」とのことで打ち合わせに伺った折にご相談を受け調べてみましたら手前の貫が片側、右サイドは両方ホゾが付け根で折れてました。なるべく軽い椅子というコンセプトでも強度の掛かるパーツに糠目材はまずかったようです。どなたもこれで怪我をしたわけではないと聞いて一安心ですがこの面による歪み止めのない構造からすると配材が適当ではなかったのは明らかですからやはり恥ずかしい思いでした。こういうことは結果が出て初めて実感が持てます。ローバックの軽い椅子だとつい後ろ脚でロッキングしたくなるもんです。作り手も当然それを想定していてそうされてもなお故障もせずいつもいつまでも変わらないものというのがカッコいいんですけどこれは思慮が足りませんでした。

  このお宅にはペットの猫もいてたまに爪を研ぐこともあるそうですが座はまだ張替えの必要はないようです。この椅子の脚は蛇腹面を取っている都合上貫の胴付きは5ミリほど掘り下げていますので横方向にずれる心配はなく直しは簡単でとのお話でしたので反対側からビスを4本打ち込んで補強するだけに済ませてあります。張替えの必要が出た頃にその時は全てばらして貫材の交換をさせていただけるといいのですけれど。

 

 Ω 新しい年 ('14/01/05)

 

新年おめでとうございます 

また本年もどうぞよろしくお願いいたします

 

 先程¥2000ほどで新しい無線マウスを購入してきたところ快調に動いてくれましたのでまた更新を始めたいと思います。有線の光学式のものが動かなくなってから引っ張り出してきた古いボール式のものもじきに反応しなくなってしまっていたものですからこれは本体がいかれたのかなと心配したのですがこれで一安心しました。こんなことならもっと早く対処していたらよかったのですがその時間も惜しいほどこの暮れは納期に追われてまして収めが無事済んだ後にすぐ旅行と慌しく日が過ぎてしまい、今日一日はゆっくりしてまた明日からいつものペースに戻ろうかとしているところです。

 上の写真は長崎に出かけて撮ったものです。平地の少ない県ですから宅地に農地に河川にと至るところ石組みの基礎が見受けられそれぞれ時代と個性があり興味深かったですよ。昔は今ほど人や情報の移動が簡単には出来ませんから各々それを手掛ける個人の工夫の入り込む余地というか自力で何とかしないとならない厳しい現実があったのでしょうね。人の顔と同じでよく見ると様々な違いがあって魅力に富んでいます。こうした古いものはその時代に生きた人の心情も反映していているのではないでしょうか。時間の掛け方にも違いがありましょうし思い込みの深さもどんなものであったものか想像で追いつける自信もありませんが人が大地に深く根を下ろそうと格闘する姿を暖房で暖められた電車の車窓から眺めながら現代から将来に向けて繋がりを太く出来る接点がないものかと願っているのは図々しくも本心からです。

 出島で案内の方に話を伺うと本来あった架け橋を再建する計画に河川を管理する国交省は石組みでの橋掛けを許可しないと通達しているそうです。予算や技術的なこともあるのでしょうが百年二百年と長くもつものを無理しても作っておいた方が後世の人も胸を張れるのではないかと残念に思います。広く門戸を開いて有志の人材を集める意義もあるのではないかと。いいものを伝える、いいものを受け入れ習得する時間を惜しんで人や国の形が穏やかで落ち着いたものになることもないでしょうし。今はとりあえず間に合わせで済ますものとそうしないものと分けてよく考える時代に入っていると思うのですが。

 うちにはレコーダーがないので撮り貯めを頼んでおいた「タモリ倶楽部」をいつも正月に見るのですがあの番組はいいですね。毎回取り上げられる方がマニアばっかりというと何だか軽く扱われそうですが知識の深さと情熱はあまりに人間的で何にそう駆り立てられるのか不可思議でありながら見ていて嬉しくも思えてきます。個人の頭の中にはこれまでの詰め込み教育の反動もあるでしょうし世間の目を気にしないでいられる自分だけの領域への愛着もあるでしょう。ただ他から提供されたものを受け入れることを承諾するのではなく男性は特に何かしら形あるフロンティアを求めるもんですよね。情熱の芽は自分の手で大事に育てないと生き方が淡白になりすぎて自然な生命力が削がれてしまう気がします。社会が求めるものと自分の望むものとのギャップの大きな生き方もバランスさえ間違わなければいいもんだと思うんですけど。

 今年の仕事ですが若い頃の無鉄砲なものではなく年を重ねてそれなりの経験をつんだ頃合いならではの遊びを考えていきたいと思っています。少し肩の力を抜いた軽さというか形のバランスと印象に意識を置いていこうと。僕の家具は見た目も堅いですからね。どんな工夫が出来るものか考えを少しづつでも進めていこうと思っています。

 

 Ω  マウスの故障 ('13/12/12)

 

 上の写真は本来縮小してギャラリーに展示する予定だったロッカーです。縦長ながら天井まで届き支輪を削って高さをあわせますので転倒は防げます。柱を挟んで左右並ぶ位置替え出来る今風の押入れみたいなものですね。

 コンピュータの不具合でマウスが感知できなくなってしまってまして他の事はキーボード使用で何とか補ってくれるのですが画像編集のためのドラッグ操作が非常にやりずらく、暮れの忙しい時期にかまってられないので仕事のアップロードはしばしお休みにすることにしました。修復が済めば趣味ですのでまた始めたいのですが。

 何かと忙しない時期です。が、それをやり過ごせば長休みが待ってますので皆様どうぞお怪我なく、風邪などめさぬようお気をつけてお過ごし下さい。今年もお年賀のご挨拶が遅れることもあろうかと按じております。どうかご容赦お願いいたします。

 

 Ω  材種いろいろ ('13/10/30)

 

 上の写真は階段板です。14段を別材で設えています。一枚目上左からクリ・ケヤキ・カツラ・ナラ・下セン・カタスギ(アズキナシ)・サクラ・シュリザクラ・キハダ。二枚目が左からエンジュ・オオハトネリコ・イタヤカエデ・ウスズミザクラ・ちょっと見ずらい奥下にアルダー。いや賑やかです。僕自身初めて扱うものもあります。

 市場に広く流通させるためには業者の側からは大量生産をカバーするために安定した量の確保が前提にされるためこのような少量の山出し材はそのルートには乗りません。例えば魚などと同じでその味を知る漁場の人がどう主張しようと街のスーパーには出回らないので欲しければ生産地に出向くしかなく、しかも皮付きの丸木の状態で木質の良し悪しを吟味する目を養うためには相応の経験と出費を乗り越えないとなりませんからその域まで到達できる人は少ないと思います。

 建築設計事務所「銀の森」の増田さんは木の本当に好きな方でご自宅の庭でもさまざまな木を育てておられますし足繁く材木市にも通われて建築用材を探されたりしておられますがご自身コレクターだと仰られるように中には趣味半分につい手を出してしまうものもあるようでして時折同好のお客さんとそれらを分かち合ってお互いで楽しまれるということもあるようです。

 この階段(その時は樹種名がアイウエオ順に並んでいました)の出来上がりのものを一度見せてもらったことがあるのですが漆喰塗りの壁の色に映えて予想に反してとても良かったですよ。普段色調の統一感を好ましいと感じている者にとってはちょっとした驚きでした。やはり物のスケールが変わると見方も変わるものですね。屋外をも含んで広く空間を繋ぐトータルのバランス感覚というものがあって大人しくまとまろうとする家具とは違うものですがそうした捕らえ方というのも少し面白いなとも感じました。

 

 Ω  折れた貫の補修 ('13/09/10)

 

 量産する現場の考え方は「いいものを作る」というより「悪いものを作らない」ことに発想の起点が置かれます。例えば家具の生産なら10台分の材が配給されるとして色や硬さにバラつきのあるものの中から良い材を優先して順次一台づつ振り分けていくと10種類の品質に差がある椅子が出来上がることになります。その差というのは木目の調和が整っていたりジョイントするパーツ同士の硬度が近かったりということで見た印象や寿命を左右します。それらを敢えて野菜や果物のように各々価格差をつければ買い手の方に合理的に説明もつくのですが売り手は直に生産に当たった者と同等に事情に通じてはいませんから混乱を招くばかりで当然いい選択とは言えず、それがため現場ではマックス100に対して例えば90点以上のものと80点以下のものは作らないようにしようとの判断で材を散らして作業をするわけです。というのも仮に高得点のものを見本としてお客さんに提示している場合実際手元に届いたものが平均点ですと期待外れの印象を与えることになるかもしれませんし全品高得点を目指すのはロスが増え現実的にコストが掛かり過ぎることになってしまいますから。

 残念なことに今回修理を依頼されたものはちょっと外れたかなの部類だったかもしれません。写真では判りずらいのですが向かって右手端の座板の板接ぎ箇所が外れかかっていてその割れ目は丁度前脚のホゾ穴の中央に当たっていました。使用材は軟材のブナですし接ぎはただ平面をくっつけたイモですからこれはまずいです。ブナはよく動く木ですし隣り合った板の動きも同調するとは限りません。それを押さえ込む接着剤も例えば紫外線をよく浴びたり高温になる場所で使用されたりすれば実験値ほど堅固さが持続できるとは限りませんし。それでももし穴の位置がもう少しズレてくれていたら耐久力は違っていたのだと思うんですけど。

 このタイプの椅子はパーツは細いながらも数が多くその各々が定位置で互いを支えあう壊れにくい構造になっていますが連結で強化している分一つの故障が他にも伝わりやすい性格も持っています。特にウィンザーのように取り付けに勾配のかかる構造のもので近代的な軸回転加工を多用した丸ホゾ組はその形状ゆえ四角いホゾに比べ水平方向の動きを止める機能はありませんので線で荷重に耐える負担が強くホゾの潰れによる緩みは警戒する必要があります。実際この椅子も座板から4本の脚が抜けてしまったのをコーキング材のようなもので補修した跡がありました。ただそのコーキング材の柔らかさは本体の横方向のねじれを止めるには弱くその揺れを続けるうちに貫の弱い箇所に負担をかけることにより断裂に至ったのが故障の経過ではないかと考えたのですが当たっているでしょうか。

 ブナのようなやや軟材で部材に圧縮の負荷がかかる構造の椅子を作ったことには使いやすさを優先に耐久性には目をつむる考えはあったかもしれません。なるほどこの軽さは確かに魅力があります。でも後の修理のことを想定するなら貫の付け根に打ち込んでいるピンタッカーは困りもので長い目で見て逆効果ですから今のエコ時代には合わなくなっていると思います。今回のお客さんのように気に入ったものならある程度コストをかけて使い続けたいと考える方も多いと思いますし。のり切れして緩んで抜けてしまうのであればすっきり外れた方が直しは早期に楽に出来ますがぐらぐらが始まっても引き抜けない状態が長く続けば他の接合箇所も傷んできますから部材の亀裂など事が大きくなってしまう危惧がありますし打った針がホゾそのものを傷つける危険もあります。

 直しの方ですがぐらつかないでまた使えるようになるなら見た目は問わないというご希望でしたので交換の貫材には10年位前に試作で作って風に煽られた拍子にあっさりと折れてしまった工房の立て看板の脚パーツの取っておいたものがありましたからそれを当てることにしました。時間とコストの節約です。どんな端材も捨てたくないのはこういうことが時折あるからです。ただ予め胴を丸く削ってある棒に穴掘り・ホゾ付けするのはちょっと手間かなとも思ったのですがやってみたら支障ありませんでした。当て木を工夫したりでなんとかなるもんですね。座板は接着し直して裏に補強を埋めています。

