ザ・登城TOPへ

ザ・登城

近畿地方

丹波(京都府中部)

明智光秀築城の北山杉に囲まれた石垣造りの城

丹波 周山城[しゅうざんじょう]  (山 城) 【所在地】 京都府京都市右京区京北周山町

築城時期:  1580(天正8)年 築城者:  明智光秀

しゅうざん じょう 国道162号バイパスより見た 周山城址

 遺 構  《 遺構/曲輪・石垣・天守台・土塁・堀切・枡形虎口 》
 周山城は、京都市右京区京北支所(旧京北町役場)西側の城山(パラボラアンテナと受信施設がある山)山頂に築かれている。

 城山への登城は、北山杉が綺麗に密生した登山道を約35〜45分ほど登る。比高約220m、距離にして約一キロメートルほど。行程は険しくたいへんらしいが、登りきれば総石垣造りの周山城があるという。


 亀岡市の亀山城を出発する時は小雨程度であったが、国道9号線から峠道狭い山道の国道477号線を経由してウッディ京北に辿り着いたときには、強風交じりの集中豪雨状態。

 ウッディ京北店内で縄張図付きの城址案内図をいただいて、北山杉や檜などの木製品を眺めたり、コーヒーを飲んで、ざる蕎麦を食べたりして、一時間半ほどねばってみたが、ついに雨脚は静かにならず、登城を断念……無念!

 いつの日か必ずリベンジして、詳細に報告・掲載させていただきます。


 織田信長の命をうけて丹波に侵攻した明智光秀は、宇津城(京都市右京区京北下宇津町)の宇津頼重を討死させ、翌1580(天正8)年、国衆土豪の押さえとして、また京と若狭を結ぶ周山街道要衝の城として、この地に城を築いた。
 このとき、光秀は周の武王の故事にちなんで周山城と名付け、地名も周山に改めたといわれている。

 信長から与えられた光秀の所領は、本城坂本城のある近江国志賀郡に加えて丹波一国となり, 丹波平定の拠点として亀山城を築き、八上城に並河掃部、黒井城に斉藤利三、福知山城に明智秀満を配置、周山城には明智光忠を入れた。

 1582(天正10)年まで明智光忠が城主として居城したが、“本能寺の変”を経て、“山崎の戦い”にて明智光秀が“小栗栖”にて敗死すると共に、未完の周山城は廃城となった。

ウッディ京北越しに見た城址 近在の密生する北山杉

周山城址 案内図
(ウッディ京北にて頂いたものをスキャン)

登城アクセス
 車  : 名神道京都東IC〜右折/京都東IC出入口〜国道1号線・五条通り〜
  右折/五条天神川〜国道162号線・周山街道〜右折/国道162号バイパス〜
  左折/ウッディ京北前〜徒歩〜

駐車場 : なし(ウッディ京北の駐車場を利用)


「京都市右京区」 公式HPへ

ザ・登城TOPへ 近畿地方の城郭へ
ザ・登城TOPに戻る  近畿地方の城郭へ

滋賀県京都府大阪府兵庫県奈良県和歌山県