【登録から入院まで】

 

MDSが確認された時、まず家族のHLA検査をしました。
まず、3つ年上のお兄ちゃんから、そして私たち夫婦。結果はお兄ちゃんと母である私が一座不一致。主人が二
座不一致。ドナーさんが見つからなければ、一座不一致でも移植は出来るとは聞いていましたが、やはり完全一
致が望ましいということで、骨髄バンクに登録することになりました。
 
実際に骨髄バンクへ登録したのは4月頃だったと思います。
そして5月には骨髄バンクからの書類が完全に揃い、正式に登録。登録時には担当医から様々な説明がありま
した。春のような子供の場合、説明時は両親が揃うと言うのが原則のようです。担当の先生は夜勤明けの疲れ
たお顔で日曜日の朝から丁寧に説明してくださいました。
その後は、ひたすら連絡を待つばかりです。 
移植病院での通院は月に一度程度でいいということで、普段はいつもの病院に通っていました。移植についての
準備は着々と進んでいるのに、本人は相変わらず感染症の繰り返し・・高熱を出しては点滴の通院、そして貧血
のための輸血・・。いつもと変わらず、ばたばたとした毎日を送っていたそんなある日、移植病院から電話があり
ました。ドナーさんが見つかり、移植の日程が決まったので7月に入院をして欲しいと・・
電話があった日、実はその日も春は入院中でした。
高熱がやっと下がり、明日には退院できる・・そんな日のお昼のことでした。用があり、自宅に戻っていた私は折
り返し、春の入院中の病院の主治医に電話をしました。主治医は早い展開に驚きつつもとても喜んでくださいまし
た。
 
退院の日になりました。
春がお世話になっていたこの病院・・今までは救急病院だったのですが、春が9年間もお世話になっていた小児
科の先生が翌月にお辞めになるため、小児科の救急体制が無くなることになっていました。主治医が血液疾患を
大学病院で専門とされていることもあり、MDSと分かってからも春は転院をすることもなく、ずっと小さなこの病院
で診て頂いていました。
特に最後の2年間は時間外も休日も関係なく、通院・点滴で本当にお世話になりました。
主治医だけではなく、病院の外来・病棟を問わず、たくさんの看護婦さんにもお世話になりました。みんな春の病
気のことを知り、本当に良くして下さいました。そんな病院ともお別れです。
この日、春は小さなメモ用紙に「ありがとう」と書いた紙を何枚か用意しました。
病棟の看護婦さんたちに一枚、外来でお世話になった看護婦さんたちに一枚ずつ、そして小児科の先生方に一
枚ずつ・・。中でも9年もお世話になった先生には、どうしてもきちんと挨拶をしていきたかったのですが、午前中
は外来を担当されておられたので、私たちは半ば挨拶を諦めていました。
そんな時、この主治医が病室にわざわざ出向いてきてくださったのです。
「春ちゃん、頑張るんやで」そう言って、春の頭をなでてくださいます。しばらく他愛の無い話をして、主治医はニコ
ニコして立ち去っていかれました。春は相変わらず、きょとんとしていましたが、私は思わず涙が出そうになりまし
た。
「先生、9年間ありがとうございました」今も感謝の気持ちで一杯です・・
 


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