By Eio Honma

バックナンバー篇 101-200

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200. 梅毒の歴史
C. ケテル (寺田光徳 訳)
藤原書店 1996.9
★★★
 Claude Quétel, Le mal de Naples: Histoire de la syphilis (1986)の訳.
 著者は精神医学史の専門家.
 「ナポリ病」というのは梅毒のフランスでの言い方.フランス以外では「フランス病」と言います.この本は,梅毒の発生(15世紀末)から今日までの(主にフランスにおける)歴史を,特に文学や社会との絡みで論じたもの.全体の半分が20世紀のことを扱っています.フランスの話題が多いので,マイナーな医学者の名前が頻出しています(特に前半)が,訳者が調べて簡単に説明を入れてくれています.
 フランス史に関心のある人は読んでおいて損は無し.
 疾病の文化史という分野は,医学史と他の文化史とを包み込むものなので,研究しがいがあると思いますよ.下のペストものの数が多いような気がしますが,他にも結核,ライ病(厳密にはハンセン氏病),最近のエイズなど,話題には事欠きません.

 訳にはそれほど問題がないようなのですが,私の気がついたところをいくつか.
・62ページの「ケルジウス」(巻末索引にもそう書いてある)はCelsusのことでケルススにすべきです.
・85ページにフェルネルのことが出てきているのですが,1558年に死んだフェルネルが「1579年の病気の様子」について語るというのは,明らかにへんです.これは原書の間違いかもしれません.
・87ページで,フラカストロの1530年に出版した『シュフィリスあるいはフランス病』という著作の「15年後」に出版された著作として言及されているDe sympathia et antipathia rerumは1550年出版です(と405-406ページに書いてある).これも原書の間違いかもしれません.

【後記】最後のフラカストロの記述について.ケテルの本にある「15年後」はDe sympathia et antipathia rerumの初版が1546年に出たからではないか,そして参照したのが1550年版だったのではないか,と平井博士から指摘をいただきました.その可能性はあります(でも16年後).いずれにしても,初版が何年に出たから「15年後」なのだ,というデータが本には書いていないので不親切です.著者のケテルはこのへんが専門ではないので,二次文献からの引用の際に不注意だったのでしょう.平井博士に感謝します.

199. 知の再発見双書80 本の歴史
ブリュノ・ブラセル (荒俣宏 監修)
創元社 1998.12
★★★★
 Bruno Blasselle, A pleines pages: Histoire du livre (1997)の訳.
 古代から18世紀までの本の歴史について,多くのグラフィックを含んで見て楽しい本に仕上げたもの.値段(1400円)にしては満足できるものです.それに絵が多いからすぐ読み終えることができるし.本の歴史,というのですが,写本とか印刷とかの話も充分に載っています.ただし,下で読んだような東洋の話(アラビアでさえ)が全く出てこないというのは,いかにもヨーロッパ中心史観だね,という感じです.
 情報としてはいくらか不満足なところがありますが,それは参考文献で補ってください.
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198. ミシュレとルネサンス 「歴史」の創始者についての講義録
リュシアン・フェーヴル (石川美子 訳)
藤原書店 1996.4
★★★
 Lucien Febvre, Michelet et la Renaissance (1992)の訳.
 1942年にリュシアン・フェーヴルがコレージュ・ド・フランスで行った講義をポール・ブローデルが編集したものが原書.フランスの「歴史の父」ミシュレがいかにして〈ルネサンス〉という概念を発明するに至ったかを,アナール学派の祖フェーヴルが講義したものです.もちろん,ミシュレの〈ルネサンス〉概念は,ブルクハルト以降のものとは随分異なります.ということは我々がぼんやり抱くようなものとも印象が異なります.あくまでも最初はどんな意味だったのか,を知るためにミシュレを理解しよう,という気持ちで読むのが正解です.
 内容は,明確に整理されて叙述されたというものではなく,とりあえず知ってることをごちゃごちゃに,という感じのお喋りなので,肩の力を抜いてお話につきあう気になればいくらかの知識が手に入ります.雑多に行き来して,ミシュレの伝記を辿ることになります.そうすることで,どのようにしてミシュレがルネサンスに至ったのかは,或る程度わかります.結局,ミシュレ自身がそうだったように,かなり〈文学的〉な話なので気に入らないのですが.話の後半は,ミシュレの先駆者としてスタンダールとドレクリューズが長々取り上げられています.こういう人たちに関心がある場合にもこの本を手にしてもいいかも. 
 時代も時代,フランスがナチス・ドイツによって占領されていた時に講義が行われたおかげで,随所にそれらしい発言がちりばめられることとなりました.いろいろ嫌みが出てくるのですが,フランス自身がこの前後植民地支配を続けていて思う存分他国の自由を奪っていた,ということにはまるで反省がないようです.こういうあたりにも時代を感じるところですね.
 訳は問題なし.訳書には原著にはない索引がついています.
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197. ノーベル賞の百年 自然科学三賞でたどる科学史
馬場錬成(ばば・れんせい)
中公新書 2002.3
★★
 著者は読売新聞出身の科学ジャーナリスト.第1章から第3章までが日本人のノーベル賞受賞者(科学賞のみ)について,第4章がノーベル賞の設立について,第5章から第7章が題名通りのノーベル賞受賞者を中心とした20世紀科学史,最後の第8章が将来の展望です.
 内容的には,特に第5-7章があまりにも多くを詰め込みすぎた感じで消化不良気味(20世紀科学史を200ページの新書にまとめられるわけがない!).話を日本人ノーベル賞受賞者に限ればよかったのでしょうが,そうなると半分以上が東大科哲の岡本拓司さんの仕事の引用になってしまうので,しょうがなかったのでしょうか.
 だいたい予想できるように専門の科学史家の著作ではない科学「史」.とにかくノーベル賞礼賛にして科学礼賛.こんな楽観主義もいまどき珍しいです.そういう本なのだ,と覚悟して読めば何ほどか得るところがあるかもしれません.
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196. 印刷革命
E. L. アイゼンステイン (別宮貞徳 監訳)
みすず書房 1987.12
★★★
 Elizabeth L. Eisenstein, The printing revolution in early modern Europe (1983)の訳.原書は,同じ著者による大著Printing press as an agent of change (1980)の縮約版.元は2冊本であり,その内容を縮約して註を全てカットしたのがこの訳書の原書となったものです.
 この手の本にありがちな大風呂敷な話.著者によれば,16-17世紀の歴史についての諸問題は印刷術を考慮に入れれば全て解決する,という調子になっています.聞き流す程度ならこの訳書を読むだけで充分です.
 本格的にこの時代の印刷術と思想との関係を調べようとするなら,この著作以降の20年にかなり進んだ出版史・印刷史についての膨大な研究文献に直接立ち向かう方がいいと思います.こういう問題についてのレヴューもどこかにあるのだと思いますが,私は知りません.
 訳は,あのうるさいベック氏がからんでいるわりには,イマイチな感じ.科学史部分でいくつか間違いがあったりしますが,原著を見ていないので著者の間違いか訳者のなのかは判りません.原文がかなり読みにくい文章である,と監訳者があとがきに記しているのに同感です.
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195. 本の都市リヨン
宮下志朗
晶文社 1989.12
★★★★
 かなり有名な本.著者は東大の教授でフランス文学から書物史・読書史の専門家.
 15世紀中葉に活版印刷術が西洋で発見された後,16世紀に突然フランスではパリに並ぶ出版の中心地になり16世紀末に急激に衰微したリヨン,この「本の都市」の歴史を主に印刷・出版の文化史として愉快に叙述した著作.安く(4800円)も小さく(450ページ弱で二段組み)もない本ですが,10年で4刷されているというのが伊達でない内容です.おもしろい歴史はどんな小説にも勝るのです.諸々の著作もかくあるべし.16世紀に関心のある人は読んでおいた方がいいです.本の歴史を知りたい人にもおすすめ.特に専門家でなくても読むことができます.
 この著作の一部に16世紀のペスト流行についての記述がちょっとあるので,それも貴重ですね(←最近ペストづいてるか?).
 Lyonsはラテン語でLugdunum.ネーデルラントの古名Bataviaから,Lugdunum Batavorum(バタウィア人たちのリヨン)というのはLeidenのこと.本の出版地がLugduniとなっていればリヨンのこと,Lugduni Batav.となっていればレイデンのことです.レイデンのことを何故そんなふうに表記するのか,という理由を私は知りません.
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194. 陰陽道 呪術と鬼神の世界
鈴木一馨(すずき・いっけい)
講談社選書メチエ 2002.7
★★★
 以前やっぱり陰陽道系の本を読みました.この著作もまじめな方の陰陽道もの.著者は日本宗教文化史の専門家.
 歴史上実在した陰陽道の実像を明らかにしよう,という著作.そのために平安時代の心性から,陰陽寮という役所と陰陽道との関係(陰陽寮は陰陽道を行うために作られたのではない),陰陽理論と暦との関係(これを解説することが,インチキな類書にはない,この著作の中心部分である),そして歴史上の安倍晴明について,と述べていきます.
 だいたいの主張は以前に私が読んだ本の中でも記されていたもので,通俗的な理解に対する反論です.けれど,「陰陽道は中国で生まれたのではない」という著者の主張(これはもはや常識)があまり明確に証明されていません.むしろ中国の陰陽説・暦法を詳しく紹介することで逆の主張を行っているように思えてしまいます.
 マンガを読んで歴史に関心を持つということはしばしばあります.私の少し前の世代の人は『ベルばら』でフランス革命を,私は『日出処の天子』で厩戸皇子を,という具合.私の場合,どこかにマンガはインチキ(史的に間違えているという意味で)というアタマがあるために,マンガから歴史への移行は比較的スムースに行きました.けれど,歴史をよく勉強したらしい作家がもっともらしく書く歴史小説(読者によって××史観などと呼ばれたりもする)の害毒は計り知れないものがあるでしょう.『忠臣蔵』という演劇があの事件の事実を表してはいないのです(まあ,あれは江戸時代のマンガですけどね).作家はおもしろくするために嘘を書くのが商売なのですから,彼らの書くものが真実であると思ってはいけません.私自身は小説が大嫌いなので,そういった害毒に触れずにすんで幸せだと思っています.歴史家は事実自体がおもしろいことを伝えるのが商売なので,まっとうな歴史書にかなうフィクションはない,と私は考えています.
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193. 製紙・印刷・出版の黎明期 プレ・グーテンベルク時代
鈴木敏夫
朝日新聞社 1976.2
★★★★
 古本のところでも触れましたが,著者は朝日新聞から読売新聞とジャーナリスト畑を歩みながら,印刷や本の歴史を追いかけてきた人物で,この著作はその苦労の結実とも言うべきもの.512ページを二段組みという膨大な量の文章が,この本の情報量の多さを物語っています.
 題名を見ると西洋の話のようですが,実は東洋の話中心.紙の前史から,後漢の蔡倫(さいりん)による紙の「発明」(AD105)については,前後の歴史と宦官の役割まで小説風の記述まで含めて筆が走り,世界最古の印刷物について,敦煌の金剛経(AD868),日本の百万塔陀羅尼経(770)についても詳しく語り,特に韓国の陀羅尼経(751年以前?)発見とその実検についてのルポはジャーナリストならでは,というところ(結局韓国のものは正確には分からない,ということなのですが,今はどうなっているのでしょう?).その後日本と中国の印刷(活版ではないもの)について長く記述して,もちろん,世界初の活版印刷として陶製活字(宋11世紀半ば),木製活字(元13世紀末),金属活字(グーテンベルクではなく,高麗13世紀前半)にもたっぷりページを割きます.こういう関係のことについて読みたいのならこれ1冊で充分すぎるほど充分です.
 ただ,引用の出典が明確でなかったり,参照した図書への記述も曖昧だったり,最初に小説を置いているためにその後の記述についての信用(特に,韓国でのリポートの信用)も揺らいだりしてしまいます.読んでおもしろいし膨大な知識も得られるのですが,その知識の根拠がこの著作であると示せない,というのは残念なことです.
