
加藤 完二の裏の顔?!
(実は、幻のヴァイオリニスト:加藤完二)

2002.7.有馬富士公園のサロンにて
Fhoto by Yuji Ito
昔は、歌手になりたくて色々な、素人の歌番組に出演。
11歳の時当時の長寿番組、「家族そろって歌合戦」にゾウさんチームで父、母と3人で出演。みごと優勝する。
変声期の時、京都市少年合唱団で、歌いすぎ音声障害にかかり、歌手の道を断念。
その時に指導者の先生の配慮により、バッハのモテットのオブリガートをヴァイオリンで演奏するように言われ、合唱団と共に万国博覧会(1970年)に出演。その時にヴァイオリンに目覚め、本格的に尾島綾子先生の下で勉強を開始する。
その後、高校時代に現在音楽プロデューサーの中西健夫氏等とフォークグループ「The PUSH」を結成。
ラジオ番組のコンテストで優秀賞や数々の賞を受賞する。
(当初のメンバーの中にあの、マイブームの生みの親、イラストレーターのみうらじゅん氏も参加してた)
そして、ヤマハの第12回ポピュラーソングコンテストにおいて、京都大会決勝において敗退。
そこで審査委員長の目にとまり、大阪のスタジオミュージシャンのグループで、
現在コマーシャルソングの女王の木村恭子(キンチョウのCMや玉姫殿のCMでおなじみ)率いる
亜雲土(あうんど)というグループにフィドラー(カントリーの世界ではヴァイオリンをこう呼びます)として参加。
その後順調に勝ち進み、第7回世界歌謡祭に参加。世界の有名なアーチスト(スカイハイのジグソーや恋は水色の作曲者アンドレポップ他)と一緒の舞台に立つ。
その後大阪音楽大学に入学、学生時代からスタジオ等でプレーヤーとして活躍。
やしきたかじんのフェスティバルホールでの初リサイタルの時、予算が無いと担当者に泣きつかれ、学生を集めストリングスを担当した。
その後数々のレコーディングに参加したが、3年生の時クラシックに目覚める。
一切のポピュラーの演奏の仕事はやめ、クラシックに目覚め、このころに師匠の辻井清幸氏の勧め(あまい誘惑)で指揮の勉強をはじめる。
その後は表のページのプロフィール通りです。
近頃、再びヴァイオリンに目覚め、暇な時は楽器を弾く日が多くなり、サロンコンサートに出演するようになる。
そして春日井交響楽団や彦根第九オーケストラでは、客演の指揮者が来る時には、ヴァイオリンや、ヴィオラを演奏し、それぞれのオーケストラを盛り上げています。(足を引っ張ってる?のかも・・・)
PHOTO by TAKOPON