バックナンバー篇
By Eio Honma

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700. 心の理論 心を読む心の科学
子安増生
岩波科学ライブラリー 2000.4
★★★
 著者は京都大学教育学部教授.日本に「マインドの理論」を積極的に導入した1人です.
 「マインドの理論」について判りやすく解説したブックレット.基本的にはバロン=コーエンの理論を紹介するものです.その際に,様々な文学・歌・映画などを題材に使用しているので,きっとこの先生の講義はおもしろいのでしょう.
 ともかく,バロン=コーエンの見解はマインドの理論のモジュール説と呼ばれる種類になります.なんとか装置がモジュールとして脳内に存在することを勝手に想定して,機能を推測するやり方.私は17世紀のルネサンス生理学でほとんど同じような説明様式(能力論)に出会っているし,それがどのような運命を辿ったのかも知っているので,まあ,適当に受け流しておきます.結局バロン=コーエン自身も批判によって議論を変えていっているようですが.
 サイモン・バロン=コーエン(長野敬・長畑正道・今野義孝 訳)『自閉症とマインド・ブラインドネス』(青土社 2002)が,バロン=コーエンの見解をまとめて伝える著作になっています.

699. 〈心の理論〉研究の展望
子安増生・木下孝司
心理学研究』第68巻(1997),51-67
 ご紹介まで.
 1997年までの〈マインドの理論〉研究史のレヴュー.これを読めば,どういう研究があったのか判るので,かなり便利です.ただ,10年前のものなので,古いのは仕方ない.どこかにもうちょっと新しめのレヴューがあるかもしれません.
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698. 子供はどのように心を発見するか 心の理論の発達心理学
J. W. アスティントン(松村暢隆 訳)
新曜社 1995.10
★★★
 Janet Wilde Astington, The child's discovery of the mind (1993)の訳.著者はカナダの心理学者.
 この本を最初に読んだのは失敗でした.この本は初心者向けではなく,どちらかというと一通り話を聞いてから知識の整理のために読むべきものでした.なので,この分野に関心のある方は,次の次あたりの本から読んでみてください.
 ともかく,心の理論(Theory of mind).英語のMINDの語感が日本語の「心」とはかなり違うように私には思えるので,これを〈マインドの理論〉と呼ぶようにします.そのマインドの理論生誕15年目,マインドの理論の人間への応用から10年目に書かれたそれほど専門的ではない解説書.1978年に「チンパンジーは〈マインドの理論〉を持つか」という論文から始まり,1983年に人間の乳幼児の研究に応用され,1985年には自閉症と関連づけられることで心理学諸分野・哲学・精神医学にまたがる大きな研究分野になりました.日本でも1990年代に紹介が始まっているようです.この著作が日本で出てから十年以上になりますが,現在でも盛り上がっているのかどうかは部外者には判りかねます.すくなくとも,活発な出版活動はないようです.
 〈マインドの理論〉とは,出発点では異なっていた(チンパンジーを扱っていたので)ようですが,一般的には自分以外の人間も(自分のような)「マインド」を持っている存在で,その「マインド」が何であるかを,科学者が理論を構築するように仮説を持ち,それを経験によって修正して,最終的には素朴心理学(folk psychology)理論を作り出すようになる,ということを乳幼児が行っているのだ,という理論です.ただし,この見解も幅の広い〈マインドの理論〉の内の主要だが1つの派閥の考えを表しているだけです.それは「理論説(Theory theory)」という立場で,著者はこの立場に立ちます.その他にもいろいろな立場があって,それはまた別の機会に.
 良い本なのですが,入手困難.
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697. 自己学習能力を育てる 学校の新しい役割
波多野誼余夫 編
東京大学出版会UP選書 1980.2
★★★
 第I部が波多野誼余夫による総論的な部分,第II部が稲垣佳世子による学習の「動機付け」に関連した議論,第III部が久原恵子による認知科学的なスキーマ理論を基にした自己学習のスキルについての議論,第IV部が武藤隆による実践的な教育に関する部分となっています.
 自己学習は私の言い方で言えば「独学」.実際に独学させるための教育こそが必要だ,という編者たちの意見は一貫しています.私もそれに賛同.
 第I部・第II部はおなじみの著者によるいつもの話です.私が興味を持っていたのは,第III部で,ことに読んで理解するの問題に関する議論は,私の先の論文に似ています(同じ研究を基にして別の人が書いた本を参考にしているため).これを先に読んでいればもうちょっと良いことが書けていたでしょうに.
 ただし,スキーマ理論は記憶に定着させることを尺度にして測定されるので,私の考える「わかる」とか「学ぶ」にはあまりふさわしくない.思い出しやすい枠組み(スキーマ)を与える(あるいは作り出させる)ようなやり方は,「憶える」に便利なやり方に思えるのです.やはり記憶の問題か.
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696. 行動主義の心理学
J. B. ワトソン(安田一郎 訳)
河出書房新社 1980.7
★★★★
 John B. Watson, Behaviorism (revised ed., 1930)の訳.
 1968年に同じ出版社(正確にはつぶれる前なので「河出書房」)から出版された本の改訂版.比較してみると,翻訳部分のページ数は全く同じであり,一部の語句の訳を直しただけだと思われます.大きく変ったのは訳者のあとがきで,新社版の方が充実したものになっています.
 機械論者のマニフェストとしては,この著作の約200年前に出たド・ラ・メトリの『人間機械論』を思い出します.同時代の内観心理学(それはすなわちワトソン自身が教育を受けてきた心理学のことですが)をぶった切り,自らの「行動主義」の科学性を主張しました.この威勢の良さはパヴロフにも似ているのですが,パヴロフが「脳」の機能を考えようとしたのに対し,ワトソンは「脳」について全く言及していません.それどころか,まるで脳が要らないかのように,内臓・手・言語の3つのシステムが協働することで人間の行動が記述できる,と考えています.特に人間の高次精神能力についての考察はきっぱりしていて心地よいくらいです.
 著者自身の人生と共に興味深い著作.現在入手しにくいのが残念です.
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695. パヴロフ生理学 脳と思考
ペトロシェフスキー(船橋一雄 編訳)
岩崎書店 1952.4
 例によって原題の書誌表示無し.原著は1949年に出版されたもので,原著者は哲学者,という程度の情報しかありません.この著作に1950年に著者が『ボリシェヴィーク』誌に発表した論文を最後の章である第11章として収録しています.
 原題は「パヴロフ学説の哲学的基礎」.まさしく原題通りで,パヴロフ学説がいかにマルクス・レーニン主義(とスターリン)に合致しているかを述べているだけです.生理学の著作ではありません.なので,パヴロフを理解するためには読む価値がないのですが,スターリン時代のソヴィエト科学の状態を理解するという科学史的な価値はあります.
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694. パヴロフとその弟子たち
柘植秀臣 編
恒星社厚生閣 1971.3
★★★
 この編者と丸山修吉が共に訳したE. A. アスラチャンの『パヴロフ その生涯と業績』(Ezras Asratovich Asratian, I. P. Pavlov: his life and work (1953)=岩波新書で1955年に刊行)に若干の訂正を加えたものが第I篇,編者・岡田靖雄・島至の共訳による『最近の条件反射研究 高次神経活動学説の五十年』(日月社 1957)からのブイモフとスモレンスキーの論文の再録が第II篇,最後の第III篇は著者によるパヴロフ学派の人々の小伝集,という構成.
 アスラチャンの本は,パヴロフの業績を外国に知らせるために英語で書かれた小伝+研究概括なので,まあ,そういうものだと思って読むべきでしょう.新書版では強調されていたルィセンコとの関連なんかはほとんど目立たなくなっています.
 こう見てみると,70年代前半にはパヴロフルネサンスがあったようです.
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693. 条件反射とはなにか パヴロフ学説入門
柘植秀臣(つげ・ひでおみ)
講談社ブルーバックス 1974.7
★★★
 著者については経歴が複雑なので省略.戦後,日本でのパヴロフ学説の普及に尽力した人物です.
 非常にわかりやすいパヴロフ学説入門.これから読み始めるべきでしょう.その後の展開も考慮に入っていますが,主にパヴロフの考えを紹介しています.特に,ソヴィエトでひと騒動経た後の紹介なので,パヴロフのネオラマルキズムについては若干紹介がおとなしめです.知性なのか条件反射なのかは説明のモードの違いだけのようなのですが,対立している(と,少なくともパヴロフ派は思っている)のが興味深い.アメリカの行動主義との関連も若干描かれています.
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692. 條件反射学の父パウロフの生涯
И.А.カシルスキー(上野友蔵 訳)
小島書店 1943.3
★★★
И.А.Кассирский,И.П.Павлов и его знацение в медицине(1941)の訳.著者はパヴロフの弟子ではなく,臨床医なので,パヴロフの業績の医学への応用といった部分に関心を持っています.訳者の詳細も不明ですが,パヴロフについて「門外漢」であることを告白しています.また,題名は「パロフ」であり,書誌検索する際には注意あれ.「件」も注意.
 もともとがソヴィエトの医学者列伝シリーズの1冊.戦争中の出版物なので,非常に粗末な紙に182頁,口絵にパヴロフの肖像画があります(原書にあったものかどうかは不明).前半がパヴロフの伝記,後半がその業績,特に条件反射学と臨床医学との関連が書かれています.前半は下よりは若干まともな伝記で,年号などはきちんとしています.また,後半は一部著者自身の見解も混じっているのでしょうが,今日で言う心療内科的な結論をパヴロフから引き出しています.勇み足だとは思うのですが,インチキ精神分析よりは方向はまともだと言えるでしょう.
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691. パヴロフの生涯
N.A.スツヂツキー(川村浩 訳)
新時代社 1973.12
 全く伝記としての体をなしていない「小説」.しかも,パヴロフの生まれた年の記述すらない,かなりいいかげんなもので,学術的価値は皆無です.しかも原著の書誌情報が全くない.その上誤植天国.読むだけ時間の無駄でした.
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690. 知的好奇心
波多野誼余夫・稲垣佳世子
中公新書 1973.3
★★★
 これが,「怠け者」的人間観を徹底的に批判した著作.人間には本来好奇心が備わっていることを示し,その好奇心を活かした学習のやり方を提案します.板倉先生の仮説実験授業についても触れられています.私が手にしたのは1993年9月に刷られた「37版」ということなので,かなり読み続けられている著作であることは間違いありません.
 知的好奇心を学習の内発的動機付けとして活かせば良い授業ができる,ということは説得力があります.ただ,私自身がそういう教育を受けてきたか,というと,全くそんな記憶はありません.34年前ですから,活かされていても良かったのに,教育僻地に生きた人間の不幸でしょうか.
 しかも,著者たちはこの内発的動機付けが悪用されることも予測し,それに対する批判も行っています.この辺のバランス感覚がすばらしい.
 巻末に主要な学者の略伝と参考文献があります.また1990年に文献の増補がされています.ひょっとしたら,現在に至るまで参考文献は補充され続けているのかもしれません(未確認).
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689. 人はいかに学ぶか 日常的認知の世界
稲垣佳世子・波多野誼余夫
中公新書 1989.1
★★★
 このコンビの著作を歴史的に見ていかないと,なぜこの著作で「いかに学ぶか」と「日常的認知」が問題となっているのかがなかなか把握できません.もちろん,この著作単独で読んでも充分におもしろいのですが.
 1980年代に欧米で顕著になってきた状況論的アプローチなどの成果を著者たちの長年の主張に取り込んでいったもの.著者たちの長年の主張とは,学習の内発的動機付け論です.著者たちが批判の標的とするのは行動科学的な学習観であり,「怠け者」的人間観でした.それに対して,人間が自発的に学ぼうとする存在であること,そして,人間が日常的な領域で「エキスパート」として振る舞っていることが述べられ,「学び」が学校に限られた行いではないことを明らかにします.そして,この「日常的認知」には限界があることもしっかりと述べられています.
 基礎的な内容なので20年経っても古びた感じがしないのか,私の知識が乏しいからそう思ってしまうだけなのか.ともかく,全く気にならない人には気にならないのでしょうが,こういった話に関心がある人は必ず読んでみるべき.
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688. 藤澤令夫著作集IV プラトン『パイドロス』註解
藤澤令夫
岩波書店 2001.2
★★★
 1954年に出版された『プラトン著作集』の中の『パイドロス』とその註釈だけを1984年に再版したものを,さらに著作集に入れたもの.
 前半の120頁ほどが藤澤による註釈で,後は『パイドロス』の訳,最後に50頁ほどの索引と参考文献,130頁ほどの細かい研究用註がついています.学術的にはこの最後の200頁あまりがもっとも大事ですが,普通に読む分には気にしなくてよいでしょう.
 中期プラトンの華である『パイドロス』は何度読んでもおもしろいし,新しい発見があります.私がプラトンの中で一番好きな著作です.ばかげたエロ話から狂気と霊魂の話題に飛び,驚くほどの温度差で後半のレトリック論に突入し,最後の唐突なイソクラテス賛美まで,どの部分をとっても,プラトンが「うっかり読み飛ばすなよ,ここにも仕掛けがあるぞ」と裏で言っているようで気が抜けません.
