| 近畿地方 |
| 但馬(兵庫県北部) |
大石内蔵助の妻「りく」はこの豊岡藩の家老・石束家の娘
但馬
| 築城時期: 1668(寛文8)年 | 築城者: 京極高盛 |
陣屋跡地 に建つ豊岡市立図書館と旧豊岡県庁正門
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| 遺 構 《 遺構/なし 移築/陣屋門 》 |
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豊岡陣屋南西側の丘陵・神武山には、中世から織豊時代にかけて豊岡城が存在した。
江戸期に入封した京極氏は、廃城から天領時期を経ていた豊岡城跡を利用せず、北東山麓に陣屋を構えて整備した。 豊岡陣屋は、周囲に武家屋敷を配し堀で囲む姿であった。堀を挟んで町屋が広がり、円山川を天然の外堀とする構造が推定されている。
平成7(1995)年から平成9年にかけて、豊岡市立図書館の建設に伴い発掘調査が実施され、織豊期から江戸時代に至る数時期の建物跡が多量の遺物とともに確認された。
また、豊岡藩陣屋門が出石城下に移され、家老屋敷向かいにある福成寺の山門として利用保存されています。 さらに、豊岡は1701(元禄14)年、赤穂浪士の討ち入り事件で有名な大石内蔵助の妻・りくの実家の地として名高い。「りく」は討入り前、離縁されて豊岡の父のもとに子供を連れて身を寄せていました。 父の屋敷跡の一角となる豊岡市立図書館近くには、大石りく生誕の地の碑が建てられ、また、市内の正福寺には、りくの遺髪塚があります。
1668(寛文8)年、丹後田辺より京極高盛が3万5千石で入封し、高盛は、丘陵部の豊岡城跡を利用せず、北東山麓に陣屋を構えた。
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陣屋門(移築)
出石城下の家老屋敷長屋門向かいの 福成寺の正門として移築利用されています
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旧豊岡県庁正門(移築)
明治3(1870)年、久美浜県(翌年、豊岡県と合併)(現在 の京都府京丹後市)の県庁建設に伴って造られた 脇戸付の薬医門形式 |
神武山公園案内図
(現地案内板のものに加筆)
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| 登城アクセス | |
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車 : 播但連絡道路和田山IC〜左折/和田山IC入口〜国道312号線〜左折/ 一本柳〜国道9号線〜右折/上野〜右折/宮越〜国道312号線〜左折/豊岡 市民会館前〜右折/最初の十字路〜左折/スーパー角〜豊岡市立図書館 駐車場 : 市立図書館の開館時間内なら専用駐車場の利用が可能 |
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