危ない         忍び寄る危機 3        日本が危ない

原発は20年以内(2032年まで)に廃止                            発電は原発以外に転換                            エネルギー政策見直し改革

エネルギー政策見直し改革、発電制度改革、早急に原発代替の火力発電(新電力政策:新電力会社設立(将来:水素ガス発電を目標))を大幅に建設・事業化、日本国民の生き残り&民主化への道。
オスプレイ配備反対、アメリカ軍飛行場反対、日米安保条約解約。
自民党が現憲法の改正を訴える本意は、新たな憲法条文(自民党案)の憲法解釈に基づき国家権力の絶対的な強化を図ること及び海外で日本の自衛軍がアメリカのために戦争することを必然的な任務とすることである。

原発廃止、日米安保条約解除、アメリカ軍基地撤去&日本の真の独立を成し遂げる行動は、日本国民の平和を真剣に希求する尊厳・崇高さを守るための最後の戦い    何故なら、政・官・財の一部の利権者の思惑で勝手に進められる国策の暴走を、国民によって防げないのであれば、もう日本人が日本を守り継承していく日本国としての存在意義はないからです。 米軍基地問題に関しては、反社会的勢力よりたちが悪い外務省、防衛省。
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目    次




 



  • 第二次世界大戦での敗戦後から国民を騙し続けてきている自民党政権(戦後の日本自由党→民主自由党→自由党 & 分党派自由党→日本民主党、合同→自由民主党。ここでの文章表記としてすべて便宜的に自民党政権と記述するもの)。日本は戦争放棄の国からアメリカに忠誠を誓って積極的に武力行使を行う国家になる。昭和天皇とアメリカ政府が目論んだ日本がアメリカのために戦争する国になる道筋へのレールが敷かれていた陰謀、今、正にその姿が顕になってきた。国民は昭和天皇を厳しく糾弾する。腐った日本政府、官僚たち。国民はこの陰謀とその首謀者たちを決して許さない。
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  •  筆者は次のように考えている。
     戦後、マッカーサー元帥は、日本の戦争放棄と軍隊を保有せずを純粋に熱望したと見られる。その表れが日本国憲法の制定の内容そのものである。しかし、戦後の社会主義、共産勢力の勃興によって、ワシントンのアメリカ政府は、アメリカと敵対するそれらの国々の軍事力からアメリカ本土を守る砦として日本を前線の戦場として対峙させ、新たな戦争に於いては日本のあらゆる場所が潜在的な米軍基地としての役割を機動的に担わなければならないと計画していたのである。この計画については、アメリカで公文書として保管されている戦中、戦後の資料の中に、マッカーサー自身の考えの資料が残されている。
     アメリカ政府は、日本の独立が承認されて連合国としての占領政策が終焉した後に、日本における米軍単独の駐留の継続について世界の国々から疑念を抱かれないようにし、アメリカ軍の撤退を求められる批判を受けることなく、アメリカ軍による占領政策を継続させる方法を模索していたのであった。このとき、日本では既に日本国憲法が成立し、戦争を放棄するとして、「戦力の不保持及び戦力を行使しない」が憲法に定められていた。しかし、アメリカ政府は、アメリカ以外の連合国の一部の国々が天皇の戦争責任を厳しく追及し、裁判による訴追、天皇及び一族の追放や天皇への極刑などを要求していることを好機と捉えて、この事実を天皇及び日本政府関係者に示し、天皇と会談して天皇に残された選択肢がないことを理解させ、交換条件として天皇に最大の貢献を要求したと考える。これは、戦中、戦後の種々の歴史的実録や自民党政権の国民への嘘八百の誤魔化しが暴露した事実関係、そして、今、正に安倍総理が行いつつある憲法違反や刑法違反をも意に介さずに強行する独裁的な政治運営から考えると、筆者の推測は、正に的を射ていると確信できるようになっている。即ち、日米安保条約と日米間の行政協定や昭和天皇の沖縄メッセージに明らかな、日本側から申し出たアメリカ軍の自由な軍事活動及び基地や駐留米軍関係者の地位を保障したアメリカ軍の日本への駐留及び天皇を擁護することに関する部分と、昭和天皇とアメリカ政府の間で秘密裏に取り決められたと推測する、最大の貢献と筆者が推測するところの最終目的、つまり、日本がアメリカの命令でアメリカのために戦争することであろう。このシナリオは長い年月を掛けて日本国民に疑念を抱かせないように注意を払って日本国民にアメリカを信頼に値する国と思わせるように誘導し、名ばかりの同盟国扱いを受け容れさせる様に徐々に洗脳し、同朋として自ら進んで日本がアメリカのために戦争する国になること、日本国民が戦死する場合でも、かつての昭和天皇が兵士に対して教育勅語や先陣訓により、国のために闘って死ぬことが美徳であり、神となって靖国神社に祀られるとした歴史に日本国民が疑問を抱かず、政府の言いなりに受け容れさせる策略の戦争へのレールが敷かれていたと見る。更に、天皇自身の身の処し方についての言及があったのかもしれないと筆者は想像するが、今のところは特に触れない。
     連合国の占領軍によって、天皇の大権は既に剥奪され、憲法が制定されて既に施行されていたのであるが、当時の吉田総理が昭和天皇からの全権委任状を携えて種々の取極めに調印したことが伝えられているが、吉田総理は、アメリカが天皇を人質にとったことに値する交渉条件に臨み、主権者の国民と昭和天皇とを天秤に掛け、国民を犠牲にして憲法破りの政策を推し進めるように日本の政治の舵取りを行い、船出させた張本人であると筆者は見る。

     日本の司法は、日米間の安全保障関連については、駐留米軍による日本国民への人権蹂躙が発生していても完全に無視し、日本国憲法を規範とした日本国民の基本的人権の保障を決して裁定しない。裁判は、人権侵害に対しては金による損失が生じたことを想定した場合に対して日本政府にその補償をさせる事案にあたるかどうかの裁定のみ行い、本来担うべき最高裁としての憲法裁判所の役目を放棄しているのであるから、この意味で最高裁は不要である。すなわち、筆者から見れば、すべてがその義務を放棄している税金泥棒と見なし得るのである。全くの腑抜けである。
     立憲民主主義国、日本は、内閣と国会の与党自民党議員らがつるんだ状態で、ちょうど、かつてのドイツのヒトラーとナチ党のごとくの民主主義状態であり、ヒトラーは少なくとも憲法違反は犯していなかったが、一方、安倍総理は平気で憲法違反の法律を制定することを行っており、日本の現状は司法が正常に機能しないが故に、アメリカに忠誠を誓う総理大臣と防衛・外務官僚らによって、間違いなく日本を破滅に導く展開が着々と進められているのである。

     第二次世界大戦の敗戦後、ドイツに於いては国民が反省して、同じ歴史を繰り返さない枠組みが構築されており、現在の所は維持されている。少なくとも、その努力は崇高であると筆者には映る。現在の所は種々の縛りが機能しているが、将来については筆者にもわからない・・・。一方、日本に於いては、第二次世界大戦の敗戦後に、反省の総括が国民自らとして行われておらず、憲法に戦争放棄を定めた反省は言葉だけの見せかけであり、国民は無関心で政府にお任せ状態でいるが、実際は政府の奥深い所では不気味に日・米間の約束の履行のための種火が燻り続けており、その小さな火が次第に大きくなってきていることを実感できるところまできている。
     安倍政権が掲げる「日本の積極的平和主義」、=(イコール)、完全なるアメリカの戦争主義との同調に向かって安倍政権の猛進ぶりが更に加速している。それは、ブレーキとアクセルの踏み間違いではなく、政権自らがアクセルを目いっぱい踏み込んでいるのである。日・米間で定められたと推測する危険な安保体制とその支配体制に対して国民が抵抗できないようにするため、安倍総理は、正に法的な基礎固めを強硬に成立・構築させて来ているのであるが、それのみならず、国民や国会の野党議員の無力さを嘲笑う様にして権力を私物化する行為を行うまでに至っていると言っても過言でない現実の事案が存在する。

     ちょっと脱線してしまったが、今正に、ベートーヴェン作曲の交響曲第五番「運命」の”ダダダ、ジャーン。ダダダ、ジャァーン。ダダダ・・・・・・ジャーン。・・・”という運命の足音が響くように、憲法違反の自衛隊が、司法がきちんと機能していれば、憲法違反で無効となるべき安保関連の所謂「戦争法」によって自衛隊の戦力が専守防衛の枠を超えて、アメリカの戦略のために働く自衛隊が構築されて、何時でも何処にでも船出していくことになるのであった。
     戦後の日本の歴代の政権がどのような裏切り行為を行ってきたかの一例を以下に示すことにするが、その前に、安倍政権の現下の状況を述べておこう。

     安倍総理は、小泉総理が4期継続した後に、第90代の総理として2006年9月から1年間総理の地位について小泉総理に引き継いでイラクへの航空自衛隊に、当時、法律で厳格に禁止されていた戦闘区域での自衛隊の活動であったが、バグダッドがアメリカの攻撃で陥落した後に於いても、正に戦闘が行われていたバグダッドへの武器を携えた戦闘員であるアメリカ兵ら、武器その他などを輸送する任務に当たらせていた。
    【 このイラクへの自衛隊派遣に於いては、民間グループらによって、派遣の差止めを請求する民事訴訟が2004年2月に地裁に提出され、地裁で棄却後に控訴が行われ、2008年5月2日に名古屋高裁での派遣差止め請求訴訟(民事)の裁判で判決が確定。この内容については、このサイトの終わりの方に記述してあるので参照。その集団訴訟は棄却されたが、その裁判所の判断は、イラクにおける航空自衛隊の空輸活動は、政府と同じ憲法解釈に立ち、イラク特措法を合憲とした場合であっても、武力行使を禁止したイラク特措法2条に違反し、活動地域を非戦闘地域に限定した同条3項に違反するとし、かつ、憲法9条1項に違反する活動を含んでいると認められることを言及している。《尚、筆者の説明を追加すると、イラクに自衛隊を派遣する前に国会で政府に対して、当時のイラクでの活動に関する刑法上の適用は、イラクなどとの取極めではなく、日本の刑法の対象になることを確認していたのであったので明らかに刑法違反に該当する事案であるが、誰も手出しができないでいる。》 】

     民主党政権の野田総理が国会議員の大幅な定員削減を掲げて安倍自民党総裁に約束を条件にして衆議院を解散させた結果、衆議院選挙で大幅な議席数を確保した自民党が政権を奪還し、第96代総理として安倍総裁が総理に返り咲いたことは周知の通りである。
     果たして、国会議員の大幅な定員削減は実現したのであろうか?安部総理の記述は後ろにまとめるが、ここでは、安倍総理が憲法九条に自衛隊を明記することを言及したことに関して、関連内容として、憲法の制約と政府の安保関連の取り扱いなどの国民への説明は、政府の独裁振りによって、嘘八百であり、全く信用できないものであることがわかることを説明しておく。

     2017年の5月に、安倍自民党総裁として自民党らに賛同する者たちに向けて、現行憲法の第九条に自衛隊を明記するという憲法改正草案を検討するように促す、訳のわからないことを切り出したのであるが、2018年3月の現在、安倍総理の立場で両議院の憲法を検討する委員に目標期限を掲げて早急なる検討を促しながらも、総理自らも現行憲法の第九条の条文内容をそのままにして追加して自衛隊を明記する案について、暗に肯定を示している。日本語としての言葉、文章の論理性に不合理が生じようとも何等お構いなしに自衛隊を現行憲法条文に追加する改正案を掲げて平然としていられる総理の精神構造に対して、筆者はただ驚くばかりである。それなら、意味を成さない憲法など不要であり、日本の法治国家としての立場を返上して、強者が牛耳る戦国時代に逆戻りすればよい。そうすれば、安倍政権をはずした新たな日本政府を構築でき、よりよい日本が生まれることになると筆者は確信する。その前に一悶着は発生することになるであろうが。
     まぁ、安部総理の思惑が透けて見える筆者である。それらのことは、誰もが時間が経過すると恐らく実感するようになると思う。

     1988年当時の日本政府は、憲法九条で禁止する戦力についての国会での答弁として、相手の国土を壊滅するために用いられる ICBM や長距離戦略爆撃機などと並んで、攻撃型空母を自衛隊が保有することは許されないと説明して、これが日本政府の見解としてきた。しかし、安倍政権はこの政府見解を無視して攻撃型に分類されている空母型艦船の準備を進めていることがわかった。
     2017年12月25日付けの東京新聞によると、『防衛省「空母」用戦闘機を導入検討 「自衛目的」と整合性問題』と題した記事を掲載しており、防衛省が将来的に海上自衛隊のヘリコプター搭載型護衛艦に短距離で離陸できるF35B戦闘機の導入を本格的に検討している内容、ほかの記事である。
     同様に、2017年12月26日時点でREUTERSの日本語版には、『「いずも」型護衛艦の空母化を検討、F35Bを運用=関係者』と題した記事を掲載し、政府が「いずも」型護衛艦を戦闘機が発着できる空母に改修する検討に入ったとする内容、ほかの記事であるが、26日午前の小野寺防衛相の会見で「防衛力のあり方に関して、不断にさまざまな検討をしているが、F35Bの導入やいずも型護衛艦の改修に向けた具体的な検討は、現在行っていない」と述べたとする内容を伝えていた。
     ところが、NHKでは、12月26日の小野寺防衛省の会見の内容のみを伝えていた。

     軍用機が離発着する国内の地上の滑走路が破壊された場合などに備えるとか、或いは、中国に備えて離島防衛に寄与するため等などの言い訳は通用しない。どのような理由があろうが、日本の2018年3月時点では決して許されないことである。安倍総理は、国会無視、国民無視で勝手にやっているのである。正に、独裁者と言っても過言でないと見なし得る人物であると筆者には映る。

     小野寺防衛大臣は具体的な検討は行っていないと公言していたが、ところがやはり、防衛省はオスプレイ積載可能な大型の護衛艦をF35戦闘機を想定した積載・着艦・離艦が可能となるような空母型への改造に関する調査検討などについて既に進めているのである。憲法が未だ改正されていないにも拘らずに。国会決議も行われていない状況であるにも拘わらずに。
     2018年3月2日の参議院予算委員会で共産党の小池議員の質問に対して、小野寺防衛大臣が、海上自衛隊のヘリコプター搭載型護衛艦について、ステルス戦闘機F35Bを搭載する「空母」化が可能か調査研究していることを認めた。
     答弁説明では、短距離離陸や垂直着陸が可能なF35Bのほか、固定翼と回転翼の2種類の無人機に関して基礎調査していること、どのように運用していくかやF35Bを自衛隊が導入するか否かは何ら決まっていないこと、などであるが、筆者が参議院予算委員会の議事録を確認して概要を記述しようと思っていたが、24日になってもでてこないので、2018年3月2日の参議院予算委員会での筆者が聞き覚えている一部の趣旨のみを記述する。防衛大臣は、機能面に必要となる船首の形態・構造、強度、甲板の耐熱性を高める方法などについて情報収集・調査することなどの趣旨、金額が少額の調査のことを淡々と説明していたと記憶する。
     既述したように、1988年から日本政府は、航空母艦は戦闘機などを日本の領海を離れて運ぶことを目的として軍事上は攻撃の戦略として艦船や戦闘機に役割を持たせるために機能するものであるとし、政府は憲法で容認する戦力を越える戦力に該当するとの判断である。政府が説明しているのは専守防衛の概念である。しかし、小野寺防衛大臣が説明する改造の検討は、許容の枠を超える攻撃型航空母艦への改造を想定したものであり、それは、これまで政府が説明してきたことを無視する内容であることがわかる。政府のこのやり方は、正に国民を馬鹿にして騙す行為そのものである。国民の視点からは、現時点で検討の費用が少額であったとしても、予算措置としては憲法を逸脱した不要な調査検討と予算の捻出であり、政府は撤回すべきであると糾弾する。もし実行したいのなら、あくまでも、憲法が改正されて日本が武力による戦略を正式に合憲としてとれるようになってからであり、政府が勝手に判断して安全保障政策として可能であるとする判断を国民は一切容認しない。憲法を守らない自民党政権。嘘八百の、何でも有の独裁的政治を実行する安倍政権であると非難する。

     安倍政権は、やり方がすべて逆。道理を遵守しない。自民党政権による国民への説明はすべて嘘。現在、言葉巧みに国民に向かって説明を繕っている綺麗事、時を経て明らかになると、国民に嘘をついて、国民を虚仮にしていたことが明らかになる。しかし、そのときは国民からすると既に遅いのである。既に自民党の思い通りに成し遂げられてしまっているからである。当時に政府が否定していた事案が、結局現実化されてしまっているのである。これの繰り返し。国民の堪忍袋は何時まで破裂しないで留まっていられるか、筆者にはなんとも言えない状況にまで至っていると懸念する。

     安倍総理に関しては最後に再度記述することにする。
     以下に歴代の総理との関連で裏切りなどの内容を整理してみた。



      ■ 吉田総理
     1946年の戦後初の衆議院の総選挙で総裁鳩山一郎率いる自由党が第一党となるが、過半数割れであった。鳩山氏の自由党は社会党と政策協定を成立させ、鳩山氏が総理になるべくマッカーサー司令部に了解を得るための手続きを開始した。そこで提示されたのが鳩山氏の公職追放であった。このため、吉田氏が政権を担うことになったのであるが、伝えられるところによると、吉田氏も追放の評価に該当していたと見られていたが、吉田氏は占領軍にうまく立ち振る舞い、追放を回避できたと見られる。
     吉田は、公安調査庁を発足させ、破壊活動防止法制定し、所謂レッド・パ−ジを実行し、約2万2千人の公務員と民間企業従業員が解雇された。また、内閣調査室を発足させ、米国のCIAとの協力関係の基礎をつくったのであった。
     既述したように、吉田政権時の国会で、9条は、「自衛のための戦争をも放棄する」を確認し、共産党を除く全ての政党が承認して日本国憲法を成立させた。
     アメリカは1950年の朝鮮戦争開始頃から日本に憲法を改正して再軍備することを要求するのである。これに応えるためには憲法を改正しなければならない。吉田は、憲法を改正しないで、警察組織という説明を用いて警察予備隊という名称の部隊を発足させた。しかし、吉田は、憲法を改正して再軍備すると、日本がアメリカのために朝鮮戦争に参戦して、北朝鮮や中国共産党軍と闘わなければならないことを一番よく理解していた人物なのであると筆者は考える。
     国会で、自衛のための戦争をも放棄すると決定しておきながら、吉田はその後直ぐに、国会決議に反して、自衛のための戦争を放棄したのではないとする国会を無視した内閣総理大臣の意見に改めている。これは、日本の民主主義の内閣・立法・司法の政治体制の機能を完全に無視しているのである。(まぁ、日本の司法は当時から機能不全であるが。)



    ■ 岸総理
     終戦直後にA級戦犯容疑で逮捕された中に、岸信介、児玉誉士夫、笹川良一らが含まれていた。
     アメリカの要請により、吉田政権時に保安部隊の設立を余儀なくされた。吉田は隊の設立に際しては、復員兵を隊員とすることや隊の指揮官として経験を有する追放された戦時中の将校らに隊を指揮させる必要性をアメリカに訴え、これを受けて追放軍人の採用が実現、並びに多くの戦犯者の解放が実施された。岸、児玉、笹川なども公職追放を解かれた。
     岸は、当時中国の情報に詳しかった児玉誉士夫や笹川良一との付き合いがあった。アメリカは、中国に関する彼らの種々の情報を得るため利用する目的で解放し、アメリカの占領政策のひとつである、戦争で得た資財は没収する政策であったが、彼らの財については容認されたように見られる。
     岸総理は、アメリカから当時の総理として最も好ましい人物としてCIAからの献金や協力が差し伸べられていた。CIA以外に岸は、戦時中日本軍のために中国で軍需物資の調達を行い軍部に高く売りつけることや、戦利品の宝飾品・その他の売買などに関わっていて巨万の富を得たほか、戦時中の秘密工作に従事していた右翼の児玉誉士夫からの献金、及び戦時中にファシストに系統し、戦後情報通としてアメリカの情報機関のために働き、また競艇事業で成功して富を得た笹川良一からの献金、その他企業に献金を求め、豊富な政党資金を背景にして勢力争いに利用したとされる。尚、児玉誉士夫などからの資金提供は鳩山一郎も受けていたとされる。
     岸首相は、旧安保条約の改定の手続きを進めたが、これに反対する学生の安保闘争のデモやその他団体のデモなどが加わり、安保騒動に発展して死者が出る事態に至った。所謂60年安保闘争である。
     反対運動の中で、安保とアメリカ大統領訪日を歓迎する計画が持ち上がっていた時期であり、衆議院での法案の強行採決のために、岸が得た資金をもとに、児玉誉士夫に依頼して集めた右翼団体の構成員や安保反対の学生に対抗する暴力団に資金を提供して、反対運動のデモ隊に対抗して阻止する暴力的行為が起きていた。また、アメリカのアイゼンハワー大統領が1960年6月に訪日する案が計画され、警官隊や消防隊員、体育系つわ者、暴力団の自警団など合計20〜30万人動員させ空港からの沿道を固める案を検討していたが、大統領報道官が前打ち合わせのため来日した際に、都心に向かう車がデモ隊に包囲されて立ち往生する事態が発生した。これが影響したと見られ、大統領の訪日は中止された。
     この激しい反対デモにも拘わらず、最後は新安保条約が締約された。旧安保条約にはアメリカが日本を守る義務がなく、日本の内乱を鎮圧する内容が含まれていたが、新安保条約では、防衛面では、内乱鎮圧の内容を削除し、日本国の施政の下にある領域におけるいずれか一方に対する武力攻撃が自国の平和及び安全を危うくするものである事態について、それぞれの国の憲法上の規定及び手続に従って対処行動をとるように改められ、明記された。この条約の効力は10年間存続し、以降は条約を終了させる意思表明を1年前に行って条約が終了することが可能となる内容である。
     しかし、これで日本が守られることになると一般的に信じられているが、筆者から見れば、日本が攻撃された際に、日本のためにアメリカ兵が直接戦争に関わるかどうかを承認するのはアメリカの議会であり、日本に対してどのような戦争の支援がアメリカから受けられるかは未知数であると考えるのが妥当であろう。
     この安保改定に際して、根本問題である行政協定の内容の本質は変わっていないのである。また、その実務的な運用方法も変わっていないと見られる。この運用の内容については一般国民には開示されない。これがアメリカによる日本支配の構造の本質なのである。日本国民への駐留米軍による人権侵害は止むことがない。
      尚、起こるべくして起こされたこの大規模な安保騒動が発生したことを受けて、何処かの機関の思惑に乗せられてマスコミが政府を非難する論調で訴え、これが利用されて岸総理は退陣させられることになったのであろう。
     吉田政権時からこれ以降、アメリカの支配を受けて、日本はアメリカの圧力に逆らえずに防衛費の増大をはかり、無制限に拡大する戦力について、自衛権で認められる範囲などと政府自ら勝手に肯定・評価を下して国民に有無を言わせない傲慢な政治をとってきている。アメリカの影の影響力に屈し、最早、国会議員は日本国民の代表としての責任を果たそうとはしない臆病者に堕落してしまっている。

     第二次岸内閣のときに、当時の東京都砂川町にある米軍立川基地の拡張工事が強制的に実施されることになり、これを阻止したい農民や支援する労働者・学生の集団が警察の機動隊と衝突し、この際に米軍基地の境界フェンスが壊され数人が敷地内に立ち入り、警察は日米安保に基づく刑事特別法で逮捕・起訴し、その裁判が実施された。
     この裁判は、駐留米軍の戦力と日本国憲法の9条の規律との整合性の問題、及びこれに起因した違反行為の根拠とした安保条約に基づく刑事特別法そのものの意味が問われる事態に至ったのである。所謂砂川事件における東京地裁の判決を覆した最高裁の判決によって、日米安全保障条約による米軍駐留に司法のお墨付きを与えたことになったのである。
     日本の裁判制度は三審制を採用しており、地裁の判決と最高裁の判決といずれの判決が妥当かどうかではなく、最高裁が最終審となる。しかし、この最高裁長官は、自らの反共の思想信条をもって判決に影響を与えたと推察される。この最高裁長官は、司法の公正中立の立場からありえない行動をとり、係争中であり上告審公判前に駐日米公使と非公式に会い、判決期日や各裁判官の裁定の判断の捉え方や裁判長として全員一致の裁定の見通しなどの審議情報を漏らしていた。その事実が米国の資料より明らかになっており、裁判の結果はその資料のとおりであったことが確認されている。

     日本の憲法が既に施行されて効力を有していた状況下で、日米安保条約や行政協定が締約されたものであり、憲法に照らしてこれらの条約や協定が憲法の条文内容に適合しない場合には本来は無効となるはずであるが、日本の司法関係者、当時の最高裁の裁判官達はこれに反して、違憲という裁定を下さない。そして、軍事力である米軍の駐留は憲法違反に当たらずとし、日本は軍事力を保持できないので、米軍に安全保障上の防護を依頼することは可能とした。日本の司法は、このような誤魔化しで逃げたのである。
     しかし、最高裁の判断として、日本国憲法九条で禁じている戦力は、日本国が指揮、管理する戦力であると明確に説明していることを忘れてはいけない。その戦力の大小については一言も言及されていないことを国民は理解しておかねばならない。

     それでも、日本の内閣は、この司法判断があるにも拘らず、勝手に解釈を行い、自衛隊の戦力は憲法で禁止した戦力の規模に当たらないとして、その後も憲法を無視し続けてきたのである。つまり、自衛隊の戦力がいくら強大になろうが、行政府が憲法で禁止する戦力に当たらずと述べるだけで、歯止めがなくなっているのである。その後、内閣は、核兵器についても憲法で禁止されてはいないと表明している。 
     筆者から見れば、内閣府の彼らの論理は、最高裁の憲法判断の我が国が禁止している戦力に該当しているのであるから、司法の統制が利いていない。つまり、日本は法治国家の枠から既に逸脱してしまっているのである。
     筆者が仮定として述べると、敢えて論理的に合憲にしようとすれば、自衛隊員全員をアメリカ国籍とし、彼らの指揮・監督権はアメリカ政府にして、アメリカ政府が賃金を払うことにしてしまえば、砂川事件の裁判で最高裁が既に示した言い訳的な ”まやかしの判断:駐留アメリカ軍の戦力を日本が国内に有した状態は容認される判断”が適用できることになる。つまり、最高裁は、日本国憲法で禁止している戦力について明確に定義しており、その内容は、「日本国憲法は戦力の不保持を規定しており、その禁止している戦力とは、わが国がその主体となつてこれに指揮権、管理権を行使し得る戦力をいうものであり、結局わが国自体の戦力を指し、外国の軍隊は、たとえそれがわが国に駐留するとしても、ここにいう戦力には該当しないと解すべきである。」と言及しているから、自衛隊員全員をアメリカ軍とアメリカ兵にしてしまえば、法の抜け穴を潜り抜けることができると考えるが・・・。国民諸君はどう考える?

