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     シリーズ「慣性力を考える」

 

「慣性力」と「エネルギー保存則」 (慣性力対話 3)


ワトソン: やぁ、ホームズ君
ホームズ: この前は、初めての話が多くて、考えさせられることばかりでした。
 ただ、・・・
ワトソン: ただ・・? 何かね。
ホームズ: ただ、一般相対論の批判が多くて・・。 先生は、なぜ一般相対論をそんなに向きになって批判するのですか。
ワトソン: ハハハ・・
 わしは、物理学者ではない。一介の物理教師にしか過ぎない。厳密な学問的批判を行う資格も能力もない。しかし、一般相対論のおかげで、物理教育に甚大な悪影響を及ぼしているので、これを何とか正したいと思うだけだ。
ホームズ: 悪影響を?
ワトソン: そうだ、悪影響と云うか、物理の教育に大きな制約を課し、誤解と混乱を生み出している点だ。
 今日はその話をしよう。

位置エネルギーはどこにあるか、

 まず、重力のポテンシャル・エネルギー、つまり重力の位置エネルギーの話から入ろう。
 今、地上に質量m[kg]の物体Aがあったとする。

                  

         図1                   図2                  図3 


 図1のように、物体Aの地面からの高さを h[m]、重力加速度の大きさを g[m/s2]とすると、この物体の位置エネルギー U は、よく知っているように、
     U=mgh
となる。ところで、ホームズ君、何が、このエネルギーを持っているのかね。あるいは、このエネルギーはどこにあるのかね。
ホームズ: もちろん、物体Aです。
ワトソン: それなら、図2のように、今度は、かなり大きな物体Bが、地上から離れてある場合は、どうかな。
ホームズ: 重力加速度の大きさは、万有引力の法則で、地球から離れると引力は弱くなるので、エネルギーの値はmghではありませんが、そのエネルギーは、やはり物体Bに所属すると思います。
ワトソン: では、図3のように、地球と比較できる程、巨大な物体Cならどうかな。
ホームズ: うーん。地球か物体Cか、どちらとも言えない。・・・・強いて答えるなら、そのエネルギーは、それらの質量の比に分配するのがよいと思います。例えば、Cと地球の質量比が、3:5なら、エネルギーの3/8がCに、残りの5/8が地球に所属すると。・・・・
 あれっ、おかしいなー、すると最初の例だと、物体Aが地球に比べて極めて小さいから、エネルギーのほとんどは地球に所属することになってしまう。・・・
ワトソン: そうだろう、反対に質量の逆比に分配するのも、地球が小物体の集合体と考えると話がおかしくなってくる。結局、位置エネルギーを物体に所属させるのは無理がある。それでは、どう考えたらよいだろうか?

 実は、この解決法は2つ考えられる。
 1つは、
この位置エネルギーは、抽象的に「地球と物体で構成される力学系全体」に所属すると考える立場。

 2つ目は
 目に見えないが、2物体間にゴムひもやバネのような引力を作り出す力の場が存在して、その場の中にエネルギーが蓄えられているとする立場だ。

 遠隔作用論では、1番目の立場を採る。

 近接作用論では、2番目の立場を採るわけだ。

 1番目の立場では、一方の物体に変化が起こると、その影響は瞬時に、つまり無限大の伝達速度で他の物体に伝わらねばならない。そうでないと、系全体のエネルギーが決まらないからね。
 しかし、これは特殊相対論に矛盾する。また実際にエネルギーはどこに存在するのかと云う問いには答えられない。
 2番目の立場だと、場のエネルギーがエネルギー密度として各時空点に分布すると考えれば問題はない。丁度、バネのエネルギーが局所的なバネの弾性エネルギーとして存在するのと同じだ。
 だから、20世紀の立場では2番目の力の場の中に位置エネルギー、つまりポテンシャル・エネルギーが存在すると考えざるを得ない。
ホームズ: すると、アインシュタインの重力理論では第2番目の見方をするのですね。
ワトソン: 残念ながら、そうではない。慣性力の対話(1)で述べたように、「等価原理」のため、局所的な重力場のエネルギーが定義できないのだ。 だから、一般相対論では重力場のエネルギーを議論することが出来ない。 しかも、理論は場所ごとの「重力ポテンシャル」の存在を前提に出発している。
 場の理論としては「不可解」なものだ。
 しかし、これが物理教育に与える影響は甚大だ。つまり、重力のエネルギーがどこにあるのか、言えないのだから、初等的な重力の位置エネルギーすら曖昧にせざるを得ない。また、前に話したように「慣性力」と「みかけの力」との混同も持ち込んでくる。
ホームズ: それで、先生は、厄介な一般相対論に捕らわれず、物理を考えるべきだと主張されている訳ですね。
ワトソン: そうだ。そうすると、「慣性力」も堂々と使えて、力学すべてがすっきりと分かり易く構成できる。
ホームズ: ほんとうですか?それじゃー、今回は途中に茶々を入れずに聞いていますので、先生の考える力学を講義願えませんか。