 そう,『パイドロス』はおもしろいのです.研究者は(些末にこだわるのでなければ)この著作のおもしろさを伝えてくれるべきです.ただ,藤澤による迫力ある解説は,学術的なのですが,あまり藤澤自身が感じたおもしろさが伝わってこない気がします.『パイドロス』のおもしろさをプラトンのおもしろさに無理矢理広げてしまったからでしょう.
 初めて読む人には,まず何の解説もなくいきなり『パイドロス』を読むことをおすすめします.この話は夏の暑い日が舞台なので今頃読むにはちょうどよいと思います.そして,そのおもしろさを憶えておきましょう.それが,おそらく哲学することの始まりになります.
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687. 「学ぶ」ということの意味
佐伯胖
岩波書店 1995.4
★★★
 教育現場で子供たちが「学ぶ」こと,「学び」を導く教師のありかたなどについて論じた著作.いくつかの実例(著者の研究ではなく他人のものからの引用だが)が丹念に引かれていて,そういう文章を読んだり,実例をヴィデオで見たりすると,「教師をやっていることのすばらしさ」というものを間接的ながら知ることができます.押しつけがましい学園ドラマよりも,普通の小学生が分数の割算を理解した瞬間などの方がよほど心に響きます.
 「学び」について学ぶことは,自分の「学び」の歴史をたどり直すことでもあります.そして,それがどれほど間違っていても,「さあ,勇気を出してもう一度」と思わせるだけのことをこの著者は語っています.
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686. シリーズ学びと文化1 学びへの誘い
佐伯胖・藤田英典・佐藤学 編
東京大学出版会 1995.7
★★★
 東大教授3人の編者の諸論にアメリカの数学教育の専門家ランバートの論文の抄訳を載せたもの.私の個人的好みでは佐伯の文章が一番おもしろかった.下の著作から20年経って,かなり新しい知見を取り込んでいますが,基本的な主張は変っていないように思われます(ちょっと安心).
 下の著作は行動主義から認知科学の時代の著作でしたが,90年代中頃は,認知科学から状況論やアフォーダンスが話題になっていた時代.私もその波をかぶりました(科学史の研究には全く活かされていませんが).これからさらに10年,学習科学が確立した時代に,「学び」はどうなるのか,それが気になります.
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685. 「学び」の構造
佐伯胖
東洋館出版社 1975.2
★★★★
 すでに30年以上前の著作になってしまっていますが,いまだに私は「学ぶ」ことが多い著作.学ばない日本人と学ぶ西洋人の対比という昔よくあったパターンに沿いつつ,それでも本質的には今も変らない(残念ながら)学ばない学習観を批判し,「おぼえる」ことに関して当時の新しい認知心理学の成果を取り込んで「わかる」ことと結びつけ,行動主義の学習理論から生まれたティーチングマシンの効能と限界を見極めながら,人間にとって「学ぶ」「わかる」が本質であることを宣言します.もし,私が20歳前にこの本を読んでいたら,もう少しましな人生を歩んでいたことでしょう.
 著者の見解はこの時代から変化していますが,本質的な部分では変っていない,ということも判ります.まだ若いから書けた,というようなところもまたすばらしい.
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684. ミハイール・バフチーンの世界
カテリーナ・クラーク+マイケル・ホルクイスト(川端香男里・鈴木晶 訳)
せりか書房 1990.1
★★★
 Katerina Clark & Michael Holquist, Mikhail Bakhtin (1984)の訳.
 バフチーンの伝記と著作解説.20世紀前半のソヴィエト・ロシア思想史は全く知らないので,知らない人ばかりが出てきてたいへんですが,まあ,しょうがない.基本的にバフチンの伝記としてはかなり初期のものに属するようですが,新しいものが必ずしも評判が良くないようなので,とりあえず日本語で読めるこれをおさえておくべきでしょう.
 バフチンの「始まりも終わりもない」という考え方は,優れた芸術を創る人には共通した認識なのかもしれません.私も別のコースからそこに行き着いたばかりですが,だからこそ,今ならバフチンを理解できるような気がしています.というか,今ならそれを自分で表現できるような気がしています.
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683. プラントハンター
白幡洋三郎
講談社学術文庫 2005.11
★★★
 著者は日文研の教授で,専門は比較文化・産業技術史.
 主に19世紀イギリスで活躍した植物採集者=プラントハンターを紹介する著作.以前,同じ出版社の選書メチエで出ていた本の改訂版になります.前半が欧米のプラントハンター研究に依拠した全般的な紹介で,後半が日本に来たプラントハンターたち(中にはプラントハンターではなく他の目的で日本に来たが植物研究もした人をも含む)について論じます.特に後半が重要です.無名のフィールド科学者たちが19世紀の科学を支えたのだということが解ります.
 植物に全く詳しくない私には花の名前を言われてもイメージできないのですが,いろいろたいへんだったのだなあ,ということを知ることができれば充分です.参考図書・索引つき.
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682. 人と細菌 一七−二〇世紀
ピエール・ダルモン (寺田光徳・田川光照 訳)
藤原書店 2005.10
★★★
 Pierre Darmon, L'homme et les microbes (1999)の訳.著者はフランスの医学史家.
 主にフランスの細菌学史と細菌がらみの医療史.前半が細菌学史で17世紀の顕微鏡研究から20世紀中頃のペニシリンまでを扱い,後半が公衆衛生学史として様々な伝染病の媒介物(水・空気・昆虫など)を個別に取り上げて論じます.全体で800ページほどの本ですが,それでも内容はかなりかいつまんだ印象を受けます.つまり,それほどに論じることは多いということでしょう.でかくて厚くて重いので持ち運びには不便ですが,通読することのできる書き方になっています.特に歴史観とか全体の流れとかは気にしていないようなので,どこからでも気に入ったエピソードを読むことができるでしょう.
 さすがにレーウェンフークとコッホははずせなかったようですが,それでもパストゥールに比べれば扱いはかなり悪いです.かわりに,パストゥールの名前に隠れがちなフランスの研究者たちの情報はいくらかあります.
 訳は悪くない.年表・参考文献・索引付き.いたれりつくせり.
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681. メンデル散策 遺伝子論の数奇な運命
中沢信午
新日本新書 1998.2
★★★
 全体として下の本よりも薄いのですが,下の本の内容がコンパクトにまとまっているのが前半,後半はメンデル「再発見」に関するいきさつと20世紀前半のメンデリズム評価・反評価(ルィセンコとか)を論じます.下の本の改訂版のようなものです.
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680. 遺伝学の誕生 メンデルを生んだ知的風土
中沢信午
中公新書 1985.4
★★★
 著者は山形大学名誉教授(生物学).
 メンデルの生涯と業績を中心に,メンデルの活躍したモラヴィアの科学文化的背景や遺伝学の前史を織り込んだ科学史らしい科学史.伝記的事実や周辺の人物に関してはイルティスやオレルの著作よりも新しい情報を含んでいるます(ただし,細かいところはイルティスにかなわない).しかも,新書版なので比較的容易に読めます.
 17世紀のコメニウスとか,生理学のプルキニェ(プルキンエ)が,メンデルの活躍したモラヴィア出身(しかも近所)でした.本書では触れられていませんが,クルト・ゲーデルもブルノ出身です.
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679. メンデルの発見の秘録 メンデルの生誕150年記念祭にささげる
V.オレル (篠遠喜人 訳)
教育出版 1973.12
★★★
 Vitezslov Orel, Secret of Mendel's discovery (1971)の訳.著者(特殊記号がでないのでゆるせ)は当時のメンデル博物館の館長.訳者は日本におけるメンデル研究の第一人者.
 メンデルの科学的業績と進化論との関係を論じた比較的ハードな科学史.それに加えて,訳者が1970年のメンデル・コロキウムに出席した際の旅行記が付属しています(意外に重要).かなり詳しく論じていますが,焦点がぼやけていてあまり伝わりにくい印象を受けます.これもまた通読する本ではなく,必要な部分を参照する本なのでしょう.
 訳は良くない.できれば原書を参照すべきです.
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678. メンデルの生涯
イルチス (長島禮 訳)
創元社 1942.8
★★★
 Hugo Iltis, Gregor Johann Mendel. Leben, Werk und Wirkung (1924)のメンデルの伝記である前半部分(後半は24年までの遺伝学についての考察)の訳.同じ本は同じ出版社から『メンデル伝』(1960年)として再版されています.再版は若干の訳の訂正がなされていますが,結構充実した註と訳者の「おぼえがき」を落としているので,旧版を手に入れることをおすすめします(もちろん,新旧版とも現在では入手困難ですが,新版は図書館にはあるかもしれません).著者はメンデルが修道院長として過ごしたブルノ出身の植物学者で,故郷の偉人としてメンデルを一次資料に当たって調べました.
 今でも参照される「遺伝学の父」メンデルの伝記.80年も前のものですが,一次資料を活用し,今では得られないメンデルを直接知っていた人物からの情報を交えて書かれているので,いまだに読む価値は充分にあります(もちろん,この著作以降に発見された新資料もありますが).子供の頃は天才だったメンデル,優れた教師だったメンデル,でも教員採用試験には2度も落ちるメンデル,遺伝法則を見いだすメンデル,でも認められないメンデル,そして晩年は税金の問題でもめるメンデル.あまりこの辺に詳しくなかった私には興味深い話ばかりでした.
 訳者によるメンデル再発見についての覚え書きはかなり詳しくて役に立ちます.
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677. 解剖事始め 山脇東洋の人と思想
岡本喬
同成社 1988.6
★★★
 著者は詩人.
 山脇東洋(1706-1762)は京都の医師.1754年に日本で初めて公式の人体解剖を行い,1759年にその観察結果を『蔵志』として発表しました.杉田玄白らの解剖(1771年)の17年前ということになります.その山脇東洋の業績をまとめた著作.解剖のことだけでなく,東洋が属した古医方の流れや思想的背景をも含めて「人となり」を論じます.著者は専門の歴史家ではないので,古医方の内容の説明はかなり解りやすくなっています.部外者が取り組むことの利点ですね.
 教科書に乗っているほどの人物なのに研究書とかがあまりない人物なので,こういう本はありがたいです.自称歴史家がつまらん妄想で描く「歴史」よりは遙かに誠実な内容になっています.
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676. 南蛮医アルメイダ 戦国日本を生きぬいたポルトガル人
東野利夫
柏書房 1993.9
★★★
 著者は九州在住の産婦人科医.例の九大生体解剖事件の当事者であり,それに関する著作もあります.
 戦国時代,イエズス会師として来日し医療活動で足跡を残したルイス・デ・アルメイダの日本における医療の業績を調べた著作.おそらく日本語で書かれた唯一のアルメイダについての著作です.
 古地図から府内(大分市)にあったアルメイダの病院の市を推定したり,ゴアにあったイエズス会の病院を調べてそこから日本での活動を推察したりと,著者独自の研究によって明らかにされたことが含まれています.
 ただ,同時代の西洋外科学の具体的な治療などについてはあまり書いていません.
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675. 数量化革命 ヨーロッパ覇権をもたらした世界観の誕生
アルフレッド・W.クロスビー(小沢千重子 訳)
紀伊國屋書店 2003.11
★★★
 Alfred W. Crosby, The mesure of reality: quantification and Western society, 1250-1600 (1997)の訳.
 ヨーロッパ覇権の原因について考察する歴史家クロスビーのかなりこじつけな話.昔,科学史家のコイレが似たようなことを言っていましたし,中世後期から西洋文化に数量化が起こったことは間違いないのですが,それがヨーロッパ覇権と関係するかどうか,というのはまた別問題です.なので,著者の主張は無視して,「こういうこともあったのだな」という事実知識のまとめとして読むのが良いでしょう.そうすれば,それなりに情報を得ることができます.参考図書・索引あり.
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674. 一六世紀文化革命 全2巻
山本義隆
みすず書房 2007.4
★★★
 16世紀西洋科学技術史.一読して懐かしい感じがした著作.ツィルゼルの高級職人テーゼを基本として,前後の時代には埋没してしまう非学識者・現場の職人(医師も含む)の声が世俗語の印刷物によって広まるという16世紀の特徴を様々な分野について論じています.非常にストレートな科学技術史であって,最近のこねくり回した感じはありません.この時代に関するかなりよい参考図書ができたのは喜ばしいことです.参考図書・索引あり.
 著者自身はこの時代の専門の研究者ではありません.だからこそむしろ描けた大著でしょう.些末に惑溺するスコラ学者に対して,自らの学んだ成果によって大局図を示した16世紀の「文化革命の担い手」たちの姿は著者に重なります.何を学んで何を書いたのか,を研究しようと思う私にとって,改めて原点を思い起こさせてくれる著作でした.
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673. 近代進化思想史
八杉竜一
中央公論社自然選書 1972.3
★★★
 この本自体が30年以上前のものですが,内容はさらに古く1950年に出版した本の再版です.つまり半世紀以上前に書かれた進化思想史.なので,まだ進化の総合説についての検討がほとんど含まれていません.DNAについても全く触れてない.評価はどうあれ,書かれている内容の事実問題は間違っていないので,再版する価値はある,というのが著者の見解で,確かに,一定の価値はあります.というのも,現在はほとんど顧みられることがないヴァイスマンやド・フリースの遺伝学説について或る程度細かい記述を読むことができるからです.それがどれほど役に立つかは別として.ともかく,進化学についての大転換が起こる直前にまとめられた歴史というだけでも価値が有ろうというものです.もちろん,積極的に今掘り起こしてみるという必要はないかもしれませんが.