 軽くて慣れ親しんだこの椅子を老齢のお父さんが気に入っていて出来れば本人の意向を通してあげたいので修理が可能ならばとお話を伺っています。その時の話題の中で驚いたのは町の家具店ではこのような様子の椅子が4脚一万円で売りに出ているとのことでバラでは売れないと店員さんに言われたので購入は断念されたそうなのですがモノ余りということはこういうことなんですね。多分テーブルとのセット割れのための捨て値でしょうけど1脚分がこの修理の費用とどっこいくらい、それにしても恐ろしい単価です。

 使い処がよくわからずに困っていた鉋「重延」はどうやら軟材の仕上げのエキスパートのようで先日のクルミに続きスギ材を当ててみましたら漸く本領を発揮してくれました。木肌の光ることびっくりです。うちの軟材用鉋に露払いというかナイフマーク取りの下ごしらえをさせての二段の構えですが上がりがまるで見違えてしまいますので適材適所ということなんでしょうね。

 こういう品質を求める作り手がいてそれを喜んでくれる顧客があってこうした道具が生まれてきたのでしょうけれどそれに応えてきた道具作りの工人の凄さをあらためて実感します。こうした人と人との響き合い、交流による深まりはいいですね。

 

 Ω  鉋とペーパー ('13/07/28)

 

 設計事務所さんから依頼でリフォームするお宅の造作材の下拵えをしていました。丸太挽き材を規定の寸法に切り回しして裏表削って反りや捩れを正し厚みを均一にしたり板を接いで組み立てに使うパーツを用意したり大きな造作家具2台分です。今の大工さんは硬い木を扱い慣れないので分業の方が人件費節約になるのだそうです。上の写真は定規と目視でレベルを調整しているところです。これはミズナラという木で同じナラでも比重が軽くその分刃物を当てても抵抗が少ないので楽なのですが2700も長さがある板ですと作業台からはみ出た端は自然に重みでたれますから時折持ち上げてみてしっかり直線に出来上がっているか確認する必要もあります。

 鉋仕上げのいいところは木の表面の細胞を壊さないで整形できるところで初期の透明感と艶が長く保てる理由もそれがためだと思います。上手くかかっていればお化粧に頼らなくともすっきりくすみのない素肌美人が出来上がるということです。副次作用として湿り気を吸い込む率を下げるという特性もありますので反りや歪み防止にも有効なことも挙げられますがもしかしたら昔の人はこのことを一番に念頭お置いたのではないかとこの頃は考えています。

 しかしこの道具が理想的に万能かというとそうでもなくて鉋の刃先は材に当てている時間中磨り減り続けているわけですから引き始めと引き終わりでは同じ状態ではありえません。仮に一本の細い棒を削るのなら先と後との微妙な質の変化を目で捉えるのはほぼ不可能ですが幅広材などのように幾度も列をなして引き筋を作るときなどは隣り合った列の質感の微妙な違いは目に映ることもあります。それが嫌なのでなるべく小まめに刃先を研いで斑をなくそうと努めますがナラは硬く切れ止まりが早いですし逆目同士が並んでいたり目があちこち飛んでることも多いですから目に付きやすいパートは特に気を使います。注文家具の場合はお客さんとの話し合いのうえ要望に応じたレベルでまとめるというのが原則になります。木にも個体差がありますし縁があって自分が手掛けることになったのですから通り一遍ルーティンワークで流すのは無理です。

 塗料の乗りを良くするためにペーパーを使って生地調整するという話は聞いたことがあるかもしれませんがオイルでのステイン塗装の場合実際の目的は切れているところと切れの甘いところの削り斑を目立たなくするためではないかと考えます。着色の場合はよりそれが目立ちます。僕のところもキャビネット内部や棚板など目に付きにくい所なら生地の段階から、実際に油を掛けてみないと見えてこないムラもあるものですから全体は一度目の下地の油掛けの後にはペーパーを使います。目止めの効果も多少あると思います。番手は空研ぎなら#240・400番、ウエットで#600・800です。ただあまり高い番手のものを掛けすぎるとナメクジの肌のようないやらしい輝きを帯びるようになりますのでそうならないよう注意しています。

 サンドペーパーによる生地仕上げはもともとは塗膜で生地をくるむことを前提とした下地作りから始まっていますから上に乗る塗料の剥離防止のためそのままではやや荒い上がりのものでしたが生地を露出させるオイルフィニッシュが一般化してきてからは工夫が重ねられてきていてこれからまた進化させることが出来る手法だと思います。サンディングの長所は均一な質感を作りやすいところです。鉋の刃先と同じ理屈でサンドペーパーの細かな砂粒も使っているうちに先端から毀れたり欠けたりもして処理状態を変えていきますが新しいものと交換することにより初期化は簡単に済ませられます。工業製品の規格は均一で木賊やムクの葉のような自然物と違い一々調整する必要ありませんし。機械を使用するとことによって特性である均質化とスピードアップを図ることは容易にできますが質に関しては規定はありませんので各作り手の感性により仕上がりは多様です。研磨材の選択や油掛けや水研ぎの回数など工夫して独自の美しさを追求されている方々もおられ良い仕上がりのものは鉋がけより時間はかかっていると思います。ですから鉋使いのほうが上質とは必ずしも言えずそれらは別々の手法でその中で質の上下があると考える方が理に適っていると思います。

 サンディング磨きにはまた触感の柔らかさという魅力もあります。刃物仕上げが指先に吸い付くようなのに較べサラサラしているというか実際に乾いた自然の中で触れる木肌にちかいのはこちらではないかと思います。アウトドア志向の方にはたまらないのではないでしょうか。僕も子供の頃遊び場だったお寺の回廊の雨風に晒されて人の手で磨かれた欄干の夏の木陰のひんやりしたした手触り、冬の陽だまりの暖かいぬくもりをよく覚えていますので人と自然の距離がますます広がりその繋がりを思い起こすアイテムとして部屋に置く家具にその用途を追加させようという思いも共感できます。

 しかしながら自然のものは人の利用を前提に作られているわけではありませんからある程度人の側からそれに同調し受け入れるか或いは人の生活に適応するよう手出しする必要はあろうかと思います。屋根の下では雨風が木肌をさすってくれるということはありませんので人がそれを代行して自分の世界に馴染ませるということです。鉢植えの花に水やりするのが当たり前のような感覚でオイルフィニッシュの木製品に油がけしたり磨いたりが普段の生活に慣例化するといいのですが。花が咲くような変化を楽しみにしていただけるように。

 木製品の使い心地よさが再認知される同じ流れでそのためのオイル仕上げのケアのいい方法が一般知識としてもっと広く普及するといいと思っています。成功失敗を含め様々な人が試したいろいろな経験が共有できるような場所もあるといいですね。考えてみれば一度は都市部ではとくに断絶があったものの木製品の保全に適した湿度に恵まれた環境のなか長くそれらと共生してきた歴史があるのですからいい知恵はそこかしこに埋もれていて気づかないだけかもしれません。僕らのような仕事がこの先どうなるかもそれに係っているかもしれませんし。

 昨晩の大雨で今年二度目の工場浸水です。もう慣れたものなので仕掛り品に被害がないように準備して退避。水が引いた後戻ってみたら子供プール状態で床板が浮いてました。上の写真は水の掻き出しが済んだ後でうっかりしていて救助するのを忘れていた踏み台を撮ったものです。丁度踝くらいまで水が上がった跡がついてました。無垢物のいいところは乾燥して水気が飛んでしまえばまた元に戻ってしまうところです。硬木は特に水の浸入が遅いですし。この家具は木口が表面に見えない組み方をしていまして昔の家具がなるべく木口の露出を避けるよう工夫したのは木口は細かなストローの束が口を開いているような状態なのでそこからの水や湿気の浸入を防ぎ木の変形・変色などによる寿命の低下を恐れたためだと思います。

 一夜明け今日はうって変わった快晴ですがもう少ししないと仕事を再開する気分になれそうにありません。筋肉痛は次の日から出るんですよね。

 

 Ω  楽しい映画 ('13/06/25)

 

 映画館は弱い人間の逃避の場だと誰かが言っていたのを覚えています。それを聞いて腹を立てる人もあるかもしれませんが個人的にはなるほどと納得していていまして確かに勢いがついて前のめりになっている時期にはあまり足を向けようと思い着く場ではない気もします。しかし勝ち組負け組みの発想に無理があるように人間生きていて同じポジションに居続けるということはあまりできないことで勝ったり負けたり、強くなったり弱くなったりの繰り返しが常ですから何となく低調な時にただ席に着いているだけでその時々のもやもやした心持から自分を引き離しリセットするには映画館という環境は良く整ってますし以前に比べ手軽に利用できるようになったのはありがたいものだと思います。

 先日も「グランドマスター」という中国の映画を見たのですがなかなか面白かったですよ。この監督は新感覚派として現実感覚に近づける表現法としてのブレやぼかしを多用したり写真家に近い演出が得意らしく古い人間にはあまり居心地のよくない画面も多々ありましたが一方でこの頃少なくなった顔をなめるようなクローズアップが美しく撮れていてため息が出るほど良かったです。主演はトニーレオンとチャンツィー。こんないい素材を使えるとなるとこの二人の何が人を惹きつけるのか解明したくていろいろ試してみたくなるのは分かります。大写しにした人の顔、それをゆっくり引き延ばして時間の密度を解いてその人が発する人を引き寄せる秘密を懸命に探す視線に同調させられるような感覚、本来なら恋人同士でしか許されないような空間の占有感覚は懐かしいようで新しい角度から設計されていてこれもまた映画ならではと感心させられました。

 個人的には映画とは絵から飛び出してきたものですから各自が気ままに感覚で理解するものでいいと思っています。話の論理性とか公信力ということでしたら書き物に適わないですから。この頃の傾向としては独自性を伸ばすより欠点を削ろうとするような保守的傾向が顕著で無難にまとまりのいいものが好まれるようですがそれでは映画の力を少し甘く見ていませんかね。プラモデルでも作るように既にある実例に似せることばかりに力を注いで効率重視しているのではないか疑ってしまいます。大きなスクリーンには書きこめる余白がたくさんあって意図しない偶然に入り込んだ雑味までも有用な素材として取り込める懐の深さは最大の利点でもありますからそれら可能性を活用して見えなかったものが見え自由自在に世界を再構築する新しい才能にどんどん道が開けるといいですね。お金が無ければ時間を、時間が無ければアイディアを、アイディアが無ければ情熱をとするスパイラルな発想はもたない者の特権ですが却ってこの時代新鮮な味があると思うのですが。ビートたけしの初期の頃などすごかったですよね。

 そして出来ればもう少し人間主題に舵を取り直して欲しいと願ってます。キャラクターが未成熟なまま使い捨てされているのを見かけもったいないとよく思います。繰り返し見て面白いのは何度でも会いたくなり行く末も気になる友人のように素敵に映っている人の存在が条件で例えばペキンパーやカサベテスは善人にしろ悪人にしろ勿論普通の人でももっと人をよく見ていたと思います。それを保障する表情や話しぶりには周囲を丹念に研究した積み重ねの成果が反映されているではないでしょうか。作る側が無関心なら見る方にも伝染します。生きた人は本当に生きた人からしか作れないと思いますしその多様で摩訶不思議な面白さは記録して遺産とする価値は十分にあると思いますが。