     〈・・・2018年の流行語大賞にノミネートされるであろうと思われることば。・・・〉 「そだねー」

     ここで関連して、安倍政権が行ってきている種々の事案、聞き流ししては置けない問題発言について触れて、現行憲法を制定したときの意味があるのに、内閣は、司法が無作為なのをよいこととして傍若無人に振舞う独裁国家の日本と言っても過言ではないことを主張しておきたい。
     安部総理が憲法第九条の改憲案の一例を示して憲法改正を2018年の3月中に発議案を示すように半ば強制的に与党国会議員に促したことを受けて、自民党の憲法改正案を検討するメンバーたちが、自衛隊を憲法に明記して、自衛隊の戦力は憲法に保持を禁止する戦力に当たらずとする趣旨と同類の種々の案などについて、時間を費やして税金の無駄遣いを行っているが、語彙の問題ではない。例えば、2017年に南スーダンにPKO部隊として派遣された陸上自衛隊員が、現地での戦闘が行われている事実を日報に記述した件で、当時の稲田防衛大臣が国会の答弁で、「憲法九条上の問題になる言葉は使うべきではないことから、武力衝突という言葉を使っている」と答弁したが、語彙を変えれば容認されるわけではない。実態に照らして本質で捉えるべきであることは言うまでもない。自衛隊についても然り。自衛のための戦争と表現すれば容認される訳ではない。攻撃型でない護衛のためとすれば、保有が容認されるからとして武力を保有しても、今度は、攻撃は最大の防御であると方針を変えてしまうと、防衛の趣旨が180度変わってしまうのである。規模が小さいと政府が判断すれば、憲法で容認されていると解するのであれば、すべての戦力が容認されることになる。ICBMであっても防衛の手段と言えばそれで済まされてしまう。日本の安全保障関連では、すべて対象案件や戦力の名称として、「平和」、「防衛」、「護衛」などをつければ、すべて政府の思惑が押し通されることが可能となっている。
     ところで、政府は、日本の憲法は日本が核弾頭を保有することを禁じていないと答弁する。つまり、筆者から見れば、核弾頭でも戦力に該当しないと解されるのか? ところが、政府は、戦力ではなく、弾薬の分類であるとする。この言い訳に筆者は腰を抜かしそうになった。語彙を変える政府答弁には驚愕させられる筆者である。
     安保関連の戦争法では、政府は、2015年に戦闘地域での弾薬、装備の輸送を行えるとし、武器について特定の物品を排除する規定はないとして、核弾頭は弾薬に分類されるため、他国軍に輸送、提供できるとし、クラスター爆弾、劣化ウラン弾、化学兵器なども法律上排除されないと答弁している。また、核兵器を搭載した戦闘機などへの給油も可能であると答弁している。

     このような日本政府の説明が容認されるのであれば、北朝鮮も同様に、核兵器ではなく、規模の大きな弾薬としての核弾頭であり、巡航ミサイルは防衛目的であると言葉を変えて説明すれば済まされることになる。核実験についても、包括的核実験禁止条約(CTBT)が未だに発行していないこと( 2006年時点で12カ国が未署名(北朝鮮、インド、パキスタン)あるいは未批准国(アメリカ合衆国、中国、コロンビア、エジプト、イスラエル、インドネシア、イラン)、尚、ベトナム、コンゴについての分類を筆者は把握していない。)及びNPTからの脱退を北朝鮮が表明していることを理由付ければ、北朝鮮の防衛のための核弾頭保有や防衛のためのミサイル開発の説明についても、日本政府の言い訳と同じで済んでしまうことになると筆者は申しておきたい。

     横畠内閣法制局長官は、2016年3月18日の参議院予算委員会での核兵器の使用は憲法違反に当たるのかとの質問に対して、「我が国を防衛するための必要最小限度のものに限られるが、憲法上あらゆる種類の核兵器の使用がおよそ禁止されているとは考えてない」との見解を表明している。同時に「海外での武力行使は必要最小限度を一般的に超えると解している」と述べてはいるが、一般的という言葉が入っていることは、そうでない場合もあるとの意味にも筆者には受けとれる。筆者から見れば、国民は、そのときの政府による都合よい解釈を押し付けられて、政府が暴走してしまうことを予見するのである。


     また、毎日新聞2018年1月26日付けの記事に、安倍総理が25日の参議院での代表質問と、衆議院での代表質問に対して、政府が導入予定の長距離巡航ミサイルについて「自衛隊機が相手の脅威の圏外から対処できるようにすることで、隊員の安全を確保しつつ我が国を有効に防衛するために導入する」、「憲法上保有が許されない兵器との指摘は当たらない」と説明した記事である。

     長距離巡航ミサイルについては、アメリカでは距離に応じて名称を区別している可能性があり、ある距離以上巡航する能力のものは、いわゆる ICBM としているようであるが、その言葉の使い方は別にして、長距離巡航ミサイルについて、日本政府が常に口にする「防衛」や「憲法では排除していない」という概念を受け容れるならば、北朝鮮の ICBM を捉えると、北朝鮮が自国の防衛目的に於いて保有することは正当性を認めざるを得ないことになると筆者は考える。しかし、日本の場合には正当性は微塵もないのである。安倍政権が勝手に傍若無人に行っている憲法違反の独裁的戦略の戦力であると筆者は捉える。

     だから、今更、自衛隊を憲法に明記して、自衛隊は防衛のための戦力であるなどと憲法に明記しようが、現行憲法のままであれ、何等変わらない。変わるところは、小泉総理、安倍総理らのイラク自衛隊派遣時の刑法違反が有耶無耶にされて追及されずに済むこと、および、自衛隊員の中で集団的自衛権の行使のために海外で戦闘行為を命じられたときに拒否する権利が高裁で認められており、自衛隊員の多くが日本の防衛目的で入隊している事実から見て、日本政府がアメリカのために戦争を行うに際して支障が予想されている。政府はこれを回避したい狙いがあるのだろうと筆者には伺われる。

     憲法第九条に自衛隊を明記する案など、国民はどうでもよい。それより、国民は、憲法九条に、核兵器・核爆発装置類をもたらすことを禁止する条項を追加する案を要求する。なぜなら、内閣法制局が日本の核兵器保有や核兵器の使用について憲法上排除されていないと公言しているからである。政府は盛んに日本の非核三原則を持ち出して国民を安心させるように騙すが、それなら、騙せないように憲法に定めればよい。例えば、『人類にとって恐怖となり、地球上の生命にとって脅威となる核兵器の廃絶の達成に向けて、日本国民は努力する。日本国は、唯一の核被爆国としての立場及び平和希求の精神から、日本国において核兵器・核爆発装置の技術開発・製造、取得、保有、管理を放棄し、核兵器・核爆発装置の移植、輸送、保管、設置、配備を禁止する。日本国が関係して領域外での核兵器・核爆発装置の移植、輸送、保管、設置、配備を禁止する。他国の核兵器を日本国が領域内及び領域外で使用することを禁止する。』



    ■ 佐藤総理と沖縄返還に伴う密約問題
     岸首相退陣の後、日米安保はひとまず当面の軌道に乗ったので、次の池田首相は基地問題は持ち出さずに所得倍増計画の政策を進めた。池田首相は、「中小零細企業は倒産しても止むを得ない」、「貧乏人は麦を食え」と発言したことで知られている。
     その次の佐藤首相は沖縄の施政権の返還・本土復帰に勢力を尽くしこれを実現に導いた。
     この当時、アメリカはベトナム戦争を開始し泥沼状態に陥っていた。ベトナム軍の抵抗は激しく、ジャングルでの戦闘に窮していたアメリカは、ベトナムへの無差別攻撃や人体に影響がある枯葉剤を散布して森林の草や木々を枯らすことまで行って、戦闘は悲惨な様相を呈していた。アメリカでは各地でベトナム戦争への反戦運動が激化していた。日本に於いてもベトナム戦争反対のデモが各地で行われていた。沖縄では、正に沖縄の米軍基地からB29爆撃機が飛び立ちベトナムの戦場への爆撃を行っていたのであり、この事実とその悲惨さを阻止できない不条理を受けて住民によるベトナム戦争反対デモが繰り返され、反基地運動が活発化し、更に沖縄の本土復帰運動の高揚も合わさって住民の反米感情が激化してきていた。
     当時、駐日米国大使であったE.O.ライシャワーは親日家の学者であり、戦前にアメリカにおいて戦争に反対の立場を表明するなど、日本人の立場を配慮した視点で日本のことを見つめていた人物であり、沖縄住民の反米感情をこのまま放置してはおけないことと沖縄の返還について米国本国に進言していた人物としてよく知られている。このため、アメリカのニクソン大統領は日本人の反米感情が更に激化することを危惧し、米軍の沖縄における軍事面の特別な優位な地位の環境が維持され、基地の自由使用や軍事行動の自由、核兵器の維持が図られる(一旦撤去する場合でも、アメリカの望む場合に持込・貯蔵や通過が適う権利が確保できる)のであれば、施政権の移行などあまり重要と捉えていなかったのではないかと筆者は考える。それは、次に記す佐藤総理直属の特使として沖縄返還のアメリカ政府との直接の交渉を命じられた若泉氏が記した書籍にアメリカ側のニクソン大統領の本当の関心ごとに驚きを覚えたこと、そのニクソン対応の準備が日本側の佐藤総理にも全く予期しないものであったことが記されているからである。
     佐藤総理の直属の特使を命じられた若泉氏が、沖縄返還のための交渉を秘密裏に米国の大統領補佐官のキッシンジャー氏と協議を行っていたが、話題に浮上したのが予期せぬ日米間の繊維問題の解決であったことに戸惑ったのである。ニクソン大統領が強く求めていたことは日米間の繊維問題であり、沖縄の基地、返還問題に固執する様子がなく、日本の繊維製品の輸出によって、ニクソン大統領の地元である南部地域の繊維産業が打撃を受けており、これを解消して自らの勢力基盤の住民の支持を強固なものにする必要があったことを強く感じ取っていた。
     沖縄返還交渉が完結し、沖縄の返還が実現し、当時の総理であった佐藤氏が死去した後、若泉氏は、沖縄返還交渉を秘密裏に携わった自らの行為の責任を感じ、沖縄の人々に詫び、歴史の記録として残すことにした自らの著書に、沖縄返還後に沖縄への米軍による核兵器の持込を日本が容認する密約を日米両首脳が行うことになった経緯の一部始終のこと、及びアメリカが日本からの繊維製品の輸出を規制することなどを約束した内容のことなどを記している。そして、深く陳謝して自害した。
     日米間の動向を歴史の事実で知るところでは、実際は、沖縄の返還は予定通りに実行されたが、繊維製品の日本による輸出の自粛規制は予定通り直ぐには発動されなかったのであった。
     佐藤総理は、非核三原則、「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」を掲げて平和主義国家の日本の基本原則と公言し、どういう訳か、ノーベル財団が彼を平和賞の受賞者として決定したのであった。しかし、佐藤総理の没後、佐藤氏は、その崇高な訴えとは裏腹に、核兵器持込みを容認する両首脳間の密約を交わし、日本国民に対する裏切り行為を働いていたことが白日の下に曝されたのです。
     佐藤総理は、繊維交渉のニクソン大統領との約束を直ぐに果たせず、ニクソン大統領がこれに激怒し、ニクソンは日本を無視して中国との外交交渉を進め、日本に連絡せずに突然国交回復をしていない中国を訪問したのであり、これがもとで日本の外交関係者から、アメリカの信用を失った佐藤氏を総理の座からの引き降ろす工作に発展することになる。
     この沖縄返還を模索する際には、当初、やはり核抜きでいこうと佐藤氏が貫いたが、外務省関係者の間では核付き返還でないと難しいと発言していたようである。


     佐藤総理の発言より推測されることは、米国が必要であると日本に要求する権利や対応などについて、好意的と書かれている要請内容に対しては、即ち、「イエス」を意味する日本側の対応になっているのである。よって、このことから類推すると、日米間のあらゆる取極めに適応されていると容易に想像できる。例えば、日米地位協定17条の裁判権に関する条項が該当すると想像できる。日米間における運用方針に決められているのであろうと推測する範疇である。なぜなら、運用についての内容は国民には明らかにされないから。



      ■ ”核兵器の再持込み容認”の密約”に関して
       外務省の委員会報告書では、この密約問題は、「沖縄返還後に重大な緊急事態が生じ、米国政府が核兵器を沖縄へ再び持ち込むことについて事前協議を提起する場合、日本側はこれを承認するとの内容の秘密の合意議事録が、佐藤総理大臣・ニクソン米大統領両首脳の間で作成されたのではないかというものである。」 と記している。
       有識者が評価するこの密約の評価基準は、国民が一般に認識する密約という言葉の意味と異なる見方をしている。その評価基準を:二国間の合意あるいは了解であって、国民に知らされておらず、かつ、公表されている合意や了解と異なる重要な内容を持つものであるとしている。よって、外務省の表現する単に秘密裏に作成されたかどうかではなく、一般的に言う密約が存在しても、それを意味するのではない。しかし、国民は、この非公開、秘密に行われた協約や約束や合意の問題を重要視します。後述。
       ここで対象とする案件は、有事の際の核の持ち込みに関しての内容であるが、委員会は、沖縄返還の日米共同コミュニケで、米国が核を持ち込む必要に際しては事前協議において米国の立場を害することはない趣旨の声明を行っているのであるから、核持ち込みの容認は、周知、自明の事柄であり、既に公表されている内容と両首脳の密約とされる合意文章の内容とは踏み込み方の程度の差はあっても、大差は無いと判断されたものである。そして、その有効性について、外務省にこれに関する根拠となる議事録がないこと、この内容について佐藤総理以降の総理に引継ぎが為されている根拠資料がないことより、必ずしも密約とはいえないとし、また、拘束する効力については否定的に考えざるを得ないだろうと結論づけた。
       この件に関して、筆者は次のように考えます。
       沖縄返還や核持ち込みという日本国の将来を左右する重要な事項が、もし、日本の担当所管大臣、官僚及び議会にも何の情報を与えず、決定内容を秘匿できる状況が存在するならば、非常に危険な状態であると思う。日本は、専制君主の独裁国家では無い。
       単純に知らなかったでは済まされない。このような概念が政界、役人に蔓延しているなら、一体国民はどうすればよいのでしょうか。アメリカは日本を民主国家から外れることを良しとしないのであり、少なくとも現在日本は民主国家としての制度が敷かれているのであるから、首相が最終決定を行うことができる特権を有していたとしても、決定内容はすべて政府、官僚も責任を持って対処する責務がある。
       このようなことを決定し、後年に何等かの疑念が生じるような事態が発生していた時には、少なくとも担当所管内で対応を協議し、その記録が残るはずです。危惧すべきは、そのような証拠が省内に無いということは、危機管理に関して全く認識が欠けているのか、あるいは、徹底的に国民を愚弄して、証拠隠滅を図れば解消されると目論む悪賢い狐なのかいずれかであろう。誰が考えても、前者でないことは明らかである。
       核持ち込みに関する両首脳間の合意に関して、担当所管に記録が無く、認識がなかったことを報告しているが、もともと、沖縄返還にむけての核兵器の扱いに関する合意のとりつけに当たっては、外務省とは別に、ニクソン大統領、キッシンジャー大統領補佐官、佐藤首相、若泉氏の4人が、有事の際に米国が日本に核を持ち込むことを条件として沖縄返還を認めることとし、その合意文章を両国の国民・議会に説明できるように如何に作文するかを協議していたのである。
       そして、協議の過程は若泉氏はメモとして残すのみで、外務省との協議は行わず、佐藤総理に直接報告していたのである。ですから、佐藤総理が政府高官に経過を説明して明らかにしていない場合は、外務省に記録が残されていないという理由がありうると説明がとおりそうではあるが、そのようなことがあってはならない。若泉氏は当時、協議結果のメモをアメリカ側に渡しており、アメリカ側は経緯や決定した内容を認識し、アメリカでは行政管理上、記録を保存する手続きが有効に機能していると筆者は考える。この点については、日本などとは比較にならないほど、正に民主主義国家であると言える。若泉氏は後に自らの協議メモや外務省の内部文章、日米交渉時の日米のメモをもとに自らの著書を記しているのであるから、それ自体が記録簿ではあるが、総理が外務省に経緯を伝えないで独断で行うことはありえないので、記録があるはずである。もし、存在しないのなら、国の政治が総理の独裁で行えることを意味し、民主主義政治から完全に逸脱していることになり、正常な行政管理が機能していないと言える。
       沖縄の核貯蔵施設の維持管理や核の持ち込み貯蔵についての合意した内容は、単に共同コミュニケより踏み込んだ内容ではすまされない。なぜなら、政府から国民が受けている説明内容「非核三原則」の説明と異なるから、国民に公表する義務がある。政府は当時、共同コミュニケの内容についても報道機関を通じて国民に非核三原則を堅持する旨の”虚偽の説明”をしていたのであるから、国民は無視されていることになる。
       下記の沖縄返還時の核持ち込み密約では、核兵器の貯蔵施設を維持しておくことが盛り込まれている。日本国民は、核兵器の貯蔵施設が存在していることを知らされていないので、この施設が存在していない場合、新たにこの施設を建設する場合には、既に記した日米安保条約の事前協議の対象となるもので、これがなければ核兵器の持ち込みが生じても一時的なもので、長期間の貯蔵などできないと理解できるのです。しかし、日米の秘密の合意により核貯蔵施設が既に維持継続されている内容であるから、核兵器が長期間貯蔵されている疑惑が現実味を帯びてくるという理由により、共同コミュニケの内容とは根本的に違う。
       尚、同密約に於いて、米軍が持ち込む核兵器を貯蔵地を米軍がいつでも利用できる状態にして活用できることを必要とするとして、日本側に対応を求め、日本がこれに応える約束をしているのであった。
       キッシンジャー大統領補佐官と佐藤総理の特使の若泉氏が、佐藤・ニクソンの間の核兵器再持ち込みの密約を作成したとき、 佐藤総理以降における核兵器再持ち込みの保障についてキッシンジャーが訪ねた際に、佐藤氏が自民党と安保条約が存在する限り大丈夫であると言っていることを若泉氏が伝えていた。
       そして、民主党政権において、非核三原則を堅持していくとするが、この核兵器の再持込みを容認するとした。また、2014年の安倍政権に於いても、同様に、非核三原則を堅持していくとするが、この核兵器の再持込みを容認するとした。
       それらの発言は、筆者から見ると、非核三原則を堅持するとの表現は明らかに間違った表現であると断言する。
       ここで特筆すべきは、2015年2月5日鈴木貴子衆議院議員が提出した質問主意書の中の一部には、次のような趣旨の内容があり、それによると、核兵器の再持ち込みについて、佐藤政権以降の政府が明らかにこれを引き継いで認識していたと判断できるのである。
       質問の要旨は、第一次安倍内閣の時に閣議決定された政府答弁書では、日米安保条約の下での核兵器の持込みに関する事前協議制度についての日米間の合意は、日米安保条約第6条の実施に関する交換公文及びいわゆる藤山・マッカーサー口頭了解がすべてであり、秘密であると否とを問わずこの他に何らかの取決めがあるという事実はないとしているが、公開した外交文書に、当時日本政府として、沖縄返還以後に核を持ち込むことを容認していた発言があり、当時の安倍内閣として虚偽の答弁を行った理由を明らかにするように質すなどの内容であった。



      ■ ”沖縄返還時の原状回復補償費の肩代わりに関する項目について”
       この沖縄返還に伴う原状回復補償費の肩代わりの財政負担についの問題は、沖縄返還協定の財政負担の説明において、「アメリカが自発的に支払う」とした金額400万ドルについての実態は、日本政府が説明する内容とは異なり、実際は日本が負担額を入れ込む形の肩代わりによる支払いという裏取引の密約が両国で合意していた問題であった。この実態については、我部琉球大学教授と朝日新聞社による、及び毎日新聞社による米国国立公文書館が秘密指定を解除した資料の調査結果によって明らかにされたのである。
       1971年当時の国会で沖縄返還に関わるこの問題を議論していた。その質問と答弁において次のような会話が為されていたが、日本の政府は、戦後から継続して国民を騙す体質は変わっていないのであった。
       社会党議員が沖縄返還の財政支出に関して日・米間で協議している電信文 (西山事件の項に示した、野党議員が入手した機密電報の@、A、B) の情報を入手済みであり、その内容に沿って1971年12月7日の国会において愛知・マイヤー会談の中身を調べて見ますと切り出して質問している。これに対して、政府側の答弁は、会談はほとんど口頭で行われていて、議事録というものはお互いにとっていない。・・・会談の内容等は記録と言うものはございません。・・・4百万ドル関しては一切そのような(4百万ドルを3億2千万ドルの中に含める;筆者の挿入)記録はございませんと答えた。→(これも嘘に染まっていた)
       12月13日の衆議院沖縄及び北方問題特別委員会で、愛知・マイヤー会談の公電の具体的内容に触れて、質問を行い、マイヤー大使の発言は、「・・・財源の必配までしてもらったことは多としているが、議会に対し「見舞金」については予算要求をしないとの言質をとられているので非常な困難に直面・・・」と言うやり取りがあったのではないかと質問。これに政府は、そういうことは無いと否定。→(これも嘘だった。)
       1972年3月27日の衆議院予算委員会で、政府がとぼけるので、社会党議員は、12月13日に質問したことと同じ内容についてコピー資料を読みながら質問したところ、吉野政府委員は、先ほども申し上げましたとおり、それらのいまの読み上げられた文書について、政府側は、何か裏取引があるというような指摘であるが、沖縄国会の答弁と今日の答弁とは変わりが無い。裏取引は全然無いと否定。資料の真偽のほどについて調査してから回答したいとして、翼28日に、政府委員は、機密電報は省内にある原議と大臣、次官、審議官などの重要な決裁がない点を除けば、「内容は全部同じである」とその存在を認めた。
       国会での追求は、総額3億2千万ドルは、VOA の移転費(1,600 万ドル)と原状回復補償費との合計を、3 億ドルに追加したものであるということを政府から聞き出すこと、及び不公表書簡案については政府はその存在は認めたものの、原状回復補償費400万ドルの肩代わりを約束した証拠であり、これの追求が焦点となっていた。
       ところが、政府は、社会党議員に渡った”リ・コピー資料”の漏洩もとを調べて外務事務官と毎日新聞記者を探り当て、国家公務員が秘密指定の文章を漏洩し(公務員法違反)、その漏洩をそそのかしたとする新聞記者、二人の関係のゴシップ問題に注目が向くように摩り替えたのであった。後記の西山事件参照。  
       アメリカが日本を占領し、サンフランシスコ講和条約締約後アメリカの施政下に置かれた沖縄の返還において、日本が負担する内容・必要があるのかどうかの問題は別として、両国による沖縄返還に伴う補償協議によって、本来の返還に関わる負担は総額3億ドルとされていたが、VOA(ボイス・オブ・アメリカラジオ局)を返還後数年は使用し、その後移転させる移転費1,600万ドル及び原状回復費400万ドル、合計2,000万ドルの上乗せ額を国民に伏せて追加され、日本側は返還協定第7条に定めた総額3億2,000万ドルを負担することになった。



      ■ 日本が米国に、密約の存在も、米政府へのいかなる資金提供も否定するように要請、  400万ドルの数字を出さないことを要請していた
       沖縄返還交渉に伴う日本の財政負担に関して、国会質問がニュースに取り上げられた後に日本政府が米国に、”いかなる密約の存在も、米政府へのいかなる資金提供も否定し、我々(米政府)に報道機関の追及には同じように対応するように求め、400万ドルと言う数字を公にしないことで合意した。”という内容が、ニクソン大統領補佐官のキッシンジャー氏が、1972年6月に訪日する際に、この問題についての情報の認識と応答のために作成された公文書として存在していたことが判明している。 (毎日新聞 2002年6月28日の記事より)



      ■ 沖縄返還に伴う財政負担の密約 佐藤氏の自己満足の政治的な戦略?  密約処理は日本政府の権力乱用の外交方針?(筆者の意見)
       予断であるが、この密約問題に関して生起した事件・騒動は、根元的には、佐藤氏個人の馬鹿馬鹿しい自己満足の政治的な戦略 (沖縄返還を何が何でも1972年中に実現させ、自分の総裁選を有利にするためであり、解決すべき内容に対して、協議に要する時間が限られてしまったということが原因) のためにこの扱いを秘密扱いに指定し、国民には虚偽を通して解決を図った問題に存在すると推察される。これに日本の官僚・米国政府・メディアが翻弄され、ジャーナリスト精神に溢れる新聞記者が、戦後からアメリカの隷属下に置かれた日本にあって最高裁判所の裁判官もアメリカのコントロールに左右されるなかで、佐藤の犠牲になったと筆者は考える。
       そもそも日米の協定でアメリカが補償する義務が無く、知らん顔をしていることが問題であり、その他種々の事案に対して日米協定の再考が必要であると筆者は考える。また、日本政府はこれまで密約は無いとひた隠しにしてきているが、用地補償のような事案に関しては、日米地位協定を改定するか、あるいは特別措置法を制定するかによって対処すれば解決したのである。
       問題となる財政負担事案について補償費用の財源は国民の税金であるから、国民は、政府が使途を詐称した支払と予算金額の上乗せなどの違反行為を起こさないように監視し、その努力を怠ってはならない。政府に疑義の内容について確認することは国民の権利である。日本政府が違法な予算措置をしているかどうかを追求することは正しい行為であり、日本政府が単純に秘密指定にして事実を秘匿すれば、国民主権の民主主義の精神に違反していようが隠すことができ、国民が真実を追及し悪政を暴こうとしても、反対に政府の思惑でこの行為を取り締まることが可能となり、司法は、政府指定の秘密を秘密かどうかの立証判断が政府任せにならざるを得ないので、その政府の行為を単純に支持し、一方、司法は、問題の本質である政府による予算措置の支出内容の国民への詐称について、及び国民の知る権利の保護については、寸分も考慮しない裁定を下したのであった。これには筆者は納得できない。
       問題の本質は、政府が密約扱いが必要と判断すれば可能となり、容易に国民をだますことが可能となり、仮に政府が説明することと実際に実施している内容とは異なっても、国民にはわからず、税金の金だけ搾取され、国民がその事実を知って公表すると、政府が糾弾されるのではなく、国民が制圧されてしまう。何と恐ろしい社会、日本になってしまっているのか、筆者は恐怖を覚える。
       仮に、政府によってこのような国民が抹殺されても、公にはならないであろうし、政府の誰もお咎めなしに済まされてしまう仕組みが既に出来上がっているのであろう。これは、いつか見た映画のフィクションなのかと錯覚させられる。否、現実なのだ。



      ■ 西山事件と裁判の判決について
       西山記者は、当時外務省の担当であり、政治担当記者として国民に重大な政治事案について真実を正しく伝えようとしていた。ただ、国家公務員から男女間の密会を伴って情報を得たところが、情報操作を行う関係者などの陰謀により、政府の政策上の隠蔽を明らかにしようとする情報の公開ではなく、男女間のゴシップとして煽り立てられて潰されてしまったのです。
       西山記者は、沖縄返還について日米政府の交渉で日本国民に不利益な交渉を行っている秘密情報を入手したが、記者自身が記事にしたのは、沖縄返還交渉が纏まった後であって、新聞記者として政府の立場をきちんと立てていたのであった。
       では、どうして、秘密漏洩が問題になったかというと、次のような事態に至ったことによるのです。
       当時、沖縄返還交渉が進行している折、返還に伴う種々の解決すべき問題が国会で取り上げられていた。そのひとつとして、日本の財政負担が問題になっていた。当時、愛知・マイヤー会談などが行われ、その内容を示す情報が西山記者から国会議員に渡り、その国会議員は、1971年12月7日の国会での審議で政府に愛知・マイヤー会談との内容について、詳細内容を例示して質問したが、政府の答弁は、議事録はとっていない、日本側が支払う裏取引は無いと否定した。1971年12月13日の沖縄北方特別委員会に於いて、再度、事実の情報に基づいて質問を行うも、又政府は同様な答弁に終始してすっとぼけたのであった。 これに業を煮やした議員は1972年3月27日の衆議院予算委員会でコピーの文章を詳しく読み上げて質問すると、吉野政府委員は、それらの読み上げられた文書について、政府側が何か裏取引があるというような指摘であるが、沖縄国会の答弁と今日の答弁とは変わりが無い。裏取引は全然無いと否定。資料の真偽のほどについて調査してから回答したいとして、翼28日に、政府委員は、機密電報は省内にある原議と大臣、次官、審議官などの重要な決裁がない点を除けば、「内容は全部同じである」とその存在を認めた。
       あまりにも政府が嘘をつくので、つい不注意に行った行為であったが、これがもとに政府が情報の漏洩もとを探し出して騒ぎになってしまったのであった。
       筆者が考えるところは、国会でも裁判所の宣誓と同じように、偽証を行えば偽証罪に問われるようにして、政府が、質問された内容が真実であれば、虚偽の答弁ができないように法律を定めることが必須である。 直ちに実行してもらいたい。そうすれば、事務官や新聞記者の人格は保護されたはずである。
       国民を騙し、日本を不利益に導く政府高官を罰せられない現状が改められるべきである。
       日本政府は政治問題、外交交渉というと、国民に不利益をもたらすことになることが明らかであるにも関わらず、民主主義の主権在民である主権者の国民を平気で騙してきており、国会議員が政府に事実関係を質しても、嘘八百並べる。あるいは、すっとぼけて否定して、国会議員に虚偽の答弁を行う。つまり、国民を嘘で騙すのである。それは、あたかも、国民を騙すことが政府の仕事であると考えているような行動をとってきているのです。
       昭和天皇が国民を騙して以降、日米間に関わる事案は、ほとんどすべて米国の利益のために、日本の官僚・政府は働き、日本国民の利益は無視され、司法まで、米国のコントロールを受けて、米国の政策を優先させて、日本の憲法から見て、司法の担当者の私的な思想信条にもとづいて、米国の政策に有利な裁定を下してきているのである。そして、司法者の愚かな慣習で、最初に愚かな裁定を最高裁が下すと、以降は、慣例に従い過去の判例を踏襲するのです。そして、国民はアメリカに隷属しているから、アメリカには逆らわず、黙って従っていればよいのだと命令するような意味をこめた裁定を下す。日本は昔から見せかけの民主主義の似非独立国家なのだ。
       戦後に国民を騙して日米間での密約を結ぶと、以降の政権は、日米間に関わる事案において、過去との整合性と密約を秘匿する関係で、国会審議に於いて、議員の質問に対して、政府は馬鹿馬鹿しい嘘の答弁を平気で行うようになってきているのです。これは即ち、国会の審議が形骸化しており、国会の存在が無意味であり、政府の政策や条約内容についての国会での民主主義にもとづく国民的な討論を経て正常な評価による審判が行使されない事態が生じていることになる。つまり、政府・官僚の思い通りの政治が独裁的にでき、政治家の私的な利益のために政策や交渉を進める事態に至っても、それを、秘密に指定することができ、そうすることによって、高度に政治的な対処であると勝手に呼ぶことにすれば、その結果、国民の利益が損なわれても、誰も責任をとらないのです。現在の日本の国会と政府の関係です。司法も高度に政治的うんぬんなどと言われると、拒否反応を呈し、司法判断を放棄してしまう。日本の司法は行政と独立していない存在です。行政の強い味方。税金泥棒と化してしまうのです。



      ■ ”朝鮮半島有事の際の戦闘行動に関する項目について”
       岸政権の1960年の新安保条約締結の際に、岸・ハーター交換公文により、朝鮮半島有事の際に在日米軍が日本から行う場合に、戦闘作戦行動を事前協議の対象とした。しかし、国連軍の指揮下で行動する在日米軍が在日米軍基地を使用して、事前協議なしに出撃できることで合意する密約を交わしていたことが明らかになった。  この問題は、アメリカ軍が在日米軍基地から、現在も、日本に断わりなしに自由に他国への攻撃に出撃し、自由に帰還できる取極めが予感でき、また実際そのような取極めとなっているであろうと想像する。



    ■ 小泉総理
     小泉首相は、突然北朝鮮を訪問し、拉致被害者の一部帰国を果たすが、アメリカの同時多発テロが発生した後であり、ブッシュ大統領はイラン、イラク、北朝鮮を悪の枢軸国と名指しして、大量破壊兵器の開発を阻止するために徹底的な包囲網を築き経済的に困窮させる政策をとることを表明していた。アメリカは、同盟国にたいして協力を要求していたと思われるが、日本はこれに反した行動を採ったことになった。これに対してアメリカのバッシングが起こり、これに小泉首相はビビリ、これ以降アメリカの要求を受け入れて無茶苦茶な行動をとり始めたのである。
     イラクがクウェートに侵攻した戦闘が終わって以降、イラクへの国連の大量破壊兵器廃棄特別委員会によるイラクへの査察が実施されていたが、イラクがこの調査の協力に消極的であり、成果が上がらない状況が続いていたと見られる。そのような状態のなかで、結果的には種々の情報に振り回される状況が発生したのであったが、アメリカを中心とする有志連合がイラクに大量破壊兵器が存在していると主張し、国連安保理では、イラクを査察する機関にたいして迅速な対応を実施していない問題等があるが、安保理決議1441(2002)を採択し、今後もUNMOVIC(United Nations Monitoring, Verification and Inspection Commission:国連監視検証査察委員会)、IAEA(International Atomic Energy Agency :国際原子力機関 )を通じて、イラクへの調査を続行していくとしていた。これをアメリカは受け入れずに強行に攻撃する決議案を提出するも、安保理での決議が進まないので取り下げて、有志連合国による武力攻撃を開始したのであった。これに賛同することを求めるアメリカの要請に従順に応えて、平和主義国家、日本であるにも拘らず、その日本の総理であった小泉総理が国民の意思を無視していち早く攻撃の支持を表明し、こともあろうか、その時まで日本は憲法遵守の方針に沿って頑なに自制してきた自衛隊の戦闘地への派遣を、アメリカから脅されると北朝鮮のときに受けたバッシングの自らのトラウマであっさり受け入れ、日本の憲法やその当時の法制度では自衛隊をイラクに派遣することができないので、新たにそれを可能にするためのイラク特措法を国会議員の数の有利によって成立させ、訳のわからない詭弁の国会答弁を行うなど国民を愚弄した行動をとってイラクへの自衛隊派遣を強行した。 更に、アメリカなどのアフガニスタンへの戦闘攻撃を行う空母などに給油する戦争への支援を行った。
     日本は戦後復興からの成長期において、日本の郵政システムによって全国に展開する郵便局に国民の多額の貯金・保険金が集積する資金を活用して、日本は大型の公共事業を進めてきたのである。
     鉄道や道路や住宅建設を大規模に進める場合には、このような事業は初期投資費が莫大になるため、投資効果などの営利が期待できるものではなく、社会資本整備に採算率のみで単純に評価して整備実施の可否を決めることには無理があり、実際採算などを求めることは不可能な場合も多い。だからと言って、勿論整備による効果が充分得られることは必要であり、また無制限に整備費に充てることはできない。かつて日本は、日本国民の金で日本の国土の社会資本整備を進めることができ、目まぐるしい発展を遂げることが可能となったのである。
     しかし、アメリカは軍事面のみならず、経済面でも日本にアメリカの政策に従うことを強めて交渉に臨み、圧力を掛けてきていた。そのひとつが、以前からアメリカはこの莫大な郵政の資金に目をつけ、この資金をアメリカの国益に有効に活用できるようにするために、郵政の民営化を行うことであった。その資金の投資を日本国内からアメリカに向けられるようにすると共に、株式公開によって、アメリカの大資本を有する投資家の投資対象となって、有望な利益をもたらす企業からのアメリカの政治家への献金も期待できるシステムが構築できることになる。この圧力に対して、小泉総理は唯々諾々とアメリカのために貢献しているのです。アメリカは日本の資金で自国の国債を買われることが期待でき、アメリカへ多額の資金が流れるシステムが生まれたと推測する。
     