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672. 進化思想の歴史 全2巻
ピーター・J.ボウラー (鈴木善次 他訳)
朝日選書 1987.8
★★★
 Peter J. Bowler, Evolution, the history of an idea (1984)の訳.
 題名通り,西洋進化思想史.18世紀から始めて20世紀までを概観しています.ダーウィン前後については日本語でも比較的読める本があるのに,ダーウィン以降19世紀末から進化の総合説までの時代の歴史書があまりない(下のアレンがあるくらい)ので,この本の,特に下巻は有用です.また,社会ダーウィニズムまでも視野に収めているのも役に立ちます.逆に,視野を広げていることで,話の筋がぼやけているという欠点もありますが,それは仕方がない.より細かい解説は各論を待て.
 ただ,いかんせん約四半世紀前の本なので,若干古くなってしまった部分もあるのかもしれません(私には判りません).それでも,他にこのような著作がないので,これを読むことになります.でも,現在入手困難.新しい研究に基づいた進化思想史の翻訳(もちろん,日本人による研究でも良い)が必要なようです.
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671. 南蛮文化渡来記 日本に与えたポルトガルの衝撃
アルマンド・マルティンス・ジャネイラ (松尾多希子 訳)
サイマル出版 1971.12
★★★
 Armando Martins Janeira, O impacte português sobre a civilização japonesa (1970)の訳.原著は1988年に第2版が出ています.著者は1964-1971年にポルトガルの駐日大使でした.
 ポルトガル側から見た16-17世紀の日ポ交渉史.大方がキリスト教にかんする話で,この点に関しては類書に多くあるので,特にこの本を読む必要はないでしょう.科学などについてのポルトガルの「衝撃」については第2部で僅かに言及があるだけでしたが,私が知らなかったので少々参考になりました.
 たまたま古本市で安かったので拾った本.200ページほどでしたが,あっという間に読めました.
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670. 統計学者としてのナイチンゲール
多尾清子
医学書院 1991.6
★★★
 著者は統計学の専門家.
 たまたま放送大学の統計学の講義を見ていたら,いきなりナイチンゲールの話が出てきました.「白衣の天使」のナイチンゲールは,医療改革のために統計を利用し,正確な医療統計と,印象的なグラフによる表現で,初期統計学に影響を与えたのだそうです.私には意外でしたが,統計の方では非常に良く知られた(だからこそ,講義の最初に出てくる)エピソードということでした.知らないことは多い.
 で,調べてみたら,そのものズバリの本がありました.130ページ弱の小冊子で,最初の30ページは統計学者としてのナイチンゲールの紹介,残りはナイチンゲールの論文からの抄訳という構成になっています.
 読むと判るのは,ナイチンゲールは,基本的にフィルヒョウ流の社会改良論者で,だからこそフィルヒョウのように消毒の有効性を否定していた,ということです.論争が生じた場合,両方正しいことがしばしばある,という事例.また,グラフィックな表現を改良する,という点は19世紀科学の特徴のような気がするのですが,そのへんもおもしろそう.
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669. 驚異の戦争 古代の生物化学兵器
エイドリアン・メイヤー(竹内さなみ 訳)
講談社文庫 2006.5
★★★
 Adrienne Mayor, Greek fire, poison arrows, and scorpion bombs: Biological and chemical warfare in the ancient world (2003)の訳.著者は科学史家.
 現代のBC兵器にも言及しながら古代のBC兵器についての記述を広範囲に拾い上げて,戦争の実情を再現させた著作.生物兵器といっても,犬を使う,ゾウで踏みつぶすというだけでなく,蜂・蠍・毒蛇から細菌兵器(疫病で死んだ死体を使う)があり,化学兵器としては各種の毒(槍に塗ったり,矢に塗ったり,水に混ぜたり),石油などの燃焼兵器まで,広く扱われています.索引・参考文献付き.固有名詞の元綴り(英語でもよい)があればよかった.
 戦争とはいつの時代のものであれ,勝つためにあらゆる手段を尽くす(兵は奇道なり)ものなのだな,ということがよく判ります.
 訳者がこの分野の専門家でないので訳は良くありません.
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668. ナチュラリストの系譜 近代生物学の成立史
木村陽二郎
中公新書 1983.2
★★★
 こういう本もあります.主にフランスの博物学者を16世紀から19世紀まで順番に取り上げて(リンネだけがフランス人でない),簡単に生涯と業績を論じたもの.細かい点に関しては,これまで読んできた本を越えないのは当り前ですし,いくつかの歴史的評価に関してはやはり四半世紀前の本だな,という印象です.これから勉強しようという方は,なるべく新しいものを読んだ方が良いでしょう.
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667. ダーウィン前夜の進化論争
松永俊男
名古屋大学出版会 2005.12
★★★★
 題名にもかかわらず,ダーウィン以降の進化論も本書の重要な要素になっています.主にイングランドでの19世紀前半のラマルク主義,ダーウィン以前に「進化論」を知らしめたチェンバースの『痕跡』,その『痕跡』に対する批判として書かれたミラーの『足跡』,比較解剖学者オウエンの進化思想,ダーウィン以降のマイヴァートによる反ダーウィン的進化論,そして日本におけるチェンバース,という諸論を含んでいます.
 著者は複数の著作でダーウィン進化論の様々な背景を論じてきましたが,この著作は比較的科学思想史的に「進化思想」の変遷を描いています.ポイントは,ダーウィン以前は,進化=進歩(前進的変化)が起こるか起こらないか,という問題についてイデオロギー的な対立があったのに対し,ダーウィン以降は,進化があることは当然としてそれがどのような仕組みで起こるのか,ダーウィンの自然選択に対する批判というより生物学的な議論が生まれるようになった,ということです.
 知らない分野の話なので,どれをとってもおもしろい.ただ,ダーウィン自身の話はあまり出てこないので注意.
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666. アカデミー論争 革命前後のパリを揺るがせたナチュラリストたち
トビー・A.アペル (西村顯治 訳)
時空出版 1990.3
★★★★
 Toby A. Appel, The Cuvier-Geoffroy debate: French biology in the decades before Darwin (1987)の訳.期せずして同じ訳者の本をたくさん読んでいますが,珍しくこれは最近の著作.
 1830年に3ヶ月だけフランスの科学アカデミーで行われた当時の生物学の大家キュヴィエとジョフロワ・サンチレールの論争を中心に,両者の生涯と論争の前提となった1820年代の議論,さらにその論争の科学者社会内外での評価,ダーウィン以降の再評価について非常に広い視野で論じた著作.
 前半から論争本体の部分までは生物学史的な議論で,それはそれでおもしろいものですが,論争の社会的・歴史的評価を論じた後半部分が特に興味深いものでした. 著者自身が最後の部分で書いているのですが,この論争は「象徴」になってしまい,そこから無尽蔵の意義が産出されてしまうからです.科学者内部の反応(キュヴィエ派とジョフロワ派)はもちろん,科学がエリート主義化していることに危機感を持った人々はこの論争を秘密主義に対する戦いと考えたし(科学界の支持を得られなかったジョフロワは一般読書人に支持を求めたので「知識を公開する人」と考えられた),政治・宗教と結びついた科学の陰謀だと考える人々もいたし,ドイツ自然哲学派・イギリス自然神学派は独自の解釈を下し,進化論以降はダーウィン派と目的論者の対立だった,と解釈されるようなりました.現在が過去を変える,という好例でしょう.
 形態学などの細かい話が出てくるのでちょっとたいへんですが,おもしろいので一気に読めます(時間はかかるけど).翻訳の題名が良くない(アカデミー(しかもどのアカデミーでのこと?)で論争は無数にあっただろうし,革命といえばいわゆるフランス革命を先ず想起しがちなので,この著作の内容がさっぱり判らない)ので,妙に工夫せずに原題通りにするべきでした.
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665. 大博物学者ビュフォン 18世紀フランスの変貌する自然観と科学・文化誌
ジャック・ロジェ (ベカエール直美 訳)
工作舎 1992.4
★★★★
 Jacques Roger, Buffon, un philosophe au jardin du Roi (1989)の訳.著者(1920-1990)はフランス近代初頭の生命思想史の専門家.ラマルクの師匠にあたるので,順番が逆になってしまいました.
 『博物誌』で有名なビュフォンの生涯とその科学的業績を科学史的に分析した大著.2段組で500ページ以上と,下のエラズマス同様18世紀の著者にはマッシヴな著作をものにする人が多いですが,それについて書かれた本もでかいですね.これを翻訳出版した工作舎に感謝です.
 ビュフォンは数学者として出発し,ニュートンの数学書の翻訳を行うなど,数学・物理学を得意としていました(アカデミー・デ・シャンスにも数学者の枠で入った)が,ひょんなこと(軍船用の材木を作るというアカデミーの仕事)から植物学にのめり込みます.王立植物園園長,両アカデミー会員,後には伯爵として社会的名声を得ながら,1749年から『博物誌』を刊行し続け,今日では博物学者として知られることになりました.同い年のリンネとは異なり,ビュフォンの主要な著作については日本語訳もあります.その割には,リンネほど知られていないのは残念なことです.ともかく,この著作を読むと,ビュフォンの広い関心と業績についてかなりの量の情報を得ることができます.知りたい人はまずこの著作を読みましょう(たいへんですけど).また,17-18世紀フランスの生命思想についても基本的な知識が書いてあるので,それに関心のある人も読んでおくべきです.
 ビュフォンの伝記としてはガスカールの『博物学者ビュフォン』(白水社 1991)という著作がありますが,こちらはビュフォンの個人的ゴシップ中心で,科学史的には読むべき所はありません.
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664. エラズマス・ダーウィン 生命の幸福を求めた博物学者の生涯
デズモンド・キング=ヘレ(和田芳久 訳)
工作舎 1993.6
★★★★★
 Desmond King-Hele, Doctor of revolution: the life and genius of Erasmus Darwin (1977)の訳.著者は高層大気圏を扱う物理学者であり工学者とのつきあいのある研究を行う一方で詩人にして文学史研究も行う,という多才な人.そして,そのような多才な人が扱うのにぴったりなのがこのエラズマス・ダーウィンでした.
 今日ではチャールズの祖父と言った方が通りが良いですが,18世紀の著名な医師にして電気・蒸気・車に関心を持つ発明家,化学愛好家,詩人,自由思想家,そして孫に先駆けて進化論を唱えた驚くほど多彩な人物の伝記.とびきりおもしろい著作.
 通常,エラズマス・ダーウィンの業績は,リンネの植物学の翻訳,リンネの性分類を詩の形で表現した科学啓蒙書の著者(『植物の愛』),ルナ・ソサエティ(月光協会とか訳される)の主要人物,生物進化を明言したこと,何よりチャールズの祖父,ということだけでした.まあ,これだけでもたいしたことなのですが,この著作によって,さらに多くのエラズマスの「業績」を知ることができます.
 上述の多才ぶりに加えて,著者の専門の気象学にも関心を持っていたようです.交流した人物も多い.ベンジャミン・フランクリン,ジェイムズ・ワット(今気がついたのですが,この著作の索引に「ワット」の項がない!),プリーストリ,ウェッジウッドらのルナ・ソサエティ組や,詩人のコールリジは最初はエラズマスの詩に影響を受け,後にワーズワースと共にエラズマス風の詩を乗り越えるべき対象とみなし,ビーシー・パーシー・シェリーには大きな影響を与え,自由思想家としてはウィリアム・ゴドウィンを刺激しました.そしてゴドウィンの娘にしてシェリーの妻メアリ・シェリーは「ダーウィン博士の実験の話」(これが実際にエラズマスが行ったものではない,というあたりが皮肉ですが)から『フランケンシュタイン』を思いつくわけです.
 西洋科学史に関心がある人は是非読んでおくべきです.さらに英文学史や18世紀に関心のある人も必読.私ももっと前に読んでおくべきでした.
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663. ラマルク伝 忘れられた進化論の先駆者
イヴ・ドゥランジュ(ベカエール直美 訳)
平凡社 1989.9
★★★
 Yves Delange, Lamarck, sa vie, son oeuvre (1984)の訳.著者は「パリ植物園の植物学者」という程度にしか判らないのだそうです.調べてみると,1954-1971年までモンペリエ大学植物園の管理者,1971-1994年までパリの自然誌博物館で植物学の研究を行っていた植物学者のようです(http://www.tela-botanica.org/page:328).ラマルクはその学者としてのカリアを植物学者として始めている(しかし,植物学を離れた結果,歴史に名を残すことになるのですが)ので,植物学者がラマルク伝を記してもそれほど意外ではありません.
 小説仕立てのラマルクの伝記.時代の雰囲気は伝わります.ラマルクをかなり美化している点で批判的な伝記とは言えないのですが,これ以外に日本語で読めるものがないのでしょうがない.歴史的な流れの中でのラマルクの位置づけなどに関しては弱いし,どうもラマルクびいきなところが目立ってしまってイタイ感じになってしまっているところも残念です.ラマルクは,ラマルク自身よりも,イデオロギーとしての「ラマルク主義」の方がおもしろい.