 寸六中シコ鉋は関西のギター作家さんのHPなどを参考に焼き直しを試したりしているのですが研究不足でなかなか上手くいかず昨年下ろした二丁のうち重延とあるものは仕込み角の関係もあって荒仕事は向かないようですし無双ばかりを酷使するのもかわいそうなので頂いた残りの一つを昨晩仕立ててみることにしました。「寿一」と名入れしてあります。ネットで検索すると当たりがないので軽く見ていたのですが研ぎも軽く引きも軽くうちの仕事には合っているようで大助かりです。人間関係とかもそうですがやはり直に当たってみないと何にも分からないものですね。上の写真は接いだ板のノリと目違いを払っている様子です。切れ味良く刃口はオリジナルのままで1ミリ近く開いているのに逆目も引っかかりません。

 追記)この鉋を収めた厚紙の箱に入っていた解説書きの終わりに藤原寿一・明寿と書いてあるのを見ててっきりこれが作者とそのお弟子さんの名前だと思っていましたらこれはこの鉋の銘で打ったのは碓氷健吾という方だと先ほど「鉋 寿一」であらためて検索してみて判りました。無名どころではありません。碓氷さんなら僕も名前くらい聞いたことあります。道理で具合がいいはずです。頂いたほかの2丁は桐箱入りなのにこの質素な包装は廉価品のためと思い込んでおりましたがこの鉋は元は二台一組の夫婦鉋として売られていたものだそうでということはその箱は間に合わせに後からあてがわれたのだと思います。助さんに印籠を目にコジ入れられた気分です。同じサイズばかり揃えても仕方ないので人にあげてしまおうかとも考えていたのですから浅はかでした。全く目の開いていない盆暗職人です。

 

 Ω  大阪弘道さん ('13/03/18)

 

 年明け早々のこと木工の先輩が大阪弘道さんという工芸家の個展の案内を送ってくださいました。大阪さんは今の親方の師匠に当たる方で中学の美術教師を務めながら研鑽を積み国宝にまでなられその後もその威光に驕ることなく近年は会派からも離れ静かに創作を続けているとのこと。今後は一般の評価も高まるだろうからこのような規模でキャリアを通じた作品の展示が見られる機会は逃さないようにとの言伝です。同封された東京新聞の記事も随分と褒めてますがしかし僕にとっては工芸というものは雲の上の視界にはない世界なので正直どうしようか迷いもありましたので一応ネットで手掛り探ってみると当たりが少ないながらその展示会のポスターのカラー写真を見つけることができたのですがところがこれは何とも。所謂伝統工芸という贅を求める粋人を慰める趣向品というよりその作風はスケール感がちがうというか創作的で、よくある写真のマジックでないなら何なんだろうとしばらく画面に目が釘付けになりました。

 現物を目にするため練馬に出かけたのはその週末で無料で開放された会場に置かれていたのは小箱や皿などの小品ですが実際目にすると画像以上にそのエネルギーは凄まじいものでした。生きた昆虫や鳥獣の体を彩る鮮やかな絵模様に触れたおりの感嘆と畏敬の念が湧いてきます。このような情緒を人工物に感じ取ることはとても希なことでこんな体験をしたのはずっと昔に民芸館で琉球織物を見て以来だと思います。情報の質と量の編みこまれ方の桁が違うといった印象で解読しようと試みるとこちらが吸い込まれてしまうかのような悠久の流れの縁に佇む錯覚に眩暈がします。これを人が作った、これを思い描き作れた人がいる、という当初の驚きはやがてその存在の確かさの前では徐々に解体され揺れた心も気が付くと穏やかで静謐な地点に漂着していきます。至福感といってもいいと思います。

 その先輩からその世界の話は時折伺うのですがその方々は売り物を作っているのではありません。作っているのは宝物、純粋に存在する価値です。望む領域まで到達するか無かという境地は例えば将棋などの勝負の世界に通じるかもしれませんがそこには誰かしらいつも王者がいますが工芸の世界は時間の垣根はありませんからより厳しい面もあるかもしれません。その輝きがどれくらい生きながらえるか自分の人生の尺度を越えて計ろうとする夢を抱き続ける強さが資質として問われると思います。

 とても疲れた頭で帰途につきしばらくは呆然と日を送りながら次第に落ち着きを取り戻して初めは身の程知らすにも自分の無能感に消沈しましたが今は穏やかです。以後続く感情は「またいつか目にしてみたい」というもので淡い恋心のようです。技術的なことを少しかじった者の感想ですがこうした接触はインパクトという点で遺伝子の伝達と似た作用があるのではないでしょうか。勿論意識の中のことですけど展示会を見て以降自分の中で何か組み変ってしまった部分があります。卓越した個性を目に出来たことは幸運だったと思っています。

 このごろモノツクリニッポンというキャッチが経済面でのみ主張されますが個人的にはこれを幸福論で考えたいと思っています。ゼロから何かを作れる人はいませんから自分を引きつけるものにめぐり合いその世界に少しずつやがて深く馴染み一方で自分の持ち込んだ情報を同じくその世界に融合させていくというプロセスは時間はかかりますが結果を問わず絡み合いながら光を求め膨張する生き物の理に適った行動だと思うのですがどうですか。

 上は東京の材木屋さんが持ってきてくれたメジロカバです。この業者さんはおかしな在庫を持っていて「フローリング用でいいのがあるんだけどどう?」と前回寄ってもらった時につい面白そうなので試しに少量貰うことにしたものです。メジロは数年前北海道ですごい高値で取引されていましたがこの頃はどうなんでしょう?アカタが少なくシロでもしっかりしているので色合わせがしやすいとのことから加工業者に喜ばれるのだそうで個人的にはそのアカも使ってみたいところなのですが今回のものは源平もなしです。芯近くは割れが入りやすいのでしょうかね。うちの工場の半分は古い家の廊下を引っ剥がしてきたヒノキを敷いていますがこれは防寒というよりも刃物を扱うので万一それを落としたときに刃物を守るためです。使い回しなので随分ほころびも目立ってきていますがこの材は床になることはないと思います。

 これは趣味のもの。竹のへら作りです。下が見本。喫茶店で使うものです。これから気長に漆塗りします。

 

 Ω  夢見る人 ('13/01/07)

 

新年おめでとうございます

 本年もどうぞ相変わらずのお付き合いお願いいたします

 

 休暇中関西方面に出かけてきまして念願かなって太陽の塔を間近に見ることが出来ました。何の用も足さないものがこれだけ大きいと愉快になりますね。このモニュメントは他の現代建築よりも後世に残した方が良いのではないかと秘かに思っています。太陽が塔になって地面に刺さっているという発想がまず奇抜ですし人の世界との断絶を望んでいるように見える無愛想と有機的で計算のない線の描き方がコンクリートの冷たくあまりぱっとしない質感にとても変なバランスで吊り合っていていいですよね。大きく広げられた腕は欲張りで身勝手な人には行く先を制止するかのように、小さくも夢見る人にはこれから飛び立とうとする翼にも見えるようです。仮に後世の人が資料なしにこれを見たらどう思うでしょう?儀式用の拝願物として考えるならばこの時代の人はなかなかユーモアがあったと誤解してくれるといいのですが。

 お客様は神様という話は本当で老齢のため廃業を決意したお煎餅屋さんがお客の猛反発から引退出来なくなったというのを昨年テレビで見ました。職の殺生与奪を確かに握られているんですね。でもそこまで求められる仕事はやはり羨ましいと思います。多分そのご老人の姿勢や人柄もその品物の品質に欠かせないのでしょう。気取らない普通の人なんですけど重ねた歳月はコピー不可ですからね。その間後ろ暗い誘惑に乗ることがなく過したそうですので上を仰いで見守られている安心感は得られていたのではないでしょうか。思い込みかもしれませんがより多くの欲求を満たしたが勝ちとする人生観に伴う負の側面・不安から身を守るご利益はあると思います。これも普通に信心ですね。

 仕事はもう始めています。昨年からの仕掛かりの仕事の残りを先に片付けて今日漸く暮れに出来なかった掃除を少し、先送りを繰り返していた昇降盤の口板を作ったりクランプに油を差したり鉋を修整したりに時間を取りました。明日からまた通常営業です。岡本さんに刺激されたせいもありますが今年の言葉は{夢を見る}としたいと思います。書いてみてちょと恥ずかしいという気持ちもありますが勘弁してください。

 

 トンボ玉作りをされているお客さんのHPにうちのをリンクさせていただいたのでこちらでもご紹介させていただこうと思います。家庭仕事とはまた別のラインで生涯継続できる目標を持つのはいいですよね。覚悟を決めて一直線に見える元気なお母さんがけっこういろいろ迷っている様子が知れて面白いです。けどこんなこと言ったら後で怒られそうですね。

クシノカンバン

 

 あとこれはどうでもいいことですが今回の分からカメラが変わりました。遅ればせのクリスマスプレゼントにコンパクトカメラを貰ったのですが僕は家具以外にほとんど写真を撮る習慣がないのでそれは渡して交換に彼女の使っているのを貰うことができたからです。僕の古いカメラは故障していてマニュアルに切り替えても露出オーバーで屋外では撮影できませんでした。これからはまた庭の写真が増えると思います。それにしてもこのてのものの進歩はすごいですね。機能もそうですが特に値段が。

 

 Ω  新しい鉋にうはうは ('12/12/08)

 

 ここ1週間ばかり設計士さんの依頼でご新築のお宅の造作家具の下加工の仕事をしていました。カバやキハダなどの丸太挽き材を規定の厚みに削って接いで鉋で仕上げを掛けて施工業者さんに引き渡すという内容です。キッチンでハッチの甲板になるパーツなどは40ミリ厚で一間半も長さがあり接ぎに至るまでの下拵えが大変です。工場の戸を外して機械を移動しないと材がかからないのが少し厄介なところで。支給材は仕上がり値より10ミリ以上も厚くマカバは重いので寒いこの時期使い捨てカイロを腰に当てての作業です。このお宅の仕事はこのあと大戸五枚、作業台・ベンチと年内一杯続きます。

 実はこのところ普段使っている寸六の中シコ鉋刃が三分の一くらいがなまくらになった状態で硬い材に当てるとじきに刃先が反り返って困っていまして、ネットでその修正の方法を探して試しているのですが片手間ではなかなか上手く戻ってくれません。中シコですから平らに削れればかまわないとはいえやはり気持が悪いんです。それで丁度いいタイミングかなと観念して中シコ君にはインジャリーに入ってもらいリハビリは正月休みと入れ替えて先日頂いた鉋ニ台を一日掛けて使えるようにして上の仕事は調整の削りに丁度よかったものですから試させてもらうことにした次第です。

 無双と重延、同じサイズでも性格が違っていて面白かったです。前者はオールラウンダー、その上で長切れする使い心地いい鉋です。木口もさくさくいけますし。ついでに軟材のヒメコも削ってみたのですがこの手は若干不得手かなと思ったら後日スギを試したところ板目のシラタでも抑えに力をかけずともきれいに引けました。ちょっと驚きの守備範囲の広さです。後者はまだ調整に納得がいってませんがちょっとピーキーで2ストバイクのような癖がありますが仕上がりが水で濡らしたように艶がいいです。最終仕上げにははまると思います。多分刃金は少し柔らかなんじゃないでしょうか。切れ止まりはやや早めです。前に使っていたスェーデン鋼のものと感触が似ている気がします。どちらもまだ刃口がオリジナルのままで少し開き気味なので本調子だとどれくらい伸びるかが楽しみです。正月休みに口埋めします。ただ重延の方は台が赤樫の柾目で軽くていいのですが慣れていないものですからマシン油を丁度切らしていたためミシン油を流し込んでみたらその後油抜けが悪くて失敗しました。木槌では微妙な刃の出し入れがやりずらく仕方ないので小玄を使っています。これは一枚使いにするつもりですので口埋めに支障がないか気がかりです。僕はこのてのモノに詳しいわけでもないのに偉そうに聞こえたらごめんなさい。文句が多いのはとても気に入ったからです。個体差もありますし使い込むことで印象が変わることもありますからどうか聞き流してください。