 仕事の主体は力

ワトソン: よし分かった。   
それじゃー、仕事の話から始めよう。
 (日常使う言葉「仕事」と物理学用語の「仕事」の定義とは異なるように思われるが、それについては別稿を参照して下さい。)
 仕事はよく知っているように、

      W=Fs・cosθ     (1)

で定義されるが、いくつか明確にすべきことがある。
 
 まず、仕事を考える場合、この仕事をする主体は、物体ではなく、どの場合でも常に、  であることだ。 つまり、「力  がする」仕事 が(1)であり、主語は物体ではなく、「力」にある。 
 これは運動方程式を立てる場合とは根本的に異なる。
 運動方程式では物体の運動を議論するのだから当然、主役は「物体」であり、「物体」に注目して議論する。
 しかし、「仕事概念」は「力」概念の拡張であり、常に「」を意識して考えなければいけない。

 たとえば、図のように摩擦のある面上で物体を滑らせる場合を考えてみよう。

摩擦力に抗して、物体がする仕事は・・」と云う表現がよく使われるが、それは「慣性力」と云う言葉が御法度で使えないから、しかたなしに「物体がする仕事」と云わざる得ないだけである。この場合、摩擦力に対抗する力は物体に生じる「慣性力」であるから、摩擦力に抗して「慣性力がする仕事は・・」と云い変えるべきである。

 また、いくつかの力が物体に働いていて、その物体が移動する場合、力のする仕事はそれらの合力ではなく、それぞれの力ごとに、別々に考えるべきである。それは、後で述べるように力が異なれば、それらの力が所属するエネルギーも異なるので、それらのエネルギー間の移動を意識して議論する必要があるからである。
 

 「する仕事」と「される仕事」

 つぎに、仕事の正負について考えよう。
 力の向きと移動の向きが逆、あるいは角θが90°以上の場合は、力Fのする仕事はになるが、この正負はベクトルのような「向きの正負」ではない。 英語の動詞の「能動態、受動態」の違いとみなすべきだ。
たとえば、>0)のときは、力  の「する」仕事が であり、<0)のときは、力  の「される」仕事が||(=ー>0)であると考える。
 これは、仕事はエネルギーの移動と密接に関係しており、

            

 1 が仕事をする」とは、自系の力 1 によってエネルギーを他系に与えること

 「2 が仕事をされる」とは、自系の力 2 を介して他系からエネルギーを受け取ることを意味するからである。

する」「される」の違いは、エネルギー移動の向きと関係する。


 力 1 が仕事をすると、力 1 の所属する系のエネルギーが使われて減少する。

 力 2 が仕事をされると、力 2 が所属する系のエネルギーが増加する。


 たとえば、図のように摩擦のある面上を物体が滑るとき、減速する物体には前向きの「慣性力」生じるので、この「慣性力」が正の仕事をすると考える。
 後に説明するように、その慣性力を生み出すエネルギー源である「運動エネルギー」がその分、仕事として使われ、他系へ移動する。
 また摩擦力の方は、力の向きと移動の向きが逆なので、「する仕事」は負になる。すなわち、摩擦力は「仕事をされる」と考える。
 このされた仕事は、摩擦に関するエネルギーとして受け取り、最終的には、摩擦によって生じる熱エネルギーに変わる。

