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ザ・登城

関東地方

武蔵(神奈川県)

信濃の名族・諏訪氏の支流が統治した城

武蔵 寺尾城[てらおじょう]  (平山城) 【所在地】 神奈川県横浜市鶴見区馬場3丁目13

築城時期:  戦国時代 築城者:  諏訪三河守

しぶや じょう 住宅地の一角にひっそりと立つ城址石碑

分かりくい場所ですが、住所は馬場3丁目-16-2になります

 遺 構  《 遺構/曲輪・土塁・空堀 》
 寺尾城という名称の城は各地に存在する。川崎市生田区や秩父、川越。さらに長野市松代にも同じ名称の城がある。ここ横浜市鶴見区の寺尾城址はほとんど宅地化されているが、住宅街の一角に殿山公園という小さな公園があり、そこに空堀や土塁が残っている。


 殿山公園から西方にかけての丘陵一帯は、寺尾城址として古くから知られていました。発掘調査の結果、堀のなかには土塁の崩落によると推測されるローム土が多量に堆積し、上位からは江戸時代の宝永年間に噴火した富士山の火山灰が発見されました。このことから、この堀は18世紀初頭には大部分が埋まっていたことが明らかになりました。

 この発掘調査によって、「新編武蔵風土記稿」に記され、「寺尾城址」として伝承されている中世城郭址の存在を初めて考古学的に裏付けることができました。

 寺尾城の諏訪氏は信濃の名族諏訪氏の支流であり、戦国時代か、それ以前に鶴見へ移住してきたと思われ、小田原北条氏に仕えた諏訪三河守五代にわたる城址である。永禄12年(1569)10月、武田信玄の小田原侵攻のさいに寺尾城は没落したといわれている。城跡には、当時の空堀・土塁・曲輪など中世の城郭が残り貴重な遺跡となっている。 町名の馬場・諏訪坂などに城のようすが今に伝えられている。
 (現地案内解説板より)

城址の殿山公園を下から見る
印のところを上から見たのが、右側の画像です
城址の殿山公園を上から見たところ
ただの伐採なのか?、公園としての整備のためなのか?
わずかに残る土塁 公園の一角に立つ遺構説明板
「殿山公園」は地図にも載っていない小さな公園です

寺尾城 縄張図

登城アクセス
 車  : 神奈川1号横羽線生麦IC〜鶴見産業道路〜左折/大黒町入口〜国道
  15号線〜左折/鶴見警察署前〜左折/下末吉〜国道1号線〜右折/響橋〜
  すぐに左折〜左折/臨港バス「殿山」〜区道〜突当たり右折〜行き止まり
  (殿山公園)

電 車 : JR京浜東北線「鶴見」駅より臨港バス「菊名」行で「殿山」下車 徒歩5
  分

駐車場 : なし


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