 上の物件のお宅がたまたま開いたシェーカー家具の作家さんのブログで紹介されているのを一昨日発見しびっくりしました。模型で出来上がりの印象は漠と掴んでいましたので同時期に別の地域で似たようなものを作る方がおられるものだ思ったら本物でした。早速設計士さんにもお知らせするととても喜んでおられましたよ。僕も加工に絡んだ窓が写っていたので何だかちょっと嬉しいです。

 高村薫さんの新作いよいよ出ましたね。図書館で手に取れるまでしばらく時間がかかるでしょうけどそれまで待つ時間というのもいいもんです。世の中にきっと自分を満たしてくれるものがあるという確信は宝です。

 

 Ω  午前3時の取り直し ('12/10/18)

 

 

 数字にからむものがどちらかというと苦手でして、読み違えたり書き違えたり暗算も当てになりません。それを承知しているので普段仕事では念には念をと心掛けているのですがちょっと時間に追われたりすると途端にぼろが出ます。上の写真はドアの中束の部分ですが左側に置いたものが一番目の間違い、規定より10センチ短く寸法取りしているのに気づいて取り直しになったパーツです。羽目板の入る小穴を突いて仕上げをかけて組み上がった右のものと寸法が同じ、ということはこれもやはり間違いということです。ここ数日午前様、翌日が納品の期日で10枚のロットの組み立ての最後にこういうミスが判明するとがっかりするよりなんかもう笑ってしまいます。

 建具の仕事は単純なように見えますが形がシンプルな分胴付きに隙が開くのは見た目も強度の点でもご法度ですのでホゾ穴の微妙なズレや仕上げの鉋がけの目減り分も読む必要があり縦横の中束は図面寸法ではなく大外のフレームの仮組みを終えてから再採寸して切り回し・ホゾ付けを始めるという手順を通常踏みます。その際はメジャーで数字を測りますが先端のフックはあまりあてになりませんのでミリ以下の正確さを期すため10センチの位置を計測開始点に置きそこから数字を読み100を引いて実寸を出します。その後一応今度はメジャーの端を当てて計算違いがないか照合するのですがこの数字にまた100を引いて図面に書き込むという勘違いをすることがあり先のミスの原因もそれです。その上で今回はそれに慌てて材を取り直すときに100を足すのを忘れてご丁寧にも失敗したパーツに書き込まれていた間違った胴付き寸法を書き写したりして全く同じものをもう一つ作って羽目板を差し込む前までそれに気づかなかったのですから全くもってやれやれです。

 中縦束の接着から半日時間が過ぎていますしこの糊は強烈な上深さ40の二枚ホゾをきれいに抜くことは不可能ですからこのパーツは切り落として穴を掘り直し上下通しで新しいパーツを作り直しました。当然この一枚だけ納期は一日遅れになり先様に平謝りです。いや参りました。なんだか以前にも同じような失敗をした気がします。成長していないというよりもしかしたら劣化が始まっているのかもしれません。こういうホームページで自分の言いたいことを一方的に記しているとなんだか自分が優れているような気もしてくることがありますが実際はこんなもんです。たいしたもんじゃないです。

 暗い話になって沈んでしまいそうなので明るい話題をひとつ。上は先日お客さんから頂いた新品の鉋です。10年以上前から置きっ放しになっているのであんたなら役立ててくれるかなと納品時に譲っていただけたのですがネットで調べてみると有名なブランドらしく届けた品物よりよほど高価なものなのでびっくりしました。猫に小判と言われないよう頑張ります。正月休みに仕込みを始めるつもりで以降どれがうちの仕事に合うのか戦国時代に突入ですね。

 美しいものというとまづ思い出されるのが蓮の花でそういえば今年は微妙に時期が合わなくて不忍池に散策に行けなかったなともう寒くなりかけた今頃になって残念に思っています。人が美しいと思う元には自分自身と補色関係にあるイメージをそこに発見するからではないだろうかと時々考えます。届かない憧れとともに自己を再認識する苦味がある種心地いいのではないでしょうか。その説を逆手に取ればより自己の輪郭を明確化することに拠って美しさのビジョンをも具現することも可能になるものかもしれませんがもしそれがあるとしたら美しいものを何とか自らの手で生み出そうとする行為は自分と向き合うかなり厳しい試練になりそうですね。季節が落ち着いてくると穏やかながら強い生命感を求める気持ちが高まります。散歩に出るにはいい時期です。

 

 Ω  といしや ('12/08/21)

 

 

 このところずっとこの仕上げ砥石がいつ割れるかハラハラしながら使っていたのですがようやっとやりくりの算段がついたので新しいのを買いに行ってきました。上の写真が使用前使用後です。このような角が欠けたものは嫌う人も多いので割安になります。周囲が黒いのは漆でこれは割れ予防のため昨晩かけておきました。この道の達人と言われるような方なら道具は勿論、刃物の性質や用途に合わせて砥石もいろいろ取り揃えるものなのですが僕のレベルでは本仕上げはこれ一本で足りてしまいます。着る物と同じでいちいち選ぶのも苦手なんです。刃幅の小さいものや曲者はちびたお下がりが沢山あるのでそれで十分間に合いますしね。

 前回訪ねた折に大分ヤツレが見えたのでこれが最後かもとの漠然とした思いがあり先日三軒茶屋の土田さんを訪ねたのも実は砥石はどんなものを置いているのか下見も兼ねていたのですが浅草の「といしや」さんはどうなりましたと話を向けてみると意外にも店主のおじいさんはまだ生きているし店もやっているよという情報を得ましたので土田さんはまだ店じまいしないでしょうからちょっと様子を見に行くことにした次第です。この磨り減った砥石を買って以来ですから6、7年もっとになりましょうか。

 店は田原町の昔仁丹塔があった隣、シャッターが4分の3閉じているのであれ失敗したかなとも思いましたがよく考えるとその日は日曜で河童橋同様プロ相手がメインの店は休日はサービス営業のようなもので案の定戸は開きました。チャイムの音がけたたましく「誰だい?」「なんだい?」と矢継ぎ早攻められるように声ががかるものの顔を見せてくれる人もなく「客です。砥石もらいに来ました」と大声で返すとおばあさん意外とすぐ脇から出てきてくれました。「どんなのがいいの?」 「前にお宅で買ったんだけどこれとおんなじの」と使い古しを出すとおじいさんも出てきてくれて「水で濡らしてみないとわからないよ」とおばあさんを走らせます。それで出してくれたのが上の写真にあるもので同じ位置に欠けがあるのでお隣さんかなとも思いましたがちょっと違うようです。

 こんなの誰が買っていくんだと首を傾げたくなるくらい百貨店のような石の品揃えはさすがに数を絞ったようですが店の雰囲気は今もいいです。まだ修行中の頃初めて来たときは「少し見せてください」と声掛けすると「砥石は見ても判らないよ。今度来るときに刃をもっといで」とおばあさんに諭されたのでアドバイスのため客の腕を使ってる道具で計るのかなと次回には荷物にならない中型の鉋を持って見せたら「あたしが鉋見てもわかんないよ。あんたが自分で研いで試してみるんだよ。そうしないと具合がいいか判らないだろ」と店頭の水を張った大きな木桶で刃研ぎの実演したこともあります。雪の降る寒い日でそうと気付かず使いっぱなしを持ってきてしまったのでいきなり仕上げを当てても感触がいまいちわかりません。困っているとおばあさん「仕方ない。これ使っていいよ」と店の中砥貸してくれたので、はいハナからやり直し。普段正座して研ぎをしているので台が揺れてやりにくいと苦情を申し立てるとおばあさん桶をしっかり押さえてくれこれで逃げ場なしです。そのうち周囲に人だかりも出来てそういえばここは落語の「粗忽長屋」の舞台だと思い出しました。

 いつもは大儀そうにしているおじいさんが今回はいろいろ話を聞かせてくれました。遠くから寄ってくれる昔馴染みのお客さんたちのことやら見立ての成功話、人間国宝との交流から業界人の一側面について、ついでに栃木で取れたという中砥の現物を出してくれて(実際は足元に転がっていたのを指差して僕が拾い上げたのですが)由来と評価が始まります。こちらのリアクションはどうも耳に届いていないようですので聞きたいことは流されてしまいがちでそこが少し残念なのですがこういうオマケが付くなら買い物も楽しいですよね。

 「言った予算の倍ですよ これ」「何言ってんだよ 7年ももったんだろう?毎日使うものだよ 年で割ってごらんよ こんな安いもんないよ」

 「これがだめになったらまた来ますから店続けてください」「俺はもういないよ」

 下町の言葉は耳に心地よく聞き易い。相手のことを考えてのことだと思います。

 財布はたいても大丈夫。隣にコンビニが出来てました。スカイツリーもよく見えます。でもあれ作っている途中の方がかっこよかったですね。

 オリンピックを見ていて思ったのは親子二代の選手の活躍が目立っていたということです。それも主に競技人口が少ないであろう種目に。あれは肉体的遺伝の有利さというよりやはりそれに馴染む情報と時間の量が優位をもたらしているのだと思います。子供は本来健気なものですから。肉体的なことは時間に縛られるという証なのでしょうが逆に言えば努力は報われるというかやってるうちに何とかなるという楽観論にも繋がるだろうと思いました。刃物の研ぎも同じです。おかしくなるほど時間に比例して上達し能力差はあまりない気がします。ただ差が出るとしたらどんなレベルの目標をイメージしているかでしょうか。上のような選手たちはトップレベルをよく知っていますが残念なことに刃物を当てた木製品のトップレベルを目に出来るチャンスは少ないかもしれません。行くとこ行けば触れる機会はあるんですけどね。鉋屑の話ではありません。仕上った生地の方です。迷いのある方はそういうものを探されるのも一案だと思います。特に古いものを。例えば建物もそうです。単調な行為の繰り返しにそれほど時間を注ぐのを惜しまない理由も見えてくると思います。モティベーション上がりますよ。

 

 Ω  夏本番 ('12/07/17)

 

 接着という作業が基本的には仕事の範疇にはない大工さんの下請け仕事(曲がり階段板・Rのついたドア枠)や小物が終わり漸く本業に戻れると思ったら夏本番になってました。当地はニュースによく出る館林や熊谷とは目と鼻の先の距離でしてうちの工場では34度を超えると作業を中断してもいいという決まりがあるものですから昨日はそれを適用して日暮れまでエアコンの下に退避しましたが幾分今日は湿度が下がったのか工場の温度計は36まで上がりましたが何とか作業は出来ました。休憩時間に生菓子か何かについてきた小さな保冷剤を二つ冷蔵庫から出してきて火照る体にあてがうとなんともいい気分です。湿気と違って暑さは体が慣れますからね、もう少しの辛抱だと思います。

 上の写真は座繰りなどのときに使う二方反り八分で半年ほど前に前歯を欠いてしまったものです。'97年購入と墨入れしてありましたから15年付き合ってもらったことになります。原因は単純に裏出しの力の入れ過ぎでその時の亀裂分が研ぎ上がってさあこれからと引いたら一発で外れてずっこけてしまいました。刃金の接線からモゲてますからもうお釈迦です。

 一昨日土田さんに現物を持って出かけてみると刃だけでも売ってくれるというので貰ってきたのが右側です。この鉋は土田さんで購入したものではないのですが幸い刃は少し既定より小さい成りでしたので台の調整で収まりそうです。ですがこの作業は意外ときつさ加減や角度がシビアでして手早く片付けようとして以前痛い目に遭っていますので台なしにならないよう慎重に進めるつもりです。費用は3,000円ちょっとでした。こうした出来る限りお客の都合を優先する商売のやり方には頭が下がります。「職人の仕事が第一」ということでしょうか誰かさんも見習って欲しいものです。

