天に散るあまたの華
『万華鏡』/『サイボーグ009/地底帝国ヨミ編』/その他の作品

 「ジョー、君は何処へ落ちたい?」
 成層圏まで昇るのにエネルギーの大半を使い果たした002は、魔神像を破壊した 009と共に地表へと落下してゆく。大気との摩擦で高熱を帯びた二人の身体から発 せられた光は、あたかも平和な世界への祈りを込めた希望の輝きであるかのように 一瞬まばゆく輝いて見えた。

 「あ、ほら、流れ星!」
 少女の指差す方向に、一瞬だが小さな煌きが一筋流れて消えた。
 「カズちゃん、何をいのったの?」
 「えへへ、おもちゃのライフル銃がほしいってさ・・・」
 姉の問いに弟が無邪気な笑顔で答える。
 「じゃ、お姉ちゃんは・・・?」
 「あたし?あたしはね、世界に戦争がなくなりますように・・・、世界中の人 がなかよく平和に暮らせますようにって・・・、いのったわ。」
 遠い夜空に向けられた少女の瞳に映る下町の灯りは、静かにまどろみの時を迎 えようとしていた。

 あまりにも有名なこのラストシーンが、ブラッドベリの短編小説『万華鏡』に ヒントを得たものであることは度々言及されています。では小説版『万華鏡』というのがどんな話なのかというと、読んでみたという方は意外と少ないような気がします。まずは簡単にストーリーをご紹介しておきましょう。

 『万華鏡』〜1945年、“スリリングワールドストーリーズ”初出
 突然宇宙船が破裂して乗組員は全員宇宙へ放り出されてしまいます。気密服の酸 素が切れるまでの僅かの時間、乗組員達は無線を使って会話を交わしながら宇宙を 漂い、あるものは流星群に飲み込まれ、あるものは漆黒の闇に飲み込まれてゆきま す。主人公ホリスはあたかも全天に繰り広げられる《万華鏡》のような流星群を眺 めながらやがてそのひとつとなって地表へ落下してゆきます。何も意味のある人生 を送れなかった自分でも、塵のひとつとなって大地を肥やすことができれば・・と 願いつつ。

 地上のとある田舎道。偶然流れ星を見た母親が我が子に言います。「願い事をおっ しゃい」

 この最後の部分をうまくアレンジしたのが『ヨミ編』(1966年初出/67年単行本) のラストだと言われています。改めて読み直してみると、『万華鏡』はブラッドベリ らしくはあるのですが、取り立てて持ち上げられるような傑作という印象ではありま せん。もし009での引用がなければここまで話題にはならなかったのではないかとい うのが個人的な感想です。ブラックゴーストという巨大な悪とサイボーグ戦士の壮絶 な戦いの最後を締めくくる名ラストシーンとして生かされたことで、漫画が原作を超 え、更に輝かせることとなった好例ではないでしょうか。

 『万華鏡』をヒントにしたのではないかと思われる他の作品について、HPを通 じてお付き合いさせて頂いているごろねこさん発行の個人誌“ごろねこ”の第1号 に、『300,000km/sec.』(あすなひろし)と『流れ星』(坂口尚)の2作が紹介 されていますのでご紹介しておきます。残念ながら私はどちらも知らなかったので すが、ごろねこさんによると、この2作が『万華鏡』を下敷きに生まれたであろう ことは間違いないようです。以下に“ごろねこ”1号の紹介文を採録させていただ きます。

