倭国の形成



最近の作成と修正
  
諸候元年表 2015年11月
 随時更新
名と元年
 相続異常は西からの移動の痕跡か? 
趙世家
魏世家
晋静公
 

倭国の形成 既作分
着眼点
  古事記や日本書紀が、日本の古代史を書き残していますが、
    歴史的事実としては、その内容が疑問視されています。
  崩御年齢が百歳を超える天皇が多いために、神話と見なされるためでしょう。
  しかし、日本書紀には天皇の即位年が干支で記述されています。
  干支は60年を単位として繰り返しますので、
    長寿過ぎる天皇の崩御年齢を60歳減算しても、次の天皇の即位年の干支には狂いが生じません。
  私はこの点に着目して、日本書紀の年代を読み直しました。
書紀の紀年 2008年12月
年表 (倭国の形成) 2008年10月
歴代天皇 (古代編) ”王表”を改題しました。   
  
何度も繰り返して考えを深めました。
以下には作成順に並べています。
できれば順に読んでいただきたいと思います。
 途中から読まれたかたには単なるキワモノ史と誤解されることが危惧されます。
  
第一期(2001年頃)
神話に秘められた古代史 神話が少しでも歴史的事実を反映しているならば、
 天孫は中国から天降ったと考えるのが自然です。
記紀の天孫降臨物語に対応するような記述を中国史に探しました
     
第二期(2004年頃)
続・神話に秘められた古代史 2世紀頃の倭の歴史。おもに『魏志』を参考にしました
公孫度の正体 公孫度、公孫康親子は他人から名前を借用した偽名です
王権の誕生 倭国大乱崇神天皇垂仁天皇 として改訂
神功皇后伝説 景行天皇仲哀天皇 として改訂
倭の五王 (一)(旧版) 応神天皇 として改訂。  さらに 允恭紀 として改訂
倭の五王 (二)(旧版) 雄略天皇 として改訂。  さらに 安康・雄略紀 として改訂
     
第三期 (2006年頃)
神武二人 神武と手研耳
欠史八代 2007年4月 改訂版
倭国大乱 150年頃から170年頃まで主無く相攻伐
崇神天皇 御間城入彦(帯方郡から帰ってきた) = 公孫康
垂仁天皇 かけはなれて度量が大きかった
景行天皇 +五十瓊敷王、日本武尊、成務天皇
補遺
  欠史八代(旧版)  ヤマトに疫病が大流行し、倭国乱の引き金に   
欠史八代(補遺) 枝分かれの検討
王の一言紹介 各天皇紀には、はじめに天皇の紹介があります
 神功 「貌容壮麗 父王異」 など
誉津別皇子・誉屋別皇子・
誉田別皇子
百年に満たない間に、似た名の皇子が三人いました
東海王司馬越 日本武尊は晋に渡り司馬越になったか ?
倭直氏 直氏、倭漢直氏、東漢直氏、漢直氏
物部氏 饒速日命の子孫 120年空白の謎
武内宿禰 突然の叛意と山東異変
雄略天皇 (旧版) 允恭紀 と 
安康・雄略紀 に分割し改訂しました
 
第四期 倭国幻想 (2007年~) 
 
倭と晋や続く南朝の関係は隠されています。
素人の自由な連想で、限界の突破を試みます。
ついでにこれまで触れなかった大きな流れに言及したいと思います。
     
  仲哀天皇・神功皇后 鎮国香椎大神
  応神天皇 八幡菩薩
  仁徳天皇 +履中天皇、反正天皇 
允恭紀 倭王讃歌
  安康・雄略紀 宋の孝武帝と雄略 
年表 改訂しました 
倭の五王 新説 倭王讃と桃花源
     
  継体紀  南京大虐殺、江陵捕囚と天下統一 
  安閑・宣化紀  御陵、被葬者の謎 
  欽明紀  屯倉ラッシュ 
  敏達紀  高麗使人騒動 
  用明・崇峻紀  後梁と陳の滅亡 
  推古紀  聖徳太子摂政 
     
  リファレンス 以上、倭国編の 参照文献、サイトなど
      
殷周幻想 (2009年~)
日本書記に残された神武東遷以前を考察します
天照大神の起源 王氏のルーツ を改題しました
殷周革命 三度、天下を譲る
太公望呂尚 と武庚禄父
西伯の在位 殷周交代(一) 
五帝 舜と象の史実
武丁の在位 隠された59年間の悪霊支配
後期殷王年表 在位期間の修正 
堯舜の在位 スメンクカラーの正体
殷の辛氏族 辛(秦、新、晋、清)、辛の邦(支那) なぜか似ている
ラメセス1世 舜の晩年
 スメンクカラー、ラメセス1世、盤庚
湯王 セケンエンラー・タオ2世
 アペピとイイン
アメンの神妻とアペピの娘 太甲
 カーメス イアフメス アメンヘテプ1世 トトメス1世
     
ファラオ東遷 (2014年~)
殷周幻想は 想像が行き過ぎて細部に誤った部分も有るので 再構成します。
エジプトの新王国時代に その世界帝国が中国まで勢力圏を拡げました。
第三中間期の終り頃、中国では周が東遷し 春秋戦国時代に入ります。 
そのころ、東への大移動が始まったのでしょう。
紀元前600年頃の神武東遷はそれらの事情を秘めたものでしょう。
     
  1.アクエンアテン アマルナ遷都
2.タオ2世 殷の湯王
  3.盤庚遷都 商墟への遷都
  4.ラメセス2世 第19王朝とカデシュの戦い 
5.盤庚以後 武丁、祖己、祖甲
6.第20王朝 セトナクテ
7.第21王朝 第三中間期入り、 +テーベ自治領
8.帝辛  廩辛、ラメセス6世、帝紂
9.殷周交代 伐殷は無かった
10. 第22王朝 ショシェンク王家
11. アッシリア シン氏、劉氏
12. 西周前期 東遷への助走
13. 周の東遷 エジプトから中国への民族大移動 開始
14. 第23・24王朝 パデイバステト、テフナクト、ボッコリス
参考図書
周の衰退 東遷した後の東周
周鄭の戦い 春秋時代の開始
曲沃の変 晋侯前期
葵丘の会 斉桓公が覇者となり葵丘で会盟するまで
河陽の踐土 晋文公。 アッシリア滅亡
アケメネス朝ペルシア  アジア制覇の夢
斉の乱  桓公後半から霊公まで
晋霊公  襄公から景公まで
田完  陳佗は陳厲公躍とは他人 + 斉と晋
秦繆公 + 魯釐公、衛文公。 繆公または穆公
宋襄公 楚に大敗
楚平王 棄疾は名を熊居と改めた。怪しすぎる。
曹公 名ばかりの公家
宋後期 昭公が二人
魯後期 前609年アッシリアの亡命政権消滅
鄭文公と晋文公。重耳幻想
陳世家 陳の成公は名が牛
呉太伯世家 天子出現
衛康叔世家 出公幻想。周襄王
燕召公世家 周王の相続問題に関与
韓世家 韓厥幻想


番外編
     
  戦国秘話 1990年頃非公開で書いた「隠された中世の歴史」を手直ししました
  2010年10月前置きの多くを削除しました
  削除部分は別ページにする予定です
     
  安保条約秘話 (1) 導入  
  安保条約秘話 (2) 本編  
  安保条約秘話 (3) 年表 
       


私事      
     
  自己紹介   
  父の戦争 2013年3月11日95歳で逝った父の戦争体験
  父の癌病巣   
  私の奇形 オー! マイ ガット?  腸異常  
       

小言
  ゆいの郷 稲沢温泉ゆいの郷は計画倒産か?