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192. ヒューマニスト・ペトラルカ ルネサンス叢書2
佐藤三夫
東信堂 1995.1
★★★
 著者の論文集.「ペトラルカの自然観」という章を読もうと思ったのですが,読みながら,これ前に読んだよ,と思いました.そのはず,『中世の自然観』という別の論文集からの再録だったのです.
 西洋人が重要に思っているほどには,日本でのペトラルカの名声は一般的ではありません.近藤恒一の諸研究があったり,ペトラルカ自身の著作の翻訳も『わが秘密』『書簡集』『カンツォニエーレ』と揃っていたりするのですが.私自身はレトリック史との関連もあってペトラルカには関心を持ってきました.でも,しばらく忘れていたのですが,下のペストの本の中で,大ペストの証人としてのペトラルカのことが取り上げられていたりしたので,ちょっと興味を思い出しました.
 この著作は主に著名な書簡「ヴァントゥー山登攀(とうはん)」について論じる前半と,ペトラルカと学的世界との関連を巡る後半に,後の世代のペトラルカ評価についての章を加えた構成になっています.著者の主張は,「ヴァントゥー山」登りは或る種のフィクションであって,実際に登ったことを書いたものはなく,無論「最初の観光文学」でもない,ということです.またペトラルカの自然観についての論文は,実際はペトラルカの反医者論についてのもので,私としてはかなり参考になります.著者は,法学部(人文主義者が含まれる)対医学・教養学部(スコラ哲学)という対立の構図からペトラルカの反医者論・反スコラ学論を読んでいます.
 ということで,ペトラルカの入門書ではないのですが,その次くらいに読むべき著作です.どういう二次文献を読むのが常識的なのかを教えてくれます.ただ,文献表が付いていればもっとよかった.
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191. 異教的中世
ルドー・J. R. ミリス (竹内信一 訳)
新評論 2002.3
★★★
 Ludo J. R. Milis (ed.), De heidense middeleeuewn (1991)を底本に,その英語訳The pagan middle ages (1998)を参照して訳したもの.論文集.
 同じ訳者が同じ出版社から同じ著者の『天使のような修道士たち』(2002)を出版していて,日本の読者には両者が続き物として読まれるように提案されています.著者はベルギーのGent大学の中世史の教授.訳者が強調しているように,ヨーロッパ中世というとキリスト教の世界,というイメージが日本人には多い(そして,西欧人にも)が,歴史を詳しくみるとその史観が正しくなく,意外に異教的要素(ゲルマン人などの土着信仰)が生きていた,ということをいくつかの側面からそれぞれの専門家が明らかにしようとする著作.著者たちは低地地方とドイツでの研究者たちなので,そちら地方の中世史が中心です.
 私の関心としては中世の薬草の知識についての論文(Veronique Charonによる)が読みたかった.その論文では,中世に多く残る本草書がほとんどギリシャ・ローマの古典に由来するものであり,唯一の例外がビンゲンのヒルデガルトの著作であるということが言われています.彼女の著作が民間医学の重要な史料になるわけです.その論文の直前にあるAnnick Waegemanによる女性預言者(シビュラ)の話でもヒルデガルトが中心的に扱われています.また,Martine De Reuによる中世初期のキリスト教伝道の具体例は,後の大航海時代のミッションの原型としてみなされるべきで,そちらの方に関心がある人も読むと吉.最後の編者によるセクシュアリティについての論文もよし.
 訳者のまえがきとあとがきが両方あるという変な著作.訳者はオランダ語から訳したというのですが,何故そんな面倒なことを? ただ,ギリシャ語の固有名詞の音訳が全て英語音(トロイ王プリアムとかデルファイとか)なのは訳者が英語の専門家だからでしょうか?
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190. ロレンツォ・デ・メディチ ルネサンス期フィレンツェ社会における個人の形成
根占献一
南窓社 1997.3
★★★
 15世紀後半のフィレンツェの事実上の支配者として知られるロレンツォの評伝.この著作は,イル・マニフィコを,副題の通り,フィレンツェの一市民として見る,即ち彼を当時の慣習と法律の中で行動した人物として描いています.日本語でこれだけのものを読めるというのは喜ばしい限りです.この時代の歴史・文化を知るためには必要な1冊でしょう.参考文献もあり.ただ,欲を言えば,年表が欲しかった.
 とにかく似たような名前のイタリア人を区別するのが大変.カタカナのページ占拠率が多い著作です(しかもほとんど固有名詞).
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189. 中世哲学史
アラン・ド・リベラ (阿部一智・永野潤・永野拓也 訳)
新評論 1999.9
★★★★
 Alain de Libera, La philosophie médiéval (1993)の訳.
 従来の西欧中心史観を廃して,同時代のビザンツ・イスラム・ユダヤ思想について詳しく論じ(実際,本書の半分がそれらの思想史にあてられている),ラテン世界の思想をより広い文脈の中に置き直しています.この努力だけでもすばらしい.今後,西洋中世思想史を語るためにはこの本を読んでいなければなりません.値段も大きさも尋常ではないのですが,ちょっとでも真剣にやろうと思うのなら手元に置いておくべきです.
 ただ,問題もあります.出典の明記がない,というのはどのようにしても弁護できない欠点です.また,科学史についての記述がほとんどないというのも,これだけ網羅していながら一種異様な欠落です.フランスでの中世科学史の研究のレヴルを考えれば,これだけ科学史を無視するのにはよほどの政治的理由があったのか,と勘ぐりたくなるほどです.ともあれ,まだまだ〈中世思想史〉については書く余地が残されている,ということで後続の学者は安心できます.
 内容ではなく,この本の翻訳書にもかなり問題があります.訳と言うよりは誤植に近いものですが.気がついたものを少々:
●p. 79の「ローマ皇帝テオドシウスが,紀元391年に」というのは「紀元」の明白な誤り.
●p. 86の「サラーフ・アッディーンは……フランク王国に対する勝利(ハッティーン,1197年)の後」というのは「1187年」と私の手元にある年表には書いてあります.
●p. 166の「代示 suposition」は「supposition」がフランス語として正しい.suppositioは他に「代表」という訳語もある.
●p. 217の「たとえそれが有用なものであってもlicet possit esse utilis」「いかなる宗教も真ではないnulla lex est vera」というのは,フランス語からの訳としてなら正しいのでしょうか? (ラテン語としてはたとえ有用でありうるとしても,いかなる法も真ではない
●p. 393のダンテの著作名『神聖喜劇』は,通常『神曲』(La divine comédieとフランス語で言う)と訳されるはず.特に定訳と異なる訳をすべき根拠は前後に見当たらない.
●p. 545の「物理学」はやはり「自然学」とすべき.
●その他,固有名詞の音訳.特にWalter Burley,Bradwardine,E. Garinの音訳を習慣と異なるものにしている.しかも,固有名詞は多くの場合元綴りを(せめてフランス語の綴りでも)参照する手段がこの訳書にはないことはかなりの問題です.
 さらに,この訳書には編集上の不手際があまりにも目立ちます.単語を強調するための傍点がずれているのは茶飯事であり,特にpp. 235-237のミスは,通常のワープロソフトを使っているなら素人でも犯しえない失策です.これらはほとんど禁則処理を誤るというあまりに初歩的なミスに由来しています.嘆息.少なくとも8000円分の仕事はきちんとお願いします.
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188. ヨーロッパの黒死病 大ペストと中世ヨーロッパの終焉
クラウス・ベルクドルト (宮原啓子・渡邊芳子 訳)
国文社 1997.9
★★★★
 Klaus Bergdolt, Der schwarze Tod in Europa (1995)の翻訳.
 14世紀中頃全ユーラシアを席巻し,ヨーロッパの人口の半分から3分の1を死に至らしめた大ペストについて,その伝播の過程から様々な人々の同時代の反応までを網羅した著作.
 著者は医学史の専門家ですが,医学史のことだけに留まらず,広く文化史の領域(造形芸術や文学)にまで踏み込んで取り扱っています.この問題について何か言おうと思うならまずこの著作を読んでおくべき.入門的な著作にして内容は全く薄くありません.記述も平明.参照文献も充実しています(ドイツ語が中心ですが).
 特に著者が力を入れているのが,ペスト流行によって惹き起こされたユダヤ人大虐殺の問題です.この部分の絶望的な記述がひときわ長く感じられるほどです(実際に長い).パニックと無闇な犯人探し.大虐殺には至らなくても,現在でもよく見かける構図です.
 翻訳もそれほど問題はなし.医学史の専門家ではない訳者たちでも翻訳のプロとしての仕事ぶりでした.
 著者の博士論文は『ペトラルカにおける医学と自然学』というのだそうです.読んでみたい.
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187. ルネサンスの危機
アンドレ・シャステル (小島久和 訳)
平凡社 1999.3
★★★
 André Chastel, La crise de la Renaissance: 1520-1600 (1968)の訳.
 原題を見て判るように,いわゆる後期ルネサンスの時代の美術を中心とした雑多な情報を詰め込んだ本.出版当時はかなり評判だった(と解説に書いてある)らしい.日本語版では範型も不必要に大きくて重いのですが,実際にはこの本は入門書なのでしょう.いろいろな人物や作品が言及されますが,寝っ転がって読むくらいでよいのです(超入門書ではない).そして,この本の中に出てくる固有名詞について知りたくなったら自分で調べなさい,ということです.
 以前も文句を言いましたが,この本自体(内容ではなく)はあまり質の良いものではありません.例によって図版も不規則に並んでいる混乱ぶりですが,今回は本文で図を参照させていないので,あまりイライラすることはありません.ただ,今著者が語っている絵が果たしてこの本には載っているのかな,と疑問に思うことがしばしばあるのですが,よく見るとあったりします.関心のある人には楽しいのかもしれません.
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186. 14歳 全13巻
楳図かずお
小学館文庫 2001-2002
★★★★★
 久しぶりにマンガ.ようやく完結しました.もとの連載は1990年から1995年まで.日本の最後の輝きがあった時代の,ミネルワのフクロウともいうべき作品.
 内容については言うまでもなく,というかほとんど要約不能なくらいに(意外に)複雑.けれど,著者の他の代表作,たとえば『漂流教室』や『わたしは真悟』のように,滅びるべき現在(=大人)と苦しいが希望のある未来(=子供)との対照が基本的な軸をなしています.前2作が小学生の話だったのに対して,この著作では3歳の幼児が最終的に人類(と全宇宙)の命運を握っています.この推移は著者が既に小学生をも「大人」と見始めたからなのでしょうか? 『わたしは真悟』のように,タイトルの意味がわかるまで時間がかかる(結局最後の数ページまで判らない)というのも著者のお得意.
 とにかく,騙されたと思って読んでみてください.日本にはこれ以上のマンガはありません(管見するところ).
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185. 外科学の歴史
クロード・ダレーヌ (小林武夫・川村よし子 訳)
白水社文庫クセジュ 1988.11
★★★
 Claude d'Allaines, Histoire de la chirurgie (第3版 1984)の訳.
 概説書.大部分は他の二次文献の要約程度の内容.特に信頼を置くことなく流し読みをするには最適です.超入門書として読めば良いのかもしれません.
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184. 科学史考
桑木或雄(くわき・あやお)
河出書房 1944.7
★★★
 科学史家エッセイシリーズ第2弾.
 著者は哲学者桑木厳翼の弟で九州大学教授.これは,著者の各所に発表した論文や雑文を集めたもの.戦中の難しい時期の出版ですが,初版5000部(昔の人は本を読んでいたのである).
 著者は主に物理学史専攻なのでそれ関係のエッセイが多くなっています.最初は蘭学の話,その後17世紀物理学史と19世紀物理学史,さらに19世紀末から20世紀初頭にかけての科学哲学の話,そして個人的雑文と続きます.科学史の部分は今から見るとはやり古い.けれど,最後の方の著者の個人的な話がおもしろい.著者は同時代の著名な科学者と文通があり,その手紙の話も載っています.現在,その手紙は早稲田大学に保存されています.最後にヨーロッパの古本屋の話が出てきてちょっと感動.
