1,題『博多弁の特徴について調べよう。』 2,テーマ設定理由  ・私は福岡に生まれの福岡で育っている。そこで、福岡に住んでいると言うことが誇りに感じたのは私は小学校の低学年の時に行った関西旅行の時だったと思う。その福岡で慣れ親しんできた博多弁がどのような特徴を持った言葉であるかを知り、使いこなせるようになりたいと思ったのでこの主題を設定しました。 ・取り組む動機  私は中学校2年生の時にいった修学旅行で関西へ行った。関西では、普段、テレビの中でしかあまり耳にすることのない関西弁が生活に息づく場面に立ち会った。新幹線を降りて、疲れた私がバスに乗り、バスガイドさんが、「東京で「じゃーね」っていうことを関西では「ほなね」といいます。福岡ではどういいますか?」と聞かれたときに、私が「んならね」という単語を思い出しきれなくて、自分の地域の言葉も知らないことに気付かされ、よりいっそう、このテーマを調べる気が進んだ。 3,調査の内容  博多弁は数多ある日本語の方言の一つだ。福岡を代表する博多弁として特徴があるのはほかの地域の方言とやはり違いのあるからこそである。よって、ただ、博多弁だけを調べたところで博多弁の特徴は分からない。そこで、4で全国においての九州方言の特徴(a)、九州においての肥筑方言の特徴(b)、肥筑方言においての博多弁の特徴(c)を調べた。 4,考察 a全国における九州方言の特徴  方言周圏論知っているだろうか。地球旅行研究所の世界歴史事実データベース(http://www.tabiken.com/history/doc/Q/Q315R100.HTM)によると、「方言の要素(語・音など)が文化的中心地を中心に同心円状に分布する場合,外側から内側へ向けて順次変化してきたと推定されるとする方言分布の解釈の原則(仮説)の一つ。柳田国男が命名し提唱した論。柳田は,“かたつむり(蝸牛)”の方言が,東北地方の北部と九州の西部でナメクジであり,同じ東北と九州でツブリであり,関東や四国でカタツムリ,中部や四国などでマイマイ,そして京都を中心とする近畿地方で,デデムシのように分布することを発見し,これによって,かつて京都で蝸牛の方言がナメクジ→ツブリ→カタツムリ→マイマイ→デデムシのように変化し,それぞれが東西または南北へ放射されたと推定した。(「蝸牛考」人類学雑誌42−4〜7,1927)」とある。  そのことから、私は次のように考えた。 ゞ綵には古い言葉が残っている 九州にもあたらしい言葉がある。  ,亡悗靴董⊃167「降れば」の言い方が京都を中心に同心円上に同じ言葉が残っている。図167「降れば」も関西、四国で「降ったら」といい、中部、関東南部、中国、博多を含む九州の北東部で「降りゃ」北関東、東北、九州西部南部で「降れば」という。  そこから私は、「降れば」という言い方は北関東、東北、九州西部南部にのこっていることから、方言周圏論の裾の部分の古い言葉が九州に残っているのだと考える。  図117「される」を「さるる」の系統で下二段活用をした言い方をしている地域が九州、沖縄にのみ広がっている。  また、(福岡相互銀行 博多に強くなろうシリーズ12 博多方言 九州大学文学部名誉教授奥村三雄氏の対談での発言)によると、「「良かというのは、中古〜中世初期の頃に京都あたりで盛んに使っていたカリ活用形容詞の名残です。<中略>「良か」という形で出てくるのは「今昔物語」だけですが、京都では「良かり」「良かる」を使っていたんです。「良か」はその「り」が落っこちた形なんです。  下二段活用は、古文文法にはあるが、口語文法では下一段活用になっている。その中でも九州、沖縄だけはいまだ、下二段活用として残っている。  肥筑方言、薩隅方言で聞かれる「良か」などの「カ語尾」ももとはと言えば、古文文法の「カリ活用」で、主に豊日方言で聞かれる「死ぬる」や「起くる」もそれぞれナ行変格活用動詞、上一段活用動詞で古文文法の連体形に当たる。  一方、△龍綵J言にあるあたらしい言葉に、「起きれ」がある。(北部九州における方言新語研究より)「「オキレ系」の分布が集権的様相を呈するのはまさに規範から遠いがゆえに内在するドリフトが素直に発現したことになる。