     このイラクへの自衛隊の派遣に於いては法的な根拠が見当たらないため、(通称)イラク特別措置法を強行採決して任務に当たらせたものであるが、憲法との関係で、自衛隊の活動場所は戦闘が行われていない「非戦闘地区に限定する」とした制約と、自衛隊が海外で活動する法律の整備がないために、相手国の法律の支配を受けず、日本の国内法の適用を受けることが決められていた。つまり、殺人を行えば、日本の刑事罰が適用されることになる。殺人の幇助であれば、殺人ほう助罪の刑事事件となる。

     この自衛隊の活動についての詳細は秘匿され、航空自衛隊が当時戦闘状態であったバグダッドの戦闘地域への(特措法で禁じられた区域)武装して戦闘に出撃する戦闘員や武器などを輸送していたことが数年後に判明した。
     この事案に関しては、イラクへの自衛隊の派兵を差止を求め、市民等のグループが2004年2月に名古屋地裁に自衛隊のイラク派兵の差止等請求の集団訴訟(民事)を行ったが棄却され、2008年4月に名古屋高裁(民事)に控訴した。この際の高等裁判所の判決は、地裁の判決を支持し本件控訴を棄却したものであった。国民による行政訴訟では受け付けてもらえないので、民事の金銭の損害賠償請求等の訴訟とならざるを得ないのであるが、高等裁判所による”事案の概要”及び”裁判所の判断”の説明に於いて高等裁判所は、航空自衛隊の活動域は、イラク特措法を合憲とした場合であっても武力行使を禁止したイラク特措法2条2項と、活動地域を非戦闘地域に限定した同法の3項に違反し、かつ憲法9条1項に違反する活動を含もものであるとした。しかし、これによる控訴人の平和的生存権に対する侵害は認められないとして、控訴人らによる自衛隊のイラク派遣に対する違憲確認の訴え及び派遣差止めの訴えを却下し、国家賠償請求を棄却した判決であった。(詳細は 朝日新聞2008年4月18日朝刊及び名古屋高裁民事第3部の2008年4月17日裁判 事件名:自衛隊のイラク派兵差止等請求事件を参照) 
     この高等裁判所の判断の理由として重要なのが、自衛隊の活動が、他国による武力行使と一体化した行動であって、自らも武力の行使を行ったと評価せざるを得ない行動であることを認めていることである。この裁判は民事裁判であるが、刑事裁判が行われていれば、明らかに刑事罰に該当する犯罪事案であったのです。それが法律というものであり、関係者が裁かれないとおかしい。しかし、誰も裁かれない。これが日本の司法を牛耳る内閣府の権力というものであることをひしひしと感じる。地に落ちた日本という法治国家である。日本の政治・司法などの機構の民主主義政治としての機能不全、社会システムの不備があると指摘できるのである。
     尚、このサイト内の下に該当項目「イラク戦争に関わる航空自衛隊のイラク派遣、日本の刑法に抵触する政府の命令の問題」が記載されているので参照のこと。



    ■ 小泉政権、安倍政権、麻生政権
     2001年9月にアメリカで、ハイジャックした複数の民間航空機を利用した、数箇所、ほぼ同時進行のテロが起こった。世界貿易センタービルへの激突、ペンタゴンへの突撃、それらの事件をハイジャックされた機上で知った乗客らによってターゲットとなる目標物への突入を阻止するため、家族らとの電話によって明らかになっている自らが墜落することになる抵抗を行ったと伝えられているハイジャック機などであった。アメリカがそのテロの首謀者と特定した者がアフガニスタンに潜伏していることを突き止めて、犯人の引渡しを要求したが、アフガニスタンのタリバン政府はこれを拒否した。
     テロの犯人達を引き渡さないからと言って、アメリカは腹いせにアフガニスタン国を滅ぼすために、先制攻撃を開始したのであった。アメリカで起きたのはテロであり、死傷者の規模は多きいものであったが、あくまでもテロであり、国による戦闘行為ではなかったのであるが、アメリカはアフガニスタン国に対して、アメリカ軍によって攻撃を行ったのであった。インド湾に停泊するアメリカの軍艦からのミサイル攻撃や航空母艦に積載された戦闘機によって否応なしにアフガニスタン国への殺戮を繰り返した。但し、実際の所はテロに対する復習という単純なものではないかもしれないと筆者は想像する。
     なぜかと言うと、過去にロシアがアフガニスタンに侵攻して勢力を伸ばそうとしていた際に、アメリカは、ロシアに抵抗するアフガニスタンのタリバン戦士達に武器、戦闘訓練の支援、及び多額の資金提供を行ってロシアへの抵抗を促していた経緯がある。ロシアがアフガニスタンから撤退した後も、それなりの支援が継続していたと見られるが、その方針をアメリカが転換したように言われている。この資金提供などの停止に対してタリバンからアメリカに対して不満、反発が高まっていたようであった。また、アメリカの支援を受けていたタリバン幹部達は、戦争当時にアメリカからもたらされたと思われる種々の情報を有していたので、これをアメリカは懸念して、一種の掃討を図った可能性があると筆者は見る。それは、さておき・・・
     小泉政権、安倍政権時代にアメリカから要請されれば、「はい、わかりました」と言わんばかりに、アメリカのアフガニスタン攻撃における後方支援として、アフガニスタンのタリバン戦士のみならず一般住民まで殺戮するアメリカ軍の戦闘攻撃機の離発着やミサイルによる攻撃が行われていたインド洋沖の艦船へ日本の海上自衛隊の補給艦による給油支援活動を行っていたのであり、これは明らかに日本は戦闘行為に加担していたと言える。日本から給油を受けた艦船が、目的外にペルシャ湾域での活動を行っていたことがわかっているが、何せ、燃料に色分けがないので、アメリカの艦船及びアメリカと共に戦闘協力活動する艦船らが燃料の活動目的ごとに区別して使用することは有り得ないので、日本の自衛隊が目的外の使用はできないことを伝えて給しても、全く「馬の耳に念仏」、「豚に真珠」の事案であった。
     この種のインド洋沖艦船への給油活動は、自民党公明党の関係調整の縺れからと推定される給油法案の延長手続き上の問題、党内調整やその他外圧との関係で果たせない責任をとって辞任したと推測される福田総理の後、麻生政権に引き継ぐ形で実施されたのあった。 
     麻生内閣に至っては、ソマリア沖への海賊対策任務に海上自衛隊を派遣してしまったのであるが、それは、憲法9条を改正して自衛隊の保有や領海外での活動や自衛隊の交戦を妥当だとする根本原則を成文化させることを行わないで実行に移したものであり、あるいは、国会審議により時限立法を制定して派遣の正当性や行動の内容などを定めて派遣の根拠とする承認手続きを踏んだ後に実施したものでもなかった。
     本来海上保安庁が行う海上警備活動を、自衛隊の海外派遣を意図して、海賊の武器の威力が大きいとし、艦船への被弾の危険があるなどとして海上自衛隊艦船にとって代わらせ、国民的な議論を実施せずに政府は自衛隊を派遣してしまっている。無期限に海賊対策という名の下にソマリアの民兵崩れであれ軍閥であれ、何が何でも日本の自衛隊に武器を保持させて日本の領海外での戦闘に関する事態に関与させて行こうとする政府の魂胆があるようだが、全く無茶苦茶な麻生政府や自民党といわざるを得ない。また、首相と供に無茶苦茶な自民党衆議院議員団が数の優勢を梃子に愚かな政策を次から次へと通していける立場を利用してそれらをいとも容易に思い通りにしてしまえる現実が存在し、首相に力の錯覚を起こさせているのです。それは、かってナチスのヒトラーが軍隊を率いて国民に絶対的な権力を押し付け、力の論理で抵抗する勢力や主張を弾圧し、国が破局に向かう未来に先導していった危険で悲惨な歴史に繋がる同じ息吹であり、現在の日本に顕になっていた。



    ■ 安倍総理
     民主党政権が衆議院を解散させて後に行われた衆議院の総選挙で、自民党は国民には経済成長でデフレから脱却させ国民の所得増を目指すとして国民に訴え、これに対して目先の金儲けに目が行き、これ以外の政治内容に関心を示そうとしない国民の支持を得て、自民党と公明党の連立が議席の過半数を獲得し、自民党に政権が移った。民主党と自民党は、消費税率を上げる決議の条件として国会議員の定数削減を総選挙後に決めることを約束していたが、自民党の安倍総理は国会議員の定数削減の約束を反故にした。また、嘘をついた。
     安倍政権は、経済界と大企業のために政策を進めること、防衛装備製造関連企業、原発関連企業、電力関連企業の利益のために自らの政治権力を行使する。政府は、国民の厚生年金と国民年金のみを(国家公務員、地方公務員、私立学校教職員の共済年金は用いない)対象として国外の債権や国外の株式への投資割合を増加させる政策をとり、日本の年金資金の大金が株式投資にまわすことを発表することにより、一種の株価の操作ともいえる効果を与え、投資家の気分に作用して種々の銘柄株の買いを誘発して大企業を中心とした株価を上げ、その結果企業の資本増に潤い、企業の業績が向上する効果を生み出した。これを有効に利用する余裕資金を保有する資産家や株式投資家にとっては株価上昇の波に乗って更に資産を増やす効果ある政策は歓迎され、儲けを使って商品の購入が促進されるかもしれないが、株式投資にまわす資産がない人にとっては高嶺の花であって、自分には関係ないのです。株価が上昇傾向のときは良いが、しかし、株価の変動が下ぶれた場合には年金の運用の損失が発生することになり、国家公務員、地方公務員、私立学校教職員を除いて年金の受給額が減少する可能性もある。

     安倍政権は、新たな日本の安全保障に関わる様々な法整備を行うとして、そのために集団的自衛権でアメリカ及びアメリカの同盟関係国を日本の自衛隊が武力を行使して守ることも憲法の自衛権の範囲だとする趣旨の、ぶったまげた閣議決定を何等躊躇することなく行ったのである。
     2014年7月1日に「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」とする閣議決定を発表した。
     これは、自衛のためと誤魔化しながら、政府が集団的自衛権を行使して他国のために戦力を行使することは、その武力行使を行わないと、わが国が存立の危機であると政府が判断すれば可能であると判断したとし、且つそれを定める法律を今後国会に提出することを閣議で決定したと宣言したのである。日本の憲法には集団的自衛権などどこにも容認する文章はない。憲法を充分に理解できない閣僚達が日本の政治を司っているのだから、如何に低級なレベルかがわかるであろう。また、所謂、砂川事件の最高裁の裁判に於いて、裁判長が判決理由を示している内容の一部を取り出して、集団的自衛権を容認していると解釈できるとするこじつけを行っている自民党の高村議員であるが、そもそも、三権独立の一つである司法としての最高裁の基本見解は、憲法は日本の戦力の不保持を規定しており、その禁止した戦力とは、わが国がその主体となつてこれに指揮権、管理権を行使し得る戦力をいうものであり、結局わが国自体の戦力を指すと言及しているのである。当時、争点となった問題は、アメリカ軍の戦力の日本国内への駐留の違憲性についてであった。

     安倍総理は、イラクへ自衛隊を派遣した際の、自らが関わる犯罪の案件を訴追できない根拠を与えるために、又アメリカの国益に最大限貢献するため、国民の反対を押さえつけ、憲法を無視し、日本の憲法は集団的自衛権の行使を容認しているなどと政府が勝手に言い逃れを行う。更に、日本国の存立の危機と称して日本が米国の戦争を支援するために貢献させる目的で諸々の安全法制整備の法案(所謂、戦争法案)を与党らの議員の数の多数で2015年9月に強硬的に可決成立させた。この法案については日本国内のほんの一部の憲法学者を除いて、ほとんどすべての憲法学者が違憲であると表明したにも拘らず、安倍政権はそれを完全に無視して成立させてしまった独裁者と言っても過言でない。そして、この法案によって、日本が世界のどこにでも自衛隊を派遣して米国と共に戦場で戦闘に及ぶことを可能とする根拠を与えることになった。安倍政権・官僚は国会無視、国民無視の独裁的政治の実行を何等憚ることなく政策の実行と法案の制定を実行し続けている。    

     仮定として、自民党が掲げる憲法改正内容で日本国憲法の改正が行われたことを想定し、自衛隊の保有を憲法に明記した憲法になるとし、更に、上記した様々な安全保障上の政府見解(核兵器の保有は憲法上禁止されているとは解さないこと、あらゆる種類の核兵器の使用が禁止されているとは解されないこと、核弾頭や劣化ウラン弾やクラスター爆弾など他国軍への輸送・提供が排除されていないこと、佐藤総理時代に明らかにされているアメリカが望む日本への核兵器の貯蔵などの要請に対して好意的に対処する方針、及び自衛隊保有の攻撃型空母の築造と攻撃型のステルス戦闘機の空母への搭載と上陸作戦用の強襲揚陸艦に搭載するF35Bの導入などの方針)などから判断して、自衛隊は、ほぼ無制限に軍事活動の枠を広げることになり、及びアメリカの後方支援の戦争だけでなく、日・米安保条約に既に定められているところの、この条約の実施に関して随時協議し、また、日本国の安全又は極東における国際の平和及び安全に対する脅威が生じたときはいつでも、いずれか一方の締約国の要請により協議することとされており、各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認めると、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することになっているので、間違いなく、日本の専守防衛の範囲に留まっているような状態で居られる訳がなく、日本のミサイル開発、防衛型の名のもとの攻撃型ミサイル、防衛の名の下のICBMの装備及び最小限という名の天井知らずの防衛強化が図られて、アメリカのために戦争することが確実となるのである。政府の見解を総合的に捉えて筆者が考えると、極端な場合にはアメリカ軍の核爆弾を使用して日本が海外で戦争することも憲法上排除されていない戦略が成り立つことになってしまう。つまり、昭和天皇が目論んだことが現実となり、天皇を元首とすることや天皇一族の身分が安泰となり、日本の国歌を「君が代」と憲法に定めて、アメリカによる日本を隷属的に支配する体制が完成を見るのであると筆者には映る。


     日本の財政問題については、日本の抱えている負債が世界最大であるにも拘らず、改善することなく負債を増加させ続けており、消費税の税率を上げることを先送りにし、赤字国債の発行が増えるばかりであり、予算のこの状態が継続する中で世界の情勢が大きく変化し、更に日本へも影響が波及すると、他国の経済状態が回復する中で日本のみ取り残されて、その結果、日本の国債の金利が上がることが予想され、これに伴い、たちどころに日本の財政は身動きが取れなくなり、日本の財政破綻の危機は現実味を帯びてくることが否定できない。このような日本の状態であるのに、国家公務員の給与の引き下げをやらない、公益法人へ天下った役員らの給与のための仕事を発注し、到底見込めない核燃料サイクルに巨額の金を注ぎ込むが、税金をドブに捨てるが如くの状態である。一方、防衛予算は増加させる。それも、アメリカの言い値でぼったくられて役立たずの高額な防衛装備を購入するのである。そして、法人税率を下げ、その影響の補填に社会保障関係費や地方歳出の抑制によって財政健全化のしわ寄せを行うのみである。この状態のまま進行すると、恐らく日本の財政は悪化の一途を辿り、極端な場合に国の予算の収入の過半数を赤字国債が占めるまでにもなり、日本国債への信用不安から国債の金利の上昇が生じて、雪だるま式に借換え国債の発行額が増加することになるであろう。しかし、最後には自民党が憲法改正案に掲げる「緊急事態の宣言」によって、日本国民の総資産額に目をつけて「経済的緊急事態」として重課税でもって賄う対処で解消する思惑がすでにあって、それで政府が平然としているのかもしれないと筆者は感じるようになっている。


     安倍政権が目論む憲法改正の内容の真の目的については、筆者が危惧する内容について記述した次に示す項目 「安倍自民党政権が9条改憲案を強調するのは見せかけであり、安倍政権が成立を目指す他の追加条文への国民の関心をはぐらかす目的。改憲の本当の目的は九条ではない。・・・」参照。  

     この安倍政権の憲法改正で恐ろしいのは、この改正内容の憲法が成立してしまった場合には、憲法全体の内容や、秘密保護法、共謀罪法などとの一連で、合憲、合法的に、ある総理が独裁的に長期政権、いや、法的には半永続的も可能となる要素を含んでいるのです。総理が、もし、災害以外にも緊急事態の宣言を行って、国民の権利・自由を制限すること及び国会や司法の権限を超越して法律の制定や政策を決定・実行できるものであり、法的には中国共産党の周近平が国家主席の在任期間を憲法からとっぱらったように、総理にも同様な在職期間の終了期限ごとに一連の手続きを停止し、新たな法律を作ってしまえば、その法律が機能することにもなる。つまり、絶対的な権力の掌握が可能となる恐れがある。
     例えば、日本が海外で戦争をする事態に対して発令して国民の反対を押し切ることが可能となる。戦争などで、日本の財政事情が最悪となった場合に、経済的な緊急事態の発令として、国民の反対などに左右されずに、国民の預貯金を含む資産に課税して国民から強制的に国家予算に金を補填することも可能となる。強硬な国民への締め付けに反対、抗議する大規模な国民運動に対しては、一種の戒厳令的な発令によって国民を捩じ伏せることが可能となり、どのような状況におかれても自らの政権の維持が可能となるのである。
     

     安倍政権は、国民の少数意見にも気配りするような民主主義的な国会運営によらずに、まるで、ヒトラーとナチ党を髣髴とさせるような政治的に汚い手段で政権を行使してきている。その中心は、日本が戦争する国になるように準備として種々の悪法を強硬に成立させてきており、特定秘密保護法、然り。安保関連の戦争法、然り。共謀罪法(テロ等準備罪法)、然り。それらを、安倍政権の憲法改正内容との一体的な機能として捉えると安部総理の狡猾な憲法改正への野望が浮かび上がって見える。安部総理の思い通りに事を運ぶことができ、誰も拒むことができないくらいにまで勢力を誇示できる政治の権力を、官僚への人事権に発動すると、自ずと森友学園・加計学園に代表される総理の権力の私物化に至るようになる。財界からの多額の政治献金とそれに見合う癒着・馴れ合いの政策づくり。
     政治の権力の誤った行使として、沖縄県の普天間飛行場の移設先として辺野古に拡大した新たな飛行場を建設する攻策として、地方自治の選挙に際しては住民の選挙の票を沖縄振興予算という金の力で買うに値する民主主義の法治国家として不適切な介入を平気で行う、自らの政権の権力を民衆の弾圧に用いる悪徳代官そのものである。これを原発建造、使用済み核燃料の最終処分場建設地としての選定、核燃料サイクルが実行できないのに、便宜的に青森県の六ヶ所村に使用済み核燃料を集めて、莫大な費用をかけて再処理してプルトニウムを抽出し続けるか、あるいは最終処分地にするか、更に、使えないプルトニウムによる金儲けの方法を考えるようになるかもしれない問題なども解決できる可能性が生まれる。
     将来、いつかきっと、”日本が誤った道、再び”というような回顧録映画が作られることであろう。気骨ある日本人が存続すると少なからず希望を込めるならば・・・。



     日本は「戦争放棄の国」から、アメリカに忠誠を誓ってアメリカのために積極的に必然的に武力行使を行う国家になる。昭和天皇とアメリカ政府が目論んだであろう日本がアメリカのために戦争する国になる道筋へのレールが敷かれていた陰謀、今、正にその姿が顕になってきた。国民は昭和天皇を厳しく糾弾する。腐った日本政府、官僚たち。国民はこの陰謀とその首謀者たちを決して許さない。 (2018年3月)





  • 安倍自民党政権が9条改憲案を強調するのは見せかけであり、安倍政権が成立を目指す他の追加条文への国民の関心をはぐらかす目的。改憲の本当の目的は九条ではない。何故なら、現行憲法の九条そのままで日本の安全保障の論理構成が為され、支障がないことになっているからである。もし、これを覆せば、今までの論理が破綻し、政府が説明してきたことがすべて虚偽であることを意味することになる。
                                                                      このページの先頭へ


  •  安倍自民党政権が強調する憲法九条に自衛隊を明記する改憲案などは見せかけであり、大した意味などない。現行憲法で、安全保障上の問題は機能させているのであるから。どうでもよい問題なのである。しかし、自衛隊や戦争法などが憲法違反であると政府が正直に認めれば話は異なるが・・・。また、教育について高等教育費の無料化その他など、補助を行う予算の拠出の適用対象範囲や金額を国会で定めればよいだけであって、わざわざ憲法問題として時間を掛けて取り扱う必要などないと考える。それよりも、いわゆる、性的なマイノリティの者が社会的に不利益を受ける社会を改める必要があり、現行憲法の婚姻条項によって、法的に婚姻が認められないことによって差別を受ける社会的、金銭的な不利益を解消しなければならない。これは、憲法九条の自衛隊問題と異なり、現在の政府の対応では、現行憲法を改めないと社会システムが解消されないため、改憲の対象条項になる。よって、自民党議員諸君は、これこそ改憲の条文を策定しなければならないのである。また、憲法問題ではないが、戸籍、その筆頭者の扱いや夫婦別姓婚姻などについて可能となるように制度を改めなければならない。これらを改められるのは議員のみであるから、このために働けと筆者は主張する。
     国民の税金を無駄に使うな!!
     
     安倍政権が何が何でも改めたい現行日本国憲法の内容とは、以下に掲げる内容が主になると筆者は見る。



    天皇の位置づけの変更:

     自民党の改憲案は、天皇を単なる象徴から元首に変更する。現在は、象徴の存在である。
     サンフランシスコ講和条約締約後において、国連軍の撤退後は、日米の二国間の条約によって継続して占領軍であるアメリカ軍が駐留し、日本でのアメリカ軍の軍事活動の自由が保障される取極め等が締約されており、種々の書籍や歴史的な裏づけなどから、恐らく天皇及びその一族は駐留米軍によって守られる内容になっていると筆者は見る。米国と天皇との思惑は、戦後に長い年月を掛けて日本国民にアメリカの姿勢に疑念を抱かせないように緩やかに安全保障の枠組みに取り込み、日本国土と日本国民は、アメリカとアメリカの敵対国との戦争を想定した最前線の戦場として日本国が役割を果たすことになっていると筆者は見る。この思惑を半永久的に維持継続させるためには、日本国民によって容易に天皇の排除ができない位置づけを決定しておきたいのであろうと筆者は見る。

     近い将来、日本はアメリカのために戦争せざるを得なくなると筆者は見る。
     日本に於いて、既に戦争に向けての種々の法律が制定されていることより明らかである。
     安倍政権は、アメリカへの敵対国からの攻撃が日本国にとって日本の存立の危機に当たると判断すれば、日本は実際的には憲法違反と考えられるところの戦争法(国会での強硬採決により成立;司法は法律の憲法違反についての判断を決して行わない腑抜け)によって、集団的自衛権を行使して、日本の自衛隊が海外でもアメリカのために戦争が可能であるとする暴挙の姿勢を押し通す。また、後方支援としては、アメリカ軍のために弾薬の輸送が行えるとする法律を定め、この法律は核弾頭、劣化ウラン弾、ミサイルなどの弾薬の輸送が可能であるほか、その他種々の武器の輸送も排除されていないと中谷防衛大臣当時(2015年8月5日)に説明している。



    国民の基本的な権利の保障に制約的な意味を含ませること:

     自民党の改憲案は、権利の保障の前提は、国民が常に公益と公の秩序に反しない限りとし、一切の集会、結社及び言論、出版その他の表現の自由については、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い並びにそれを目的として結社をすることは認められないとするものである。
     例えば、政府が強硬にある種の困難な政策や法制化などを実行しようとする場合を想定する。例えば、原発の再稼動問題について、強行に原発を再稼動しようとする場合、あるいは、行き場の無い使用済み核燃料の課題が解決されるめどが立たないのに、新たな原発を建造する問題。原発事故により発生した放射能汚染物質の貯蔵地が決定できない問題や増え続ける福島第一の汚染水の処理が破綻するであろう問題。使用済み核燃料の最終処分地が決定できない問題。アメリカ軍の軍事施設を日本のある地区に強硬に設置しようとする場合など、地域住民が反対しようが、公益の利益が最優先されるとして、国民の権利が容易に無視されることが懸念される。
     日本では、戦後の昭和天皇当時の了解事項と想像されるが、人権が侵害される住民の提訴が司法に受け容れられないのである。アメリカ軍により日本国内へ核兵器を持ち込む実態が明らかになったが、秘密裏に核兵器を貯蔵、配備を行う可能性の問題。日本の核兵器の研究及び研究施設などの企てが政府内で深く静かに進行するような疑惑。大災害がどこに発生しても不思議ではない日本列島に於いて、経済性でも現実離れであり、成功の見込みがほとんどなく、実験段階でも停止した状態で莫大な税金をドブに棄てることになるような核燃料サイクルへの固執問題など。政府による無謀な政策の採用及び強硬な行政執行行動や作業、及び憲法違反の法律を国会で強行採決する事態、及び他国との戦争をも可能とする企てなどの悪行も該当する。
     更に、将来は、アメリカの戦争への支援とアメリカ兵の戦死者を減らすために、自衛隊が海外で戦闘に加担する機会が増えることが予想される。そうなれば、戦闘要員の確保のため、日本での徴兵制度の企てが現実味を帯びてくる。
     上記の例では、施策の実施面で非常に困難を伴い、実現性に乏しいものであるが、政府が強硬に実行できる権力を持つことになれば、公益を全てに優先させてことにあたることができ、比較的短時間で強制執行により解決できるようになるであろう。
     もし、そのような暴挙が政府によって進められるものなら、このとき、不利益を被る国民やその国民のために支援を行う良識ある国民は、平和と悪行からの解放と正義を旗印に、政府の行動などに反対する主張及び行動を開始するであろう。そして、それらの国民の集まりは、各地で、大規模な反対集会や憲法・法律上の正当な集団的な大規模なデモ活動に発展するであろう。 このとき、政府はそれらを制止したいのであり、国民の権利である表現の自由の保障についての憲法の内容を改めることによって、政府にとって都合よく解釈できる様にし、施策などを進める上で障害となるものを都合よく廃除できるようにするため、及び政権を護ることを主眼とする意図がうかがえる。
     政府が実施しようとする政策を公益と看做すことにより、これに反対する大規模な抗議行動や様々な意見の発信手段を用いて賛同者を募る行為などについては、政府にとっては都合が悪いので、それらを公益に反し、秩序を乱すと政府が判断することにより、組織的に反対運動を行う集合体や結社による自由な言論表現に関して、及びそこから始まる国民による全国的な大規模阻止行動に対しては、政府は、政権を揺らがす芽になることを恐れて、改憲した後の条項内容を効果的に解釈することによって最大限の活用効果として刑法改正に及ぶであろうと予想される。刑事罰を重く科すように謀り、取締りを強化するであろう。更に、政府の政策に猛反対する勢力・団体への抑止効果が期待できることを政府が狙っていると思われる。これが実現すると、政府の思いどおりに困難な政策を実行に移すことができる社会となるであろう。政府の意図する所はまさに、政府に都合よく国民を取り締まることができる根拠法としたいのである。
     政府が法制化するときに国民への説明に利用できるものはどのようなものでも引用する例として、次のことが思い起こされる。2015年に所謂、安保関連法を成立させる際に、集団的自衛権は司法によって既に容認されているとして国民への説明に用いた例を挙げる。自民党の高村議員が、所謂「砂川事件」の最高裁の判決理由を掲げて、集団的自衛権による武力行使を容認しているとこじつけようとしたのであった。しかし、本来の意味内容と異なるものを引用して政策の遂行などに理由付けされるのであるから、自民党政府、自民党議員のすることを真正面から信用してはならないのは明らかである。
     尚、砂川事件の最高裁の判決理由などについては、砂川事件の最高裁の判決理由を参照。

     報道メディアに対しては、既に、高市総務大臣当時に放送免許の停止措置に言及して、政府を厳しく批判する放送メディアへの牽制球を投げたことが有名であるが、このことによって、放送メディア自身が何となく自粛するようになることを狙っているのであろう。そして、自民党の憲法改正案の表現の自由の扱いによって、国民への締め付けの強化が図られることに繋がるのである。



    国及びその機関による宗教教育その他いかなる宗教的活動を禁じている内容を改めること:

     自民党の改憲案は、日本が、国家ぐるみで、かつて侵略戦争のために強制的に国民に対して顕彰した宗教的対象の靖国神社に対して、現在は一民間の神社となっているが、国家元首や閣僚などが堂々と公式参拝できるようにすることである。
     靖国神社は、日本が軍国主義化する際に、国は、一般の神社を軍が管理する神社とし靖国神社と改め、天皇のために命を捧げて戦争で死ぬことを最高の名誉とし、戦場から生きて帰ることを恥とする教育を行い、天皇と国への忠誠心を誓わせ、その象徴的な存在を靖国神社に求め、国民は、神である天皇と神道と絶対的服従のイデオロギーを植えつけられたであった。  靖国神社参照。
     靖国神社は、単純に戦死した兵士の魂を祀る神社としての意味及び存在ではないことを認識しておかなければならない。
     戦後は、政教分離が憲法などで規制されたため、この施設は、政治と神道との分離が厳しく律しられ、民間神社となった。2016年現在において、一民間の神社である。
     自民党政権、自民党を中心とする議員団による靖国神社参拝は、戦死者を弔う意味のほかに、戦死した兵士の遺族達で構成されている遺族会が抱える末代まで及ぶ多くの有権者が有する選挙の票への期待がこめられているのであると考える。
     あるいは、国民の愛国精神と国への貢献を求め、今後、自衛隊の海外派遣・派兵を想定し、この事態で生じる犠牲にも拘らずに国の行動に従う献身の義務と名誉心を暗示的に国民の脳裏に叩き込むことを一種の動機としているように思える。
     今後、自衛隊員が国際連合平和維持活動による派遣先国に於いて、活動内容に含まれる任務の結果、自衛隊員が武器を使用する事態に至り戦死することが起こりうることが予想される。数名程度の戦死者が生じることになっても、愛国心をもって国に貢献したと顕彰され、国民は、閣僚などの靖国神社参拝を通じての洗脳によって、戦死に対して鈍感になるのであろう。



    緊急事態宣言を実施できる条項を設けること:

     自民党の改憲案は、政府が緊急事態と判断すれば、緊急事態宣言を行い、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるとし、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行うことができるほか、地方自治体の長に対して指示を行うことができるようにすることにある。このことは、つまり、国民主権で国民に信託された政府であるが、その政府が、国民に望まれる政策や対外行動を逸脱して、国民を強制的に管理下におく道筋が開かれる危険性が懸念がある。しかし、政府は、長期的な政権の安定を望み、政権の権力、基盤を強くするために、この条項を新設したいのであろう。




     自民党の改憲案の「緊急事態条項」は次のとおり。

    (緊急事態の宣言) 第九十八条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。 2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。 3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。  4 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。 

    (緊急事態の宣言の効果) 第九十九条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。 2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。 3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。 4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる



     現行憲法は、国民主権の点、国民が政府を縛る憲法の概念の点、国民の権利の点で、憲法条文に国民の権利を政府などの役人に保障させることを明記した内容であるが、自民党改憲案の緊急事態条項には、それらを政府の判断のみによって、必要以上に停止させられる措置が含められているのである。
     政府は、緊急事態の宣言要件を、国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置とするが、国民の生命を保護するのみならず、政権に対する国民の批判・大規模な反対行動などから政権自身を守るために悪用され、暴挙が行使されても国民は防ぎ得ない場合が生じることが懸念されるのである。