 このように、必ず、接触する2物体で働き合う力は作用反作用の逆向きの2力として現れるので、動的な現象では、片方の力が「仕事をすれば」、もう一方の力は「仕事をされる」。
 つまり、この2力を介して一方から他方へエネルギーの受け渡しが起こっていることが分かる。しかも、作用反作用の大きさが等しいことから、それらのエネルギーは等しいことがわかる。
 つまりエネルギーの失われない移動が起こっていると言える。

 保存力とは

ここで、保存力について説明しよう。

 どの教科書でも載っている保存力(ポテンシャル力)の定義が、余りにも数学的であって、まるで数学のポテンシャル論に登場する「積分可能条件」のような定義である。(右図)
これでは、物理的本質を見失う恐れがある。

 例えば、余談であるが、ある教科書で、一様に流れる大河の水流が川の中の物体に及ぼす力は保存力であるとする記述を見て唖然としたことがある。

 保存力とは、あくまで、その名の通り、
「その力に対抗して別の力がした仕事(つまり、
その力が「された仕事」)をエネルギーとして、
力の場の中に保存する(蓄える)能力を持つ力で
ある。」
 


 例えば、物体を重力に逆らって、持ち上げる仕事をすれば(つまり「重力が仕事をされたら」)、その仕事量は無駄にはならず、された力(=重力)の位置エネルギーの形で重力場の中に保存される(蓄えられる)。
 逆に保存力が仕事をするときには、(つまりその力の向きに移動するときには、)蓄えたエネルギーを仕事として放出する性質を持つ力である。つまり重力の向きに(下方に)降ろすと、重力のする仕事量だけ、重力の位置エネルギーは減少する。

 ただし、位置エネルギーは、その名の通り、その保存力の働く物体の幾何学的な位置により一義的に決まる
これは、そのエネルギーが、力を及ぼし合う物体間の空間(=場)
の中に存在すると考えるなら、物体が移動しても、最終的に元の
幾何学的配置にもどれば、場の持つエネルギーは元と同じになり、
変わらないからである。
 
(このことを 教科書では前述のように「数学的」に定義しているわけである。
どちらの定義が物理的本質を表現しているか、考えて頂きたい。)




 しかし、ポテンシャル・エネルギー(位置エネルギー)の定義は、場にエネルギーが蓄えられているとする広義の定義とは異なる。
 たとえば、右図 のように物体A、物体B、物体Cの間で力を及ぼし合っている場合だと、物体B、Cの位置は固定しておいて、物体Aのみ位置変化できると仮定のもと、あたかも場のエネルギーをAのみが担っているかのように考えて、これをAの持つポテンシャル・エネルギー(位置エネルギー)と称するのである。
 つまり、ポテンシャルとは1体問題に特化した概念と云えるだろう。
 ところが、右図の物体B、Cの位置が変わると、Aの位置が変わらなくてもポテンシャルも変化する。通常これを、「時間に依存するポテンシャル」と表現して、エネルギー保存則が成り立たない場合とみなしている。
 しかし、このような場合でも、場の空間にエネルギーを蓄えているわけで、全体のエネルギーは保存している。
 力のエネルギーが場の空間に存在すると言う考え方は、より広い一般性を持ち、つぎに述べる運動エネルギーと併せて考えるならば、普遍的なエネルギー保存則が成立する基盤と言えるだろう。
 

「運動エネルギー」に対応する保存力は「慣性力」である


 それでは次に、運動エネルギーについて述べよう。このエネルギーは、ポテンシャル・エネルギーに似ており、「慣性力」は、その保存力に対応している。
 実際にそのことを確かめてみよう。

 ポテンシャルの場合は、その保存力に対抗してした仕事は位置エネルギーとして、蓄えられた。
 いまの場合、慣性力に対抗して仕事をするとは、物体に外力を加えて、物体を加速することである。
 なぜなら、図のように、加速された質量  の物体には、加速度  の向き(=運動の向き)に逆向きに、 ma の慣性力が生じるが、この慣性力に逆らって、外力  は仕事をすることになるからである。