<中略>図のような全国規模の新語周圏論が成り立つ可能性がある。」という学者もいる。  215図の能力可能の表現の「着ることができる」を「着きる」ということや「見ない」を「見らん」などの分布で見られるように、九州でしか使われていない表現も多くある。  また、「ねまる」(腐る)「ぞろびく」(引きずる)「しかぶる」(寝小便する)「とっけんない」(途方もない)「ほんなこつ」(本当のこと)「からう」(背負う)「〜ごと」(〜ように)「ぶすくれる」(ふてくされる)「いっちょん」(全然)「いっちゃん」(一番)「何が無し」(とにかく)「あいたー」(しまった)「ふ」(うん)「はわく」(はく)「くらす」(ぼこぼこにする)「しきる」(する能力がある)次の言葉は九州では共通語といえる。つまり、九州とそのほかの地方との間には言葉において少し隔たりがある。  ここから私は、九州の中での往来がかなり昔から盛んで、多くの言葉が九州全域で息づいたのだと思う。 方言でしか表しきれない言葉  福岡相互銀行 博多に強くなろう シリーズ12博多方言によると、九州大学文学部教授奥村三雄氏が昭和55年9月の対話で 「たとえば「読みきらん」と「読まれん」「読めん」の区別。「読みきらん」は難しくて読めないという能力的な意味ですね。それに対し「読まれん」「読めん」は、あの本は九大の付属図書館にあって、自分はそこにはいる資格がないので読めないというように、条件的な不可能を表す。博多弁では「読めん」という不可能と「読みきらん」という不可能が区別できる。<中略>  「雪が降りよる」と「雪が降っとる」では違いますね。「降りよる」が進行形で降っている最中、「降っとる」というのは結果の残存を示すという区別があります。共通語にこのような区別はありません。」 とある。わたしは、このように、うまく使い分けることは便利で続けるべきだと思う。 b.九州における肥筑方言の特徴  また、web上の「山口弁」「大分弁」「鹿児島弁」「博多弁」「熊本弁」「長崎弁」のサイトを見たところ「博多弁」「熊本弁」「長崎弁」のサイトだけで共通してみられる単語は「たい」(だ・だよ・わ)「ばい」(よ)「ばってん」(けれども)「ぞうたん」(冗談)「くらす」(ぼこぼこにする)「せからしか」(うっとうしい)「と」(の)「くさ」「動詞+たっちゃ」(たって)「名詞+っちゃ」(とは)「たれかぶる」(大便を漏らす)「てれーっと」(ぼーっと)など、多くの言葉に共通点を見いだせた。熊本とはさらに「おごる」(おこる)「こそばいか」(こそばい)また、熊本の「ちょちょくらかす」と博多弁の「ちょーくらかす」熊本弁の「えーくりゃー」と博多弁の「えーくらい」でかなり限られる。  肥筑方言は、有明海沿岸に主に分布している方言だ。38「けれども」の図の「ばってん」系統の赤色の九州での分布している範囲は有明海沿岸に多く分布している。1「雨が」を「雨の」や「雨ん」という範囲と重なっている。  また、「おどん」(私)という言葉が長崎弁、熊本弁で共通して使われる。  肥筑方言は有明海を中心に広がっていることから、私は肥筑方言は有明海から広まった方言だと考える。 ・肥筑方言における博多弁の特徴  「威勢のいい語尾と歯切れの良さが博多弁の特徴だ。」(NHKふるさと日本の言葉 福岡県 西と南お国言葉比べhttp://www.nhk.or.jp/a-room/kotoba/02fukuoka/02episode01.htmlより)とある。私はこれに対し、何か納得する物を感じた。この何かを調べて、博多弁の特徴について調べてみたい。 a博多弁の威勢の良さ  博多弁で使われる「語尾」について調べた。すると、「してやる」の「てやる」が「ちゃー」となることや「しておる」が「しとー」となる語尾の「る」の脱落とその代わりに長音が入る現象が顕著であるということが分かった。その「る」の脱落と長音化の例を次に示す。