バックナンバー篇
By Eio Honma

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300. 初期ストア派断片集 2 クリュシッポス
水落健治・山口義久 訳
京都大学学術出版会 2002.2
★★★★
 下の続き.下でアルニムの訳と書きましたが,アルニム以降の研究とテクスト・クリティークも踏まえて訳してある点で,世界に誇れる初期ストア文献の近代語訳であると言えましょう.第2巻はストア派第3代のクリュシッポスの伝記と,アルニムの編集に従って主要なストア派の見解を全てこのクリュシッポスの部分に入れているので,論理学(<ことばの学>)と自然学の一部のテクストが載せられています.
 ストア論理学というと命題論理,とすぐに思いつくのですが,実際はより深い所から始まっている,というのが読んで判ります.また,アリストテレスの論理学との関係を知りたかったのですが,実際にはかなり複雑な相互関係があるということです.この点では,本書に収録されている水落による解説「クリュシッポスと<ことばの学>」が入門として判りやすく書かれています.ただ,訳語の問題として「テクネー」を「学(技術)」とか訳しているのはどうか.学と技術は対立概念である,というのがギリシャ思想史の常識ですからね.それを一緒に並べては(排他的概念の併置だから何でもあり,ということになる?).だから弁論術(レトリック)は学である,というへんてこな翻訳が生まれてしまうのです.
 また,ストア論理学でおもしろいのは,<しるし>(セーメイオン,徴)の概念です.これは医学でも重要な概念となります(セーメイオティケーという医学の分野がある).この場合の<しるし>とは記号という意味ではありません.仮言命題(条件命題)の前件のことで,後件のことを指し示します.「もし煙があれば,火がある」という仮言命題の前件「煙がある」が<しるし>なわけです.
 最後の5分の1くらいが自然学について.ストア派の唯物主義が語られます.だって,存在するものは物体だというのですから.また各種混合についての議論もおもしろい.出典は主にアプロディシアスのアレクサンドロスの『混合について』ですけれど.妙に日本語をあてないで,クラースィスとかミークスィスとかカタカナ書きの方が区別がついて良いような気もします.
 翻訳第3巻では,自然学の残りが扱われます.

299. FOR BEGINNERS 13 ダーウィン
文:ジョナサン・ミラー,イラスト:ボリン・バンルーン (田中茂彦 訳)
現代書館 1982.10
★★★
 Jonathan Miller & Borin Van Loon, Darwin for beginners (1982)の訳.
 有名なFOR BEGINNERSシリーズの1冊.結構よく書かれていると思います.20年前の本なので,ちょっと古いところもあるようですが,初心者用としてはこれくらいで充分ではないでしょうか.以前読んだ別のシリーズのマンガもののように,これもイラストが妙におもしろい.日本でマンガにすると,どうしてもマンガで説明しようとしてしまいがちですが,説明は文章に任せて絵の方はナンセンスなのがいいですね.
 イラストの力が判るのは,最後に新総合説の節で,イラストがからんでいない部分です(ページの下に絵は入っているのですが).原文が良くないのか訳が良くないのか,全体的にかなり意味の取りにくい文章の著作なのに,さらに文章だけのこの部分はかなり読みにくくなってしまいました.
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298. ねじとねじ回し この千年で最高の発明をめぐる物語
ヴィトルト・リプチンスキ (春日井晶子 訳)
早川書房 2003.7
★★★
 Witold Rybczynski, One good turn: a natural history of the screwdriver and the screw (2000)の訳.
 著者はポーランド系イギリス人で,現在はアメリカのペンシルヴェニア大学の都市学教授.たまたま20世紀末に第2ミレニアムにおける偉大な発明について新聞にコラムを書くことを求められて,ねじ回しとねじについて調べ始めるところから始まります.前半はねじ回し(screwdriveあるいはturnscrew)の歴史を辿り,後半がねじの歴史ということで原題の通りの順番になっています.現在からだんだんと遡及して行き,また戻ってくる,行ったり来たりして歴史(というか著者の勉強の順番)を辿るのが本書の記述の特徴です.
 ねじの発見は基本的には古代ギリシャまで遡る(ヘロンに記録がありますが,著者はアルキメデスこそ真の「ねじの父」であるとしています)のに,ねじ回しが意外に古くなく,せいぜい18世紀くらいまでしか辿れないようです.ただ,実際にねじ回しを使っていたに違いないような形のねじは既に中世に見出されるというのですが,この辺は若干著者が言っていることはアヤシイ感じがします(たとえば,甲冑や火縄銃の装飾にねじが使われているとしても,それが作られた当時のままのものであるかどうかについて著者は検討していません).著者自身は技術史家ではないので,かなり重要な見落としがありそうな気がしてならないのですが,専門家の方の意見が聞きたいですね.ねじといえば機械学の伝統で重要な考察対象であり,たとえばガリレオの『機械学』が最終的にはねじの仕組みを説明しようとしたものだ,ということを私はかなり前に勉強しましたが,この著作には出てきません.
 訳は問題なし.ただ,アルキメデスの「ユーリカ!」はマズイ(←英語発音?).日本ではマンガの題名にすら使われるほどの常識語なのですから.

【後記】この著作は2010年5月にハヤカワ文庫として再刊されました。
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297. 初期ストア派断片集 1 ゼノン他
中川純男 訳
京都大学学術出版会 2000.12
★★★★
 ストア派,というと必ず参照されるのが20世紀初頭にアルニムによって編纂されたH. von Arnim, Stoicorum Veterum Fragmenta (3vols.; Stuttgart, I, 1905; II, 1903; III, 1903)という資料集.この著作は,そのアルニムの資料集の全訳という大事業の1冊目です.原書は3冊本ですが,翻訳では原書第2巻と第3巻をそれぞれ2冊に分けて,計5冊で完成する予定で,現在は第3巻まで(ということは原書第2巻まで)出版されています.原書第1巻は,ストア派の創設者キティオンのゼノンの生涯と思想,及びゼノンの直接の弟子たちについての断片が集められています.いわゆるストア派一般の思想は,アルニムの編集方針で,クリュシッポスを扱う原書第2巻と第3巻に割り振られていて,原書第2巻が論理学・自然学,原書第3巻が倫理学とその他のストア派,という構成になっています.
 この翻訳第1巻は,原書第1巻の訳.ということで主にゼノンの話が中心です.少しだけ思想のことがでています.ゼノン自身,哲学を3分して論理学・自然学・倫理学に分け,主に後2者,特に倫理学に関心の中心を置いていたようです.なので,ゼノンの弟子たちも倫理学への関心が中心となっていて,ゼノンの後継者としてストア派を率いたクレアンテスなどは論理学や自然学は役に立たないと言い切っています(クレアンテスはギリシャ史上恐らく最初の労働者哲学者).ストアの自然学は次の2巻のお楽しみということに.
 それでも,ストア派の物質主義的傾向(素材と神=ロゴスの二元論),ロゴスの種子性(あらゆる変化の可能性を含んでいる),物質変換の理論と或る種の宇宙の永劫回帰など,後の西洋思想の元ネタはここにあったのか,と思わせるものばかりで読んでいておもしろいです.
 資料集なので,手元に置いておいて損はなし.
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296. ネオプラトニカ 新プラトン主義の影響史
新プラトン主義協会編 水地宗明 監修
昭和堂 1998.3
ネオプラトニカII 新プラトン主義の原型と水脈
新プラトン主義協会編 水地宗明 監修
昭和堂 2000.10
 全部読んだわけではないので,評価無し.
 新プラトン主義協会の例会での発表を元とした論文を集めた著作.現在第2集まで公刊されています.
 とりあえず読むべきなのは第1集冒頭にある水地宗明の2つの論文「新プラトン主義とは何か」と「プロティノスの発出論」です.これらが新プラトン主義の入門となります.私の目下の関心としては,山口義久の「プロティノスにおけるストア的概念 ロゴス概念を軸として」が非常に興味深いものでした.プロティノスの言っていた種子的ロゴスという概念はストア派に由来しているのですが,同じプロティノスはストア派を批判しています.これが矛盾するのかどうかを論じています.また堀江聡「『カルデア神託』と神働術」もおもしろい.新プラトン主義と魔術との関係が論じられています.第2集では野間啓「ヘルメス主義,グノーシス主義,プラトン主義」が,これらのもつれた関係を整理していてくれるので便利でした.
 著者たちはさらに「新プラトン主義原典叢書」の刊行に取り組んでいるのだそうです(だから,まずプロティノスを復刊して欲しい).参考文献も豊富なので,この辺に興味のある人は,これらの著作から取り組むのが良し.
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295. 知識の灯台 古代アレクサンドリア博物館の物語
デレク・フラワー (柴田和雄 訳)
柏書房 2003.3
★★★
 Derek Adlie Flower, The shores of wisdom: the story of the ancient library of Alexandria (1999)の訳.
 プトレマイオス朝の初代プトレマイオスI世ソーテールによってエジプトの新都アレクサンドリアに建設された大図書館ムセイオンをユネスコの音頭で再建しようとしたプロジェクト(原書が出た時点では完成していないが,2002年に完成した)をきっかけに,大図書館の歴史を始まりから終わりまで辿るお話.通史的に,登場人物が次から次に出てきて,各人1ページほどのエピソードを積み重ねていきます.著者は「著作家・テレビ局キャスター」なのだそうですが,ともかく思想史・科学史にはしろうとであることは確か.ということで,二次文献のパッチワークなのですが,まあ,初心者が読むにはこれで充分かもしれません.
 訳者も原著者に輪をかけてしろうとで,固有名詞や用語についてのミスが多く見られます.訳の間違いか原著での間違いかが判断できない部分もありますがいずれにしても間違いです.この著作を最初に読んでここから勉強を始めるのなら問題はないのですが,この著作だけで止めてしまわないようにしましょう.
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294. プロティノス全集 第3巻
水地宗明・田之頭安彦 訳
中央公論社 1987.5
★★★
 の続き.この巻にはエネアスIVとVを収録.特にエネアスIVは魂論を扱っているので私には重要.その第1-2論文「魂の本質について」は,魂が全世界に1つなのに個々の物にも魂があるということの新プラトン的な問題を扱っていてたいしたことなし.大事なのは第3-5論文の「魂の諸問題について」です.これらの3つはもともと1つだったのをポルピュリオスが数あわせのために3つに分割したらしい(魂だから多にして一ということか)ので,1つとして読みます.ただ,これらの論文を読む前に,時間的に先行して書かれたが全集では後に置かれている3つの論文エネアスIV-7「魂の不死について」,IV-8「魂の肉体への降下について」,IV-9「すべての魂は一体をなしているのか」を先に読んだ方がいいです.そして,「魂の諸問題について」に取りかかると,いくつかおもしろい問題に出会えます.基本的にはこの宇宙が1つの生命体で1つの霊を持っていて,しかも,個々の物体にも霊が入りこんでいるので,諸惑星はもちろん,当然大地にも魂があるというのもおもしろい.また,我々が知覚する(たとえば見る)のは,視覚像が媒体を変容させて感覚器官に至る(これはアリストテレスの見解)とか,眼から発射された光線が物体に触れて,刺激を光線に沿って返してくる(プラトン)とかではなく,この世界の万物は全て1つの魂として繋がっているので,知覚は共感である,というのがプロティノスの見解になります.この考え方を持つ限り,占星術や魔術も否定されるのではなく,合理的に説明される対象となります.
 エネアスVは一者関係の論文集で,プロティノス思想の根幹なのですが,私はあまり関心がありません.ただV-1「三つの原理的なものについて」はプロティノス入門として読めるとのこと.この中で,一者→ヌース→魂→ピュスィス→素材という流出の図式が説明されています.特にピュスィス(自然)が素材に投げかけて物体にする種子的形相(あるいは種子的ロゴスあるいは形成原理あるいは種的形相……)の話が出てくるのもこの論文.V-2「第一者の後のものたちの生成と序列について」も短いですが魂以下の世界の話を扱っています.
 ちなみに,『プロティノス全集』の第4巻はエネアスVIを収録していて,プロティノスの存在論を扱っています.私は全く興味がないので読みません.『全集』の別巻は詳細な索引です.
 全体を通して気になることは,訳語のばらつきです.ヌースも「知性」だったり「英知」だったり,種子的形相も種的形相だったり,統一がありません.再版,あるいは文庫化の際には用語の統一という問題をクリアしなければなりません.ともかく,復刊して,お願い!
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293. プロティノス全集 第2巻
水地宗明・田之頭安彦 訳
中央公論社 1987.2
★★★
 の続き.この巻には,エネアスIIの第4-9論文,エネアスIIIが収録されています.
 私にとってのポイントはエネアスIIの諸論文.特に第4論文「素材について」と第7論文「通全融合について」などがおもしろい.前者では,素材(=質料)には何の性質もない,延長すらないので大きさもない,とプロティノスは論じます.素材はこの意味で非存在になるわけです(何でもないのだから,何か=存在ではないことになる).ということは,素材は限りなく(今日考えるような意味での)空間に近いことになるのか.確かに,プロティノスは素材をプラトンが『ティマイオス』で述べていた「場(コーラー)」と同一視しています(プラトンの「場」についてはこちらの本を参照).後者の「通全融合」というのはどういうわけか標題にしか使われていない訳語で(じゃあ何故標題に使う?),本文中では全体的融合(ディ・ホローン・クラースィス)と訳されるストア派の用語.世界魂が微細な物質として全世界に行き渡っているというストア派の自然学の基礎となる概念です.この概念は,物質の混合についての考察の契機を含んでいます.ストア派は混合の様式として,並列(2種類の穀物を混ぜ合わせる場合,原子論者の混合はこれだけ)・化合(混ぜ合わせて変化を惹き起こす場合)・融合(混ぜて両方の性質がそれぞれ全体に行き渡る場合)の3つを考えます.プロティノスは融合についてのストア派の説明を否定するのですが,私にはストア派の理論の方がおもしろそうに思えます.このクラースィスがラテン語でtemperamentumになって,生理学の重要な概念になるわけですから.また,比較的長い第9論文「グノーシス派に対して」は,またグノーシス派を勉強する際にでも読み返しましょう.
 エネアスIIIでも第1論文「運命について」と第6論文「非物体的なものの非受動性について」がおもしろい.前者は,原子論・ストア派・占星術の運命論を批判する論文.逆に原子論やストア派の理論が判って良い.後者は非物体的なものとして魂と素材を取り上げていて,特に後半の素材論がエネアスIIの第4論文と繋げて読むと判りやすくなります.第7論文「永遠と時間について」も有名な論文なのですが,私の関心からは外れます.
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292. ゾロアスターの神秘思想
岡田明憲
講談社現代新書 1988.2
★★★
 ゾロアスターものの続き.かなり慎重な下の著作に比べると,かなり楽天的にゾロアスターの年代や地域を断定している所(第1部)が若干迂闊に思えてしまいます.この点は,実は,ゾロアスターの他への影響を考える際に効いてくるので,この著者は断定したかったのでしょう.ゾロアスター教の思想をいくらか論じている部分(第2部)が下の著作よりは良いのですが,あまり整理されていない印象を受けました.ゾロアスター教の他の宗教思想への影響について論じる部分(第3部)がおもしろい.西ではユダヤ教・キリスト教・イスラム教,東では仏教(特に大乗仏教と密教)への影響(ゾロアスター教が日本文化にも影響したという人物もいる)が語られているのですが,ここも若干断定的に過ぎるような気がします.一般向けの啓蒙書という性質上からなのでしょうか.現在の神秘主義との絡みにも少々触れられています.
 私としては,と併せて読んだ方がいいと思います.
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291. プロティノス全集 第1巻
水地宗明・田之頭安彦 訳
中央公論社 1986.11
★★★
 プロティノス全集というのは,プロティノス(c.205-270)の弟子ポルピュリオス(234-305以前)が編纂した著作集にポルピュリオスによるプロティノス伝(301年)を加えたもの.プロティノスの論文は54あったので,論文9本を1組(エネアス)にして6組にまとめ,エネアスの複数形でエネアデスと呼ばれることになりました.配列は主題別で,著作の年代順ではありません(プロティノス伝でポルピュリオスは著作の大体の順番を記している).これを全4巻+別巻(索引)で翻訳したのがこの著作.現在新刊は品切れ中で,古本屋では恐ろしく高い値段が付いているもの.文庫化しましょうよ.お願い! 特に第1巻には,水地による「プロティノス入門」とポルピュリオスの「プロティノス伝」が入っています.