 さて、その場合の仕事量を計算してみよう。
 いま、微小時間 Δ 秒間の運動を考えると、物体のその瞬間の速度をvとすれば、移動距離 Δ は
            
 外力  は、ダランベールの原理により、 慣性力 ーma とバランスしているので、
慣性力に逆らう外力  は
           
 慣性力に逆らってする仕事 ΔW は
           
 ここで
           
を使うと
           
 この間にした仕事は運動エネルギーの変化量(増加量)に等しい事がわかる。

 つまり慣性力に逆らってした仕事(つまり「慣性力がされた仕事」)は運動エネルギーの増加分として蓄えられることが分かる。

今度は上と逆の場合を考えてみよう。
 ポテンシャルの場合には、保存力が仕事をすると、その仕事量だけ、位置エネルギーが減少する。
 今の場合、慣性力が仕事をするとはどう云う事だろう?
たとえば、運動している物体が運動の向きと逆向きの外力(=ブレーキ力)を受けて減速する場合である。
 図のように、運動の向きを座標軸の正にとると、物体には減速の加速度a<0に逆向きのーma>0の慣性力が生じる。
 上と同様に微小時間Δtの間に、慣性力がする仕事を計算してみよう。
 上と同様に移動距離は
       
 だから、慣性力 −ma >0 のする仕事は
      
       
 ここで vが減速していることを考えると、
      
 つまり、ΔWは運動エネルギーの減少量の絶対値である。
 結局、慣性力のする仕事は運動エネルギーの減少量に等しいこと、
すなわち、運動エネルギーの減った分が、慣性力のする仕事に変わることを示している。

 これは、位置エネルギーの減少が対応する保存力のする仕事に変わるのと全く同じである。
つまり、前に述べたように保存力の定義を拡張すれば、
 「慣性力は保存力であり、対応するポテンシャル・エネルギーに相当する量が運動エネルギーである。」と言える

 ダランベールの原理とエネルギー保存則

 ここでダランベールの原理を考えてみよう。慣性力を含めるとすべての力の和はゼロである。
 すなわち、それぞれの力に注目して運動の際の仕事を考えるなら、ある力は仕事をし、ある力は仕事をされる。つまり、仕事をする力が属するエネルギー群から、仕事を受ける力に属するエネルギー群へ、エネルギーの移動が起こっている。 しかしダランベールの原理からエネルギーの移動量は等しい。全体のエネルギー総量は変わらないというエネルギー保存則が成り立つ。これは、すべてのエネルギー、ポテンシャル(位置)エネルギー、運動エネルギーのみならず、摩擦力のような不可逆的な散逸力が関係するエネルギーの場合でも成り立つ、普遍法則である。


 上記では、1次元の運動を考えたが、仕事 W の定義がベクトル と S の内積は

   F・S =xx + FySy + FzSz

 のように、各成分どうしの積の和で表される。 また 運動エネルギーも

  1/2mV2 = 1/2x2 + 1/2y2 + 1/2z2 

のように成分の和で表されるので、3次元の場合にも容易に拡張できる。

具体例 重力中の物体の運動


ホームズ: なるほど、力学に慣性力を加えると、こんなに、エネルギー保存則を統一的にすっきりと説明できるとは思っていませんでした。
 ついでに、今の話をもっと具体的に例をあげて、説明していただけませんか。
ワトソン: では、最も初等的な重力中の物体の運動を例に説明しよう。
 まず、自由落下運動を考えよう。
 物体の重力が下向きに mg なので  落下すると、重力は mgh の「仕事をする」。 空気抵抗のない、”自由落下”であるのに、この仕事は、果たして何に対して、どんな仕事をするのだろうか。
 もちろん答えは「物体自身を加速する仕事をする」のである。
 これを力の関係で言い換えると、加速する物体には加速に抵抗する上向きの「慣性力」 ーmg が生じ、重力は、この「慣性力」に対して mgh の「仕事をする」
「慣性力」の方は逆向きに動く訳だから、 mgh の「仕事をされる」
この「された仕事」が運動エネルギーの増加として蓄えられる。つまり物体は加速する。
重力の方は保存力であるから、保存力の性質により「した仕事量」 mgh だけ位置エネルギーが減少することになる。

