夕暮れの校庭。
せっせとトラックを周回している少女の姿があった。
体操着姿の芝村舞である。
そして、腕を組んでそれを眺めている原素子がいた。

「芝村さん」
舞は立ち止まった。うろんな目つきで素子を見つめる。
「嫌だ、怖い顔しないで。精が出るわね、新米スカウトさん」
「私は任務を果たしているだけだ。そなたも仕事時間であろ」
「ううん」素子はにっこり微笑んだ。
「芝村さんのオシゴト、手伝ってあげようかと思って」
舞は即座に回答した。
「断る」
「あら、そんなに警戒しなくてもいいのに」素子はくすくす笑った。
「わたしたち、いいお友達になれると思うのよ。同じ男の子を好きになったんですもの」

沈黙の時間が続く。
太陽は沈み、辺りは薄暗くなってきた。
素子は肩をすくめると、ポケットから金属片を取り出した。
「じゃあ仕方ないわね。これからカレの家に行って、お夕飯の支度でもしようかな」
「ぬ…」
「ああ、これ? 厚志くんの家の合鍵。待ち合わせも面倒だから、もらっちゃったの」
困ったような顔で素子は首をかしげた。
「いくら寮がいっぱいだからって、一軒家に男の子ひとり住まわせるってヒドイわよね。
お掃除も大変だし、猫の世話もしなくちゃいけないし」
「…何が言いたい」
「別に? ただ事実をお伝えしていてよ」

すると舞は口元に手を当てて、うーむ、と考え込んだ。
戸惑ったのは素子である。
「あら、どうしたの。負け惜しみ? 嫉妬?」
「ちがう」
舞は本気で思いにふけっているようであった。
「そなたの行動が理解できぬゆえ、わが知力を総動員して回答を得ようとしているのだ」
「どういうこと?」
「たしかに私は人付き合いが不得手だ。しかし、『絆』というものは分かる」
ひとりうなずきながら舞は続けた。
「『絆』というものは自然に発生するものだ。それは、あえて切らなければ永続するものだ」
「意味がわからないんだけど」
素子は苛立った。舞は不思議そうな顔で見上げた。
「厚志とそなたの『絆』は、他人に誇示しなければ保てないほど、ひ弱なものなのか?」

ぱあん!

頬を張られた舞はよろめいた。
素子は息を荒くして彼女をにらみつけた。
「あなたに何が分かるって言うの? 芝村のくせに」
「…分かっていないのは」
舞は頬を押さえて立ち上がった。
「何も分かっていないのは、そなた自身なのではないか」
「いいこと?」
自分の声がうわずっているのを素子は気付かなかった。
「カレはあなたじゃなくてわたしを選んだ。そのことだけを理解していればいいのよ」
「哀れなものだな」

もういちど平手打ちをしようとした腕を、がっしりとした腕が捕まえた。
来須銀河だった。
素子は金切り声を上げた。
「止めないで、来須戦士。命令よ!」
「…」
来須は素子を冷ややかに見下ろした。
「お前たちの事情は知らない。知りたいとも思わない。だが、仕事の邪魔はさせない」
「…その汚い手を離しなさい!」
素子は来須の腕を振り払うと、制服を直してハンガーに向かった。

舞は来須を見上げた。
「礼は言わないぞ。あやつには好きなようにさせておけばよかった」
「…」
来須は帽子を直すと、黙ってトラックを走り始めた。
じんじん痛み始めた頬を押さえながら、舞はその後姿を見送った。

荒々しくハンガーに歩を進めていた素子は、2階から降りてくる速水厚志を見つけた。
素子はつとめて冷静を装うと、にこやかに彼に近づいた。
「あら、厚志くん。これからあなたの家に行こうと思ってたの。お夕飯、何がいい?」
「素子さん」

厚志はなぜか、うかない顔。彼女と目を合わせようとしなかった。
素子の胸に不安がよぎる。
「気持ちは嬉しいけど。そういうこと、もうやめにしてほしいんだ」
「えっ…」
電球の切れかけた灯火が、ちらちらと点滅していた。






戻る