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東海地方

尾張(愛知県西部)

現存天守閣のうちの唯一個人所有、木曽川べり山頂に建つ国宝

犬山城 別称=白帝城 (平山城) 【所在地】 愛知県犬山市大字犬山

 築城時期:  1537年(天文6)  築城者:  織田信康

いぬやま じょう
国宝 天守閣(現存)

 遺 構  《 現存/天守閣  遺構/曲輪・石垣・空堀  模擬/櫓門・隅櫓》
木曽川より見た天守閣遠景 天守閣地下一階内部
 美濃加茂市の太田橋から犬山城下まで1時間の「日本ライン下り」の船に乗り、犬山橋から木曽川崖上に建つ、国宝「犬山城天守閣」を眼に焼き付け、駐車場に向かい登城。
木曽川から見上げる天守は、まるで絵葉書のようでした。

 所々に残る石垣は野面積みで、標高80mの梯郭式の縄張り。三重四階・地下二階の天守は往時のままで現存です。
一階には上段の間を設けた納戸の間、二階は、棚を設けた武具の間、三階に唐破風の間があり、最上階にある高欄の間からは四方に展望が開ける。
天守の石垣が低いのは室町時代の特徴で、石垣の高さは5m、天守の高さは19mです。

 天守に続く東南隅の付櫓と西北隅の石落としの間は、昭和36年からの解体修理工事の際に復元された。

 驚いたことに、犬山城は現在でも旧城主・成瀬家の国内唯一の個人所有物である。
  (平成16年4月、城の所有者は成瀬家から財団法人「犬山城白帝文庫」に変更になりました)


 犬山城は、1537年(天文6)、織田信長の叔父・信康が築いたとされ、信長の“美濃攻略”・秀吉と家康の“小牧・長久手の戦い”など、幾多の歴史の舞台となる。

豊臣秀吉による“小田原征伐”後の1595年(文禄5)、石川貞清が入り、1600年(慶長5年)の“関が原の役”の後、松平忠吉(徳川家康の4男)の付家老・小笠原吉次が入城。
この石川・小笠原両氏の手によって近世犬山城は完成された。

 その後、尾張徳川家・徳川義直の付家老・平岩親吉のあと、1617年(元和3)、同じ付家老・成瀬正成が3万石で城主となってからは成瀬氏が継いで明治に至った。


天守より木曽川・各務原(岐阜県)市街地を望む


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