 プロティノス(プローティーノス)の何をとっかかりにすればいいのか,と考えて,とりあえず霊魂論と物質(素材=質料)論に注目して読んでみようと思いました.なので,面倒な「一者」だの「善」だのについてはさらっと通り過ぎてもかまいません.プロティノスの自然学関係の論文はエネアスIIにまとめられています.『全集第1巻』ではエネアスIとエネアスIIの最初の3つの論文を収録しています.エネアスII-1「天について」とII-3「星は(地上の出来事を)引き起こすかどうかについて」がとりあえず私の関心.前者は,天を構成する物質としてアリストテレスの第5元素を退け,火の元素である,と断定する論文として知られていますが,読んでみるとそれほど決定的に第5元素を否定してはいません.火で充分だから余計な元素を導入する必要はない,というような言い草です.後者は占星術批判ですが,占星術が決定論になることは徹底的に否定されても,一定の影響を物体=身体や下位の魂(栄養的部分)に及ぼしうることは認めています.おやおや.世界を1つの生物と考え,諸部分が感応するというのが理由のようです.
 複数の訳者が取り組んでいるために,訳語の不統一が気になります.水地の部分は下の『デ・アニマ注解』と一貫しているので,慣れていると言えば慣れているのですが……
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290. 宗祖ゾロアスター
前田耕作
ちくま学芸文庫 2003.7
★★★
 古代ペルシャから現在に至るまで存続する「ゾロアスター教」についての主に西欧での伝説を簡単に解説したもの.古代以来のゾロアスター伝説を辿り,18世紀のデュペロンによる翻訳の発表までを扱った第1章第2章,ゾロアスターの生涯を扱った第3章,ゾロアスターのイメージの変遷を追った第4章第5章という構成.基本的には,「ゾロアスター教」について解説するのではなく,ゾロアスターという東洋の賢人のイメージの歴史を論じている著作です.なので,ゾロアスター教について知りたい人は巻末参照文献をたどりましょう.ともかく,読み易く,超入門書として適しています.
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289. アリストテレス『デ・アニマ』注解
水地宗明 (みずち・むねあき)
晃洋書房 2002.3
★★★
 ちょっとアリストテレスの『霊魂論』を読み返そうとして,そういえばこういう注釈本があったことを思い出して取り出してみました.本文150ページ弱に対して,註釈が250ページほど.もともとは,著者自身の勉強のためのノートということだったようです.註釈は,ブレンターノの解釈に主に依拠するという姿勢で書かれています.それだけでなく,一通り古典的註釈も踏まえているので,私にとっては非常に役に立ちます.アリストテレスについては,他の著作にもこういった本が日本語であれば良いと思います(『自然学』希望).古典学者の人たちはこういう著作を,自らの独自性が出ないから,と執筆を避けるのかもしれませんが,非専門家と後学者のために是非お願いします.
 少々気になったのが,著者独自の訳語の選定で,通常の訳語とはかなり異なるものが多くあります.良い訳語もあるのですが,一般的な通用性を考えると,少なくとも索引の充実などで不便を解消するべきでした.
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288. 絵で読む 江戸の病と養生
酒井シヅ
講談社 2003.6
★★★
 江戸時代の医学と庶民の病と養生に関する画像をあつめたグラフィックな本.特に難しい部分もなく,かといって疎かな内容ではない一般向けの本なので気楽に読むことができますし,江戸の医学史について全く予備知識のない人にも入門的に読めると思います.
 近代医学以前の時代に,どのような医学があったのか,ということについてなかなか現代の我々は理解できないのですが,多く残っている絵を見るといくらかわかるような気がしてきます.このように残っている図版を利用しない手はないのです.この著作では,実際の医療だけではなく,病に関わる俗信や風刺についても多くを画像を載せていて,おもしろくなっています.下の本もそうですが,こういった下世話感が江戸なんですねえ.
 カラーページ多数なので充分に良いのですが,できればオールカラーにして欲しかった(そのために値段が少し上がっても).
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287. 叢書アレクサンドリア図書館4 ピュタゴラス伝
イアンブリコス (佐藤義尚 訳)
国土社 2000.1
★★★
 イアンブリコスはc.240-c.320年頃の人.ポリュピュリオスの弟子でしたが,後に師を乗り越え(ありがち)シリアで自らの学校を創って教えた人物.この著作自体いつ書かれたのかははっきりしませんが,少なめに見積もっても紀元前5世紀のピュタゴラスから8世紀のちに書かれた「伝記」ということになります.訳者も指摘しているように,この著作は実はピュタゴラスの「伝記」というよりは「ピュタゴラス的生き方」を描いたものです.また,同じく訳者が指摘しているのですが,この著作がキリスト教の福音書(つまりイエスの生き方を扱った著作)を意識して書かれた,ということです.この時代,キリスト教の出現によって,従来のヘレニズム思想が岐路に立たされ,ディオゲネス・ラエルティオスの『哲学者列伝』も同様の主旨で作られたのだといいます.ここを意識して読むと,この著作もまた味わいが深まります.
 本来なら当然★4つの著作ですが,訳者の中途半端な擬古文調と仏教用語の乱発がカンに障るので3つにしました.あと,数学史的に妥当なのかどうかは,専門家にまかせます.ただ,訳者は算術と代数をごっちゃにしているようです.
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286. ヘルメス文書
荒井献+柴田有 訳
朝日出版社 1980.12
★★★★
 こういうのが日本語で読めるというありがたさ.ヘルメス文書の中の特に哲学・宗教的な部分であるヘルメス選集を訳して詳しい註を加えたもの.これが西洋思想に大きな影響を与えたのか,とは思えないほど分量的にも多くないし,基本的には同じことを繰り返し語っています.ナグ・マハディ文書も日本語に訳された今,新たにより広いヘルメス文書全体を翻訳すべき時が来たのではないでしょうか.少なくとも,現在は手に入りにくいらしいこの本を何らかの形で復刊することを希望します.
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285. 大江戸視覚革命 十八世紀日本の西洋科学と民衆文化
タイモン・スクリーチ (田中優子・高山宏 訳)
作品社 1998.2
★★★★★
 Timon Screech, The western scientific gaze and popular imagery in later Edo Japan : the lens within the heart (1996)の訳.
 日本ではすっかりおなじみのタイモンの方のスクリーチの博士論文.ともかく,まずダマされたと思って手にとって任意のページを開いてみてください.600ページ弱の本ですが,読み出すと止まらないおもしろさです.
 江戸文化の中に入りこんだオクシデンタリズムとしての「蘭」の世界を視覚の変容として捉え,諸事例をパノラマのように配置した著作.別の国の文化について扱うなら,こういうやり方で,というお手本のような作品なので,私のような西洋を研究する日本人である「蘭学者」にはとても役に立ちます.些末が圧倒してくるので自分が今どこにいるのか判らなくなるという欠点はありますが.
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284. 床屋医師パレ
ジャンヌ・カルボニエ (藤川正信 訳)
福武文庫 1991.5
★★★★
 Jeanne Carbonnier, A barber-surgeon: A life of Ambroise Paré Founder of modern surgery (1965)の訳.
 小学生の頃,学級文庫(図書館と別に教室内に数冊の本が常備されていた=恐らく父兄からの寄付によるものか)というものがあり,その中にこの文庫本の元版である福音館書店のハードカヴァーがありました.その時の印象が強い.僕はその本があまりにも子供っぽい感じだったので,読むことはありませんでした(子供のものが嫌って時期があなたにもあったでしょう?).そして幾年月,小学生の子供がいても不思議でないくらいの歳になってようやく読むことになります.そして,子供の頃に読んでおけば良かった,と思いました.
 16世紀の代表的外科医であるアンブルワーズ・パレの生涯を小説にしたもの.同時代の医学史などを勉強して,あらためてこれを読むとなかなかおもしろい.そして,それほどおもしろすぎないようにしているところに好感が持てます(同時代の医学者であるヴェサリウスと会った,とかいう話を入れないあたり).若干判りにくい固有名表記(「ビゴ」というのはVigoというイタリアの外科医のこと)があったりしますが,内容とは関係なし.ただ「床屋医師」という言葉が全くの誤訳.「床屋外科」にすべきでした(内容を読むと判るのですが).ともかく,もともとが子供向けなので何も難しいところはありません.
 残念なのは,この本が今は手に入らないこと.医療倫理とかについての資料としても簡単に読めるこういう著作があると便利なのですがねえ.
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283. カメラ・オブスキュラの時代
中川邦昭
ちくま学芸文庫 2001.8
★★★
 カメラ・オブスクラ(写真鏡)という西洋の視覚装置が日本の視覚芸術にどのような影響を与えたのか,ということを追いかけた著作.1996年に出版された本の文庫化.著者自身が写真家なので,風景画が描かれた視点を探して撮影しに行ったりもしていますし,江戸時代に作られた写真鏡の事物を探索したりと,自らの足で稼いだ部分もあります.けれど,特に海外に関する部分では,二次文献,三次文献からの流用が多く信頼が置けないし,固有名詞の読みがめちゃくちゃなので第1章は読まない方がいいです(こちらがネタ元).また,著者が引用の記号として[]を使っているのが気になります.こういった誤用はちゃんと編集の人が直さなければならない部分です.さらに,範型が小さくなったために図と写真が小さくなり見難くなってしまったのが残念.そして,毎度言うようですが,カラーであるべき図版が全て白黒というのは全く良くない.2年前の本に文句を言うのは何ですが,図版を豊富に使うのならカラーでなければならない,そして,文庫のように小さな範型にするべきではないのです.
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282. フェルメール論 神話解体の試み
小林頼子
八坂書房 1998.8
★★★★
 フェルメールの伝記的事実から図像の解説まで,通説を批判的に再検討していく試み.フェルメールの全作品だけでなく,基本的な一次資料まで翻訳されて収められているので,今後フェルメールについて語るためには是非とも手元に置いておきたい1冊です.美術書なのでかなり大判ですが,専門的な些末に走ることなく,私のような美術史のシロウトでも(もし手首が折れるほど辛いことを気にしなければ)電車の中で読み進めることができるくらい平明に書かれています.だからといって,質が低いわけではありません.参考文献もたっぷり.
 260を越える参照図版が本文中にちりばめられているのですが,これが全てカラーなら言うことなかったのですが.
 この本にも書いてなかったように思うのですが,フェルメールに弟子はいたのでしょうか? フェルメールが寡作だというのは,当時通例だったような弟子との共同作業での制作を行わなかったからなのでしょうか? 絵画を受注作としてでなく,今日的な意味での個人の表現として描いたとしたらフェルメールのいくつかの謎は解けるように思えるのですが.

【後記】2008年に同じ出版社から増補版が出版されました。
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281. チューリップ・バブル 人間を狂わせた花の物語
マイク・ダッシュ (明石三世 訳)
文春文庫 2000.6
★★★★
 Mike Dash, Tulipomania (1999)の訳.
 チューリップが惹き起こす騒動を比較的読み易く描いた著作.トルコに始まり,トルコに終わりますが,主要な部分はいわゆるネーデルラントのチューリップ騒動(1634-1637)を扱っています.様々な資料を基に,数字のことだけではなく,個々のエピソードについてもふんだんに語られています.下で読んだような本との違いは,俗っぽさと図がきれいでないということですが,文庫本なのでしょうがないでしょう.細かい点で異なったりしますので,詳しく知りたい人は全てを通読することをお勧めします.それに,著者が参照した文献と註と索引が翻訳にはないので,原書を確認することも必要です.
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280. イヴの卵 卵子と精子の前成説
クララ・ピント-コレイア (佐藤恵子 訳)
白揚社 2003.4
★★★★
 Clara Pinto-Correia, The ovary of Eve: egg and sperm and preformation (1997)の訳.
 17世紀後半から18世紀のヨーロッパにおける発生の前成説(成体になる原型があらかじめ存在しているという考え)の歴史をいくつかの切り口で見せてくれる著作.著者はポルトガル人で,発生学の専門家ですが,アメリカでスティーヴン・ジェイ・グールドに学んで,彼の闊達な文章を受け継ぎ,科学史の著作を書きました.著者はまた,ポルトガルでは小説家,作詞家としても活躍しているのだそうです.そのせいか,非常におもしろい.私の専門から少し離れているので,研究のレヴルとしてはどれほどなのかは判断できませんが,とりあえず,こういう著作を日本語で最初に読んでから本格的な研究に入れるというのは幸せなことです.少なくとも,Hartsoekerについてこれほど詳しく書いてある著作を私は初めて見ました.
 著者も訳者も若干「科学史」というものの見方が狭すぎるようです.このページを訪れるほとんどの方はBHから来たと思いますが,そんな我々には「科学史ってこれくらいなもんだよ」ということは常識です.だから,科学史は楽しいのです.
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279. フィシオログス
オットー・ゼール (梶田昭 訳)
博品社 1994.6
★★★★
 Otto Seel (ed. & tr.), Der Physiologus: Tiere und ihre Symbolik (1967)の訳.
 まず文句.原題を見れば判るように,オットー・ゼールという人は編訳者(ギリシャ語の校訂版とそのドイツ語訳に詳細な註を付けた)であり著者ではないのですが,訳者が勝手に著者にしてしまいました.おかげでこの魅惑的な著作を見落としてしまいました.もし「オットー・ゼール編」となっていれば良かったのに.まったく困ったものです.また,著作中の魅力的なイラストの出典についての情報が全くないのも不満.全く不満の残る編集です(だからB本になるのですよ).
 でも発見できたので良し.この著作は推定紀元後2世紀のアレクサンドリアで,恐らく最初はギリシャ語で書かれたらしい動物説話.「フィシオログスphysiologus」というのはラテン語題名での通称.内容はフィシオログスという人物が語る,という形式で様々な動物(一部宝石を含む)の若干の生活誌とそのキリスト教的な解釈を短く述べたものです.つまり,キリスト教説話なのです.この著作は先行するギリシャ・ローマの動物誌の知識(なかには『ヘルメス文書』も含まれる)を流用して書かれ,中世ラテン世界に大きな影響を与え,その影響は『黄金伝説』に匹敵するとか.古典が復活するルネサンス以前には,動物の知識の重要な典拠だったのです.しかし,ルネサンス以降は全く忘れ去られました.医学・生物系の中世の文献を見る時には必要な知識を与えてくれます.
 私は,錬金術の話で時々出てくるペリカンの逸話(ペリカンは自分の胸をつついて血を流し,その血を子供に与える)の起源がどこにあるか知りたかったのですが,実はこの著作がその起源であることが判りました.
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278. チューリップ ヨーロッパを狂わせた花の歴史
アンナ・パヴォード (白幡節子 訳)
大修館書店 2001.4
★★★
 Anna Pavord, The Tulip (1999)の前半部分の訳.原著の後半部分はヨーロッパで現在手に入るチューリップについての説明なので,割愛されたそうです.
 オランダに局限されず,イギリスやフランスの状況や,18世紀以降の話も入っているので下の著作よりも広いパースペクティヴを得られます.初期のチューリップ文献についても或る程度詳しいのでよし.ただ,固有名詞の読みは(特にオランダ語は)かなり問題があるのですが,どこにも元綴りがないので確認しようがありません(訳者は「ご教示」を願っているのですが).「ヴァエルモンドとガエルゴード」が下の「ワールモントとハールフート」と同じである,ということは,両者を続けて読まなければ気がつかなかったかもしれません.ということで,この著作と下の著作は合わせて読むことをお勧めします.
 図版は一部カラー.チューリップの色の話をしているところで写真が白黒なのが非常に残念.
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277. チューリップ・ブック イスラームからオランダへ,人々を魅了した花の文化史
國重正昭 他
八坂書房 2002.2
★★★
 季節はずれでなんですが,チューリップについての様々な文献を集めたアンソロジー.
國重正昭「チューリップ品種の歴史」:栽培の専門家による品種の解説.
ウィルフリッド・ブラント「チューリップ狂時代」:植物図譜の専門家による論文.1950年のもので古い.
