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関東地方

下野(栃木県)

戦国時代の城跡に、幕末近く陣屋が構えられる

下野 吹上城[ふきあげじょう] 別称=吹上陣屋 (平山城) 【所在地】 栃木県栃木市吹上町字元陣屋

築城時期:  戦国時代 築城者:  膝附宗長

ふきあげ じょう 吹上中学校敷地内に建つ 城址碑

 遺 構  《 遺構/土塁・空堀 》
 戦国時代に築かれた吹上城は、南東に延びる舌状台地の先端部を利用して築かれた城であった。
 現在の吹上中学校とその周囲の住吉神社や住宅地となっている一帯に築かれていた。比高12、3メートルの台地上にある中学校南面の高台がその名残を偲ばせている。
中学校の敷地が本丸跡で、江戸時代後期の有馬氏の陣屋や天領時代の代官所もここに設けられていた。

 城の遺構としては、中学校グランドの北東側に土塁や空堀が見られ、校舎前には城址石碑が建てられている。
 また、中学校玄関内には、額装された有馬氏の陣屋絵図や、発掘された遺跡物が保管されています。


 吹上城の築城時期は不明であるが、戦国時代、皆川城の支城として、皆川氏一族の膝附(ひざつき)宗長によって築かれたと伝えられている。
 この地方は皆川氏の領地であったが、1609(慶長14)年に皆川広照が領地没収された時に、吹上城も廃城になったと考えられている。

 江戸時代には、本丸跡に天領を支配する代官所が置かれたこともあるが、1842(天保13)年、筑後久留米藩の有馬家を宗家とし、八代将軍吉宗の紀州時代からの側近であった有馬氏倫を祖とする有馬氏郁(うじしげ)が上総五井(千葉県市原市)から移封となって、吹上城本丸跡に陣屋を構えた。有馬氏は、氏郁・氏弘と2代続いて明治に至った。


 吹上中学校は開校授業中であったにも関わらず、許可を得るため職員室を訪ねたところ、教頭先生が応対してくれて、土塁や空堀の位置、城址石碑を教えてくれたり、また玄関に案内していただき丁寧に説明をしていただいたりと、たいへんお世話になりました。ありがとうございました。

吹上城址の吹上中学校グランド 中学校グランド北東側に残る土塁と空堀
中学校グランドの北東側に見られる土塁と空堀 中学校玄関に額装されている
筑後久留米藩有馬氏の分家の陣屋絵図

登城アクセス
 車  : 東北自動車道栃木IC〜左折/栃木IC出口〜県道32号線〜右折/吹上
  町〜左折/吹上中学校入口〜吹上中学校

駐車場 : 許可を得てから、吹上中学校の駐車スペースを利用


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