これを図示すれば、
           

となる。
 この図から、位置エネルギーの一部が運動エネルギーに変わった(あるいは移動した)だけであるから、位置エネルギーと運動エネルギーの総和は変わらないことがわかる。そして、「する仕事」と「される仕事」が対になって「エネルギーの移動」が起こっていることがわかる。 
 

 つぎに物体の真上への投げ上げ運動を考えてみよう。

 加速度  は下向きに ーg だから、慣性力は上向きに −ma=mg となる。
 この「慣性力がいわば物体を持ち上げる仕事をする」ことになる。(この表現は「インペートゥス説」に似ている。)
 慣性力の「する仕事」は mgh で、この「した仕事」だけ運動エネルギーが減少する

 重力は下向きなので運動の向きと逆だから、重力「仕事をされる」
重力は保存力だから「された仕事」 mgh は位置エネルギーの増加となる。




図示すれば、
               
だ。
今度は、運動エネルギーから、重力の位置エネルギーの方にエネルギーの移動が起こっている。
 
ホームズ: なるほど。今回は初等的でなじみのある話なので、とても分かり易いです。
 通常の力学的エネルギー保存則の説明では、運動計算の結果として、運動エネルギーと位置エネルギーの和が不変になるとするだけですが、上の説明なら、途中のエネルギー移動の詳細なプロセスまでよく分かります。
 力には仕事をする働きだけでなく、仕事を受け取る役割もする。 「負の仕事をする」とは、仕事つまりエネルギーを受け取ることなのですね。
ワトソン: その通りだ。 しかも、「する」「される」の対は、接触力の「作用・反作用」や、その拡張としての「ダランベールの原理」によって、どんな場合でも成り立つ訳だから、この説明が一般的な説明にもなっている、
仕事と運動エネルギーの関係は「エネルギーの原理」として使われているが、それが何を意味しているのか、曖昧だった。「慣性力概念」を力学に取り入れると話はすっきりする。
ホームズ: なるほど。
 それに、一般相対論の「等価原理」では、慣性力と重力は同じものと考えるわけですから、上のような説明は全く出来ないのですね。先生が「等価原理」を毛嫌いしている理由がやっと分かりました。
ワトソン: そうか、ただ単にへそ曲がりだけではないことを分かってくれたか。
「加速度系」を持ち出すと、エネルギーの議論が全くできない。
アインシュタインのエレベータ」(等価原理)の話は信じられない。
等価原理」は「重力質量と慣性質量は等しいみなすことが出来る。」と云う程度に留めた方がよいだろう。
ホームズ: ええ、そうかも知れません。
 今まで教科書には似た説明がありましたが、なぜこのような単純で論理的な説明がされていなかったのか、逆に、不思議な位です。
ワトソン:  それは、「慣性力」を使うのが、「ご法度」だったために、「かゆいところに手が届かかない」説明しかできなかった。
 昔のニュートンの時代には、エネルギー概念は知られていなかったから、力学を数学的に理論構成する上で、「慣性力」は厄介な代物として退けて置けば、それで済んだ訳だが、エネルギーや、その保存則が分かった今の時代には、それはふさわしくない
 力の概念の拡張である、仕事やエネルギーを取り扱う訳だから、前述のように、「力」が主役になる。その力に「慣性力」を加えて初めて話は一貫する。
 その観点から「慣性力」を当然、再評価すべきなのだが、残念ながら、アインシュタインの重力理論が、それを混乱させて、妨げている。
ホームズ: うーん。・・・・・・・
ワトソン: それに、上の説明は単に「力学的エネルギー保存則」の枠に留まらず、広義の「エネルギー保存則」の説明へ容易につなぐことが出来る。それは、ポテンシャル・エネルギーを(保存力)場の持つエネルギーと見なしたからだ。つまり、物体系に働きあう力が保存力の性質を持てば、ダランベールの原理と組み合わせることにより、場を含めた「エネルギー保存則」に拡張できる。以下の話はよく知っていると思うが、付け加えておこう。

