| 近畿地方 |
| 播磨(兵庫県西部) |
賤ヶ岳七本槍の一人・糟屋武則の居城
播磨
| 築城時期: 鎌倉時代 | 築城者: 糟屋有数 |
城址 の称名寺山門
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| 遺 構 《 遺構/なし 》 | |
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加古川城は鎌倉時代の播磨守護所であり、また、賤ヶ岳七本槍の一人・糟屋武則の居城でもあったが、現在、城址としてのその面影は全く残っていない。
加古川城は、現在の国道2号線近くの称名寺境内から北西部にかけて存在していたと言われているが、かつて、この地に城があったと証明できるものは、称名寺境内に置かれている加古川城址の案内解説板のみで、遺構などは何も残っていない。
1577(天正5)年、羽柴秀吉が播磨に侵攻し、毛利氏討伐の軍議を加古川城(糟屋の館)で開いた。
1600(慶長5)年の“関ヶ原の戦い”では、七本槍の中で唯一西軍に与したため、領地没収となり、加古川城も廃城となった。
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称名寺境内に置かれている 城址案内解説板 |
称名寺境内に祀られている七騎供養等
南北朝時代の1350(正平5)年、都を追われて本国出雲へ落ちて行こうとした塩治判官高貞を助けようとして、足利 尊氏の軍勢と戦いこの地で討死した郎党七名の供養塔 |
| 登城アクセス | |
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車 : 山陽道加古川北IC〜右折/加古川北IC出入り口〜県道43号線〜JR 神戸線〜左折/平津〜加古川・加古川橋〜右折/加古川町本町〜称名寺 駐車場 : 称名寺の参拝者用無料駐車場を利用 |
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