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右脳左脳の俗説

Terence Hines、井山弘幸訳 : 『ハインズ博士「超科学」をきる』 より
文中の(※1〜6)は私です。最後に簡単に補足し、意見を述べます。


一般の理解では、右脳と左脳の働きの相違はかなり大きいとされている。左脳は合理的で、論理的で、科学的な思考を制御しており、右脳は芸術、創造性や直感が宿る場所となっている、と考えられている。また、人は恒常的な個人差があり、それは右脳と左脳のどちらがその人を”支配”しているかによって区別できる、という信念も同じ考えから来ている。

 右脳型人間は、創造的で直感的で芸術的でもあるといわれ、左脳人間は、合理的で論理的で科学的であると主張される。教育者のなかには、現代の教育は「左脳を重視しすぎている」と批判する者までいて、右脳の機能を活性化するような練習問題や体操を子供にやらせて、創造的で芸術的な能力を育てていきたいとまでいっている。もちろん右脳にそうした芸術的才能が宿っていると信じているからだ。経営や経営教育の現場では、「その人間のどちらの脳がよく発達しているかによって、企画をやらせるか、営業をやらせるか決定しよう」などと提案する者までいる。ハーマン(※1)に至っては、人のどちらの脳が支配的かを決定しうるテストを開発して、右脳の能力を高める訓練プログラムを用意して、それによって経営能力を高めようとしている。このハーマンの右脳強化セミナーは、すこぶる費用が高い。半日の講習会に参加するのに2000$もとられるのだ。このように脳の両半球の相違は経営や職業訓練に適用されているが、その内実は疑似科学となっている。
詳細な批判は筆者の文(※2)を参照していただきたい。

 以上紹介したような一般的な右脳と左脳の機能相違説は、実際の脳の両半球の相違に関する学説と深い関係をもっている。ちょうど星占術と天文学との関係(※3)に似ているといえよう。多くの疑似科学と同様に、脳の両半球の機能が異なるというこの疑似科学的学説にもわずかばかりの真実が含まれている。この場合のわずかばかりの真実とは、脳の左右半球では情報処理の過程が異なっているという事実である。しかしこの処理プロセスの相違は、大衆が考えているような合理性と芸術性の違いとはほど遠いものなのだ。

 脳の両半球の機能差に焦点をあてた研究は以前からたくさんあって、代表的なものにガザニガとルドゥー、スプリンガーとドイッチュ、ブライデンそしてヤングらの研究がある。これらの研究からわかったことは、一部の例外を除いて、左右半球の機能さは予想に反して小さいものである。という事実である。もちろん脳の機能という観点からは、理論的な関心は非常に大きいものなのだが、いわれたほどの違いはないということだ。

 巷の右脳・左脳相違説が立てている機能の厳密な分類(たとえば芸術性は右脳にあって、左脳には芸術的才能が潜んでいないといった分類)すらも成立していないのである。正確には特定の知的作業に関して、一方の半球の方が他方よりもすぐれてはいるが、いずれもおこなうことはできる、といった連続的な機能差がああるくらいなのだ。

 両半球の差異に関する研究から、一般的に目で単語を読む場合や耳で話を聞く場合などの、言語情報による刺激がからんだ仕事に関しては、左脳の方が右脳よりもすぐれていることが判明している。この事実は脳に損傷を受けた被験者を調べることによってわかった。言語野と呼ばれる左脳の特定部分に障害を受けると、失語症という機能障害にかかるからだ。この失語症とは、話すことができなかったり、言葉を聞いても理解できなかったり、あるいは両方できない症状を持つ。右脳に損傷を受けて失語症になることは、非常に希ではあるがないわけではない。普通の人間を被験者にして研究しても、やはり左脳のほうが言語刺激の処理をするには右脳より適していることがわかる。つまり被験者の左脳に言語情報を流したほうが(右側の視野に単語をみせたり、右耳だけに音を流す)、右脳に流す(左側の視野に単語をみせたり、左耳だけに音を流す)よりも判断するまでの反応時間は短くなるのである。短いといってもその差は微々たるもので、ほとんどの研究で100ミリ秒単位の違いしかでていない。つまり右脳にも言語情報を処理する能力はあるわけで、ただ刺激を処理する手際の点で左脳のほうがすぐれている、というだけの話なのである。

ほとんどの人間において、右脳だけではできそうにない作業が一つある。それは話すことだ。もっと正確にいうと、右脳は音声を伝達する筋肉を制御することができない。それゆえ右脳だけでは唖になってしまうわけだ。研究者レベルの文献で左右半球の機能がはっきりとわかれるのは、この発生能力についてだけである。だからといって、機能相違説の疑似科学に根拠を与えることにはならない。この機能分化は筋肉制御にかかわるあくまでも運動機能の分化であり、一般にいわれるような認知的な機能の分化ではないからだ。同じような発生筋肉の運動制御という点における左右脳半球の機能の差異は、さえずる鳥の多くの種類に認められている。

 以上に紹介した脳に関する科学の研究は、右脳と左脳との間には根本的な機能の差があるという疑似科学的な俗説を一般論として否定しているわけだが、俗説に含まれる個々の主張もまた否定している。そうした主張のおもなものの一つが、左脳型・右脳型人間説だ。われわれ人間はいずれかの脳半球が精神を支配していて、さまざまなテストによって右脳型人間か左脳型人間に分類できるという考え方のことである。ボーモント、ヤングそしてマックマナスの三人がこの左脳型・右脳型人間説を取り上げ右脳型・左脳型のいずれかに属するかを決定するといわれるテストについて検討した。結論は否定的で、この俗説は間違っており捨て去るべきである、というものであった。さらに左脳型・右脳型人間説などというものは「大脳半球の認知機能を調べている最近の科学研究からはまったく支持することはできず、今後認知機能と大脳の組織構造との関係が一層解明されていったとしても、その自体に変化はないだろう」と結んでいる(※5)。