 ラマルクはLa Marckだったのをフランス革命を期にLamarckにしたのだとか.さらに,生年月日は確定しているのに,いつ死んだのかは不明(この著作では日付を与えていますが,それは1つの説に過ぎないようです)というのが意外.普通死んだ日の方が確実なはずなのに.しかも,共同墓地なので,遺体もどうなったのか判らないのだそうです.これはM.バルテルミ=マドール『ラマルクと進化論』(朝日新聞社 1993.2)からの情報.バルテルミ=マドールの著作の伝記の部分の方がまだ批判的です.
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662. リンネ 医師・自然研究者・体系家
ハインツ・ゲールケ(梶田昭 訳)
博品社 1994.2
★★★
 Heinz Goerke, Carl von Linné: Arzt, Naturforscher, Systematiker (1989)の訳.著者はドイツの医学史家で,スウェーデン語も堪能であるために,(厳密に言えば医学史上の人物ではない)リンネについて書くことになりました.リンネ自身は語学に難があったようで,ほとんどの関係文献がスウェーデン語のために,スウェーデンでの研究はあるのですが,なかなか国を出ないのだとか.リンネの時代にはまだスウェーデンに大国意識があったのでしょうね.
 日本でほぼ唯一のリンネの伝記.前半でリンネの生涯をたどり,後半でリンネの学問的業績を扱います.比較的知られている博物学者としての側面はもちろん,医者としての業績などにも頁を割いています.
 啓蒙の18世紀に生きながら,フランスとの温度差は歴然.リンネの博物学はいまだ17世紀のまま,ということがよく判ります.というか,信仰という動機がなければ博物学を行うことの言い訳が立たなかった身分だったからなのでしょうか(金持ちの博物学者に宗教的動機があったようには思えない).
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661. 博物学の欲望 リンネと時代精神
松永俊男
講談社現代新書 1992.8
★★★
 リンネを中心とした18世紀博物学の大まかな流れを簡潔にまとめたもの.リンネに関しては,まだ日本ではほとんど研究されていないようなので,この著作はまだ充分役に立つでしょう.
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660. ソクラテス以前の哲学者たち 第2版
G.S.カーク+J.E.レイヴン+M.スコフィールド(内山勝利 他訳)
京都大学学術出版会 2006.11
★★★
 G. S. Kirk, J. E. Raven & M. Schofield, The presocratic philosophers: A critical history with a selection of texts, 2nd edition (1957/1983)の訳.著者たちはケンブリジ大学の錚々たる古典学者.初版が1957年,増補版が1983年,後の版に索引・参考文献などが追加されて,本訳書は2003年版からとのこと.日本語版では訳者たちによる索引・主要文献一覧があって便利になっています.
 半世紀前は最新だった古代ギリシャ思想の教科書.アップデイトされましたが,それも3分の1世紀前の話です.今はどうなってるのかな,と考える前に先ずこれを読んでここから出発せよ,という意味で古典ということでしょう.いわゆる自然学者たちを扱う前にギリシャ神話の宇宙論から入り,それ以降はタレースから原子論者までの普通のコースと,最後にアポロニアのディオゲネスで締めます.著者の1人スコフィールドが日本語版への序文で述べていることによれば,エンペドクレスの項を除いてはそれほど訂正は要らないとのこと.エンペドクレスに関しては新資料の発見があり,それを考慮した研究が必要なようです(少なくとも日本語ではまだない).エンペドクレスについては,医学思想にも大きな影響を与えているので,自然学を中心とした研究が欲しいところです.原書では,ギリシャ語原文と訳が載っていることがウリでしたが,訳書では日本語だけになりました.まあ,他でもギリシャ語原文が読めるから問題はありません.
 古さが顕著なのは,扱う人々の範囲の狭さでしょう.いわゆるソピストを排除するのは,その重要性が認められている今日では考えられないでしょう.「哲学」を狭く考えすぎているのではないか,と西洋人でも哲学史家でもない私には思えます.
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659. チェーザレ 破壊の創造者 1-2
惣領冬美(そうりょう・ふゆみ) (監修 原基晶)
講談社 2006.10
★★★★★
 久しぶりにマンガ.著者は言わずとしれた少女マンガ家.とてもきれいな絵を描くひとです.監修者は中世イタリア文学の専門家.基本的にマンガは終了してから,と思っているのですが,ちょっと待てないので.
 イタリア・ルネサンスの「怪物」チェーザレ・ボルジャを中心に,15世紀末のイタリアを描こう,しかもなるべく史実に正確に描こうとする壮大な試みのマンガ.第1巻と第2巻が同時発売.おもしろい.
 まだ1491年で,チェーザレは16歳のピザ大学の学生です.お話の主人公はフィレンツェ出身の石工の息子アンジェロ・ダ・カノッサで,ロレンツォ・メディチに目をかけられてピサ大学に入学してきたところから始まります.「何も知らない」アンジェロ(天使の意味)を導き手として,この時代の政治状況を読者に伝えていきます.イタリア・ルネサンス史はわりと日本でもおなじみなので他よりは判りやすい(例えば,同時代のフランドルの状況はいくら説明しても判ってもらえないだろう)のですが,慣れない人にはちょっと辛いかも.でも,巻末に参考図書も挙がっている(←この点で並みの新書より親切)ので,興味を持ったら読んでみてください.ともかく,このアンジェロがチェーザレに大学で出会い,惹かれていくという展開が第1巻.第2巻では,サヴォナローラ,コロンブスやダ・ヴィンチというビッグネイムがさりげなく登場してきます.まだ大学が中心なので女性がほとんど出てきません(ホモのリアーリオは出てくる).
 フランス革命については『ベルばら』から学んだ,ということがあったように,ルネサンスはこの作品から,ということになるのだろうなと思えます.でも,1507年にチェーザレが死ぬまであと16年ほどあるわけですが,はたしてこの作品がそこまで行くのにどれくらい時間がかかるのか……
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658. 細胞学の歴史 生命科学を拓いた人びと
A.ヒューズ(西村顕治 訳)
八坂書房 1999.12
★★★
 Arthur Hughes, A history of cytology (1959)の訳.著者は解剖学者で,細胞学などの研究を行った人.
 半世紀前に科学者が書いた学説史.こういった種類の本は通読するのではなく,手元に置いて必要な時に参照するべきです.そのために訳者が非常に丹念な索引を作ってくれています.これ以降半世紀の科学史研究の蓄積(さらに細胞に関する知見自体の進化)によってより歴史的に優れた,少なくとも読んでおもしろいものは描けるのでしょうが,類書がない,ということのようです.
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657. 読む目・読まれる目 視線理解の進化と発達の心理学
遠藤利彦 編
東京大学出版会 2005.11
★★★★
 編者は京都大学大学院教育学研究科助教授.発達心理学などが専門.
 論文集.題名通り,視線理解という問題を,比較発達心理学あるいは進化発達心理学(動物と人間の発達過程を比較する学問)や社会的認知,自閉症研究などの専門家がそれぞれの立場から研究したものを集めています.収録論文はこちら以前やはり同種の本を読みましたが,それよりは専門的です(共通の著者もいます).視覚についての生理学的な研究ではなく,目を読み・読まれるという心理学的な側面からの研究.
 視線を理解することが人間の「人間らしさ」の発達と関わり合うのですね.視線理解を「心の理論」の有無と関連づける議論(ただし,視線の話というよりは可視か不可視かという議論のような気がする)なども興味深い.いわゆる「白目」の存在意義や,眼の形と個体グループの大きさを関連づける視線グルーミング仮説(サルのように接触して1対1のグルーミングをするのでは群れの大きさが限定されるので,代わりに視線を交わしてコミュニケイションすることで群れを大きくできる)なんてのもおもしろいです.
 視線理解と言語の発達(あるいは道具の使用)というところまでこの論文集では踏み込んでいませんでした.それはまた別に数冊を費やすくらいの話になるのでしょう.
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656. 20世紀の生命科学 全2巻 ライブラリ科学史3-4
G. E. アレン(長野敬・鈴木伝次・鈴木善次 訳)
サイエンス社 1983.8
★★★
 Garland E. Allen, Life science in the twentieth century (1975)の訳.
 通史はつまらない,というので少し限定したものを.1890年代から1950年代までの生命科学のいくつかの分野についてのほぼ独立した7つの論考を含んでいます.こうするととたんにおもしろくなるのが不思議.著者は,生命科学が複数の分野に分裂する過程と,複数の科学分野が分子生物学に統合される過程を描いています.扱う分野を絞り年代を絞ったおかげで,興味深く感じることができるほどに細かい話題を拾い上げることができたのが良かったところです.
 内容は,後半になるほど生物学の教科書のようになっていくので若干退屈になるのですが,歴史の展開が描かれているところが興味深い.機械論がどのような役割を果たしたのかについての著者の見解には納得できるものがあります.基本的に17世紀の機械論生理学も同じだからです.歴史が繰り返すのなら,歴史記述の方法も繰り返して良いわけだ.
 参考図書は充分にあります.ただし,30年前のものなので一次文献くらいしか役立たないかもしれません.索引あり.
 もうちょっと早く読んでおくのだった,と思いました.
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655. 生物学の歴史
チャールズ・シンガー(西村顯治 訳)
時空出版 1999.10
★★★
 Charles Singer, A history of biology to about the year 1900: A general introduction to the study of living things. Third and revised edition (1956)の訳.初版は1931年.
 原題の通り,19世紀までの生物学史.一番美味しいところがないのですが,なにせ70年以上前の本なのでしょうがない.3部に分かれ,第1部古代中世編,第2部ルネサンスから近代(進化論含む)まで,第3部で主に19世紀の生物学の下位分野をそれぞれ扱う,という構成になります.この著作の後の生物学の展開から考えると,また別の分類の仕方があるのでしょうが,なにせ70年以上前の本なのでしょうがない.歴史記述も,今ではほとんど見られなくなった啓蒙史観的・目的論的な学説史で,古めかしい感じは免れません.しかし,大きな通史を書く場合には,そうなってしまうのはしょうがないのでしょう.500頁ほどある大著なので,通読するようなものではないのかもしれません.必要な時に必要なところだけを.ただ,単なる学説史といっても,この70年でかなり研究が進んでいるところがあるので,この著作に書いてあることをまるのみにすべきではありません.ともかく,残念ながら事項索引はないのですが,人名索引はあります.
 文中で固有名原文のアクサンやウムラウトが落ちている(ずれている)場合が多いので注意すべき.人名は索引に正しい綴りが載っています.
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654. 生物学の歴史 全2巻
八杉龍一
NHKブックス 1984.11-12
★★★
 古代から20世紀中頃までの「生物学」の歴史を2冊400ページほどにまとめた著作.前半が博物学から進化論までと18世紀までの解剖学・生理学,後半が19世紀以降の生物学(biologyという言葉自体が18世紀末にできた)を,細胞,遺伝学,実験生物学,分子生物学などに分けて扱っています.名前しか聞いたことがない(生物学をやっていない人にはほとんど名前すら聞いたことがない)人がちょっとだけ出てきます.通史の宿命でしょう.索引と年表はしっかり付属しているし,参考文献も挙げてあるので,ここから出発する,ということになります(20年以上前なので古いものですが).
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653. グーテンベルクの時代 印刷術が変えた世界
ジョン・マン(田村勝省 訳)
原書房 2006.11
★★★
 John Man, The Gutenberg revolution: the story of a genius and an invention that changed the world (2002)の訳.同じ著者の本は以前読みました
 グーテンベルクの生涯を中心として,印刷技術と社会変化,特に宗教との関連を論じた一般向けの著作.歴史の本のようですが,著者の溢れ出る妄想のために,事実の部分がどこまでなのかがしばしば判りにくくなります.それはそれとして,同時代の歴史の文脈の中でグーテンベルクの活躍を理解するのは意外に無かった視点でしょう.そういえば,ニコラウス・クザーヌスと同時代だなあ,とか.グーテンベルクに関しても新しい情報を盛り込んで書かれているので,役に立ちます.
 著者は基本的に技術的な問題に詳しくないようです.それに,専門のドイツ史以外は二次文献に依拠して書いているので,間違いがあるかもしれません.91ページの百万塔陀羅尼経(770年)が聖徳太子(厩戸皇子,574-622)の指示で印刷されたというのは間違いですが,これは恐らく訳者の誤訳です(称徳(しょうとく)天皇(718-770)の指示で作られた,というのが正解).また,活版印刷の歴史の中で東洋を低く見積もるあたりは西洋人の偏見から抜け出ていません(著者はアルファベットが音節表記文字よりも簡単だと思っている!).
 訳もあまりよくありません.また「王子」が出てきました.固有名には英語でもいいから原語を与えるべきでした.参考文献は残りましたが,重要な索引が無くなってしまいました.
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652. ウソの歴史博物館
アレックス・バーザ(小林浩子 訳)
文春文庫 2006.7
★★★
 Alex Boese, The museum of hoaxes (2002)の訳.著者はアメリカ人(Burr-Zaと発音する)でサイト「The Museum of Hoaxes(http://www.museumofhoaxes.com/)」の主催者.そのサイトでの自己紹介によれば,カリフォルニア大学サン・ディエゴ校で科学史の修士号を得ています(むろん,インチキ研究のサイトに本当の経歴が書いてあるかどうかは保証の限りでない).科学史家は専門外でおもしろいものを書ける,という実例.