 私はこの本を古本市で非常に安く買いましたが,結構値が張るものらしいです.
 右にあるのは,買った本にはさんであったしおり.表に妙な絵,裏には「研精而不倦」「昭和十三年戊寅 子芳」バックは「欧文社」という会社の写真です.どういう由来があるのでしょうか?
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183. ビンゲンのヒルデガルト 中世女性神秘家の生涯と思想
H. シッペルゲス (熊田陽一郎・戸口日出夫 訳)
教文館 2002.5
★★★
 Heinrich Schipperges, Hildegard von Bingen (1995)の訳.
 200ページほどの薄さで,ビンゲンのヒルデガルトの思想を駆け足で紹介するだけの著作.せっかく医学史家が書いた,というのにもかかわらず,ヒルデガルトの医学思想を述べる部分で医学史上の考察は全くありません.そこが残念.最新の研究までの文献表があって便利.入門書として読むべきでしょう.
 いたるところにラテン語の単語が入っているのですが,どうもその原語と日本語訳があっていません.これは原書のドイツ語訳がおかしいのか,日本語訳がおかしいのか,どちらか判りませんが.たとえば,117ページの「医学の対象は……res naturales, res non naturales, moralia」という文章があって,前2者は医学文献ではよく見かける用語で,それぞれ「自然的事物(即ち健康状態での身体)」「非自然的事物(即ち病的状態)」というのですが,翻訳では「自然学」「生活学」となっています.
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182. ヨーロッパ覇権以前 上・下
ジャネット・L. アブー=ルゴド (佐藤次高 他訳)
岩波書店 2001.11
★★
 Janet L. Abu-Lughod, Before European hegemony: the world system A.D. 1250-1350 (1989)の訳.
 いわゆる世界システム論というと私はウォーラーステインを思い出すのですが,この著作は,ウォーラーステインの扱った16世紀以降ではなく,それ以前の13世紀にも別の世界システムがあった,ということを主張しています.それはヨーロッパから中東・インド洋を経て南中国に至る広大な範囲での交流でした.もう1つ,ブローデルの『地中海』にも影響を受けているようです.
 壮大な範囲を扱うので小さなミスが時々ありますが,それを訳者がいちいち訂正しているので安心して読める翻訳になっています.
 ただ,私には退屈な本でした.普通の通商史を横に繋げただけという印象です.訳題に年代が入っていればより親切でした.
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181. 科学史事始
渡辺正雄
南窓社 2000.1
★★★★
 著者は有名な科学史家.東大→新潟大学→東京電機大学→ICUと科学史のポストを作り残していきました.この著作は,著者の50年に渡る様々なところに発表した文章を集めて年代順に並べ,この著作が書かれた現代からのコメントを添えたもの.
 「七たび生まれても科学史をやりたい」という著者は一貫して科学史の研究と教育に渾身の力を注ぎました.私などは自分の取り組みの甘さを反省しなければなりません.がんばります.
 私は読んで少し感動しました.全ての科学史家と科学史を目指す人は読むべきです.
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180. 十二世紀ルネサンス 西欧世界へのアラビア文明の影響
伊東俊太郎
岩波書店 1993.1
★★★★
 岩波セミナーブックスの1冊で,著者の連続講義を元にした著作.私はこの本が出てすぐくらいに読みました.そして,久しぶりにまた読み返してみると,結構おもしろい.下までの著作とは異なり,科学の話が中心なので,科学史的十二世紀ルネサンスの入門書としては最適でしょう.著者の博士論文を述べている部分は(私も直接授業で聞きましたが)スリリングな展開が楽しめます.また,最後にロマンティック・ラヴの成立という話があったりもします.
 いわゆる「十二世紀ルネサンス」については,もっとも基本的な著作であるハスキンズの『十二世紀ルネサンス』(訳は2種類,創文社とみすず書房)があります.その内容については,現在ではかなり研究が進んでいるので,訂正すべき点がたくさんあるのですが,まあ,古典として読んでみるというのもいいかもしれません.現在はみすず書房の版が手に入りやすいと思います.

【後記】この本は2006年に講談社学術文庫として同じ題名で再版されました.
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179. 一神教の誕生 ユダヤ教からキリスト教へ
加藤隆
講談社現代新書 2002.5
★★★★
 著者はストラスブール大学プロテスタント神学部で神学博士を取得した人物.今は千葉大文学部の助教授.
 日本人にはなかなかわかりにくい「一神教」(この著作ではユダヤ教とキリスト教が考察対象)という考え方を非常によく整理して解説した著作.著者は,ユダヤ教の持つ一神教の特別な性質がユダヤ民族の歴史によって構築されてきたものである,と主張し,キリスト教の出現とユダヤ社会との関係,そしてキリスト教的な世界観が西洋世界の安定に役立ったということを,判りやすい図式で説明してくれます.その際のキイワードが「神の前での自己正当化」です(この著者の傾向として,わざと不自然な直訳を好んでいる).一見矛盾して非合理に見えるユダヤ教教典や律法が,安易な「自己正当化(=自分は正しいと思いこむこと,即ち本来は神が定めるべき正統性を人間の分際で決定してしまうことで神を貶めること,これが最も重い罪である)」を避けるようにできている,という指摘はなるほどと思わせます.
 この著作は一般的な啓蒙書ということで,確実な証拠と論証というよりは,図式的で整理されすぎた論述になっています.だから,これが本当か,と私など(ひねくれているので)思ってしまうわけですが,疑問に思ったら専門書を読めということなのでしょう.そのわりにファザーリーディングの示唆がないのが不満.
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178. これだけは知っておきたい医学ラテン語
二宮陸雄
講談社サイエンティフィク 1986.5
★★★★
 ちょっと紹介.著者はガレノスものを翻訳した人物.ということで医学史にも詳しく,以前東大医学部図書館で貴重書の展示会があった時には,著者の蔵書のすごさに驚嘆しました.しかし,東大医学部は医学史の講座がない(!)のであの本たちの貴重さを理解できた人間がどれだけいたでしょうか? 悲しい話です.
 ともかくこの著作は,医学用のラテン語の解説が後半で,前半は医学ラテン語の歴史について簡単にまとめてあり,16-17世紀ラテン語医学書を読むためにも充分に参考になります.この分野に関心のある人は(たとえラテン語を読むというのでなく,文章の中に出てくるラテン語の単語を理解したいだけというのでも)この著作を手元に置いてあると便利でしょう.
 ただ,現在は品切れ中のようです.残念.私は数年間古本屋で探しました.
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177. 十二世紀ルネサンス 修道士,学者,そしてヨーロッパ精神の形成
デイヴィッド・ラスカム (鶴島博和・吉武憲司 編訳)
慶應義塾大学出版会 2000.7
★★★
 シェフィールド大学の中世史教授David Luscombeが1996年に日本を訪れた際に各地の大学で行った講演を集めたもの.しかし,講演の内容はかなり高く,註によって必要な二次文献を知ることができます.さらに,70ページほどもある訳者の註も詳しく,著者の挙げていない二次文献への言及も豊富です.この著作は,「十二世紀ルネサンス」について知るための資料集として役に立ちます.ただし,科学史についての言及はあまりありません.
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176. 象は鼻が長い
三上章
くろしお出版 1960.10/(改訂増補版)1969.12
★★★
 下の著作が参考にしていたのがこの著作.日本語には主語がない,ということを強力に主張した,もはや古典といっていいものになっています.内容的には「助詞ハ」の出現する文章を分析し,「ハ」の役割として他の助詞(ガ・ノ・ニ・ヲ)を代行する場合と「ハ」の本務とを区別し,「ハ」を伴う語がピリオドやコンマを越えて掛かるという非常に特殊な役割を持っていることを示します.このように「ハ」の役割を理解するなら,日本語の文章に〈主語〉がいらないのだ,という主張になるわけです.
 本としては,付録や増補を加えて,縦書き横書きが入り乱れる結果となりました.なにせ本文は右開き縦書きのこの本の冒頭の「サクマ・カナエ」による序文がいきなり横書きですから,日本語の性質を充分に利用しているといえましょう.
 結構,いろいろなところにアソビが隠されている本であり著作です.関心のある人はまず本を手に取ってみることをお薦めします.
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175. 日本語は進化する 情意表現から論理表現へ
加賀野井秀一(かがのい・しゅういち)
NHKBooks 2002.5
★★★★
 苗字が経済的でない著者は,もともとフランス現代思想・言語学とかの専門家.最近講談社現代新書で『日本語の復権』を書いて以来日本語論の深みにはまった,ということでまとめた著作.特に明治以降の日本語の歴史を見直しながら,日本語自体が変化してきた,ということを示し,さらに進化することで日本語が西洋語にない新しい論理表現を生み出す可能性がある,と著者は主張します.その論理表現とは何か,ということがこの著作の最後の方に出てきますが,それは読んでのお楽しみ.
 著者は,近代日本語の形成の際に,今日ではしばしば悪者にされる「言文一致運動」を,特にその歴史的に有効であった部分を取り上げて良く評価します.それは,明治初期の日本語が階級や場面によって細分されていたモザイク言語だったものを,まがりなりにも統一したからです.さらに,翻訳によって日本語が鍛えられた点も強調します.ただ,日本語の特性(格助詞!)のために急造の新語が(かつては漢語で,いまではカタカナ語で)たいして理解されるわけでもなく導入されたこと(ここでカセット効果の話が出てくる)が,日本語による学問をかえって困難にしたということも指摘しています.
 私としては,かなりおもしろく読める本でした.特に下の本と続けて読んだことが良かったのかもしれません.
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174. 日本語に主語はいらない 百年の誤謬を正す
金谷武洋
講談社選書メチエ 2002.1
★★★★
 題名が表す通りの内容で,それに加えて日本語における自動詞・他動詞の問題を新しい視点から取り扱った章が加わっています.
 「日本語に主語はいらない」という主張は三上章が強力に主張したものでした.『象は鼻が長い』という本(のことは知らなくてもこの文)はあまりにも有名です.著者は三上の見解を引き継ぎ発展させようとしています.著者が「日本語に主語はいらない」という主張をするのは,カナダのケベック州(フランス語圏)での日本語教師としての経験からでした.従来の学校文法によって日本語を教えると,確かに意味は理解できるのだけれど,「日本語」として自然ではない表現が生まれてしまう,ということを体験し,より自然な日本語を教えるために日本語文法の基本的な見直しを行おうとしたわけです.
 その際に,日本語文法の成立が問題となります.現行の日本語文法は明治時代に英語など西洋語の文法を模して,「脱亜入欧」「鹿鳴館的」発想で作られたもので,実際の日本語の性質に合わないものだ,ということを見出します(これは著者だけの見解ではなく,多くの著名な日本語学者によっても主張されているものです).そのために,現行日本語文法に見られる英語セントリズム(エゴセントリズムとのシャレ)が徹底的に批判されます.それが,「日本語には人称代名詞がない」というものであり,この著作の題名の主張となります.そして,対案として著者は三上の考えなどを利用して「主語のいらない」日本語文法を構築しようとします.特に,そのために作られた「盆栽モデル」は視覚的に理解しやすくて便利です.加えて英語セントリズムの牙城であるチョムスキーの生成文法も批判されるということで,私には痛快です.
 ただ,著者には言語が通時的に変化するという視点があまりないようです.私には,少なくとも書き言葉の日本語には,もはや主語が必要とされていると思えます.著者が否定的に見ている西洋諸語の文法移植も,日本語の可能性を広げたということで,肯定的に見る見方もあります(次に読む本を参照).日本語に主語は無いのかもしれませんが,決して要らないのではない,と私は思います.著者も,西洋文法的な意味での主語は日本語に無いし要らない,ということを言おうとしているのでしょう.それなら,日本語的な主語というものは生まれつつあるのではないか,と考えても良いと思うのです.それがどんなものであるかは別として.