 この鉋を使う予定のダイニングの椅子作りにこれから入っていきます。よくやるクリの板座椅子の少しデザインを変えてみたものでお客さんは座り心地のいいものをとご希望ですので出来栄えはこの鉋の頑張りにかかっています。

 

Ω  この頃よかった本と映画 ('12/06/13)

 

 上の写真は金環食の朝に工場の脇の背の低いカエデの葉影にこぼれたリングを撮ったものです。その日北関東はよく晴れていました。この時間降り注いだ光の筋が全てストロー状になっていたわけはないでしょうが面白いですよね。たなびいた雲が明るい月夜に見えるように柔らかな光の縁取りを纏っていたのはなかなか麗しい眺めでした。

 ここに書くネタも思いつかなかったので今回は面白かった小説と映画を一つづつ。

 クレア・キーガン「青い野を歩く」/ ケン・ローチ「エリックを探して」

 例えば同じ筋書きの話を書くにしても書き手が変われば展開やタッチ,彩色が変わるのは当然ですがこの文章はこうあらねばならないという理由というか最初の読み手である自身の腑に落ちる感覚を大切にし追い求めようとする姿勢には個人差が大きいのではないかと思います。たとえ小道具を駆使し展開を奇抜に組み替えてみても視線の浅いものはじきに退屈させられますし再読する気にはなりません。その人のもって生まれた感性なんでしょうか、或いは後に育くまれた哲学からかは分かりませんが時をかけて成熟したその探求の果実を味わうことの出来る作品はめったにありません。ですからたまに回り逢えればそれは大きな喜びになります。キーガンはいいですね。「私には世界がこう見える」そう静かに語りかけてくるようなこの短編に出てくる人たちはみな孤立しているように見えます。肩をくっ付けあって暮らすことに安堵を見出すアジア人には内なる声に忠実であることが生きる意味であるとする彼らの世界観は不可思議でありながら強さにも感じられて惹かれます。大人であることを要求される世界。いまの「かわいい」を高価値とする文化とは真逆ですね。硬直して融通が利かないという負の側面も確かにあると思いますがその頑なさが個人を支える生きる証にもなっている気がしてなりません。

 ローチのこの映画にはエリック・カントナが出ています。あの人が観客に馴染みのあるスターを使うのは珍しいですよね。マンチェスターのかつての英雄は若くして引退してしまいましたがこの頃は俳優として活躍していると聞いてちょっとびっくりです。本人自身の役としてファンタジーの中で登場してきてその人の個性・実績を反映した儲け役ということもあってとてもいいです。カントナ自身の神話時代か中世の騎士物語りでてきそうなそのスケールの大きさはスタジアムか映画の中のような空間でしか馴染めないものなのかもしれません。それらの記録の中でしか出会うことができない個性でもその魅力は圧倒的な歓喜の感情を思い出させてくれます。少し切なさを含みながらもですが。

 この二つの作品に共通するのは孤立しがちな人間同士が関係を模索しあうことにあるともいえると思います。キーガンは苦くローチは甘い味付けです。物語ですからね、作者がそれを裏から糸で操っているわけですがその糸の存在を気づかせない工夫がとても興味深いです。

 追加) エリザベス・ストラウト「オリーブ キタリッジの生活」

 北米のこの頃の作家さんがよく書くような普通人の周囲の生活の日常を描写した穏やかなストーリーですがその日常がいろいろ不定ですから面白いです。よくありがちなことの中から読み手の注意を引き飽きさせないためには高い技術がいります。細部がかっちり出来ていて遠目で見ても麗しい西洋の古い街並を眺める気分です。冷めた目と積み上げる構成力、東洋人ではこういうのを身につけるのは難しいのでしょうか。

 

Ω  一人前 ('12/04/11)

 

 一日二日で済む内容でしたら仕事の順繰りを少し変えて飛び込み物を差し挟むことは時々あります。先日もお得意様から何とか出来ないかと頼まれて小振りなテーブルをやっつけで作ったのですがそういえば昔は「片袖机を一日半」で作るのを一人前の基準にしてたと西村さんから聞いたことを思い出しました。(西村さんというのは僕の親方です。絵に描いたようなしゃきしゃきした万能な職人で今も現役で活躍しておられます。)

 職業人の腕を計る基準というのがずっと以前にはその分野ごとにいろいろ取り決めがあって紙なら一日何枚梳くとかレンガなら何段積むとか初心者はそれを目標に研鑽を積むことになるのですが家具の方はというと業種は専門化・細分化していましたので業務内容によってまちまちだったと思います。僕のいたところでは上の条件を賃金と身分の分かれ目の指標としていたと昔語りの茶飲み話の中で聞いています。昔は職場規模も小さいものがほとんどでしたから終身雇用の発想はなかったでしょうし作業は複雑多岐に渡るため一応の安心のできるマニュアルなどなく現場は個人主義・実力主義が徹底されそこに辿り着けるまでは一人分の手当ての保証はないのですから下に厳しい時代だったことと思います。そのような状況が同年代の者たちを競わせ向上心を煽る良い面があるのは確かですがしかしまた反面下の人間の仲間意識を分断して協調関係を挫き上に立つものの立場の安泰を図る副作用を疑いたくなり経済の推移もフラットなものだったこともあってか一人欠ければ一人その補充を埋めるといった具合で全体の底上げの発想も無かったのだと思います。どの職種もそのような習いがいつの間になくなったのはやはり理由があったのでしょう。全体が内向きに偏る傾向もあまりいいもんではないと思いますし。

 片袖机というのは抽斗箱に二本脚をつないで机にした構造のもので 甲板のサイズは1200×650くらいだったでしょうか。木取り・脚の挽き加工・塗装・金物付けは外して加工の手順は大まか以下のようなものです。

 

 −用意された一台分の材を確認してパーツの目合わせ・勝手決め・墨付け

 −甲板の接ぎ (マシンを使って相互接ぎ

 −台輪加工 (四方留め、面取り、組み

 −抽斗箱の框加工(穴掘り・ホゾ付け、内面取り、小穴つき、羽目板加工

 −脚材の加工 (穴掘り・ホゾ付け、面取り、駒止め欠き

 −横ものパーツのホゾ付け・加工 (ストッパー、摺れ桟欠き、ビス先穴、面取り

 −パーツ仕上げ (サンダー/鉋がけ、摺れ桟加工取り付け

 −框組み・脚組み〜本体組み

 −甲板切り回し・面取り

 −本体仕上げ〜台輪・甲板・底板取り付け

 −抽斗大小5杯加工〜組み〜仕込み削り

 −最終チェック (目違い・キズ・隙間等

 

 主材はナラを用いいろんな機械を駆使してこれを一日半で流します。小売値はたしか15万くらいだったと記憶しています。その当時では通常は新たに図面を起こした特注品以外では作業効率が悪いのでこのようなものを単品で作ることなどありえなかったのですがたまたま在庫状況の手違いがあって急遽ロットの中から一台先行で明日生地上がりの必要が出てきた事故がありまして一度だけですがトライした事があります。朝話を聞いて上がったのは翌日11時頃でした。一日目で大方目星が付く段階まで出来ていましたので後半は淡々と進めたのですが出来上がったときにはやはり嬉しかったです。急いだ分質を落とすようなこともありませんでしたし。自分ひとりで工場を優先的に使えるわけではありませんから他の人の作業を読んで機械使用の段取りを組み変えたりラップタイムを計りながら障害物競走をしている感覚です。アドレナリンのせいか妙な高揚感があるんですよ。

 あれは勤めて何年目のことだったのかは忘れましたがいい通過儀礼だったと思っています。実は今でも自分はプロとしてよりも素人に感覚が近いのではないだろうかと気落ちすることがよくあるのですがまあ少なくとも手足はこの道の水準をクリアしていたことはあったと証明できる根拠を一つもらった出来事でしたので機会に恵まれたんだなと思います。今うちの工場で同じものを作るとしたら作業は材の選別から始めて塗装磨きも含めてですが生地仕上げや面取りは全て手作業でやりますしスピンドルやダブテールマシンもないですから多分時間は4倍くらい掛かるんじゃないでしょうか。機械の能率はすごいです。尤も品質もまるで同じとまでは言えませんが。モノラルアナログとステレオデジタルの違いみたいなもんです。量産前提でないと費用もかなりかかることになりますしね。

 何をして一人前なのかは今は自己責任です。見渡してみると昔が良かったとは必ずしも思いません。いつの時代でも伸びる人は伸びますしなかなか道を外さない意志があれば時間を費やす内には食い扶持くらいは稼げるようになると思います。既についている道をついていくには体力根気さえあれば十分です。迷いながらも自分で決めることが出来る自由の重みを味わいましょう。

 10年くらい前でしょうか何か工芸の仕事中の模様を取材した番組がチャンネルを切り替えた拍子にたまたま目に留まったので何気に見ているとその老人の手の動きがとても遅く同じところを何度も何度も繰り返し削りを入れているところなどそのまどろっこしさに「何をやってるんだろう」と見ている側でうんざりしかけた頃後日完成した品物の画像が現れあまりの完成度の高さに息を呑んだことがあります。的確さとスピードを誇りとする世界に馴染んだものには老人のとても無駄の多いように見える動きと品物の凛とした品の良さのギャップがとても衝撃でした。木工に限らず世界は広いです。その中で個人の果たせる役割はほんとに計れないほどわずかですがそれを広げていく一人になれるといいのですが。アプローチの仕方に制約はないと思います。

 

Ω  ジグソーの購入 ('12/02/23)

 

  このところ設計士さんに頼まれて半円の窓と窓枠を作る仕事をしていまして当初は北欧の仕様にあるように型を起こし薄板をかなりの数積層接着して丸を作ろうかと考えていたのですが出来てきた詳細図を見ると枠の奥行きは200近くあり届いた材もモメや節の位置からすると長く薄く割るときれいに曲がってくれそうもないものでしたので細かなブロックにして重ねて接合し整形するという構造で作業を開始することにしました。すると次に問題になるのは内外のラウンドをどのようにして寸法通りきれいに仕上げるかということになります。

 ジグを作る手間はあるものの小回りの効くバンドソー、速乾接着剤、又釘タッカー、プレス機、面取り盤、スピンドルサンダー等の機械があればそう困難な作業ではないと思うのですが今後量産するわけでもないので設備に投資する気もお金も空間もないですから今現在どれひとつもない袖は当然振れません。それでもそのような便利なものがない以前から半丸窓は存在していたはずですから当時はどのような手順を踏んだものか想像してそれに倣う方向で段取りを考えてみたのですが曲げ切り作業の効率を上げるために手持ちジグソーなら手頃かなと思い至り購入してみることにしました。この工具なら何か他でも役に立つはずだと自らを説得し本来仕上げ砥石を買うつもりで手元に残した予算を流用しその分はこの仕事を停滞なく進めてその代金から再度ひねり出せば何とかなるという算段です。実は試しに曲面用手鋸を使ってみたら材のヒメコマツが意外に固くあまりに効率が悪いので気がくじけたという事情があります。直前の計画変更はあったとしてもこの部分の手加工案はやはり少し無謀でした。

