| 東北地方 |
| 岩代(福島県) |
筑後三池藩の左遷により三代にわたり治封、その後三池に再立藩
岩代
| 築城時期: 1806(文化3)年 | 築城者: 立花種善 |
陣屋跡地に建つ「懐古の碑」
1902(明治35)年に旧藩士の手により建てられたものです |
| 遺 構 《 遺構/井戸 》 | |
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筑後の猛将・立花宗茂の弟・立花直次は1614(慶長19)年、常陸国筑波郡に5千石を与えられ、旗本となった。その長男・立花種次は1621(元和7)年、旧領地であった筑後国三池郡に5000石加増の1万石を得て三池に移り、三池藩が成立した。
三池藩第4代藩主・立花貫長の時代である1738(元文3)年に石炭の採掘が始まり、平成9年(1997年)まで存続した三池炭鉱の礎となった。 第6代藩主・立花種周は大番頭、奏者番兼寺社奉行を経て若年寄まで栄進した。しかし、反松平定信派に属し政争に敗れ、1805(文化2)年に幕府の機密漏洩の罪により罷免され、強制隠居の上、蟄居となった。その上、種周の後を継いだ第7代藩主・立花種善(たねよし)は翌文化3年、陸奥国下手渡藩に左遷され、下手渡藩が立藩した。
下手渡藩第2代藩主の種温(たねはる)は、“天保の飢饉”に際し、領民の救済に尽力して餓死者を出さず、名君と慕われた。
種善、種温、種恭の3代63年間にわたりこの地を治封した下手渡藩は、1868(慶応4)年の 戊辰戦争の際、官軍側として奥羽越列藩同盟側の仙台藩と戦った。この際、藩庁を焼失し、同年9月に再び三池に藩庁を移し、三池藩が再立藩したため、下手渡藩は廃藩となった。 現在、下手渡の陣屋跡地には、旧藩士により建てられた「懐古の碑」が建てられており、藩主使用と伝わる「御前井戸」が残されている。
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国道349号線からの入口
入口に案内標識があります。ここを左折して突き当たりです |
御前井戸
藩主の飲料水としてのみ使用されたと伝わる井戸 |
陣屋 見取図
(現地案内解説板より) |
| 登城アクセス | |
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車 : 東北道福島西IC〜右折/インター出口〜国道115号線〜左折/鳥谷野 〜国道4号線〜右折/岩谷下〜国道115号線〜右折/畑尻〜国道349号線 〜左折/月舘町下手渡〜突き当たり 駐車場 : 周辺道路の路肩に駐車 |
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