     種々の災害に対する対策及び災害が発生した場合の手続きについて定める法律があり、これによって、政府および地方自治体が対応することになっており、自然災害については、政府が、法律と同様な扱いとなる政令を閣議決定して対応する必要は起こらないと考える。
     災害対応として、災害対策基本法、地震防災対策特別措置法、活動火山対策特別措置法、原子力災害対策特別措置法、及びこれらの同施行令や災害救助法、被災者生活再建支援法などの法律がある。
     我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等の事案を想定するなら、これらに対処するための組織、手続き関係、発令、応急対策、有効期間、解除、国民の権利の保障や補償関係、国会との明確な関係、検証と政府の責任、罰則などを定めておけばよい。そうすれば、慌てて政府単独の閣議決定で政令を定めて対応しなくとも、戦争などに発展することや内乱、その他に対して通常の手続き処理で対処できるものであり、特別な法律や戒厳令などの特別な国家権力による武力鎮圧などの暴挙に及ぶことを、国民主権として抑制できるものと考える。政府の行政に於いては、あくまでも、国民が公正と信義に信頼して政府に信託した国民主権の民主主義の政治及び社会の安定の制度が維持されることが根底になければならない。

     問題のひとつは、対象とする緊急事態を法律で定めるとしており、対象とする緊急事態を憲法で確定させたものに限定し、変更させることができないのではなく、該当する対象が次々に増やされる危険性がある。設定される緊急事態を決める法律は、立法府の過半数の票数でで成立するので憲法改正より容易となるであろう。また、その緊急事態を発することが事案であれば、政府は閣議で政令を制定できるとしており、法律と同様な機能を与えるものであるから、政府の権力が強大化することになる。また、政府は、緊急事態の宣言要件を、国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置とするが、筆者から見れば、アメリカ隷属の日本の政治構造において、今日までの歴代自民党政府が行ってきた国民に対する裏切り、嘘八百が明るみに出ている(参考)日本の存立の危機。歴代の自民党政権による国民への裏切りの事実。) ことから判断すると、日本国民の人権擁護より、アメリカ軍とアメリカ国のための施策を最優先させる実力行使を行うことに活用する場合には、絶対的な力を与えることになるであろうと筆者は考える。
     
     内乱などというのは、武器装備を備えた自衛隊の軍事クーデターを指すと考える。これについては、自衛隊のあり方と教育と訓練自体に問題があるのである。但し、クーデターと正義との内容についてはここでは触れない。
     筆者は、戦争が起こる危険性より、強力な武器装備を備えた自衛隊の反乱の危険性を懸念している。この場合には、一般国民は身を守れないのである。

     また、60年、70年安保闘争の如くに政権を揺らがす大規模抗議運動、アメリカの警察の黒人差別的な射殺事件に対する黒人の抗議行動が暴動に発展したと同じような状況が日本国内で発生した場合には、全て、現行法と警察隊で対応できる仕組みが既にあるので、該当しない。国内での所謂、テロ行為においても、外国の憲法に定めてあるからという理由で日本の憲法に非常事態宣言を新たに定めることを求める必要はないのである。正確な情報の報道と一般人の良識と現行の刑法と現在の警察の対応及び警察組織の装備の充実および能力の向上で対応可能と思われるので、政令による処理対応を求めて法律的な強制力を持たせる必要はないと考える。




     【自衛官の裁判訴訟の内容】《重要》
     アメリカが起こす戦争に、日本が参戦することを想像した場合に、今後、日本政府が、この緊急事態の宣言発令で、様々な暴挙を行使するであろうという筆者の懸念と関わってくる一つの事案があったのでここに記述する。
     2018年2月1日の毎日新聞の記事であり、自衛隊員によって国に対して起こされた訴訟についてである。概ね、次のようなものである。詳細は紙上で確認してください。

     自衛官による訴えは、安保関連法に基づく防衛出動命令は憲法九条などに反するとして、自衛官が入隊時に同意する必要がなかった集団的自衛権行使であり、命令に従う義務がないことの確認を求めるために起こされた内容についてであった。自衛官が命令に従うと生命への損害の恐れがあり、利益が損なわれることになること、また、政府の出動命令に従わない場合の処分等の不利益について司法に判断を求めたものである。
     まず、一審の地裁においては、「原告に出動命令が発せられる具体的、現実的な可能性があるとは言えず、命令に従わないで刑事罰を科されるなどの不安は抽象的なものにとどまる」として、裁判で争えないとする判断を行った。
     しかし、高裁に於いては、「原告が命令に従わない場合、重大な刑事罰や免職などの懲戒処分を受けることが容易に想定できる」と指摘。懲戒処分を受けた後の取消し請求訴訟など他の手段での救済は困難として一審を覆し、東京地裁に差し戻した。




     日本政府がアメリカに同調して日本の自衛隊に戦争になる防衛出動命令を発することになる場合には、日本国民の全国的な大規模な抗議・反対運動が起こることが予想されるだけでなく、自衛隊の中でもその戦争への参加を疑問視する隊員が多く現われることが予想され、日本政府としては、強制的にそれらを制圧する必要から、緊急事態条項によって国民の人権の保障や司法による秩序の枠を取り去ることにより、政府が絶対的な権力を行使する正当性を確立する目的が筆者には伺われるのである。日本国民がぼーっとしている間に、拒否できない束縛を受けることになる。日本が誤った道に進んだ二の舞の姿が目に浮かぶ。



    現在、憲法第96条の憲法改正の発議及び国民による承認を求める投票による可決の要件について、必要人数や票の条件を引下げること:

     憲法第96条の憲法改正の発議要件及び国民による承認を求める際の投票による可決の要件について、必要人数、票の条件を引下げて、時の政権の思惑で容易に政府にとって都合の良い条項内容に憲法を改正できるようにすることが自民党の改憲案の目論みであろう。

     現在、憲法改正を行う場合は、国会に於いて衆議院及び参議院のそれぞれに於いて総議員の3分の2以上の賛成で発議でき、国民に対して提案して改正案の承認を経なければならない規定になっている。そして、国民による承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際に行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする規定になっている。
     自民党の憲法改正案における憲法改正の手続きについては、「憲法の改正は、衆議院又は参議院の議員の発議により、両議院のそれぞれの総議員の過半数の賛成で国会が議決し、国民に提案してその承認を得なければならない。」と改め、「この承認には、法律の定めるところにより行われる国民の投票において、有効投票の過半数の賛成を必要とする。」と改めるものであり、改正の発議の条件及び国民による承認の場合の可決のための投票数の条件を大幅に緩和させるものになっている。これにより、時の政府の都合で、容易に憲法改正を行うことが可能となることが容易に想像できる。

     日本の政治は、国民は主権者として国民の代表者を選挙で選び、公正さと忠誠心を信頼して彼らに国政を信託したものであり、その政治によって福利を国民が享受する間接民主主義制度をとっている。 憲法が、国民の権利の保障や国民の代表による政治の権力の行使を認めているものであり、また、国民の権利の侵害に対する救済や国政の暴走を管理する働きが機能する内容となっている。
     しかし、もし、これらが軽んじられ、国民の基本的な権利の保障より、国益が最優先される国政が進められる規則が憲法で定められることになってしまえば、弱い立場の国民は、その権利が保障されず、政府の権力・弾圧に対しては法律上抵抗できなくなってしまうのです。これは最早、立憲主義の憲法に基づく民主主義の国家としての政治を逸脱してしまうことを意味するでしょう。よって、このようなことが安易に生じないように、国民は、予め憲法改正の手続きに関して、安全策として現行憲法のようにハードルが高い厳しい内容を定めておかなければならないのです。
     このようにハードルが高い、厳しい改正条件であっても、本当に憲法条文を改めた方がよいと国民が考える内容については、多くの国民が良いアイデアを出し、良い改正案となれば、多くの国民の賛同が得られるようになるので何等問題はないと考えられる。



    憲法の位置づけは最高法規とし、現行憲法では、天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員に対して、これを尊重し擁護する義務を課しているが、この条項内容を改め、立憲主義の憲法概念を封じる表現に改めること:

     現在の憲法は、憲法が最高法規であることを明確に定め、この最高法規の憲法が、国民の基本的人権を侵すことのできない永久の権利として国民に託されていることを認め(第97条、第98条)、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員に対して、憲法を尊重し擁護する義務を負う」と規定しているが(第99条)、自民党改憲案ではこの記述を改めている。
     即ち、現在の憲法は、憲法の章、条文の内容に、国の機能を受け持つ内閣、国会、司法の構成要件や役割を定め、国民の基本的な権利を定め、最高法規としての憲法が国民の基本的な権利を確実に保障することを国の義務として、政治や司法を司る政府、役人、及び天皇が憲法の趣旨を尊重し、これを遵守することを定めるとする立憲主義の憲法としての条文内容となっているものであるが、自民党の改憲案は、この立憲主義の憲法概念を取り払い、国民が憲法を尊重しなければならないとする。また、天皇を元首と改めて天皇制を維持する改憲内容であるが、大日本帝国憲法の如くに、天皇が憲法を尊重することや擁護する義務内容を削除し、放任しているのである。一方、政府役人については憲法を尊重するという表現を削除し、憲法を擁護する義務を負うとしているのである。つまり、これらのことは、政府、役人が公僕であるとする立場を転換し、逆に、国民を監理しやすくする社会を念頭に置いて、そのために資する憲法の内容に改めることを目論んでいるように受取れる。

     政府は秘密保護法を2015年に成立させ、民主主義政治でありながら、将来、第三者が過去の政府の政策の内容及び判断についての検証を試みるとき、政府が未来永劫秘密を公開しないとか、重要な秘密を公開せずに廃棄できる手続き内容を定めるなどが見られる。また、秘密保護法に関連して、秘密保持に関わる対象者が秘密を漏洩した場合のみならず、たとえば、報道機関などが、政府が行う国民への説明と異なる裏切りの内容の証拠となる機密を明らかにした場合、その者に対してまで重い刑事罰を科すなどを定めた法律を制定しているのであるから、明らかに国民や国民の知る権利に基づいて真実を追究する報道関係者などを虚仮にしている状況である。
     ひとつの例として、所謂、戦争法案を国会で通過させようとしていた状況下、国民の権利としての国会前デモ行動に対して、時の閣僚が大声を上げての集団的な反対行動をテロと発言するなどの事実が存在する。
     このように、正当性を否定する認識を重要な政府閣僚らが抱いていることによって発生するであろう制約・制止、反対運動を通じての国民の反対の意思表明という正当な権利の行使が阻止されるであろうと危惧される。
     憲法の位置づけの概念を180度転換するような動きに対しては、国民は断固反対する。
    (2018年2月)


     自民党改憲案に対して、ここに 「国民から見た日本国憲法改正の検討案」 を示すので参照。




  • 政府は現行憲法で自衛隊の存在や自衛隊の武器保有や自衛のための武力の行使は容認されると国民に説明している。よって、政府の立場では憲法を改正する必要はないのである。もし、憲法九条を改正して自衛隊を明記しなければならないのであれば、政府の説明はすべて虚偽であり、国民を裏切っている証を安倍総理が証明していることになる。
                                                                      このページの先頭へ


  •  自民党及び安部総理が掲げる憲法九条の改正問題。2017年5月に行われた、ある憲法フォーラムにおいて安倍自民党総裁としてビデオ・メッセージを寄せて、現行憲法の第九条をそのままに、第三項を加えて自衛隊を明記する案を例示して、憲法改正に取り組むことを促したのであった。  しかし、このことについては、国民から見れば全く意味不明としか思えない。現行憲法で自衛隊の存在が合憲でないならば、改憲の必要性の論理が理解できるのであるが、政府は、自衛隊、自衛隊の戦力、専守防衛として他国からの攻撃に対する自国防衛のための戦力の行使は現行憲法で容認されると戦後から一貫して国民に説明している。よって、国民は現行憲法で自衛隊を認めろと政府から強要されてきていたのであり、反抗せずに自衛隊が容認されるとするものであり、ちょうど、交通違反であっても赤信号みんなで横断歩道を渡れ、信号無視しても自動車を発進しろと命令されれば走行することにしているのです。 これは、自衛隊員が何も考えずに、刑法違反であることをも考えずに愚かにも総理達の命令で法律違反を犯す如くにである。

     この安部総理の憲法九条の改正の例示の内容は、安倍総理自身が、政府説明に反して、自衛隊を明記しないと問題がありとするような発言をして、憲法九条の内容の改正を訴えるのであれば、筆者は、政府及び自民党の国会議員達が自衛隊は憲法違反であることを正直に認めて国民に謝罪し、これまでの政府が採ってきたすべての安全保障の政策をすべて撤回して白紙に戻し、憲法違反の法律まで制定してきた関係者達を処分することが必要になると筆者は考える。それくらいにまでして筋を通さなければならないのです。これこそが日本の存立の危機の事案であると筆者は訴える。
     安部総理の提案は、そのような危機的な事態に発展するような論理破綻が存在しているのです。
     安部総理の真の目的は、日本の自衛隊や今後予想される日本の徴兵制を通じての日本国民によるアメリカが海外で行う戦争に日本が隷属して海外でアメリカの指揮下で他国の軍隊などを相手に堂々と戦闘行為に及ぶことを憲法や法律で固めることにあると筆者には強く感じられる。なぜなら、自民党政権が戦後から国民を騙し続けてきた数々の事案から憶測して間違いがないであろうことを確信できるから。
     政府の裏切りについては次を参照。
     安倍政権の集団的自衛権行使容認の閣議決定、安全保障関連法案は憲法違反。戦後の政権の数々の隠蔽、国民への裏切り
    (2018年1月)




  • 第48回衆議院議員選挙 誰が背後で操っているのか不明であるが、狡猾な技ありの選挙参謀である。小池希望の党も安倍自民党も同じ狢(むじな)であり、アメリカ支配の安保関連の戦争法は維持されることになり、結局日本がアメリカのために戦争を行う政治と防衛の体制は固定されることになる。つまり、従来の自民党保守層が厚くなり、独裁化が益々進展する。
                                                                      このページの先頭へ


  •  小池東京都知事が設立を目指している「希望の党」であるが、実質的には、第三の自民党と言っても過言でない。
     前原民進党の多くの議員たちは、安倍自民党政権が安保関連の戦争法を成立させる際に反対の意思を表明した。希望の党の小池代表は、その前身は自民党に在籍し、自民党在籍時代に、民主主義を否定するような特定秘密保護法に賛成票を投じ、実際的には憲法違反と目される安保関連の戦争法を賛成し強硬的手段で成立させ、いわゆる共謀罪法も成立させた正に張本人であった。
     憲法違反を疑われる法律を強引に成立させるような人物は国会議員として不適格であると筆者は考える。しかし、前原民進党の議員達は、そのような小池代表が率いる希望の党に合流することになるという。今後の立場は小池代表に委ねられているようであるが、どうなることやら。
     自民党、民進党(党の扱い方について筆者は把握していない)、希望の党などが衆議院議員選挙ですべて過半数割れを起こしても、最終的には連立を組んで自民党政権時の官僚が政策を作成する現行の政策、安保関連の法律が維持されるほか、普天間飛行場の移設として規模を拡大して辺野古海岸に建設する状況など何も変わらないであろう。
     アメリカのための安保関連法制度を維持させ、安全保障体制で現在のアメリカ駐留軍による日本の支配を揺るがないものにすることに尽力している勢力にとっては、この希望の党の成立と民進党の瓦解は、してやったりという安堵の思いであろうと筆者には感じられる。
     その勢力にとっては、第48回衆議院選挙後に、希望の党と自民党の合併、あるいは連立内閣ができて、たとえ総裁の頭が据え換わることはどうでもよくて、次の政権時においても強固な保守政権によって現状が維持できることである。これは、結果として、森友学園問題や加計学園問題での証人喚問は発生しないことになり、国民には事実が隠されたままで有耶無耶になってしまうのであろう。
     そして、安保条約やその他取極め、安保関連法規によって戦争放棄の平和主義国家としての日本から、日本が攻撃されていなくともアメリカのために戦争する国家への変貌が現実となるのである。日本が危ない。
    (2017年9月)




  • 特定秘密保護法、安保関連の戦争法、共謀罪法、及び新たに緊急事態宣言を憲法・関連法で定めること等を目論む安倍総理・防衛官僚らの野望
                                                                      このページの先頭へ


  •  第二次世界大戦後、日本国憲法が制定・施行され、それまでの天皇主権から民主主義の国民主権に移行し、昭和天皇の政治への直接的な関与が認められなくなっていた時点で、それにも拘わらずにアメリカの占領軍と昭和天皇の間で会談が継続して行われていて、このときアメリカは次のように対応を画策していたと筆者は推測する。それは、講和条約が成立して日本の独立が世界的に承認されると、占領軍である米軍は日本から退去しなければならなくなるので、米軍を継続して日本に駐留させ、日米二国間で絶対的な米国支配を継続させるために、天皇の戦争責任の訴追免除、天皇及び天皇家の存続の条件と引換えに、アメリカは昭和天皇との間で極秘の取極めを行ったと筆者は推測する。当時、連合国のイギリスなどは天皇の廃止、天皇への戦争責任の厳しい措置を要求しており、アメリカはその厳しい内容を天皇に示し、天皇に恩を売るかたちで米国が支配する関係を築くことができたのであろう。昭和天皇に命じられた吉田総理は昭和天皇の全権委任状を携えて、旧日米安保条約や日本のアメリカ隷属に関わる種々の内容の取極めを講和条約の後に取交わしたものと筆者は考える。
     それらは、日米地位協定に見られる内容以外に、日本国内でのアメリカの自由な軍事活動の保障、基地建設の承認、日本が戦争放棄の憲法が制定されているにも拘らず、将来は日本がアメリカのために、アメリカを護る為に隷属して戦闘する国になることを約束し、日本国民にアメリカ軍に対する不信感や敵対心を抱かせることがないように長い時間をかけて取り組むこと、それらが終焉する条件についてなどであったと種々の事案から推し測ることができる。それらのうちのひとつとして、所謂「昭和天皇の沖縄メッセージ」に見ることが出来る。
     昭和天皇の沖縄メッセージ 及び 昭和天皇とマッカーサーと日米安保条約 参照。
     その後、1977年に行われた宮内記者のインタビューに対して、天皇は「マッカーサー司令官と当時、内容は外にもらさないと約束しました。男子の一言でもあり、世界に信頼を失うことにもなるので言えません。」との趣旨を語っている。そして、戦後70年以上経過した今日にあっても、すべては包み隠されたままになっているのである。
     アメリカに支配されている日本政府・官僚は、憲法で日本が戦力を保持することが容認されていないににも拘らず、最高裁判所にあっても駐留米軍の支配下にあって安全保障関係の事案についての裁定を回避している状態をいいことにして、内閣府は、あたかも容認されているかのごとくに国民に対して政府のコジツケの判断を押し付け、自衛隊の存在を現行憲法の条文の文章内容において合憲とし、防衛費の増額と戦力の拡大を行ってきているのである。武器装備の規模について、政府がそれを戦力と看做さないことにすれば、どのような武器弾薬も合憲となるのである。その証拠に内閣法制局長官の北畠は、日本の原爆保有について憲法では禁じられていないとする発言を行っている。

     日本政府は、湾岸戦争においてペルシャ湾でのアメリカの艦船のために敵対国が設置した機雷を掃海する任務を実施したが、そもそも自衛隊が海外で敵国の武器である機雷を除去するという戦闘への加担行為にあたる日本の法的根拠が無い状態で作業を行わせたのであった。この湾岸戦争の際には、多国籍軍の中心であったアメリカ軍は日本に対して地上軍の派遣を強く要求した。しかし、日本は海外での戦闘行為はできないため、アメリカの要求に応えるまま、最終的には130億ドル(当時の平均的な為替レート 約130円/1US$)に積み上がる支援金を供与したが、アメリカからは日本に対して遅すぎるなどのクレームが発せられ、当時、感謝は示されなかったのである
     アフガン戦争においては、2001年9月にアメリカがテロリストの攻撃を受けた。そのテロリストの首謀者がアフガニスタンに潜伏していることをつきとめ、アメリカ政府はアフガニスタン国に引渡しを要求したが断わられ、引き渡さないために、そのテロリストが居るアフガニスタンに対して先制攻撃をおこなって国家体制を崩壊させてしまったのである。このアフガニスタンのタリバンに対してアメリカは対ソ連政策として、かつて軍事援助(武器弾薬、資金の供与、戦闘訓練などの支援)を行ってきていたが、打ち切りに転じていたようだ。このアメリカ軍が行う戦闘行為に対して、日本は「平成十三年九月十一日のアメリカ合衆国において発生したテロリストによる攻撃等に対応して行われる国際連合憲章の目的達成のための諸外国の活動に対して我が国が実施する措置及び関連する国際連合決議等に基づく人道的措置に関する特別措置法」を成立させてアフガニスタン攻撃の後方支援と周辺の人道的支援という名目で自衛隊を派遣し、インド洋に展開するアメリカの艦船等への給油を行っていた。このアメリカの母艦に艦載されている航空機が直接爆撃に出撃しており、また、この際、本来日本が取極めで認めていない目的外使用となる、間接的に給油を受けたアメリカ軍の艦船がペルシャ湾で対イラクへの軍事上の活動を行っていた事実も浮上していた。
     この頃アメリカは、湾岸戦争以降のイラクに対して、ブッシュ大統領は悪の枢軸と名指しして敵対していたのであった。そしてこの後、イラクが大量破壊兵器を保有しているとする資料(捏造された証拠)---(終戦後に行われたイギリスの検証の結果、当時示されていたイラクの大量破壊兵器は見当たらず、根拠とされた資料が捏造されたものであったことが判明し、一連の調査結果とイギリス政府が戦争行為に及んだことは誤りであり、戦後の復興の姿を描けずに、復興計画を準備せずに行った行為に対して厳しく非難する内容の報告書がまとめられている)---をもとにイラクが大量破壊兵器を保持しているとして、国連での戦闘への合意決議が得られないまま、アメリカ主導の有志連合国軍が先制攻撃を行った対イラク戦争が2003年3月に開始された。この戦争は、圧倒的な戦力を有する有志連合国が圧勝して短期間でイラク軍を撃破し首都が陥落し、ブッシュ大統領は5月に戦闘終結宣言を出した。(実際の戦闘は継続し、その後、宗教派閥間での戦闘が激化し、更に追放されたフセイン時代の官僚やフセイン派閥の軍人らが加わったイスラム国と称するテロ集団の戦闘組織が台頭して戦闘が拡大することになった。) このイラク戦争に於いても、アメリカは日本の参戦を要求したが、憲法や法的手続きが成されていないことを理由に断わることができたが、それでも、日本はアメリカの要請に応えるために、戦闘終結宣言が出された後に、「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法」を成立させて自衛隊をイラクへ派遣させた。この際、自衛隊の活動は、現に戦闘が行われていない非戦闘地域での活動に限ると法律で定めていたのであったが、その活動内容は秘匿され、国民には公表されなかったが、例によって日本政府による国民騙しは行われていて、航空自衛隊が当時戦闘が行われていたバグダッドへの有志連合国の戦闘兵などを輸送していたことが明らかになっている。彼ら、及びそれを命じた総理、大臣、防衛省の幹部などは憲法違反、特措法違反、刑法違反であったが、安全保障関係の事案についてはアメリカによって腑抜けにされている日本の警察・検察・裁判官らによる、彼ら容疑者への取調べや処罰など一切発生しないのである。これが日本のアメリカによる奴隷状態の証であると考える。
     この日本がアメリカに隷属し、日本政府が日本国民を如何に騙してきたかの歴史の事実として、次の 日本政府の国民への裏切り に示す。

     民主主義国、日本であるが、この見せ掛けの民主主義国においては、アメリカ軍の支配の下、日本国憲法で保障されているべき日本国民の基本的人権は、2017年現在に於いても駐留米軍によって蹂躙され続けてきているのである。これは、正に、当時昭和天皇が護身と引換えにした取極めに由来していると筆者は考える。 

     この日本がアメリカを護る為にアメリカと共同で戦闘ができるように、安倍政権の暴走が始まったのである。
     国民主権の民主主義の理念に逆行する特定秘密保護法を成立させて情報を国民に与えないようにすることができるようにした。憲法違反や国民の反対を無視して、自民党ら与党議員の国会で多数を占める数の論理でもって共謀して憲法違反の法律と確実視される安保関連の戦争法を成立させ、日本が攻撃されていなくとも、政府が存立の危機に当たると判断しさえすれば、アメリカなどの国のために集団的自衛権を行使して日本の自衛隊が海外においてアメリカの敵に当たる戦闘相手国に対して先制攻撃が可能としたのである。更に、所謂共謀罪法を成立させた。これは、組織的なテロ行為を防止するためのみならず、国民が集団で大規模なデモ行動や政府の政策に反対する大規模集会などに際して、公務執行妨害を起こす行動につながりやすいため、政府側が国民を容易に拘束し易くする危険性を有している内容である。組織的集団の誰かがこの法律に抵触する場合、政府は組織的集団について法律の適用が可能となるとしており、国民すべての監視によって違反者の摘発を当局が目論むことにつながっていくのであろう。恐らく、この法律によって政府に反発することが抑制されることを期待していることは明らかである。そして、次は、かつてナチ党のヒトラーが、大統領の指名を受けて総理に就任し、国会での議決を得て「授権法」を成立させ、ヒトラーへの全権委任が成されたように、安倍総理は緊急事態の宣言の発令を憲法、関連法として法制度化しようとしているのです。これは明らかに、戦争放棄の日本が戦争を行う日本に変貌することを意味するものである。目的は、明らかに、日本がアメリカのために戦争することである。その野望を抱く総理・防衛官僚らによる暴走を国民が止められないと、その結果は歴史に明らかな通りである。
     参考として、安倍総理や防衛官僚たちが目論む憲法改正で実行したい野望についての筆者の考えを、安倍政権の憲法改正の真の目的は、9条改正ではない。それは・・・に示す。

     現行の日本国憲法では、戦力の保持を禁止し、国の交戦権は認めないとしているのに、どうして日本が自衛隊を保有し、戦争行為ができるとなるのか? そこには、日本政府の狡猾・巧妙なる陰謀と日本国民の騙される愚かさ、自主性の無さ、日本の悪政を正そうとする正義感の無さが原因していると筆者は考える。このままではいけない。
     ドイツでは全権を掌握したヒトラーがドイツの最悪な事態を打開するため、自衛のために戦争行為に及んで侵略を行い、国土の破壊が進められていき、更にユダヤ人の大虐殺という暴虐に進んでいくことになった第二次世界大戦の歴史的事実が存在する。

     ドイツでは戦後に戦争の総括を行い、反省し、二度とヒトラーが生まれないように厳格に禁ずる措置がとられている。しかし、残念なことに排外的民族主義を掲げる「ネオ・ナチ」の勢力や全体主義のファシズムを主張する勢力が存在し、今日シリア難民をドイツが大量に受け容れていることに反発してその勢力が拡大しつつある。
     一方、日本では、戦争の総括は行われておらず、今では、戦争放棄の言葉だけが宙に浮いている状態になっていると言っても過言ではなく、独裁的な野望を実現させようとする官僚や総理によって戦争へ向かう危険な足音が急速に近づいてきている日本である。




  • たとえ、北朝鮮が核実験を行おうとも、アメリカが攻撃されていないにも関わらずに先制武力攻撃を行い朝鮮戦争を再開すること、それは国連の安保理会議で攻撃の承認手続きを行わないで戦争を仕掛けることである。アメリカが単独に勝手に軍事力の行使をも行う可能性を宣言したことに対して、日本国民は強く非難する。アメリカによる軍事力の行使について安倍総理が理解する趣旨の発言を行ったが、日本国の代表として不適当であると非難する。日本がとれる選択肢は、平和的な解決をはかる努力をすることしかない。
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  •  北朝鮮が核実験をするのを安倍政権は非難するが、安倍政権下、内閣法制局は安倍政権の望むとおりに憲法違反の悪法の成案に走り、安倍政権・自民党が一体となって日本国憲法を無視して、憲法違反の戦争法を成立させたことは、立憲民主主義の崇高な平和憲法を国民が尊重する日本の社会に向かって核爆弾を爆破させたに等しい衝撃力を与え、国民主権の民主主義体制を転覆させたにも等しい行為である。国民は安倍政権を断罪する。
     官僚と自民党がまるで独裁的に権力をほしいままにして、悪法を次々制定して、アメリカが行う戦争に日本が隷属的に共同して戦争を行えるように目論んでいるとみられるほか、国民が猛反対することになるであろう政策を強行することを目論んでいるのであろうと容易に推測される。恐らく、それらは、アメリカ軍のための基地建設、日本の防衛にかこつけて自衛隊の離島への配備と防衛設備の建設、更に本土においての防衛設備の建設、原子力発電所の新規建設、使用済み核燃料の最終処分場の建設、避難計画が絵に描いた餅の原発の再稼動、農業の合理化、薬剤や著作権などの保護期間をアメリカの要求どおり延長、防衛費の増額、年金支給額の減額や支給年齢を遅らせること、社会保障費に関わる増税と社会保障の給付費用を減額、愛国精神の徹底と徴兵制の開始、アメリカが行う戦争に隷属してアメリカのためにアメリカの敵と戦争すること・・・などが該当すると考えるが、将来、拡大されるであろう そして、もし、政府が、国民が受け入れを拒絶する政策を推進めたいとしているとき、民衆が政府の強行を阻止しようとする運動を起こすことが想定でき、民衆の運動が障害となって、政府は政策の実行が思うように進められなくなるであろう。そこでこれを解消するために、政府は適当な法律を制定し、国民に有無を言わせないようにすべく、様々な法的な準備に取り掛かかっているのである。これが完成すると、政府に反対する行動を起こそうとするだけで拘束されてしまう。即ち、政府が独裁的な権力を保持することに繋がる。そして、日本はシリアと同じ道を歩むのであろう。

     アメリカが攻撃されていないにも関わらずに、もし、北朝鮮が核実験を行えば、北朝鮮を先制武力攻撃する(朝鮮戦争の再開につながる)可能性についてアメリカは強く主張する。しかし、この種の先制攻撃の行使については、国際的な規範では容認されていないものである。アメリカが悪の枢軸国の一つであると名指しする北朝鮮であるが、国連の安保理会議での攻撃の承認手続きを行わないで、アメリカ単独の勝手な軍事力の行使をも行おうとするアメリカであるから、そのアメリカについては筆者の視点からは、充分な悪党そのものである。そして、アメリカが攻撃されていないにも拘らずに、アメリカが北朝鮮への先制攻撃の軍事力を行使する可能性を宣言したことに対し、筆者は強く非難する。また、アメリカによる先制武力攻撃の可能性も示唆したことに対して安倍総理が理解及び支持するとする趣旨の発言を行ったが、筆者はこれも強く非難する。日本国の代表として全く相応しくない言及である。平和国家を自負する日本は、現段階で軍事力の行使に支持を表明することなど容認されない。日本は、徹頭徹尾平和的な解決を模索しなければならない国なのです。それ以外の選択肢はない。