 現在、ミクロのレベルを含めて、基本的な力はすべて保存力であるかとが分かっている。具体的には、重力、電磁気力がそうだ。原子や分子のレベルを支配する力は、原子核と電子による電気力に還元できる。だから、化学反応で発生するエネルギーの源は電気力と電子の運動エネルギーによるものだと言える。また、熱エネルギーも分子や原子の運動エネルギーとその間に働く保存力のエネルギーに還元できる。
 保存力は弾性力のようなものだから、我々の世界は原子のゴムまりが飛び回ってるような世界に例えるとよいだろう。
 さらにミクロの原子核内の素粒子間で働く力も粒子の質量変化を考慮すれば、エネルギー保存が成立することが分かっている。

ホームズ: なるほど、ダランベールの原理と基本的な力が保存力であることから、広義のエネルギー保存則が簡単に説明できるわけですね。

 今日の話を聞いて、第1回の対話で話された内容がやっと理解できるようになりました。
ワトソン: どんな話のことかな?
ホームズ: えーと、、確か、こんな内容でした。

  『 ダランベールの原理は、静的な力の釣り合いではなく、慣性力を介した動的バランスが常に成立しているという意味だ。 
  この”バランス”とは、収支勘定の”バランス”であり、加速度運動の際に慣性力を介して、エネルギーや運動量を他系へ正確に受け渡す働きをしている。
  慣性力がないと、運動エネルギーや運動量の受け渡しすら出来ないんだ。...』  と。

 今日、その意味が、よく分かるようになりました。
ワトソン: よく覚えていたね。
 エネルギーや、その保存則を議論するときには、慣性力は無視できないどころか、むしろそれが中心的な役割を演じる。  だから、力学をエネルギーの観点から見直した「解析力学」では、ダランベールの原理が基本法則として使われるわけだ。
 しかし、物体の運動の軌跡を時間的に追う、幾何学的解を求める問題では、物体に加速度を生じさせる外力だけを使ったニュートンの運動方程式で十分であり、逆に加速度に対する応答である慣性力は無視すべき力となる。
ホームズ: 問題の種類によって、使い分ける必要があるのですね。
 しかし、頭を使いわけるのは、難しいですね。
ワトソン: 物理は数学ではない。自然科学の一分野であるわけで、1つの論理だけで、押し遠そうとするのは無理だ。
 だが、これは、丁度、作用反作用の2力のうち、どちらを、運動方程式で使うか判断するのと同じ話であって、難しくはない。
 つまり、
 運動方程式の場合には、物体が他から『受ける力』だけを選び出すのに対して、エネルギーの移動を考えるときには、その反作用の物体が『出す力(=慣性力)』も無視せずに、作用・反作用・双方の力を考慮しなければならない。
ホームズ: なるほど、そうか。
ワトソン: この作用・反作用、いずれも実在する力だ。 片方を「みかけの力」として隠蔽するなんておかしい。
 この極めて初等的な事柄の理解の欠如が、「慣性力についての議論」の混乱を生み出している。
ホームズ: すると、エネルギーの観点からは、慣性力は謎でも何でもない!

 今までの長い議論は一体何だったのか。何かキツネに摘まれたような気分です。
 慣性力は加速度系(非慣性系)とは全く関係がないことが明白になりましたね
 どうも、「アインシュタインの亡霊」に振り回されていたようですね。

ワトソン: まったく。 わしも同感だ。
 川柳の 「幽霊の正体見たり、枯れ尾花」 だ。
 慣性力はアインシュタイン理論とは無関係な、ありふれた「力学的な力」だ。

 一般相対論について言えば、4次元時空の幾何学としては、天才アインシュタインがあってはじめて出来た、先駆的なすばらしい作品であることは認めるが、だからと言ってそれが真実であるとは、言えない。
 幾何学的力学と言う意味では、むしろエネルギー概念のなかった旧世代のニュートン力学を踏襲している。 
 アインシュタインを神格化して、「一般相対論」が正しいものであるとの前提で, 特に、その不可解な『アインシュタインのエレベータ』(等価原理)や、トリッキーな「加速度系」を持ち出して、議論すべきではない。( 「なぜアインシュタインは慣性力をみかけの力と主張したのか」参照
 「慣性力」は、力学の中心的役割を担う力であり、力学現象すべてにおいて現れる、身近な力である。
ホームズ: まったく、その通りですね。考えてみると、誰でも経験し、知っている力ですよね。
 今日の話で「慣性力」については、常識的な結論を得て、一段落ですね。