 入手したボッシュのものは新型だそうです。十数年前同社のものを使ったことがありましたがその間恐ろしく進化したもので駄々ばかりこねてた子がいつの間にやら清楚な大人になっていたといった印象です。回し挽き用の替え刃を使うと調整がよく出来ている糸鋸ミシンを使ったかのように引っ掛かりがなくきちんと直角が出た上でこのまま仕上げで通用するくらい予想以上にきれいな切れ面に上がるので驚きました。まあすごく優秀なのは納得なんですが方向性にミスマッチがあるというかあとはこのままの調子が長く続いて欲しいと願うばかりです。値段が値段ですからというメーカーさんの立場も分かりますが出来れば消耗パーツの交換で永く使える工具であればなお購入時の感激も大きいと思うのですがそれは新し物好きではない人間限定の心理なのでしょうか。説明書にはメンテの案内もなくかえってこれでは使用者を甘やかし過ぎな気がしないでもありません(一方で修理手間が高価で交換パーツの提供に応じてくれないのはとても厳しいと思います)。なんかこの頃のこの手のものは近い将来のさよならを前提に付き合いを始めるようで高機能で華やかである分かえって何かしら無常感のようなものを覚えてしまいます。

 下の写真は少し前に昇降盤のモーターの故障したベアリングを交換した時の様子です。騙しだまし使っていたら側面の蓋が外れてボールが潰れていました。修理には半日時間を取られその間コンクリの床に座り込んで体が冷え切って難儀しましたがまた元に戻ったときには嬉しいものです。手を出すのが遅れたので向こうは少しむくれたかもしれませんが終始バタバタしながらもお互い助け合っている仲間のような気分になれますしね。特に不満がないものが変わらないのはいいもんだと思うんです。永く変わらないということは僕の仕事場ではとても高い価値です。

 

 

Ω  緩み ('12/01/05)

 

 一度体に不調が出てから作業時間も少し減らしましたし、またよりいいモノが出来上がるならと時間中手を止めて考えることを自らに許すことにしたせいか作業中の判断ミスはかなり減らせるようになりましたし品物が完成した後で悔いが残ることもこの頃あまりないのですがこの安定に不安がないではありません。どの方向にかそろそろステップを一段上げる必要にある頃合になったのだと感じます。別に単価を上げようとするものではありません。僕の中のことです。この頃少し自分に甘くなっていたのでその糸を張り直しておかないとこのまま身が縮んでいきそうです。

 みなで同じ日に新しい年を迎えるという習慣はなかなか面白いものですね。踏ん切りの悪い人間にもその契機を与えてくれます。時間って不思議です。どんなものも変える力です。逆らうことは叶わないにしても目を開いて動かせるものは動かしてみたいですよね。

 本年もどうぞよろしくお願いします。

 毎年年始参りに来てくれる大工の棟梁(12年前に母屋とついでに工場もお願いしました)としばし雑談をする中で若い大工さんたちの話になり先の世代に比べてとても熱心だと伺いました。高度成長期の高額な賃金保障に引き寄せられたのと違って単純にその仕事が好きで職業に選んだ人が多いのだそうです。徒弟を組むこともなかなか難しい今日ですので仕事外の時間を工面して有志で集まり技術伝承の交流会をされたりしていると少ないチャンスを生かそうと目の色が明らかに違うそうです。現場で体を動かし腕を磨いていくのが一番なのは分かっているのですが残念なことに彼らが存分に活躍できるような物件は年々先細りになっているのが現状です。このまま在来工法の「この地でいかに永く快適に住まうか」のノウハウが過去のものとして目に付きにくく結果として選択されづらいのは歯痒くこれまで先延ばしにしてきたどうしたらその選択肢を上手く必要としている人に届けられるのかその情報の伝達もこの頃模索し始めたそうです。「不慣れだけどもね、自分のためばかりじゃないし」と前置きをして苦笑されていました。大工さんに頼む住宅は作り手本位で割高というイメージが定着していますがこれは現在の状況とは必ずしも合っていないと思います。腕のある人は経験と応用の幅が違いますのでそう意固地になって自分を主張したりしないものです。それに新しいものにも好奇心をもって接する度量がありますし。地道に努力を重ねお客さんの意を汲みパートナーとしての信用をかち得ることで仕事を繋いでいる人はおられます。家を建てるとなるとまず土地の購入から必要を迫られた世代の後のに来るのはリフォーム・建て替世代です。初めての買い物でもないのでじっくりモノを選ばれるのではないでしょうか。その要求に応えられる技術がこの先も残ってくれるといいのですが。

 この冬能登半島の付け根を横切る街道の丁度真ん中のあたり、車中から見えた集落の木造瓦屋根の建築がどれもとても素晴らしいのに気づきうっとり眺めました。あのあたりはそれら建物を保全するに気候の条件がとても良いのだろうとは思いますが背景の雪のコントラストに美しく映えて幻のようでした。この地にどのような成り立ちがあるのか知りませんので軽率には物言えませんが自分たちの先の世代があのような山村にあり負担に耐えつつ美意識を育んでいたことに後世の人は胸を張れるでしょうしまた励みにもなるのではないかと感じました。この地方は確か幸福度指数で上位を占めていましたがただ保守に徹して動かずにいたわけではないと聞いています。変えるところと変えないところが住む人の目線から逸れていなかったのだと思います。全てか無かという極端な移行はナンセンスながら個人主義もその意義を十分検証し足元を固めた上でゆるやかに修正を求められている時期なんだと思います。

 

Ω  茶房 鎌倉点心 ('11/12/25)

 

 寒くなってくるとほんわか湯気の立つ暖かな中華まんが恋しくなりますが遠くに足を延ばさなくとも意外に近く目立たないところにおいしい饅頭屋さんがあります。僕のお客さんのお店が大谷石の米蔵を改装した工場への移転に伴いスペースの半分を喫茶甘味処をかねた気軽に立ち寄れる休息所としてこの秋からオープンしていますのでもし近くまでいらしたらどうぞお寄りになってみて下さい。上州は粉どころです。ご主人は気の好い方ですがそこで出される食材についてはとても厳しく目を光らせていますし研究熱心な方ですから基本中華饅頭のお店ながらサプライズ沢山あります。あまりかしこまらずともおいしいものを楽しみたい方、愉快な気分になれると思いますよ。東武伊勢崎線の上り電車で館林の駅を過ぎるとすぐ車窓から建物見えます。どうぞお試し下さい。

 

Ω  ホオの丸太 ('11/12/11)

 

 抽斗の中箱等に使うホオ材のストックが残り少なくなってきたので盛岡の市に出かける南会津の小椋木材の渡部さんに条件を伝えて落札してもらった材が土場に届いたとメールで写真を送っていただきました。本当なら現場に足を運ぶのが間違いがないのですが情報によると小径のものなら量も価格も安定しているようですしこうした副材入手のためだけに時間と経費をひねり出すのは難しいのが実情ですので今回は代行をお願いした次第です。径は200から400前後、まとめ買いで全部で3立米ほどあります。先の注文時の目安より少し多目の山ですので買取の際に少し間引いてくれてかまわないとのお申し出もいただけたのですがいずれは時間とともに捌けてしまうものですので貰っておくことにしました。年末に少しきつい出費ではありますが後できっと楽させてもらえるだろうと期待しています。比較的大きなものは芯を含んで45ミリを3枚、小さなものは同じ寸法で2枚とって残りは20ミリ厚で挽いてもらうつもりです。

 厚挽き材は柾目通りになり建具や単価を抑えた品物を作る際に融通が利きますし割ればブックマッチの抽斗材にもなります。ホオは乾燥の早い材ですので乾いた風の当たるこの時期に桟積みしておけば20ミリの方は半年くらいで使えるようになると思います。いつもはこのままの状態から帯鋸の刃を入れてもらっているのですが今回は専用の皮むき機械にかけて外皮は外してくださるそうです。樹皮が噛んだ小石などにより刃物が頻繁に痛んで困っていてるのでなるべくならとのお話でした。僕は普通耳付き材は扱わないので多少面が削れても問題ありませんしかえって皮むきの手間が減らせる分代価が変わらないサービスなら歓迎するところです。

 丁度年明けにかかる仕事で設計士さんのストック材をうちの工場への配送する件もあるので同梱にすれば配送費も浮くということから次の水曜には製材されたこのひとまとめが届くことに決まりました。しかし問題は年内に桟積みする時間が取れるだろうかということです。まあカビの心配はこの時期ですからそれほどないにしろ薄板は反り反応が早くに出ますのでそれだけでもいち早く積んでしまうかそれともこのところの乾燥した空気に慣れるまでシートでも掛けて少し時間をかけた方が却って割れを予防できるのではないだろうかとか今悩んでいるところです。年越しまであとふたつ片付けてしまいたい用件があるのでそれまで気力体力を温存したいのものの不養生のため割れたり捻じれたりの木を扱うことになるのも嫌なものですしね、どうしましょう。

 ちなみにその材木屋さんのアドレスは以下の通りです。

http://www.lc-ogura.co.jp/

 こちらは別の東京の材木屋さんが置いていった乾燥済みの道産ミズナラ200幅の柾目板です。3分で挽いたものですが柾目ですから今の荒木で8ミリくらいの厚みです。別に要があって手に入れたわけではありませんが何かに使えるだろうと思います。積層合板が作れますしこの薄さですからいくら柾でも漆か何かかけないと弱いでしょうけどそのままカットするだけでランチョンやコースターにはなります。他に使えそうな材からそのような短命な品物を作るのは気が引けますがこのような落とし材なら諦めがつき憂いも減らせます。まあ未来のお楽しみですね。多分小物にはしないつもりでいますがもっと年取ったら見栄ばかりはっていられないかもしれませんので何を作りたいかは公言しない方が無難ですね。鹿沼の木工試験場には強烈な圧がかけられる油圧プレス機があると聞いたことがありますが僕のようなものでも利用できるでしょうか。以前機械屋さんに紹介してもらったフラッシュを作る建具屋さんの電子制御のボディープレスをお借りして少し大きな無垢の積層板を作らせてもらった時、圧着する板の位置とリミット越えはしないように気をつけていたものの普段かからないような圧をかけたため機械の調子がおかしくなったと後で苦情を言われたことがありました。あのプレス機どうなったんでしょう。その建具屋さんも老齢を理由にそれからじきに廃業されています。

 

Ω  衝立の修理 ('11/10/24)

 

 昨日散策中たまたま目に付いたので立ち寄らせていただいた三軒茶屋の「紅茶の森」というアパートを改装した喫茶店にも叔母様から譲り受けたという手入れのいい古い茶箪笥が置かれてありましたがお若い店主の方が今もご愛用とのこと。震災以降の傾向でしょうか長寿命の生活用品の面白さ・趣深さを再認識する傾向が広がりつつある感があります。見るものの目をひきつけてやまない存在感は特にありませんがいい具合に部屋に馴染んでこれからも多分そこにあるんだろうなという安心感からですかね、物静かな価値もいいものだと思います。そこでは売り物のお茶も勿論そうですが茶受けのお菓子もティーカップも落ち着きのある程好い選択が見られ心地よいひと時を過ごせました。こういうお店が田舎でも出来るといいですね。コミュニティービジネスであまり営利は求められないとは思いますがゆるい横の紐帯をお酒なしで作れるいい交流スペースに育ってもらいたいものです。

 上の写真は前からお話を伺っていた衝立をお預かりして修理し直したところを撮ったものです。転倒した弾みで何か重たいものが乗りかかってしまったのか中央の羽目板の片側に割れが入り剣で差した中央縦桟が外れその根元の横桟も一部欠けて大外枠も緩んで脚元の下駄も片方取れてしまっていました。いいものですのでそのまま奥へしまい込んで忘れてしまうのはもったいないと思います。本格のレストアではなく簡単なクランプ止めによるのりつけの修復ですので大小の固定できるハタガネ等の道具さえあれば僕の手にも負えます。

