
| この映画は「超国家主義・国粋主義」を否定し、人種差別を反対する映画ですが、ネオナチスのリーダーが懲役を受け、いわゆる「生まれ変わる」と言われる前に主張していた事が間違っていたとは言い切れません。確かにネオナチスは日本人を含め、アメリカにいるアメリカ人ワスプ以外の人には気を付けろ、と主張しています。時には暴力を振るいます。ですが、それは時には正当性のある主張ではありませんか。実際には、多くのアメリカにいるアジア系、ヒスパニック系、黒人にとっては自分たちの先祖の国や自分たちの文化伝統が一番大事です。ですから、白人の国であるアメリカで、外国から来た有色人に当選の権利を与える必要も無いし、彼らが金を持っている故の権力を悪用すると、白人が怒る気持ちは判ります。 映画の後半に、主人公のデレックはネオナチスのグループを脱退して良いかもしれませんが、それはあのグループは、上辺だけの白人至上主義者だからです。つまり、似非右翼だからです。日本の右翼に例えると、ただ街宣車に乗り、はしゃぎたいから右翼をやっている者と同じです。でもデレックは退会をした後、主義・主張をあきらめず、他の方向に向けて活動をしてもよかったのではないかと感じられます。 デラックと共に退会した弟のダニーも「何でこうなったのかな?どこで間違ったのかな?」と反省し始めていた時に、亡くなった父親の言葉を思い出していました;「有色人の権利は守らなければならないが、白人を見捨ててまでするのは間違えだろ?就職の試験検定の結果、ある黒人より白人の点数の方が高かったんだぜ。それなのに受かったのがあの黒人だ。ただ黒人だから仕事を与えるのは違うだろ?俺は消防士だ。毎日、命をかけているのだ。お互いに助け合わなければならない時に、仲間はただ黒人であるから消防士になれた奴らなんだぞ。そう言うこのシステムが俺の命に危機を与えているのだ。それが真の人権と言えるのか?」。それは間違った意見なのでしょうか? この映画では、この父親の様な人は根本的に間違っていると主張しているが、一体、何処がおかしいのでしょうか。日本においても同様でしょう。どうせ、「よその国」と言う感覚を持って、我が国で暮らしながら日本の事より自分の事や母国にいる家族の方が大事だと思っている者や、日本人でさえ仕事が出来なくなってきた失業率が高いこの現代に、雇用や議決権を強く要求する外人が沢山います。自分の国では自分のやり方が通用しないか、適当に母国語を日本人に教えれば楽に暮らせるからか、犯罪を起しても直ぐ祖国に戻れるからか、「\」が欲しいが為に来日する外人が多いです。そう言う輩に気を付ける必要性を意識する事が人種差別であれば、多少の人種差別は正当だと思いませんか。 政務局長・藤田淳 |