 『300,000km/sec.』〜虫プロ商事、“COM”1968年1月号初出
1933年のドイツ。研究所に勤めるヨハンは、恋人のイルゼと別れ、レーマン博士と 共に地下要塞でロケット爆弾の研究に従事する。博士は新エネルギーを発見したが、 世界が破滅することを恐れて軍部に隠していた。だが、軍部の追及は厳しく、博士は 宇宙に脱出する準備を密かに進めていた。脱出用のロケットが完成したとき、ヨハン のミスからイルゼが要塞を訪ねてくる。共に逃げようとするが、妊娠していたイルゼ を残して、ロケットは宇宙へと発射してしまう。その直後に博士は死に、ヨハンを乗 せたロケットは軌道を外れて宇宙をさまよう。そして34年。ようやく地球への軌道へ 戻ったが、すでに燃料はない。ヨハンは目標を昔イルゼと住んでいた地点に定め、最 後の燃料を使い切る。ロケットは光速へと加速する。生前、レーマン博士は物質は光 速に耐え切れず光の粒子となるから決して光速にはするな、と忠告していた。それな ら、せめて光となった自分をイルゼに見てほしいと、ヨハンは願う。あるいは光速を 超えて時が戻るなら、戻りたい。あの頃へ・・・・。その頃、年老いたイルゼが揺り 椅子に腰掛けて見えない目で空を眺めていた。ロケットが発射したときの事故で視力 を失ったのだ。瞬間、イルゼの体が光に包まれる。駆け寄ってくる息子夫婦と孫。 「すごくまぶしい光が母さんを包んだよ」
「青い光でしたわ、大きなロケットぐらいの・・・・」

 『流れ星』〜奇想天外社、『SFマンガ大全集PART3』1979年初出
 おばあちゃんは星の出ている晩はいつも椅子に腰掛け、空を眺めている。おばあち ゃんの夫はロケットのテスト・パイロット。地球に帰還するときはいつも減速の噴射 を小刻みに光らせ、「ただいま」という合図を送っていた。だが、35年前に光子ロケ ット・ノバのテストに飛び立ったまま、帰らなかった。ある夜、おばあちゃんは急報 を受けて息子の車で宇宙センターへ向かう。宇宙を漂流していたノバが地球に帰還し たというのだ。宇宙センターへ夫から無線が入る。未来を語り合っていた妻とは、過 去と未来に隔てられてしまった、と。光速に近いスピードで飛んでいたノバでは、時 間は半年しか経っていないのだ。そして、管制塔の指示を無視してノバは加速を始め 、大気圏に突入する。その頃、途中の道で車から降りたおばあちゃんは夜空を見上げ る。合図の点滅が光り、星が流れてゆく。「おかえりなさい、あなた・・・」おばあ ちゃんは呟く。「あの人・・・時間を止めたの・・・」                      “ごろねこ”No.1、2003/6/10

 上記2作品が、共に『万華鏡』を下敷きにして描かれたのかどうかについては、私 は両方共読んでおりませんので今のところ検証のしようがありません。只、年代順 に追うと、『009』の最終回が雑誌に掲載されたのが'67年、『300,000km/sec.』 が'68年、『流れ星』が'79年となります。このうち『009』のみが長編で、後の2作品 はどちらも短編、そして共に恋人(或いは夫婦)どうしが引き裂かれ、地上に向 けて落下することで悲しい帰還を果たすというストーリーになっています。

 個々の作品と小説『万華鏡』は、何処が似ていて、何処が違うのでしょうか。
 『009』のラストシーンを読むとき私たちは、『平和』への思いを胸に流れ星となっ て地上に落下するジョーとジェットの姿と、それとは知らず見上げながら祈り をささげる少女の思いが重なることに感動を覚えます。
 では小説『万華鏡』はというと、宇宙船の破裂事故からラスト直前までは、脱出ポッドどうしの無線による会話を通じて、乗組員達のこれまでの人生やそれぞれの生き方が延々と描かれます。そしてラストの場面は以下のようなたった2行で終っています。

 イリノイ州のたそがれの空を、真っ白に輝くひとつの星が走った。
 「願いごとをおっしゃい」母親が言った。「願い事を」

                        (小笠原豊樹訳/早川SFシリーズより)