 おそらく脳半球に関する俗説のなかで最も知られている主張は、創造的で芸術的な能力が右脳に「宿っている」というものであろう。たとえばエドウォーズは、芸術的才能を発揮させるには右脳を訓練すればよいと主張している。これはあまりにもものを知らないというか、脳の機能について驚くほど理解の足りない単純な発想といえる。昔懐かしい骨相学という疑似科学(※4)そっくりの説である。

 脳腫瘍や脳卒中などの神経病理上の疾患のため、脳に障害を生じた患者に創造力や芸術性の面でどのような変化があったかを調べることは可能である。このような患者を調査した結果、絵や音楽の才能や創造性が右脳に宿っているという俗説はまったくのでたらめであることが判明した。ガードナーがこうした研究を手際よくまとめている。音楽的才能や創造性は、右脳と左脳のどちらに総称を生じても悪い影響を受ける。美術の才能についても同様のことがいえる。ところが作文能力や創作の才能は、右脳よりも左脳に障害を生じた時に悪影響が現れる。もちろん作文の基本は言語能力にかかわることだからである。

 右脳と左脳とが違うという主張は他にもある。右脳は「夢の中枢」であるという考えで、右脳はおもに心的イメージをつくりだし、感情をつかさどる場所なのだといわれる。ヘイバーとラニョンのテキストのように、心理学と入門用教科書のなかには、これらの一部が事実であると書かれているものがあるにはあるが、もちろんどれも間違いである(※5)。

 実際の研究で得られた結果では、左脳のほうが夢や心的イメージに深く関与している。感情についていえば、どちらの脳半球も感情作用にはかかわりをもっているが、感情のなかのどの要素を支配しているかで右脳と左脳に若干の相違がある。すなわち左脳のほうが肯定的感情に関与していて、右脳のほうが否定的な感情に関与しているのだそうだ。

 左脳型・右脳型人間で広く信じられている点は、人間の目の左右の動き(LEM)のうちどちらの方向が支配的かを確かめることによって、その人の右脳と左脳のいずれが優勢であるか決定できるという点である。エーリッヒマンとワインバーガーはLEMに関する文献を検討し、視線の動きと脳機能の非対称性との間にはなんの関係もないことを確かめた。また、ボーモント、ヤング及びマックナスらもこの問題に関する最近の研究を検討して、やはり同じ結論を得ている。根拠がまったくないにもかかわらず、LEMをもとに奇妙なタイプの治療法が案出されていて、自己開発プログラムだとかセールスマン研修などに使われている。神経言語プログラミング法(NLP:Neuro-Linguistic Programming)という治療法のことである。NLPの基本となる発想は、人の目の横方向の動き(LEM)によって彼らが何を考えているか、どの瞬間にも指摘できるというものである。たとえば、左方向のLEMが認められれば、その人は音や言葉を思い浮かべており、右方向のLEMが認められれば音や言葉を組み立てているとろこだといわれる。さらにNLPでは斜め方向の目の動きまで解釈できるという。もちろん解釈できる証拠をまったくもたずにである。右上方向の目の動きは、視覚イメージをつくりだそうとしていることを示していて、右下方向の目の動きは、運動(筋肉感覚)、味覚、嗅覚が働いていることを示しているのだそうだ。

 エリッヒ、トンプソン及びミラーがこうした主張を取りあげて研究したところ、被験者の目の動きとイメージや感覚の内容との間には何も関係がないことが判明している。

 応用面に話を移すと、ヘイリーとディルツはNLPを利用することによって、営業社員の勤務効率を高めることができると述べている。ディルツはNLPの訓練士である。「買ってくれそうな人の目の動きのパターンを観察する」だけでよいのだそうだ。「そこにつけこむすきがある」という。目の動きのパターンを見ても、実際には相手の瞬間の思考などわかることはなく、顧客の目をじっと観察したりすればむしろ嫌がられることだろう。

 NLPは心理療法やカウンセリング技術の効果的な形態として、高く売りつけられることもある。どちらも実際は無関係である。この点NLPに効果があるかをシャープリイは研究してこう結論している。「NLPの基本的な見解とそのカウンセリングへの応用を支持するデータは、この研究では得られなかった」と。

[T・ハインズ著/ハインズ博士「超科学」を切る]

※同書は、世界ではじめて書かれた疑似科学に関する文字通りの教科書で、地道な文献調査に基づき、懐疑主義の古典的名著となっている。

[注釈部分]

(※1) ネッド・ハーマン

 大脳生理学でノーベル賞をとった、ロジャー・スペリーの研究を、ナンセンスなほど拡張した疑似科学的脳理論の発案者。

ttp://www.avantgarde.co.jp/wbi/model.html (hを先頭に)

実際にこういった企業が利用しており、バイオリズムによる疑似科学的人材管理技術などよりも被害は大きそう。

ttp://www.avantgarde.co.jp/wbi/program.html

こちらが典型的なケ−ス。

(※2)筆者の文献

ペース大学助教授テレンス・ハインズ/他特定できず。

(※3)星占術と天文学の関係

歴史的な関係ではなく、理論的な関係という意味だと思われる。

(※4)骨相学

擬似科学の古典。頭骨の出っ張りとかで知能を測れるという、差別の為の与太話。スティーブン・J・グールドの”人間の測り間違い”が骨相学批判最良の研究。

(※5)教科書の間違い

心理学ではたまにあるそうな。”アルバート坊や”という恐怖に対する条件付けの古典的研究なども、誤りといえるほど誇張されて紹介されている教科書も多いとか。トマス・ギロビッチ”人間この信じやすきもの”参照。

 
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