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173. 図説からくり 遊びの百科全書
立川昭二・七代目玉屋庄兵衛・種村季弘・青木国夫・高柳篤
河出書房新社 2002.4
★★★
 じつはかなり前に出た本からの様々な文章を集めてグラフィックを強力にしたもの.古代のヘロンからヴォーカンソン,日本のからくり儀右衛門(田中久重=東芝の始祖)や大野弁吉までのエッセイを集めています.執筆者に科学史家も見えています.ただ,古いエッセイのために,執筆者の半分が物故者という陣容になってしまっています.
 とにかく,目におもしろい一冊.
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172. 入門 十二世紀ルネサンス
ジャック・ヴェルジェ (野口洋二 訳)
創文社 2001.4
★★★
 Jacques Verger, La renaissance du XIIe siècle (1996)の訳.
 12世紀ルネサンスというと,私などは伊東俊太郎先生あたりから学びました.ということで科学史中心の知識になってしまっています.一方この著作は,著者が教育制度と宗教に関心があるために,特にこの著作ではキリスト教の改革運動というものが12世紀ルネサンスというものに大きな影響を与えたということを強調しています.最近の研究を踏まえているので,現在の12世紀ルネサンス像は私が知っていたような「古い」イメージとはかなり異なるようだ,ということが判ります.その,新しいイメージを掴むために,この分野について既にいくらかの知識がある人も読んでおいて損は無し.ただ,本文120ページあまりというのがあまりに短いということが不満足.でも,入門だからしょうがないですかね.ただし超入門書ではありません.フランスと日本の基礎知識の差でしょうか.
 参考文献などはたっぷりあります.同じ著者の『中世の大学』(みすず書房)もこのテーマに関心有る人には必読.今は品切れ中かもしれませんが.
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171. 生物学の旗手たち
長野敬
講談社学術文庫 2002.1
★★★
 朝日新聞社から出ていた『週刊朝日ラルース動物百科』に連載されていたものをまとめて1975年に出版された本を少しアップデイトしたもの.普通再版するとしたらこれくらいの手間を加えるべきです.
 内容は,プリニウスからワトソン・クリックまで1人ずつについての簡単なエッセイです.したがって生物学史ではありません.時代的にも,19世紀以降が大半を占めています.しかも,著者が苦手な古い時代などは特に二次文献からの引き写しであるということを特に隠していません.ここらへんが,生物学者としての方法を科学史にも応用して一次文献にあたってから文章を書くことにしていたグールドとの違いで,それがエッセイのおもしろさに反映しています(ただし,グールドが月刊誌に書いていたのに対して,週刊連載だったことは割り引かなければならない).二次文献の出典は明らかにされているにはいるのですが,著者がからんだ翻訳以外はほとんどアップデイトされておらず,最近の重要な翻訳も挙がっていないということで,網羅的ではありません.ただ,私の不得意分野なので,情報は参考になりました.
 全く一般向けの読み物です.お気軽にどうぞ.
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170. 古代技術
ディールス (平田寛訳)
創元社 1943.11
★★★
 Hermann Diels, Antike Technik (1914, 第3版1924)の第3版からの訳.
 古本屋を歩いているとこういう本を見つけることが出来ます.
 題名通り,古代ギリシャ・ローマでの技術についての講演を7つ集めたもの.第1講は一般論,第2講は扉と錠,第3講がヘロンのこと,第4講が古代の通信術ということで松明による通信とか鳩を使うものとかの話,第5講が古代の飛び道具で投石機や火薬のこと,第6講が古代の化学ということで主に錬金術,第7講が時計のこと,という内容.一般向きの講演ということでかなり判りやすく書いてあります.初版が第1次世界大戦終了直前に出版されただけあって,軍事技術や「民族精神の高揚に資し得るもの」がある,と訳者の序文にも書いてある通りです.
 この本自体は,戦後も出版されていたし,復刻版が(鹿島出版,1970年)出ていました.明倫館にかよっていればいつか見ることができます(ただし高い).
 出版された年代が年代だけに訳者序文の年代が「皇紀2603年初秋」だったり,本文直前のページに『日本書紀』からの引用があったりします.また,原著が戦争中に戦意発揚として書かれていたように,この著作も「わが国の科学者・技術者の温故知新による独自な相違と着想とにいくぶんでも寄与し得」るように,という意図で訳されいるのです(「訳者のまへがき」p. 3,旧かな・旧漢字は直した).続けて訳者は言います「現下わが国の科学史・技術史研究の最大の目標は,現場の科学者・技術者に直接通じ得るものでなければならぬと信じているからである」(同上).
 そして,私が手にしているコピーは,或る人物から旧所有者に1944年の「出陣に際して」贈られたものである旨の書き込みがあります.再び「戦前」がやってこようとしている今,この本という身体の歴史はかつて以上に重く心に響きます.
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169. 書物史のために
宮下志朗
晶文社 2002.4
★★★★
 著者が1996-2002年に様々な雑誌に書いた書物史関係の文章をまとめたもの.ということで結構重複している文章が多いのですが,まあ,そこはそれということで.
 書物史に関する著者の関心領域は,中世のからルネサンス(特にヴィヨン)と19世紀フランスのいわゆる読書革命の時代で,これらの話題が第1章と第2章.第3章は読書に関する雑文(特にBNFでのドタバタの話がおもしろい,あと貸本屋のシモーヌとかも),第4章が少し専門的に書物史研究の現状とロジェ・シャルチエの読み方などがあります.ただ,著者の専門が仏文ということでフランスの話ばかりです.(フランスから見たら)外国人なんだから,もっとヨーロッパを広めに見たり,比較したりする視点で話をしたらもっとおもしろくなるのでしょうに.
 簡単に読める上に,この分野の入門書としてもいける本.
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168. プラトンの学園アカデメイア
廣川洋一
講談社学術文庫 1999.1
★★★★
 1980年に岩波書店から出版された本の文庫化.
 プラトンがBC387年頃始めてAD529年頃まで900年ほど続いたアカデメイア学園の歴史を,その思想というよりは,あまり光の当たらない「身体」つまり学校の建物や制度を明らかにしようという著作.そもそもアカデメイアがどこにあったか,とか,どのような日常であったか,とか,何を研究していたのか,ということは通常の哲学史ではあまり取り上げられない(が知りたい)ことだったので非常に興味深く読めました.さらに,学園の歴史に大きな中絶期(BC1世紀半ばからAD400頃まで)があったこととか,普通言われている学園の終焉も,それほど明白に断絶したのではなく,上述の年代以降もしばらく続いたとか,私が知らなかっただけかもしれませんが,興味深い指摘に満ちています.
 ただ,若干アカデメイアの性格を近代的な方向で理解しすぎているきらいがあるように思えます.たとえば,女性にも開かれていたと著者は言うのですが,900年続いた学校で女性の学生が2人しか知られていないというのではあまり説得的ではありません.組織に宗教性がない,という指摘も,ギリシャ人っぽくないなという感じです(根拠無し).
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167. アリストテレス その思想のと成長と構造
G. E. R. ロイド (川田殖 訳)
みすず書房 1973.4/1998.6
★★★
 G. E. R. Lloyd, Aristotle: the growth and structure of his thought (1968)の訳.
 下でも読んだ碩学ロイドのアリストテレス論.意外に政治学と倫理学の部分も力が入っています.下からいくつかアリストテレスものを読んできましたが,一番詳しいのはこれでしょうか(もちろん,新書じゃないので量が多いのですが).アリストテレスの思想のほとんど全てを一通り扱っていて,読むのも大変ですが,書く方はもっと大変だったと思います.
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166. フラミンゴの微笑 進化論の現在 上・下
スティーヴン・ジェイ・グールド (新妻昭夫訳)
早川文庫 2002.5
★★★★
 Stephen Jay Gould, The flamingo's smile (1985)の訳.
 著者急死のニュースでちょっと読んでみる気になりました.おもしろい.文章のおもしろさと話題の豊富さ以外の著者の良さは,科学史の話題も多いということです.時々科学者のエッセイがそうなってしまっているように原典には当たらず二次文献(それも専門の科学史家が書いたのではないもの)の孫引きですませてしまっている,ということは著者の場合はありません.著者の本業の今日的博物学者としての方法をそのまま歴史研究に活かしているからです.本業の科学史家でも頭が下がります.
 人種差別・優生学的指向に対する厳しい糾弾や,核の冬(ちょうど1980年代半ばに盛り上がった話題)についての警告,大リーグから4割打者が消えた話等々,時々古い話題もありますが,今でも興味深い話ばかりです.既に同じ文庫に4組が収録されているので,是非この機会に.
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165. アリストテレス入門
山口義久
ちくま新書 2001.7
★★★
 著者はこの時代の思想史の専門家.
 下の本が取り上げなかったオルガノン部分を組み入れています.その部分は類書にない特徴でしょう.それほど難しいことも言っていないし,アリストテレスの超入門書として使えます.ということは,より深く知るためには巻末の参考文献に従って読書を進めるべきです.
 同じシリーズに収められているプラトンについての著作に比べて,独自の見解というものを強調しない著作です.クセがない,という意味でも超入門書に適しているでしょう.
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164. アリストテレス
山本光雄
岩波新書 1977.8
★★★
 非常に良くまとめられたアリストテレスの解説.前半が自然学的部分(『自然学』から『動物論』まで),後半が倫理学と政治学,付録として弁論術が取り上げられています.オルガノンと形而上学と詩学を除けば基本的なアリストテレスについての情報が得られます.
 要領よくまとめられているのですが,簡潔すぎてついて行くのがちょっと大変です.アリストテレスの超入門書とは言えませんが,概説程度を知っている人ならば読めると思います.
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163. プラトン序説
エリック・A. ハヴロック (村岡晋一訳)
新書館 1997.12
★★★★★
 Eric A. Havelock, Preface to Platon (1963)の訳.
 いや,おもしろい.
 著作の題名に反して,実際はプラトンの『国家』のことだけしか触れられていません.しかも,内容の半分以上は,プラトンの話ではありません.では,何の話かというと,プラトンが『国家』で否定する「詩」というものについての考察です.結論から言うと,プラトンが想定する「詩」というものは,今日のような芸術的な創作物ということではなく,韻文で口誦で伝えられたギリシャ世界の様々な習慣についてのエンサイクロペディアであり,詩を誦することには一定の教育的意味があった,ということです.これは文字の無い時代には一般的で,このような口誦は具体的な経験の再現だった,と著者は言います.これに対して,プラトンは,文字の文化を担う新しい「哲学者」の見解を総合して代弁するもので,文字を通して視覚化することで,抽象的に考える(本質=イデアを考える)ことを良しとします.『国家』での詩人排斥は,このような教育的な意義を配慮し,声の文化から文字の文化に換わりつつあった時代での後者の見解を反映しているのだ,と著者は言うのです.
 訳は特に問題ありません.ただ,タレスからデモリクトスまでの思想家は「物理学的」ではなく「自然学的」と訳すべきでした(p. 328).訳者の解説も良し.
 この著作のことをどこかで聞いたな,と思ったら,オングの『声の文化と文字の文化』(藤原書店)だった.オングのこの著作もおもしろいですよ.
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162. プラトン入門
竹田青嗣
ちくま新書 1999.3
★★★
 プラトンについて,歴史的というよりは,現代的な解釈を行った著作.著者は,ポストモダンとかいう流行が「普遍性」を敵視する状況に反対して,「普遍性」というものの再評価を打ち出し,その「普遍性」(これはおそらくポストモダンで言うのとはもはや意味が変わっているのでしょうが)の始源をプラトンに見る,という形でプラトンの新しい読み方を紹介しています.その「普遍性」とは超越的な真理の実在を意味するのではなく,独自の価値観を持つ諸個人や諸団体が共通の理解を言葉を介して求めようとする過程なのだ,というのが著者の主張です.このことを基本に,プラトンの著作をほぼ年代順に読み解いていきます.古典の研究家が持つのとはまた別の視点で読んでいるわけで,参考にはなります.
 このような考え方は私としては懐かしい匂いがします.今から十数年前に流行ったポスト構造主義の主張を思い出すからです.当時二十歳くらいだった私も,似たような思想を持っていました(著者はその頃から書き手の側にいた).歴史を研究する立場に入ってしまったので,あまりそっちの方は発展させませんでしたが.久しぶりに青春を感じさせてくれる著作でした.