 例えばこれは締め工具です。僕らは「ガチャガチャ」と呼んでいますが本当の名は何ていうんですかね。ホームセンター等でフックの付いた荷物の固定用のものなら見かけたことあるかもしれませんがこれはループ状になっており内に向けて締め上げ固定できるような作りになっています。のり付けによる接着は圧力が命ですのでナイロン製のテープは柔軟性がある上なかなか強力で頼りになります。店頭に置いてあるところは少ないでしょうが専門店ならカタログで取り寄せが出来ると思います。

 

Ω 「 おはなし工房 ばぶ 」さん ('11/10/01)

 

 木工の仕事に携わっている人は先に別の仕事に従事した経験のある方が多くこれはこの業界の特徴的なところでもあり、また各々が別角度からの視点を持っていることは大いなるメリットといえると思います。

 木工家のばぶさんは戦後第一世代の幼稚園の保父さんでその後木のおもちゃを作る仕事を中心に活動しながら請われれば今も嬉々として現場に出向く現役の方です。

 生涯を通じて子供たちと相対してきたばぶさんがこのところずっと打ち込んでいるのは子供たちを前にして、時に大人たちを前にしての童話の読み聞かせと創作です。物語の言葉を自分の言葉にするべく一人のときには自分を聞き手にして同じ話を何度も繰り返し手で触れることが出来るかのような表現を模索しているそうです。

http://2nd.geocities.jp/mopoctober/

http://babu.serio.jp/startsite.html

  上はその童話に関するページ、下は木のおもちゃのページのアドレスです。ご関心ありましたらどうぞ立ち寄ってみてください。どちらもあえてすっと流れようとしないところが面白いですよ。

 追記≫  そのばぶさんのご本名は曳田宏さんといいます。本日展示会のお知らせが届きましたのでここにも転記します。木工芸品と保育家具に関心がおありでしたらどうぞお寄り下さい。夜は9時まで見学可能だそうです。

木考会 3人展  10/8 (土)〜 10/18 (火) 

  渡辺晃男 曳田宏 岩井健一

 稲城市立iプラザ ギャラリー (京王相模原線 若葉台下車 Pなし)

 朗読会もあります。8日・9日・15日・16日 

 11:00〜11:30(子供向け) 18:00〜18:40(大人向け) とのことです

 これは現在しかかり中の仕事、一間間口のスペースに収まる食器棚です。甲板・帆立・支輪・台輪・引き戸・棚板全て框に組みますので加工パーツが多くどうしても手間と時間はかかります。機械を多用する職場では寸法の定まった規格品を数作りますから木取り・塗装などを除いた加工時間をこのようなサイズのものは1台当たりのニンクで多分1週間くらいに読むと思いますがかれこれ一月ちかくこれにかかりっきりになっています。僕の仕事がノロいともいえるのですが今回なるべく長く使えるものを作ろうとお客さんと作り手の希望は一致しています。レトロな感じというかちょっと前まで近所の木工所とかではこんな風景よく見かけたもんですけどね。ペースもせかせかしていないで。作りといいなんだか懐かしいです。

 本体は一昨日組み上がってまだ養生中。昨日台輪などの付属品の加工・組み立てが終わり仮で重ねてみたところです。本日の作業は戸と棚板の穴掘り・ホゾ付け。双方とも数があるため接着に時間が取られそうなので同時進行でその間本体の仕上げ作業に入っていこうと予定しています。既存の合板の食器棚の取り壊しと壁の補修の開始時期を専門の方にお伝えできるまであと3日くらいかかりそうです。

 

Ω  まねび ('11/08/07)

 

 先日お客さんとの打合わせの折に伺った話の中で職業教育のことでちょっと面白いと思ったのでそのことを書きます。その方は木工ではないのですがすでに職業人としてもキャリアを重ねた上でもう少し技術の幅を広げたいと考え、自力でつてを手繰って本場のドイツのマイスターの元で延2年半研修された経験をお持ちなのですが現場でともに仕事をしながら実務体験を積ませることに重きを置くのは日本の徒弟制に近い形ながらも教育法は自分の知るところとまるで逆だったとのことです。

 その方がまるで未経験者ではなく別の国でそれなりのノウハウをすでに持っているということも斟酌してのことかもしれませんが所謂秘伝というかその師匠の評判の粋の部分ほど積極的に教えようとなさるのだそうです。時には工場の稼動を途中すべて止めて付きっ切りで指導が始まることもあったそうで生産性を最優先する職場になじんだものにはありがたいような申し訳ないような驚きだったとのことでした。そのマイスターの哲学には業界全体の向上ということが常にあり自分の経験もその中の流れの一つに加わりそこからまた他の流れにつながればそれで自分もまた学べて視界がより開けるという思いがあると説明なされたそうで自分だけ特別ではなく社会的慣わしだともおっしゃっていたそうです。仕事場内で上下の差もなく、なかなか奥義に接することを許さず[秘すれば花]と情熱を焦らす古い日本の考えとは違ってどんどん情報をオープンにして工夫と参画を促しその公益として情報が広まることを心から望む姿勢にとても感銘深かったとのことでした。

 これも間接的に聞いた話ですがクレノフの学校の教授法も同じで伝統的なものから自ら工夫したどんな工法も積極的に公開し制作課題の終わりには生徒全員に実物を見ながらの複製に挑ませる授業もあったそうです。ですが事はそう簡単には進まずレシビを頭に叩き込み現物を裏から中から手で触れるよう間近にしながらも誰一人として師の作ったものと見間違えるものを作れた者はいなかったそうです。役者さんの台詞回しでよく言う「行間を読む」ということにも繋がるかもしれませんがそれがその作り手のオリジナリティー、その世界に新しく書き加えられた価値ということになるのだと思います。先のマイスターにしろクレノフにしろスタートはその教え子と同じだったと思います。ただそれまでにある価値を絶対視してそれに手を加えたりあるいは別方向に転回していくものを否定し続けていたら彼らの情熱が勢いづく様を見られることは無かったかもしれません。マニュアルやレシピはあくまでもガイドです。それを見るだけで完全なコピーをゆるされるものは(科学の分野などは例外かもしれませんが)そのレベルのものなのだと思います。

 西欧社会がもともとそのように若者を引き上げる寛容な社会であったとは思えません。今ある価値もそのままではやがて色あせ消えていくものだとこの地はかつての没落の危惧から学んだのではないでしょうか。世代と伴に忘れられる選択もあるでしょうけどその価値の共有を望む新しい人があるならそれは希望です。その若者に最上のものをあえて手に取らせて謙虚さと長い道のりへの覚悟を促そうとする発想もあるのかもしれません。

 お二人に共通するのは自分が魅せられてよきものと感じるその価値をたくさんの人に味わってもらい出来れば長く親しんで欲しいというわかりやすい素朴な思いだと思います。この年になってみると人が生み出した価値あるものは本当はとても少ないと分かってきます。上手く育たないうちに消えて行った価値もとても多いことも。若い人の情熱と好奇心はすごい力を秘めているもので先を行く人にはそれがまぶしく目が眩むほどです。仮にそれに危機感を感じるようならわが身の怠慢を突かれたからかもしれませんし傲慢と映るならわが身の小心を反省すべきところもあるのではないでしょうか。そのまま一生思い上がりを通せるほど運のいい人などいないのですから。

 交わりの無いところの安定は停滞を生み形ばかりが残って輝きは失われると思います。いろいろ真似し合い学びあいでいいのではないでしょうか。真に試されるのはその後です。

 いい物を作るにはどうすればいいのか。消極的に考えるなら「こうすればダメなものが出来上がる」をその都度避けて通るようにすればかなり確率を上げることができると思います。修行に出ることのいいところはその「ダメ」を何がどう駄目なのか人の経験から沢山学習できるところにあると思います。ダメの歴史も古いのでその積載も膨大ですがどの分野でもダメの記憶を大切にしているところは未来があるといえるのではないでしょうか。立ち入り注意の札を見れば誰もが何かあると警戒心を起こしますしまた一方でそのダメとされていることを今の人が再検証してみることで何か新しい気づきにつながることもあると思いますからその意味でもダメの記録は財産でもあると思います。

 修行中はどんな馬鹿をしてもフォローされますし傷つくのは人の看板ですからそれに甘えることも許されますが一人になればそのダメを自分で引き受け解決しなくてはなりません。仮にそれが嫌ならただ過去に隷属することになり情報伝達の先細りは必至です。ですから人の教育も同じかもしれませんが前例に沿わす一方で平行して長所を伸ばす発想もありではないでしょうか。勇気を持って何がダメなのかそれを探しに出ることは本来の人の道に近いような気もするのですがそこまで言うとカッコつけ過ぎですよね。自分で分からないだけで現実はもっとかなり滑稽なものだと思います。やってみたら駄目だとわかっただけという結果も受け入れなくてはなりませんし。ダメの解釈を自己流に捻じ曲げているのに気づかないであるときハッとする事も正直言ってあります。時間がたたないとダメの理由が見えてこないことも多々あり実感が持てるまでには体験が必要なのは親の小言と同じですね。

 

Ω  木工機械による怪我 ('11/06/24)

 

 昇降盤という板を切ったり割いたりする中型の機械で傾斜定規を使って切り口に角度をつけて落す作業中、回る刃の近くにあった薄い三角の先の切り落とし材が今現在送っている材の切り口におそらく挟まったせいだと思うのですが跳ね上がってメガネを直撃しガラス製のレンズの片方が粉々に飛んでしまいました。すぐに機械を停止させ目をぱちくりさせてみると痛みはあるものの視覚に異常がないのをまず確認。鼻の頭と目の淵を少し切ったくらいで出血もさほど無いのですが大事をとって一応目医者さんに見てもらいその後メガネを修理に出すため今日の仕事は打ち切りとしました。少し精神的にショックでもありインターバルを置きたいということもあるものですから。

 この機械では過去何度か痛い目にあっています。恥を晒すようですが同業や同じ趣味の方に何か参考になればと思い例を挙げてみます。

 ● 切り落とした木片を定盤の隅に重ねて置いていったらそれが手前に崩れて回転する刃物に接触し飛んだ。⇒ 腕に当たり皮が剥けて10針縫う。

 ● 刃物を挟み込む応力の強い板を割っている途中で先方に楔を差し込んだらその楔が手前に倒れて刃に接触して飛んだ。⇒ 親指の付け根に刺さる。

 ● 杉の薄板を割いていたら縦筋目が目に付いたので割り箸を割く感覚でそれを引っ張ってみたところ勢い余って端材の先が刃物に当たり砕けて飛んだ。⇒ 爪楊枝状のものが人差し指の腹に刺さって貫通。

 しかしこのようは怪我は使用原則をきちんと守れば防げます。

 『定盤の上にはこれから切るひとつの材以外に置くな。』

 『回転する鋸刃の手前に身を置くな』

 『回転する刃物の上で物を動かすな』 

 これらに背けば後は運任せということになります。

 今回これらを忘れていたわけではないのですが適正な予測・判断に欠けていました。いい仕事師は怪我しないものです。緩みを許さないからだと思います。たしかアメリカのインディー500だったと思うのですがレース開始直前のアナウンスにこんなのがあるそうです。「君たちは事故を起こさない。なぜなら君たちはプロだからだ。」 重い言葉ですね。

 少し前親切な方からデスクトップのコンピュータを頂き先週末時間ができましたので設置してみました。これでようやく98からXPに乗り換えになります。このHPを作っているソフトが絶版なので最新機種では対応をどうしようか不安を抱えておりましたのでこれでしばらくは継続できそうです。うまくアップロードできるといいのですが。