ヤマンラール水野美奈子「イスラーム世界のチューリップ」:題名の通り.植物学的というより文化史的な考察.
小林頼子「天上の甘露を享ける花 17世紀オランダに咲いたチューリップの肖像」:美術史の専門家らしく,図像に現れたチューリップについて詳しく論じていておもしろい.
「ワールモントとハールフートの対話 フローラの興隆と衰退をめぐって」:17世紀に書かれたチューリップ狂への風刺文献の翻訳.資料的価値だけでなく,単純におもしろい話.
 特に後半3つの文献が読む価値あり.
 それに,カラー図版が多数あります.これくらい綺麗な本なら買う気になるというものです.見習うべし.
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276. 図説 科学で読むイスラム文化
ハワード・R. ターナー (久保儀明 訳)
青土社 2001.1
★★★
 Howard R. Turner, Science in Medieval Islam: An illustrated introduction (1997)の訳.
 元々はアメリカ各地で行われた巡回展覧会用の資料としてまとめられたもの.なので,図版が多いわけです.副題の通り入門書であって,アラビア科学史についての一通りの見通しが与えられます.この点では非常に便利.ただ,恐らく著者自身が専門の科学史家ではないために,現在の研究レヴルから見るとそぐわない感じの部分が見られるようです.
 「図説」ということなのですが,肝心の図がモノクロで小さく(原書はもう少し大きいらしい),効果が半減しています.最近思うのですが,こういった「図説」ものの出版物は全てカラーにすべきです(もともとがモノクロなものはしょうがありませんが).それで値段が高くなるといっても問題ではありません.高くてもきれいなら買ってみようと思う人がいるし,研究用に買う人は値段によらず購入しなければならないからです.白黒を使ってセコく本の値段を切り下げてみっともないものを作る悪習を続けていると,出版はますます衰退しますよ.どうせ売れないのですから開き直って良いものを作りましょう.
 この著作に関しては翻訳に少々問題があるようです.訳者が科学史の専門家ではないために,いくつかの用語について初歩的なミスがあるということです(私に解るのは,コペルニクスの『コメンタリオルス』は『天球回転論』ではない(p. 105)ことくらい).日本にはこの分野について少なからぬ専門家がいるのですから,質問する手間を省くべきではありませんでした.
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275. 情熱の女流「昆虫画家」 メーリアン 波瀾万丈の生涯
中野京子
講談社 2002.1
★★★
 科学史というよりは美術史の世界でよく知られているマリア・シビラ・メーリアンの小説風伝記.同じ人物を最近翻訳されたナタリー・デイヴィスの著作でも取り上げていました(この著者も参考にしています).植物画・昆虫画の画家として名声を得ていたにもかかわらず,50歳を過ぎてから南米スリナムに向かうヴァイタリティには驚嘆します.この著作は,メーリアンの生涯を辿ることを中心としていて,科学・美術についての専門的な議論はなく,一般向けに書かれているので易しく読むことができます.伝記的情報は,最近のドイツ語などの文献に依拠している(参考文献として挙がっています)ので,一応信頼できるでしょう.
 科学史や美術史的な背景知識無しに描かれているために,メーリアンの業績が「天才」として片付けられてしまっている印象を与えるのが残念.どのような業績も歴史の中に位置を与えられてこそ,正当な評価をすることができるのです.そういうことはもう少し学問的な著作で行われるべきだ,ということで,まだまだメーリアンについて研究すべき余地はあるのでしょう.
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274. ガレノス 霊魂の解剖学
二宮陸雄
平河出版社 1993.7
★★★★
 久しぶりに読み返してみましたが,この本は意外に読みやすいものだと思いました(読み返したからか?).日本語で読めるガレノスについての数少ない著作の1つです.ガレノスが中心ですが,歴史上の様々な事情でガレノスの著作にはガレノス以前のほとんど全てのギリシャ医学・解剖学の知識が流れ込んでいるために,事実上のギリシャ医学史ということになっています.原典の日本語訳を中心に書かれているので,かなり資料集としても役立つはずなのですが,引用箇所の明記がないのが残念なところ.医学史に関心がある人だけではなく,哲学史・科学史一般に関心のある人が是非読んでおきたい著作です.
 図の説明で「ライデン版」とあるのはほとんど誤りで,「リヨン版」が正しいです.LugduniとLudguni Batavorumとを間違えているわけです.
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273. アラビアの医術
前嶋信次
平凡社ライブラリー 1996.5
★★★★
 もとは1965年に中公新書で出版された著作.
 著者の圧倒的な教養に裏付けられた楽しく読みやすいお話.あまり予備知識を必要としない初心者向けの著作なのですが,充分にハマることができます.そのかわり医術の理論的側面についてはほとんど触れていません.ただ,それは新書という性質上,仕方ないことでしょう.それでも,参考文献を充分に挙げてあるので良心的です(かなり古いものばかりですが).
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272. アラビア文化の遺産 新装版
ジクリト・フンケ (高尾利数 訳)
みすず書房 1982.1/2003.4
★★★
 Sigrid Hunke, Allahs Sonne über dem Abendland: Unser arabisches Erbe (1960)の訳.
 西洋文化の華たる近代科学が,どれほどアラビアの遺産に依存しているか,という前半と,その優れたアラビアからの福音をヨーロッパに伝えることになった2つの窓口であるシチリアとスペインについて語る後半という構成.歴史的な厳密性というよりは,お話のおもしろさで読ませていく本です.むろん,主にドイツ語の参考文献に多く負っていて,不正確というわけではないようです.著者が専門家ではないこと,40年間にかなり進んだ研究の厚みなどを考慮すれば,細かな訂正をページ毎に行わなければならないのでしょう.それでも,アラビア文化について全く何も知らない,という初心者には目ウロコな話に満ちていて楽しく読めることでしょう.
 ただ,四六判二段組み370ページという分量がおいそれと薦められない点です.読み始めると苦にはならないのですがね.
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271. ギリシア思想とアラビア文化 初期アッバース朝の翻訳運動
ディミトリ・グタス (山本啓二 訳)
勁草書房 2002.12
★★★★★
 Dimitri Gutas, Greek thought, Arabic culture: The Graeco-Arabic translation movement in Baghdad and early 'Abbasid society (2nd-4th/ 8th-10th centuries) (1998)の訳.
 副題の通り,初期アッバース朝でギリシャ思想(主に科学)の翻訳が盛んになった理由とその効果について,かなりすっきりとした説明を与えてくれる痛快な著作.この時代に関心を持つ人だけでなく,思想史に関心のある全ての人が読んでおいて損がない著作です.
 この翻訳運動自体は,科学史の専門家にはおなじみのことなのですが,日本で普及している通説を覆すような指摘が数々あります.たとえば,シリア語への翻訳の重要度を比較的低く見ていること,反対にパフラヴィー語の翻訳が重要になること,「知恵の館」の伝説を廃したこと,そして翻訳運動における占星術の重要な役割の指摘などです.著者の態度は,通説を再検討する際に,現存する資料から言えることだけを言う実証主義に貫かれています.こういう態度は,他でも見ましたが,見習うべきものです.
 著者は占星術の重要性は強調して止まないのですが,錬金術に対しては比較的冷淡です.ラテン中世でのアラビア錬金術の影響の大きさを考えると,この部分をもう少しつっこむ必要がありそうです.
 横書き,脚註という版組も良し.
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270. フロイト先生のウソ
ロルフ・デーゲン (赤根洋子 訳)
文春文庫 2003.1
★★★★
 Rolf Degen, Lexikon der Psycho-Irrtümer (2000)の訳.
 訳者はそれほど区別を気にしていないようですが,心理学というよりは精神分析とそれにかかわる深層心理論などの俗説を快刀乱麻に切り倒し葬り去る痛快な著作.原題に「事典」とあるように,比較的短い項目毎に「俗説」が取り上げられ,1つ1つ否定されていきます.たとえば,メディアが人間に与える影響や,幼児期の環境が大人の人格に及ぼす「結果」,無意識の抑圧などなどが,どれもこれも根拠がない,実証されていない,ということでばっさり切り捨てられます.ポパー的な明晰性とでも言えましょうか.とにかくおもしろいので一読をお勧めします.「事典」ということなので,興味のある項目だけを拾って読んでも良し.参考文献(めずらしく)も載っています.
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269. パルコ美術新書 ヒエロニムス・ボッシュ
ハインリヒ・ゲルツ (安松みゆき 訳)
PARCO出版 1995.1
★★
 Heinrich Goertz, Hieronymus Bosch (1977)の訳.原書はドイツ語.
 新書版というサイズで,ヒエロニュムス・ボスの代表作を一通り解説しているという便利な版ですが,いかんせん原書が古いということと,図版が全くダメ(白黒で部分拡大ばかりで,しかもスキャンが失敗していてモアレがかかっている)なので,自分でお金を出して買いたいとは思いません.日本の出版界は,美術解説書(白黒図版の美術書!?)を中途半端に出版するという悪習をいつになったら止めることができるのでしょう? こういう本が欲しい人はきれいで詳しい本が欲しいのであって,きれいでもなければ半端に古いだけの解説では見向きもされないでしょう.売る気がないとしか思えません.
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268. 医学用語の起り
小川鼎三 (おがわ・ていぞう)
東京書籍 1990.10
★★★
 著者は,私などには医学史家,いえ医史学家なのですが,専門は鯨の解剖学で,「鯨の小川」と呼ばれていたのだそうです.
 季刊誌『クレアータ』に1966-1982年と16年に渡って連載されたエッセイを集めて1983年に同じ出版社から同じ題名で出版され,それを東書選書に入れたものがこの本.
 題名の通り,医学用語,特に日本語の解剖学用語の起こり(題名には「起り」とある)について記していきます.一見それほど肩肘張っていないエッセイなのですが,実際こういうことを調べてみるといかに大変かということが身に染みてわかるので,苦労の程は推測できます.おもな解剖学用語の作成には有名な『解体新書』の他に宇田川玄真の『医範提綱』が重要な貢献をしていることがしばしば指摘されています.また,戦中に解剖学の用語を作り直したあたりの話もおもしろい(戦後には世界で解剖学用語を統一する会議にも著者は参加している).特に専門家でなくても,関心があれば充分楽しめます.
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267. 古代哲学への招待 パルメニデスとソクラテスから始めよう
八木雄二
平凡社新書 2002.12
★★★
 同じ著者が書いた『中世哲学への招待』の姉妹編.
 副題通りパルメニデスから始めて新プラトン主義のプロクロスまでの西洋哲学史を1冊の新書にまとめたもの.力業です.もちろん,分量が分量だけに全ての読者が何らかの不満を感じると思いますが,「教育とは(情報を)捨てることである」という格言を思い出すべきでしょう.捨て去って骨子が見えやすくなった分,ストーリィで勝負しているわけです.もともとが中世の専門家の著者なので,古代哲学が中世以降にどのように繋がるのかについてはかなり見通しよく書かれています.
 そのストーリィの重要なポイントに数学と哲学との関係があります.その割には,著者はあまり数学史的な事実について関心を払っていません.ピュタゴラス派が果たして高度な数学を形成したのかどうかについてはかなり疑問が持たれているわけですし,アリストテレスの方法論とエウクレイデスの『原論』の関係などはもう少し込みいった事情がありそうなのですが.その他,いくらか細かい間違いもあるようですが,指摘は専門家に任せたいと思います(はっきり私にも指摘できるのは,235ページのアウグスティヌスの父親の宗教についての記述で,恐らくうっかりミスだと思われます).
 例によってこの本にも参考図書が挙げられていません.もっと勉強したい人の意欲を殺ぐことにもなりかねないので,(岩を動かしたいのならば)更に何を読めばいいのかを示すべきであり,そうすることが先学者の責任です.
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266. ヘウレーカ
岩明均 (いわあき・ひとし)
白泉社 2002.12
★★★
 ひさしぶりにマンガ.
 著者はあの『寄生獣』で名を成した人物.これは単行本1冊のお話で,2001-2002年に『ヤングアニマル増刊Arasi』に連載されていたもの.
 何故こんなマンガを読んだかというと,このお話は,題名からうすうす判るように,アルキメデスを重要な登場人物とする作品だからです.第二次ポエニ戦争の時に,アルキメデスがスュラクーサイ(作中では慣例に倣ってシラクサ)の町をローマ軍の攻撃から軍事機械を使って守ったという伝説を元にしています.お話としては,スパルタ出身のダミッポスという優男(やさおとこ)が巻き込まれ型の主人公であり,アルキメデスはすでにボケた老人として描かれています.ストーリィに関して述べることはありません.よく知られたアルキメデス螺旋(揚水機)や反射鏡で船を焼いた話などが出てきます.様々な機械が出てくるのですが,詳しい仕組みについては著者も(そして,読者も)煩瑣と思ったためか詳しくは描かれていません.超越したテクノロジーが神秘に見える(これはアーサー・C.クラークのセリフ)ということをも意識しているのでしょう.
 お話の中で,アルキメデスの様々な軍事機械が敵軍を虐殺するシーンが出てきます.それによる勝利を手放しで喜ぶ人々と権力者がいる一方で,アルキメデス自身は殺人機械を作った技術者の責任を感じていて,主人公は技術の価値中立性(使う人の責任だ)といくらか弁護的に主張しています.ここらへんは読者の反応を知りたい所ですね.
 画はお世辞にも上手とは言えないので,数々の残虐シーンも残酷感がありません.同じ著者の別の作品と比べると淡泊という評価もありますが,他を読んでいない私には判断しかねます.ちなみに,ヘウレーカの話は出てきません.
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265. 魂と世界 プラトンの反二元論的世界像
瀬口昌久 (せぐち・まさひさ)
京都大学学術出版会 2002.12
★★★
 著者は名古屋工業大学の助教授.著者の博士論文を中心として,その後の研究も併せた著作.
 内容は副題に表れている通りで,「心身二元論」の祖とみなされているプラトンが,実は単純な二元論を越えた立場に立っていた,ということを主な主張としています.この問題設定自体が私には馴染みがなく,関心もないので,この著作で著者が自らの主張をうまく訴えることができているかどうかについて,私には判断しかねます.ただ,明確にはっきりと論証しきってはいない,ということは判ります.困難を全て「場」の概念に押しつけているわりに,「場」についてはプラトン自身も著者もはっきり説明しきれていないからです.
 私の関心は,著者もこの著作の中心と考えている第II部「魂・イデア・場」の部分にありました.原子論者(ルクレティウス)の霊魂論を論じる章があり,この部分の他の章も私にとってはかなりインフォーマティヴで役立ちました.
 どちらかというとプラトン訓詁学に近い著作.プラトン研究者向けの本で,それ以外の人には大変かもしれません.
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264. 科学論における視覚表象論の役割 視覚知・視覚化の学説研究
額賀淑郎(ぬかが・よしお)
年報 科学・技術・社会』,2002, 11: 91-115
 論文.紹介なので評価はなし.橋本先生の紹介.
 科学論における「視覚」を巡る議論についてのエッセイレヴュー.よくまとめられていて,後学の参考になります.文献も非常に豊富に載っています.
 最近は,「視覚」の役割について注目が集まり,熱い眼差しが向けられ,多くの人がその成果を視野に入れて自らの研究を目論んでいます.私も最近関心を持ち始めたのですが,どこからとりついて良いやら,と橋本先生に相談したら紹介されたのがこれでした.橋本先生自身が視覚をテーマにした諸研究を発表しています.同様に関心のある人は,このエッセイを取り寄せて読んでみることをお勧めします.
 私の関心から言うと,17世紀での視覚像とモデルの関連がテーマなので,「科学論」という現代のことを扱うものとは手法もアプローチも異ならざるをえないので,ここで挙げられている諸研究は間接的に役には立つのでしょうが,やっぱり自分で手法は編み出さなければならないのでした.一番苦手なところだなあ.
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263. The UnDutchables: An observation of the Netherlands, its culture and its inhabitants, 4th edition
Colin White & Laurie Boucke
White Boucke Publishing 2001
★★★★
 このサイトのオランダについての本のページでも紹介していた本の第4版で最新版.この間初めてこの本が出ていたことを知りました.