 一見すると同じ構図に見えますが、この場合実は単なる《意外性のオチ》でしかないのです。
 ブラッドベリはSFの抒情詩人等と評され、ノスタルジックで情感溢れる作風が日本でも人気のある作家ですが、ウェットではあっても日本人独特の《情》という部分にお いては希薄なように思います。
 短編小説、特に『万華鏡』のようなショートショートにおいてラストのオチは、非常に重要ではありますが、その部分をくどくどと語ってしまっては、かえって纏まりの悪い作品になります。まるで付け足しであるかのように添えられた2行がピリッと利いているのが良いわけです。
 一方『009』はというと、冒頭の私のつたない文章では伝わらなかったかもしれませんが、《自分はもう助からないと知りつつ悪を倒すために命を懸けるジョー》〜同じく《自らの命を顧みずに仲間を助けるために宇宙へ飛び出すジェット》〜《落下する二人》〜うって変わって《星空をバックに家々にともる町の灯りを見つめる幼い姉弟の姿》〜《少女の願い》・・・、活字では描ききれない見事な場面展開だとは思えませんか?単なる短編のオチだった2行の文章を、《情感》や《余韻》を含ませつつ長編漫画のラストとして再構築した、まことに見事な手腕だと認めざるを得ません。

 『300,000km/sec.』と『流れ星』の2作品は、短編のセオリーとしての《意外性》や《どんでん返し》ではなく《情感》や《余韻》を読ませることに主眼を置くために、登場人物を夫婦若しくは恋人という近親者の物語にしたものと思われます。そのことから、両者は《最初にラストシーンが用意され、そのラストを生かすための舞台設定として前半を描く》という手順で描かれたであろうことが伺われます。
 年代を追って考えるならば、2作品が小説『万華鏡』から直接インスパイアされて描かれたのではなく、『009』の最終部分が、『万華鏡』から着想を得たという関連性を踏まえて発想された作品であるということも十分考えられるのではないでしょうか?
 少々蛇足になるかもしれませんが、両作品共に、主人公が落下するのが34(35)年後だというのも興味深い一致です。これは、光速に近づくにつれて、宇宙船内と外部とでは時間の流れにズレが生じるために起こる、いわゆる《ウラシマ効果》を取り入れようとしたものだと思います。主人公が、《地上と空》<という空間的にだけではなく、《過去と未来》という時間的にも引き裂かれることで、読者はより強く《せつなさ》を感じることになります。


 さて、次にもうひとつ、『万華鏡』の舞台設定のみを利用したのではないかと思わ れる作品をご紹介しておきます。

 『火の鳥』第4部《宇宙編》〜手塚治虫(虫プロ商事"COM"1969年初出)
 冒頭、宇宙船が小天体と衝突して乗組員はポッドで脱出します。宇宙を漂流しながら 無線で会話をするうちに、謎の死を遂げた乗組員牧村についての疑惑が浮かび上がります。やがて彼がどうやら不老不死の秘密を手に入れたらしいということが、おぼろげに分かりかけた時、真相は不明のままポッドは散り散りになり、宇宙空間を何処へともなく漂い去ってゆきます。しかしそのうちの、猿田とナナ、そして死んだはずの牧村(らしき)の乗った3体は同じひとつの星に漂着します。そして猿田達の前に現れた異星人によって牧村の過去と真相が明らかにされます。

 この、宇宙船の事故からポッド内での無線によるやり取りという部分は、009やその 他の作品では引用されなかった『万華鏡』の前半そっくりです。このことについては、 作者の手塚先生も含めて、言及されたものを見たことが無いため真偽のほどは不明です 。『009』『300,000km/sec.』『流れ星』は、いずれも結末部分をアレンジしたと思わ れるのですが、《宇宙編》は、あえて脱出ポッドどうしで通信を交わすという、およそ マンガという表現には適さない前半部分を選び、コマ割りで見せる実験的な作品に仕上 げられています。石森先生は《009》等の作品が好評で《1966年度講談社児童まんが賞》 を受賞しています。『宇宙編』は負けず嫌いだったと言われる手塚先生からの同じ素材 を使った挑戦・・というのは考えすぎでしょうか?。