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161. プラトン
斎藤忍随
岩波新書 1972.10
★★★★★
 やっぱり名著だなぁ.
 プラトンについての小難しい議論は抜きにして,超入門書として最適.ホメロスの描くアポロン像から始まってなかなかプラトンの話にまで至らないのですが,いつのまにかギリシャ文化の雰囲気に馴染み,その雰囲気の中でのプラトンを見出すことになります.哲学的に高度なことには触れていないのですが,それを抜きにしたプラトンを味わえます.そして,プラトンについて深く知りたい人は巻末の年代順著作案内に従って原典を読んでいきましょう.
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160. 地図の歴史 世界篇
織田武雄
講談社現代新書 1974.9
★★★
 山田さんの紹介.
 特に西洋の古代から現代(実際には主に17世紀くらいまでが中心)の地図の歴史と,最後に中国における地図の歴史が書かれています.詳しく論じるというのではなく,概説的にそれぞれの時代の代表的な地図が次々と挙げられていきます.世界知識の拡張に伴う地図の既知地域の拡張や地形図の精密化を主に論じていて,地図の歴史と共に地理知識の歴史も語ることになっています.また,投影図法などの数学的な面についてはあまり触れられていません.
 初等の入門書としては手頃です.折り込みでオルテリウスの彩色地図がカラーで載っています.
 表紙に見える地図は,17世紀オランダのブラーウによるネーデルラント図.ネーデルラントをライオンに見立てる(Leo Belgicus)有名な地図で,ネーデルラント史を扱う本には必ず載っています.


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159. 古代ギリシアの原子論
西川亮
渓水社 1995
★★★★
 著者は滅多にみつからない『デモリクトス研究』を書いた,この分野の専門家.この著作では,主に紀要などに発表されたデモリクトスからエピクロスに至る原子論の系譜を一次資料の翻訳と共に細かく見当していきます.この分野では洋語で書かれた文献は山ほどあるのですが,日本語のものはほとんどなくて,とても貴重な1冊です.私としてはデモリクトスの生物学的な部分について検討している部分や,エピクロスの霊魂論が非常に興味深いものでした.古代原子論の資料集としても役立ちます.結構値段ははりますが(9500円+税),こういう性質の本なので仕方ないでしょう.
 ただ,参考文献などが専門家には判るのだろうな,という書き方がちょっと不親切.さらに著者自身がワードで版組しているために,版組の不細工が目立ちます(註番号が行頭にきていたりする).やっぱりプロの仕事はすごいのだな,と思ったりもします.自分で版組をするなら横書き・脚注にすれば良かったのに.
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158. ギリシア数学史におけるゼノン
村田全
数学史の世界』(玉川大学出版会 1977.3), pp. 39-91所収
★★★
 これは論文.いわゆる「ゼノンのパラドクス」のゼノン(同名の有名人多し)についての学説史をまとめた論文です.ゼノンのパラドクスというのは,「ゴールには到達できない」「アキレウスと亀」「飛んでいる矢は止まっている」「競技場でのすれ違い」という4つの難題のこと.これらのパラドクスについては様々な人が様々なことを言っていますが,問題自体が原型で残っているわけではない(アリストテレス『自然学』にアリストテレスの解釈と共に残っている)ために,恐らく決定的な解決はいつまでたっても不可能でしょう.この論文自体が1964年に書かれたものなので,サボーの話が出て終わり.ゼノンのパラドクスの話題が出るたびに言及される論文なので関心のあるひとは必読.ただ,パラドクス自体を詳しく解説している,という種類のものではありません.
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157. 反「暴君」の思想史
将基面貴巳(しょうぎめん・たかし)
平凡社新書 2002.3
★★★
 現実と切り結ぶ思想史を目指して,単に思想史記述に留まらず,現実の問題を「考えるヒント」を与えようとする著作.内容は,著者の専門たる西欧中世政治思想と江戸時代の政治思想とを比較することで,両者の相違を浮き彫りにしています.著者によると,西欧の政治思想の基調にある「共通善common good」という重要な概念があり,その共通善に背くことが「暴政」であると定めます.この暴政に対する対処(暴君放伐・諫言)の西欧中世の例とそれに対応する江戸時代の政治思想の場合とを比較し,日本の思想に「共通善」の認識がないことを明らかにします.そのかわりにある心情主義(〈まごころは伝わる〉).倫理が美学にすり替わってしまうというのです.
 著者が指摘するまでもなく,現在の我々は暴政のただ中にいます.これを払いのけるためには,西洋の思想を導入するだけではだめです.幼稚な心情主義があってしまうなら,それを単純に否定するのではなく,その先に新しいより良い政治思想を作るべきなのでしょう.歴史を学ぶことの目的は過去を否定することではないはずだからです.それは簡単な道ではないのですが,明治維新以来それを避けてきた結果が今なのですから,いずれやらなければなりません.それができた時に,それができた文化を本当に世界に誇ることが出来るようになると思うのです.
 わかりやすい説明でよい入門書.さらに,参考文献も豊富.新書としての役割を充分に果たしています.
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156. ソフィスト
田中美知太郎
講談社学術文庫 1976.10
★★★★
 これも古典.もとは1941年に出版された本の改訂版を文庫化したもの.随分前に文庫化されていましたが(例によって)品切れ状態だったものが去年復刊されました.
 あまり実態がよく解らず非難される「ソフィスト」を資料の原典に基づいて解明した著作.実際,この本を今まで読んだことがなかったというのは私の大失態です.ソフィストにはどのような人物がいたか,その主張の内容,その活動の時代を定めた後,ソピステース(=ソフィストのギリシャ語原語で,著者は「ソフィスト」という名称に伴う悪評を避けるためにわざとギリシャ語原語を使っています)の目的が徳育だったこと,徳を教えるということは即ち弁論術(レトリック)を教えることだったこと,そしてしばしば弁論術が競技問答(エリスティケー)に堕してしまっていたこと,を論じます.そして,最後にソフィストの悪名の由来を(悪質な議論好きはもちろんとして)彼らの文化相対主義的な「徳」観と,「徳」自体が何であるかを追求しなかった態度に帰しています.この著作については文庫本付属の北嶋美雪の解説が優れています.
 今から60年前の著作ですが,確かにまだソピステースについてこの著作以上のものは書かれていないと思います.200ページに充たない文庫本ですが,内容は驚くほど濃いものです.幸いなことに,この著作で引用している原典はほとんど翻訳されているので(ピロストラトスの『ソフィスト伝』でさえ),原典を辿るのも容易になりました.レトリック史を研究したいと思う人は読むべきです(というか,読んでいなかったのは私だけか?).
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155. ソクラテス
田中美知太郎
岩波新書 1957.1
★★★
 ひさしぶりに古い本.
 ソクラテスという人物とその思想を,残っている資料からできるかぎり回復しようという試み.もちろん,歴史上のソクラテスという人物は書き物をいっさい残さなかった,というので,同時代の批判者としてのアリストパネス(喜劇作家の,『雲』という喜劇にソクラテスがでてくる)や,弟子であるプラトンとクセノフォンの著作から推理していきます.この著作は古典なので,既に知られている結論に到達するだけですが,「常識」というものを得るために読んでおいて損はありません.
 数年前に立て続けにソクラテス裁判の本が出ていたし,去年くらいにソクラテスについての本がいくつか出ていたのを見かけています.そういう本を読む時のための基礎資料として把握すべきことが書いてあるので,この著作は便利です.ただ,この本は今売っているのかな? なかったら,図書館へ.
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154. 改訂新版 思想史のなかの科学
伊東俊太郎・広重徹・村上陽一郎
平凡社ライブラリー 2002.4
★★★★
 もとは1973-4年のNHK放送講座を元にして1975年に出版された本の1996年の改訂新版.それをさらにアップデイトしています.
 内容は科学史.古代から現代までを非常に濃縮して記述し,前後に著者三人による鼎談を加えたもの.新版には立木教夫による初版出版後の科学の主な発展について書かれています(なので,著者名の部分に立木の名前を入れるべきでした).鼎談の部分は時代を感じさせる発言があり,今から観ると古めかしい部分もあります.さらに,本文の個々の科学史の話題についても,この四半世紀の研究成果を踏まえて細かく修正すべきところがあるのでしょうが,それでも入門書としては充分.科学史の初学者のための入門書としては適当な著作です.
 ただ,上記のような成立の著作のために,ファザーリーディングの示唆がありません.著者たちの弟子はたくさんいるのですから,それらの人々が参考図書を挙げてもよかったのに.
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153. ピュタゴラス派 その生と哲学
B. チェントローネ (斎藤憲訳)
岩波書店 2000.1
★★★
 Bruno Centrone, Introduzione a i pitagorici (1996)の訳.
 この本を読む前に和泉ちえによる辛口書評(『科学史研究』第39巻(2000年)n. 216, pp. 248-250)を読んでいました.なかなかなことが書いてあります(正当かどうかは別として).この著作を読むのでしたら,この書評にも目を通しておいた方がいいかも.
 この著作のことですが,ちょっと難しいです.訳者によるとこの著作はイタリアの「一般向け」なのだそうですが,日本人にはりっぱな専門書です.超入門書でないどころか,入門書ですらありません.一応古代ギリシャ思想の常識はおさえていないと理解して読むことは容易ではありません.しかし,主張は単純です.ピュタゴラス及びピュタゴラス派についての旧説はほとんど全て疑わしい,ということです.ピュタゴラス伝説とは何だったのか,ということくらいから知り始めなければいけない人(私のような)にとっては,この著作が入門書でないのは容易に推測できると思います.ただ,ピュタゴラス伝説への懐疑を決定的にしたBurkertの著作Weisheit und Wissenschaft. Studien zu Pythagoras, Philolaos und Platon (1962年,英語版Lore and science in ancient Pythagoreanism, 1972年,かなり大著らしい)への入門書,とは言えるでしょう.チェントローネの著作は,このBurkertの著作の敷いた脱-哲学者・科学者ピュタゴラスというラインをその後の成果も併せて紹介し,後半のピュタゴラス主義についてはDominic O'Meara, Pythagoras revived. Mathematics and philosophy in late antiquity (1989)に主に依拠して解説している,というようです.つまりこの著作を読むと,2冊分以上の知識をダイジェストで得られる,というわけです.
 さて,最初に挙げたの和泉による書評によると,この著作はBurkertラインを強引に行くもので,ピュタゴラスの影響力を弱める一方でプラトンを持ち上げすぎるきらいがある,ということです(実際はもうちょっとキツイ書き方になっています).けれども,ピュタゴラス派とプラトン派は思想史的には相互に絡み合う複雑な関係で,結果的に一方に多くの懐疑を賦せば他方が持ち上げられるのは仕方のないことでしょう.著者はBurkertのラインに立ち,そこから概観しているのです.ただ,著者は,何がどこまで解っているか,どの資料がどれだけ信頼できるか,何が問題で何がまだ不明なのか,ということを明らかにして書いてくれているので,結構バランスが良いと思います.訳者が「出来上がった哲学史の記述ではなく,哲学史研究の工事現場を訪れる趣が本書の最大の特徴」と言っている通りだと思うのです.
 ほとんど毎ページ毎行に及ぶのではないかと思われるほどの訳者の補足を観ると,きっと原書より読み易くなっているのだろうな,と思われます(もちろん,イタリア語が日本語と同じほど読めたら,という前提で).文献も1999年までのものがアップデイトされていて便利.参考文献も,訳者が別の所で,それを観るためだけでもこの原書を買う価値があると言っているくらいに網羅的.研究史によって文献の評価があるのは親切.関心がある人は是非手に入れておくべき著作です.
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152. 自由学問都市 大坂 懐徳堂と日本的理性の誕生
宮川康子
講談社選書メチエ 2002.2
★★★
 大坂(江戸時代はこの字だった)にあった学問所「懐徳堂(かいとくどう)」につどう人々の仕事を紹介しながら,商人・武士といった階級を超えた(したがって日本思想の主流にはなれなかった)「合理性」の思想を再評価した著作.