 文春文庫のナイス翻訳シリーズ.主に英米のウソの実例を年代順に挙げている著作.おもしろい.歴史上有名な詐欺事件から普通のエイプリルフールまで,話題は多岐に及びます.科学史で有名なベリンガー教授の偽化石,ピルトダウン人,ソーカル事件,ピルトダウン・チキン(中国でトリとトカゲの骨を組み合わせて恐竜と鳥類の「ミッシングリンク」が捏造された事件),日本からは旧石器捏造の藤村新一がノミネートされています.こう書くと科学史の話ばかりのようですが,ほとんどは一般的なウソ事件です.
 まあ,世の中には愉快に騙す人たちがいるのだな,と実感できます.そして,いつまでたっても騙され続ける人も.この間のTV番組での捏造事件なども「科学性を騙る」事件だったので問題が大きいのです.
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651. 赤ちゃんは世界をどう見ているのか
山口真美
平凡社新書 2006.5
★★★
 直前に読んだ『赤ちゃんは顔をよむ』の増補改訂版.こちらの方がいくらか多い情報を含んでいます.ということなので,こちらを読むべきです.
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650. 赤ちゃんは顔をよむ 視覚と心の発達学
山口真美
紀伊國屋書店 2003.5
★★★
 以前同じ著者の本を読みました
 赤ちゃんの特に視覚に関する能力を様々なやり方で実験的に確かめてく著作.非常に判りやすく読みやすい.出版した当時はかなり読まれたようです(2ヶ月で3刷).確かに,おもしろいのです.研究内容自体のおもしろさに加えて,研究対象に対する人間が持つ自然の「愛情」がさらに興味をかき立てるのでしょう.
 実は,この著者も,初めは工学系の研究所にいて,顔の認知を研究していたのだそうです.工学→赤ちゃんの流れの人は,プロパーな発達心理学者とは違ったアプローチができるからおもしろい(あるいは,研究者自身がおもしろいと思っているのを示すことができる=自覚的である)のでしょうか.こういう路線変更する研究者について研究するのはおもしろいかもしれない.
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649. 日曜ピアジェ 赤ちゃん学のすすめ
開一夫(ひらき・かずお)
岩波科学ライブラリー 2006.5
★★★
 著者は東京大学大学院総合文化研究科助教授.もともとはロボットの専門家でしたが,ひょんなことから赤ちゃん学に入っていった人.
 「ピアジェ」といっても,ピアジェの解説をする本ではなく,ピアジェのように自分で赤ちゃんに「実験」してみよう,という本.前半3分の2が,実験のやり方と目的についてイラスト入りで解説した部分で,残りが少々理論的な説明となっています.底に書いてあることは,本当に基本的な赤ちゃん学の話なので,下までの本を読んでくるとこの本で新しい知見は得られないのですが,「自分でやってみる」というところに単なる解説にはないものを掴めるのでしょう.主に父親向けに書かれていて,この本を通じて父親と赤ちゃんがコミュニケイションをとってくれれば,というのが著者の願いです.
 著者の研究室のサイトはこちら
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648. 赤ちゃんと脳科学
小西行郎
集英社新書 2003.5
★★★
 著者は東京女子医科大教授で小児科医師.日本赤ちゃん学会の立ち上げ人の1人.
 著者はオランダのフローニンゲン大学でHeinz F. R. Prechtl(著者はプレヒテルと表記)教授に,新しい赤ちゃん学の方法を学びました.しかし,その基本は新しいものではありません.「赤ちゃんを見る」という方法でした.そうするうことで,かつて,同じように赤ちゃんを観察したスイスのジャン・ピアジェが導き出した結論とは全く違った,「有能な」赤ちゃん像を取り出すことができるようになりました.さらに,近年の脳科学の進歩,特に非侵襲型の脳計測機器の進歩によって,赤ちゃんの脳活動が判るようになってきました.著者はこの著作で,実際に赤ちゃんを看る(しばしば子育ての相談に乗る)医師として,最新の知見と,そこから導き出すべき妥当な育児法について,簡単に解説しています.でも,子育てアドヴァイスの本ではありません(著者はもう少し実用的な本を別に書いています).
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647. 赤ちゃん学を知っていますか? ここまできた新常識
産経新聞「新・赤ちゃん学」取材班
新潮文庫 2006.6
★★★
 産経新聞2002年掲載のシリーズ「新・赤ちゃん学」をまとめて2003年に出版されたものを加筆して文庫化したもの.
 無力で刺激に反応するだけの存在と思われていた赤ちゃんが,「有能で」自発的に動き,環境と能動的に関わることで発達していくことが,この十年ほどの研究で次第に明らかになってきました.内外の学者に取材し,赤ちゃんを巡る生物学的な研究から,教育(育児)への応用,さらにはロボティクスまでを視野に含めた「赤ちゃん学」が提唱され,学会を創って学際的な研究が行われています.おもしろそうだ.歴史家はどうやって絡むべきなのだろう.ともかく,注目すべき分野なので少なくともフォローぐらいはしていきましょう.
 この著作は,新聞の短い記事の集合なので,あまり詳しいことは書いていないのですが,入門的に読むには適しています.
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646. 思考と言語 新訳版
ヴィゴツキー (柴田義松 訳)
新読書社 2001.9
★★★★★
 Л.С.Выготский,Μышление и речь (1934)の1956年版からの訳.
 言わずとしれた大著.ヴィゴーツキー思想の集大成なのですが,明らかに入門的著作ではありません.しかし,心理学についての狭い専門書というわけでもない.何を学ぶにしても読んでおくべき内容を持つ20世紀の古典でしょう.7章を含み,第1章から第4章まで(これで全体の3分の1)が同時代の心理学の批判的検討から独自の見解を導き出す部分(ここは読み飛ばすべきではない)で,残り3章が独自の思想を展開する部分になります.
 第5章「概念発達の実験的研究」では,子供の概念発達の3段階を辿ります.概念は外から一方的に与えられるもの(欠如モデル)ではなく,子供による創造的なプロセスを経て発達するものだ,ということが実験によって示されれます(ただし,詳しいデータはこの著作では与えられない).
 第6章「子どもにおける科学的概念の発達の研究」では,非体系的で非自覚的な日常的概念と対比される体系的・自覚的な科学的概念(これは学校で教えられる)がどのように子供の中で発達するかを論じます.ここで有名な「最近接発達領域」論が登場します.話し言葉・書き言葉・外国語の習得を類比的に考える点が重要.自覚的であることが科学的概念の特徴で,即ち意識が問題となってきます.
 最後の第7章「思想と言葉」では,思考が言語を介して発生する様子を「内言」論として展開します.この章の前半は実験的な発達心理学を基礎にするのですが,後半には文学を使用します(芸術に関心を持ち続けていたヴィゴーツキーに相応しい).最終的には,思考の動機となる情動を理解することが必要だ(しかし,この著作では論じられない),そして,人間の意識の問題を扱うことがこれからの目的だ,として締めることになります.
 ともかく,理解が困難な著作です.間違っても,この著作からヴィゴーツキーを読み始めるのは止めるべきです.なるべく著作順に読んでいけば,何度か繰り返される議論があり,それがこの著作にもちりばめられているので,この著作の読書が少し容易になります.Festina lente.
 訳がこの著作の読書をより困難にしています.英語訳も参照しましょう.索引付き.
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645. イメージを読む 美術史入門
若桑みどり
ちくま学芸文庫 2005.4
★★★
 美術史の基本的な見方をルネサンスの代表的な芸術家,ミケランジェロ,ダ・ヴィンチ,デューラー,ジョルジョーネを例として解説する著作.非常におもしろいし,読めば美術史に関心を持つことになるでしょう.けれど,ルネサンス以外の美術がこれほどおもしろく読み解けるかどうかは保証の限りではないので,結局「ルネサンス美術史入門」だと思って読むべきでしょう.
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644. 幻の大発見 科学者たちはなぜ間違ったか
I. M. クロッツ (四釜慶治 訳)
朝日選書 1989.12
★★★
 Irving M. Klotz, Diamond dealers and feather merchants: tales from the sciences (1986)の訳.著者はタンパク質化学の専門家(1916-2005).ということで,科学史や科学論の専門家ではないのですが,向こうの一流の学者はちゃんと歴史的な素養もあるということでしょう.
 主に20世紀の科学でどのような過ちがあったのかについて,N線やポリウォーターの例を詳しく引いて論じたもの.著者の科学観はともかく,ケイス・スタディの部分はまだまだ読む価値があります.科学的な部分についてもそれほど難しいレヴルの話ではないので恐れる必要は無し.
 参考文献付き.
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643. 論文捏造
村松秀
中公新書ラクレ 2006.9
★★★★
 著者はNHKの科学・環境番組部専任ディレクターで,『ためしてガッテン』を担当しています.「環境ホルモン」という言葉はこの番組から生まれました.
 2004年に放送されたNHKの番組『史上空前の論文捏造』を文章化したもの.2002年に発覚した(当時)ベル研の科学者ヤン・ヘンドリク・シェーンによる論文捏造事件(ScienceNatureに載った代表的なものだけでも17本あり,恐らくシェーンのほとんど全ての業績が捏造だった)の顛末を詳しく取材した番組で,各種の賞を獲っています(90分版を地上波放映してほしかった).番組を見逃した方は,是非この本を読んでください.非専門家の立場から批判的に見た科学界の現状が正直に描かれています.
 捏造事件が相次ぐ理由の1つは,個々の捏造事件に関する反省の前提となる詳しい調査あるいはケーススタディがないからだ,という著者の指摘は頷けます.しかし,そのような調査が仕事として成り立つような専門職がないので,ケーススタディの蓄積は生じないでしょう.
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642. 言語と脳
杉下守弘
講談社学術文庫 2004.8
★★★
 著者は脳血管研究所教授で(社)報徳会医科学研究所長.脳の高次機能研究の専門家.本書は1985年に出版されたものを文庫化にあたってアップデイトしたもの.
 基本的には,言語の諸側面と脳との関係の研究を歴史的に紹介したもの.19世紀のブローカやウェルニッケはもちろん,他の様々な研究に,日本における症例研究の情報も盛り込まれていて,言語の脳科学史としても読めます.言語と脳,といっても,実はかなり複雑な関係があり,聴いてわかるが喋れないとか,読めるけど書けないとか,喋れるけど読めないとか,多様な症例があります.これらを整理することで,脳の中でどのように言語が処理されているかが徐々に明らかになっていきます(ただし,決定的にはっきりするわけではありません).解ることは,脳には「言語中枢」といったものがない,ということです.言語能力は,複数の機能の連合によって起こるのですね.
 参考文献あり.索引なし.
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641. ヴィゴツキー入門
柴田義松
子どもの未来社寺子屋新書 2006.3
★★★★
 著者は言わずとしれた日本におけるヴィゴーツキーの紹介の第一人者.40年に渡って「第一人者」だからすごい.
 その著者だからこそ書けた日本で始めてのヴィゴーツキーの仕事全般を判りやすく紹介した入門書.他にも入門書的な著作はありましたが,全般的な紹介ではありませんでした.本書も200頁少々という短さながら,一通りのヴィゴーツキーの業績の解説と著者自身の見解までも含めることができています.これで,とりあえずヴィゴーツキーについて知りたい,という時に最初に読むべき本がようやくできました.その意味で評価は高いです.
 もちろん,ヴィゴーツキーやその思想を利用する人々にいろいろと考え方の違いがあります.著者の場合,もともと教育学の専門家なのでそちらの方に引っ張って理解しようとしています.私は,むしろヴィゴーツキーは教育の実践から学んだ心理学者だったというように思っています(←たいした根拠無し).
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640. 「分ける」こと「わかる」こと
坂本賢三
講談社学術文庫 2006.6
★★★
 分類についての古今東西のやり方を並べて,いろんな分け方があることを示した著作.ほんとうにたくさんのことが書いてあるので,差し出されたものを何も考えずに眺めることができます.好きな分け方を見つけるのも楽しいかもしれません.
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639. 評伝 アインシュタイン
フィリップ・フランク (矢野健太郎 訳)
岩波現代文庫 2005.9
★★★
 Philipp Frank, Einstein: His life and times (1947)の訳.著者は,同じユダヤ系の物理学者で,プラハ大学でのアインシュタインの後任であり,後にアメリカに亡命して,「アインシュタインに最も近しかった人」の1人.訳者は,プリンストン高等研究所に留学してアインシュタインとも直接交流があった数学者.
 この著作が書かれた年代にはまだアインシュタインは存命中でした.なので,1945年にアインシュタインが高等研究所を退いた,というところまでしか書いてありません(解説者がその後のことを簡単に紹介しています).伝記としてはかなり古いものであり,資料的限界もあって若い頃の話があまり詳しくないという欠点はありますが,現代でもまだ読むべきところはあります.特に,アインシュタイン自身とその理論がヨーロッパでどのように受け入れられてきたのかということを,当時の政治状況(特にファシズムとの関係)を踏まえて内部観測として詳しく書かれているところは重要です.その部分とフリードマン&ドンリーの『アインシュタイン「神話」』(地人書館 1989)をあわせて読むと理解が深まるでしょう.ともかく,たいへんだったのだな,ということがわかります.
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638. アインシュタイン奇跡の年 1905
J.S.リグデン (並木雅俊 訳)
シュプリンガー・フェアラーク東京 2005.12
★★★
 John S. Rigden, Einstein 1905: The standard of greatness (2005)の訳.著者は,American Journal of Physics誌の編集者を経て,アメリカの物理学教育に関係していた人で,現在ワシントン大学の名誉教授.