     現在までにアメリカが主体となって行ってきた戦争は数多くある。その際、アメリカは、自国第一主義を貫き、自国の利益を最大限に配慮し、比類なき近代的な武器装備と強大な軍事力を保有していることを最大限に活用して数々の戦争を行ってきたものであり、それらの中には、こじつけの根拠を戦争開始理由とした間違った戦争を行ってきた歴史があり、その誤った戦争において、近代化された武器装備による圧倒的な攻撃力を用いて、戦争相手国を完全に破壊してきているのであった。その際、アメリカは、戦争後の敗戦国となる対戦相手国の将来の復興計画を具体的に描くことなく、兵器の性能を試しているだけであり、戦争後に、対戦国や周辺地域の安定性が回復できずに不安定な状態に陥るであろう姿を幾許も想像できていないのである。
     アメリカは、過去の自らの過ちから学ばず、まるでボケの症状を呈するようになっているとも疑いがもたれるほど、同じ過ちを繰り返し、アメリカの思いあがりの単独主義には、世界の人々は、つくづく、うんざりしているのである。アメリカが関与する戦争は、世界の平和の維持ではなく、世界の安定を破壊する結果になっていることをよく思い起こして考えてもらいたい。
     たとえアメリカが局地戦で一気に撃破して終えるつもりの戦争を目論んでも、戦争の相手国内に神格化された概念が伴う場合には、イスラム教の世界の兵士や、かつての神の天皇の大日本帝国や北朝鮮の兵士などは、彼らの世界観では、神を守り、自らは戦死して神になるとするのであるから、一旦始まると終わりのない戦争になるであろう。これを覚悟しなければならない。たとえ、アメリカが比類なき強大な軍事力を集中させて撃破しても、韓国や日本も終わりのない戦争に巻き込まれ、何も企てなければ普通に生活できていたと想像される数十万人もの一般人が、いや更に惨劇が拡大するかも知れないが、命を奪われることになるであろうと筆者は危惧する。だから、絶対に軍事力行使は許せないのです。
     
     北朝鮮が核兵器を有し、また、核実験を重ねて核兵器の小型化やミサイルの飛距離を伸ばす研究開発を行うことを、アメリカも日本も本当に脅威と感じるのであれば、核兵器を保有しているアメリカの核兵器が、全く抑止力にならないことを自ら証明していることになる。
     NPTで定義される核兵器国やアメリカとの同盟国としてアメリカからの政治的圧力を受ける国々の一つである日本(実際はアメリカに隷属)などは、国連で核兵器を法的に禁止する条約の成立に向けた交渉に入ることを拒否しているが、核兵器を恐怖に感じ、地球上から核兵器をなくすには、法的に禁止すればよいのである。法的に禁止しても核兵器を尚保有する国家に対しては、世界の国々が、その国家に対して本気で経済制裁等行えばよい。たとえ核兵器を保有する国が存在しても、今や、自国の経済のみで地球上の国として存続していくことは不可能に近いのが現代社会である。
     それに、テロリストが核兵器を保有することを恐れるが、この場合には、いずれにしても核の抑止力など関係ないのであるから、核を保有していても意味が無いのである。また、テロリストがどこかの国に潜んでいたとしても、テロリストを排除するために国家に対して核攻撃を実行することなどできないのであるから、やはり、核兵器など気休めに過ぎず、取り扱いの不注意で誤爆させてしまう可能性もあって、恐ろしいだけである。
     よって、世界の国々が、核兵器を法的に禁止する条約の締結を本気で実行すれば、北朝鮮の非核化など直ぐ実現されるであろう。また、インド、パキスタン、イスラエル、国連の常任理事国である核保有国なども同様に、確実に核のない世界に向けて核廃絶しなければならなくなるのです。




  • 政府による犯罪を糾弾するために、国民は刑法に戦争犯罪者訴追条項を新設して、これによって、政府が関与した戦争に関しての犯罪については、時効は無く、過去に遡って訴追できるようにする
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  •  もし、万が一、日本国政府が、現在の憲法を改正せずに、日本の戦力を装備して、その戦力を行使する、あるいは、他国のために外国に派遣して、他国の戦争のために、その戦闘行為と一体となって戦闘に関わる行動をとった場合には、憲法違反であり、もし、万が一、他国の軍隊の戦闘における殺人行為に協力していたなら、それを根拠とする法律が憲法違反であるか、あるいは、日本の戦力の部隊が、特別な法律の適用外であり、日本国の刑法の適用される場合であるかのいずれかのケースが想定されよう。
     もし、このような事態に至れば、法治国家を自負する日本としては、司法の手続きに従い、裁判によって刑罰の適用について判断が為されなければならない。
     もし、万が一、政府による国家権力の不正な使用により、警察権を封じ込めるなどした場合、あるいは、犯罪の事後に訴追免除を目論む目的でその特例を容認させる法律を特別に成立させるなどした場合、これらの場合のように、政府の犯罪について、政府・官僚が公訴時効や訴追免除を恣意的に謀った場合の対抗措置として、国民は、新たな法律を制定して、政府らによる戦争に起因した犯罪に対しては、事後にあっても、時効状態でも時効を排除できるように、当時の時点の法体系・刑法に基づいて戦争犯罪を訴追できる特別法を機能させることが国民の権利であり、この法律によってそれを可能とするものである。
     戦争犯罪者の該当者と目される人物は、小泉元総理及び以降の自民党政権当時、イラク戦争時に日本の航空自衛隊を派遣させ、有志連合国の戦闘員の戦闘行為と一体的な活動を命令して実行させた総理(安倍、麻生、福田元総理)、防衛大臣(額賀元防衛庁長官、久間、石破、高村、浜田元防衛大臣ら)、現場の指揮監督命令権者、防衛及び外務官僚の関係者が該当する。また、イラクで日本政府の命令を実行した自衛隊員も該当する。彼らは戦争犯罪者である。彼らの逃げ得を決して許してはならない。よって、戦争犯罪に対する戦争犯罪特別訴追によって裁判にかけて処罰するのが適当である。




  • 日米が同盟関係とするなら、日本国民の人権が蹂躙される不平等な地位協定を改善せよ!日本国民はアメリカを友好的な同盟国とは看做していない!アメリカは日本国民を支配するため、狡猾に「同盟という呼び方」を日本政府を通じてメディアに発信させ国民を洗脳しているのである。これは、北朝鮮が自国の国民を洗脳支配する手法と同じである。
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  •  日米が同盟関係とするなら、日本国民の人権が蹂躙される不平等な地位協定を改善せよ!日本国民はアメリカを友好的な同盟国とは看做していない!

     日本は第二次世界大戦での敗戦処理として、昭和天皇とアメリカとの陰謀によって、日本は半永久的にアメリカに隷属することにされてしまった。アメリカが望む限りいつまでも軍の駐留ができ、どこにでも自由に基地を建設でき、アメリカ兵とその関係者とその家族の身分が保障され、彼らの治外法権的な特権が容認される仕組みを作ったのである。このため、日本国民の人権が蹂躙される種々の事態が発生し、日本国民の命が軽んじられるほか、アメリカ軍の活動や軍の機材の運搬に於いて日本の法律に抵触する場合には、アメリカが日本政府にクレームをつけ、何とかしろと圧力を掛けると、政府は関係部署に対して、対応できるようにアメリカ軍のために法律内容に特例を追加して可能とさせる。このような、支配関係が継続してきている。
     国民の税金でアメリカ製の高額な武器装備を購入させられる。これは、アメリカの武器産業が潤い、企業が衰退しないようにするためでもあるが、アメリカに貿易輸出の税金がもたらされるほか、防衛関連の利権・利益に預かる種々の関係者の思惑がうごめいているのである。
     高額なアメリカ軍関係の駐留経費に関して、日本が思いやっているとする財務上の金銭支出名目にして日本が負担し、また、アメリカ兵が私的な使用であっても公務とすれば、どこまでが私的かわからないので、高速道路料金その他の料金は日本政府に請求される。
     日米同盟であるから、アメリカが行う戦争の戦費の負担を日本に要求し、日本はあっさりOKする。なぜなら、国民の税金で支出するから、高額であっても国民に申し訳ないという観念が政府関係者には全く無いと見える。
     ベトナム戦争以降、アメリカ兵を戦争で戦死させることがアメリカ国内で厳しく非難されるようになってきており、そのうち、アメリカ兵にとって代わって日本の自衛隊員がその役割を担えということになる。日米同盟の強化と深化・進化と謳い、「日米同盟」を強くアピールする。国民に向かって、世界に向かって日米の固い絆、日米同盟をアピールするが、実際は日本国民に対して報道メディアを通じて国民を洗脳しているのである。非常に狡猾な方法である。まるで、北朝鮮並みである。何度も何度も「日米同盟」と発信させ、第二次世界大戦で日本の軍部が国民に対して、お国のためなら勝つまでは我慢しろと強要した洗脳手法そのままに、戦後の自民党政権は国民を騙し、国民の基本的人権を無視し、司法が口出さないのをいいことに政府およびそれを支持する自民党議員らが憲法無視の独裁的な政治手法にまで至るようになった。
     日本国民がアメリカ軍の支配下にある実態そのものが、日本の隷属の同盟関係なのである。




  • 日本の存立の危機 集団的自衛権の行使は憲法違反 安倍総理2014年7月そんなの関係ねぇ 行使容認判断を閣議決定
                                                                      このページの先頭へ


  •  日本は太平洋戦争で敗戦し連合国軍の占領下に置かれ、占領政策により軍事基地の設置や数々の占領政策が実施され、日本は民主化への道を歩むことになった。
     戦後の日本国民は、戦争の反省の上に立ち戦争を決して政府に始めさせないことを誓い、戦力の保有を禁止し、自衛のためにも戦力を行使しないことを定めた日本国憲法案を作成して国会(1946年6月)で内容を確認して議決・承認したものである。
     朝鮮戦争が勃発し(1950年6月)、連合国軍としての米軍が朝鮮半島へ出動し日本国内の治安維持のためという名目で憲法を改正して日本の軍備を米国が要求する。当時、日本は連合国の占領下にあったが(1951年9月に講和条約を締約して日本の独立が承認される)、民主主義国家を自負するアメリカは、日本国憲法で定める「日本は戦力を保持できない」ことを充分承知しており、憲法を変えない場合には自衛軍の保持については、アメリカはその矛盾を理解していた。これに対して、吉田総理は憲法を改正せずに、米国の要請に応える方法として警察予備隊を発足させた。
     1951年9月以降は、日本は独立して主権が回復したことになったが、実際はアメリカに隷属状態が継続。且つ、日本国憲法を遵守する民主主義国家であるはずの日本であり、「戦争放棄・戦力の不保持・自衛のための戦力の行使をも認めない」を掲げているが、その後は警察予備隊の規模から更に武器装備の充実化と規模拡大化という憲法に対立する道を日本は歩み始めたのです。これ以降の政府・官僚は国民を丸め込むように方策を思案・画策し、憲法を改正することなく、こじつけて自衛隊は専守防衛として存在させてきた。但し、最高裁は自衛隊の存在自体の違憲判決について判断を拒否しており、更に安保条約の内容については、国会と最終的には国民の批判に委ねられるべきことであるとし、逃げ口上を並べ立てて、司法が勝手に既に行政と憲法の独立性を歪めてしまっているのである。
     日本政府は自衛隊の活動範囲はあくまでも国内にとどめるとして国民に受け容れ入れさせ、国民は、海外に出ることはないならと諦めが占めた。このとき、自衛隊は海外での活動が禁じられているのであるから、自衛隊の活動に関する法律は国内の活動に適合した仕様である。
     しかし、そのうち日本政府はアメリカの命じる要求に応えて自衛隊を海外に派遣するようになり、次第にアメリカの戦争に関わる任務が拡大され、自衛隊は戦闘地域において戦闘にかかわるアメリカを中心とした有志連合国の軍隊とは一体的な軍事活動は行わないと国民には説明し、これを規定した特別措置法を制定して海外に派遣したのであった。しかし、例によって、日本政府は国民を騙して日本国民には秘密にして、戦闘と一体的な活動を実施していたのであった。イラクへの航空自衛隊派遣時に刑事罰相当の犯罪を犯していたことが明白になっている。これ以前の総理の政権時における自衛隊の海外活動に関わる事案についても疑義が生じる。
     国民が情報公開請求によって資料の閲覧を求めると、自衛隊の海外での活動についての防衛省の回答文章は黒塗り状態であり、これは政府に都合が悪くなる法律違反などの事案であったのは容易に推測できることであるが、この政府の法律違反が暴露された際に、自衛隊の活動が、自衛隊の国内での活動を目的に作られた法律ではカバーできない事態に陥り、法律違反を起こして後に、法律違反でも咎められない根拠法を作成する必要性が生じることになったのです。即ち、犯罪のもみ消しを行う対応を執ったものと見ることができよう。   
     それまでの歴代の政府が拒絶してきたものを安倍総理は翻して、2014年7月に憲法違反に当たる集団的自衛権の行使容認の判断を閣議決定し、日本が戦闘に協力する根拠とする種々の安全保障の法整備を行うことによって、現在まで不備であった関連法によってそれまでの自衛隊が戦闘状態の米軍を他国の領海・領土で支援していた事案について、新法案によって不備を補完することによって安倍総理自体も犯罪性を否定できない検察による逮捕・訴追を逃れ刑事罰を受けなくて済むように謀略を謀る。この種々の安全保障の関連法は、刑事罰逃れのために利用できることになるが、しかし、これは、日本が国外で戦争をできる根拠に使えるのだ。これは自衛隊が戦力を行使できるとする法律、つまり、「戦争法」に当たる。
     この「できるという」法律での運用は、戦争してもよいと同等であり、今後は積極的に武器を使用して練習から実戦へ移行させ、交戦が日常的に行われて国民を麻痺させて、遂に海外で自衛隊が戦争していても誰も文句は言えなくなるのだ。
     この法律は、かつての政府の犯罪性を揉消すのに充分すぎる内容です。この法律の趣旨は、政府が容認さえすれば、日本国憲法で認められていない集団的自衛権を行使した戦闘行為ができるとする内容であるため、世界のどこにでも自由に行って活動が可能となり、たとえ他国の領海、領土、領空であっても、たとえ有志連合国軍が敵と交戦している場合に自衛隊が後から割り込んで「駆けつけ警護で応戦ができる」としており、自衛隊の戦闘行為が合法的に制限無く拡大されることを意味すると読めるのである。日本政府は種々誤魔化しの説明を国会で行うが、要するに政府が閣議決定した集団的自衛権の行使容認のその判断行為自体が憲法違反であり、及び新たな安保関連の法律の内容そのものが憲法違反であり、並びに海外での戦闘行為が憲法違反であるが、所謂一連の「戦争法」が成立してしまえば戦争が合法的にできることを意味するのである。国民はこのことをしっかり理解しなければ、またバカを見ることになるのです。
     繰り返しになるが、根本の「定理」といえる「日本国憲法の戦争放棄」が存在しているにも拘らず、日本の軍隊が海外で堂々と戦争することが可能となり、司法は法律を根拠に裁定するため、政府が例外の日本存立の危機の要件の事案と処理することによって、戦争の殺人に対して司法は政府の判断を合法とせざるを得ないのです。なぜなら、政府自身が特定秘密指定が適当であると判断すれば秘密指定でき、この場合には、特定秘密扱いで誰も詳細を調べることができず、司法さえも政府の説明を受容せざるを得ないのであるばかりか、報道機関も政府の説明をそのまま右から左に国民に報道するのみとなることは容易に推測されよう。
     ただし、日本国憲法を改正しない限りは、集団的自衛権が行使できないので違憲であるが、政府自身が勝手に集団的自衛権を海外で行使すること、且つ武力行使することを可能とする閣議決定を行い、あたかも合憲であるかのように国民を偽り、集団的自衛権の行使と称して自衛隊に積極的に戦闘行為をさせた結果、ちょっとした交戦から戦争になってしまっては、現行憲法は単なる紙切れの文章に貶められ、現行憲法は効力を失い、そうすると、条文に規定されている国民の基本的人権の保障など完全に無視されてしまっても、裁判の法的根拠がなくなるのである。また、国会議員の存在の根拠も無くなり、総理ほか政府の閣僚らの存在の根拠も失われることになる。ただし、独裁的な政府は、政府に逆らう勢力に対しては、刑法と自衛隊法を盾にして刑事罰のみ適用させて国民を拘束してしまうのであろう。
     よって、国民は、戦闘に及んだ場合には、政府関係者や自衛隊関係者、法律を制定した国会議員らを、民主主義の国家体制を転覆したとして拘束し裁判相当により処罰するのが妥当と判断する。 第二次世界大戦の日本の戦犯を裁判した東京裁判において平和に対する罪で処罰されたA級戦犯という概念があるが、これらの戦争法を成立させた安倍総理、内閣法制局の官僚ほか、自民党議員などは全て、日本国民から見るとA級戦犯として処罰する対象に該当する。
     即ち、政府が勝手に集団的自衛権が容認されるとした所の判断を、最高裁が言及するように、容認できるかどうかについては国民が最終的な裁断を下さなければならない。それが最高裁が公正な判断を拒否し、暗にほのめかした解決の方法だからであるから。であるから、国民は、その国民の裁定が可能となる政治の制度及び公正・中立な憲法裁判が出来るシステムに改善することが民主主義の必要条件であると考える。


     日本国民は訴える。日本に軍隊が必要であり、戦闘行為が場合によって容認される必要であると国民総意の意思に基づくならば、日本国憲法を改正してそれを定めれば筋がとおり、合憲であり、合法となる。この論理が可能となる手続きを執ることが絶対的な条件である。

     → 【 日本の存立の危機。安倍政権の集団的自衛権行使容認の閣議決定は憲法違反、安全法制整備法案は憲法違反 】 参照。


     筆者の感じ方:安倍総理の憲法違反の集団的自衛権行使容認の判断の閣議決定及び諸々の戦争法案の立案に於いては、裏に米国の外交筋の指南がうごめいているのであろう。ちょうど砂川事件の最高裁での裁判に於いて裁判長が米国大使と秘密に通じ合っていた構図を想起させる。





  • 自民党政権は、現日本国憲法の「戦争放棄」、「陸海空の戦力を保持せず」の誇れる条文を改悪して闘う軍隊を憲法に定め、日本に関係ない戦争に対しても、また、国連決議が無い戦闘行為に対しても、アメリカが要求すれば、集団的自衛権の行使として容認して、”Yes,Sir”と、日本の領海外の国においてアメリカが行う戦争にアメリカの同盟国の家来として従順な国になること、正確には、アメリカが今日まで要求してきた「アメリカのために戦争する日本国」になること、それを実現させることにある。  (2015年1月)
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  •  先ず、日本国憲法の改正については、国民視点の憲法の改正は、9条の「戦争放棄」、「陸海空の戦力を保持せず」を残したままで、その他の条項を改正するほか、9条については、更に核兵器の製造、貯蔵、持ち込みを禁止することを定め、外国軍の日本国内への駐留を禁じることを定める、海上保安庁を領海、領空、国境警備にあたる警備部隊とすること、及び大規模災害や自然環境破壊に対して救助や保全などに対処する専門部隊について定めることなど追加する。
     尚、安全保障については、東アジア共同体構想によって平和主義の協定を結び、更に中央アジアや中東、環太平洋と拡大させてゆく。
     国会の一院制方式を定め、国会議員の定数を最小として、経費削減、効率化を図る。 議決は、IT技術を駆使して国民が政策や法律や予算の重点的な配分について決定できるようにする。 また、この手法によって、国民投票を有効に活用でき、民意を確実に政治に反映できる方法を憲法に定める。(注意、但し、国の将来を正しく舵取りしなければならないので、国民が愚集になって現状の待遇改善のみに埋没することにならないように、社会的に、環境的に安全な未来社会のあり方を正しく目ざして行くようにする方策は講じられなければならない。 また、一院制に関しては、国会議員の現在の既得権益が損なわれることになり、大幅な定員削減になる一院制について賛同する国会議員は皆無と考えられるため、国民が革命的に集団行動を行うことを通じて、これを勝ち取ることを実行しない限り、現在の似非民主主義から脱皮して、未来志向の本当の民主主義政治への改革は、数百年経過しても実現されないであろう。)
     この一院制方式は、議員が国会で種々の政策案と解説の提示を行うものとして、国民は数種の選択肢の中から選択することが必要である。 多数決の票の獲得した案が採用されることになるが、フォローアップとして、少数意見と調整し、その組み込みによる妥協について国会で討議してもらう。


     

     現在は、第二次大戦の敗戦直後に昭和天皇とマッカーサーなどと画策した日米安保条約及びその他取極めによって、アメリカ隷属の体制が約束され、このため、アメリカ軍が日本全国で自由に軍事活動ができ、身分が保障され、日本の主権が及ばないのみならず、アメリカ国内では国民の基本的人権が保護されて、軍による活動が阻止される事案について、日本国内では日本国民の人権が侵害されても、無視される法体系となっており、日本の主権、司法権がアメリカに隷属した状態が、戦後70年の2015年においても継続されている。
     日本は、憲法改正の前提として、日本国内におけるアメリカ軍による日本人の人権を回復するために日米安保条約を解消するものであるが、戦後の連合国の日本の占領政策に関連して、アメリカ以外の戦勝国は天皇制の存続に関して否定的な案が示されていたことなどから推測して、昭和天皇が危惧した天皇制や皇族の廃止について、その存続が何らかの条件付で与えられたと推測される日米間の取極めにより、日本国民の人権の侵害は配慮されない日米安保条約や関連取極めを締約することになったと想像される。 以上を考えると、現在の日米安保条約及び取極めを解消すると、必然的に、アメリカ側から天皇制の存続を承認しない事情の圧力がありうるものと思われるが、これはやむをえないのである。 そのときは、一旦天皇制を終焉し、新たに、女子の天皇を認め、主権在民、主権者である国民が象徴天皇としての天皇制を承認する形態を憲法に定めることになる。


     自民党の憲法改正草案(2012/4/27公表)を見ると、本来は憲法で保障されているのが筋であるが、国民の権利である表現の自由などについて、国民が行う政府批判の正当な表現・行動に対しても、政府が公の秩序に反すると判断すると、しかも、判断できることになるのであるが、その国民の正当なはずの行為が禁止できるのである。 そして、これを取り締まるために、既に関連すると見られる法的整備がなされ、拘束・刑罰を科せられる環境づくりはできているのです。
     即ち、このことから、政府は、思い通りに政策を展開でき、政府に反対する言論、集会、大群衆のデモ活動などについては、国家権力を行使して抑制しやすくなり、益々国民の主張が狭まられていくようになるであろうことが容易に想像できるのです。 例えば、アメリカ軍の基地及びその関連施設などを日本国内に建設することは、仮に日本国民の人権が侵害されようが、政府の思い通りに実施でき、更に、アメリカの要求に応えて日本軍が海外で戦争を行っていても、その実態は秘密裏にされ、これを暴こうとする者やメディアは、逆に犯罪人にされてしまって、国民全てが政府に逆らえない国、官僚主導の独裁的国家であり、忠実なアメリカに隷属する家来、日本が完成するのである。 アメリカは、この日本のアホさ加減に戸惑うであろうが、大いに満足し、それを実現させた総理に名誉を与え、この自民党への支持を表明するであろう。 


     その自民党案(2012/4/27公表)において、天皇は単なる象徴天皇から、「国家元首」として不動の位置を与えているが、これは、筆者から見ると、日米安保条約による日本のアメリカへの隷属化を明確な元首としての天皇の下に絶対的なものとし、永久的なものとして確立させることにあると、読み解くことができる。
         日本国憲法改正問題 現憲法・自民党憲法改正草案 2012/4/27・国民から見た憲法改正案 2006/9/18 の比較 参照。


     2014、2015年の安倍総理は明らかに犯罪者であるが、日本の警察権をコントロール下に置き、昭和天皇が戦争責任の訴追を免れたと同じ構図が、アメリカに協力する安倍総理にも同様に働いているので訴追逃れが罷り通っているのである。 司法がアメリカに協力する自民党の政治家に対して機能していない現状、憲法無視を実行できる政治の現状から判断して、この事実は明らかに安倍独裁政治が実行されているのである。 日本は安倍総理によって種々の暴挙が実行されているが、意図的に現在の高尚な日本国憲法を無効にする暴挙であり、警察は犯罪者達のコントロール下に置かれ、彼ら政治家に従順である。 日本は、アメリカに隷属した状態が継続し、日米同盟の深化と称してその状態を徹底的に推し進め強化し、アメリカの利益のために貢献する役目を担うのが、日本国憲法の戦争放棄の条文内容を堅持することを希望する国民の敵である、2014年、2015年の安倍総理である。 司法や警察権力は、アメリカに協力する政治家には正常に機能しない状況になっているから、今や、一般国民が通常の政府批判・行動では誰も止められない状況になっている。 日本人の人格を否定された状態が正に進行中である。 このまま放置すると、必然的に向かう未来は、アメリカの利益のために日本が貢献すること・・・アメリカの要求どおりにアメリカの戦争に協力してアメリカの戦争経費や兵士の戦死者を削減させる目的で、アメリカ兵の身代わりとなって戦場で貢献することである。 これが、今後の日本の合言葉となり、これに反対行動を起こす者は、自民党の憲法改正草案の内容に記述されている ”公益及び公の秩序”に反する者として政府からレッテルを貼られて圧力が加えられることになるであろう。

     この現在進行中の原因についても、昭和天皇が画策した日米安保条約及び取極めに原因があるのであり、これについても昭和天皇の責任に帰することが言及できるであろう。
     このアメリカ隷属であり、日本人の人権が無視される現状を解消し、日本国民の高尚な平和への取り組みを進めるために、平和を希求する本当の勇者としての日本人の人格を回復するためにも、「国民から見た日本国憲法改正案」の改正内容の制定を実現し、同時に、新たな政治のシステム・選挙制度・司法制度・専門の防災への対応部隊とシステムの構築などを国民の手によって成し遂げなければならない。 これが実現されなければ、一般国民から見た明るい未来は決して訪れない。






  • 政府の犯罪 自民党国会議員 訴追逃れに幇助 集団的自衛権の行使容認へ発展
    イラク派遣の航空自衛隊に犯罪に当たる輸送を命じていた政府
    その事実が知られると開き直り、米国のために他国を攻撃できる日本国に変貌させる謀略を企てる
    その犯罪の訴追逃れの工作に加担する自民党の国会議員たちも犯罪者へのほう助という共謀の罪
    その国会議員による犯罪行為は議員資格を失うことが相当とみなされる
                       このページの先頭へ


  •  小泉、安倍、麻生、福田元総理、額賀元防衛庁長官、久間、石破、高村、浜田元防衛大臣をはじめ、防衛省、外務省など関係部局が、イラク戦争が完全に終結していなかった時点で航空自衛隊をイラクに派遣し、国民に約束した内容以外の範疇の刑法に違反する犯罪の輸送任務を国民に偽って当たらせていた事案に関与していた。
     日本の立憲主義の民主主義政治及び法治国家としての体制は、行政と立法と司法が独立していなければならない。もし、政府内閣が法を犯して犯罪に至った場合には、国会はそれを追及しなければならないし、検察は内閣に人事権を握られているが、法を尊重してこれを厳正に適用して犯罪を取り締まらなければならい。 そして、司法判断は独立した裁断が要求され、行政行為が憲法に違反している疑義を提起された裁判訴訟事案に対しては、あくまでも中立的な立場で、裁判官に対してのいかなる圧力をも排して、あくまでも憲法と法の精神に従って国民の権利を尊重して正しく裁断が下されねばならない。 司法判断を下す裁判官がいつまでも大日本帝国時代の流れを受け継ぐ司法者集団の勢力の人事権の影響下にあっては、司法判断が行政寄りに裁断されてしまう事態が発生することになるので、現在の憲法訴訟制度を改め、新たに独立した憲法裁判所の設立と行政に左右されない権限の強化が可能となる憲法裁判所の訴訟制度に改められなければならない。
     上記した犯罪事案については、法治国家である日本では厳正に調査されて、事実関係が明らかにされて、厳格に処罰されねばならない。しかし、2014年6月時点においても、未だに検察は政府によるこの犯罪を立件せず、そうこうしているうちに政府は自民党を巻き込み、教唆して自民党の国会議員たちに犯罪の隠蔽工作への協力を求めたと推測される。これに対して、自民党の国会議員たちは、訴追を逃れる隠ぺい工作について、犯罪性の事実を認識しながら幇助することは犯罪に当たることを理解しているはずであり、法律として知らないでは理由にならないのである。仮に例として、殺人を幇助することやそれを命令した事案及びその犯罪を犯した人物の証拠隠蔽に携わる事案について、一般市民の当事者がそれが犯罪に当たるとは知りませんでしたと釈明しても、警察に逮捕されてしまうのであるから、国会議員たちが政府による犯罪の事実を隠ぺい、もしくは訴追逃れをするために共謀することは、この場合、犯罪に関与した犯罪事実により政府の犯罪者と同様に犯罪者とみなされることになり、これを行った自民党の国会議員たちは自ずと議員資格を失うことが相当と見なされる。ところが、健全であるべき法システムが悪用されて機能障害を起こしている。
     2014年6月時点で、国会は犯罪者が占領しており、最早、民主主義の立憲政治が成立しうる状態ではない。これが、2014年6月時点の安倍政権と自民党の国会議員たちの現状である。

     隠していた政府のイラクでの犯罪が国民に知られると、今度は政府は開き直って、更に悪行をもくろむのである。それも「戦争放棄」を憲法に掲げてその事実と内容を世界に宣言してきた日本国が、「戦争放棄」の憲法を幾分も変更せずに、日本は自国が攻撃されていないにも拘わらずに、他国を攻撃できる国であると堂々と宣言するに至り、国会議員の数で優勢な自民党と私的に狂った戦争への参加の欲望を抱くひとりの総理の思惑通りに国会が政策を決定し、アメリカの利益のためにアメリカが日本に要請するアメリカが関わる戦争については、自民党政権の総理による日本政府が容易に戦争支援を表明し、中東、中南米、アフリカ方面での日本の自衛隊の戦闘も可能となる内容を含んだ政策を決定する暴挙に及ぶ。
     アメリカの戦争への参加というアメリカ隷属に忠誠を示したい安倍総理の狂った欲望の強迫観念のもと、安倍総理とその仲間による独裁的な政治手法が可能となっている現在の政治的優勢な状況を悪用することにより、権力の誤った行使が可能となる現実の姿を自らの実力と錯覚し、日本国の民主主義制度を堕落・崩壊させることを開始したのである。 それは、多くの民意を無視したものであり、日本国が戦争を禁じているにも拘わらず、国連憲章に集団的自衛権という内容が書かれているだけでそれを根拠として、あたかも自国の憲法より優位性があるかのごとくの錯覚を国民に無理強いして困惑させ、集団的自衛権と呼ばれる名ばかりの解釈を引用することによって現在の日本国憲法下でも他国への戦闘攻撃に関わることが可能と解釈でき得るものとする自らの憲法解釈の正当性を勝手に掲げたものであった。 そして、他国の戦争が将来日本に非常に窮迫した危険が及ぶと政府が勝手に判断するだけで、政府が自衛隊に公海上以外に他国領域において、日本を攻撃していない相手であっても、その相手に対して戦闘行為をに及ぶことを可能とする内容の法整備を力づくで行い、戦争行為に及んだ場合に政府の合法性を位置づけするものとするものであり、政府関係者が罰せられないようにするなど企てる事態に発展したのである。
     無能な警察・検察組織が人事権を含めて政府に完全にコントロールされている状況のもと、現在の自民党政権は、ほくそ笑んで国会・国民を手玉にとって、日本がかつて踏み外した道に向かって何ら反省することなく、躊躇することなく、アメリカの忠実な子分として率先して戦争に加担するように法制度を敷こうとしているのである。 もう、こうなっては、戦闘行為が違憲であっても、司法によって無効という裁断とそれを止めさせる強制力がなければ、この悪意を抱いた犯罪者の政府であっても、その政府の悪政に反対する者は皆取り締まられることになることが容易に推察される。 それは、まるで、中国のウイグル族への強圧的な弾圧と同じ状態に至るのであろう。 これに伴い日本は、将来、国民総動員体制の関連法、徴兵制度の関連法の策定や治安維持の関連法という国民の基本的人権を制約する様々な仕組みが成立させられることが予見される。 そのうち、国民が日の丸の旗を振って、日本万歳!、天皇陛下万歳!、安倍総理万歳!、自衛隊万歳!と掛け声をかけて兵を戦場に送り出すことになるであろう。
     そして、このような自民党の議員が国政を行うことになるように選ばれる現在の選挙制度では日本の政治は決して改善される見込みはほとんど無いであろうと筆者は憂う。 もし、このような状況に至れば、正義を貫く国民は地下に潜って抵抗活動を行うしか日本を軌道修正する道が他には見出すことができないであろう。
    (2014年6月)






