| 関東地方 |
| 下総(茨城県南部) |
多賀谷氏の本城、水戸徳川家始祖徳川頼房が居城
| 築城時期: 1455(康正元)年頃 | 築城者: 多賀谷家稙 |
| 遺 構 《 遺構/無し 》 | |
城址銘碑 |
土塁の一部(?) |
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要害の城、下妻城も今では、住宅地の中にある小さな多賀谷城址公園に、僅かに土塁(?)
と案内板があるだけで、往時を偲ぶことすら出来ない。
東に小貝川、西に鬼怒川、北に大宝沼と三方を囲まれた天然の要害の地に築かれた城であった。
関が原の合戦ののち、多賀谷氏は改易となり、1606年(慶長11)に、
その後、直轄領・松平忠昌・松平定網・直轄領と変わり、1712年(正徳2)に井上正長が1万石を賜り、以後井上氏が治封し、下妻城の西方に下妻陣屋を築き、幕末まで治めていた。
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