 オランダについて,外国人の目から見たちょっと斜に構えた(だから堅苦しくない)文化論.今回の版では,EUとユーロ導入以後の状況(でも,ギルダー札の話は出てくる)が詳しく出ています.前の版が手元にないので正確に比べることができませんが,内容はかなり変えてあると思われます.なので,前の版を読んでおもしろいと思った人でも,この版を改めて読んでみましょう.
 ともかくおもしろい本.索引も入れて300ページ以上ある本ですが,英語もそれほど難しくないし,すぐに読める,とは言いませんが,比較的楽に読める本だと思います.オランダに関心がある人は必読.オランダの輸出物,という項目で「日本語におけるオランダのイメージ」についてちょっと記述があります(聞いたことのない言葉も入っていますが).英語におけるDutch〜は付録に表になっています.
 出版は恐らく9.11以前だと思われます.それでも,ネーデルラントの伝統であった「寛容」が徐々に失われつつあることがこの著作には書いてあります.特にイスラム系の移民に対して.今はどうなのでしょうか?
 この本についてのサイトはこちら
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262. 低地諸国(オランダ・ベルギー)の言語事情 ゲルマンとラテンの間で
河崎靖+クレインス・フレデリック
大学書林 2002.10
★★★
 内容は,河崎が書く主に古いオランダ語についての話(文法など含む)と,クレインスのベルギーの言語境界線を巡る歴史記述という2本立て.かなり専門的です.特に,後半のベルギーの言語事情についての部分は,恐らく日本語で初めての或る程度詳しい紹介だと思います.
 この辺の事情について知りたいと思う人にはおもしろいと思います.ただ,私にはあまりおもしろくありませんでした.
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261. Alchemical imagery in Bosch's Garden of Delights
Laurinda S. Dixon
Ann Arbor: UMI Research Press 1981
★★★
 著者の博士論文の改訂版.225ページの著作で本文は80ページほど,およそ100ページが図,という構成です.もとが博士論文なので,主な主張はConclusionのおよそ10ページにまとめられています.急ぐ人はそこだけ読みましょう.
 著者の主張は,ヒエロニムス・ボスの〈快楽の園〉という三幅画にちりばめられた奇妙な細部を錬金術の象徴として読み,左パネル(エデン)→中央パネル(楽園)→右パネル(地獄)→外(左右のパネルを閉じた時の外側,天地創造=大洪水)という順番に,錬金術的な作業過程が表現されている,というもの.いくらかの部分,特に中央パネルにおける様々な化学器具のようなものを説明するのには成功していると思います.
 ボスの絵に錬金術や神秘主義の影を見るのは前々からある見方です.フレーガーの薔薇十字あるいはアダム派という解釈は今日では全く否定されますが,ボスと錬金術の関わりを主張した先行者にコンブがいます.著者は,コンブよりも筋の通った錬金術的解釈を施している点にオリジナリティがあるわけです.
 細かい所,特に左パネルの部分ではこじつけっぽい他,すっきりといかない部分が多く,全ての細部が説明されているわけでもありません.そして,最大の難点は,何故この絵が錬金術的でなければならないのか,という問題です.ボスと錬金術との関係について著者は,(1)一般的に画家は画材(絵の具など)を得るために薬剤師(錬金術の実践者だ)と関係を持っていた,(2)ボスの奥さんの一族に薬剤師がいた,(3)錬金術は当時の知識人の娯楽かつ教養であった,というような理由を挙げますが,どれも何故この絵が錬金術的なの,という疑問の決定的な解答にはなっていません.また,ボスの他の絵画との比較検討がない部分も説得力に欠けます.さらに,著者は多くの錬金術手稿を用いて説明するのですが,肝心の同時代のネーデルラントでの錬金術文献については全く調べていないのも良くない.
 あと,図版が全部白黒なので,図が判明でないというのも難点ですね.まあ,あえて冒険的なテーマを選んでいるのですから,くさすばかりでなく,おもしろがって読めばいいのです.
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260. 画集ヒエロニムス・ボス その時代と作品
ローズマリー・シューダー (神原正明 監訳)
クインテッセンス 1993.7
★★★
 Rosemarie Schuder, Hieronymus Bosch. Das Zeitalter - Das Werk (1991)の訳.
 原書の書誌情報や訳者の解説が全くない(上の情報は私が調べた)ためにどういう人が書いているのか分からないし,「舞台上の対話形式で書かれた」ものを詳しくした,という事情がまた分からない.内容はボスの画集で,ほとんど全てが網羅されています.かなり高い値段(1万2千円くらいする)なのですがかなりの部分がモノクロというのがよろしくない.
 主旨は,ボスの時代のネーデルラントの政治・宗教の状況を簡単に述べて,ボスの絵に「プロテスト」の形象を読みとろうとする試みです.それもまた1つの解釈なので,これがおもしろいと思える人にはおもしろいでしょう.私にはおもしろくありませんでした.
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259. 生化学をつくった人々
丸山工作
裳華房 2001.5
★★★
 19世紀後半から20世紀前半までの細胞内代謝を中心とした生化学の学説史.私自身の専門とする時代から外れるので,この辺の分野と時代の研究がどれほどのレヴルにあるのか判りませんが,これくらいの形態の本でこれくらいの内容をおさえることができるのなら,まあまあ満足行くものだと思います.特にATPの発見に関連する部分では,著者自身が調べた結果が反映されていて,それまでの通説とは異なった見解が示されています.
 仕事のために読んだのですが,意外によいものでした.
 表紙のイラストはパストゥールです.
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258. ボス 光と闇の中世
W.S.ギブソン (佐渡谷重信 訳)
美術公論社 1989.10
★★★
 Walter S. Gibson, Hieronymus Bosch (1973)の1988年の新版からの全訳.著者はネーデルラント美術史家.
 非常にオーソドックスな解説書.ボスの生涯(ほとんど判らないのですが),作品の大体の順番と図像の解釈,そして同時代の文脈などについて簡単に一通り教えてくれます.ということで,最初に読む入門書としては適していたのでした.これを先に読むんだったな.ただ,著作としてはあまりおもしろくありません.特に参考図書もないので,まあ,ボスについての本当の最初の入口なのです.下の著作より良いのは,大判でカラーの絵が入っているということだけでした.
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257. ヒエロニムス・ボスの図像学 阿呆と楽園に見る中世
神原正明
人文書院 1997.6
★★★★
 著者は倉敷芸術科学大学の教授.
 以前同じ著者の本を読みました.この著作はより学術的なもの.ヒエロニムス・ボスの代表的な4つの絵「阿呆船」「聖アントニウスの誘惑」「快楽の園」「放蕩息子(この本の表紙の絵)」について,その図像的表現の歴史から文化史に踏み込んで広い文脈の中にボスを置こうとする試みです.その試みが成功しているかどうかは別として,かなりおもしろい読み物になっています.「快楽の園」については別の著作でより詳しく論じられているので,この著作では代表的な部分をいくつかしか触れていません.
「学術的」と書きましたが,それほど肩肘張るものではなく,この時代の文化史に関心のある人ならば読んでおいて損はありません.私の立場からも読んで有益でした.美術史の研究成果を利用しない手はありません.
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256. 宗教改革の精神 ルターとエラスムスの思想対決
金子晴勇(かねこ・はるお)
講談社学術文庫 2001.12
★★★
 1977年に中公新書で出ていた本の文庫化.けれど,若干の手直しがされています.
 ルターとエラスムスを対比的に扱うことによって,ルターの思想を明らかにしようとした著作.特に著者が関心を寄せているのは「自由意志」の問題です.というか,ルターとエラスムスが直接論争したのがこの問題だからなのですが.著者の立場は基本的にルター寄りです(もちろん,題名が「宗教改革」なのでルターを中心に扱って当り前).ただ,キリスト教の信仰があるようなので,必要以上にルターが持ち上げられている嫌いがあります.
 この著作の特徴は,エラスムスの人間観を理想主義,ルターのそれを現実主義と区分していくところです.通常は,中庸を好み争いを避けようと調停するエラスムスが現実主義的で,自らの信念に基づいて突っ走るルターが理想主義的だと考えられそうなのですが,その図式をひっくり返しているわけです.その根拠は,人間本性を善と見るか,悪も含まれていると見るかという違いに由来します.人文主義者として人間の尊厳を尊重するエラスムスと,キリスト者として人間に原罪を認めるルター.自由意志についても,神中心の人文主義者であるエラスムスは一定の歯止めはあるものの人間に自由を与えるのに対し,神を恐れ人間の自由にタガを与えているルターの「自由」を著者は評価します.それは,近代がエラスムスのような自由に流れ神が無くなれば限りなく人間中心・自己中心の自由(昔の日本語の意味での自由,「手前勝手」)に陥っているからです.
 しかし,著者が触れていないルターの「自由」の危険が今日の世界を恐怖に陥れています.狂信です.自らよりも高いものを奉じることによる倫理というものは狂信に変わる危険性を常に持っているからです.これを指摘しない点で,この著作は信仰の枠内の語りなのです.もちろん,エラスムスはそんなに単純ではなかったでしょうし,著者の見解は別の著作でより充全に展開されているようですから,この著作だけから判断するのは早計でしょう.
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255. 増補版 図鑑の博物誌
荒俣宏
集英社文庫 1994.6
★★★
 この分野には特に強いアラマタさんによる図鑑の「図」についての四方山話集.文庫版375ページにカラー図版が入って781円(税抜き)というのは結構お得な値段です.随所に差し挟まれる図鑑の古本値段がいかに高いかという話を聞けば,この本の値段を高いとは思えないでしょう.さまざまな所に発表した文章を集めてあるので重複もありますが,あまり気になりません.一応博物学史というようにも書いてあるので,アカデミックではない限りで雑学的知識を得るために読むこともできます.ほとんど二次文献に依拠した文章と思われるのですが,元ネタを一切挙げていないのは,アラマタ以上に知ろうとする人にとっては不親切です.まあ,自分で探せってことですか.
 それにしてもこの本も編集がひどい.本文でしばしばカラー図版への指示があるのですが,その図版が一体どこに載っているのかが全く判らない仕組みになっています.図版自体が気まぐれに並んでいるのもひどいのですが,せめてそれらに番号を付け,本文中では番号を添えておくという最低限のことを行っておけば全く問題はないはずなのです.これほど簡単なことに手間を惜しんでいるというのは,或る種の悪意が存在しているからではないか,と疑わせるほどです.バブルの余韻がまだあった頃の本.これ以降の出版界の凋落の理由の1つがここにあります.
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254. 人と思想 エラスムス
斎藤美洲(さいとう・びしゅう)
清水書院 1981.2
★★★
 ここに来て出会う非常に普通の伝記.既出の伝記などを利用しながら日本の読者(しかも初学者)向けに書かれています.ということで,これを一番最初に読んでおけばよったのかもしれません.すっきりした年表もついています.
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253. エラスムスの勝利と悲劇
シュテファン・ツヴァイク (内垣啓一 訳)
ツヴァイク全集15 エラスムスの勝利と悲劇』(みすず書房 1975.1)所収
★★★
 Stefan Zweig, Triumph und Tragik des Erasmus von Rotterdam (1934)の訳.
 戦前から3つの翻訳があるという著作.題名の通りエラスムスの紆余曲折ある人生を劇的に描いた小説に近い評伝.著者はもちろん,「勝利」よりも「悲劇」に関心があり,その部分の書かれ方は圧巻です(著者の情念も含めて).なので,伝記的な事実を追いかけるものとして読むよりは,小説として読んだ方がいいと思います.
 エラスムスの生涯は不安と悲惨な時代に人々の関心を惹きます.ユダヤ系ドイツ人のツヴァイクはナチスが政権を取った次の年にこの著作を発表したのでした.この無力で卑怯な人文学者の人生が,大衆の狂気を前にした文筆家に何を与えたのでしょうか.
 この時代,ナチス批判の隠れ蓑としてルター批判が行われていたということにも注目.
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252. 人類の知的遺産23 エラスムス
二宮敬
講談社 1984.8
★★★
 このシリーズはだいたい3部に分かれていて,第1部が伝記,第2部が著作の抄訳,第3部がちょっとしたまとめとその後の影響,という構成になっています.けれど,この著作の場合は,伝記の部分が年表形式になっています.これが非常に込みいっていて判りにくいのですが,下と併せて読めばよく理解できるようになります.補い合う著作なのですね.この本も文庫化して欲しいなあ.
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251. エラスムス
ヨハン・ホイジンガ (宮崎信彦 訳)
ちくま学芸文庫 2001.3
★★★
 Johan Huizinga (tr. by F. Hopman), Erasmus of Rotterdam (1924)を基本にしてドイツ語版を参照にして訳出したもの.
 オランダの偉大な歴史家がオランダの偉人の伝記を書いたものですが,だからといって偉人伝でも英雄伝でもありません.エラスムスは生涯定住せずヨーロッパ世界を流浪したのですが,その辺の混み入った事情に,はっきりいってこの本を読むだけではついていけません.それでも,エラスムスの人となりが見えてくるような筆である,というのがやはりホイジンガの素晴らしいところでしょう.この本と,次に読む予定の本を合わせてみると,とてもよく理解できるようになります.
 今こそエラスムスの精神を思い出すべき時です.Dulce bellum inexpertis (戦争はそれを経験しない者には甘い).あらゆる戦乱を憎んだエラスムスは,学問が平和の中でなければなりたたないことを知っていました.多少毛色が違うだけの腐敗と狂気の間での人生.何にせよ,学ぶべきものが見出せるのが,エラスムスの人生です.
 しかし,訳がひどい.固有名詞の音訳はほぼでたらめ,というのはまあありうることとしても,しばしば原文の意味を取れていないまま訳したと思われる文章が見出されます.でも,この著作自体は全く悪くないのです.もしエラスムスについて知りたいのなら別の本を先に読んで,こちらに入ることをお勧めします.
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250. 絵・数・言葉・身ぶり 技術はいかに表現され,伝達されるか
橋本毅彦
思想』 2001年7月号, pp. 175-189

機械の図像とモデル その効用と歴史的系譜
橋本毅彦
UP』 2003年3月号, pp. 20-25
 著者は東京大学先端科学技術研究センター教授にして私の師匠の1人.今回は紹介なので評価無し.
 前者の『思想』のエッセイは,技術と図像表現を巡る最近の議論をまとめたもの.後者は,『UP』に2年ほど連載されてきた「学問の図像とかたち」というエッセイの終了を受けてのもの(ただし,現在は別の人によって同じ題名のエッセイは続いている).私は順番としては後者を読んでから,前者に遡りました.
 技術において「視覚的思考」が重要であるというユージン・ファーガソン(『技術者の心眼』平凡社,1995)の主張を出発点として,技術に関する著作における図像の役割,技術者が着想する際に単位的な図像イメージを組み合わせて表現したこと,製図を通して技術者が職人を手足として支配する過程,性質をグラフ化して視覚的に表現することで理解と伝達を容易にすること,技術習得過程でのイメージの役割,設計のエスノグラフィなど,様々でどれも興味深い話題が並んでいます.比較的簡単に書かれているので,関心のある方はお読みください.
 科学と図像の関係は,私の博論でも重要なポイントの1つになります.著者は機械の図像表現のことも取り上げていますが,私は機械論というものが図像的明晰性という特徴を持っていたと考えるからです(ただ,今現在はちょっと懐疑的ですが).デカルトの著作には,同時代の他の哲学書や自然学書には見られない,多くの図が載っています.しかし,ちょっと視線をずらして,錬金術的著作,たとえばフラッドを見れば,そこにも非常に多くの図像表現があります.こういった場合の図とデカルト派の図とはどう違うのか,というのが私の今の関心です.
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249. 西洋職人づくし
画ヨースト・アマン,詩ハンス・ザックス (小野忠重 解題)
岩崎美術社 1970.3
★★★
 Hans Sachs & Jost Amman, Eygentliche beschreibung aller stande (Frankfurt am Main, 1568)の訳.