 1905年がアインシュタイン「奇跡の年」で,特殊相対論など3つの大きな業績を挙げた,ということは教科書的には知っていましたが,相対論以外にはあまり言及がなかったりします.この著作では,1905年にアインシュタインが発表した4つの雑誌論文と1つの博士論文について順番にその内容と同時代の物理学や後世への意義について順番に解説していきます.200頁足らずの本ですが,それだけに簡明な解説になっています.科学研究を目指す若い学生さんが読むと勇気づけられて良い感じです(著者の経歴からいってもそういう配慮はあるようです).もちろん,アインシュタインについて理解したいと思う大人でも充分いけます.特に相対論以外の研究については,解りやすく説明してもらってありがたい.日本語版では訳者の註と,おそらく原著にはないイラスト(アインシュタイン来日時の岡本一平のマンガ)が入っています.
 アインシュタインの純科学的業績にだけ注目するというのは今時珍しい,と思ったらやっぱり歴史家が書いたものではない.だから,科学史書というよりは科学解説書なのです.同じ時代を扱っている安孫子誠也の科学史の著作と比較して違いを見るのもおもしろいでしょう.
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637. 99.9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方
竹内薫
光文社新書 2006.2
★★★
 著者は現代日本で最もおもしろいサイエンスライターの1人(推理作家でもあります).
 懐かしい感じがする科学論の本.1980年代,私が科学史を学び始めた頃に,この著作に書いてあるような話題が,すでに少々時代遅れなものとして語られていましたっけ.私のようにおじさん世代には懐かしいものでも,現代の若い人には新鮮なのかもしれません.随分売れたようですが,著者の文章力と編集者の(若干あざとい)編集能力の勝利でしょう.読んだことがない人は,是非読んでみるべきだと思います.
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636. ダーウィンの足跡を訪ねて
長谷川眞理子
集英社新書ヴィジュアル版 2006.8
★★★
 進化論の父チャールズ・ダーウィン縁の土地を著者が訪ねて,その光景と共にダーウィンの生涯を振り返りつつ,著者自身の思い出も語るという仕組みの著作.非常に簡単に読めます.ダーウィンの伝記についての概略に,著者の個人的回想が色を添えているあたりが読みやすくしているのでしょう.そういえば,以前読んだ駒井卓のダーウィンの本もそのような構成でした(研究対象が同じだと手法も似るのか).ダーウィンに関する超入門書として関心のある方は手に取ってみるべきです.
 途中,ダーウィンが所蔵していた本の匂いを嗅ぐ話が出てきます.古い本(といっても19世紀の本なのでそれほど古くはない,と17世紀研究者は考える)の「黄色い」匂いという表現がおもしろい.きっと防虫処理などされていなかったのでしょう.
 「ヴィジュアル版」ということなのでカラー写真が多く載っています.参考図書もあります.
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635. 国家を騙した科学者 「ES細胞」論文捏造事件の真相
李成柱(イ・ソンジュ) (ベ・淵弘(ヨンホン) 訳)
牧野出版 2006.10
★★★
 原書は2006年2月頃に出版され,韓国語で書かれています(ハングルが出ないので許せ).著者は韓国の新聞『東亜日報』の医学担当の記者で,この事件の最中はアメリカ研修中であり,帰国後も教育担当になったために直接取材には関わらなかったのですが,外から客観的に騒動を眺めることができました.それでも,マスコミ内部にいることの不自由さのために新聞社を辞めて,この著作を記したとのこと.また,訳者の名前の苗字の漢字が出ないので読みをカタカナ書きにしました.
 昨年末から日本でも話題になった黄禹錫(ファン・ウソク)元ソウル大学教授の論文捏造事件を,韓国のマスコミ事情と社会的背景を内部から観測して描いた著作.生の詳しい事情についてあまり知識がない我々には非常に役に立つものになっています.特に外国人向けに書いているわけではないのですが,韓国マスコミや政治のことは一応解る程度に解説されています.特に科学倫理などに興味がなくても,韓国事情を知りたい人は読んで満足できるでしょう.マスコミを一方的な悪者にする評者もいるようなのですが,この捏造事件が明るみに出る端緒となったのもマスコミであることは見落とすべきではありません.先日のNHKの番組ではマスコミの役割が良くも悪くも全く無視されていました(つまり,他山の石として反省することはないということなのでしょう).
 著者もいくつかの過去の科学不正事件と比較しているのですが,私の感想では,科学と政治が愛国心で結びついてしまうという点ではソヴィエトのルイセンコ事件と似ている(ルイセンコの場合は愛国心というよりイデオロギーでしたが)し,マスコミの過剰報道という点では日本の藤村新一による旧石器捏造事件と酷似しています(著者はこのケースを比較対象に選ぶべきでした).学会のシステムと報道の過熱が科学にどのような悪影響を及ぼすかについて黄禹錫と藤村新一の事件を比較検討することで科学コミュニケイションについての論文が書けそうですよ(私はハングルが読めないので書かない).著者自身は,フランスのドレフュス事件との比較によって自国の事件の特徴を理解しようとしています.
 著者はポパー流の科学観を理想としているのですが,韓国の状況を精神分析のやり方を使って考察するということに特に矛盾は感じていないようです.あと,科学史的な言及については,特に古いものはかなりの誤解があるので注意すべきです(参考にした本が正しい記述ではなかったのでそうなったようです).
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634. ES細胞の最前線
クリストファー・T.スコット (矢野真千子 訳)
河出書房新社 2006.8
★★★
 Christopher T. Scott, Stem cell now: A brief introduction to the coming medical revolution (2006)の訳.2005年のハードカヴァー版を訳している途中に,例の事件が起こったので著者が改訂し捏造問題関係についてまとめた第10章を加えた2006年のペイパーバック版に従って訳されています.著者はスタンフォード大学の生物医学倫理プログラムセンター所長.科学ジャーナリズムにも関係していました.
 ES細胞とはなんぞや,という基本的な問題から,その研究史と問題点,そして将来の医療への展望という科学技術的な部分と,主にアメリカにおける倫理論争と政策についての批判的な論評,最後に韓国の捏造問題が扱われています.これ1冊でとりあえず状況を把握できるという便利な本です.『サイエンス』編集長ドナルド・ケネディによる推薦文がありますが,韓国の捏造問題でミソを着けてしまった人の言葉なので,イマイチ説得力に欠けます.日本語版では,中辻先生の序文付き.
 後半のアメリカ固有の事情についての話を除けば,これからこの話題について勉強しようと思う人にぴったりです.ES細胞だのクローン胚だのという言葉がごっちゃになりがちですが,これを読むとすっきり解ります.
 アメリカでの情勢(ブッシュ政権がES細胞研究をストップさせていること)の変化の兆しがこの著作では語られていますが,2006年11月の中間選挙で民主党が勝ち,特にマイケル・J.フォックスのおかげもあってES細胞研究への賛同の声が議会でも強くなるでしょう.このタイミングで読むと,その辺の事情もよく理解することができます.
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633. 読書の心理学 読書で開く心の世界への扉
村田夏子
サイエンス社 1999.4
★★★
 著者は現在,和洋女子大学助教授(未確認).読書に関する認知心理学が専門.
 テクストの様々な形態によって読者がどのような理解を行うかを測定した研究で,著者の博士論文をまとめたもの.理解の測定は,自由作文(この文章から想像できることを書け,というもの)によります.従来の読書心理学の研究は,認知研究のために読書を利用するという傾向が強かったのですが,著者は読書による認知を研究することで本来の意味での「読書研究」になっています.普通の小説文だけでなく,短歌やマンガの読みまでも問題にしているところに視野の広さがあります.私に一番おもしろかった部分は,マンガの読みを論じている部分でした.「学習マンガ」の効用がマンガの絵によって適度に想像力を限定し,状況の印象(すなわち文脈)を与えることに役立っていることだ,というのは興味深い指摘です.
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632. ヒトES細胞 なぜ万能か 岩波科学ライブラリー88
中辻憲夫
岩波書店 2002.6/2004.10(第3刷)
★★★
 著者は京都大学再生医学研究所教授.日本におけるES細胞研究の第一人者.
 ということなので,書くべき人が書いた入門書.例の事件が起こる前の著作なので,普通の問題意識と希望を込めて書かれていて,この話題に関する超入門書になっています(「超入門書」というのは,全く知らない人が全く始めて手に取るのに適している本という意味).ヒトの胚細胞を使わずに済むES細胞ができれば,倫理的問題もあらかた片づくのですがねえ.
 わざわざ「第3刷」だというのは,新たなあとがきがついているから.3ページほどですがアップデイトな情報が入っています.本屋で買う時は問題ないでしょうが,図書館などで手に取る時にはご注意あれ.
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631. 月刊言語 2006年11月号 特集=人工言語の世界 ことばを創るとはどういうことか
★★
浜口稔「普遍言語よりIT社会へ 愛・知をこめて 検索エンジン付き哲学機械へ向けての緒論」
戸田山和久「何でこんあヘンテコな記号を覚えなくちゃいけないんですか? 論理学(教育)と人工言語」
田中久美子「ナルキッソスの枷 自己参照をめぐる自然言語とプログラミング言語の記号論的試論」
渡辺克義「エスペラントに文学は可能か」
太田幸夫「ピクトグラムと世界共通語」
新島進「フィクションと言語創造」
金子亨「人工言語と自然言語」

 全体的に肩の力の抜けた特集.興味がある人は眺めてみると一通りの話題は出てきます.参考図書も挙がっているので大丈夫.でも,興味のない人は読まない方が良いかも.
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630. わかったつもり 読解力がつかない本当の原因
西林克彦
光文社新書 2005.9
★★★
 下の著作と同じテーマを改良して文章の読解に集中して論じたもの.参考文献も下を引き継いでいます(ただ,下の著作の出版年代が誤植されています,1997年が正しい).下の著作では問題となりそうだった例が全て除かれ,替わりに著者の主張がわかりやすい例が挙げられているので,こちらの本を読んだ方が良いでしょう(というのも私の「わかったつもり」かもしれませんが).基本的主張は変わっていません.
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629. 「わかる」のしくみ 「わかったつもり」からの脱出
西林克彦
新曜社 1997.7
★★★
 著者は宮城教育大学教育学部教授.教育心理学の専門家.
 「わかる」ことの最大の障害は,「難しい」とか「わかりにくい」とかいうのではなく,なんとなくわかってしまっているように思うこと,即ち「わかったつもり」になっていることだ,ということを指摘し,どのようにして「わかったつもり」という心情が形成されるか,それを避けるためにはどのようにすればよいのかを,文章の読解という例で示した著作.1970年代の文章読解に関する認知心理学的研究を利用しています.ただ,著者は,文章の読解でのやり方がより広い範囲にも応用可能だ,という主張を行っています,例えば科学に.
 文芸評論で言う「脱構築的批評」を行いつつ矛盾点の洗い出しをして,それらの矛盾点が解消することになる究極的には文章がもつであろう真の意味に到達できると考えるやり方です.「わかったつもり」から「わかる」への移行に対話的要素が必然的に挟み込まれる点などは,私の考えていたようなことを明確に示してくれています.
 問題があるとしたら,文章を「わかる」ことは,その文章に現れる書き手の意図を理解することなのか,読者がその文章の妥当性を判断することなのか,ということです.著者は後者だと考えています.
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628. DNA 全2巻
ジェームズ・D.ワトソン+アンドリュー・ベリー (青木薫 訳)
講談社ブルーバックス 2005.3
★★★
 James D. Watson & Andrew Berry , DNA: the secret of life (2003)の訳.『ファインマンさん』と同じで,ワトソンへのインタヴューをベリーがまとめたもの.日本語訳は同じ出版社からハードカヴァーで出ていましたが,ブルーバックスに2分冊で含めました.値段はほとんど変わりませんが.
 DNAの構造をクリックと共に決めて以降分子生物学のカリスマである著者が,その記念碑的論文から50周年記念で語り下ろしたDNA研究史.この原著が出た前後,2003年4月にヒトゲノム読解が完了した発表がありました.この半世紀の劇的な変化を巡って,実に様々な話題を並べたDNA学入門書にもなっています.
 著者の驚くほどの楽観主義(Amerikanisch!)にはあきれるばかりですが,全ての真実を知ることに耐えられるのか,という挑戦は真面目に受け取っておいた方が良いです.著者のような人物がいる限り,どう禁止しようと「暴く」ことが避けられないでしょう.そうなることは止められないのですから,それに対してどう対処すべきなのかを考えておかなければなりません.それを最初に処理できた文化こそが21世紀末まで生き延びることになるのでしょう.
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627. 完全言語の探究
ウンベルト・エーコ (上村忠男・廣石正和 訳)
平凡社 1995.1
★★★
 Umberto Eco, La ricerca della lingua perfetta (1993)の訳.
 さすが,という本.古代から現代までのヨーロッパにおける「完全言語」探究の歩みをざっと振り返って判りやすく描いた著作.下の著作で言及されていたものも含め,より広く論じられています.先達の研究に支えられているからとはいえ,このように読みやすくまとめられていると非常に便利です.この本から読めば良かった.
 完全な言語というのは,言語が人間から離れてそれ自体で存在するようなものだと考えることなので,結局は徒労.ただそういう探究から整理分類比較が生まれてきたのだから,全くの無駄だったというわけでもありません.そんなものなのだなあ.