 それがためこれまで動画の付いたページには近寄らないようにしていたのですがそれも解消です。ユーチューブというのはなかなかなものですね。このところ古いボクシングの映像を楽しんでいます。ですがこれほど簡単に何でも手に入るとなんかありがたみが無いというか受身に終始してしまうというか実際自分もその世界に参加しないとバランスがおかしくなってしまうかもしれませんね。まあもっともそこに首を突っ込む気も無いので一通り気が済んだら縁が切れると思います。

 

Ω  胴切り材の皮むき ('11/05/11)

 

 納期のある仕事を漸く終えて気が緩んだせいか珍しく風邪をひいてしまいまして、それでも寝込むほどでもないので昨日今日2日の予定で預かり材の外皮剥きに当てることにしました。細かな数字を追う次の仕事に入る前に多少頭痛がしても耐えられる単純作業がいいと判断したからなのですがはじめは気乗りしない仕事でもやり始めるとなかなか興に乗ってくるもので手持ちの刃物をいろいろとっかえひっかえ効率のいい手順を模索しているうちに時間がどんどん過ぎていきハタと気がつくと指先が痙攣を起こし肩がやたらと重く右手首はジンジン痛みこのへんは「風邪の薬には仕事が一番」と信じていた若い頃とは違うところです。

 この材はお客さんが昔青森で出張中に見つけた径が60cm超えの柿の木だそうで一面黒い変色が入っています。庭に置くテーブルとして使えるようにと納期無しで頼まれているもので僕は銘木の類に詳しくはありませんがそれらが作り出す絵模様にはなかなか面白味があるのは分ります。普通雑菌の混入は繊維の崩壊を起こしそれは腐れとして用材にはならなくなるのですが菌が特殊なのか柿が強いのか面状に広がる変色のみで硬度を保っているのは他の材ではあまり見られない特性です。それにこのサイズ。柿がこんなに大きく育つことが出来るなんて知りませんでした。そのような種なのかあるいは盆栽とは逆の要領で何か特殊な栽培法があるのでしょうかね。外皮の内側に厚い甘皮の層があってこれをこそぐのが手間です。胴の形状は大小凸凹の全くの不規則な連続でガウディーよりも創造的です。この生き物らしい造形をいやらしくなく仕上げることができれば作業は成功といえると思うのですが微妙なカーブに刃先をなじますのが難しいです。専門家の方から見れば僕のやり方はまるで出鱈目で無作法かもしれません。

 今外は雨が降っていますが静かです。外皮を外してしまうと乾燥のペースが変わり割れを促進させてしまう危険性がどのくらいあるのか途中手を止めて漫然と目の流れを追います。芯近くまで入り組んだ入り皮も残すべきかコクソの充填に置き換えるべきか長い目で見てどちらに利があるものか判断に悩みます。ほかにも先を急ぐあまり不用意な刃物跡を残すのも避けたいので慎重に刃先を当てますがガサツにならないような機械の活用法もあるのではないだろうかとか、ポイントでチギリの補強を入れるにしろ柱の背割りの理屈で一部逃げの効く切れ込みがあった方が全方向の割れを防ぐために有効ではないだろうかとか薄いグレーの木肌の色目は使用する場所との兼ね合い全体の色調にマイナスではないだろうかとかいろいろ頭では考えが浮かんでは消えていきます。マニュアルのない作業は効率の悪い分探求の自由があります。

 仕事場で僕は自分でいられます。普通人の望みは小さなものである程度自分の意の通じる周囲の環境とよく馴染み、恵まれた時も運のない時もそこを自分の場所として生きることの意義を探すことにあると思っています。通常なら自分を含め誰しもその中で誰かに導かれたいとか何か与えられたいとは求めてはおらず共通する課題としての障害の除去や共有できる社会的な価値の創出に力を出し合いたいと願っているレベルでいられますが家庭も仕事も災害や事故で何の備えもなく失われてしまったらその後の毎日をどのように肯定的に受け入れられるものか想像するに息が詰まります。

 首相の浜岡原発停止要請は横須賀を重要視するアメリカからの強い働きかけがあったものにしろ個人的にはとても歓迎するところなのですがその後の報道等の取り上げ方には批判的な論調が多く見られて少し戸惑いを覚えます。政治の役割というものは力の再分配にあるわけですから賛否立場の違う双方に満足という線引きは個々の政策の様々な組み合わせを選択・駆使しても難しいのが当たり前なのだと思いますがより想像力に欠く者にその読解の労が要らない分有利であるかもしれません。絵に描いた餅のような子供の夢の甘味の代償が今回どれほど高くつくものか見識をはるか越えた犠牲を目の当りにしてさえどことなく居心地の悪さを感じつつ他所事と済まそうとするその鈍さを支える思想は一体どのような実態のあるものなのかこの際よく考えてみる必要があると思います。

 

Ω  図面の読み違え ('11/03/10)

 

 図面の読み違いで規定より1センチ背の高い品物を作ってしまいしょげているところです。図面は約束でありそれに反してしまった以上お客さんの側からどんな違約の補填を申し出されてもそれを受け入れるしかないのは当然ですが自分自身への失望感も大きく腹の底が重いです。通常図面支給で仕事を受けた場合は自分で採寸した訳ではないので数字に実感を持たせるよう、それに自分自身読みやすくするため新たに手書きの図面と必要な部分詳細図を描くことにしているのですがその段階で勘違いがあるとその後の定期的寸法チェックもまるで意味を失います。

 昨晩品物を取りに来てくれた設計士さんから今朝電話でそれを指摘された時には言われている意味が判らず先様は攻めるでなしただ事後処理のプランを相談しているだけなのにとりあえず自己弁護してしまったのは慢心からです。こういうときに本心が出ますね。その後すぐに原因を調べてお詫びの電話を折り返しかけ直しました。幸いまだ配達前でお客さんからは支障はないとご返事いただけたそうですが双方に気を害させてしまったのは残りますから今後の処理対応で少しづつ埋め合わせをしていくつもりでいます。

 見落としてはならないポイントが数多ありそれに随分馴染んだつもりでいても今回のようなミスを犯してしまうのですからお金を頂く仕事というのは気の抜けない厳しいものです。あまりそうカチカチになっては身が持ちませんが伸びしろががないほど張り詰めているはずもないので少しでも上のレベルに進めるようまた明日から気を引き締め直し頑張ります。

 2月の旭川の材木市に出かけた方からの情報によると今年のナラ材は全般的に高値がついているということです。国内の需要は低調な上今現在ロシアからの輸入は政策の変転以来止まったままなので規模の縮小も懸念されていたのですが反対に中国では資材不足が深刻化しているようですからそれに影響されての活況であるのではないかと思われます。外資の流入については日本が散々世界各地で行ってきたことですから非難できる立場にはないと思いますがそれに合わせて新規の山から切り出しも大幅に増えたとのことことですのでその原資が近年の資材不況の減収の埋め合わせばかりではなく森林の長期保全にも回されることを勝手な意見ながらも願っています。

 僕のところが主材にナラを用いているのはホゾ組み・刃物仕上げ・オイル塗装という自分の得意とする加工法に硬度・緻密性・特性がとてもよくマッチするからです。それに木目・色合いの奥行きの伺える穏やかさもまた長く使える日用品としての指標に適っているという判断があるためです。預かり材で仕事をさせていただくことも多いのでいろいろ他の材を扱う機会にも恵まれますが比較してみるとやはり特殊な用途や接客用の高級なものでないなら今の仕事の条件に最も当てはまると思っています。癖がないので凡庸な性格と言えばそうかもしれません。ですがあまり目立たなくとも長く人の役には立ってくれる逞しさは僕には魅力の一番です。やはり家の中心は人であると思いますし。

 先月購入した約半年分の普段使いのナラ材の価格にはその影響はまだありませんでしたが次回分は変更があるでしょうね。僕のところの使用量は高が知れていますから製品一台あたりの上乗せはさほど大きなものにはならないでしょうが上昇率はどこまでいくのかどこかで止まるのかはやはり気になります。将来的な展望としては比較的に価格の下がっている材、例えばケヤキなどや針葉樹などにも主材を移行させていくこともあるでしょうし既存品の再生・作り直しももっと魅力あるものとして考えていくことも必要だろうと思いますがどんな形であれこの木とは繋がりは保っていきたいです。市場からナラ材がまるで姿を消すということはないとは思うのですがそれでも手を出せない価格になってしまえば同じですのでその頃淋しい思いをしないように丸太で買ったミズナラは年金積み立てのつもりで残しています。仕事として使うには微々たる量ですが気ままに好きな椅子などを作るなら暫らく楽しめると思うんです。夢ですけどね。

 追記)材木屋さんに聞いたところによりますとロシア産のナラ材は丸太での輸入は停止したままですが国内かもしくは中国で製材されて板材になったものは入ってきているそうです。インフラ整備できる資本が活用できるなら産業育成のため加工品の輸出に切り替えるのは当然だと思いますが気になるのは品質の保全法についてです。以前依頼されてある輸入板材を扱ってみたらその材種の特性ではないはずなのにその間妙に咳き込んだり手が荒れたりしたことがありましたので以後その材はブラックリストに乗せて扱わないことにした嫌な経験があるからです。ポストハーベストがきついのではないかと疑がってます。丸太なら外皮やシラタは使いませんので木材の水分浸透の方向性の性質を考えればそれらを外してしまえばあとはクリアーだと信じられるのですがこの板材の輸入についてはどういう状況なんでしょう。人体実験ではありませんがもし上と同じような支障が出るようでしたらそのルートの使用は中止します。お客さんは勿論ですがやはり自分の身が大事だからです。浅はかな判断かもしれませんがゴーグルやマスクで作業の邪魔されたくはないんです。 ('11/11/05)

 

Ω  分相応 ('11/01/05)

 

 分相応というと江戸時代の身分制の枠を連想してしまいますがここでは西洋風に「汝を知れ」というくらいに解釈するとします。頭を押さえつける意味ではなくもっと肯定的なニアンスで取って下さい。「分」を身分ではなく自分として読み取り、発想・行動の出発を個に基点を置くための一種の座標・目印です。個人には勿論過去・現在・未来がありそれら各々が外界と深く繋がりを持っていますし感情により歪められた情報も絡んでいますから形は常に不明確で動きのあるものであるにしろ外からの影響に呼応するその振り幅を計測記録することによりおぼろげなりとも掴めるものだと思います。

 有限の未来に気付き始めたからでしょうか何がしたいかより何ができるかに近年関心事がシフトしてきたような気がしています。今は出来ないけど明日できるようになることは何か、明日は無理でも明後日には可能なこと、またはその逆をも含めそれを計るための現在の位置をある程度掴んでいたいと思うのです。見通しの暗い仕事や人間関係でも意を決して当たってみると実際には案じた程の困難もなく夢中なうちに事が進んでしまい一体今まで自分の目は何を見ていたのかと愕然とすることがあります。迷う心を不快に感じながらも自意識のある種の甘味を楽しんでいるだけ認識の目は曇っていたのだと後になれば思い当たりますが好転した結果だけを喜んでいたらまた萎縮して同じ周回を繰り返してしまいそうです。

 こういうのも意識の上での老化なんでしょうかね。自分の姿を正確に映す鏡があれば無用な苦労は避けて通れるはずとはいうもののそれは幻。熱意があろうとなかろうと知るための努力・理解のための資料探しは各々個に課せれた義務だと思います。驕りも恥ずかしさもなく自分を見ることができるようになれるならば成長と呼んでもいいのですがペースが人より遅すぎですよね。個人差があるとはいえ考えてみればいまさら情けないような新年の想いです。

 

昨年暮は日決めの仕事を追いかけていましたので年賀のご挨拶も遅れ大変失礼しましたことをお詫びします。どうか本年も変わらぬお付き合いをお願いいたします。》

 

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