 かなり以前17世紀フランスの職人づくし図像集を見ましたが,これは16世紀ドイツのもの.当時の職人図に詩が添えてあるのですが,その詩が時々揶揄したり皮肉ったりする他はかなりまじめな印象を受けます.キリスト教関係者,王侯貴族の次に医者が現れるというのが興味深い順番.ただ,医者(いわゆる内科医)の次が薬剤師で,結局この本には外科医が出てきません(歯医者が後の方で出てくる).これがちょっと不思議.道化師やバカまででてくるというのに.ちなみに薬剤師の次は占星術師(今でいう数学者のこと),代言人(弁護士),それ以降は印刷・出版に関わる職人が続きます.地位の高い方から低い方へと向かう順番なので,この位置にあるということに当時の印刷職人のプライドの高さが表れています.
 訳書について.範型が大きい割には図が小さいのが難点.見事な版画を見せたいのならもっと図を大きく採録すべきでした.この本の図は1990年に株式会社竹尾の90周年記念出版物として出版された『西洋職人づくし』(竹尾,1990.1)にも収録されています.
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248. マニエリスム都市 シュトラスブルクの天文時計
三宅理一
平凡社 1988.1
★★★
 著者は建築史の専門家で,現在は慶應大学の教授.
 ドイツとフランスの間にあるアルザスの中心都市シュトラスブルク(あるいはストラスブール)の16世紀を建築を軸として論じた著作.都市史という現在では珍しくはない手法も,15年前には新鮮だったはず.分野横断的に話が展開するので,この時代に関心がある人なら読んでおもしろいと思える部分が必ずあります.私自身は,副題の「天文時計」に惹かれて読んだのですが,意外に医学の話が多く出てくるので楽しめました.
 ただ,問題は,これだけの広い分野を1人の研究者だけで拾い上げることは不可能だと思われるので,いくらかの二次文献を参照しているはずなのですが,それについて全く言及がないことです.それは,つまり,この本に書いてあることが正しいのかどうか読者には確かめる手段がないということになります.一般向けなのでしょうがないのでしょうが,おかげでこの本を参照できないことになってしまいました.まあ,自分で調べろってことですよ.
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247. 科學とともに
緒方富雄
東京出版 1943.12/1945.11
★★★
 著者は,私にとっては,医学史の研究者ですが,このエッセイ集は科学者として書かれたものです.ちなみに著者は,蘭学で有名な適塾緒方洪庵(門下生に福沢諭吉がいた)の曾孫で,『緒方洪庵伝』という著作があります.
 私は,戦前の科学者のエッセイを時々古本市で見ると買っていますが,なかなか昭和20年の本には行き当たりません.その時代の困難を物語る事実だと思います.恐らくこの本が私の持っているほとんど唯一の昭和20年発行のものです.戦前に出版されたものを終戦直後といっていいくらいの時に再版している,ということで,微妙に内容を変えているということが「再版のことば」に書かれています(そんなふうに書かれると,ぜひ初版も見てみたい!).
 この本自体は著者の様々なところに書いた文章を集めて手を加え,さらに書き下ろしを加えたもの.科学史家としては第3部「先生をおもふ」で,日本医学史の先達入澤達吉(1865-1938)と富士川游(1865-1940)についての文章があるのが興味深い.この著作でおもしろい部分は第5部「ことばについて」で,科学と言葉を巡る論考を記しています.著者の主張は,科学者は衒学的に「美文」を書くのではなく判りやすく書かなければならない,そのために洋語の直輸入や不必要な専門用語を避けるべきである,というもの.この文脈で山本有三のフリガナ廃止論に賛同しています.フリガナを使うことによって,不必要に難しい字句が並び勝ちになり,判りやすい文章を編むことが妨げられる,というのが理由.そのためこの本にはフリガナがありません.現代は著者がフリガナ廃止を語る時代とは全く異なった状況下にあるため,私個人としては,フリガナはあった方が良いと考えています(フリガナについては別文献も).もう1つの著者の主張として,学術論文を外国語で書くのではなく日本語で書け,それはは(1)慣れない外国語を使うために不必要な時間をかけるべきでないから,(2)日本の学問のレヴルを上げるためには日本語で学問を行う必要があるから(もちろん(2)の方が重要),があります.時代的な背景もあり,日本の学問を西洋の「植民地」にしてはならない,という著者の気概でしょう.日本語で平明に書く努力を怠れば,必然的に読者が減少し,読書によって得られるべき将来の人材も減少する,という悪影響がある,と著者は言うのですが,現在の日本は全くその通りの結果になってしまいました.
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246. 日本ロボット創世記 1920〜1938
井上晴樹
NTT出版 1993.2
★★★★★
 著者は編集者にして「ロボット・ウォッチャー」.
 チャペックの『R.U.R.』から始まり,日本における最初のロボットブームであった昭和6年(この年にブームがあったなんて初耳でした)を中心に,演劇・小説・映画・広告・絵画から科学啓蒙雑誌に至るまで様々な日本文化の場面での「ロボット」についての言説・図像を網羅した力作.著者は,これだけの情報を集めるために当時の主要な新聞・雑誌と科学啓蒙雑誌の全てに目を通しているようです.必要な限りで海外の文献にも.それらの情報を単純に列挙するだけでなく,時代時代でのロボットのイメージの変遷も考察されています.この時代の「ロボット」なるものについて研究するためには必須の資料案内です.ともかくおもしろいので,ロボットに関心のある人は必読.
 ただ,同時代の科学技術との関連についての考察は弱いですね.まだまだ切り込んでいける余地があるということです.
 この本は今は手に入りにくいようですが,アトム誕生日を前にして,今こそ復刊(あるいは文庫化)すべきです.出版社の方々は努力してください.
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245. 「ロボットの科学論」のために その展望と可能性
伊藤憲二
哲学・科学史論叢』(東京大学教養学部 哲学・科学史部会)第5号(2003), pp. 37-61
 これは紹介なので評価はなし.著者は優れた若手科学史家にして私の畏友.
 2003年4月7日の鉄腕アトム誕生日を前にして,ロボットものに関心が集まる今,科学史家による本格的な考察が待たれています.著者はこのエッセイで,自らの将来の「ロボットの科学論」についての大まかな指針を示しています.著者の目指す「ロボットの科学論」とは,ロボットを科学技術の擬人化された象徴とみなし,ロボットについての言説に同時代の人間と科学技術との関係を見て取ろうという試みのことです.著者はその試みの一例として日本の戦前戦後のロボットものの代表作として海野十三の『人造人間エフ氏』(1939年)と手塚治虫の『鉄腕アトム』(『アトム大使』から『新・鉄腕アトム』まで入れると,1951-1981年)を考察の対象とします.著者によると,このエッセイは本格的な論文のための予備的考察とのことで,本格的な論文の執筆が待たれます.とりあえず,何が言われているのかを知りたい人はこのエッセイを手に入れて読んでみましょう.
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244. プラトンを読むために
トーマス・A. スレザーク (内山勝利・丸橋裕・角谷博 訳)
岩波書店 2002.5
★★★
 Thomas A. Szlezák, Platon Lesen (1993)の訳.
 著者はヴュルツブルク大学の古典文献学教授.原著は,元々イタリアでのプラトン全集の別巻として書かれたもの(もともとドイツ語で書いた文章をイタリア語訳して出版した)のドイツ語版からの翻訳です.
 題名を一見すると「プラトン入門」のように思えますが,実際はそうではありません.全集の別巻に含まれていたという経緯からも判るように,既にプラトンについては一般的な知識を持ち(できれば主要な著作は一通り読んでいて)その上でないと読んでも判らないようなものです.つまり,「プラトンを読んだけれどよく判んなかったなあ,と思って,でも,もう一度読んでみたいと思っている人がプラトンを再度読むために」あるいは「プラトン再入門」というのが妥当なところです.
 内容はプラトン思想の解説というよりは,プラトンがどのような意図で対話篇を書いたのか,そして,その書いた目的を考慮に入れるとプラトンの対話篇はどのように読むべきなのか,という視点からの解説になります.主にドイツ・テュービンゲン学派の影響下でのプラトン解釈に立脚し,「エソテリック」なプラトン像を比較的判りやすく(しかし,容易に,というわけではなく)描いてくれている著作です.ハヴロックの『プラトン序説』とはまた違った視点から語ること/書かれたことの対比を論じています.
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243. 幻燈の世紀 映画前夜の視覚文化史
岩本憲児
森話社 2002.2
★★★
 著者は早稲田大学文学部教授で映画史・映像論の専門家.
 学術誌などに発表された論文をまとめた著作.西洋編が西洋における幻燈の歴史をキルヒャーから20世紀まで二次文献を利用しながらまとめ(これが全体の4分の1),日本編で,江戸時代から大正時代までの日本での幻燈の歴史とその文化史上に持つ意義とを論じていきます.著者は主に日本の明治時代以降のことを独自の研究に基づいて書いています.
 以前カメラ・オブスクラについての本を読みました.幻燈もカメラ・オブスクラと関係浅からぬものがあります.幻燈とは,人工的な光を光源としてガラスに書かれた彩色画を光で透かした映像をレンズで拡大して壁やスクリーンに投影する器具のこと.特に,複数の絵を連続して動かしたりすることで,映し出される映像も動くように見せるという点で映画の先駆となる器具でした.これを作り上げたのが17-18世紀のオランダ人だったことにご注目.18世紀にはフランスでファンタズマゴリ(英語ではファンタズマゴリ)として人気を博し,同時代のロンドンでも楽しい見せ物として有名でした.そして,やはり18世紀頃から日本にもオランダ経由で幻燈の原理が知られ,ガラスの代わりに薄紙に書いた絵を投影する「写し絵」が流行します.明治維新に至り,西洋式の幻燈が輸入されるようになると,第2のブームがやってきて,やがて映画に取って代わられるまでは娯楽・教育手段として一定の役割を担っていた,ということが著者によって明らかになります.
 少々説明が足りないのが気になります.たとえば,幻燈というものを著者は子供の頃から親しんでいた(とあとがきに書いてある)ようですが,我々の年代では既に見たことがないものです(著者は1943年生まれ).最初に幻燈が何であり,その仕組みについて説明があった方が現在の大半の読者には親切だったと思います.
 題名にもあるように,視覚の文化史ということを意識して書かれた著作.註に参考すべき文献が挙がっているので,この辺のことに関心のある人は,この著作から読み始めるというのがいいと思います.出版社がマイナーだったために,図書館に入るまでこの本の存在を知りませんでした.この本を選んだ図書館に感謝しましょう.
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242. 日常礼讃 フェルメールの時代のオランダ風俗画
ツヴェタン・トドロフ (塚本昌則訳)
白水社 2002.12
★★★★
 Tzvetan Todorov, Éloge du quotidien: Essai sur la peinture hollandaise du XVIIe siècle (1993)の訳.
 下の本より前に出たのですが,時代的にはこちらの方が後なので,この順番で読みました.この時代の方が私の専門とする時代なので,かなり興味深く読ませてもらいました.オランダ風俗画を寓意的に解釈するべきか,写実芸術と解釈するべきかという二分法ではなく,両方の要素を持ちつつも,それらよりも日常の美を描いたものだ,と著者は主張します.しかも微妙な議論をしながらもイッちゃうことのない語りです.思うに,イタリアの美術について語るやり方と,フランドル・オランダ美術について語る語り方には,対象の違いに従って大きな違いがあるのでしょう.私は全くオランダ好みです.
 訳は,それほど問題はありません.参考文献も兼ねて訳者が一部に原書にはない註を入れています.ただ,どういうわけか,この時代のオランダ美術史では欠かせぬ(そして,トドロフも言及している)デ・ヨングの著作が挙げられていません.これは原書自体に含まれていなかったのかもしれません.そうだとしたら,奇妙な脱落です.それとも,敢えて無視したのでしょうか?
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241. 個の礼讃 ルネサンス期フランドルの肖像画
ツヴェタン・トドロフ (岡田温司・大塚直子訳)
白水社 2002.12
★★★
 Tzvetan Todorov, Éloge de l'individu. Essai sur la peinture flamande de la Renaissance (2000)の訳.
 ツヴェタン・トドロフって,象徴の理論とかの人だったよな,それが美術史? というのでちょっと気になった本.内容は,15世紀フランドル絵画の特徴を肖像画に現れる「個」というものの強調に見るというもの.パノフスキー(最近『初期ネーデルラント絵画』が翻訳されたが,それを主に)などの先行研究を受けながらも,絵画の中に個別性を持ち込んだフランドル絵画にはイコノロジーの手法で明らかになるものが副次的な役割しかない,と著者は主張します.この時代のイタリア絵画とフランドル絵画の特徴の違いを,理想主義でどこか永遠のイデアを求める(プラトニズムに似た)前者と,リアリズムと瞬間の個別性を強調する(アリストテレス的と言ったら言い過ぎ?)後者の違いだ,というまとめは,美術史では常識的な見方なのかもしれませんが,私には解りやすい区別だと思いました.美術史というとどこかイッちゃってるものが多い中で,この著作はきちんと説明をしてくれているし,何とか理解可能な部類に入ります.一般的なエッセイなので註はありませんが,参考文献が挙げられています.
 翻訳は時々とまどう部分がありますが,大丈夫です.ただ,例の中世の哲学者オッカムを「ギヨーム・ド・オッカム」と表記するのは,それほど特別の意志があってのことではないようなので,普通に「ウィリアム・オッカム」か「オッカムのウィリアム」とした方が判りよかったと思います.
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240. 暗殺者教国 イスラム異端派の歴史
岩村忍
ちくま学芸文庫 2001.7
★★★
 もともとは,1964年に出版された本の1981年の新版を文庫化したもの.著者は中世の東西交渉史の専門家.
 今日のイランにあったイスラムの「異端派」ニザム教が,その特殊な宗教的信念のために暗殺を政治手段として国家を作り上げた,その興亡の歴史(10-13世紀)と宗教理論について,恐らく最初に日本語で論じた著作.この時代のこの地域に関して詳しくない私にはほとんど知らない固有名詞ばかりなのですが,それなりに理解できるように書かれています.解説の鈴木規夫が言うように,参考図書が全く挙がっていないのは残念です(日本語に類書がないので仕方ないのですが).約40年前のこの著作以降,日本でもイスラム史についての研究に或る程度の厚みができたものと思います.今ならいくらか参考書を挙げられるのでしょう(それは専門家に訊いてください).
 また,解説者が指摘するように,200ページほどの著作が14章に分かたれているのですが,章毎に文体が違ったり,内容が重複したりと,おそらく独立して書かれた文章を集めたものだと思われます.これも解説者が指摘していることですが,特にニザム教の教説を解説する部分(第13章)は,他の部分とかなり異なり,何からの外国語の二次文献から翻訳っぽい感じになっていて,読みにくく判りにくいものになってしまっています.
 英語で暗殺者のことをassassinと言いますが,これは大麻を意味するアラビア語hashishから来た言葉で,ニザム教徒が,大麻で若者を誘惑し暗殺者にしたてたことに由来します.

 この本の出版の直後,アメリカのテロ事件が起こりました.どういうわけか,その後,日本でも中央アジアの民族問題の複雑さが知られるようになりました.その一端がこの著作に見出せます.
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239. 新編 おらんだ正月
森銑三(もり・せんぞう) 小出昌洋編
岩波文庫 2003.1
★★★★
 もともとは,1938年に出版された本に増補を加え,さらに1971年の『森銑三全集』第5巻に収録されたものを元に文庫化したもの.
 内容は江戸時代(1人だけ明治の人が出てくる)の科学者の列伝風エッセイ.読み始めたら,ついいっきに読み切ってしまいました.著者はもちろん科学史の専門家ではないのですが,達者な文章と,志の高さで非常に読み易くておもしろくなっています.江戸時代の科学史についての超入門書としていけると思います.大きさも値段も手頃なので安心してお勧めできます.
 ただ,少年向け,ということで全て英雄伝(あるいは初出年代で言えば修身教科書風)になってしまっています.少年を鼓舞するにはいいのでしょうが,史実を曲げている箇所もあったりするので,これで江戸時代の科学史のことが判ったと思わない方がいいです.これに興味を持ったら,史実を知るために,著者が挙げている参考文献や,さらに今日までの50年以上の蓄積のある蘭学・洋学史研究の著作に取り組んでください.
