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行止りの峠
 
越えられない峠にも愛の手を

 
 峠たるものある所からある所へ越えられなければ意味が無い。ただの遊びの旅であっても、行止りの峠道では魅力が半減してしまい、あまり訪れる気にはならない。しかしそうした峠にもそれなりの事情がある。好きで通行止となっているとは限らない。中には新道のトンネルに取って代わられ、意に反して廃道と化した哀れな峠もあるだろう。
 ここではこうした行止りの峠を集めてみました。文字どおり途中から先には行けず、同じ道を引き返さなければなりませんが、初めから諦めていればそれなりに楽しめるものです。越えられない峠にも愛の手をです。
 
行止りの峠リスト
峠名
地域
道路名
初掲載日
備考
オロフレ峠 北海道  主要道道洞爺湖登別線  1997年7月5日    
鞍掛峠 長野県・岐阜県  五味沢林道  1997年7月5日 
鞍掛峠Part2
地蔵峠 滋賀県・京都府  不明  1997年7月5日    
鉢盛峠 長野県  鉢盛山林道  1997年7月5日    
矢ノ川峠 三重県  旧国道42号  1997年7月5日 
矢ノ川峠再訪
 
 

オロフレ峠

オロフレ峠
オロフレ峠の看板
 オロフレ峠は観光地で有名な所。すたれた峠ではない。峠にはアスファルトの広い駐車場があり、売店もあって訪れる観光客は多い。登別市カルルス温泉と壮瞥市弁景を結ぶ道道洞爺湖登別線の峠で、標高は写真の通り。 

 しかしオロフレ峠は行止りだ。現在の道道洞爺湖登別線はオロフレトンネルで抜けている。有名なのは旧道の峠。新道から峠まで一本の道が走っており、峠はその道の行止りである。他に旧道の名残を走ることは出来ない。展望の素晴らしさゆえに観光地として峠は残った。 

 オロフレ峠にまつわる道の歴史は峠にある史誌に詳しい。 

 
オロフレ峠の駐車場
オロフレ峠の駐車場
 しかし観光地だと人間が謳っても自然は手厳しい。ガイドブックに誘われてわざわざ往復の道を行っても素晴らしい眺めが待っていてくれるとは限らない。ガスるのだ。それも半端ではない。一度など数m先が見えないのだ。その時はオートバイだったが、走っていられず、両足をべたべたつきながら歩いているのと変わらない。峠の駐車場に着いても最初それと気付かず、いやに道幅が広くなったなと思っていたくらいだ。左の写真はまだガスが薄い方である。 

 という訳で絶景はガイドブックで見ただけの因縁のオロフレ峠。ここに載せる写真をどなたか持っていませんか。 

 
 
 

 
鞍掛峠
 鞍掛(くらかけ)峠は長野県王滝村と岐阜県下呂町を結ぶ県境の峠。三国山と白草山の鞍部に位置し、標高は1408m。王滝村側は五味沢林道と呼ぶのだと思われる。下呂町側は不明。ただどちらも未舗装林道である。
 なぜこの峠が行止りかと言うと、王滝村の西奥、木曽の御岳山を含む県境の峰みねに囲まれた森林地帯は一般者進入禁止だからだ。その為峠にはカギの掛かったしっかりしたゲートがあり、下呂町側より上って来た者を阻んでいる(1992年10月現在)。しかし峠には「鞍掛展望台」と書かれた札の掛かっている朽ちかけた展望台がある。またそこを通過したことを書いた本を読んだこともある。以前は通行可能だったのかもしれない。 
鞍掛峠の展望台
鞍掛峠 鞍掛展望台
 
 峠より下呂町側を望むときれいなV字の谷が下界まで続き、そこを林道がくねっている。
 一方王滝村側は鬱蒼とした森林地帯で林業が盛んに行われている。その中心にはほとんど一般の人の目に触れることの無い三浦貯水池が不気味に佇んでいる。鞍掛峠以外にこの地帯と峠で繋がれている箇所がもう一つある。岐阜県加子母村と結ぶ真弓峠だ。しかしここも同じ運命だった(1992年10月現在)。 

 尚、どうしてここに三浦貯水池の写真があるのかは深く考えないで下さい。 

岐阜県側
鞍掛峠より岐阜県側の展望
三浦貯水池
三浦貯水池   水が引いた湖岸に無数の切り株が墓標のように林立していた 
 
鞍掛峠Part2 (鞍掛峠について詳しくはこちらもどうぞ)
 
 

