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関東地方

常陸(茨城県)

平成14年に発見された幕末の水戸藩海防陣屋跡

磯浜海防陣屋[いそはまかいぼうじんや]  (陣 屋) 【所在地】 茨城県東茨城郡大洗町磯浜町2870の近く

築城時期:  1836〜1842(天保7〜13)年 築城者:  徳川斉昭

いそはまかいぼうじんや 陣屋跡地から太平洋を望む
右端は大洗マリンタワー

 遺 構  《 遺構/土塁・土壇 》
 海防陣屋とは海防目的の施設のことで、幕末の頃、外敵にそなえて沿岸各地に設けられた軍事拠点です。
 海防とは、幕末当時緊張関係にあった、イギリスやアメリカ、ロシアなどの異国の船が沿岸に接近したり、異人が上陸したりするのを、防ごうとする攘夷思想の事です。

 磯浜海防陣屋は、太平洋・鹿島灘を臨む標高30m前後の大洗台地南端に立地し、現在、晴れた見通しの良い日には鹿島コンビナートの煙突の煙まで見えるらしい。
 海防陣屋跡地には、高台の縁に沿って、上から見た形が「L字形」をした約1.5〜2.0mの高さを持つ土壇状の遺構が残されています。
この権現台と呼ばれている土壇状の遺構の規模は、幅が約36m、奥行が約24mです。近接する日下ヶ塚古墳の墳丘を含めて、海防陣屋として利用していたものと考えられています。

 磯浜海防陣屋跡は平成14年に発見された比較的新しい遺跡で、絵図が発見されておらず建物の構造などは不明であるが、跡地からは、軒桟瓦・桟瓦・軒丸瓦・丸瓦・平瓦などの瓦が発見されていて、当時建てられていた建物に葺かれていたものと見られています。
 現在、遺跡は日下ヶ塚古墳の前方部付近に良好な状態で残っています。今後は、まだよく分かっていない、その範囲や構造を明らかにするための測量調査や考古学的な調査が待たれるところであり、海防陣屋の重要性を認識しておられる大洗町および、地元関係者の方々の調査・研究の成果に期待したい。


 1825(文政8)年、日下ヶ塚古墳のある高台に遠見番所の望洋館が設置されました。

1836〜1842(天保7〜13)年頃、水戸藩主・徳川斉昭により藩の南端の沿岸防御を強化するために遠見番所を改修して磯浜海防陣屋は造られました。

 1864(元治元)年の“元治甲子の変”(天狗党の乱)には激戦地となり、磯浜海防陣屋の建物等は焼失してしまいました。

水戸信用金庫大洗支店の手前(西側)のコクヨの看板
のある文房具点隣の町営駐車場を目指します
町営駐車場奥の丘の上に見えるタワーアンテナの
真下が日下ヶ塚古墳のある磯浜海防陣屋跡です
ここに駐車して徒歩で向かいます
真上から見るとL型をした陣屋跡地の土壇
幅が約36m、奥行が約24mの規模です
土壇面を見る
日下ヶ塚古墳の墳丘なのか、陣屋の土塁なのか? 日下ヶ塚古墳の墳丘最高所に向かうところ
墳丘最高所にある「日下ケ塚古墳」の石碑 井戸跡なのか? どうか解からない
土壇と墳丘との間の低地部にあり

海防陣屋跡の歩き方(史跡の歩き方)
大洗町役場」公式HP内 文化振興係「生涯学習課」ページより転用させて頂きました

登城アクセス
 車  : 東水戸道路水戸大洗IC〜左折/水戸大洗インター〜国道51号線〜
  右折〜県道2号線〜大洗駅入口〜町道〜左折/磯浜町〜町営(永町商店街)
  駐車場に駐車〜徒歩〜

駐車場 : 水戸信用金庫大洗支店西側の町営(永町商店街)駐車場を借用


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