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ザ・登城

関東地方

常陸(茨城県)

竹林・竹笹の藪の中に、素晴らしい遺構が眠る城

金田城[こんだじょう]  (丘 城) 【所在地】 茨城県つくば市金田948・他

築城時期:  小田氏か? 築城者:  鎌倉時代初期か?

こんだ じょう 東南方からの 城址遠望

 遺 構  《 遺構/土塁・空堀・物見跡・井戸跡 》
 金田(こんだ)城跡は、つくば市役所桜支庁舎から北東へ約800mの桜川右岸に位置し、舌状台地先端の縁辺部に築かれている。
城址の西側は台地続きであるが、東側は桜川の作る低湿地が広がる要害の地である。城域は南北方向に長い楕円形をしていて、100×170mの範囲に空堀・土塁を巡らした平山城である。
遺跡の現況は、ほとんど竹林を含む山林と竹笹の藪である。全体的に遺構の保存度は良好である。

 単郭の単純な構造の城であるが、北西南の三方には堅固な土塁が巡り、南端の城塁の外側には空堀が巡らされている。この空堀の幅は15〜25m、深さ10mほどもある深く広大なもので、茨城県西地域では稀に見る豪快な遺構である。

 東側の腰曲輪の北端部と中央付近には円形の窪みが二ヶ所あり、井戸跡といわれている。また、主郭の南西隅には櫓台と思われる土塁の高まりがあります。


 金田城は、常陸小田城の小田氏の四十八館の一つと伝承されている。
 築城後の経緯ははっきりしないが、1499(明応8)年には小田氏配下の沼尻又五郎信孝が在城していた(「沼尻文書」)とみられる。

 その後の戦国末期になって、佐竹氏と北条氏の対立の中で修築がなされた可能性も否定できない。

桜中学校の前の道路を東に向かい、この辻を左折します
画像右枠外に金田堀があります
廃業していますが左側に、この看板のパブ建物があります
パブ跡建物のところの路地を入って行きます
下の余湖図ののところに突き当たります
城址へは、もう少し先(北)へ行った左奥から
直登すろ方法もあります
下の余湖図のの清水の湧いているところです
斜め右上突き当たりの清水の湧いているところ
近在の人達がタンクやペットボトルに水汲みに来ていました
下の余湖図ののところ
下の余湖図ののところの空堀
深さは約8m、幅は10〜15mほど
下の余湖図ののところから矢印方向に見る
土塁と土塁の間の堀底道のような感じです
堀底道からの方向を見下ろす 城址南端のから南西の桜中学校方向を見る
下の余湖図のの辺りは竹笹ばかりです 左画像のところを離れた所から見てみる
この辺り一帯は、竹笹で進入不可能です 下の余湖図のの近くの井戸跡と伝えられる窪み
下の余湖図のの主郭の塁壁部分 下の余湖図のの部分の井戸跡と伝えられる窪み
主郭跡は竹が密生しています 東方から城址を遠望する

余湖図セレクション 金田城 出典元
余湖図コレクション
余湖くんのお城のページ」−「金田城」のページに
掲載されているものを借用させていただきました

参考サイト 余湖くんのお城のページ 余湖 殿 独特のタッチで描かれた2,000城以上掲載の
「余湖図コレクション」は圧巻です

登城アクセス
 車  : 常磐道桜土浦IC〜左折合流/国道354号線〜右折/下広岡〜県道〜
  つくば市役所桜支庁舎入口〜右折/東岡〜桜中学校〜左折/金田堀〜

駐車場 : なし(清水の湧くところに数台の駐車スペースあり)


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