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238. 朝日選書656 科学史の事件簿
『科学朝日』編
朝日新聞社 2000.7
★★★
 今は亡き『科学朝日』誌に1992年1月から1993年12月まで連載されたものを1995年1月に単行本にして出版したものを朝日選書に入れて,参考文献などを増補したもの(くどい?).
 今から10年前の若手・中堅の科学史家たちによる主に西洋科学史についてのエッセイを集めた著作.単純に功績や学説史を論じるのではなく,科学史上の事件という切り口で興味深い読み物になっています.事件といっても,かならずしも科学に関係あるものということだけではなく,バナールの場合のように女性についての醜聞もあったりします.これを読んで西洋科学史が判るということはありませんが,とりあえず興味を持つことができれば,著者たちの意図は達成されたのでしょう.
 再び雑学ばやりの昨今,こういう本を手にしてみるのもおもしろいと思いますよ.(この項手抜き)
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237. 朝日選書570 スキャンダルの科学史
『科学朝日』編
朝日新聞社 1997.1
★★★
 今は亡き『科学朝日』誌に1987年1月から連載されたものを1989年10月に単行本にして出版したものを朝日選書に入れて,参考文献などを増補したもの(くどい?).再版とは最低でもこれくらいであるべき.
 今から15年前の若手・中堅の科学史家たちによる日本科学史についてのエッセイを集めた著作.単純に功績や学説史を論じるのではなく,日本科学史上のスキャンダルという切り口で興味深い読み物になっています.スキャンダルといっても,かならずしも科学に関係あるものということだけではなく,石原純の場合のように本当のスキャンダルもあったりします.これを読んで日本科学史が判るということはありませんが,とりあえず興味を持つことができれば,著者たちの意図は達成されたのでしょう.
 再び雑学ばやりの昨今,こういう本を手にしてみるのもおもしろいと思いますよ.
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236. 「現代社会の倫理を考える」6 科学の倫理学
内井惣七
丸善 2002.4
★★★
 なかなか正体をつかみづらい科学の倫理学なるものを,非常に明瞭簡潔に論じた著作.私見では,科学の倫理学というのは科学史の応用分野です.この著作も,歴史的事例を豊富に使用しながら倫理というもののあり方を論じていくので,私には非常に読みやすいものでした.あやしげな科学批判に対する反論も痛快です.
 チャート式のまとめもあって,大学の講義の教科書に使いやすいような形になっています.入門書としてどうぞ.
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235. 科学の大発見はなぜ生まれたか 8歳の子供との対話で綴る科学の営み
ヨセフ・アガシ (立花希一訳)
講談社ブルーバックス 2002.12
★★★
 Joseph Agassi, The continuing revolution: A history of physics from the Greeks to Einstien (1968)の訳.
 年代に誤記はありません.今から35年前の本の初訳です.訳者は今から23年前にこの本の翻訳を考えたのだそうです.訳者がポパー研究者で,著者もポパーシンパというのが翻訳の理由のようです.
 著者とその8歳の息子との対話という形式で,天文・物理学史を辿りながら物理学の考え方について簡単に説いていくもの.今から35年前の本に何を言ってもねえ.ともかく,数式とかの話が一切出てこないという点で初心者向けとしていける上に,ポパー流の科学哲学の一端も噛むことができます.ともかく,これを読んで科学史に興味を持ってもらえたら,という願いを込めて.
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234. インド哲学七つの難問
宮元啓一
講談社選書メチエ 2002.11
★★★
 著者は國學院大學教授でインド哲学の専門家.
 私のように西洋のことばかりやっていると,つい見落とし勝ちになるインド哲学について非常に見通しの良い整理を行っている著作.この著作を読むと,取っつきにくいように感じていたインド哲学が,実はなかなか魅力的で,もし暇だったらサンスクリットを勉強して原典に挑戦するか,という気になるほどです.いずれ,古い西洋医学史の辺りをやっているとインド医学についても触れざるをえない時がやってきそうなので,心構えくらいはしておいた方がいいのかもしれません.
 さて,この著作は,一応初心者向けに書いてあるのですが,何故か内輪の不満が随所に現れていて,部外者はちょっとしらけてしまいます.このサイトの大方の読者にとって科学史内部の問題がどうでもいいように,初心者で部外者の私にとって他の学会の内部事情で文句を言われてもしょうがないのです.
 ただ,問題となりうるのは,この文句の矛先が私の方に向かっているらしい,ということです.著者はこの著作の冒頭で,思想と哲学を厳密に区別します.思想とは考えられたこと全てであり,哲学は論理を用いて自己反省するメタレヴルの営みである.だから,著者にとって思想史とは,単に思想の博物誌であり,努力さえすればできる整理整頓に過ぎず,それを行う研究者の主体性の関与は皆無である.一方で,哲学史とは即ち哲学そのものなのであって,研究者の主体性がきわめて重要であり,これこそが自分の頭で考える知的な営為であり,他の非知性的な行為(地域研究や思想史)とは決定的に異なる,人間のやることなのである,と著者は主張するのです.そして,私は科学思想史を研究している,というのですから,火の粉はまさに私の頭上にかかってきているわけです.
 管見ながら,私は研究者の主体性が見えてこないような思想史の著作を読んだことがありません(あるいは,読んでもつまらないからすぐ忘れているためか).著者の思想史に対する非難は,恐らく,著者がしばしば弁護している実在論を思想史にも適用した結果であると思われます.即ち,思想というものが時間軸にそってばらまかれていて,研究者が触れようが触れまいが,或る順序を持って並んでいて,思想史をやる人というのはなるべく自らの主体性を殺して,そのものたちの配置図を自分のスケールに合わせた箱庭で再現するだけなのだ(主体性を持ち込めば再現が完全でなくなるから),という考え方です.つまり,思想史家の存在以前に(神でも何でも)既に定められた思想史が実在していて,思想史家はそれを発見していくにすぎないのだ,ということらしいのです.言い換えれば,思想とは本やマニュスクリプトや芸術作品であり,思想史家とは,それらを配置する禁欲的な博物館員か図書館員であるということでしょうか(私は個人的に元図書館員なのでそれでもいいのですが).
 この思想史の実在論については,いくつかのレヴルで批判が可能だと思います.この考え方を気に入らなかった人は自分なりの反論を考えてください.ただ,私としては,別に思想史の実在論を採ったとしても,思想史研究には研究者の主体的関与がある(というか,無しには考えられない)と思います.思想史の研究者は,自分の疑問から研究を出発させるからです.自分固有の疑問が導いて,歴史の中に或る文脈を発見させることになります.文脈は事実上無限であり,その中でどれを選び,文脈を選んだ上で強調をどこに置くかということによって,たとえば,デカルトを研究するにしても,大きく様相が異なります.スピノザを通してみるデカルトは,ライプニツを通してみるデカルトとは異なり,スアレスから見るデカルトとも異なります.研究者である私がどれかを選んで論じるのであって,そこに私が歴史と切り結ぶ(この言い方が好きかどうかは別として)重要なポイントがあるのです.私は日本人であり,日本の文化というものから出発して行きます.そんな私が西洋の(時としてインドの)思想と関わるなら,必然的に自己反省せざるをえなくなります.もし研究対象に違和感が無くなるほど没入してしまったとしたら,私は重大な間違いに陥っているのです.
 著者の議論の進め方については,いくつかの点で初心者向け的ではない戦略があったりします.インド哲学の独自性を強調するあまり,西洋哲学との不適切な比較を行ったり,比較すべきところで行わなかったりしているのは公平ではないでしょう.最後のイニシャルトークなども.
 ともかく,(どれほどとんでもないものであったとしても)思わぬ反論に対して,(著者の言う)非知性的な研究者に自己弁護しなければならないように強いるということでは刺激的な著作でした.
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233. ダーウィン革命の神話
ピーター・J. ボウラー (松永俊男訳)
朝日新聞社 1992.4
★★★
 Peter J. Bowler, The non-Darwinian revolution: Reinterpreting a historical myth (1988)の訳.著者はこの分野の専門家.下でも同じ著者の本を読みました.
 内容は,題名の通り,旧来のダーウィンと進化論を巡る歴史記述に対して,それまでの研究の成果を踏まえて,大胆な改変を迫るというもの.結果,ほとんどの旧説は退けられることになります.私のように旧説に馴染みがない人間にとっては,この破壊作業がどれほど大きなインパクトなのか計りしれませんが,歴史の複雑さというものを身にしみて判るようになります.これもダーウィン産業のおかげ,ということでしょうか.
 訳者あとがきにもあるように,この著作は,既にダーウィンや進化論についての一定の常識がある人に向けて書いてあります.その意味で初心者向けではありません.でも,それなりに良い本なので,文庫にしてください.
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232. ミトコンドリア・ミステリー 驚くべき細胞小器官の働き
林純一
講談社ブルーバックス 2002.11
★★★★
 著者は筑波大学の生物学教授でミトコンドリア研究の専門家.
 ひさしぶりにおもしろい科学解説書を読みました.この著作は,著者自身の研究史を振り返りながら,ミトコンドリアについての知識を与えると共に同時代の科学史ともなっています.知識の前提としても,せいぜい高校程度の生物の知識があれば充分です.
 たぶんまだ多くの人がミトコンドリアというとピーナツの殻みたいな形をしたもので,外側の膜と内側の幾重にも重なる(迷路みたいな)膜の二重構造だ,という絵柄を思い浮かべると思います.しかし,この著作を読むとそのようなイメージが一新されることになります.ミトコンドリアは,相互に合着して網目状の構造を成して核を取り巻いている(という絵が表紙に書いてある)というのです.著者は,このようなミトコンドリアのイメージに行き着くまでの経緯を自らの研究と論争の流れを辿りながら順番に説き明かしていきます.題名に「ミステリー」とあるように,謎解き的なおもしろさがあるのです.
 題名にある「ミステリー」とは,直接にはミトコンドリアにある「容疑」が課されているからです.第1は,ミトコンドリアと癌が関係あるのではないかという容疑です.これは,著者が最初埼玉県立がんセンターに研究者として就職した際に与えられたテーマでした.著者と共同研究者たちは,その研究に取り組む過程で様々な新技術を開発・習得して,結果的にはミトコンドリアと癌発生が関係ないことを証明してしまうのです.第2の容疑は,ミトコンドリア病と呼ばれる病気と,ミトコンドリア内のDNAの変異によると考えられる呼吸能力の衰退との関連です.ミトコンドリアは細胞内器官ですが,核以外に独自のDNAを持っています.葉緑体も同様に独自のDNAを持っています.このために,リン・マーギュリスは,ミトコンドリアや葉緑体はもともと別の生物で,進化の過程で核を持つ真核生物に入り込んだ,という細胞内共生説を打ち出しました.ともかく,著者たちは,この関連を証明するためにミトコンドリアDNAに欠損を持つ特別なマウスであるミトマウスを作り出し,実験を行って容疑を有罪確定に持ち込みました.第3の容疑は,ミトコンドリアDNAの変異の蓄積が老化に繋がるというものです.第2の容疑が有罪になったことで,ミトコンドリアDNAの変異が呼吸能力を弱めることが判り,細胞分裂の度にこの変異が蓄積することで徐々に細胞の活性が失われていく,というのが老化の原因であるという説が出ました.著者たちは,呼吸能力の劣った老人の細胞(ミトコンドリアを含む)にミトコンドリアDNAを欠損したHeLa細胞を融合すると呼吸能力が回復するという実験で,老化とミトコンドリアDNA劣化との関係を否定することになります.このようにしてミトコンドリアにかけられた容疑に次々と白黒をつけていく「ミステリー」仕立てになっているわけです.そして,著者たちは最後に1つの細胞内の複数のミトコンドリア間での物質の行来がある(これはミトコンドリアの膜間に連絡がある=繋がった網目状の構造になっていることを意味する)ことを見出します.そのために1つのミトコンドリアDNAに欠損が生じても他のミトコンドリアDNAが補うことによって全体の能力を下げないようになっている,というのです(ミトコンドリアDNAは1つの細胞内に数千のコピーが存在する).
 著者自身は,この著作で「科学における論理性」を重視しているようですが,私にとっては科学の歴史性というものが充分に判る興味深い本でした.
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231. ダーウィンと進化論
渡辺正雄 編著
共立出版 1984.10
★★★
 ダーウィンに関して日本で編まれた論文集.これ1冊で主な議論について基本的な知識を得ることができます.
 もう20年近く前の本なので,特にダーウィン自身について扱う最初の4章はもはや時代遅れになっています.それ以降の各章が扱っている社会ダーウィニズムや日本や東洋での進化論の受容,そして,アメリカのモンキー裁判についてのお話はまだ大丈夫だと思います.
 アメリカでの創造論者についてはグールドも随分気にして,そのことについてのエセイも書いていました.宗教との深刻な対立がない分,日本で進化論があっさり受け入れられてしまって,かえって内容の深い理解が普及しなかったことが問題である,という指摘もこの著作にはありました.確かに,いまだに進化論についてはかなりアヤシイ人々が一般向けの著作を書いています.相対論が間違いだ,というトンデモ本は,そのトンデモさが比較的容易に理解できる(数学だから)のですが,進化論についてのトンデモ性はなかなか判りにくいのです.トンデモ進化論批判については,下の松永さんの本がいくらか書いているので参照してみてください.
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230. 時間の矢・時間の環 地質学的時間をめぐる神話と隠喩
スティーヴン・ジェイ・グールド (渡辺政隆訳)
工作舎 1990.1
★★★★
 Stephen Jay Gould, Time's arrow, time's cycle: Myth and metaphor in the discovery of geological time (1987)の訳.
 ちょっと前までなら読まなかった種類の本を楽しんで読めるというのは良いことです.このタイトルがどれほど私にとって魅力的なことか.
 内容は,イギリスの地質学に様々な意味で名前を残しているトマス・バーネット(1635-1715),ジェイムズ・ハットン(1726-1797),チャールズ・ライエル(1797-1875)の代表作を分析しながら,地質学の教科書に載っている「神話」を崩していく,というもの.私としてはもともと「地質学史の常識」がなかったので,それほど偶像破壊の痛快さは感じませんでしたが,地味にして着実な科学史の仕事を見せてもらってほっとする心持ちです.グールドは分析の軸として「時間の矢」(歴史=不可逆の時間)と「時間の環」(循環=永劫の時間)という隠喩を用いています.それぞれの人物がこの2つの隠喩の間でどのようなバランスを取っていたのかをテクストの分析を通じて洗い出していくのです.そのおもしろいこと.
 そして,この著作全体,バーネットの『地球の神聖な理論』の扉絵について述べるところから始まり,各章で特徴的なイラストを掲げて論じ,最後にはアメリカのポップアートにバーネットの扉絵と同じ構造を見出す,というように循環しつつ進み,最後に意外な図版で閉めることになります.こういう達者なエッセイというものを書いてみたいですねえ.
 地質学史については不案内な私が読んでも何とか判るくらいのお話です.とりあえず科学史に関心のある人は読んでみるべし.
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229. 旅と病の三千年史 旅行医学から見た世界地図
濱田篤郎 (はまだ・あつお)
文春新書 2002.11
★★★
 著者は現役の医者にして旅行医学(トラヴェル・クリニック)について大学で教えている人物.
 私もオランダに行った時,病気になるのが一番不安でした.特に大学の医学部に所属していて頻繁に大学病院に出入りしていた(医学部の図書館が病院内にあった)ので,ヨーロッパでも最先端のバイオ研究基地でもあるブールハーフェ地区からの未知の病原体への感染(バイオハザード!)があったらどうしよう,などと冗談を言っていたものです.幸い,風邪をひくくらいですみましたが.
 飛行機の発達などで容易に外国旅行できるようになって,外国で日本にはない病気に罹ることが多くなりました.旅行医学とは,或る人の日頃生活している環境とは違う環境に移動した時に罹るかもしれない病気に対して予防をしたり治療をしたりすることを専門とする医学です.ということは,例えば日本人が外国に行く場合と,外国人が日本に来る場合の2通りを必要とします.著者は,アメリカ留学の際に現代的旅行医学の必要性を痛感して,日本でそれを根付かせるために活動しています.
