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近畿地方

近江(滋賀県)

山陰・山陽十一ヶ国の太守となった尼子氏発祥の地

近江 尼子館[あまごやかた]  (居 館) 【所在地】 滋賀県犬上郡甲良町尼子

築城時期:  不明 築城者:  尼子高久

あまご やかた 堀跡の名残をとどめる池

 遺 構  《 遺構/堀跡 》
 この地は、山陰・山陽十一ヶ国の太守となり、中国地方に覇を唱えた尼子氏発祥の地である。

 現在では、尼子の集落の中に、尼子館の堀跡の名残りをとどめる小さな池があり、池の前の立て札に堀跡の説明文が書かれている。それ以外に遺構は残されておらず、ここを訊ねる目的は『尼子氏発祥の地』以外になく、かなりの城郭マニアであろう。

 今では個人宅の庭園の池のような小さな池ですが、昭和の初期までは4〜5mの深さで、西側から北側に湾曲した堀が続いていたそうで、戦後、宅地に変貌してしまいました。

 なお、甲良町のこの地近くの、藤堂高虎出生の地と伝わる地には「近江在士館」という名のミニ史跡公園が設けられています。


 京極家5代で室町幕府初期の重臣、婆娑羅大名としてその名を天下に轟かせた京極高氏(道誉)の孫、高久が近江国甲良荘尼子郷に居住し、名字を尼子と称したのに始まる。

 1392(明徳3)年、尼子高久の子・持久が宗家・京極氏が守護を務める出雲の守護代として同地に下向して月山富田城に拠り、やがて勢力を拡大して、持久の孫・経久の代には山陰に覇を唱えた。

尼子十字路の南方にある「平成尼子の館」
集落センター建物とミニ公園になっています
堀跡である集落の中の小さな池
個人宅にありそうな位の規模の池です

藤堂高虎の出生地
「近江 在士館」
 名築城家でもあった藤堂高虎は、近江国藤堂村(現在の滋賀県犬上郡甲良町在土)生まれで、のちに、伊勢伊賀32万3千石の太守となって津城を本城とした。
ミニ史跡公園風に整備されている「近江 在士館」
徳川大坂城に使われる予定だった重さ約11トンの
巨石(残念石)が陳列されています
藤堂高虎 銅像
主家を10度も変えて立身出世し、並々ならぬ
処世術に優れた万能武将であった
近くには、藤堂高虎と同時期に甲良荘法養寺から出て、日光東照宮の造営を始めとする土木工事を江戸幕府に任された甲良氏の祖、甲良豊後守宗廣を記念した「甲良豊後守宗廣記念館 」もあります

登城アクセス
 車  : 名神高速彦根IC〜右折/原町〜国道306号線〜左折/外町〜国道8
  号線〜左折/千鳥橋北詰〜右折/無賃橋北詰〜渡橋してすぐ左折〜すぐの
  Y字路を右折〜尼子十字路の少し先右側(平成の尼子館)

駐車場 : なし


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