 
地蔵峠
地蔵峠
地蔵峠 滋賀県側
地蔵峠
地蔵峠 京都府側
 
滋賀県側の眺め
滋賀県側の眺め
 滋賀県朽木村と京都府美山町を結ぶ峠で標高675m。この地蔵峠の事情は美山町側が京大の演習林ということ。朽木村から上って峠の赤いゲートで行止り。峠直前まで舗装路で未舗装になったと喜んだ途端に赤い物が見えてくる仕掛けになっている。ゲートは人は通れるがバイク、自転車も御法度と立札にある。おまけに美山町側の展望はない。 
民家
朽木村生杉集落辺り
 峠が越せない為、朽木村にある生杉集落はどん詰りということになる。ところでこの付近の家屋には皆共通の特徴がある。詳しい事は全く知らないが、屋根の形が独特なのだ。ちょっとしたおとぎの国のよう。周りの自然に溶け込んで非常にいい雰囲気である。 
 
 


 
鉢盛峠
 日本には朝日と名が付く村が幾つかある。それも町や市ではなく大抵は村である。村と言うだけあって田舎である。言い換えれば自然が多い。よって林道や峠道も多い。例えば新潟県の朝日村と山形県の同じく朝日村は、県境を越えてこれまた朝日林道で繋がっている。この長野県の朝日村にも鉢盛峠に届く鉢盛山林道がある。 
鉢盛峠
鉢盛峠
 
 鉢盛峠は朝日村と南に隣接する木祖村の村境で、標高は高く1860mある。
 峠の北西には鉢盛山(2446.4m)があり、鉢盛山林道は鉢盛山登山道でもある。峠のやや手前に登山者の車がよく駐車している。 
朝日村側の眺め
鉢盛山林道途中の景色
鉢盛峠の看板
鉢盛峠の看板
 
 道は野俣沢沿いを上る道でほとんど未舗装、景色も良い。これで峠越え出来れば言う事無しだが、ここも赤いゲートとチェーンで通行止。ゲートの柱にはマジックインキで「ここを無理して通っても下のゲートは通れません!!」とある。
 木祖村を通行出来ない理由ははっきり分からない。立札には工事中とあるが、私の知る限りずっと通行止である(1992年9月現在通行止)。いつかは工事が完了して通れる様になるのだろうか。 
鉢盛峠の柵
鉢盛峠の柵
 
 


 
矢ノ川峠
矢ノ川峠
矢ノ川峠
 矢ノ川(やのこ又はやのかわ)峠は三重県の尾鷲市と熊野市を結ぶ旧国道42号の峠である。尾鷲市側は矢ノ川の谷沿いに上る為この名前がある。矢ノ川とは矢の様に急流な川という意味だそうだ。
 現在の国道42号は矢ノ川トンネルと大又トンネルという長い2つのトンネルにより、いともたやすく越す事が出来る。それに比べ旧道はどうだ。これが仮にも国道だったとは思えない。現在残っている旧道は尾鷲市から来ると矢ノ川トンネルに入る1〜2km手前で右に分岐している。分岐した途端未舗装のでこぼこ道で何処まで行けるか不安になる。それでもどうにか峠までは無事繋がっている。 
 
矢ノ川峠の先
矢ノ川峠の熊野市側
 峠はカーブになっており、ちょっとした広場になっている。それまで狭い道を上って来たので、道幅が急に広くなったなと思ったらそこが峠だった。
 そして次の瞬間愕然とする。峠から先、熊野市側は通行止の標識が出ていなくても入り込む気には到底なれない。バイクならまだしも、車では引き返せなくなるのではないかと思う程で、ひと目で廃道と分かる。標識には「これより先道路決壊のため、熊野市方面への通り抜けはできません」とある。また標識の端には途中の橋が落ちていることが記されていた。
 峠道の半分しか走れないが、昔の国道がどんなものであったか十分体感出来る道だった。 
 
矢ノ川隧道
矢ノ川隧道
 峠の手前数kmに矢ノ川隧道がある。初めて来た時はその隧道を抜けた先で迷う。それまで進行方向右手に山並みが立ちはだかっていた。当然右にカーブしながら高度を上げて行くと思っている。ところが隧道の先では直進路と左に分岐する道がある。左に曲がるとはどうも解せない。地図をよくよく見て納得した。左に行く道が本道である。道は左に回り込み、先程抜けた隧道の上を越えて高度を上げるのだ。斜面が急なため、この様な仕組みになっている。
 それにしても狭い隧道だ。ここも旧国道42号で、バス等も通っていたというから信じられない。わざわざ険しい道を選んでは旅をしているが、昔は生活の道が冒険だった。 
 
矢ノ川峠再訪 (矢ノ川峠について詳しくはこちらもどうぞ)


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