  • 政府が自衛隊に武力攻撃させたいのなら、憲法を改正すればよい。現憲法の戦争放棄を削除し、日本は戦力としての軍隊を保持する事を定める。但し、日本が中立主義を採るのか、日米の二国間の同盟を維持するのか、多国間の安全保障体制の確立へ転身・向上するのかなど、及び国家の平和への姿勢によっ左右され、必然的に日本国の個別的自衛権及び集団的自衛権の行使の捉え方も変化することになる。         このページの先頭へ


  •  日本の自衛隊の組織化の発端はアメリカに強要されたもの。しかも、戦後の日本国憲法に記されている 「戦力を保持せず」を改めることなく。つまり、現在の自衛隊の存在は憲法違反。それを悪意ある司法判断者及び政府自身が政府に都合よく勝手な屁理屈をつけて国民を騙しているのであり、権力に逆らえない国民は、民主主義には無頓着、アホになって我関せずを貫き通しているだけ。

     戦後日本国憲法を制定した直後に、その憲法の趣旨を当時の吉田総理が国民に公に説明した。それは、「日本は、再び戦争を起こさないように、戦力を保持せず、自衛のための戦争をも放棄する」というものであった。 これは、その後に憲法を変えない状態であるから、2014年現在も有効である。 しかし、憲法制定後すぐに、アメリカは日本の憲法を改正して日本の再軍備を要求したのである。 これに困った吉田総理とその政府がとった対応が、憲法は改正せずに軍ではない警察予備隊を組織するというこじつけ対応でアメリカをやり過ごしたのであった。 そして、このこじつけは、憲法違反を正すことなく行われ、その後、自衛隊に名称変更し、自衛隊法を作って軍隊を制度化し、明らかに日本の軍隊であるところの自衛隊を現在まで増強し続けてきているのが実態です。

     そもそも、この状態を作り出した原因者は昭和天皇にあるのです。 このアメリカに隷属し、日本にある米軍基地や米軍のために日本人の基本的人権が無視される状態を作り出したのです。
     今や、アメリカは日本に対して、アメリカのためにアメリカの戦争に共同して闘うことを強いり、アメリカ兵と同様に日本兵が外国でアメリカが戦う戦場において血を流す貢献を求めて来ているのです。 アメリカは日本に対して、日本はアメリカの味方なのか、それとも敵なのか、どちらだと恫喝する。 これに対して日本の関係官僚と政府閣僚は、常に”イエス・サー”を表明して従うだけである。 ただし、政治家がアメリカに反対声明の強気の発言をするのは、経済面での日米交渉ぐらいであり、これは、この経済摩擦の解消方法で日本があまりにも不利益を被ると、国政選挙において地元の農業・その他産業などの支持母体組織の選挙の票が失われることを危惧しての行動しかない。 しかし、この抵抗は実際には長続きしないのである。

     昭和天皇は、日本がアメリカと開戦すれば負けることが最初からほぼ確実視されていることを理解されていたにもかかわらず、それを止められる唯一の最高権限者であった昭和天皇が、愚かにも何ら顧みず、何ら対処を命ずることなく、戦争を容認してしまったことにあった。 結局、予測通りの事態に至り、各地の戦場で日本兵や日本軍のために現地に赴いた一般の日本人まで玉砕する状態が続くなかで、最終局面において昭和天皇は、ポツダム宣言を受諾して降伏するように求める連合国に対して、天皇の存続が認められる確証がなければ降伏を拒否することを固持し、この降伏受諾を先延ばしした結果、日本は更なる惨劇を経験することになったのあった。 この日本の降伏の先延ばしは、米・ソの期待でもあったのである。 8月半ばまで日本が受諾を拒否したことで、アメリカの筋書き通りに原爆の威力・影響把握の実証のための原爆製造・投下作戦が時間的に間に合って実現できる結果となった。 一方ソ連では、参戦においてソ連の思い通りに少ないソ連兵の犠牲で済ますことが実現し、日本領土である北方の島々を容易に獲得するソ連の陰謀が実現される結果となった。

     日本の敗戦で終戦を迎え、戦後処理のひとつであった戦争責任者を裁く裁判において、米国以外の連合国の国々は天皇を訴追することを強く主張していたが、アメリカは昭和天皇が裁判での訴追を免除するように動いた。 そして、戦勝した連合国の複数の国々による日本の占領統治状態から日米二国間の安全保障条約を締結し、実質的には米国単独による日本占領を行う方策を模索し、昭和天皇は、天皇を防護する部隊を失ったことにより、天皇を排除しようとする勢力から自らを保護してもらう必要から、アメリカに対して日本全国に米軍基地を建設して半永久的に米軍が駐留するように要請することを表明したのであった。 その後、日本の独立が承認され、同時に日米安全保障条約を締結して、米軍による天皇保護、国内の治安維持、外国からの侵略から防護する軍事行動を可能とした。 その際、日本国内における米軍関係者の安全、治外法権、米軍の自由な活動を保障する措置が図られた。
     現在、世の中では、学校でのいじめ問題が騒がれているが、アメリカ軍駐留により、憲法で保障されている日本人の基本的人権が無視されている状態を日本政府が改善しないのは、日本国による国民へのいじめそのものであると言える。

     その当時に、日本は、日米間での条約締結及びその他取極めによって、また法治国家として日本国憲法に従い、戦力を保持できない日本は、米軍による集団的自衛権の行使を容認するいう手段を用いることによって対処するという、法治国家日本の安全保障の道が決定したのである。 その後、日米安全保障条約は改定されたが、日本国憲法は改められておらず、その結果、米軍が日本国を防衛する明確なる義務は法的に存在しており、これは誰も否定できない事実である。


     2014年時点の安倍総理は、日本の限定的な集団的自衛権の行使の閣議決定に向けて謀略を図ろうとしている。 それを決定することは、即ち、日本国憲法を無効化することに繋がる事案である。 つまり、国家が民主主義国家を転覆させる事態といっても過言でない行為なのである。
     限定的な事例での行使容認を求めるように政府が国民に向けて説明するが、戦力である自衛隊はいかなる場合にも武力を行使できない。 これが憲法の効力であり、最高法の規範であり、これを規律正しく順守するのは、民主主義の法治国家、日本として当然の国の方針でなければならない。

     かつて、小泉元総理は自衛隊をイラクに派遣するときに、戦闘地域で戦闘に加担する違法活動は行わないと国民に説明していたが、その自衛隊の活動についての資料を国民が請求すると、活動内容が秘匿されていた。 そして、実際、航空自衛隊の輸送任務は、正に戦闘に向かう有志連合国の戦闘員・物資の輸送という有志連合の戦闘員と一体的な活動を行っていたことが名古屋高裁の民事法廷での裁判所により発せられた判断で明らかになったのである。 このように、政府による国民への説明と政府が自衛隊に命令する内容は、国民を騙すものであったことは明らか。 尚、イラクでの自衛隊の活動その他における犯罪事案については日本国の法律が適用されることが決まっていたもので、この時の航空自衛隊の任務やそれを命令した行為は犯罪事案に当たり、当時の一連の総理・防衛大臣、関係指揮官などは厳正に処罰されねばならない事案である。 そして、調査権力を有する警察は政府のコントロール下にあり、政府の手先であるから、事は国民の思うようになっていないのが現状。
     このイラクの事案から判断すれば、安倍総理が国民に対して、限定的な集団的自衛権の行使によって、日本は戦争をする国にはなりませんから安心してくださいと説明・説得しても、国民からすれば、その総理の言質はとても空しく響くのです。


     政府が説明する事例における対処は、すべて海上保安庁の警察権の範囲です。 日本の領海内においては、その警察力で対応できるように、海上保安庁の予算額を現在の3〜4倍に拡大して最新鋭の船舶や装備を拡充して配備させ、いわゆる犯罪行為を抑えられる様にするとともに、海上保安庁の職員の生命ができるだけ危うくならないように、巡視・警備・捜査・防御のために、小規模な種々無人の飛行体や潜水艇を築造し、これらの手段を利用して犯罪者の船舶などに警告、船舶などとの応戦・防護が可能となるなような装備、特殊装置などを開発・導入する必要がある。 また、政府が、国民への説明として、武器を保持した外国の偽装漁民が日本の離島を占領する事案をあげるが、そもそも、不審船が日本の離島に接岸でき、島を占領される事に至るような状態は、日本の海上保安庁にかかわる監視体制が不足・不備であるといえるので、先ずはこのような状態にならないように、監視体制を強化しなければならないし、離島での犯罪活動などは、海上保安庁及び警察と、犯罪者の排除のために無人の特殊駆動車両あるいは特殊船舶及び装備で抵抗者を制圧できるように対応すべきことである。
     そもそも、それが起こらないようにするのが、平和主義国家、日本としてやるべき平和外交である。
     それでも解決できない軍事的な衝突に発展する事案に対しては、日米安全保障条約の定めに従って、アメリカが日本を防衛する義務を果たさなければならないのです。 それが国際的にも認められる法の支配であり、日米間の法的な条約の取極めであり、米国が責任を放棄できないことは明白である。 日本が法治国家であり、民主主義国家であるなら、これを適正に・確実に適用すればよい。 そうでなければ、日米安全保障条約など無意味である。(もともと日米安全保障条約について、米国の意図するところは違っていても、扱いは、条文の内容が実際的に物を言うのである。)
     日本が国内への米軍基地施設などの設置を承諾し、更に日本国内の米軍の基地・施設などについて日本が様々な高額な負担金を拠出しているが、先の例示のような日本への武力攻撃に対して、米国が何もしないのは条約違反に当たり、もしそのような場合には、米国のやっている態度は正に「ぼったくり」であり、日本の所謂反社会的勢力の「ぼったくり」行為と同様に卑劣である。
     このような現実を理解しようとしない、あるいはその能力を欠く国会議員たちによって日本の国会が牛耳られているが、それは大多数のいい加減な国民が選んだ結果ではあるが、アメリカ従属の官僚・政府閣僚などの行為を止められない日本は、民主主義政治の衰退の末期症状を呈しているのである。 また一方庶民については、所得向上と今日の生活の楽しみと明日の家族の生活をどうするかだけを思い浮かべながら生活するのが精いっぱいであり、政治のことを真剣に考える余裕もない社会になっている。 このような状況であるから、筆者には、このような国会運営では、日本には一般国民のための明るい未来は来ないと予想でき、待っていれば遠くない将来日本は沈没するのであるから、放っておけばよいのであるが、ただ、日本の子供たちのためには、国民自身が国政・国会への監視と世界の安定・平和に対する意識を変えないといけないとして種々書いているのです。 日本政府はアメリカ大権のもとアメリカ隷属の軍事政策を推し進めており、日本は戦力を行使しない国から脱却し、武力行使の積極的平和主義により世界の国々と同じように平凡な国として、その戦力の優位とどこにでも行って日本軍の存在感を誇示したいアメリカ隷属の防衛・外務官僚たちの野心が高まっているのである。
     しかし、そのような状況においても、少なくとも法の支配を無視するのであれば、中国や北朝鮮のやっていることと何ら変わらないことだけは断言できる。


     もし、テロリスト達が日本を攻撃対象にし、軽量の核爆弾を持参して日本の領海内に侵入して上陸し、日本国内で自爆攻撃をした場合には、その時は、日本国民は諦めてください。 米軍の核の抑止力など役立たずであることを認識させられるであろう。


     2014年時点の安倍総理が掲げる積極的平和主義により、海外で自衛隊がアメリカ軍と共同で、あるいは単独で、ドンパチできるようにするためには、憲法を改正し、新憲法にそれが可能となるように定める必要がある。 法的に筋が通るようになれば、少なくとも整合をとれば、現在問題となる戦力である自衛隊の違憲性やアメリカの戦闘員と一体的に戦闘行動を行うことやその命令を総理・防衛大臣が堂々と実施しても、法律的には何の問題も生じないのです。 先ずは憲法の改正でしょう。 但し、その改正内容次第ですが、政府や役に立たない国会議員任せではなく、国民が望む憲法の改正内容に基づかねばなりません。

     憲法の改正内容が、例えば、天皇制の廃止(天皇制を認める場合には女性・女系天皇を認めること)、国会の一院制、国会の会期の通年制、議員定数削減、男女の婚姻の性別の不問、代理母出産による戸籍上の母親条項の改正(医学的・法律的及び関係当事者間での社会的な同意や立証、その他により、体外受精の卵子提供者が母親とすることが認められること)、選挙制度の改革、国民投票が憲法改正以外にも政治的な効力を有するようにすること、日本国内の米軍基地の撤去、必要なら日本の許可制で暫定駐留が可能とすること、日本の武器輸出の禁止、日本の核兵器の開発・保有・日本への持ち込みを禁止すること、政党への企業献金を禁止、核燃料サイクルの禁止なども、集団的自衛権の行使容認と同様に、すべての国民(有権者)に賛否を問うことが求められる。
     尚、日本が戦力を保持するこ場合を仮定するとして、日本が中立主義を憲法に定めることも可能であること、また、東アジアの集団安全保障体制を擁立させることも可能であることなどについて、すべての項目内容に対して、国民総意としての意見の確認が必要となる。  (2014年5月記す)』






  • 日本の集団的自衛権の行使 憲法違反         このページの先頭へ


  •  日本の自衛隊の集団的自衛権の行使については、2013年現在有効な日本国憲法下、日本が法治国家として日本の法体系が成立しているなら、その行使は認められない。
     政府が勝手に政府に都合よく憲法を歪曲的に解釈し集団的自衛権を行使することは許されない。日本が北朝鮮のような国家体制でない限り、民主的な法秩序の下では決して容認されてはならない。もし、容認する国会及び容認する司法であるなら、最早、国会や司法はそれらの機能が意味を為さなくなったと言及でき得るものであり、この場合、国民は日本の法治国家としての存在と法システムは消滅したものとみなすことにする。

     現日本国憲法は本来、「戦争放棄」を謳い、「軍の戦力を保有せず」を謳っているのであるが、現状は日本国の領域内での防衛について、政府が憲法を都合よく解釈し、なし崩し的に軍の保有と防衛をこじつけているのである。 尚、日本国憲法下、日本の自衛隊という武力の保有の言い訳として侵略という事象を掲げて説明するが、憲法に侵略を目的にして軍・武力の保有を掲げる国などない。 すべて国の軍隊は国際法で定めている自衛軍である。 また、過去の戦争はすべて自国の防衛を目的とした戦争が理由であったこと、テロ行為の理由についても自存自衛のためというものである。
     現日本国憲法の内容と自衛隊の存在とは齟齬をきたしているのは明らかであるが、これを改めようとしない日本国である。 イラク戦争で明らかな通り、アメリカの言うままにいい加減に事を行う国、日本であるから、いい加減なことで済まそうとするのは想像に難くない。 しかし、その許される範囲を超えることは憲法が完全に失墜し無力化することを意味するのであるから、これは政府による故意に日本の法体系や民主主義体制を不安定な情況に陥れる策謀としか思えない。

     集団的自衛権の行使は日本軍としての戦争行為であり、国民に関係ない単なる自衛隊のみの戦争ではすまされない。 政府判断で集団的自衛権という名の下に、日本国憲法で禁じている武力行為を可能にしてしまうことは、即ち、日本が他国のために敢えて戦争状態に陥らせることを容認することであることを、政府役人、日本国民が自覚しなければなりません。

     日本が集団的自衛権の行使による武力攻撃を行った場合には、日本を直接的に攻撃対象にしていない他国から、日本が先に攻撃を行った戦争国と看做される事案であり、その国から日本に対して報復の攻撃を開始される事態になっても当然の成り行きであり、戦争状態となることを意味する。 これは大多数の国民の望むところではないはずです。

     日本の領海外の遥か彼方で、日本の集団的自衛権の行使という言い訳で、例えば、アメリカの戦争に日本が参加していても、秘密保護法とやらで、事実関係が公になるわけでないから、日本が如何なる戦闘攻撃を行っても、戦争状態下、又、仮に日本に過失がある戦争となっても、国民は一切口出しできなくなってしまうことが起こりうる。 非常に危機的な事態が容易に推測される。 これはちょうど、稼働中の原発ですべての電源が長時間喪失した場合に、その後に起こりうる事態が容易に推測される情況と酷似している。 もう少しだけその危険性について考えて対処していれば容易に防ぐことが出来た事案である。

     また、政府に騙される愚かな日本人。 生物は学んで適応して進化するが、日本国民は学ばない生物あるいは学習するより忘れてしまって適応せずに進化しない愚かな国民といえる。

     政府に対する「デモ行為」、「徒党を組んで大声で政府の政策に反対する行為」をある自民党幹部がテロという認識を発言し、その後訂正したことでも明らかであるが、このような認識あるいは本意かもしれないが、このような自民党が特定秘密保護法という訳のわからない内容を定めているのであるから、今後運用される内容についての不透明さは無限大になるであろう。 政府が有無を言わさずに民意に反した悪政を断行するための言論統制の布石であろうと思われる。

     しかし、航空自衛隊のイラクでの活動やそれを命令した政府役人の刑法に抵触することが罰せられないのは、日本の法律と司法の仕組みはどうなっているのか不思議だ。 アメリカに隷属する者は罰せられない・・・
    これはアメリカ隷属の体制と関係しているのだろうか、筆者の理解の範囲を超える。






  • 自民党改憲案の危険性、騙されるのは国民         このページの先頭へ


  •  自民党の安倍政権は現日本国憲法の改正を持ち出す際に、戦後レジームから脱却を謳い、アメリカ主動で策定された日本国憲法を改正するとした。

     しかし、第二次世界大戦後、占領軍が、天皇主権の大日本帝国憲法を改めて主権在民の憲法を策定するように命令したとき、日本人自身により当初草案された多くの試案の内容は、大日本帝国憲法の踏襲であり、天皇大権が色濃く、民主主義としての国民の諸権利を保障する内容が少ない憲法案であった。  このため、アメリカ側で民主憲法に求める最低条件を与え、数名の起草者を選び彼らに起草を命じた。 このとき、政治的権力、軍事的統率力を有さない天皇制の存続は認められることとなった。 命じられた彼らは憲法草案について幾度も議論・修正を加えつつ原案化を行い、その原案について選任された日本人が内容確認と意見を述べるなどして、再考が重ねられた結果出来上がったもので、日本人が作成する内容より優れた民主主義の憲法草案であった。 その後、日本の帝国議会に掛けられた。 この時の議会での意見が最終案にどこまで受け入れられたかについて筆者は詳しくないが、最終的な日本国憲法案として憲法改正の手続きを踏んで後、天皇による公布が為されたものであったと筆者は理解している。

     自民党の憲法改正案として2005年に公表されたものが存在するが、最新版として2012年に大幅な変更が為された案がある。 この条項の文章表現を精査すると、受け取る側が、この行使者である政府・官僚(背後にアメリカの圧力が存在する)が決して日本国民を粗末に扱わないとして善意的な解釈に徹するならば、字面は正当なことが掲げられているが、いわゆる憲法解釈とやらで、権力側が条項を都合よく解釈してこれを基に権力を行使することに利用すると、とんでもないことが可能になるというものであることがわかる。 この改憲案は、現在の憲法と比べて、民主主義の国民主権という観点から見ると、時代が後退したような錯覚に陥るのです。 どこの誰がこのようなことを考えつくのか不思議で仕方がないが、まぁ、官僚に手なずけられた自民党の権力を振りかざしたい政治屋であることは間違いない。 TVのどこかの製品のコマーシャルではないが、危険な香が潜んでいる。 北朝鮮の権力のようなものが都合よく政府に与えられ、また、中国の言論統制のようなものを可能にするような内容を含んだものであり、筆者は恐怖を覚えた。

     日本国民は自民党の改正案の条項の文章表現の裏に隠されている、いわゆる憲法解釈というものを踏まえて、条項案についてよく熟考すべきである。 単純に、自衛軍の保持だけの内容変更ではないのです。 自民党政権が強く求める憲法96条の改正は、国会議員による憲法改正の発議要件の賛成人数の緩和という単純な問題ではない。更に自民党案では、憲法改正のための国民投票による承認について、国民投票を行う権利を有する者の過半数を超える賛成票を必要とすることを書き改め、有効投票数に対する過半数の割合で成立させようと目論んでいる。

     憲法の改正は、憲法の条項の内容に関して、改正が必要となったと思われる個所について、国民のための国民が納得できる内容に改正することを求める国民総意としての判断で為すべきことであって 一部の人間の思惑で可能になるような条件にすべきではないのです。

     現在、国会のみが唯一の立法機関であって、国民投票は憲法改正時の承認のみに適用される手段しか認めず、国民投票は立法に携わることができない状態である。 しかし、民主主義の理念を重んじれば、この旧態依然とした状態を改善し、個人の意思が最も確実に反映できる手段である民主主義の直接投票方式としての国民投票に類する議決手段によって、国民の全体の意思を拾い上げ、且つ国民が望む内容の法律案及び政策案が策定されることが一番望まれることである。  国民が主体的に議論し、政策案の作成及び決定が可能となり、また、法律制定や改正の発議、決定などが可能となるような内容を含んだ憲法、国会法、国民投票法に改革し、それら全体の仕組みや制度の体系づくりを進めるべきことを筆者は訴える。 そして、新たに定める手続き・方法及び新たな国民議決方式に準じ、国民目線に基づき、税金が生かされる政策を選択実施し、国民・公共の福祉を充実させていくべきであると筆者は考える。

     自民党の憲法改正案として掲げられている最新案によると、個人の権利、個人・団体の主義主張や団結行動など、政府が意図する公益に反する場合には憲法違反と解されることもあり得る。 自衛軍を保有することとし、戦争放棄条項を削除して、日米安全保障条約のもと集団的自衛権を行使することを可能とすると、アメリカ軍が海外で戦争を行う時には、ほぼ間違うことなく、日本軍はアメリカの戦争に共に戦争することになると想像できる。 また、日本は国連に加盟しており、既に自衛隊の国際平和協力活動の本来任務化が定められており、自衛軍が日本国内で活動するというより、行動範囲を世界に広げて活動することが実行に移されることになる。 国連のPKO活動の必要な事案が発生すると、アメリカの圧力に応じる日本政府・官僚であるから、必然的に海外の抗争地域に戦闘を行う国際貢献を日本の自衛軍が投入されることになる。 また、アメリカがイスラエルとイランの戦争に介入することを想起して、イスラエルやアメリカの戦争に日本の自衛軍も日米安保条約と集団的自衛権のもとアメリカ軍と一緒に戦争することを想像できる。 どうして、憲法を改正し、法律を行使して、アメリカの戦争に、日本の自衛軍が海外でアメリカのためにアメリカ軍と一緒に戦争しなければならないようにするのか筆者には理解できない。 それを積極的に支持する日本国民なのか?? 日本人は、原発でもそうであるが、戦争でも、過去の惨害を教訓とせず、何も学ばない国民と言える。 簡単に国民を平気で騙す悪賢い国会議員。 まるで、俗に言う「オレオレ詐欺」から「更に巧妙になった詐欺」のような悪どさ。 騙される、言いなりの日本国民の姿は筆者から見ると非常に怖い。

     公益の観点で、政府の政策に反対する者に対する刑罰を法律化し厳罰化すれば、例えとして、普天間飛行場の移転、使用済み核燃料の最終処分場の決定、原発の再稼動、原発の新設、政府に関連するいわゆる箱モノ施設の建設、廃棄物処理施設の建設、斎場建設、新たな国道建設用地の確保、アメリカ軍のための諸施設建設、国会議員数の増加や国家公務員の増加、アメリカが求める高額なアメリカの軍事装備の購入、政治資金規正法の改悪、政府に反対する結社の排除、政府に反対する大集団のデモ行動の禁止、ソーシャルメディアで政府に反対する多くのフォローアーがあるサイトの閉鎖など容易にできてしまうことであろう。 また、不平分子への言論統制強化や諜報活動ができる根拠も整うことになる。

     天皇を元帥とし、侵すべからず。 内閣が天皇を輔弼する。 主権在民としながらも公益・国益を損なわない条件において国民の権利を保障する。 個人の財産は、軍が行動するときは、日本軍でもアメリカ軍でも、個人の財産が破壊されようと、国交省などの土地収用保障などと異なり、公益が優先される。

     

     新憲法において憲法解釈を都合よく行い、更に新たに追加整備する法律・刑事罰により、権力を持つ自信満々の政権が出来上がる。 もう止められない。 愛国、愛国、愛国。 美しい国、日本万歳。 中国に対抗するとして軍事増強への道、日本。 大元帥、天皇陛下万歳。 総理万歳。 アメリカ万歳。 日本の国益は、アメリカ軍とアメリカのために行動することを可能とする憲法改正だ。 国際貢献で兵士が戦死すれば、靖国神社がある。 君は英雄、神になれる、と言っているように思えてならない。

     何だか、女性アナウンサーが強い口調でTVを通じて ”偉大なる首領様” を讃えている印象が強い国とイメージがダブってきた。 日本社会もかってはこれと同じ事態が進行していたのである。






  • 天皇と靖国神社 天皇の戦争責任         このページの先頭へ


  •  第二次世界大戦時の日本の政権は、日本国民に対して、天皇を神の末裔であり絶対的な存在である国体と位置づけて崇めるように求め、天皇の命令に背くものは国に背くものであり、国民統治の絶対的・偉大な存在とする観念を抱かせた。 日本は軍国主義化する際、国家を統治する国家神道の象徴として天皇を利用し、明治政府擁立時の戦死者を祀る社を特別な扱いとして軍が管轄し、靖国神社と名称を改めた。 軍は、この靖国神社に宗教と政治と軍事的権威を国家神道のイデオロギーの体系に組み込み、国民は天皇への忠誠を尽くし、天皇のために死ぬことが最高の名誉であり、戦死して魂が帰郷することが愛国精神そのものであり、天皇のために兵士として戦って死ぬことでその魂は、天皇が神とされているように、同じように神として靖国神社に祀られることになるとし、負傷して生きて帰ることや捕虜になることは不名誉、辱であると洗脳教育した。 また、お上に反対しないようにする、あるいは戦争への疑問を持たないようにさせるなど、反発すれば親族に迷惑が及ぶことを懸念させるように誘導し、或いは強く恫喝して、国民に忠誠心を誓わせるように目論んだ。

     戦死して神になるとする殉教思想は、イスラム教でも共通する同じであるが、その中のタリバンは、「米国に対する聖戦」を掲げて自ら宗教として殉教を選んだ。 しかし、日本の靖国に象徴される無理強いされ、天皇という神への一種の生贄的な無駄死には、彼等タリバンの行った行為の罪悪を別として捉えると、日本兵の無駄死にはタリバンの死より残酷で哀れさを感じずにはおれない。

     軍事の総攬者である神としての天皇の命令で、兵士は天皇のために奉仕し命を捧げざるを得なかった。 なかには、何の躊躇もなく、命を惜しまず、自ら進んで戦地に行った者はいるが、希望しようが、希望しまいが、いずれかは関係なく、彼らすべてが戦地に送られ、死して靖国神社で神となり、国家は、その戦死した兵士の神を顕彰して遺族の悲しみを一種の美意識と栄誉心にすり替える措置を取った。

     靖国神社は、正にその洗脳としての役割を担う施設であるのです。 そして、多くの兵士を無駄死にさせたが、遺族からの戦争責任者に対する怒りや責任の追及を回避させる役割を担う施設でもある。

     この靖国神社は、戦争で亡くなった兵士や軍属が祀られる。 かっては、社に魂を祀るとき、天皇の命で祀る建てまえであったと思うが、戦争犯罪者の中でも特別な戦犯とされたA級戦犯がいつの間にか合祀されていた。 大東亜共栄圏を目指して戦争を謀議し開戦を命令、あるいは、国際的戦時協定に著しく違反する行為を先導・実施した首謀者などの犯罪者の特別なA級犯罪者であって、日本の兵士を無駄死にに追いやった者達と同じ靖国神社に葬られることを忌避し、撤回を求める者(兵士は死んでいるので、遺族による)がいるほか、A級戦犯合祀に関係なく、宗教的な理由などで靖国神社自体を認めない者もいるが、彼らも祀られている状態になっているケースがある。 これらは、個別のケースであるが、一切認められていない。  また、その他多くの者が戦争で亡くなっている。 軍属と認められていないが、それに準じる後方支援活動を行っていた者、あるいは一般民衆の戦死者は除外されているのである。

     天皇は日本国民全体に戦争への奉仕を求め、一般民衆はそれに応えたのである。 よって、その一般民衆の戦死を、兵士の戦死と同じように取り扱わない意図的な蔑視的な態度が問題なのである。 参考として述べると、戦後、戦傷病者及び戦没者遺族へは援護法により年金、あるいは恩給が支払われている。 しかし、一般人には何も支払われていない。 ここでは、支援金について問題としているのではなく、少なくとも、一般民衆を含めたすべての戦死者を同じように祀り、それが、すべての国民が納得して弔うことができる象徴となると共に、国民に戦争の歴史・教訓となる記憶の象徴となるものを国が築造するように求めているのです。

     勝てば官軍、負ければ賊軍。 天皇には戦争責任があり、これを認めないのであれば、靖国神社自体の在り方を筆者は否定する。

     明らかに、日本の戦争に協力した、あるいは協力する兵士そのものの魂のみを特別視するのが靖国神社です。 戦争を賛美しない国民から見ると、国家の代表者たちが靖国神社参拝を強行する示威行動を通じて、彼らが近い未来に起こることになる事態を想起しての象徴的行為として、国民への一種の刷り込み行為を行っているものである。 誰もが戦争の失敗を忘れずに死者全員を弔う場所を設けようとしない国の姿勢からとらえて、日本軍国主義思想に近いものを扇動しているように受け取られても仕方がないのです。 全く己の立場を理解できていない国会議員達の軽薄な行動といえるでしょう。


     戦後、靖国神社は、国の社から民間の一宗教法人になっている。 そして、現日本国憲法で、国家が宗教に関わりを有することを禁じているのです。 筆者は、個人が靖国神社に参拝することに対して、どうこう言えない。 しかし、少なくとも国の代表者となる大臣、大臣相当の位に就いた者は、国民の権利を強硬に行使するのではなく、公的な配慮、繊細なる配慮が求められる。 いやならその職を辞せば問題がなくなるのです。

     国家の代表者の地位にある人物達が、深い配慮なしに強硬に参拝し、国民に威圧感を与えるような行動をとろうとする集団の姿は、かって国民が強要され、愛国という天皇への衷心と戦争への命の提供を求められ、国家に属する国民として誉り高き潔い精神として絶対服従を誓わされた苦痛の象徴そのものであり、耐え難く、忌わしい記憶が蘇る。 そして、その憤りが必然的に、天皇の戦争責任を厳しく追及し、天皇制度を廃止することを求める原動力に繋がっていくのである。






  • イラク戦争に関わる航空自衛隊のイラク派遣、日本の刑法に抵触する政府の命令の問題         このページの先頭へ


  •  日本は犯罪者に率いられる国に堕ちたのか!