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626. 英仏普遍言語計画 デカルト,ライプニッツにはじまる
ジェイムズ・ノウルソン (浜口稔 訳)
工作舎 1993.4
★★★
 James Knowlson, Universal language schemes in England and France 1600-1800 (1975)の訳.
 17-18世紀の主にイギリスとフランスにおける「普遍言語」を企てた人々の試みの一覧.「普遍言語」をどの辺までと限定するかで長くもものすごく長くもなるテーマですが,一応人工言語による普遍言語計画に絞っています.17世紀のウィルキンズを頂点とする哲学的人工言語派と,フランス革命の後の教育改革とも繋がる代数的人工言語派が2つの山となります.言語思想史に関心のある人は読むべきでしょうが,そうでないと結構退屈です.
 参考文献に難あり.
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625. 国際共通語の探究 歴史・現状・展望
アンドリュー・ラージ (水野義明 訳)
大村書店 1995.6
★★
 Andrew Large, The artificial language movement (1985)の訳.図書館学の専門家.
 原題通り,人工言語(この場合コンピュータ言語ではなく人間のコミュニケイションのための言語)を解説したもので,基本的な部分は他の著作を利用しています.前半が,歴史的考察で,ノウルソンを利用した17-18世紀の部分と,ヴォラピュク語やエスペラント語,さらにその分派などについて論じています.後半は主にエスペラント語とその現代のライヴァルたちを取り上げています.まあまあ便利な見通しを与えてくれる著作です.
 結局エスペラント語の話になるのですが,著者はそれほどシンパシーを持っていないようです(訳者は日本エスペラント学会参与なのでエスペラント推し).
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624. 記憶術のススメ 近代日本と立身出世
岩井洋
青弓社 1997.2
★★★
 著者は関西国際大学人間学部助教授.専門は「宗教経営学、教育デザイン論、記憶と想起の社会学」.同姓同名の研究者がいるのでご注意あれ.
 明治20年代に日本で起こった記憶術ブームを分析し,その背景として,脳・神経への関心,学校制度と立身出世主義の基盤となる詰め込み教育,などを検討していきます.
 記憶術の本の内容が簡単に紹介されているのですが,まるっきり古典・中世西洋の記憶術そのままです.特に工夫もない感じ.あと,現代の記憶術の本もいくらか目を通しましたが,皆,同じようなことが書いてあります.結局,記憶術はキケローとクィンティリアヌスの時代に完成していたということなのですね.
 著者の関心はもっぱら日本の明治時代に限定されているので,西洋記憶術の伝統や,日本にも恐らくあっただろう記憶術との関連や,同時代の西洋記憶術との相違といった問題は全く触れられていません.研究の余地があるというものです.また,著者は,記憶術と雄弁術の関連を全く無視しています.これは驚くべき欠落.記憶術はもともとレトリックの一部であり,この時代(大日本帝国憲法が発布されたのは明治22年,帝国議会が翌年)の日本に西洋式雄弁術が導入された(←確証無し)ことも影響していると思うのです.研究の余地があるということです. 
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623. 記憶術と書物 中世ヨーロッパの情報文化
メアリー・カラザース (別宮貞徳 監訳)
工作舎 1997.10
★★★★★
 Mary Carruthers, The book of memory: a study of memory in medieval culture (1990)の訳.
 おもしろい.読むほどに私の長年の疑問への明かりが射し,やがて悲しくなります.中世の,特に前期の記憶術の特徴を修道院文化との密接な関係で読み解き,同時に,書物というものがその時代どのように読まれていたのか,書かれていたのかを,通説を痛快に覆しながら多くの資料を用いて論じていくもの.イェイツの著作に比べれば遙かに明快で理論的.扱っている時代がずれているので相補的ではありますが,ルルスの「術」についてはカラザースの意見の方がもっともに思えます(アラビア圏の影響について語らないところは共通していますが).
 西洋中世的な本の読み方に関する部分は,私にとって非常に参考になりました.ベークマンの読書のやり方を解明するのにかなりのヒントになるからです.そして悲しいのは,もしヒマになったら西洋の古代から近代初頭にかけてのレトリック史を研究しようかと思っていた私に,それが無理だ,ということを教えてくれたからでした.それどころか,西洋中世の思想史(一般史はもちろんのこと)をやるためには現物=マニュスクリプトを読まなければダメだ(即ち近現代の編集版や印刷ものを扱っていてはダメだ)ということを改めて説得力を持って教えてくれたからです.やるのだったら,マニュスクリプトが常時見れるような場所で研究しなければなりません.残念ながら日本では無理なのです.私の残り時間を考えても,できることはせいぜい西洋人の仕事を追いかけることぐらいでしょう.
 レトリック史はもちろん,西洋史一般から読書論,教育思想まで関心のある人は必読だと思います.ただ,容易に読める本ではありません.重いし.8000円(税抜き)だし.
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622. 行為としての心
ジェームズ・V.ワーチ (佐藤公治 他訳)
北大路書房 2002.10
★★★★
 James V. Wertch, Mind as action (1998)の訳.
 下の著作が,ヴィゴーツキーにバフチンを加えて拡張していったように,今度はそれらにケネス・バークを加えて,行為者と媒介手段(文化的道具)との関係の理論のさらなる拡張を目指した著作.媒介手段を道具箱(toolkit)メタファで捉える著者らしく,次から次へと新しい「道具」を持ち出してきます.学びかつ教え,テクストと対話する研究というのはこういうやり方を言うのでしょう.見習う.
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621. 心の声 媒介された行為への社会文化的アプローチ
ジェームズ・V.ワーチ (田島信元 他訳)
福村出版 1995.8
★★★★
 James V. Wertch, Voices of the mind: A sociocultural approach to mediated action (1991)の訳.新装版も出ていますが,内容に変更はないようです.
 著者はアメリカにおけるヴィゴーツキー・ルネサンスの立役者の1人.この著作は,著者の続けてきたヴィゴーツキーを引き継ぐ研究を発展させるきっかけとして,ヴィゴーツキーとほぼ同時代に活躍した(しかし,ずっと長生きした)同じソヴィエトのミハイル・バフチンを援用しようという試み.第1章で概説を述べた後に,第2章でヴィゴーツキーを簡単に紹介し,その記号を媒介とする行為についての理論を整理して,第3章と第4章でバフチンの言語理論を紹介し,ヴィゴーツキーの内言論との共通性,さらにバフチンの対話重視・意味の多重性(著者は多声性という)について論じます.この部分を眺めていると,早くバフチンの著作を読んでみたい,という誘惑に駆られます.そして,最後の2章でバフチン理論の応用と具体例からの考察を行います.1985年に著者が発表した著作でヴィゴーツキーについて充分に論じたので,こちらではバフチンの重要性を強調しているのでしょう.カーニバル論とかには踏み込んでいません.
 それほど長くはない著作なのですが,結構読むのがたいへんでした(それは私が部外者だからか).
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620. バフチン 新版 〈対話〉そして〈解放の笑い〉
桑野隆
岩波書店 2002.11
★★★
 著者は早稲田大学教育学部教授.バフチンの専門家.1987年に出た本の増補新版.
 ミハイル・バフチンの生涯と業績についてほぼ時系列に語りながら,「対話」(1920年代の諸著作,特にドストエフスキー論)と「笑い」(1930年代のラブレー論)を中心に論じ,最後に最近の「バフチン・ルネサンス」的状況についても簡単に触れます.バフチンについて何も知らない私は,超入門書としていけるかな,と思って先ずこの本を読んだのですが,違いました.この著作は一定のバフチン知識があってから読むべき内容です.それに,今や記憶の彼方になってしまった記号論(初版の時代にはきらめいていたのだ)とか,20世紀前半のロシア思想とかについての知識も必要.
 著者は,バフチンの思想を多くの同時代人や後の時代の類似した思想と比較しながら論じます.つまり,バフチンを他の思想家と対話させる形で読み解こうとしているわけです.でも,やっぱりカーニバル論とかは難解そうなので,私は今回はパス.途中で少しヴィゴツキーがでてきます.
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619. キケロ ヨーロッパの知的伝統
高田康成
岩波新書 1999.8
★★★
 キケロ自身とキケロを取り込んで血肉にしている西洋文化における「キケロ像」とを同時に解説する著作.随分読みやすいと思ったら,ずっと前に読んでいました(このサイトができる前).キケロに関して全く知らない,という人でも判りやすく書かれていると思います.
 ペトラルカによるキケロ「発見」,シェイクスピア,18世紀の演劇におけるキケロ像,19-20世紀初頭ドイツの古典学者たちによるキケロ解釈という縦糸に,キケロの生涯,思想がからまることで,西洋文化とキケロの関わりを立体的に構成しています.近代日本が見落としてきた西洋の教養を知る,という点では下の本と同趣向ですが,ローマのラテン語による文化という点では下よりも直接的な影響を与えたのがキケロでした.この著作が出た頃には『選集』の刊行が始まったばかりでしたが,今やキケロは文庫本で読むことができます.
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618. イソクラテスの修辞学校 西洋的教養の源泉
廣川洋一
講談社学術文庫 2005.7
★★★
 プラトン・アリストテレスの同時代の「修辞家」イソクラテス(ちなみに,ソクラテスとは血縁関係なし)の生涯と業績と影響を論じた著作.特に,単なる技術としてのレトリックではなく,人間的徳あるいはパイデイアーの教師としてのイソクラテス像をまとめ,恐らく日本が受け取り損ねた西洋思想の基本的素養について明らかにしています.イソクラテスは,ケネディのレトリック史では結構軽い扱いなのですが,この著作では「西洋的教養の源泉」という非常に重要な位置づけになっています.西洋人も実はあまり理解できていないのではないか,というよりは,特にイソクラテスという特定の名前を思い出すまでもなく,イソクラテス的なものが精神的骨肉となっているからでしょうか.
 西洋のレトリックについて学ぶと,いかにそれを自分が「学ん」でいないかがよくわかります.
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617. ライデン,アインシュタインの隠れ家
ダーク・ヴァン・デルフト (小林俊一 訳)
パリティ』2006年9月号,4-12
 Dirk van Delft, "Albert Einstein in Leiden", Physics Today, 59.4(2006).著者ディルク・ファン・デルフトはロテルダムのNRC Handelsblad誌の科学部長で,超伝導の発見で有名なヘイク・カーマリング=オネス(この人は苗字が2つある)の伝記Heike Kamerlingh Onnes. Een biografie (2005)を表した科学史研究者でもあり,2006年9月からはレイデンのブールハーフェ科学技術史博物館の館長に就任するとのこと.
 『パリティ』誌は今年は毎号アインシュタイン関係の論文を載せているので,関心のある人は見逃さないようにしましょう.
 紹介のみ.第一次世界大戦から1933年のアメリカ亡命まで,アインシュタインがレイデンでどのような活動をしたのか,レイデンの人々はどのように迎えたのか,についてまとめたもの.レイデン大学教授でアインシュタインの親友でもあったエーレンフェスト,その前任者でリタイアしていた「父とも仰ぐ」ヘンドリク・ローレンツ(この人は自分の後任をアインシュタインに託したかったが叶わなかった,ちなみに「ローレンツ変換」はこの人の名前に由来する),低温研究のカーマリング=オネスらが,アインシュタインをレイデンに迎え入れようとした経緯,交流などが書かれています.第一次大戦後,アインシュタインをレイデン大学客員教授に迎えようとしたのに,王室がなかなか許可を出さなかったのは,同姓の左翼革命家と間違われていたためだった(!)とか,意外な事実も明らかにされているようです.
 オランダ語の固有名詞の表記は間違いがありますが,元綴りが出ているので問題なし.
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616. 対話という思想 プラトンの方法序説
内山勝利
岩波書店 2004.9
★★★★
 プラトンを読み始めると必ず思う疑問は,なぜ対話体で書かれているのか,ということです.この著作は,その初心を忘れずにプラトンの対話と対話しながら「対話」というものがどのような意味を持っていたかを論じています.最近の私のマニアックな関心にぴったりだったので非常に興味深く読めました.本には出会う時があるのですね.
 私の関心はいわゆる「メノンのパラドクス」にあります.ソクラテスのエレンコスでしびれたメノンが提出したパラドクスで,私は最近それについていくらかの論文を読んでみて,かえってわからなくなってしまいました.メノンの気持ちがよくわかる.ただ,結局,人の言うことを丸飲み(=メノンの言う「教えることができる」)しちゃだめ,自分で納得しなきゃ(=ソクラテスの言う「教えることができる」),ということなのです.
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615. 江戸人物科学史 「もう一つの文明開化」を訪ねて
金子務
中公新書 2005.12
★★★
 下の続きのようなもの.こちらは36人ほどの江戸時代に活躍した人物のゆかりの地を訪ねて,簡単に業績を紹介した短文を集めたもの.下のように中途半端な紀行文ではなく,著者の言う「もう一つの文明開化」(明治以降の文明開化以前に,戦国末〜江戸時代初期の南蛮学期といわゆる蘭学・洋学の時期)を論じようとしている点で多少まとまっています.なので,下よりは入門者向けです.ただ,人物ばかり注目して全体の流れを把握しないと個々のエピソードばかりが目に留まってしまうので,そのへんは注意して読まなければなりません.判りにくい記述や誤記・誤植も散見されるので,興味がある人は巻末の参考文献まで辿ってみるべき.