 この著作では,古典的旅行医学と現代的旅行医学とが区別されています.著作の前半は,古代以来の旅人の病についての略述から古典的旅行医学である植民地医学(熱帯医学)や軍陣医学が取り上げられます.後半では,戦後,特に1960年代から西欧で展開した新しい現代的旅行医学(観光旅行者への医学)のことが書かれています.
 私自身の関心で言うと,16-17世紀の医学史研究は植民地医学を抜きしにして語れません.非常に狭い意味で生理学を研究しているとあまり感じないのですが,そこを一歩踏み出して,病理学などを見ると,(特にネーデルラントでは)熱帯地方の新しい病気が重要なテーマとなっているのです.考えてみると,日本語で読めるような西洋の植民地医学史の本は見当たりません.何かあってもいいのに.
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228. ダーウィンの時代 科学と宗教
松永俊男
名古屋大学出版会 1996.11
★★★★
 下の著作と同じ著者.
 この著作は題名の与える印象とは異なり,ダーウィンの話はほとんど出てきません.17世紀以来,ダーウィンの時代に至るまでのイギリスでの宗教と科学の関係を,自然神学の歴史として見ていきます.この関係については,これまでの普通の科学史の本では正面切って扱うことが少なかっただけに(英国史の専門家には常識だったのかもしれませんが),この本を読んで初めて詳しい事情を知ることができました.特に自然神学の内容については,非キリスト者にして科学史家という立場から公平にそして明快に描かれています.科学史という学問の扱う範囲の広さと複雑さと,それゆえのおもしろさを教えてくれる著作でした.
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227. 近代進化論の成り立ち ダーウィンから現代まで
松永俊男
創元社 1988.4
★★★★
 著者はダーウィンと進化論関係の科学史の専門家.
 雑誌に連載したものをまとめた,ということなのですが,書き直してあるおかげで,まとまった独立した論文を集めた本のように読めます.11の章で基本的にダーウィンと進化論について知りたいことがほぼ網羅されていて,しかも非常に読みやすい.下の本よりも簡便です.ダーウィン以降の進化論の流れについての言及があり,ちょっとした進化論自体の勉強にもなります.最後に日本のことも扱っているので,日本の読者にも便利.ただ,「ダーウィン産業」の進展のめざましさを考えれば,14年前の著作にはいくらか修正されるべきところがあるかもしれません.
 2000年に再版されたようですが,私はこの本が出た直後に購入したので上の年代になります.
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226. チャールズ・ダーウィン 生涯・学説・その影響
ピーター・J.ボウラー (横山輝雄 訳)
朝日選書 1997.2
★★★★
 Peter J. Bowler, Charles Darwin: the man and his influence (1990)の訳.
 著者は進化論思想史の専門家で,複数の翻訳があります.邦題の通り,ダーウィンの生涯・学説とその影響を叙述する著作.著者は,独自の見解を示すというのではなく,これまでの膨大な研究の蓄積を踏まえて概説してくれています.そのため,この辺の事情について少々詳しく知りたい人のための専門的な入門書(この言い方は正しい?)です.参考文献も豊富.とりあえず,日本語ではこの辺から読み始めるというのがいいでしょう.文章も意外に読みやすい.
 同じ著者の『進化思想の歴史』上下が同じ出版社から出ています.
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225. ダーウィン自伝
チャールズ・ダーウィン (八杉龍一・江上生子 訳)
ちくま学芸文庫 2000.6
★★★★
 The autobiography of Charles Darwin (1809-1882) with original omissions restored. Edited with appendix and notes by his grand-daughter Nora Barlow (1958)の訳.もとは筑摩書房から1972年に出版された.
 ダーウィンものの最も基本的な文献.自伝にありがちなように,自分の子供時代のことが中心です.自著についての話があるところが研究者にとっては重要ですが,普通に読む人には子供時代の話がおもしろいでしょう.この本は,自伝が半分で後は資料集となっています.特にサミュエル・バトラーとの論争について多くの資料が載っています.
 ともかく,こういう基本文献が文庫で手に入るのですから,まだ売っているうちに購入してください.
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224. 子供とカップルの美術史
森洋子
NHKBooks 2002.10
★★★
 著者は,言わずとしれた美術史家.ブリューゲルの絵画の研究で最も有名です.この著作は,同時代の育児論・教育論のテクストと西洋絵画に現れる子供の図像をあわせて分析することによって,西洋中世から18世紀までの子供観を明らかにした議論がだいたい全体の3分の2,残りは「不釣り合いのカップル」(年齢差のある男女の組み合わせ)についての文献・絵画を分析したもの.両者にあまり関連性がありません.分量的にも子供の話だけで充分1冊になりうるものでした.
 この手の範型のシリーズには珍しく,著者が紀要などに発表していた学術的な論文を集めた著作です.特に気にせず学術的な註が入っています.これが良し.一般向けだから註は入れるべきでないとか言うのは偏狭な思い込みですな.
 私は子供についての部分を読みたいと思って手に取りました.著者は,例の日曜歴史家アリエスへの批判として中世の文献・図像に子供が現れていることを示し,17世紀のネーデルラント絵画に観られる授乳の絵の家庭道徳論的な意味合い(ここが私の関心のあったところ),18世紀イギリスのホガーズやゴヤの絵画に現れる子供観を論じていきます.ということで,美術史の人はもちろん,これらの時代の家庭史・教育史・社会史に関心のある人も読んでおいて損はありません.参考文献も豊富に挙がっています.
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223. Nature illuminated: Flora and fauna from the court of the Emperor Rudolf II
Lee Hendrix & Thea Vignau-Wilberg
The J. Paul Getty Museum 1997
★★★★
 1561-1562年に神聖ローマ帝国皇帝フェルディナンドI世の宮廷で活躍したカリグラファーGeorg Bocskayの作品に,1590年代後半にフェルディナンドの孫ルドルフII世の宮廷で活躍した画家Joris Hoefnagelがイラストを添えた作品Mira calligraphiae monumentaがあり,それらとレターデザインの手稿が一緒に1冊にバインドされたものが,ロス・アンジェルスのJ. Paul Getty Museumに所蔵されています.この本は,そのうちから数十ページを選んでカラーで再録し,ちょっとした解説(英文)を加えたもの.全部で60ページほどで15ドルほどの小冊子です.
 下でHoefnagelの話がでてきたので,探して見つけた本.値段の割には意外に良かったということで評価が上.
 上述の作品Mira calligraphiae monumenta全体も復刻されています(ISBN 089236212X,$135).

 「カリグラフィ」って日本語では何て言うのでしょう?
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222. 思想学説全書 ベイコン
花田圭介
勁草書房 1982.5
★★★
 フランシス・ベイコンの生涯と学説について200ページ強の文章でまとめたもの.意外に良い.ベイコンの入門書としては充分です.ただ,ベイコンのテクストの内部の整序に終始してしまっていて,影響関係や同時代の文脈というものについて全く言及がありません.けれども,そういう言及がないと,かえって自分で調べてみたくなるので,或る程度知恵がついてからこの本を読むとベイコンへの関心が増大することになります.そういう効果も狙っているか?
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221. イギリス科学革命 王政復古期の科学と社会
マイケル・ハンター (大野誠 訳)
南窓社 1999.3
★★★★
 Michael Hunter, Science and society in Restoration England (1992)の訳.
 イングランドの王立協会(ロイヤル・ソサエティ)の成立から17世紀末までの歴史について論じた著作.従来の説を再検討して,結果実際の様相はより複雑であったことを示しています.この時代のイングランド科学史は,既に出版物を検討するだけという段階ではなく,未発表の手稿を調べて読むのが当り前という段階に入っています.それは,日本にいては一級の研究をすることがほぼ不可能であることを意味します.あらゆる日本の西洋研究者が落ち入るジレンマですね.
 ともかくこの著作は,超入門書ではなく,一定程度の科学史の常識を踏まえて読む必要があります.この時代の個別な問題について分け入る前にとりあえず読んでおくべき著作で,さらなる研究のための文献解題もたっぷり含まれています.訳者による用語解説も巻末にあって,非常に便利です.訳も問題なし.
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220. 綺想の帝国 ルドルフ二世をめぐる美術と科学
トマス・ダコスタ・カウフマン (佐藤栄一 訳)
工作舎 1995.3
★★★★
 Thomas DaCosta Kaufmann, The mastery of nature: aspects of art, science, and humanism in the Renaissance (1993)の訳.
 とにかくおもしろい.訳者の言うようになかなかすっきりと論が運ばないのですが,エキセントリックな美術史の文章よりははるかにマシです(下のマイオリーノの本なんかはあっさり切り捨てられています).へんてこな邦題のために判りにくくなってしまいましたが,前半のHoefnagel,後半のアルチンボルド,最後の「驚異の部屋」という多様な話題(全てルドルフ二世の宮廷と関係するのですが)を「自然の支配」というキィタームで論じていきます.詳しい話は,まずとりあえずこの本を読んでください.少なくとも損はしません.
 訳については,用語の訳の問題として,「新禁欲主義」というのは「新ストア主義」とすべきでした.また,少なくともラテン語の訳に適切でないものがあります.たとえば,モットーとして訳すのだったら「絵のような詩」「自然の女王」という訳語は不適当です(それぞれ「詩は絵のごとく」「自然は(女)教師である=自然は術(ars)の教師であるartis magistra natura」アムステルダムの動物園の名前Artisはこのモットーに由来する).
 それと,Hoefnagelはホフナーゲルという表記が既に定着しているのでしょうか? もしそうだとすると,おそらく日本でしか通用しない可能性があるのでご注意あれ(英語だとそう発音する可能性があるかもしれません).オランダ語だとフーフナーフルと言うでしょう(Hoefnagelはフランドルの出身).ドイツ語圏だとヘフナーゲルかも.教唆を乞う.
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219. ガリレオの斜塔
渡辺正雄 編著
共立出版 1987.7
★★★
 下のケプラーの本のような論文集.これ1冊でガリレオについての基本的な知識を得ることができます.ガリレオの入門書として良し.特に伊東俊太郎先生の2本は結構参考になりました(これを最初に読んだ学部生時代の話).伝記としてはドレイクの『ガリレオの生涯』(全3巻,共立出版)がまだ手に入るみたいです(原書はDoverで安い).
 かつてガリレオについては「産業」といわれるほど多くの本が出ていたのですが,今ではさっぱりになりました.去年『ガリレオの娘』が出たくらいですかね.ただ,日本におけるガリレオ文献の紹介はほとんど80年代以前で止まっていて,それ以降では田中一郎の『ガリレオ』(中公新書)くらいしかありません.新しいガリレオの伝記が訳されるという話もあったのですが,立ち消えです.ビアジョーリの『宮廷人ガリレオ』なんて訳されてもよかったのですがねぇ.
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218. コペルニクス その人と時代
ヤン・アダムチェフスキ (小町真之・坂元多 訳)
恒文社 1983.1
★★★
 Jan Adamczewski, Mikolaj Kopernik i jego epoka (1972)というポーランド語の本の英語訳からの重訳.だというのにポーランド語の題名しか挙がっていません.著者はポーランドのジャーナリストなのだそうです.
 コペルニクスは1472年の生まれで,生誕500年の記念に各国語で出版されたのが原書.この著作は,コペルニクスの(例の科学的業績についてはほとんど触れることなく)伝記的事実を記述したもの.コペルニクスという人物が当時の状況に深く関わっていたことがよく判る記述になっています.不必要なくらい図版が多いのが特徴の本で,入門としては適しているでしょう.ただ,コペルニクス最大の学的功績についてはほとんど教えてくれません.これを読んだら,次は『天球回転論』(みすず書房)を読みましょう,ということにして.
 まだポーランドが共産圏だった時の本なので,マルクスやエンゲルスの引用があったりするところに時代を感じます.
 コペルニクスの時代,ポーランドはルネサンスの最盛期だったのだそうですが,残念ながら私の知っている人名は全く出てきません.この時代の中欧・東欧についての基本的知識が私には全く欠けているのです.まったく,どちらを向いても知らないことばかりですよ.
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217. 交響するイコン フラッドの神聖宇宙誌
ジョスリン・ゴドウィン (吉村正和 訳)
平凡社 1987.7
★★★
 Joscelyn Godwin, Robert Fludd: Hermetic philosopher and surveyor of two worlds (1979)の訳.
 17世紀前半の西欧で異彩を放つロバート・フラッドの思想を,その著作の図によって解説する,という趣向の本.ということで,テクストによる解説は40ページばかりで終了し,後の200ページ以上は100を越える図版とその解説に当てられています.巻末にはフラッドの著作目録と,原著が出るまでのフラッド関係文献のリストが載っていて案外便利です(もちろん,20年以上前のものなのですが).
 とにかく,フラッドは門外漢には複雑怪奇すぎます.おもしろいことに,フラッド本人もそのことを自覚していたらしく,自らの本を図で満たし,その図によって読者の理解を図るという意図を持っていたということです.ただし,この発想はおそらく記憶術の伝統からきているもので,デカルト主義者にみられるようなモデル的な図の使用とは基本的に異なっているように思われます.このような図の使い方と理解の問題には私自身大きな関心があるので,フラッドにはいつか取り組んでみたいと思っています.
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216. エデンの園 楽園の再現と植物園
J. プレスト (加藤暁子 訳)
八坂書房 1999.7
★★★
 John Prest, The garden of Eden: the botanic garden and the re-creation of paradise (1982)の訳.
 キリスト教にとって重要な「エデンの園」から楽園のイメージについての変遷史と楽園探しの歴史について簡単に述べてから,それらの歴史と密接に関連して発生した植物園・庭園の歴史について簡単に記した著作.主に英語の文献を扱いイングランドのことが中心.植物園というものを科学史的な観点ではなく,単なる庭園史という技術的な枠に囚われず,キリスト教との絡みで見つめるというのが本書の特色.そういう著作の割には難しくはありません.美術史・宗教史に関心のある人も読んでおいて損はありません.訳は問題なし.ただ,固有名詞の音訳で「V」の音を「ヴ」にしたり「ブ」にしたりするバラツキが気になります.索引と参考文献に元綴りが載っているので参照しましょう.
 科学史では別のところで頻出するジョン・イーヴリンJohn Evelynが,イングランド庭園史の重要人物として出てくるのが意外で興味深く感じました.
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215. ジョン・ディー エリザベス朝の魔術師
ピーター・J. フレンチ (高橋誠 訳)
平凡社 1989.8
★★★★
 Peter J. French, John Dee: The world of an Elizabethan Magus (1972)の訳.
 ジョン・ディーについて,おそらく日本で初めて本格的な紹介を行ったのがこの著作.著者の博士論文を元にしたものですが,著者自身がこの出版後に急逝したために最初にして最後の著作となりました.
 この本は題名通りジョン・ディーという16世紀後半から17世紀初頭にかけて西欧世界で活躍した万能人について非常に基本的な事実関係から活動の奥深くまで論じた,入門的著作にしてレヴルの高い研究書です.かくあるべし.通常の科学史ではユークリッド『原論』の最初の英語訳に序文を書いた,ということくらいでしか出てきません.それ以外では,どちらかというと天使と会話したりするアッチ方向のオヤジという印象を持たれていたのですが,著者はその悪い印象を払拭することに腐心しています.そして,ディーの魔術・ヘルメス主義は当然としてそれ以外にもある様々な活動について章毎に論じていて,その八面六臂ぶりを伝えてくれます.これだけおもしろい人物なのですから,最近のジョン・ディー関係の文献の量の多さも納得できます.それらのいくつかが邦訳されたらいいのですが.
 それまでは,ともかくディー学の基礎文献としてこの著作を読むべきです.ただ,現在この本は入手困難な状態です.頼みますよ.
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214. アルチンボルド エキセントリックの肖像
ジャンカルロ・マイオリーノ (高山宏 訳)
ありな書房 1998.2
★★★
 Giancarlo Maiorino, The portrait of eccentricity: Arcimboldo and mannerist grotesque (1991)の訳.