     イラクが、湾岸戦争以降に、1991年の国連安全保障理事会決議を含む関連決議に基づく義務の違反をし、更に国連の委員会などが行う査察に対しては全面的に協力しないほか、妨害を繰り返した。  更に国連安全保障理事会でイラクに査察協力と武装解除を行う事を一方的に決議し、義務違反に対して強い警告を行っていた。

     2001年米国で同時多発テロに襲われ、その後アメリカの対テロ政策が強化され、イラク、北朝鮮、イランを悪の枢軸と名指しして非難する態度をとり、対イラクに関しては、アメリカは強硬に査察や資料を要求した。 イラクは国連決議の通告に抵抗するが、何とか調査項目に対しての回答資料を提出する。 アメリカは資料内容に疑義を見つけると更なる調査の実施を拒否し、イラクへの攻撃は妥当であるとして国連でのイラクへの攻撃を議決するように画策し、米・英・スペインがイラクへの武力行使容認決議案を安保理に提出したが、これが否決され、国連は時期尚早としてイラクへの査察調査の続行を決議した。

     アメリカはイラクへの最後通告を行い牽制したが、イラクがこれを無視したために、アメリカなどは国連会議で採択のめどが立たない決議案を取り下げ、国連決議を待たずに、アメリカ、イギリスなどの有志連合国は、フセイン政権が行うとする国際秩序に従わない大量破壊兵器の開発、これが与える国際的危機などを訴えて、これらを排除することを大義として、イラクへの攻撃を2003年3月に開始した。

     この時、日本は当時の小泉総理がいち早く、アメリカのイラクへの攻撃の妥当性と攻撃の支持とを国内外に向かって表明した。

     

     イラク戦争は有志連合国の圧倒的優勢で短期間で勝利をおさめバグダッドは陥落し、5月には一旦終結宣言が出され、また長期間逃走を続けていたフセイン大統領は12月に拘束されたが、その後もあちこちで戦闘状態が継続していた。 有志連合国は、更に戦闘の継続を余儀なくされ、アメリカによる実際的な戦争終結宣言はオバマ政権が2011年12月に行った。

     バグダッド陥落後に大量破壊兵器の存在について詳細に調査されたが発見に至らず、結局、イラク戦争の大義とされる原因となった根拠は正しくなかったことが判明した。 

     戦争を行ったアメリカやイギリスは、情報根拠に問題があったことなどアメリカやイギリスでは分厚い報告書をまとめて総括し、その点の非を認めた。 

     戦争開始時においては、国連では更なる調査が必要であり、この段階での戦闘を正当化せずに、今後も関与して調査する決議がなされている状況であったが、米英を中心とする有志連合が戦闘開始宣言を行い攻撃に至ったとき、小泉元総理は、日本自身でその合理的、妥当と判断できる根拠の確認を行わずに、攻撃を受けていないにもかかわらず行った戦争行為に対して、平和国家であるべき日本を統合する立場である総理が、日本は戦争を支持すると言及したことに問題がある。

     

     日本人である筆者は日本国民としてイラク攻撃を支持していないにも拘らずに、総理個人としてではなく、日本は支持するとされることに憤りを覚えた。 権力を手にすると、好き放題に横暴にふるまう性格の元総理であったが、戦争が終わって、有志連合から大量兵器が発見されなかった発表がなされた後も、アメリカから言われれば「Yes」と返事する態度に対して、自分の非を認めていない。 日本は、きちっとしたイラク戦争への支持表明を行った問題の評価・反省・総括を行っていない。

     このような一部の無謀な人間によって押し切られたしまう日本の国会では、日本の軍隊が外国で戦争を行うことに対して、決して慎重であるわけがないでしょう。 日本の戦争の歴史が証明しているとおりの道筋を、何の反省もなく、圧力に押されるままに決定、実行することになると筆者には確信できるが、彼らはそのあとの結果責任について、己の保身をはかるのみで、知らん顔ですっとぼけるであろう。 国民一般はどう感じるかについては筆者の知るところではないが、今後、筆者は国に対して一切信用することは無い。


     バグダッドが陥落したのち、国連がイラクへのPKO活動を決定したことを受けて、日本政府は何とかして自衛隊をイラクに派遣することを進めた。 戦闘が実施されていた海外の戦地に自衛隊を派遣する根拠法が無いので、日本は国会で無理やり、いわゆるイラク特別措置法を可決させて、人道支援を目的とする作業項目および治安維持の支援にかかわる作業を目的とする内容を定め、自衛隊を派遣させたものであった。


     但し、憲法やその他関連法規に照らし、このイラク復興支援の特措法で自衛隊派遣が成立する条件を、戦争状態でない場所と限定したものである。

     陸上自衛隊はサマーワへ派遣されて道路舗装や住民への給水活動などの人道的支援を主としていたが、航空自衛隊は、陸上自衛隊員が任務終了による退去後もイラクに留まり、バグダッドへの輸送任務にあたっていた。しかし、2011年12月までイラクではあちこちで戦闘が行われて戦闘地域となっていたが、当時バグダッド付近は明らかに戦闘が行われていた区域であり、航空自衛隊の憲法違反行為であるとの司法判断が出されていた。 これは即ち、特別措置法で定める条件違反を犯していたものである。 特措法の適用条件外。

     イラクでは実際あちこちで激しい戦闘が展開していた戦争状態であった。 2003年のイラク戦争での米兵の死傷者数より多い、倍の死傷者数が毎年継続してでていた状態であった。



  •  ■ (参考 2013年11月追記)
     自衛隊のイラク派兵差止等請求控訴事件:名古屋高裁(民事)判決 2008年4月17日、確定 2008年5月2日
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  •  日本の自衛隊がイラク復興支援と称してイラクへ2003年12月26日に航空自衛隊が先ずクウェートに派遣、2004年1月に陸上自衛隊をイラクのサマワに派遣、同年3月から航空自衛隊が輸送活動を開始、2006年に7月に陸上自衛隊がイラクから撤収するが、航空自衛隊は輸送活動を継続。 航空自衛隊C-130は4年間で694回の輸送を行ったことが報道された。その輸送の内容については、差し止め請求による原告らの空輸実績の開示請求で、開示資料は日付、内容部分が黒塗りされた常態であった。

     2004年2月に名古屋地裁に自衛隊のイラク派兵の差止等請求の集団訴訟(民事)を行い棄却されたため、2008年4月に名古屋高裁(民事)に控訴した。 高等裁判所の判決は、地裁の判決を支持し本件控訴を棄却したものであったが、高等裁判所による”事案の概要”及び”裁判所の判断”の説明に於いて、高等裁判所は航空自衛隊の活動域は、イラク特措法を合憲とした場合であっても武力行使を禁止したイラク特措法2条2項と、活動地域を非戦闘地域に限定した同法の3項に違反し、かつ憲法9条1項に違反する活動を含もものである。しかし、これによる控訴人の平和的生存権に対する侵害は認められないとして、控訴人らによる自衛隊のイラク派遣に対する違憲確認の訴え及び派遣差止めの訴えを却下し、国家賠償請求を棄却した判決であった。(詳細は 朝日新聞2008年4月18日朝刊及び名古屋高裁民事第3部の2008年4月17日裁判 事件名:自衛隊のイラク派兵差止等請求事件を参照) 
    この高等裁判所の判断の理由として、本件派遣の違憲性について、1)認定事実を示し、2)憲法9条についての政府解釈とイラク特措法についての内容を示し、以上を前提としての判断を説明している。 その内容の概要を次に示す。

       

    裁判所による”裁判所の判断”説明の中から筆者が纏めた説明用の概要資料(「名古屋高裁(民事) 自衛隊のイラク派遣差止等請求控訴事件での判決2008年4月17日」をもとに):
    派遣の違憲性についての認定事実として(1)下記の項目について説明:
      ・イラク攻撃やイラク占領の概要
      ・多国籍軍の軍事行動
      ・武装勢力
      ・宗教対立による武力抗争
      ・多数の被害者
      ・戦費及び兵員数
      ・航空自衛隊の空輸活動(情報不開示と政府答弁などにも言及)
    (2)憲法9条についての政府解釈とイラク特措法を示し、
    (3)以上を前提としての裁判所の検討で、以下のような説明がなされた。
     平成15年5月のブッシュ大統領による戦闘終結宣言後も、アメリカ軍を中心とした多国籍軍は、イラク戦争開始後の5年を経た現在においても継続して年々増える相応の組織的、且つ計画的に多国籍軍に抗戦し、イラク国内は武装勢力間及び多国籍国軍との抗争が複雑に絡み合って泥沼化した戦争状態になっており、アメリカ軍が5年間で13万人から16万人もの兵員を駐留させ、ベトナム戦争を上回る戦費を支出し、双方に多数の死傷者を続出させている事実からも未だ十分に治安の回復がなされていないことより明らかである。
     とりわけ首都バグダッドは、平成19年に入ってもアメリカ軍が武装勢力を相手に掃討作戦を実施し手多数の犠牲者を出し、国際的な武力紛争の一環として破壊、殺傷行為が行われている地域と認定され、イラク特措法にいう「戦闘地域」に該当すると認められる。
     航空自衛隊の空輸活動は、それ自体は武力の行使に該当しないものであるとしても、多国籍軍との密接な連携や多国籍軍と武装勢力との間で戦闘行為がなされている地域と近接した場所において、武装勢力に対抗する戦闘要員を含むと推認される多国籍軍の武装兵員を定期的かつ確実に輸送しているということができ、輸送等の補給活動もまた戦闘行為の重要な要素であるといえることを考慮すれば、多国籍軍の戦闘行為にとって必要不可欠な軍事上の後方支援を行っているものということができる。 従って、このような航空自衛隊の空輸活動のうち、少なくとも多国籍軍の武装兵員をバグダッドへ空輸するものについては、他国による武力行使と一体化した行動であって、自らも武力の行使を行ったと評価を受けざるを得ない行動であるということができる。
    (4) よって、現在イラクにおいて行われている航空自衛隊の空輸活動は、政府と同じ憲法解釈に立ち、イラク特措法を合憲とした場合であっても、武力行使を禁止したイラク特措法2条2項、活動地域を非戦闘地域に限定した同条3項に違反し、かつ、憲法9条1項に違反する活動を含んでいることが認められる。 【(注)筆者の思い→ 戦争状態と認識されるイラクにおいて航空自衛隊が多国籍軍と一体的に戦闘行為に不可欠な後方支援を行っていることに対しては、憲法、イラク特措法に違反しており、この件は日本の刑法に照らして判断されるべき事案であると理解する。 筆者は日本の法システムの機能を疑問視する。 果たして国家と司法に正義は存在するのか?】

    2.本件差止請求等の根拠とされる平和的生存権について:
     憲法前文に「平和ののうちに生存する権利」と表現される平和的生存権は、・・・(略)・・・平和が抽象的概念であることなどを根拠に平和的生存権の権利性や具体的権利性の可能性を否定する見解があるが、憲法上の概念はおよそ抽象的なもので否定されなければならない理由はない。

    3-1.控訴人らの違憲確認請求について:
     ・・・(略)・・・本件の違憲確認請求は、民事訴訟であって、ある事実行為が抽象的に違法であることの確認を求めるもので、およそ現在の権利または法律関係に関するものということができないから、同請求は確認の利益を欠き、いずれも不適法である。

    3-2.控訴人らの差止請求について:
     ・・・(略)・・・イラク特措法による自衛隊のイラク派遣は、イラク特措法の規定に基づき行政上の権限による公権力の行使であると解されるから、本件派遣の禁止を求める本件差止請求は、行政権の行使の取消変更又はその発動を求める請求を包含するものであり、行政権の行使に対し、私人が民事上の給付請求権を有すると解することはできない確立された判例であるから、本件差止請求にかかる訴えは不適法である。 仮に、本件が行政事件訴訟(抗告訴訟)として提起されたものとした場合においても、控訴人らが本件派遣にかかる防衛大臣の処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するとはいえず、行政事件訴訟における原告適格性が認められない。 従って、仮に本件差止請求にかかる訴えが行政事件訴訟であったとしても不適法である。

    3-3.損害賠償請求について:
     ・・・(略)・・・控訴人らの具体的権利としての平和的生存権が侵害されたとまでは認められない。控訴人らには民事訴訟上の損害賠償請求において認められるに足りる程度の被侵害利益がだ生じているということはできないので、本件損害賠償は認められない。





  • 法治国家日本として、イラクに派遣された航空自衛隊及び小泉、安倍、麻生、福田元総理、額賀元防衛庁長官、久間、石破、高村、浜田元防衛大臣などの刑法に抵触する命令に対する処罰(殺人ほう助相当??の刑罰)が求められる  このページの先頭へ


  •  一般的に、人を殺すことを殺人という。 戦争で人を殺しても殺人である。 それに対する罰という概念は、その行為について適用を受ける関連法規に基づき発生する概念であるが、よって、法律で定める処罰されることになる違反行為がそれらの条件に該当すれば、処罰の対象となる。

     航空自衛隊は、サマーワへ派遣する陸上自衛隊員の輸送やイラクへの人道支援物資のほか、国連関係の物資、人物の輸送、治安維持の支援など、日本の刑罰に反しない運輸を行っていたとされる。 このとき、バグダッド付近での戦闘行為をアメリカ軍などが行っていたものであるが、アメリカでは妥当な戦争であり罪に問われない殺人であるが、一方、現在の自衛隊が行えば罪に問われる殺人である。 しかし、派遣されている自衛隊員が、銃の威力は小さいが、自衛のための銃の発砲による殺人は容認されるとすると、自衛隊は、イラクでアメリカ軍と共同行動すれば、相手が銃撃してくるので、すべて最低限の自己防衛での発砲で済ませられることになり、すべて殺人が容認できてしまうことになる。 何かおかしい。 イラクへ自衛隊を送る際、小泉元総理は、国会での質疑に対して、「どこが戦闘地域で、どこが非戦闘地域か、私に聞かれたって分かるわけがない。」という趣旨の答弁を行った。 従って、その危険性について予見できていたことになる。

     日本国内が戦場になっているのではなく、海外において現在の自衛隊が戦争殺人に関わることが憲法やその他の法律 【 周辺事態法、物品役務協定、自衛隊法、イラク特措法(法律の適用を非戦闘地域とするが、それを違反)】 では法的に説明できない中で、当時、戦闘行為を行う有志連合国の部隊の人員、つまり、日本の刑罰に抵触する殺人行為を目的とする有志連合国の兵士であるが、戦闘区域において航空自衛隊が、殺人目的の兵士やその装備あるいは武器あるいは弾薬を輸送していた協力であったなら、明らかにその行為は、特措法の条件外区域において、日本国外の航空自衛隊の行為について適用される法規、憲法や刑法に違反する疑いがあると筆者は考える。 日本には海外でのこの種の行為に関して取り扱う軍事的な法律は存在しておらず、日本の国内法の刑事罰の適用となる。 航空自衛隊が殺人のほう助を行った場合には、殺人のほう助という日本の法律が適用される。  この場合、それを命じていた小泉元総理、安倍元総理、麻生元総理、福田元総理、額賀元防衛長官、久間元防衛大臣、 石破元防衛大臣、高村元防衛大臣、浜田元防衛大臣なども同類であり、日本の刑法で規定する刑罰相当が課されるべきである。

     日本は犯罪者相当の閣僚とそれを支援する集合体に牛耳られた不思議な国 ????。


     自民党が憲法改正を急ぐ理由は、イラクでの自分たちの犯罪が問われないように、集団的自衛権の行使としてうやむやにしてしまおうとする目論見が窺われる。 彼らの逃げ得は許されない。


     日本国民は、日本の法システムが2013年現在において健全に機能しているのか、既に失墜しているのかどうかを見極めることにする。 国が法規を守らなくて、どうして国民が守る必要が発生するのか。


     司法が独立せず、政府の言いなりなら、その国家は独裁国家であると言える。 2013年の日本の政権は犯罪を侵しても裁かれない。 まさに独裁国家だ。 こうなると誰も止められない。 戦争が政府の判断のみで開始されてしまう。 恐ろしい日本になってしまった。






  • 日本が2012年10月22日開催の国連会議で、核兵器の非合法化への努力を訴える共同声明への参加を断る。 このページの先頭へ


  •  安全保障について取り扱う国連総会の第一委員会の演説で、スイスなどを中心とする34カ国が、”核兵器を非合法化する努力を強めなければならないとする共同声明”を行うので日本に参加を打診したが、日本は参加を拒否した。 野田政権の外務副大臣は、アメリカの核抑止力に頼る国の防衛政策上の観点から、非合法化への努力の声明への参加は拒否したが、核兵器廃絶を目指す日本の立場と矛盾しないと説明した。
     共同声明の概要については、「日本 国連会議 核兵器非合法化 参加拒否」を参照。
     今回の共同声明の演説は、あくまで演説であり、拘束力を生じさせる議決ではないが、この外務省、日本政府としての対応は、日米安保条約があるからという説明を言い訳にしているが、論理的矛盾がある。 日本が、被爆国として、核兵器のもつ人類の生存や周辺環境に及ぼす惨害を知らせ、非人道的な核兵器の廃絶を世界に訴え、特に、核不拡散条約で取り決めた核兵器国が誠実に核軍縮に向けて協議を行い核兵器の廃絶を進めることを訴えてきたことを、この外務省の核兵器廃絶に関して共同提案への参加を拒否する行為は、世界の国から疑問視されるような行為であり、日本国民に対する背信行為に値することを日本政府は理解できていないようだ。


     筆者は核兵器に抑止力が存在するとは思わないが、核兵器に抑止力が存在すると妄想を抱くものの主張の論理命題を真とするならば、アメリカの核抑止力、インド、パキスタン、イスラエルの核抑止力と同様、イランや北朝鮮の核抑止力も真と導かれる。 核抑止力が存在して、その効力が信じられるのであれば、イランや北朝鮮、更に今後核兵器の保有を切望する発展途上国などの核兵器について、核の抑止力の効力を懸念するのは矛盾していると筆者には思われるが、どちらが矛盾しているのか、どちらが真であるのか、皆さんにも理解できるはずです。 ただ単に、世界の大国が主導する国連の安全保障会議が定める規制には抵触するだけである。 しかし、この国連の安全保障会議が定める規定に関しては、大国である核兵器保有国は、核不拡散条約(NPT)の核兵器保有国自らも履行しなければならない核軍縮を誠実に履行してこなかったのですから、他国のみ非難するのは筋違いと言えよう。


     核兵器保有国が核兵器を廃絶しない現状を改善するために、平和的に、効果的に、即効性のある対処方法は、核兵器の非合法化及び違反に対しての世界的な制裁を科する方法であり、唯一の実効性のある方法です。 平和的でなければ、実力行使が残っていますが、本末転倒の結果になる。 しかし、核保有国同士に強迫観念の疑心暗鬼を生じさせる刺激を与えれば、少しは懲りて核軍縮について真摯に協議を開始するかもしれない。
     東西の冷戦構造が終焉し、21世紀になっても尚、核兵器が特権的に核保有国に与えられた状態であり、核兵器国や非核兵器国の核保有国が核兵器廃絶にむけた軍縮を行わず、核兵器の軍事力を背景にした国家の威信で、国際関係を牛耳ろうとする政策を続けている。 世界の多くの国では、財政難に陥り、経済活動は低迷を続け失業者が増大している状態である。 また、気候変動による食物や水の不足が懸念され、人々は国境を越えて活動してウイルスも国境を超え病気が広がる懸念がある。 世界の飢餓人口は10億人とも言われている現実がありながら、世界の国は、愚かにも、莫大な軍事費を投じて軍備増強の競争を行っている。
     地球に生命が誕生して進化し、生物が生き延びるために環境に適応しながら弱肉強食の競争を繰り返してきた。 この競争の性質を生み出す遺伝子から発せられる単なる生物は、運命的に競争を余儀なくされるかもしれないが、核兵器に莫大な金を費やす愚かさを、地球人は学習しなければならない。 どうも、地球人は失敗しなければ、過ちや愚かさを改めないようだ。 
     行き着くところまで行って、全部破壊して後戻りできないところまで至って、人類がほぼ消滅することになるのが人類の運命なのかもしれない。 


     日本はいつも世界の国に核廃絶を訴え、広島や長崎での平和祈念式典では、日本は核兵器廃絶に向けての決意と世界の国にも核兵器のもたらす惨害への理解と廃絶に向けての協力を求める宣言を行っている。 その平和祈念式典の平和宣言の中で、野田総理は志を同じくする国々とも連携しながら核軍縮・不拡散分野での国際的な議論を主導し、行動への情熱を世界に広めて行くとする趣旨を表明している。 しかし、世界の他の国から核廃絶について賛同を求められると拒否する。
     今回の外務省の共同声明への参加を断る対応を見ると、どう考えても、政府は核廃絶に向けて単なる見せかけの演説を行っていたことを暴露したものであると、筆者は理解する。
     日本の政府閣僚・官僚は、安全保障に関して論理矛盾をきたしているが、原子力政策・原発政策に関しても論理矛盾をきたしている。 はっきり言って、精神分裂的症状をきたしており、国民が国政を委ねられる状態にあるとは言い難い。






  • 原発から大量の放射性物質を周辺の広範囲に飛散させる過酷事故を1度でも発生させれば原発政策は終焉を迎え、原発と原子炉は必然的に廃止される。
    (たとえ、日米安保条約と日米原子力基本協定などのいかなる関わりが存在していようとも、国民は決断する。)
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  •  2011年3月11日の福島第一原発事故(原子炉溶融・放射性物質大量放出・放射能汚染)から始まる原発廃止への序章。 原発などの安全対策には上限がないと原発事業者や監督官庁は言うが、それは原発の安全対策に金をつぎ込まないための言い訳にしか過ぎなかった。
     科学の進歩のためには危険は付きものであり、失敗を重ねて真実に迫り、更に技術改良を行い難題を克服し、その有益な成果の恩恵を受けて人間社会への貢献を期待するところである。 しかし、利益を求める民間企業においてはコスト意識が高いから、既存の指針の最低限の条件を満足させればよいことが優先され、原発事故を起こした場合に発生する被害の大きさの危険性は考えられるものの、原子力損害賠償責任に関わる法律で、「異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは賠償責任の責めを負わない」としていることも影響したと考えられ、電力会社は安全レベルと経済性を天秤にかけて妥当な方針を採用した説明が成り立つのです。 また、独占的な電力会社という特殊性より、何が起こっても現在の電力行政が継続するなら、日本が沈没しない限り電力会社は存続できることはほぼ確かなことである。 企業に任せると最小限の安全対策以上の非常事態に備えた更なる安全性向上の対策準備をとらないのは当然の成り行きなのです。 自然災害や紛争などに起因した原子力損害賠償については企業が免責される法律に守られている抜け穴があるので、国が厳しく指導する法律や規制を設けない限り、企業は存続できるという安心感より大規模災害時の対策がおろそかになったのであろうと筆者は考える。
     この安全についての安易な考え方は、国・企業・原子力学者の利害関係、いわゆる政治家や国の原子力行政に賛成し恩恵を受ける一部の御用学者への企業献金と国の原子力関係の行政部門の高官の天下り先の関連会社という持ちつ持たれつの癒着関係・安易な妥協を通じて定められた安易な内容の原子力の安全指針を良しとしたものである。 そして、国民に放射能被ばくの危険をもたらす可能性が高い原子力の装置に安易な安全対策を適用させることを容認した失敗により、福島第一原発から大量の放射性物質を大量に放出させてしまったことに繋がったのです。


     既存の安全指針に基づいた施設の安全レベルでは、全電源喪失時及あるいは電源以外の冷却系の故障を原因として、原子炉圧力容器内の核燃料及び格納容器外の使用済み核燃料を冷却できない状況が長時間継続する事故の可能性を想像するならば、また過酷事故を発生させてしまうことになることが容易に想像される。 福島事故後、地下にあるディーゼル発電機を高所に上げる改善対策が講じられた所や津波対策用に防波堤高を嵩上げした所があるが、この場合でも、更なるバックアップ体制が疎かになっていては、まだ、安全対策が十分であるとは決して言えません。


     機械、装置は故障などの不具合は起こりうるものであり、装置の点検・補修整備を行い、装置が良好に機能するように最大努力することが必要になる。 原発の過酷事故の発生確率は非常に小さいとしても、それが起こった場合に被害が甚大になる危険が非常に大きいので、防護の構造規模として最低限放射性物質を大量に外部に放出させないところまで多重防護をしていることが、原発を使用する前提条件であるべきはずです。 しかし、福島第一原発事故では広範囲に周辺の生物に放射能被ばくの危険をもたらし、また、家畜などを助けることを最初から放棄し見殺しにしたのであった。 これは、多重防護をうたっていた原発の安全対策では容易に破られてしまう欠陥が存在していたことが明白になったのです。 「不十分な安全対策」の条件で構造物及び事業者の管理体制を認可する基準に問題があることは確実だ。


     住民避難に関しては、事故の際に、電気事業者や政府・監督する官庁、原子力安全委員会、原子力の研究者などが、全電源喪失の原発において原子炉の危機的状態についての情報が得られない場合には、国民などが放射能被爆する危険の回避を優先すべきであるのに、誰も言い出さないのです。 原発は企業秘密の構造体であるとして、電気事業者はその構造の詳細を明らかにしない。 非常時の対応についても民間任せであるから、国は一向に要領を得ない。 原発の管理を民間企業任せにしておくと、企業の利益を中心に考える企業論理が働くことによるのであろう。  また、すべての事象を直ぐに明らかにしない日本の官僚体制の隠ぺい気質と官僚体制擁護の団結も強いので、情報が得られない国民には今何が起こっているのかさっぱりわからないから、何もできない状況下におかれ続けるのです。 たとえ身近なところまで現実に危険が迫っているにも拘わらず。
     アメリカの原子力規制委員会は福島第一原発で原子炉の炉心溶融が起こったとみられる放射性セシウムなどが検出されたとき、発電所から50マイル(約80km)圏内の避難勧告を出したというニュースが伝えられていましたが、このような場合には日本の原子力監督官庁は、アメリカの避難勧告のように周辺住民を危険からいち早く避難させることが求められます。 これは、大津波が発生した場合に、とにかく住民を安全な高所にいち早く避難させる警報を出すことと同じです。


     放射性被爆に関しては、原発周辺地域の高い放射線量により、住民の強制退去、居住困難を発生させている。 放射性物質は事故後、気流に乗って日本全国、地球を回り広がるが、事故直後には、主に岩手県から宮城県、福島県、茨城県、栃木県、群馬県、長野県、千葉県、埼玉県、東京都、神奈川県、静岡県、愛知県、周辺海域など広範囲に種々の産物が放射能汚染の規制値を超える事態が生じていたのは周知のとおりです。 これは、人間のみならず、生物の食物連鎖の観点から危惧すべき汚染現象であることより、事態は深刻であると受け止めなければなりません。 このため、放射性物質の半減率の年数を考慮して、今後数十年以上にわたって食料品の放射能検査を継続しなければならないのです。


     現在の原発のほとんどは、原発システムとして過酷事故に対して安全性が欠如したものであり、原発システム全体について根本的に構造・監理体制・避難計画体制を一から見直さない限り、安全性が充分確保された原発の安全システムに改良できないと思われる。 原発事故が起こる前に改善しなければならなかった原発であったのですが、後悔しても始まらない。
     しかし、後悔しても始まらないなら、気を引き締めて出直しができるかというととんでもないことだ。 今後事故を起こさないように努力すれば原発は存続可能と政府は考えているようだが、また、何が何でも原発を稼動させ、合わせて原発を海外に輸出して企業も国も金儲けができるように政策の推進を目論んでいるようだが、国民はそのような無責任な政治は許せません。 広範囲に高濃度の放射性物質を大量に放出させて被害を与える過酷事故を一度でも起こすと、現在の原子力政策は終焉してしまうという緊張と責任と安全対策の確保が全く欠如していたのです。 何度でもやり直せることと、やり直せないことがあり、今回の事故では、国の失策により日本の原発は将来廃止されることになるのです。
     日本が今まで安全であるとしていた指針の内容では充分でなかったのであれば、現在、世界の原発の安全指針で原発を建設・管理する計画では、恐らくどこかの国で同じような事故が危惧される。 だから、原発は進めるべきではないはないのです。 それに、使用済み核燃料の高レベル放射性廃棄物を数万年も管理していく責任などとれるはずはない。 また、管理の保証などない。 
     福島原発事故の教訓を受けて、国民は賢い選択を行わねばならない。 それは、将来の発電エネルギー方式として、安全な新たな火力発電を中心とした方式及び自然エネルギー利用併用方式とし、今の原発エネルギー政策を転換し、原発廃止及び代替発電の将来の目標を定め、すぐさま施策を策定し実行に移さねばならないのです。 
     我が国だけのエネルギーのためにではなく、日本は、世界のエネルギーの安全保障のための目標を掲げ努力しなければなりません。 今すぐ始めなければなりません。 






  • 原発を20年以内に廃止する。代替の火力発電その他再生可能エネルギー発電などを20年以内に進める。
    電気事業改革、複数の電力会社設立と受電者が発電業者を選択できる構造に改革し 原発利権の温床を崩し、更なる行政改革に繋げる。
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  •  国民は原発からの脱却の移行期間として20年以内を設定する。 その20年以内の原発の暫定稼動にあたっては、福島原発事故を受けて、その教訓のすべてを生かして住民などの安全向上を図る必要があります。 先ず、原発システムとして具備すべき種々の安全対策を見直し改善し、それらを網羅した新安全指針を策定する。 次に、この指針に基づいて稼動の承認の是非を判断し、新安全指針を満足する原発システムに改良された原発について稼動が許可されることになる。 
     移行期間の原発の稼動を考える場合には、新安全指針に適合することが条件であるが、企業から見ると稼動においての企業財政との関係で判断されることになるであろう。 新安全指針に適合するために備えるべき施設などの追加整備に要する費用と原発の発電量と施設で得られる収益とを総合的に検討することになるが、将来原発を廃止する政策が決まれば、電力会社として生き残るためには、現在の複数の電力会社で一体的に、事業者間で相互に電力を融通する方法で利益を確保する協力関係を結び、費用対効果など総合的に検討し、活用する対象の原発を選別するなどの計画案を策定することが有効であろうと筆者は考える。


      原発の代替は、火力発電及び再生可能エネルギーと一般的に呼ばれる(太陽光、太陽熱、風力、潮流、水力、地熱など)利用による発電との併用が基本となる。
     火力発電については、原発代替用に新たに火力発電を建設することになるが、ここでは既存の電力会社が火力発電所を建設することを考えるのではなく、新たな火力発電事業者が大規模な火力発電所を建設・事業化が可能となるように政策誘導する必要がある。 このための法制度を整備する。 十分な補助制度及び国による融資などを整備し、新規参入による利益が期待でき、企業が積極的に参入するメリットがあるように基盤条件を整備して企業の経営体力を支援する。 このようにして新規の電気事業者に参入を促し、日本に必要となる充分な発電量を確保できるように体系づける。
     筆者はオイルショック時の国際的な取り決めによる新たな火力発電建設の制約などについては詳しくないが、仮に、新たな石油による火力発電所建設の許可等についての調整に時間が要するあるいは禁止されているのであれば、当面は液化天然ガスなどの燃焼材料を考えるが、将来は水素ガス発電を目指すものである。 燃焼材が異なると施設が異なることになると想定されるので、先ずは、種々の課題の解消と施設規模、移行の行程などを、試験を実施しながら進める方針とする。
     水素ガス発電への目標として、先駆的には20年後から30年後を目指し、小規模の事業化の目途をつける方針とする。 この水素の分離は、いわゆる核融合反応ではなく、日本では大量に得られる自然水をもとに作る方法です。 また、二酸化炭素を活用して、化学物質との反応で合成する方法についても事業化への糸口を見いだせるように目指す。
     その他種々の方法について方針を出す。 たとえば、電気から光を作ることの逆の作用を活用して光から発電する。 電気から熱を作ることの逆の作用を活用して熱から発電する。 地熱を水蒸気に変えて利用して発電する。 触媒等により水から酸素分子を分離して水素ガスを作り、ガス発電を行う。 太陽熱で蒸気発生あるいは発電あるいは水素ガスを作るなど。 また、二酸化炭素を用いたエネルギー等への活用についても含めることにする。  