 ブラッドベリは『万華鏡』以外にも、宇宙船の行き交う未来を舞台にした物語をたく さん書いています。多くはバリバリのハードSFではなく、それらが生活圏で普通に見ら れる時代を背景にして、少年達の成長や心のうつろいを描いた詩的なフィールドスケッ チに近い作品です。個人的に好きなものをいくつか選んでみました。

 『ウは宇宙船の略号さ』(R is for Rocket)
 同名短編集の表題作。宇宙飛行士に憧れるぼく・クリストファとレイフは、毎週土曜になると、大好きな宇宙船を眺めるために仲間と共に発着場へ通っていた。そんなある日、ぼくの元へ使者が訪れる。待ちに待ったパイロット候補生への合格を知らせる使者だった。しかし、レイフは一緒ではない・・。宇宙への旅立ちに胸をときめかせながらも、残される親友や、母親への思いに胸が痛む。そして旅立ちの日はやってきた・・・。

 『ロケットマン』(The Rocket Man)
 これも上記短編集に収録されております。ロケットマンには危険が付きまとうもの。多くは夜空に輝く星の間で事故が起こり、夫や父親を亡くした家族は夜空を恨めしく思いながら、《星を見ないように》暮らすことになる。しかし・・・、ぼくのお父さんの乗った宇宙船は、太陽に墜落してしまった。だから残されたぼくと母さんは、それ以来雨と曇りの日以外は、昼間寝て夜になると出かける暮らしを続けている・・・。

 『ウは宇宙船の略号さ』は、少年ブラッドベリが憧れたであろう宇宙やロケット、未来の生活を、瑞々しい筆致で描いた大変《ブラッドベリらしい》作品です。『ロケットマン』は、『万華鏡』と同種のオチを持つ短編ですが、意外性や皮肉さがより鮮明な例として選んでみました。


  
 『万華鏡』は、元々独立した短編として発表され、1951年、短編集『刺青の男』に収録されました。この短編集は、全身に彫られた男の刺青が、月の光を浴びると動き出し、18の物語を紡ぎだす・・という連作短編風の構成になっています。しかし、『万華鏡』も表題作『刺青の男』も元は独立して発表された短編で、アンソロジー発行の際に編集が加えられました。
 邦訳は、ハヤカワSFシリーズ(左/絶版)同NV文庫(中/現行)以外に、サンリオSF文庫オリジナルアンソロジー『万華鏡』(右/絶版)等で読むことができます。

 『ウは宇宙船のウ』は、創元推理文庫より刊行(左/旧版、中/現行)されています。萩尾望都先生の漫画版(右/集英社文庫/絶版)も有名です。しかし、やはり微妙なニュアンスの違いがあるので、できれば原作の小説と合わせて読むことをお勧めします。

 『刺青の男』は1968年に映画化されましたが日本では未公開で、その際に『万華鏡』 は含まれなかったようです。
『The Illustraited Man』
監督:ジャック・スマイト
製作:ハワード・B・クレイセク、テッド・マン
音楽:ジェリー・ゴールドスミス
■キャスト■
ロッド・スタイガー(カール)
クライレ・ブーム(フェリシア)
ロバート・ドレイヴス(ウィリー)
ドン・ダビンス(ピカード)
ジェイソン・エヴァース(シモンズ)
ティム・ウェルドン(ジョン)
クリスティー・マチェット(アンナ)

追記
 ごろねこさんからご指摘がありました。『13日の金曜日』シリーズの『ジェイソンX』のラストが《宇宙へ放り出されたジェイソンが流れ星となり、地上からそれを恋人どうしが見上げる》というパロディになっているそうです。私はこの手のホラーものがあまり好きではないので、これも未見でした。

 『サイボーグ009/地底帝国編』は、その他にも地下に地上とは隔絶された世界が広がり、そこでは太古に絶滅したはずの生物が独自の進化を遂げる・・という部分で、コナン・ドイルの『ロストワールド』やE・R・バロウズの『地底世界ペルシダー』等と共通する設定が見られますが、これらについては、機会を設けて別のコンテンツで検証してみたいと考えております。