 アルチンボルドの時代の芸術であるマニエリスムを,同時代のレトリックとの関連の中で見ようとする著作.邦題に反して,あるいは原題に則して,アルチンボルドのことについては最初の半分くらいしかでてきません.また,アルチンボルドについての基本的な解説や情報や歴史的事実に関しては全く出てこないので,かなりがっかりしました.私のようにこの本の題名に騙された人は多いはずです.さらに,著者の〈マニエリスム風〉な文体も論の運びも,読み手を充分にイライラさせてくれます.それはともかく,同時代の詩と絵画をレトリックの技術で読もうとする試みは,私にとってはおもしろいものでした.重要な二次文献も,ありな書房などのおかげで,かなり日本語に訳されていて,日本での研究レヴルが上がる日も遠くはないのでしょう.
 この辺の時代についてきちんと理解したい人はたくさんいると思うのですが,どうしてこんなふうなイッちゃってる感じの本ばかりで,きちんと普通に書いてくれるような本が出ないのでしょう? そういう本の方が需要があるのだと思うのですが.
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213. 〈象徴形式〉としての遠近法
E. パノフスキー (木田元 監訳)
哲学書房 1993.10
★★★
 Erwin Panofsky, Die Perspektive als ,,symbolische Form'' (1924-1925)の訳.もとは,雑誌論文です.
 イコノロジー研究で有名になる前のパノフスキーの著作.本文の倍くらい註があります.今から4分の3世紀前の著作だというのに,遠近法についての二次文献の多いこと.この分野を真剣にやり出すとたいへんでしょうね.
 噂通りの難解な著作.どうもディディ=ユベルマンにせよ,バルトルシャイティスにせよ,美術史系は必要以上に晦渋でいけませぬ.古代の遠近法とルネサンスの遠近法を区別して,その違いを世界像の変化に由来するのだ,と説明するというのが簡単な内容紹介.題名から判るようにカッシーラーの議論を下敷きにしているのですが,私はカッシーラーの方は読んでいないのでよく判りません.ともかく,世界像が幾何学化したから幾何学的な遠近法が生まれたのだということです.

【後記】この著作は2009年2月にちくま学芸文庫として再刊されました。
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212. ケプラーと世界の調和
渡辺正雄 編著
共立出版 1991.12
★★★
 ケプラーについて,恐らく日本で唯一の二次文献.しかも日本人が日本語で書いた論文が入っているので入門書として非常に読みやくなっています.下のエイトンの論文も3本入っていますが,ほとんど絶筆のようです.
 今から見ると多様な分野で業績を残したケプラーについて,その天文学はもちろん,光学・音楽・数学・占星術・コスモロジー,さらに雪の結晶のでき方について,そして例の『夢』の話を独立の章で扱います.最後に東洋におけるケプラーについての話題が入っているのは日本で編んだ論文集ならではというところです.
 昔はこういう論文集が出せたのですよ.特に専門的なものでなくてよいので,この手の論文集が年に数冊出るような環境にならないかな.現在の日本の科学史世界には渡辺先生のようなオーガナイザーがいないというのが実情でしょう.
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211. バルトルシャイティス著作集2 アナモルフォーズ
ユルギス・バルトルシャイティス (高山宏 訳)
国書刊行会 1992.1
★★★
 Jurgis Baltrusaitis, Anamorphoses ou Thaumaturgus opticus (1984)の訳.
 16世紀から17世紀にかけて全盛を誇った〈アナモルフォーズ〉は,幾何学と絵画の結合から生まれた遠近法の正統な鬼子でした.著者は,主にフランスの伝統におけるアナモルフォーズ画について,けれん味たっぷりに論じます.私はこの本を出版直後くらいに読みました.特にその一部であるデカルトについての章(第4章)は,今は亡き『夜想』という雑誌に抄訳されていたのを探して読んだ記憶があります.そのころはピンと来なかったのですが,今読むとおもしろい指摘があったりします.1度読んでいるということで,おぼろげにでも内容を憶えていたから,2度目に読むのが大変楽なわけです.
 眼に見えるように描く遠近法という図法が,実物そのものとは異なる縮尺で描かれるというパラドクスが,デカルトの感覚への懐疑の1つの理由となります.そのデカルトが『人間論』で人体と同じ機能を果たす機械について語る時,サロモン・ド・コーの自動機械を想定しますが,そのコーも遠近法についての本を書いていました.この人はおもしろそうです.また,遠近法とアナモルフォーズ画の理論家ニスロン,それを実践したメニャンは共にミニム修道会に属していて,メルセンヌの友人だったりします(ニスロンはデカルトと文通している).(著者が広く浅くやっている)こういうあたりをもっと深く掘り下げてみたいなぁ(閑があったら).
 88ページの「フローラン・シュール」というのは正しくなくて,フロレンス・スハイル(Florentius Schuyl)が妥当な表記です.
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210. 円から楕円へ 天と地の運動理論を求めて
E. J. エイトン (渡辺正雄 監訳)
共立出版 1983.4
★★★
 著者のエイトンは天文学史,晩年はライプニツの研究(邦訳有り)で著名な学者.この著作は学振の招きで来日した時の公演をまとめたものです.
 ガリレオ,ケプラー,ニュートン,ライプニツの天文学と運動論について(ライプニツは中国学と二進法の話も)論じています.いわゆる「科学革命」の時代の天文学を古典的に扱っているので,この分野の入門書に適しています.もちろん,20年前の本なので,最新の研究成果というわけには行かないのですが,この本のテーマの基本的な部分についてはそれほど変化しているとは思えないので,まだこの本でいけます.
 こういう基本的な教科書を読み返してみると,そこに既に意外で有益な情報が書かれているのを見出すことがあります.よく書かれてある教科書というのはいつまでも有用なのです.それは違った関心には違った知識を与えてくれるからです.最先端のことが書いていないからといって,基本的な著作を蔑(ないがし)ろにすべきではないのです.
 小さくて薄いので入門書にちょうどいいのですが,現在は手に入らないようです.
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209. カメラ・オブスクラ年代記 朝日選書651
ジョン・H.ハモンド (川島昭夫 訳)
朝日新聞社 2000.5
★★
 John H. Hammond, Camera obscura: a chronicle (1981)の訳.
 題名の通り,各種二次文献から「カメラ・オブスクラ」に関する記述を拾い集めて並べたもの.出典についての情報が載っているので資料集として役立ちます(なぜか「原著者未見」という資料まで挙がっています).訳者はあとがきで「ブリコラージュ」と表現していますが,どちらかというとコラージュに近い感じ.最大の欠点はおもしろくないということでした.
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208. アルフレッド・ノーベル伝 ゾフィーへの218通の手紙から
ケンネ・ファント (服部まこと訳)
新評論 1996.6
★★★
 Kenne Fant, Alfred Bernhard Nobel (1991)の訳.原書はスウェーデン語だと思います.
 今話題のノーベル賞を作ったアルフレッド・ノーベルの伝記の最新版.ノーベルが20年に渉ってつきあっていたゾフィーという女性宛の手紙という資料を利用して,特に中年期のノーベルについての新しい情報を加えたもの.ノーベルの科学技術的側面というよりは人間的側面とか事業活動(ほぼこれがメイン)について詳しく書かれています.
 伝記としてはかなり詳しい方なのでしょう.600ページ弱あります.かさばりますが,それほど難もなくわりとすらすら読める本です.副題の通りゾフィー宛て他の書簡がいくつか訳されています.資料として1995年までのノーベル賞受賞者リストもついているのですが,この本自体にはノーベル賞のことはほとんど書かれていません.まあ,ノーベルの伝記ですからね.全体的な印象はノーベルという人間をかなり好意的なバイアスを経て見ている,という感じです.それに,テーマ別に章立ててあるおかげで話が前後することが頻繁にあってちょっと混乱します.
 訳にはそれほど問題はないと思うのですが,「訳者あとがき」という3ページ足らずの文章に重大な間違いがあったりするので,大丈夫かなぁと思ったりしてしまいますが.
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207. 遠近法 絵画の奥行きを読む 朝日選書613
小山清男
朝日新聞社 1998.11
★★★
 似たような題名の本が続きます.
 下の本がブルネレスキに集中していたのに対し,こちらは中世から現代絵画までを通して〈遠近法〉という技法がどのような役割を果たしてきたかを概観するもの.遠近法から見た西欧絵画史という感じでしょうか.図版も多い(全て白黒ですが,構図を見るだけなら問題ない).
 この本を読んで,昔美術史に関心があった時代の読書を思い出しました.遠近法の技法はダ・ヴィンチでほぼ完成すると,後はそれを利用した遊びに展開していきます.それがアナモルフォーズ(バルトルシャイティスだ!)とかになったりするわけです.このアナモルフォーズに関心を持ったのがニスロンという数学者.この人はミニム修道会士で,メルセンヌの同僚なわけです.一方で懐疑論に対抗して機械論に学問の確実性を見ようとする人がいて,もう一方には変な絵を描いて遊ぶ人がいるというのは愉快な修道会だと思いませんか?
 下の辻のブルネレスキについての研究成果を全く無視しています(参考文献には入っている).
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206. 遠近法の誕生 ルネサンスの芸術家と科学
辻茂
朝日新聞社 1995.4
★★★
 ルネサンス絵画の3大発明の1つである線遠近法.著者は,その「発明者」として知られるブルネレスキが実際はどのようなことを行っていたのかを,具体的な装置を再現することによって,考察します.「再現」というのは,ブルネレスキの絵画装置の現物は失われてしまっているからです.著者の主張は,後の時代のアルベルティの絵画論での遠近法論がそれほど洗練されていないことから,ブルネレスキは理論を作ったというよりは,或る種の光学装置(ピンホールを使ったカメラ・オブスクラ)を用いて遠近法的な図像を描いた,というものです.主張の要旨はあとがきに11項目でまとめられています.
 ということで,この著作はブルネレスキについての話が中心となります.副題にでも名前が入っていたら良かったのに.また副題の「科学」ということについては,ほとんど言及がありません.中世の光学の伝統,という発言が随所にあるのですが,具体的な中世の光学の内容については触れていないのです.まあ,ここらへんは科学史家がきちんと扱うべきところなのでしょう.
 もう1つ欲を言えば,せっかく著者が作ったブルネレスキの透視装置の復元模型をカラー写真で,実際の視覚効果の写真も入れて見せて欲しかった.
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205. 錬金術の歴史 近代化学の起源
E. J. ホームヤード (大沼正則 監訳)
朝倉書店 1996.6
★★★★
 Eric John Holmyard, Alchemy (1957)の訳.
 原書は半世紀前のものですが,錬金術の通史(16世紀くらいまで)としては古典.ということで,この分野に関心のある人はとりあえず読んでください.購入すると本屋さんが喜びます.
 入門書なので内容についての詳しい議論はなく,後半は面白エピソード集になっています.著者の関心は化学の先駆としての錬金術にあるので,錬金術の非化学的部分や,他への影響(特に医学)については弱いとか,イングランドを扱う部分でもボイルとの繋がりが曖昧にされている,とかいろいろ不満もあります.その一方で,著者の専門がラテン中世とそれに影響を与えたアラビアでの錬金術にあるので,その部分は詳しいです.こういう弱点と利点を知っておくと有益な読書ができるでしょう.
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204. パラケルススの世界
種村季弘
青土社 1996.5
★★★★
 パラケルススもの続きます.
 もとは『現代思想』1974年2月-1976年2月に連載したのを1977年に単行本化したものの新装版.
 牛が汗をかくほど在るパラケルスス文献(特にドイツ語は著者のストライクゾーン)を利用したパラケルススの生涯と著作の話.恐らく日本におけるパラケルススのイメージを決定づけた著作です.結構な分量があるわりには読み易い.パラケルススの理論の内容については,若干キツそうなのですが,それは下で挙げた論文の註などを読んで補強するということで大丈夫.実際のパラケルスス以外にも,伝説のパラケルススを扱っているますが,きちんと区別してあるので良し.ただ,四半世紀前の著作なので,下の論文と合わせて読むと若干変更すべき点も多少あります.時代なのか,初出の雑誌のせいなのか,若干精神分析的なインチキが紛れ込んでいる(ユンク以来の悪癖)のが気にかかりますが,無視してください.
 問題はこの本の物質的側面.新装版といっても表紙を変えたくらいで,活字が所々摩耗してインクがのらないために薄くなって字が読みにくくなっていたり(所々補強はされていますが),図が不鮮明でどうしようもなかったり,地図が初版のものをそのまま使っているために現在は存在しない(パラケルススの時代も存在していない)国名があったりします.中途半端な「新装版」ではなく,全面的な改訂新版が出版されることを願います.
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203. パラケルススにおける著作とテクストをめぐる問題
菊地原洋平
化学史研究』,29 (2002), pp. 69-99
 これは参考までに,ということなので評価はなし.
 このサイトの訪問者の方の多くは,学術文献を扱うようなページにはあまり行かないのだと思います.ほとんど洋語の世界ですし.そういう方のために,そちらで取り上げていた論文の紹介をちょっと.
 著者はBH有望な若手研究者として紹介されています.日本でのパラケルスス研究の次世代を担う人物です.
 この論文は,複雑怪奇なパラケルススの生涯を軸に,その著作について簡単な紹介を付加したもの.あの人生をよくこれだけのページに収められたものだ,と感心させられます.最新の研究に依拠していて,註に埋め込まれる形で新しい文献も紹介されています.もし,伝説ではなく実際のパラケルススについて全く知識がないけれど関心がある,という人には,まずこの論文を手に入れて読んでみることをお勧めします.分量的にも初学者に適しています.これを読んで,さらに進みたいなら,註にある文献に当たる,というのが順当です.
 雑誌自体がかなりマイナーな学術誌だったりするので,一般の書店には売っていません.図書館でコピーを取り寄せるか,『化学史研究』のウェブ・サイトに訊ねてみるかしてください.
 なおBHの「パラケルスス研究のラウンジ」にパラケルスス研究についての情報があります.
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202. ルネサンスの自然観 理性主義と神秘主義の相剋 ライブラリ科学史7
A. G. ディーバス (伊東俊太郎・村上陽一郎・橋本眞理子 訳)
サイエンス社 1986.2
★★★★
 Allan G. Debus, Man and nature in the Renaissance (1978)の訳.
 内容についてはもはや言うこと無し.既に四半世紀前の著作ですが,古典としてとりあえず読んでおかなければなりません.という本なので初学者に勧めたりしたいのですが,現在新刊としては売っていないようです.古本屋でもあまりみかけないのですが,範型を変えて復刊ってことはないですかね?
 この本は,私が大学に入って2年生の頃に読んだものです.当時は出たばかりの本でした.その後また読んだことがあるようですが,この10年くらいは読んでいませんでした.今,改めて目を通してみると,結構なことが書いてあります.しばらく自分の論文の狭い世界ばかり見てきたので,少々広い世界を見ると良いものです.
 この著作が書かれた頃,イェイツとかの影響で17世紀におけるオカルト主義とかヘルメス主義とかと近代科学の関係が盛んに論じられた時代の最後にあたります.この影響は日本では少し遅れてやってきて,80年代の初めくらいに流行ったのでした.村上陽一郎の『科学史の逆遠近法』(1982)とかボネリ&シェイの『科学革命における理性と神秘主義』(1985,原書は1975)とか.思えば,17世紀科学史関係の書籍が最も出ていたのもこの時代でした.この時代の研究の子供たちが私の世代なわけです.
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201. 入れ歯の文化史 最古の「人工臓器」
笠原浩
文春新書 2000.8
★★★
 著者は歯科学の専門家で「臨床に強い大学教授」.
 題名通り,人工歯についての歴史を古代から現代まで簡単に駆け抜けるのが3分の2,残りは現在の義歯についての話,という構成.歴史篇の半分くらいが日本のことで,特に江戸時代の木製義歯の話を知りたかったのでこの本を読みました.歯科学の歴史についてはいくらかの本がありますが,皆高くてレア本ばかりなので,こういう新書があるとありがたいです.レアな関連書籍も参考文献に載っています.これをみて私は初めてアンブロワーズ・パレに日本語訳があることを知りました.
 ただ,歴史に関しては,特に古い方に関しては不注意に二次文献に依拠しているようで,間違いが見受けられます.歯学史も,臨床の片手間に行われるのではなく,きちんとした専門家を育成して専用の講座を設えなければならないのです.一体現役の医学者さんたちは,将来自分たちの業績がいい加減な「歴史もどき」の中でしか扱われなくなるかもしれない,ということを恐れていないのでしょうか?
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