 懐徳堂というとテツオ・ナジダの著作の題名でしか知らなかった私にとっては,知らないことが多くておもしろく読めました.また以前少しだけ調べたことのある大坂の蘭学者たち(麻田剛立・山片蟠桃)についても書かれていて,この本がもっと早く出ていたらなあ,と嘆息です.話としては,懐徳堂の成立とその官許の経緯,反荻生徂徠(おぎゅう・そらい)という指向,富永仲基(とみなが・なかもと)の思想(←これがおもしろい),中井兄弟の弟履軒(りけん)と上田秋成の共通点と相違点(秋成は懐徳堂に学んだことがあるらしい),反心学(石田梅岩の石門心学),中井兄弟の兄竹山(ちくざん)の政治・社会思想,麻田剛立(あさだ・ごうりゅう)の医学と天文学,山片蟠桃(やまがた・ばんとう)の『夢の代』の合理主義,と展開します.
 と,かなり詰め込んだ内容なので,それぞれの話題はあまり深く掘り下げられません.けれど,全体を概観するのがこの著作の目的なのでしょう.
 おもしろいヒントがいくつか見つかります.たとえば,富永仲基の言語思想は90年代の認知意味論(レイコフとか瀬戸賢一とかの)での諸概念を使って読み解くとおもしろい結果が出るやもしれません.また,たまたま私が知らなかっただけかもしれませんが,麻田剛立の医学と天文学への関心は,西洋のルネサンス頃までの医学と天文学(占星術)との関係を考えると,無縁ではないでしょう.また以前読んだ『ユトク伝』からも判るように,仏教(チベット密教)でも天文学と医学とが密接に関連していました.こういうところって,もう研究されているんですかね?
 この著作は超入門書ですが,ファーザーリーディングがあまり挙げられておらず,著作中で取り上げられている一次文献についての案内が無いというのがちょっと不親切.
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151. ソクラテス以前の哲学者
廣川洋一
講談社学術文庫 1997.11
★★★
 もとは1987年に同じ出版社から出された単行本.
 普通「ソクラテス以前」というと,タレスからデモクリトスまでなのですが,それにヘシオドスやソフィストまで加えているというのがこの著作の特徴.個々人についての説明がかなり短いことがちょっと不満ですが,入門書としてはしかたないところでしょうか.
 この文庫本の後半は原典の翻訳になっていて,1冊あるととても便利.また,文献案内(特に日本語による研究が多く挙げられている)もあり,親切です.
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150. ユークリッド『原論』の成立 古代の伝承と現代の神話
斎藤憲
東京大学出版会 1997.6
★★★★
 日本の学問レヴルについて安心できる著作.驚くことにこの著作は入門書であり,根気よく親切に初学者にも判りやすい・痒い所に手の届く解説がなされています.序文に「多少の数学の知識と,僅かばかりの忍耐力」でこの著作が楽しめる,と書いてある通りなのです.ただし,超入門書ではありません.
 下の著作が1975年刊行,そして,まさにその年から古代ギリシャ数学史についての従来の「定説」が崩れてしまい,その後の新しいパースペクティヴはまだ見えていない,というのが現状なのだそうです.この状況下で著者は,伝承された原典を批判的に読み直し,より慎重に,より「コストの少ない」やり方でユークリッドに至る道を示そうとしています.著者が副題にもある「現代の神話」として退けることに熱心なのはピュタゴラスとピュタゴラス派についての俗信です.第1部は,ピュタゴラス派が高度な数学を有していた,というこれまで信じられてきた神話が「神話」にすぎないことを示すのが主な主張です.第2部は著者の博士論文のテーマである比例論についての話なのですが,これについて詳しいことを私に訊かないでください.
 参考文献は有り余るほど豊富.さらに文献解題がついていて,何をどう読めばいいかという示唆が非常に有用.
 この著作の読み方についての私の助言としては,まず,証明とかテクニカルな数学的部分はとばして全体を読んでみた後に,ストーリィを頭に入れてからもう一度詳しく証明を辿ってみるというのが判りやすい読み方だと思います.テクニカルな部分に夢中になるとそれまでのストーリィを見失う可能性があるからです.興味を持った人はトライしてみましょう.
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149. ギリシア人の数学
伊東俊太郎
講談社学術文庫 1990.9
★★★★
 1975年に出た本からの文庫化.著者は私の師匠の1人.私にオランダ方向を指し示した先生です.
 題名は「ギリシア人」ですが,実際にはエジプトとバビロニアのことも触れられています.エウクレイデスまでの数学史,というのが内容です.簡明にして充実,必要なことはこの薄い文庫本(本文で230ページ強)でまかなえます.
 著者の主張は,エウクレイデス(ユークリッド)に代表される論証を伴う公理論的数学が成立した理由は,直感的証明を発見したタレス,概念的な証明を必要としたピュタゴラス派,そして公理を要請したエレア派の哲学者たち(パルメニデスやゼノン)を充分に意識し,その方法を吸収したからだ,というもの.こう書いても,判らない人には全く判らないと思いますが,このことはギリシア数学史では非常に重要な問題なのです.数学のみならず,科学も哲学も時には宗教さえも必要とした論証と公理論的構成の起源がこの時代のここにあるので,西洋思想史に関心を持つ人はこの著作を一度は読んでおいて損はありません.
 エウクレイデスへのエレア派の影響を論じたのはアルパッド・サボーの見解で,その主著『ギリシア数学の始源』(玉川大学出版部 1978)で展開されています.この翻訳書は現在手に入らないので,気になる人は図書館へ.
 ただ,この著作はもう四半世紀以上も前のもので,文庫化の際に参考文献がアップデイトされていますが,それからでも既に12年が過ぎてしまっています.この間の重要な成果も合わせ読まなければなりません.少なくとも日本語でレヴルの高い研究書が2冊出版されています.そのうちの1つが下の室井和男の『バビロニアの数学』で,もう1つは斎藤憲の『ユークリッド「原論」の成立』(東京大学出版会 1997.6)です.関心を深めた人はさらに進んでみてください.
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148. 後期ギリシア科学 アリストテレス以後 叢書・ウニベルシタス662
G. E. R. ロイド (山野耕治・山口義久・金山弥平 訳)
法政大学出版局 2000.1
★★★★
 G. E. R. Lloyd, Greek science after Aristotle (1973)の訳.
 下の続き.私の不得意な古代末期の話.アリストテレス以降のリュケイオン,ストア派とエピクロス派,ヘレニズム時代の数学・天文学,プトレマイオス,ガレノス,機械学等が扱われます.この時代くらいから普通の哲学史では扱わない人物が出てきます.ということで,知らない人にはなかなか馴染みのない名前かもしれません.
 あいかわらず内容は判りやすい.数学と医学をバランスのある記述が出来るのもロイドならでは.この時代についてはあまり類書が日本語ではないので,これを読みましょう.
 問題は,この本の訳者に専門の科学史家がいない,というところでしょう.勿論,訳者たちが不充分というのではなくて(訳注はかなり丁寧),こういう翻訳に専門家が絡めない,というのはいかにも残念だ,と思うのです.でも,とにかく,この訳を読んでこの時代に関心を持つ人が出てきてくれれば大成功といえるでしょう.
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147. 大英博物館双書 古代エジプトを知る パピルス 偉大なる発明,その製造から使用法まで
リチャード・パーキンソン+スティーヴン・クワーク (近藤二郎 訳)
學藝書林 1999.6
★★★★
 Richard Parkinson & Stephen Quirke, Papyrus (1995)の訳.
 パピルスの製造から,パピルスに書かれた文字やレイアウト,さらにエジプト以外でのパピルスの使用,パピルスの衰退と復活までを豊富な図版と共に150ページほどにまとめた非常に見通しの良い著作.本の歴史,古代地中海の歴史に関心を持つ人は必読.
 これは超入門書です.
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146. 初期ギリシア科学 タレスからアリストテレスまで 叢書・ウニベルシタス459
G. E. R. ロイド (山野耕治・山口義久訳)
法政大学出版局 1994.12
★★★★
 これはかなり私の専門.Geoffrey Ernest Richard Lloyd, Early Greek science: Thales to Aristotle (1970)の訳.
 この時代のいわゆる「科学」の内容とその方法論について簡潔にまとめた好著.とりあえず,古代ギリシアの科学について知りたいのならばこれを読むべし.ロイドなので,医学・生理学方面についても記述があります.向こうの大学教養課程に読むくらいの本で,超入門書という感じではありません.けれど,もっと易しいの,というとあまり思いつかないので,やっぱりこれを読むべきでしょう.
 結論にちょっと書いてある学者たちの経済生活については既に下で読んだ論文がロイドを補強する意味で役立ちます.
 精選参考文献もあり,訳者たちによって1970年以降のものも加えてあります.
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145. マンガ心理学入門 現代心理学の全体像が見える
ナイジェル・C. ベンソン (清水佳苗・大前泰彦 訳)
講談社ブルーバックス 2001.3
★★★★
 Nigel C. Benson, Introducing psychology (1998)の訳.
 題名通り心理学の入門をマンガを使って行う著作.マンガ,といってもストーリィものではなく,どうやら昔のキンダーブックや小説の挿絵に勝手な吹き出しを付けている「イラスト」が頻繁に出てくるだけで,解説は文章で行われています.しかし,このイラスト選択のセンスが良し.以前同じブルーバックスで「マンガもの」を読みましたが,それとは雲泥の差です.心理学の超入門書として適切.
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144. 地上の夢 キリスト教帝国 カール大帝の〈ヨーロッパ〉
五十嵐修(いがらし・おさむ)
講談社選書メチエ 2001.10
★★★★
 私の歴史の弱点として,古代末期から中世初期と18-19世紀という部分がよく判っていません.不得意教科の克服.というわけで,読んでみました.
 カール大帝,シャルルマーニュなどと呼ばれる800年前後に生きたカロリング朝フランク王にして皇帝の生い立ちと政治的活動を追いながら,その活動の目的が「キリスト教」に基づく統治を広めようとする戦いであったことを明らかにしていきます.そのために,同時代のローマ教皇との関係,さらにビザンツ帝国との関係も詳しく書かれています.そして,副題にあるように,このカール大帝の活動が後のヨーロッパ概念の基礎を創った,というのが著者の主張です.
 カール大帝についてのほとんど初めての日本語による超入門書.ほとんど予備知識無しに中世初期のハイライトの時代を読むことができます.「カール大帝」の呼称についてまで書かれているというのは,日本人による超入門書ならではの配慮.研究もなるべく最新のものをフォローしています.手頃な長さ・値段もよし.参考文献もあり.この時代について知りたい人は,まずこの本を読んでください.
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143. 思い違いの科学史
青木国夫 他
朝日文庫 2002.3
★★★
 1978年に朝日新聞社から出た本の文庫化.もとは,(今は亡き)『科学朝日』という雑誌に連載されていたもの.
 様々な時代・地域・分野の科学史についての雑学エピソードを「思い違い」というキイワードで並べた著作.当時はまだ中堅だった科学史家の面々が執筆しています.わりとおもしろく読めます.
 ただ,四半世紀前の本を復刊するに当たって,ほとんど全く書き換えていません(いくつかのミスも含めて).そのため,ファーザーリーディングの示唆がないのは非常に残念です.ということで,これを勧めるかどうか迷うところですが,板倉聖宣(いたくら・きよのぶ)の書く最後のエピソード「水中で花粉は動く」だけでも読んだ方がいいかもしれません.科学史家の自戒として.
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142. ピノッキオの眼 距離についての9つの省察
カルロ・ギンズブルグ (竹山博英 訳)
せりか書房 2001.10
★★★★★
 Carlo Ginzburg, Occhiacci di legno: nove riflessioni sulla distanza (1998)の全訳.ギンズブルグの本は早く翻訳されて嬉しいです.
