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近畿地方

丹波(京都府中部)

「谷の空鉄砲」という言葉が伝わる谷氏の陣屋跡

丹波 山家陣屋[やまがじんや]  (陣 屋) 【所在地】 京都府綾部市広瀬町

築城時期:  1600(慶長5)年 築城者:  谷衛友

やまが じんや 陣屋跡地に建つ 模擬陣屋門

 遺 構  《 遺構/曲輪・堀切  模擬/陣屋門 》
 1582(天正10)年、羽柴秀吉が丹波を領有すると、谷衛友に山家の地を与えた。衛友は、“賤ヶ岳の戦い”、“小牧・長久手の戦い”、“紀州攻め”、“九州平定”、“小田原征伐”など秀吉の主なる合戦に従軍した。

 “関ヶ原の戦い”では、丹波福知山城主・小野木重次らと西軍に属し、細川藤孝の丹後田辺城を攻撃する。
しかし、歌道の師匠であった藤孝を積極的に攻める意思はなく、傍観的対応に終始した。戦後は小野木を攻撃するなど東軍に内応し、藤孝や本多正純の仲介によって所領1万6千石を安堵される。
 この時、山上の城(山家古城)を廃し、山麓に陣屋を構えたのである。陣屋跡は山家城址公園として整備されている

 なお、“田辺城攻め”の際、城にむけて空砲を撃って戦意をカムフラージュし、俗に「谷の空鉄砲」という言葉が伝わっている。
 衛友の死後、所領は弟や甥に分知され、宗家は一万石として13代続いて明治を迎えた。明治3(1870)年に陣屋建物を焼失している。

 山家は、実に静かな山の中の集落で、ここに万石の藩があったというのが信じられない感じです。

陣屋跡地は谷霊神社境内となっていて
そこに建つ模擬陣屋門
立派な山家城址の石碑
陣屋背後の古城址のある甲ヶ峰には
この伊也神社を経て登城道が続いている
軍功により拝領した「揚羽蝶」と「五三の桐」
の家紋額が模擬陣屋門に掲げてある
途中より運悪く、デジカメのシャッターが全開出来なくなってしまい、見苦しい画像となってしまいました。お詫びいたします。

登城アクセス
 車  : 舞鶴若狭道綾部IC〜右折/綾部IC出入口〜県道77号線〜左折/綾部
  高校東分校〜県道8号線・由良川・丹波大橋〜右折/味方〜国道27号線〜
  上林川〜左折/集落へ〜(集落で場所をお尋ねください)

駐車場 : 山家城址公園の無料駐車場を利用


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