(単純明快博多弁辞典http://homepage2.nifty.com/mistaker/hakatabn.htmより) 受け身・状態可能 るる→るー 様態       ごたる→ごたー 進行態      前の母音+居る→よる→よー 結果態      ておる→とる→とー          てやる→ちゃる→ちゃー 存続       てある→ちゃる→ちゃー  これらは発音上の便宜から、もとの音とは違った音に変わる現象である。この現象により、最後の「る」の音節を省略することができ、早口、つまり、威勢の良い感じを与えることができるのである。 b中国地方と通じる言葉が特徴的である。  図137のように博多弁で「高くない」は「高うない。」というと書いてある。また、(雨は降ったが雪は降らないより)「雨は降ったが雪は降らない」を「雪は降ったが雪は降らない。」ともいう。  そこで私は肥筑方言において博多弁はこの中国地方と共通するところがむしろ特徴になっていると考える。 a博多弁の歯切れの良さ  博多弁において起こるこの現象を詳しく調べてみた。すると、下のような現象も見受けられた。(用例は 「単純明快博多弁辞典」http://homepage2.nifty.com/mistaker/hakatabn.htmより) とぞ→っつぉ 新車 買うたっつぉ! とじゃ→っちゃ    行くっちゃ ないか。 とやん→っちゃん うまかっちゃん とやろう→っちゃろう きもんな 買うっちゃろうか とは→っちゃ 無視するっちゃどうした事な? たって→たっちゃ あわてたっちゃ どげんも なるめー。 という用例が見つかった。  「ちゃ」を派生する過程を説明したい。上の例を分析すると、「て」や「と」の音と、母音のみの音節、もしくは、半母音と母音でなる音節が結びつくと「ちゃ」の音を派生する事が分かる。また、その場合において「と」と結びつくと、「と」の代わりに促音便、「っ」が入っていることも分かる。  この中でも「とじゃ」「とやん」「とやろう」がつづまる例は博多弁以外の長崎、熊本では見られない。体言の代用の「と」が諸々の言葉と結びつくことが肥筑方言の中でも博多弁独特の現象である。  「歯切れ」とは岩波書店 広辞苑によると、一つは「歯でかみ切るときの感じ。」また、二つ目に「人の発言やしゃべり方の調子。」とある。「っ」と「ちゃ」という音の多いので博多弁が歯切れの良いと言うのではないかと私は考える。 b博多弁にしか使われない言葉   「せれ」が博多弁だけの言葉だ。(ジェーコむすびhttp://www.jcomfukuoka.com/word/archives/2005/03/post_23.htmlより)「「セレ」は福岡県でも筑前地方で使われています。」  しかし、これ以上博多弁の特徴は見つけることができなかった。博多弁だけで使われる言葉が少ないことから博多弁にはあちこちの言葉が混じっているのではないかと私は思う。 5,結論  博多弁は古いことばと新しい言葉が入り交じっていて、九州弁としての特徴は備えているが、九州弁の中の方言としては特徴はあまり多くない。 (6,感想…課題を設定して自分が得たこと、教訓てきこと。)  今回の博多弁の特徴を調べる活動によって私たちの言葉の歴史やその言葉を使う人がいる地域を知った。それにより私たちの言葉に自信とさらには誇りを持つことが出来た。  この活動をする前、私は「出らん」や「見らん」の類の言い方について言葉の間違いとしてみてきた。確かに、教科書の文法の考え方に載っとって考えると間違いだ。しかし、これを方言としてみると、その方言を使う中で出てくる言葉なので「間違い」とも思えなくなる。  私は私たちの博多弁に自信を持ったので、「見らん」や「出らん」のように教科書道理の文法の言葉でなくても、「博多弁だな」と流せるようになった。  また、調査の中で固定概念の悪い影響を多く見た。たとえば、「方言周圏論」を知ったとき、すべての言葉をその物差しで見ようとした。しかし、そうはいかないのに、見ようとすると、何も見えてこなくなったりしてしまった。  今回、琉球方言についてはあまりふれなかったが、琉球方言を有る音を換える作業をすると九州方言と同じになってしまうという単語がいくつもあった。一見外国語のように聞こえる琉球方言ですが、日本語なのだと感じた。政治と言葉について、さらなる課題も見つかった。