バレーボールの歴史

バレーボールは、アメリカにてウイリアム・G・モーガンとスプリングフィールド大学の学生、そしてマサチューセッツのYMCAのマネージャーによって「Mintonette(ミントネット)」の呼び名で1895年に発明されました。
アメリカで発明されたにも関わらず、アメリカ以外の国でポピュラーなスポーツとして人気を集め、1946年にはバレーボールの国際連盟FIVB(Federation Internationale de Volleyball)が結成されました。
バレーボールがオリンピック競技になったのは、1964年第18回東京大会のことで、この大会で優勝した日本チームは東洋の魔女と呼ばれ、その強さが世界に知られることになりました。
バレーボールの新しい仲間「ビーチバレー」は1950年代以降ポピュラーなスポーツとして認識されていましたが、オリンピックにデモンストレーションとして紹介されたのが、1992年第25回バルセロナ大会で、正式種目となったのが1996年第26回アトランタ大会でした。


日本のバレーボールの歴史

バレーボールは1964年第18回東京大会からオリンピックの正式種目になりました。
東京オリンピックで女子が金メダル(1位)、男子が銅メダル(3位)を獲得して以来、1968年第19回メキシコシティー大会では男女とも銀メダル(2位)、1972年第20回ミュンヘン大会では男子が金メダル、女子が銀メダル、1976年第21回モントリオール大会で男子は4位に終わり、オリンピックで初めてメダルに手が届きませんでしたが、女子は見事金メダルを獲得。1984年第23回ロサンゼルス大会で女子は銅メダルを獲得しましたが、これが日本チームの最後のメダル獲得となっています。
男子は1996年第26回アトランタ大会、2000年第27回シドニー大会、2004年アテネ大会と3大会連続でオリンピック出場を逸し、女子も2000年第27回シドニー大会で1964年にバレーボールがオリンピックの正式種目に採用されて以来、初めて出場権を獲得できませんでした。
日本国内ではオリンピック種目である6人制バレーボールのほか、9人制が幅広く親しまれており、生涯スポーツとしてのソフトバレーも年々愛好者が増えています。





写真:三好循環器科EKG所属、小西選手。