ワトソン: 一応そうしよう。

 しかし、本質的な「慣性力」とか「慣性」の起源については、依然として謎だ。もちろん重力についても「一般相対論」が「場の理論」として正しいのか、別の未知の「重力理論」があるのか、分からない。
ホームズ: 謎だらけですね。
ワトソン: 考えてみれば、アインシュタインの重力理論は実用的成果を何も生み出していない。ただ、嘘か本当か検証も出来ない「SF的な宇宙論」生んでいるだけだ。
 それに比して、電磁気学は実用的な多くの成果を生み出して、我々の生活や社会に多大の貢献をしている。
ホームズ: そうですね。
ワトソン: 真の重力理論が生まれたら、我々の生活に革命的な変化をもたらすかも知れない。
ホームズ: 例えば?
ワトソン: 例えば、UFOを作る技術とか。・・・
ホームズ: 夢のような話ですね。 
ワトソン: まったくの素人考えで、無責任な話で恐縮だが、わしには”一般相対論”は、その名称とは裏腹に、”相対的”ではなく、”絶対的理論”のように思える。 相対論的にするには、電磁気学の”磁場的”な存在が不可欠なような気がする。... それを探るには実験が必要だが...しかし皆目、見当もつかないがね。...
ホームズ: うーん。..

 ところで、エネルギー保存則と慣性力が密接に関係していることは、分かったのですが、運動量保存則の場合はどうなのでしょう。 エネルギーの場合と同じように考えたら良いのでしょうか。
ワトソン: いや、そうではない。運動量や力積はエネルギーと異なり、ベクトルなので、少々複雑な考察が必要だ。その話は、ストレス・エネルギーテンソルを話すときまでお預けにしよう。

ホームズ: それから、電磁気学では、ベクトル・ポテンシャルが登場するのですが。
ワトソン: 今日は、エネルギーに関する話をした訳だが、電磁気学で登場するポテンシャルは、一般的な力学の保存力に対応するポテンシャル・エネルギーではなく、電磁場という「場」を表現する量と考えたら良い。
 スカラーポテンシャルとベクトルポテンシャルの組が4次元的な場を形成している。 ただ、それらのgrad微分、rot微分が電場や磁場に対応するので、力学のエネルギー・ポテンシャルのgrad微分が力に対応するのに似ているため、ポテンシャルの名で呼ばれているだけだ。 
 これは、荷電粒子の量子力学的な内部自由度と結び付き、荷電粒子に作用を及ぼす「ゲージ場」という「基本的場」である。量子論では、電場や磁場に代わり、重要な働きをする。 この話は別の機会にしよう。
 
ホームズ: うーん。...難しいですね。

ワトソン: 確かに、話はそう単純ではない。

 最後に、「ダランベールの原理」は、「解析力学」だけで登場する「原理」であるかのように誤解されているが、今日の話で分かったように、むしろ、「通常の力学」を「エネルギーの観点」から論じるときの「基本原理」である。 この重要性の認識が全く欠如していることを強調しておこう。
 また、慣性力は運動エネルギーの保存力であるように言ったが、 正確には、「速度空間における」保存力と言える。 それについては、次回の「解析力学」の仮想仕事のところで話そう。

ホームズ: それじゃ、次回のその話を楽しみにして待っています。

 ここで、先生にお詫びしなければいけないことがあるのですが。
ワトソン: えっ、何かな?
ホームズ: 僕は今まで、先生が、正直なところ、なぜ、つまらない、どうでも良い「慣性力」の話を何度も繰り返しているのか、分からなかった。 少し頭がおかしいのでは、ーー失礼!ーー とまで思ったほどです。 しかし、今日の話を聞いて、物理学の常識の方がゆがめられているのではないかと考えるようになりました。
ワトソン: そうか、そう云ってもらえたらうれしいよ。話した甲斐がある。

 それでは、続きは次回にして、今日はこの辺で、話を終えよう。


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