      また、電力行政の改革につながる発電・送電事業者の分離・独立させることを必須条件として電力行政の改革を行うと、原発を有する既存電力会社が料金の課金において核燃料の廃棄処理や原発廃炉の解体処分費用などが含まれていることや、いわゆる総括原価方式といわれる電力会社の利益を計上する方法を考慮すると、既存の電力会社の電気料金より新規の火力発電会社の電気料金の方が低料金でサービスできる可能性が大きいと考えます。 更に、一般国民には、原発の使用済み核燃料から分離される高濃度の放射性廃棄物を将来的に数千年・数万年も安全性が確保できるかどうかも誰にも判断できなのに、原発の稼動を継続して核廃棄物を増加させつづけることを回避できるメリットもあることが選択のポイントにもなるのです。 原発は、全行程をみると、火力発電より二酸化炭素の発生を抑えられるが、決してクリーンなエネルギー発生装置ではないのです。 単に、危険な高濃度放射性廃棄物に蓋をしているだけの状態なのですから、誰も責任を取らない無責任の極めです。 これは、福島第一原発事故及びその被害に対して、国及び事業者の無責任さの極めと同じ。 


      新たな電力会社の創出において、新規参入業者は設立当初の収益は当面望めなくとも、低コストで産業界へ電力を供給することが確立され、一般家庭も含め工場への電力供給が既存の電気事業者と比較して種々の有利性が生じれば、日本の産業の成長に貢献できるとともに、電力需給が安定することに繋がるのです。 
     電力需給のひっ迫する地域への投入や東日本大震災の被災地の復興事業の一環としての投入に予算をつぎ込むべきである。
     日銀が金融緩和のために市場に資金を投入して銀行が資金を弄んでいるような制度で対応するのではなく、建設国債でも何でもよいから直接事業に数十兆円規模投入できる制度を設けて発電事業を促進させることが必要です。 遅らせることはできません。



      原子力行政が改革できれば、種々の行財政改革が進むことに繋がると考えます。 しかし、原子力について一般家庭や小規模法人事業者以外で、現在の電力会社から何らかの恩恵を受けている対象となる数が多いので、新たな電力会社設立への改革への賛同を勝ち取ることは困難を極めることが予想される。 つまり、電力関連会社、献金・資金援助を受けている一般団体及び政治団体、多額の広告料を得ている多くのメディア、発電施設工事や施設のメンテナンスに関わる企業とその従業員、原子力立地給付金の交付を受けている原発立地の地元、電力会社の株主(銀行、生命保険会社、一般投資家など)、原発推進を行う官僚と現在の制度を維持することを望む官僚、核燃料関連の外圧など、現在の電力会社からもたらされる利益・利権を温存したく、現電力会社の利益に反する改革案には賛成できない多くの繋がりが存在するから。
     明日の日本のために、それでも改革を訴える筆者である。






  • 原発推進、日米同盟の深化・安全保障の協力強化、自衛隊の武器装備のアメリカからの調達に関しては、官僚・政治家・経済界の利権の温床。日本を守るために日本を壊している外務省・防衛相。国民は強く要求する:原発廃止、オスプレイ配備反対、アメリカ軍基地撤去、日米安保条約解約。     このページの先頭へ


  •  日本は第二次世界大戦後、北方領土はロシアに占領されたまま。
     一方、アメリカの占領下からは独立したようになっているが、実際は現在も日本中に基地が存続し、核兵器の持ち込みも可能となっており、アメリカ企業の製品を日本が購入することを外交交渉で決定されてしまう。 日米安保が日本の国民の意思や日本国憲法の上位にあることに誰も逆らえない状況が継続しているということを国民は感じている。 どこかおかしい。 なぜ変えられないのか。


     原爆が投下された日本において根強い核反対の国民の視線を外す方針から、核という実態の印象を薄める方針から、原子力のうち、原発は非核三原則の核兵器とは全く別物であると錯覚を与え、国内において日本の国費であらゆる日本のメディアを通じて原発は平和で安全な核であると宣伝を行い続け、その後日本は高い原発の買い物をした。
     《 少しわき道にそれる内容を書くが、後日、GE製の原発(福島第一原発もこのGE製の構造)は、圧力容器の容量が小さいことが、圧力容器の圧力が高まった場合に危険が大きいことがわかり、放射性ガスであっても容器の圧力を下げるために放出する排気施設が必要となることが判明して、排気施設は設けたが、企業のコスト意識と官僚・御用学者との馴れ合いと疑われる放射性物質の除去装置なしの排気施設で対応する改良案で済まされている。 (注)福島原発事故で原子炉建屋が爆発により破壊されたが、格納容器に溜まる水素ガスに備えて水素ガスの濃度を下げるために格納容器に窒素ガスを封入している報道がなされていた。 詳細な原発の構造図が公表されないのでよくわからないが、水素ガスは排管で外部に排出されると想像するが、どうして原子炉建屋に水素ガスが溜まってしまって爆発したのかがよくわからない。》


     日本はアメリカの絶対的勢力の影響を受けて、戦後の日米交渉の歴史の中で受動的に共同歩調をとってきた。 アメリカは日本の政治、経済面、防衛面など多くの政策について、日本の対外面のみならず日本国内の政策にまで強い影響力を及ぼしている。 官僚は、国民が無知と愚かであることをよいことに、国民無視であり、アメリカの防衛政策を基本としてアメリカに従属してアメリカからの要求を施行することが官僚の使命と化しているようだ。 特に米軍基地問題については、国民から見て、日本への核持ち込み問題と同じ種類の「癌のしこり」を思い起こさせるのです。
     自衛隊の武器装備については、政府・政治家は周辺国の軍事的脅威を唱えて国民に余計な脅威を煽り立て、アメリカ企業が開発した高額な武器を国民の税金で購入していることに対して筆者は怒りさえ覚える。


     日本にとって、第二次世界対戦の教訓とは何んであったのか? 終戦直後の日本人の思いや日本の日本たる姿とは。 日本国民は、今一度考えましょう! 原発と同様、今一度考えましょう!
     日本の外務・防衛の高官の体質は戦前と何も変わらず、日本国民の思いと乖離している気がする。 国民の反対に対して、すべて、国家秘密で片付けようとするなら大間違いだと言える。  


     

     日米同盟の深化・安全保障の協力強化、動的防衛力構築を日本国総理が勝手に掲げて国民に押し付け、一種の刷り込みを行っているが、日米安保条約を盾にアメリカ軍は日本中を自由に駆け回り、アメリカ軍が日本に危険と騒音と犯罪を撒き散らしている。 日本の自由を奪い、治外法権的取り決めにより、アメリカ兵・アメリカ軍が係る事故、犯罪などについて日本人には手が出せない不条理の状態が今なお継続している。
     動的防衛力とは何を意味するのかよく理解できないが、自衛隊が海外でアメリカ軍と軍事作戦で積極的に協力するということがうかがえる。
     日米同盟の深化? 何処まで深化すればよいのか。 アメリカに従順な奴隷状態? 少なくとも反対しない「イエス・マン」になって、静かにしている所まで深化が求められているようだ。 このまま進化?していくなら、いっそのこと、日本の防衛省と自衛隊を無くして、アメリカにみかじめ料を払って対応すればよい。 みかじめ料と同じ意味合いのものは、現在、それなりの額を支出しているので、これを拡大させれて、その代りに日本の防衛費を激減させれば国の財政緊縮に貢献できる。 反社会的勢力へのみかじめ料を払えば罰せられるが、アメリカ軍へのみかじめ料は法律で守られている。 それに、既に日本にアメリカ軍の本部があり、日本中にアメリカ軍基地が存在しているのだから。 そうでなければ、日本の主権を回復させて、アメリカ軍基地の在り方について、もの言える日本であるべきだ。 これは沖縄だけの問題ではありません。 日本の主権を考えろ!と訴える。


     公務員が守秘義務違反条項を犯して国家機密を暴露する場合を考える。 国家機密であっても、国家機密の暴露が、国民的な総意より判断して、その内容が政府が全国民に対しての重大な隠ぺいにより国民の民主主義的な人権の侵害に当たる場合と判断されるような事案については、現在の司法裁判制度の枠ではなく、新たに設立する国民裁判の対象とする。 隠ぺい内容が民主国家としての国民主権の国民総体の利益に反逆する重大な内容である場合には、司法裁判より上位に位置する国民裁判により、その機密の暴露は公務員の守秘義務違反にあたらないことを法律化する。 また、国家の反逆罪について国民裁判で結審させる。 これが日本の民主主義であるべきです。 そうしないと、日本の周りに国家が存在する限り、アメリカ軍の基地・飛行場は恐らく半永久的に存在することになるだろう。 


     法律で定めれば何でもできるが、国民に知られないうちにいつの間にか法律内容が改正されたり、新たに成立しているのが今の日本の姿であり、現実だ。 これでは、国会議員に政治を任せおいてよいはずはない。 はっきり言って現在の議院内閣制度はめちゃくちゃとなっている。 これは後記したことに該当する。


     アメリカは、中東から極東に至る軍事・防衛の作戦配備を構築するために日本を利用しているのであるが、軍事優先のアメリカと違って、日本は現在、軍事優先ではありません。 日本を守ると錯覚させる日米安保条約(更に種々の裏の制約?があるのか?)に制約されて、アメリカ軍の基地、航空機、爆弾、アメリカ軍とその軍人・家族およびアメリカの軍産業、アメリカ軍人による事故・犯罪などで、日本人としての人権が侵害されている。
     日本の政治家は表面的な飾りにすぎず、官僚の引いた利権の道筋を歩き、単に矢面に立つ使い捨ての国民へのスピーカーでしかなく、防衛大臣はアメリカ軍の極東政策に沿って実施される施策についての地元住民への取次でしかないのです。 はっきり言って、現在、防衛大臣は意味がないのです。


      日本国民は、もう一度、種々の情報に基づいて考え、行動し、日本人としての威厳を取り戻さなければならないと考える。 
     オスプレイの配備については、航空機の推力がローター2つであり、水平方向、垂直方向に回転する構造であり、種々の気象状況の変化状況において、離着陸時に不安定による事故が懸念され、ローターが方向転換するときは特に機体のバランスを安定した飛行状態に保つには調整が難しいと想定できる。 明らかに不安定が懸念されるなかで、これを利用するなら、非常事態が発生している地域にアメリカ軍が出動して離着陸する場合を除いて、通常時の離着陸は空港へのアプローチが周辺に一般住宅や建築物が非常に少ない場所、望ましいのは海上空港などに限定されるべきである。 また、オスプレイの低空飛行訓練は、アメリカ国内で実施願いたい。 日本は戦場じゃないので、低空飛行はやめてくれ。 日本が戦場になったときは、もう日本はおしまいになる。 米軍による、日本を戦場に見立てた訓練はやめてくれ。
     アメリカでは、オスプレイが離着陸を予定していた空港が面する海岸に棲息する海洋生物への悪影響の懸念からその空港への離着陸が禁止され、学校の授業への騒音の影響や住宅地の周辺の住民からの騒音による健康被害を排除する請求に対しては、市民の権利を尊重してオスプレイの飛行ルートが変えられている。 しかし、日本では、日本国民のそのような訴えは無視される。 なぜなら、日本国民の人権は無視されているからであり、日本がアメリカから独立した、日本国としての主権を有している国家として扱われていないからである。 日本は、アメリカの奴隷であり、反論できないのである。 日本の官僚は、国民が奴隷であることを解消しようとしないで、アメリカのために働く、昔の侍社会の、いわゆる悪代官とその家来たちと同じなのである。
     これを解消するためには、革命を起こすし、悪の根源である悪代官たちを国民自身で成敗するか、あるいは、悪の根源である、日米安保条約を解消するかのいずれしかないのです。 日本国民よ、よく考えろ!


     

     日本国民の人権の回復と国家主権の確立の方法は、フランス革命やアメリカの独立戦争や中国の文化大革命、ベトナム解放戦争などと同じ手段に戻る方法も然り。 あるいは、解消してくれそうな政治家の選択による方法も然り。 いずれにしても、この解決策は、安保条約の解約通告を行い、安保条約を解消されなければならないと筆者は考える。 そうすれば、日本にある米軍関連施設、飛行場のすべてが一旦撤去されることになる。 それ以降の対応は新たな協議で定めることになる。
       ・・・ 日本を守るために日本を壊している外務省。 もう既に守るべき日本が壊されているから、今なら安保条約の解約及び米軍基地を日本から撤去することが可能です。 日本から原子力が廃止され、核燃料の海外からの調達が不要となり、アメリカとの取り決めが消滅することになるから ・・・

     今の日本には骨のある政治家はいない。  どの政治家も腑抜けで、官僚の言いなりの人形となっている。


     日本の普天間飛行場への強行配備。 日本国民の敵は米軍。 北朝鮮は、日本本土へは攻めてきていない。 日本はアメリカに敗戦したが、アメリカ軍は、今なお日本を占領しているのと同じ構図であり、日本人の人権を蹂躙し、犯罪を自由に行い、日本全国に米軍基地を保有し、米軍の戦闘用航空機は日本列島を縦横無尽に飛び回り軍事訓練、低空飛行を強行し、自然の生物なら脅威を与えてもよいと間違った認識を行使している。 日本国民から見れば、治外法権の犯罪者だ。 日本の敵は米軍だ。 日本の主権が侵害されている。 日本国民のために働かない日本政府もアメリカと同様、日本国民には敵だ。






  • イランは正々堂々とプルトニウムを作ろうとして国際的な制裁を受ける。一方日本は、姑息な手段で濃縮ウラン、高純度なプルトニウムを作成???。

  • 日本の原子力基本法は、自民党から提出された、「わが国の安全保障に資する」との文言が利用目的に追加された、「第二条 2 前項の安全の確保については、確立された国際的な基準を踏まえ、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びにわが国の安全保障に資することを目的として、行うものとする。」という内容の原子力基本法の一部改正案が衆議院で成立したもので、我が国の原子力の研究・利用に関して安全保障面での活用への抜け穴が開いたことになる。 
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  •  イランは正々堂々とウラン濃縮、プルトニウムを作ろうとして国際的な制裁を受ける。 一方日本は、姑息な手段で高純度なプルトニウムを作成することになるのか???。 姑息といっても、濃縮や再処理についての同意及び査察など国際的にチェックを受けているが、日本の核燃料サイクルが良好に実施され、将来、プルトニウムを利用した循環をうまく活用すれば、高純度なプルトニウムを増やすことは可能とされている???。  高速炉用の核燃料としてプルトニウム・ウラン混合酸化物を用いる高速増殖炉”もんじゅ”は冷却材のナトリウムが漏れて火災を起こし、また、その後、部品のトラブルなどで停止状態とみられる。 しかし、原子炉は稼動させていなくとも維持費はかかるのです。 今のところ、新たな増殖計画???で高純度のプルトニウムを増殖させるしくみを発展させることには至っていないようだ。


     日本の核燃料サイクルは、核燃料の利用から使用済み廃棄物の再処理、再利用と使用済み放射性廃棄物の処分に関わる国の政策の一連の循環のこと。
     ウラン鉱石の採掘、製錬、転換、濃縮、加工、原子炉で使用、使用済み燃料の再処理(再利用として回収、廃棄物として分離、加工、廃棄)、低レベル廃棄物として処分、高レベル廃棄物として加工・処分、回収された核燃料などを高速増殖炉で利用、回収された核燃料などをMOX燃料に加工、MOX燃料を原子炉で利用、原子炉からの使用済み燃料の再処理を行う、この核燃料処理行程の一連の循環のことである。 数少ないウランから、原子炉の燃料として使えるウランの同位体、プルトニウムの同位体を得て、これを増加させることを目的に開発中の技術であるが、高速増殖炉の技術開発や高レベル廃棄物の加工処理の技術は実験中の段階で、進展していない。

     現在、青森県六ケ所村に六ケ所原子燃料サイクル施設があり、伝えられているところによると以下の通り(2012年6月)。

  • 1.ウラン濃縮工場が稼働中

  • 2.低レベル放射性廃棄物センターが操業中で、埋設処理が実施中

  • 3.高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センターが操業中で、海外でガラス固化されて戻された廃棄物を中間貯蔵施設において一時貯留が実施中

  • 4.再処理工場はどのような状況か筆者にはわかりません

  • 5.MOX燃料工場は建設工事中

     各電力会社の使用済み核燃料について、六ヶ所村の施設に持ち込めないものは、各電力会社の原発敷地内で貯蔵することになり、原子炉建屋施設内外の冷却用プールで冷却を継続しなければならない。 そして、原発が稼動するに伴い使用済み核燃料の量が増加しつづける。


     インドやパキスタンはNPT(核不拡散条約)非加盟国であり、核兵器を作っった。 それらの国は、国際的に特別な制裁措置を受けていなかったと筆者は理解している。 一方、イランはNPT加盟国であり、平和目的でウラン濃縮を行うと宣言しているが、施設の公開に消極的であり、これに対して国際的にイランの核兵器開発を懸念し、その開発につながる兆候がみられることを受けて協議や制裁強化が進められている。 NPT非加盟国なら核兵器を開発しても制裁を受けないのであれば、イランはNPTから脱退すれば論理的には筋が通ることになるが、国際的には、そう簡単な理屈で処理してもらえないようだ。 また、NPT加盟国である北朝鮮は、ウランの濃縮と核兵器開発を進める中で、6か国協議において妥協点が見いだせず、開発中止の見返りについて交渉を行い受け入れ、見返りに食糧、エネルギーを得たのち、しばらくすると、また決定事項を履行せず破棄し、核兵器開発を進めることを繰り返してきた。 その後、一方的にNPTからの脱退宣言を表明し、核兵器の開発を進めている動きがあるように報じられていたが、国際的には北朝鮮はNPT脱退保留の加盟国扱いとされているようだ。  


     2012年に野田内閣は消費税法案を成立させるために、野党との妥協調整において種々の調整のひとつであるところの法案について、野党の言いなりに法案を可決させる事態が発生し、その法案の内容の問題が浮かび上がった。 それは、2012年6月20日に衆議院で自民党から提出され可決成立した法案である原子力規制委員会設置法の中に、原子力基本法の一部を改正する内容が付されていたもので、《 原子力の研究、開発及び利用(以下「原子力利用」という。)》と表現し、 その原子力利用目的に「わが国の安全保障に資する」と追加した改正法案である。
     この表現は、”我が国の原子力の研究・開発・利用に関して安全保障面での活用への抜け穴が開いたことを意味する。”  日本は、国連に加盟し、NPTに加盟し、国際原子力機関(IAEA)に加盟しているのであるから、原子力の平和利用の趣旨に基づかねばならないことになり、世界の平和を希求する目的が基本になるはずであり、それを超えて自国の安全保障の強化を追求すれば、即ち、イラン、北朝鮮などのごとくに原子力の安全保障利用への道の強化という説明に形を変えるだけになる。 日本の原子力基本法の一部改正による、わが国の安全保障に資する原子力の利用という表現は不適当であることは自ずと明白です。 この表現を入れなければならない、官僚・自民党の意図は自ずと理解されよう。 


     日本国憲法9条をまともに読み取ると、日本は、戦争と武力の行使は放棄し、戦力を保持しないとしているのであり、自衛隊の軍隊を保持することは違憲であるのに、政府は合憲であると押し通す。
     政府が憲法内容を勝手に解釈するのであれば、筆者が勝手に解釈すれば、例えば、 日本国憲法に、「・・・国際紛争を解決する手段として、戦争と武力による威嚇や武力の行使を放棄する・・・」という趣旨の内容が書かれているのであるから、国際紛争には使用できないが、国内紛争には使用できる可能性があり、自衛隊の存在を合憲とするのであれば、自衛隊は国民の弾圧ができることを意味するとも読めることになるが、それはさておいて、日本の「非核三原則:(核兵器を持たず、作らず、持ち込まさず)」は、既にアメリカの核兵器の日本への持ち込み貯蔵などを行った事実で破られている。
     日本は自衛隊を海外には派兵しないとしていたが、これも破られた。 日本の自衛隊は、自分の保全のために自然的権利として、一定の職務に従事し、自分と一定の条件を満たす自分以外の者の生命・身体を防護する場合には、武器使用が認められるとされ、諸外国に派遣される活動において武器使用が認められることになった。 日本はかっては、武器輸出三原則での全面輸出禁止扱いを掲げていた。  武器輸出三原則は、佐藤総理時代には、1.共産圏諸国向け、2.国連決議により武器等の輸出が禁止されている国向け、3.国際紛争の当事国またはその恐れのある国向け、これらの国向けへの武器輸出を禁止した政策であった。 三木総理時代にあっても、国民からの反発を避ける意味で基本的には三原則の国向けへの禁止とその他の国への輸出についても慎むとされた。 その後、アメリカ向けへの輸出について除外扱いが施され、更に、日米の武器の共同開発が進められ、この結果、この武器を輸出する場合に、今までの武器輸出の基本原則の方針に齟齬が出ることになり、基本的には輸出できなくなる。 このため、2011年野田内閣の12月27日の国会で、どさくさに紛れて、この武器輸出三原則の緩和を表明した。 
     更に、2012年6月衆議院で原子力の利用に関して我国の安全保障に役立てる目的も位置づけた原子力基本法の一部が改正された。 
     日本の「非核三原則」は、原発の安全神話と同様、言葉だけの単なる気休めに過ぎなくなってしまった。 日本の「武器輸出三原則」も気休めに過ぎなくなってしまった。 日本はどこへ向かうのか?






  • 1994年の社会党連立政権時も、2009年からの民主党政権も背後にいる官僚がお膳立てした政策をこなすだけ。外交に関わることは背後にアメリカの力が働く。     このページの先頭へ


  •  1994年に6月に、自由民主党、日本社会党、新党さきがけの連立政権が誕生した。
     1993年から自民党が衆議院で過半数を確保できなくなり、非自民である連立政権の細川政権が生まれる。 細川内閣が総辞職の後、非自民である連立政権の羽田内閣が生まれる。 その後、社会党が連立内から離脱したことにより少数勢力である羽田内閣はやむなく総辞職することに至る。 その後、新党さきがけは日本社会党との連立政権構想を協議し、これに自民党が加わり連立与党を組み、自由民主党、日本社会党、新党さきがけの連立政権が誕生したもので、社会党の党首であった村山氏が総理に指名されることとなった。 詳細については詳しくないので省略する。
     かての日本社会党時代には党内の政治理念について、右派系、左派系で異にする所があったようだが、自衛隊違憲、日米安保条約への反対声明を掲げていたが、連立政権を樹立し、内閣総理大臣に納まった途端にこれまでの声明を180度転換して、自衛隊合憲、日米同盟の堅持を表明してしまった。 自民党との連立でもあるが、日本には、日米同盟維持の切れない、越えることができない何かが存在していることを官僚が首相に耳打ちでも行っているように筆者には思える。

     2009年には民主党政権が成立した。 アメリカのオバマ大統領が今までの政治・社会システムなどからのチェンジを掲げて大統領選に臨んで当選した。 日本においては、民主党が自民党政治からの政治の転換を謳い、総歳入額の予算の使い道を国民生活・暮らし関わる内容に振り向ける方針と政治や行政の仕組みを改める方針と無駄遣いを見直すとする方針などのチェンジの思いを掲げた。 この自民党政治からのチェンジを求める国民の意思を反映して民主党が優勢となり、民主党政権が誕生した。 しかし、参議院議員では野党の議員数が民主党などの与党の議員数を上回る勢力となり、衆議院と参議院での与野党の勢力が異なる捩じれた状態となり、政治が沈滞する状態が2012年時点で継続している。 官僚は既存の官僚の統治構造を変えることには賛成できない立場であるから、民主党・国民が官僚構造や政治体質を変えることには非協力的である。 官僚が国の種々の情報・知識を持っているのであり、法律を作る能力は、国民や政治家でさえ叶わない。 しかし、国民が望む国の姿に変えるには、法律を変え、国の種々の行政システムを変え、国民の意思を直接政治や行政に反映できる方法を築かなければ実現しないであろう。 また、少ない国庫予算額で、如何にして国民生活の安定や社会保障の充実、産業の振興、最先端科学技術の発展及びエネルギー確保など実現するかについては、学識者の効果的なアイデアや官僚の利権を超えた立場での協力が絶対条件です。
     国民は、現在の選挙制度や政党政治の状態が継続していては、単純に国会議員を選び国会議員任せ、国会議員頼みの間接政治では、国民が望む状態にはならないことが身に染みてよく分かったのです。

     民主党のもとは1996年に始まる菅氏と鳩山氏を中心に結党されて、社会党からの議員、新党さきがけからの議員、日本新党からの議員などで構成されていた。 その後、いくつかの少数政党のグループが加わり、更に自由党が加わり野党第一党の民主党が誕生することになる。
     2009年に政権をとった民主党の最初の鳩山総理は、普天間飛行場移設問題で沖縄県以外への移設を掲げ、問題の解決を図ろうとしたが、日本よりアメリカの影響力が強く、外務官僚や防衛官僚は声を出せないのか、米国との交渉の余地が残されていないのか、結局窮地に陥ってしまった。


     日本は、アメリカと日本の相互協力とアメリカ軍の地位について定めた日米安全保障条約を締結しているのであり、この合意に従いアメリカのさまざまな軍事作戦等に関わる行動の法的根拠が成り立つ。 アメリカ軍の飛行場や装備については、個別にアメリカの同意が得られなければ従わざるを得なくなる。 官僚は日米協議を優先させる。 アメリカと地元住民との狭間で政府の妥協策は、動物の曲芸ショーで動物が餌につられて調教師の言いなりに演技をするように、住民に金を見せつけて言うことを聞かせようとする。 しかし、根本的な解決にはならない。
     アメリカ軍に関わる事項で日本人の人権及び命の安全を守るために、軍に関わる事項について日本人が反対して取り消しを求める場合には、日本人が日本政府に反対行動を行っても意味がないのです。 変更を求める場合、これを解決する方法は、沖縄県以外の日本国民が立ち上がって反乱を起こすか、あるいは国会議員に日米安保条約を継続しない決議を行なわせて条約の解除を成立させるか、あるいは安保条約の内容を変更させるかの方法以外には可能ではない。 普天間飛行場移設、岩国飛行場や普天間飛行場へのオスプレイ配備等を阻止するには、別途に原発を廃止する方向になり、原子力の核燃料に関わる規制を排除できるため、日米安保条約を解約することがその答えとなるであろう。 
     日本にある米軍基地が自然災害や日本国内の暴動による攻撃を受けて壊滅しない限り、日米安保条約が締約されている限り、半永久的に基地が存在することになり、軍によって日本人の生活と安全が脅かされ、人権が侵害され続けるのです。
     アメリカは日本において既定の極東から中東に至る軍事作戦計画を優先させることを改めず、日本の官僚はアメリカの言いなりであり続けるのであるから、よって、原発廃止と合わせ日米安保条約解約を進めることに国民の思いを同じにする政治家を選出して改めさせることが、解決問題の答えに沿った、とにかく今できる最善策と言えるのではないかと筆者は考える。 



      国民自身がそれぞれ考えよう。 何ができるかを。 東日本大震災の後、国民がそれぞれできることを始めたことを思い起こそう。

     民主党の政治は、いつの間にか、望まない自民党の政治に変貌してきているが、国民は、以前の自民党の政治に戻さないように、官僚利権の構図を少しでも改善するように、エネルギー問題を原発に依存しないように、国民の安全と生活を守るために米軍飛行場などの施設を無くすように、国民は意思を示そう。






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危ない 忍び寄る危機1へ 、 危ない 忍び寄る危機2へ

l 教育勅語とは、天皇国家に従う臣民として実践すべき姿を説いたもの  l  安倍政権の憲法改正の目的は9条ではない。それは・・・  l  天皇退位、国民から見た論点整理  l
l 集団的自衛権行使容認の閣議決定は憲法違反、諸々の安全保障関連法案は憲法違反。戦後の自民党の国民への裏切り  l 自衛隊 憲法違反 明らか  l
l コラム: 枝折(しおり)・撓(しおり)・誰もが思い当たる疑問  l  包括的核実験禁止条約(CTBT)  l  対人地雷禁止条約 オタワ条約  l  自衛隊不要  l  国連:連合国  l
l 自衛隊の海外派遣の恒久法と日本の選択  l  日本国の自衛軍、自衛隊が海外で戦争を行えるようにするシナリオ  l  日本の平和のためのシナリオ:日米安保条約締約解除  l
l 裁判員制度 裁判員は裁判官の意見に合わせるだけの制度  l  文民統制 シビリアンコントロールは名ばかり  l  日本の調査捕鯨 捕獲鯨肉販売の副収入が過大  l
l 北朝鮮ミサイル発射 日本の核保有論 日米同盟 アメリカの核による抑止 ミサイル防衛  l  日本の平和 憲法9条で維持 アメリカの核抑止力ではない  l  自衛隊 違憲  l
l 普天間基地の移転問題 日米安保の核持ち込み見直し必須 核拡散の場合は米軍基地は排除  l
l 核 密約問題 沖縄返還時点の核再持ち込み密約の疑惑 現在進行形の機密事案か?  l
l 核再持ち込み 極秘文章 公表 日米安保条約付属の極秘の合意事項 国民への裏切り  l
l 密約調査 核持ち込み introduction:事前協議対象外核容認 entry 何も変わらない日本の虚偽  l
l 東日本大震災の復興計画策定 復興計画策定に係わる概念の列挙 (原発放射能関連は未記述)  l
l 原発再稼動の問題、安全基準の見直し必須 原発事故後の防災対策重点地域 避難範囲30kmの妥当性が問題他  l
l 武器輸出三原則の緩和政策:国民の政治・政府不信を益々加速させる  l
l 原発安全対策の改善が不十分。第46回衆議院議員選挙 国民の意思表示:脱原発、原発廃止  l
l オスプレイ配備&訓練飛行問題 原発廃止問題 竹島&尖閣&北方領土問題 東日本大震災被災地復興問題 福島第一原発事故放射能除染問題:政府の体をなしていない  l
l 昭和天皇とマッカーサーと日米安全保障条約  l 日本国憲法改正問題 現憲法・自民党憲法改正草案 2012/4/27・国民から見た憲法改正案 2006/9/18 の比較  l
l 日本の存立の危機。安倍政権の集団的自衛権行使容認の閣議決定は憲法違反、安全法制整備法案は憲法違反。  l
l イラクに派遣された航空自衛隊及び小泉、安倍、麻生、福田元総理、額賀元防衛庁長官、久間、石破、高村、浜田元防衛大臣などの刑法に抵触する命令  l
l 民主主義政治の崩壊。積極的平和主義の防衛法案2015年について: The Acts of Security for Aggressive Pacifism 2015 (English)  l

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