 イタリア人の著者がUCLAという違った環境で教えることになってから感じた「距離」から発して,歴史における様々な「距離」の問題を論じる著作.ヨーロッパの知的伝統はこうだ,というくらいに古代から現代までの文献がこれでもかと出てきます.しかも,そのどれもがテーマに沿って再編成され,見事な序列をなして1つのストーリィを構成しているのですから,一読者としては溜息をつくだけです.
 ユーラシアの東の果てで,西の果ての歴史を研究している私のような人間にとって「距離」は日常です.しかも,西欧の東から西に移動しただけの「距離」などは,日本人が西欧に対して感じるものと比べればほほえましいほどでしかありません.それでも著者はこれだけの仕事をやってのけています.また,著者は博学で,この著作も4分の1は他の著作の引用ではないか(ちょっとおおげさ)というくらいなのですが,驚くことにそのほとんどに日本語訳があります.日本での先人の努力には敬服します.ということは,日本でも,優れた歴史センスと「距離」感を持っている人ならばギンズブルグなみの仕事は可能なわけです.私はなぜこんな仕事ができないのでしょうか?
 この焦りに似た気持ちが私を目覚めさせてくれます.歴史を学ぶ際に,過去を知ることは出発点に過ぎないのです.それを忘れないように.以上は少し個人的感想.
 翻訳には多少難があります.訳語の選択が「適合」的でなかったり,訳が生硬だったり,意味を酌めばもう少し判りやすく訳せた部分がしばしば見つかりました.けれど,それが分かるということは,そんなには問題なく読める,という意味でもあります.
 扱っているテーマも,ソーカル事件から派生する話や,「自由主義」とやらの歴史改竄に対する話とか,特に歴史を専門とする人じゃなくても全く読んでみて損のない話題ばかりです(ただ,固有名詞にくらくらするかもしれませんが).むしろ,歴史にちょっとくらいは関心があるけれど,という人が読んでみるのがいいかも.ただし,入門書ではありません.いうまでもなく,歴史に関心のある人は必読.
 また,ギンズブルグのおもしろさを体験するには『チーズとうじ虫』(みすず書房)を読むべし.
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141. エロイカの世紀 近代をつくった英雄たち
樺山紘一
講談社現代新書 2002.1
★★★
 講談社が出していた『ベートーヴェン全集』(全10巻 1997-2000)につけていた解説をまとめて本にしたもの.
 ということで,ベートーヴェンの交響曲「エロイカ」に引っかけて,ベートーヴェンの生きた1770年から1820年代までのドイツを中心としたヨーロッパ史を英雄(特にナポレオン)の時代として描く歴史概説.著者はどちらかというともうちょっと古い時代(ルネサンスくらい)の専門家なのですが,歴史家としての腕を活かして読み易くまとめています.
 超入門書としてお勧め.
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140. 図説 数の文化史 世界の数学と計算法
K. メニンガー (内林政夫 訳)
八坂書房 2001.4
★★★★
 Karl Menninger, Zahlwort und Ziffer: eine Kulturegeschichte der Zahl (1958)のPaul Broneerによる英語訳(1969年)の第2部だけの重訳.
 題名というよりも副題の方がこの本の内容をよく現しています(原題がそうであるように).豊富な図版によって古代から17世紀くらいまでの数と算術の歴史を,バビロニアから中国・日本までの広範囲に渡って論じている著作.かなり楽しく読める著作です.数の表し方や計算の仕方について私はあまり知らなかったので,得るところは大でした.そういうことを知ると実際どんな分野であっても原典を理解することがかなり容易になります.また,この著作は主に古代からルネサンスまでの西洋における算術の歴史も辿っているので,通常の「高級な」数学史(数学思想史とか)には出てこない知識を得ることができます.この意味でも読んでみる価値はあります.
 ただ,固有名について原綴りを載せてあればもっと良かったのですが.
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139. 非ヨーロッパ起源の数学 もう1つの数学史
ジョージ・G. ジョーゼフ (垣田高夫・大町比佐栄 訳)
講談社ブルーバックス 1996.5
★★★
 George Gheverghese Joseph, The crest of the peacock (1990)の訳.
 インドに生まれアフリカで育つなど各地の文化に触れてきた著者が,従来の数学史のヨーロッパ中心史観に疑問を抱き,ヨーロッパでない世界の数学について記述したもの.エジプト,バビロニア,インド,中国,アラビアが論じられます.ただし,主に英語の二次文献を利用して書かれたもので,信頼性も二次文献に由来しています.下の本など読んでいると,ちょっと議論は雑です.こんなに現代風に書いちゃっていいのかな,という部分も時々見受けられますが,まあ,入門的なものとしてはいいのでしょうか.細かい批判は専門家にお任せします.
 おもしろいかどうか,というと数学好きの人にはおもしろいのかもしれません.
 参考文献も多数あり.
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138. 占星術の起源
矢島文夫
ちくま学芸文庫 2000.8
★★★
 どうかなぁ,と思っていたのですが,読んでみたら結構良かった.
 今から20年ほど前に出た本に他のエッセイを足したもの.各エッセイに補足がついてアップデイトされています.
 古代バビロニアから始まってギリシャ,アラビアを経て近世に至る12宮占星術の歴史が第1-5章,古代占星術についてのエッセイが2つ,最後に古代オリエントについてのエッセイが2つ,という内容.説明が簡単すぎて若干不親切ですが,まあ,とっかかりとしてこれを読むというのはいくらか良いと思います.占星術の歴史についての解説書はいくらかありますが,これが一番短くて良いのでは.
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137. 東西奇ッ怪紳士録
水木しげる
小学館文庫 2002.1
おもしろい
 久しぶりにマンガです.
 あの妖怪マンガ家の描く伝記もの.1996年から1997年にかけて連載されました.最初の5話は平賀源内の話.第6話は二笑亭主人の話.第7話は貸本マンガ家時代末期の著者自身の体験の話.第8話はヒトラーの話.第9-11話は南を舞台にした創作もの.第12話は下で言及したシュヴァルの話.最後の第13話は江戸後期の「鳥人」幸吉の話.どれも有名な「奇人変人」ばかり.とにかくおもしろい.独特のユーモアと突き放したような皮肉に満ちています.上のラインナップに関心のある人は読んでみて悔い無し.750円は高くない.
 同じ著者の『劇画ヒットラー』(ちくま文庫 1990)も併読をお勧め.
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136. バビロニアの数学
室井和男
東京大学出版会 2000.3
★★★★
 バビロニアの数学について,日本で初めてオリジナルの楔形文字からの研究.
 これを読むのはきっと特殊な人でしょうが,もし,万が一,バビロニアの数学に関心を持ったとしたらこの本を読むべきです.確かにノイゲバウアーの古典の翻訳があるわけですが,こちらの方が圧倒的にup to dateであり,我々にとって「痒い所に手が届く」書き方がされているからです.
 バビロニアの数学の特徴は,基本的には算術であった,ということです.つまり数学というものがまさしく数の計算の問題であった,ということです.これはギリシャの数学が幾何学を尊しとしたことと対照的です.これは,バビロニアの数学が官僚の実務計算のためのものだった,ということに原因するのでした.実務的数学である限り,その数学は合理的です.従って,バビロニアの数学についての俗説(数神秘主義があったとか)を著者は明快に否定します.
 このバビロニアの数学というものは,いわゆる古バビロニア時代(紀元前2000年頃〜1500年頃)に最も栄えたのだということです.その後は廃れてしまって,セレウコス朝時代に少し復活するだけとなります.しかし,その影響はギリシャとインドにはっきりと伝わりました.特にインドの数学とは傾向が似ていることが興味深いところです.
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135. 古代バビロニアの歴史
ホルスト・クレンゲル (江上波夫・五味亨訳)
山川出版社 1980.3
★★
 Horst Klengel, Hammurapi von Babylon und seine Zeit (1976/1978)の訳.
 古代バビロニア一般の歴史かと思ったら,原題にある通り,ハンムラピ王のことが中心.というので少しがっかりしました.邦題に難ありです.ただ,基本的にその前後の主に経済的・法律的関係についての記述があります.それが普通の歴史というものなのでしょうが,私には退屈でした.また,超初心者向けでもありません.既にこの時代についての知識をほとんど常識として持っている人には難なく読めるのかもしれません.その証拠に,この本には地図が1枚もないので,各都市の位置関係とかが全く解らないのです.充分に勉強してからならこの本を読めるのかもしれません.
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134. 近代手術の開拓者
J. トールワルド (尾方一郎訳)
小学館 1996.12
★★★★
 Jürgen Thorwald, Das Weltreich der Chirurgen (1957)の訳.題名の直訳は「外科医の世界帝国」.
 下の続き.前の本の次の時代の話題について,同じ主人公が絡む形で小説風に展開します.話題は脳外科の始まり=大脳局在論の外科的証明(第1章),甲状腺摘出手術の失敗と成功(第2章),脳腫瘍手術の初め(第3章),胆石除去のための胆嚢摘出手術(第4章),脊髄の腫瘍(これが青いアーモンドのように見えるらしい)の摘出手術(第5章),そして最後が99日だけドイツ皇帝だったフリードリヒ3世の喉頭癌を巡る外科医達の攻防(患者はそっちのけにしてね)が語られます.
 下を読んだのなら,これも読んでみるべき.
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133. 外科の夜明け
トールワルド (塩月正雄訳)
講談社文庫 1971
★★★★
 Jürgen Thorwald, Das Jahrhundert der Chirurgen (1956)の訳.「外科の世紀」というのが直訳です.
 ものがものだけに,最初はあまり期待していなかったのですが,読んでみて意外におもしろいお話になっていました.
 この著作は,19世紀の外科学の発展を架空のアメリカ人医師を通して物語風に語るという形式になっています.まあ,歴史小説の常道ですね.ドイツ人の著者がアメリカ人を登場人物にした理由は,この世紀の偉大な発見である「麻酔」の最初の実験がアメリカで行われていて,そこから語り始める必要があったからでしょう.無痛手術の成功の最初の例として膀胱結石の除去手術の話が冒頭にあります(そのためにお話が時間的に混乱して始まる).以前の膀胱結石の除去手術がこんなにひどいものだったとは知らなかったのでぞっとしました.会陰部を切り裂いて下から結石を取り出すのです(もちろん,まだ麻酔の無い時代).膀胱に達するのに何故腹部から切り裂かないのか,ということが後半の主題になります(消毒しないで腹部を開くと腹膜炎を起こし確実に死に至るから).前半はアメリカにおける麻酔の発見を巡る人々の悲喜劇とイギリスにおける受容とヨーロッパへの広まりのお話.後半は,無痛手術が可能になるとかえって手術の死亡率が増えるというパラドクスから,手術の際の「消毒」の話題へと広がります.消毒については,よく知られたゼンメルワイスの悲劇からコッホによる細菌の発見という援軍を得てもなお遅々たる足取りの普及が語られます.この2つが大きなイヴェントで,後は胃ガンの手術(主人公の妻がこの病気でなくなる),虫垂炎の手術,心臓外科の始まり,と続きます.
 小説仕立てのためにそれほど専門知識を持たなくても読み易いというのは大きな利点です.勿論,専門的に見たら細かい間違いなどがあるかもしれませんが,この著作で関心を持ってもらえればより細かい部分についての著作にも自然と手が伸びることでしょう.
 翻訳もかなり滑らかです.ただ,固有名詞の音訳については若干問題有り(著者の名前からして妥当でない)なのですが,残念ながら元綴りを確かめる手段がこの訳書にはありません.
 私はたまたま古本屋で見つけた講談社文庫版で読みました.この本は以前はハードバックの大きな本で出ていて,現在でも古本屋でとんでもない値段で見かけますが,それは購入すべきではありません.近年この著作の新訳(大野和基による)が小学館の地球人ライブラリーというシリーズから出ているので,こちらは現在でも比較的安く購入できると思います.地球人ライブラリー版では,ファザーリーディングがたっぷり(表紙の写真入りで)含まれていますのでそれも良し.