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614. ジパング江戸科学史散歩
金子務
河出書房新社 2002.2
★★★
 46人ほどの戦国末から明治にかけての日本で活躍した(野口英世は除く)人物のゆかりの地を訪ねて,簡単に業績を紹介した短文を集めたもの.題名が判りにくいのですが,江戸に限定したものでも江戸時代に限定したものでもありません.それほど詳しくはないので,ざっと知るにはちょうどいいかもしれません.ただし,日本科学史についての常識がないと読むのはかなり困難です.一応,著者が実際に現地に行って見てくる旅行記のような形態になっているのですが,なにせ短いのでほとんど情報はありません.若干判りにくい部分もあります.
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613. 産業革命
三枝博音
福村書店 1955.1
★★★
 産業革命について技術史的に論じた手ごろな本がなかなか無い(経済史的なものはあるのに)ので,かなり昔のこの本を.読んでみたら,ジュニア向けの本のようでかなり易しく書いてあります.18世紀末の狭義の産業革命の話だけではなく,その前段階としての水車の話にかなりのスペースを割いているのが特徴的.
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612. 疎まれし者デカルト 十八世紀フランスにおけるデカルト神話の生成と展開
山口信夫
世界思想社 2004.10
★★★
 著者は岡山大学大学院教授.
 17世紀末から18世紀にかけてのフランスでの「デカルト」のイメージについて,いわゆるデカルト神話「フランスで疎まれ,オランダで迫害された哲学者」の生成と普及を軸に展開する論考.デカルト神話の典型としてのアントワーヌ=レオナール・トマのアカデミー懸賞演説「デカルト頌」(1765)から始まり,その内容と他との比較と背景を論じた後,この「デカルト神話」の起源であるアドリアン・バイエ(著者はバーイエと書く)の『デカルト伝』,ヴォルテールのデカルト評,デカルトとニュートンの「対比列伝」の数々,フェミニスト・デカルトという解釈の戯曲『貴婦人方のクラブ』,最後に革命時代にデカルトのパンテオン入りを防いだメルシエの意図と背景,というように時系列に論じていきます.私としては,バイエから初めて完全に時系列にした方が判りやすかったと思います.
 デカルトの一般的イメージの変遷という興味深いテーマをかなりマイナーな(と,シロウトの私が思っているだけかもしれませんが)人物の著作まで丹念に調べています.厳密な科学史という範疇には入らないのですが,フランス思想史という広い枠で見ると興味深い話だと思います.年表と索引付き.参考文献表があれば良かった.
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611. 十八世紀の文人科学者たち リンネ,ビュフォン,ヴィンケルマン,G.フォルスター,E.ダーウィン
ヴォルフ・レペニース (小川さくえ 訳)
法政大学出版局 1992.4
★★★
 Wolf Lepenies, Autoren und Wissenshcftler im 18. Jahrhundert: Linné - Buffon - Winckelmann - Georg Forster - Erasmus Darwin (1988)の訳.
 副題にある5人の「科学者」たち(ヴィンケルマンは科学者ではなく美術史家)の文学的な仕事とその評価についてのエッセイ集.実際には,この著作を読む前にいくらかの予備知識が必要なので,この本を読んだだけでは何を言っているのかさっぱりわからないところがかなりあります.なので,副題の5人の中に知らない人がいるなら,そこは飛ばして読んだ方がいいかも.ともかく,これから読み始めるというタイプの本ではありません.私は失敗しました.
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610. 十八世紀の自然科学
小堀憲 編
恒星社厚生閣 1957.3
★★★
 懐かし科学史シリーズ.
前川貞次郎「十八世紀自然科学の歴史的背景 とくにフランスにおける自然科学の知識の普及の通路」
野田又夫「十八世紀フランスにおける哲学 ダランベールとディドロ」
近藤洋逸「十八世紀の自然観の性格」
小堀憲「十八世紀の数学」
藪内清「十八世紀における天文学の発達」
藪内清「西洋天文学の日本への影響」
田村松平「十八世紀科学の歴史的研究「物理学」」
北村四郎「十八世紀におけるアジア植物の研究」
吉田光邦「十八世紀技術の概略」

 18世紀の西欧と日本の主に精密科学の歴史に関する論文集.日本のことも扱っている点で,単純に横のものを縦にしただけではない特色があります.華々しい科学革命の17世紀と科学の時代である19世紀の間にはさまれた18世紀でも重要なところは重要だぞ,ということで編まれたようです.その後の18世紀科学史研究の展開から見ると隔世の感があります.欲を言えば,生物学・医学関係の論文が欲しかった.内容については特になし(なにせ半世紀前の本だから).私にもこの著作の内容を批判できるほどの知識がないので.
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609. 啓蒙の都市周遊
エンゲルハルト・ヴァイグル (三島憲一・宮田敦子 訳)
岩波書店 1997.9
★★★
 もともと岩波の雑誌『思想』に日本語訳として連載されたものをまとめた本.後にドイツ語版も出版されています.
 18世紀フランスの啓蒙主義運動はパリが中心で,パリだけが中心でしたが,18世紀のドイツは四分五裂し,それぞれの地方が独自の啓蒙主義運動を行っていました.この著作は,大体時代順に都市毎の状況をそれぞれの代表的人物を中心に記述していきます.僕は知らないことばかりなので勉強になりました.フランスとの違い,というのが印象的です.それと,科学に関してはあまり関心を払っていないので,それは残念.
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608. おはようからおやすみまでの科学
佐倉統・古田ゆかり
ちくまプリマー新書 2006.6
★★★
 著者の佐倉統は東京大学大学院情報学環助教授,古田ゆかりはサイエンスライターでNPO法人市民科学研究室理事.両者ともリビング・サイエンス・ラボ(http://www.livingscience.jp/)というグループに属していて,この著作は,そこでの活動によって生まれました.「リビング・サイエンス・ラボ」は身近な生活の中から科学・技術について考えていこうという主旨で活動しているので,この著作においても,「生活者の視点」から見える話題を多く取り上げていて興味深い科学の入門書になっています.かなりおもしろいので,科学はちょっと苦手,という人は是非手に取ってみてください.
 プリマー新書というくらいなので,恐らく中高生以上が対象なのでしょう.ただ,中高生が「生活者」という視点を持てるかどうかは,少々疑問.個人的回顧では,むしろ非日常の世界を見せてくれる科学に関心を抱きました.でも,この歳なので生活者として楽しめます.これに板倉先生くらいの歴史的素養があるといいのですが……
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607. 十八世紀フランス思想 ヴォルテール,ディドロ,ルソー
ダニエル・モルネ (市川慎一・遠藤真人 訳)
大修館書店 1990.3
★★★
 Daniel Mornet, La pensée française au XVIIIe siècle (1926/1969)の訳.
 著者は例の『フランス革命の知的起源』を書いた20世紀初頭の歴史家.こちらは18世紀フランス思想の一般的な話を,日本語副題にあるような有名人を中心にかなりマイナーな人物にまで言及をした著作.思想はかなり広くおさえています.とりあえず,手近にあったので開いてみました.便利なようでいて,それほどでもない.私のように予備知識があまり無い人間が読むとちょっとたいへんです.
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606. 「学ぶ」ということの意味
佐伯胖
岩波書店 1995.4
★★★★★
 おもしろい.
 月日は流れ,自分が教える立場にまわることになって初めて,「学ぶ」ことについて考えるようになりました.私は「教える」という名目で,実は自分が学んでいます.こんなことでもなければ興味を抱かなかったようなことについて(本当は頼まれてもいないのに)教えることで学んでいます.私は「わかる」ということはunderstandingだと思っていました.けれど,この著者はappreciationだ,と言います.その通りだ.わかっているからこそ,感謝することができるのだ,ということです.私はどれほどのことを後者の意味でわかろうとしてきたのでしょうか.その気持ちをどれほど伝えることができているのでしょうか.
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605. 認知心理学を語る3 おもしろ思考のラボラトリー
森敏昭 編著・21世紀の認知心理学を創る会 著
北大路書房 2001.9
★★★
 3冊シリーズの第3冊目.認知心理学の中の,特に推論・判断・メタ認知などの高次機能に関する研究についての判りやすい読み物.入門には便利かもしれません.それぞれの章に別の著者がいて,それぞれが自らの独自な研究成果をもとに語っています.私にとっても参考になる部分がありました.出版してから5年経ってようやく読んだのは私の不明のなせる業でしょう.
 全部ではないのですが,いくらかの部分で,認知心理学といえども,もはや個人の中身だけを扱っていても問題が解決できない,という状況を認知しつつあるようです.私のように,外側の人間から見ると,「人間が社会的な存在だ」というのは当り前のような気がするのですが.ヴィゴーツキーの言を借りれば,問題を単位ではなく要素に還元して考察することの間違いがあるのです.
 参考文献は挙がっているのですが,どちらかというとここから読むべき,というようなサジェスチョンが付いていた方がもっと便利でした.
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604. 人が学ぶということ 認知学習論からの視点
今井むつみ・野島久雄
北樹出版 2003.4
★★★★
 今井は,慶應大学環境情報学助教授(執筆当時),専門は認知科学で,言語獲得などを研究しているようです.野島は,NTTマイクロシステムインテグレーション研究所研究員(当時),現在は成城大学社会イノベーション学部心理社会学科教授,専門は認知科学.
 認知科学から広い意味での学習を扱う著作.この場合の学習とは,赤ちゃんの知識獲得から,エキスパートの学習(能と将棋のプロとの対談もある),大人の研究者の研究法,ITとの関わりまで,広い範囲をおさえています.「認知学習論」という魅力的な副題が示すように,私にとっては興味深い話題ばかりです.もともとが大学の講義から出発したものなので,見通しよく教科書の様に書かれているので読みやすくなっています.こういうことについて基礎的な知識を得たい方は,手に取ってみましょう.
 ただ,参考文献表がついていない(註ではAuthor Dateだけ).頁数の関係とやらで専用サイトhttp://www.coglearning.com/にデータと文献表があります.ただ,いつまであるかは判らないので,必要な方はなるべく早くアクセスするべきでしょう.そこがちょいと不便.
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603. ギリシアの幾何学
斎藤憲
現代思想 2006年7月号 特集=幾何学の思考』(青土社 2006.7), 68-91
 古代ギリシャ幾何学の代表的人物,ユークリッド,アルキメデス,アポロニオスの業績を,歴史的文脈において,特に哲学的思弁を抜きにした数学内部の問題として捉え,平明に解説した論文.数学,特に幾何学があまり得意でない私でも読んで理解できるし,おもしろさも感じることができます.興味はあるが,とっつきにくいと思っている方はこの辺から入ってみるべき.この著者の著作はどれもお勧めです.
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602. 猫はなぜ絞首台に登ったか
東ゆみこ (ひがし・ゆみこ)
光文社新書 2004.6
★★★
 著者は神話学・記号論などの専門家(ウェブサイトありhttp://mythology.tea-nifty.com/higashiyumiko/).『クソマルの神話学』は読んでない.
 題名は猫なのに,ホガースの犬イジメの絵から話が始まります.猫じゃないのか,と読み進めると,そのほぼ同時代に,ダーントンが『猫の大虐殺』で取り上げた猫の大虐殺事件が起こっていた,という繋がり.18世紀の都市生活や欧州のカーニヴァルの意味について論じ,構造主義的な分析を紹介します.ここまではよくあるパターンですが,この後,何故「絞首刑」なのか,何故「猫」なのか,という点をつっこんでいき,北欧神話に残る逆さ吊りの意味と,穀物神としての猫というイメージを取り出します.この辺がおもしろいところです.
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601. 誰も読まなかったコペルニクス 科学革命をもたらした本をめぐる書誌学的冒険
オーウェン・ギンガリッチ (柴田裕之 訳)
早川書房 2005.9
★★★★★
 Owen Gingerich, The book nobody read: Chasing the revolutions of Nicolaus Copernicus (2004)の訳.
 いや,おもしろい.1970年代初頭から,コペルニクスの『天球の回転について』(De revolutionibus = On the revolutions)の初版と第二版を追い続け,2002年に書誌An Annotated Census of Copernicus' De Revolutionibus: (Nuremberg, 1543 and Basel, 1566) (Brill, 2002)を出版しました.この著作は,2002年の書誌の裏話的なエピソードを軸に,コペルニクスと天文学の「革命」についての科学史記述も行うという非常に良くできた興味深いものになっています.
 ケストラーの『夢遊病者たち』(部分訳はある)は,『天球の回転について』を「誰も読まなかった」と述べていました(確たる証拠も無しに).それに疑問を持った著者が,現存する『天球の回転について』を調べ,それが読まれていたかどうかを,欄外の書き込みを調べることで明らかにしていきます.その過程で,1冊の本の歴史,書き込みを通して見える学問的影響関係などが明らかになっていきます.非常に細かい部分もあるのですが,著者の書き方のうまさもあって,それほど苦もなく読み通せます.著者の結論としては,ケストラーは「途方もなく間違っていた」(必要充分に読まれていた)ということになります.
 現代の科学史家と16世紀の学者たち,司書たちと古本屋たちが交錯し,この時代の研究者も図書館好きも古本マニア(←これら全てにあてはまる私)もニコニコできるお話.まあ,騙されたと思って読んでみてください.
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