【発症までのこと】
 
春は平成3年1月18日に2330gで生まれました。
体は小さいものの、元気一杯の春は保育器に入ることもなく、七日間で母と退院。
その後は何事もなく、日常を送っていました。ところが、生後半年頃、原因不明の高熱が続き、救急病院に
て血液検査、診察を受けました。あとで聞いたところによると、この時点から血小板が少なかったそうです
が、熱によるものかもしれないと、この時はまだ知らされていませんでした。熱が下がってからはしばらく、平
和な日が続きます。
一歳のお誕生日を過ぎた頃に、初めての熱性けいれん・・やがて、けいれんを繰り返すようになり入院をする
ことも・・。4月から通い始めた保育園にもあまり行けなくなりました。けいれんは熱性のもので、検査データ
などは殆ど異常がなかったのですが、月に一度の通院、同時にセレニカRという抗けいれん剤の投薬を開
始。この時から血中濃度を見るための採血が始まります。
ところが、投薬開始から約2ヵ月後の夏の採血で、血小板の減少が発覚します。
その時点では8万位だった血小板は少しずつ減少を続け、1ヵ月後に小児科を受診。当初はセレニカRの副
作用かと思われていましたが、投薬を中止しても血小板は減り続けます。その後は採血のために、小児科
でも定期的に通院することになりました。
これが春と血液疾患の長い付き合いの始まりです。
でも、この時はまだ、MDSと診断されたわけではありません。この数ヵ月後に血小板数が3万まで下がり、
入院。検査をしたところ、原因不明の血小板減少症と診断されました。通常血小板減少症に効くとされてい
るγグロブリンが効かなかったからです。結局、投薬での治療を諦め、自然回復を待ち、3週間後に退院。そ
の後も定期的に通院・採血をすることになりました。
 
貧血が出始めたのは、春が2年生になった夏のことです。
いつも通り、月に一度の神経科(けいれんで受診)に向かう途中のことです。電車の中で春の顔がとても白く
見えます。本人は元気一杯でしたが・・.。案の定、神経科の受診時に担当医から「いつもより顔色が悪いか
ら検査をしましょう」と言われ、至急の血液検査で貧血が発覚。その先生はすぐに小児科の先生に連絡を取
って下さいました。血小板が少ない上に貧血・・とても嫌な気がしたとその先生にあとで伺いました。
 
そして、再び、小児科での受診が頻回になります。
当時は血小板数もある程度落ち着き、3〜4ヶ月毎の通院になっていましたから・・
マルク(骨髄穿刺)をしたのは貧血が発覚してから3ヵ月後のことでした。
その時、先生の口から出た言葉は「再生不良性貧血かMDS(骨髄異形成症候群)かのどちらかで、MDSの
可能性が高い」とのお言葉でした。また「MDSだったら治らないからねぇ」と仰った先生の言葉は今も忘れる
ことが出来ません。
そして数ヵ月後、小児血液学会に送った春の骨髄のデータからMDSと診断された結果が病院に届きまし
た。最初に血小板が少ないことが分かってから、約7年後のことでした。 

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