月2日

「豊かに種を蒔く」

  

Uコリント9章1−15節

使徒パウロは8章、9章に献金の奨励をするに及び最後に感極まって、「ことばに表せないほどの賜物のゆえに、神に感謝します。」と結んで終えている。礼拝のわざである私たちの献金の営みに込められる祝福は尋常ではない。これは恵みのわざであり、その献金の行為を実践する者は驚くばかりの祝福を経験するに違いない。だからこそ喜んで自発的に捧げよう。与えられた収入、それがどのような手段によるものであれ、神が与えたもうたのであり、それは私たちの生活の糧である。しかし、それは比喩的に「種と食べるパン」でもあり、人は収入のすべてを自分のために使うのではなく、蒔く種として主に献金として捧げる分をよけておくことを教えている。「豊かに蒔く者は、豊かに刈り取ります。」農夫が畑に経験する真理は、献金においてもしかりなのだ。だれからも強制されず、自由に心で決め、持てるもので進んで献金しよう。

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3月9日

「イェスの心でへりくだる」 

宣教:尾上慶子宣教師  

 私は昭和46年に四国は香川県の呉服屋を営む家に誕生し、18歳で上京、学習院大学に入学。しかし父の勧めで京都の呉服問屋に嫁ぎ大学を三年で中退。結婚四年後に配布された教会のトラクトにより洛陽キリスト教会に出席するようになる。夫の行状悪化で家庭環境が破綻、義父の逝去をさかいに離婚する。米国ポートランド市の大学に留学、日本語教師の資格も取得。更に神学校に進むとそこでモンゴルへ宣教の召命を神から得る。ベック・インターナショナル宣教団に認証され、シンガポールで三ヶ月の宣教師訓練を得るとモンゴルのウランバートル市で二年間かけモンゴル語習得。モンゴルでは日本語教師資格が生かされ国立大学で講師に採用され学生に証しの機会を得る。優遇されるので高ぶる危険が多きい。ピリピ2章から主のみ声が聞こえてくる。「へりくだりなさい!」と。謙遜にモンゴルで宣教したい。是非祈ってください。 

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3月16日

「要塞をも破る力」  

Uコリント10章1−6節

 Uコリント10章1〜6節は一見して受難週のシュロの聖日に関係があるようには見えない。しかし、使徒パウロが、「私たちの戦いの武器は、、、、神の御前で、要塞をも破るほどに力のあるものです。」とその確信を述べるのを聴く時に、エルサレムに勇ましい軍馬でなく、見栄えのしない子ロバにまたがり入場されたイェスの態度に合い通じる精神を私たちは見る。イェスが神に敵対する人類の心の中に構築された罪の要塞を粉砕するのに使われた武器、その同じ武器で使徒パウロもまた直面するコリント教会の問題に対処しようとした。その武器とは柔和と寛容である。「キリストの柔和と寛容をもって」(1節)彼は困難に対処することができた。イェスは人となり十字架の死に身を委ね、人間の心の罪を打ち破られた。それはイェスの柔和と寛容の結晶に他ならない。私たちも主の柔和と寛容に倣い、謙遜さをもって人々に対処しよう。

 
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3月23日

「主は生きておられる」  

ルカ24章1−12節

 イースターの喜ばしいメッセージ、それは「主は生きておられる!」に尽きよう。天使は香油を塗りに墓を訪れた婦人たちに、「あなたがたは、なぜ生きている方を死人の中で捜すのですか?」と彼らの行為が矛盾していることを指摘した。主イェスは十字架につけられ死ぬことを確かに予告されたが、復活することも間違いなく予告されていた。人にはキリストの死も復活も理解しがたく、受け入れがたい。それが人間の限界であろう。だが事実は、神の真理であり、主は蘇られ生きておられる。天に昇り父の右に権威を与えられ生きておられる。信じる者の心の中に内住され、聖徒たちが集まる只中に現臨される。そして、不安と恐れ、困惑ととまどいの霧に包まれる現世に生きる私たちに、主イェスは、「平安があるように。」と呼びかけられる。それゆえに人は言い表しがたい安堵感に囲まれる。「主は勝利のうちに蘇られた!」そう高らかに歌おう!

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3月30日

「境界線を明確にする」  

Uコリント10章7−18節

人間関係がこじれるとき、お互いの境界線があいまいであることに起因することがしばしばある。私たちは自分の庭に柵をめぐらすとき、地所内で起きる事に対して責任を負う。眼に見えない領域にも境界線は明確に引かれるべきである。それによって自分がどこで終り、他人がどこから始まるのかを見極めることができる。パウロはコリント教会から批判されたときに、自分の所属、自分の権威、自分の働きの境界線を明確にすることによって関係のこじれを解決しようとした。彼のその線引きは彼の独断ではなく主の恵みによるものだった。「自己推薦」ではなく、「主に推薦され」た自覚があった。彼は自分の境界線を侵犯する者に対しては断固「ノー」と言うことができた。場合によってはそれが関係の改善につながるのだ。日本人の特徴のひとつは「あいまいさ」である。それを美徳とすることには注意しよう。健全な境界線を明確にしよう。

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