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関東地方

常陸(茨城県)

天狗党挙兵時、幕府追討軍本拠が置かれた陣屋跡

常陸 下妻陣屋[しもつまじんや]  (陣 屋) 【所在地】 茨城県下妻市下妻乙238・他

築城時期:  1713(正徳3)年 築城者:  井上正長

しもつま じんや 下妻陣屋跡地 に建つ下妻一高の正門

 遺 構  《 現存/土塁 》
 下妻陣屋跡は、現在の下妻第一高校付近である。高校敷地の東北角地に、当時御陣屋稲荷と呼ばれていた城山稲荷が残り、その境内に土塁の一部が現存している。

 また、関東鉄道常総線の下妻駅および、線路を挟んだ反対側の東北方向には、中世から近世にかけての下妻城跡地の多賀谷城跡公園があります。


 下妻陣屋は1712(正徳2)年、美濃郡上八幡城主・井上正任の三男・正長が、一万石を賜って大名に列した。
そして翌年、中世の城、多賀谷氏の下妻城西方に陣屋を築く。これが下妻陣屋である。

 1864(元治元)年の天狗党挙兵時、幕府追討軍本拠が当地に置かれたため、陣屋は天狗党の攻撃を受けた。
13代当主・井上正兼は、陣屋を自焼して江戸へ逃れている。なお、下妻藩井上氏は、短命の藩主が続き、ほとんど養子が多く14代嗣いで幕末を迎えている。

 下妻藩の井上氏は浜松藩の分家にあたり、初代井上正長は甲府藩主・徳川綱豊(3代将軍徳川家光の三男・綱重の子)(後の6代将軍徳川家宣)に仕え、のちに西の丸衆となって累進を果たし諸侯に列した。浜松藩分家にはもう一つ、浜松藩井上氏の祖である井上正就の弟・政重を祖とする高岡藩(千葉県成田市高岡)があった。

城山稲荷大明神の入口鳥居 城山稲荷大明神の境内
城山稲荷大明神の境内に残る土塁

登城アクセス
 車  : 常磐道土浦北IC〜右折合流/国道125号線〜つくば北署前〜左折/
  内町下〜国道125号線〜右折/仲町〜突当たり右折/常陽銀行前〜突当たり
  左折/下妻駅西口〜下妻一高

駐車場 : なし(下妻一高正門前の空きスペースに駐車)


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