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132. 邦訳『スピノザ全集』の学的価値 斎藤?氏の業績を検討す
畠中尚志
思想』, 1934.7, n. 146: 70-85
スピノザの翻訳に就て 畠中尚志といふお方
斎藤?(しょう)
思想』,1934.8, n. 147: 101-110
斎藤?氏の謬見を正す──スピノザの翻訳問題を中心として
畠中尚志
思想』, 1934.11, n. 150: 115-122
 3つとも論文.古いですなぁ.すぐ下の戸坂の翻訳についての引用はこの論争に関して言われたもの.「?」になっている字は日ヘンに向という字で,「しょう」と読みます.
 この項は参考までに,ということなので評価は無し.

 まず,予備的知識.
 Spinoza(1632-1677)はオランダが産んだ,最もオランダ的でなくかつ最もオランダ的な(ほとんど唯一の)哲学者です.アムステルダムの亡命ユダヤ人社会に生まれて,諸般の事情によりユダヤ社会から破門を喰らった後,オランダの自由主義思想家グループの支援を受けて生活しました.著作は,当時の教養人としてラテン語で書きました(叙述に用いるほどオランダ語には精通していなかったということです).主著である『エティカ』,学問方法論である『知性改善論』,デモクラシーの基礎を提出した政治学の著作『神学政治論』『国家論』(絶筆のため未完),デカルトの『哲学原理』を解説した『デカルトの哲学原理』(これは結構役立つ)はラテン語で書かれています.けれども,かなり初期に書かれたとされる著作はラテン語原文が残っておらず,弟子によるオランダ語訳(17世紀のオランダ語なので現在のオランダ語と少し異なる)だけが残っています(19世紀に入って初めて発見されました).それが『神・人間及び人間の幸福に関する短論文』,略して『短論文』と呼ばれます.「短い」といっても,『知性改善論』の倍くらいあります.
 スピノザの著作集は死後すぐに公刊されましたが,初めての批判版としてGebhardtによって1925年に4巻本の全集(ゲプハルト版と呼ばれる)が出版されました.この全集の翻訳が昭和初期に企画され出版されたのでした(私はそのことを全く知りませんでした).全4冊の予定で,1934年段階で既に第1巻と第2巻は発売されていたそうです.その訳者が斎藤でした.この企画がその後どうなったのか知りませんが,2巻までしか発売されなかったようです.

 さて,上の3論文.現在の時点からみると,畠中はスピノザ翻訳の権威であり,斎藤の訳は全く忘れ去れさられているといってもいいでしょう.
 第1の畠中論文は,既に出ていた斎藤版のスピノザ全集の訳を問題としています.特に(ひどさが典型的と畠中が考える)『短論文』の訳を問題とします.畠中が問題視するのは,斎藤がゲプハルト版の古オランダ語から訳したと言っているのに,実はそこからではなくゲプハルト版以前に出ていた独語版からの重訳である,という点です.誤訳や悪訳が頻出するのは様々な場合にありうることとはいえ,オリジナルのテクストに忠実でないという点のために斎藤の「学的良心」に対して疑念を抱き,畠中はこの激しい論文を書いたのでしょう.
 その畠中の批判を受けて斎藤が第2の論文を書きました.この論文は当時の両者の関係を反映しているのでしょう.レトリックとしては申し分ないものです.畠中の激しい論調に対して穏やかで諧謔に富んだ調子を崩さず,「お若い方,まあカッカせずに仲良くやりましょうや」という感じで書かれています(斎藤は当時36歳).この時,斎藤の反論の要点は,既に出版されていた畠中訳『知性改善論』(1930年初版)での脱落の指摘と,『短論文』のオリジナル・テクスト自体の信頼性に問題があるのにその訳について難じるのは不適当だ,というものです.その上でお互いに誤訳を指摘し合っても「道化役者」が2人になるだけだ,と畠中の追及をかわします.つまり,斎藤は畠中の批判には全く応えていないわけです.
 そして,第3の論文で畠中が再反論に立ちます.まず,斎藤からの論難を見事に弁じきって,かえって斎藤のレトリックを見破ってさえいます.最後に畠中がこのような論文を書いたのは,斎藤の訳がひどかったことと「古い独訳から重訳された後を所々に残して居られるにかかはらず全くテキストからのみ訳したかの如く巻頭に記してゐられるその学的無良心を遺憾と思つたまでである」(pp. 735-736,旧漢字は直した).この反論に斎藤は応えることは出来なかったのでしょう,少なくとも後の号ではもはや斎藤の再々反論は見られないし,斎藤訳のスピノザ全集もストップしてしまったようです.後に畠中自身が岩波文庫に『短論文』を翻訳しますが,その冒頭にはかなり長文のテクストクリティークがあります.この論争を意識しての記述であることは間違いありません.

 この論争のキィ・タームは戸坂の言うように「学的良心」です.戸坂は,この論争自体は畠中の圧倒的勝利であると判断しますが,畠中の,いやその畠中の論文を出した岩波の『思想』誌が持つ思想警察的な役割に反感を持っています(あるいは,単に,実際に警察に弾圧されつつあったことへの当てこすりか).そのために,下の項での引用の第1番目や第4番目のような発言をすることになるわけです.ただし,戸坂は畠中の「学的良心」が,正直であるか嘘をついているか,という点のみにかかっていることを見過ごしています.恐らく斎藤が『短論文』は古い独訳から訳したと言っていれば,畠中は「学的良心」云々の譴責はなかったでしょう(どうして旧訳を使ったのかについて激しくつっこむとしても).そう言うか言わないかは事情如何と関係なく,やはり良心の問題だと私は思います.みなさんはどうでしょうね?

 ややもすると私も「学的良心」と言ってしまいます.訳したばっかりに文句を言われる,ということを恐れて翻訳がしにくくなるという状況を戸坂は恐れていました.私もそう思います.現在でも,私の専門の分野だけでも「読んではいけない」とされる有名な翻訳書がいくつもあります.それでもないよりはましだという意見があるし,ない方がよほどましという意見もあります.けれど,重要な本ならばいつか旧訳をふまえてより良くなった翻訳をすべきなのであって,それを(版権だとかつまらないことで)妨げないことが「学的良心」を持つ人の行為だと讃えられることになるでしょう.誤訳を指摘されると正直,腹が立ちます,いやあなたに対してだけでなく,自分に対しても.でも,学問を行う者ならば間違えたことにも根拠があるように叙述すべきなのです.それが「学的良心」と呼ばれるものだ,と私は思っています.
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131. 読書法
戸坂潤
戸坂潤全集 第5巻』所収,勁草書房,1967.2
★★★
 実際はブック・レヴューを集めたもの.もとは1938年に三笠書房から出版された.
 ここで挙げられている本を私はどれ1つとして読んだことがありません(そして,よほど戦前の思想に関心のある人でない限り私と同じでしょう).戸坂は科学論にも関心を持っていたので,それっぽい著作も読んでいます.また,理研の大河内正敏の理念である科学主義工業を批判したあたりは,科学史にも関係あります(付2 「『科学主義工業』の観念 大河内正敏氏の思想について」pp. 411-420).あと,小倉金之助の『科学的精神と数学教育』とかも.
 自戒として以下を引用
「[翻訳に感心しない箇所が多い]こういう場合,世間の自称篤学者達は何かというと訳者の「学的良心」といったようなことを口にしたがる.それもむろん必要なことに違いはないが,併し翻訳者なり著者なりの仕事の全体から切り離して,又出版屋の資本上の制約からも抽象して,単に之やあれやの書物の出来栄えで人間の「学的良心」を云々することは全く世間を見る眼を持たぬ非常識だ」(p. 361)

「さて普通に漠然と考えられている所謂「ブック・レヴュー」は,一面に於て著書に盛られた著者の思想の原則的な解説・批評・であると共に,他面に於て,出版物としての本に対する公正な読者による時事的な解説・批評・を建前とするものである.[中略]読者が1人の経済人として本を買う時の参考になるように書くのが,商品出版物としての著書のブック・レヴューのやり方であるべきだ」(「ブック・レヴュー論」p. 445)

「読む順序のシステムは,教程のように初めから人工的には決まらない.次から次へと自然に導かれるべきである.次の本を選ばせるだけの暗示を与えない本は,その当座は自分に役に立たぬ身に添わぬ本と思えばよい.そして次のは,割合あてズッポーに選べばよい.問題にひっかかって来ると,本の選択などは本自身が教えて呉れるだろうと思う」(「如何に書を選ぶべきか」pp. 449-450)

「だから結局,その質の良否は第二段として,翻訳をやらぬよりもやった方が一般に価値があるのだという事実を私は強調したいのである」(「翻訳について」p. 454)
 当り前のことを言ってると思う? なら,あなたも実行しなきゃ.
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130. 知の再発見双書72 錬金術 おおいなる神秘
アンドレーア・アロマティコ (種村季弘 監修)
創元社 1997.12
★★★
 フランスの例のシリーズの翻訳の1冊.
 1400円という値段の割にきれいな図の多い本.もっと高い錬金術図像集とかもありますが,入門書として手元に置くにはぴったりですね.期待していなかった分,悪くない感想を持ちました.錬金術について全く知らないが関心はある,あるいは錬金術を全くインチキだから知る必要はないと思っていたが最近気が変わった,という人はこの本あたりをとっかかりにすべし.
 この手の著作にありがちなユンク系のゴタクが無い点に好感.比較的歴史的な記述があり,錬金術というものの一番基本的な発想は把握できるでしょう.それ以降の知識を得るには吉本先生平井博士のサイトで挙げられている参考図書を読むべきです.
 この著作の最後にある現代の錬金術者についての記述は,好きな人は読めばいいでしょう.私は読みません.
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129. ヒトの意識が生まれるとき
大坪治彦
講談社選書メチエ 2001.8
★★
 以前少し私の中で発達心理学ブームが起こった時,生まれたての新生児くらいからの話でしたが,この著作では母胎内にいる胎児までも視野に入れています.様々な機器の発展から直接胎児を研究することも一部では可能にはなっていますが,著者の研究は早期産児(予定日よりはるか前に生まれてしまった,いわゆる未熟児)を対象にしているところがミソです.早期産児がまだ母胎内にいる受精からの日数が同じ胎児と同様にふるまう部分があるからだそうです.最近の研究では胎児に既に聴覚・味覚・触覚だけでなく視覚もあること(母胎内は真っ暗ではなく薄暗い)が判っていたり,受動的な感覚だけでなく,能動的に感覚を使う(眼球運動や肢体運動)ことも認められているといいます.
 著者は,胎児や新生児での意識の発生を親との「交流」をキィ・ワードにして研究しようとします.そこには,親自体が親になる過程も新生児との具体的な関わりの中で生じる(父親という自意識は,母乳を運ぶという具体的な行動によって強化され,愛情の実感へとつながる)という見解も含まれます.
 慎重に書いているせいなのか,問題がはっきりしているわりに,結論がぼやけた感じになっている著作.
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128. 書物の出現 上・下
リュシアン・フェーヴル+アンリ=ジャン・マルタン (関根素子・長谷川輝夫・宮下志朗・月村辰雄 訳)
ちくま学芸文庫 1998.11
★★★★
 もとは1958年に出版された本の1971年の第2版からの翻訳で筑摩書房から1985年に出版された本の文庫化.
 15-18世紀西欧における印刷術の展開と活字本の出現・展開を,モノとしての書物の制作・流通だけでなく,内容の伝播までを調査した非常に範囲の広い著作.感想は,おもしろい,の一言に尽きます.
 なにしろ大古典なので,この分野に関心のある人だけでなく,この時代に関心のある人は必読(かくいう私も今日まで読んでいなかったのですから,まだ読んでいないあなたもまにあいます).関心のないところは飛ばしてでも手に取って目を通してみるべきでしょう.
 この著作の原書が発表されて以来書物の歴史については格段に研究が進み,日本語でも多くの研究が発表されています.文庫版では1998年までの参考文献についてはアップデイトされていて便利.ということで,読むんだったらこの文庫版ですね.
 本についての本はこのサイトでも時々紹介しているので,そちらも参照してください.
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127. むし歯の歴史 または歯に残されたヒトの歴史
竹原直道 編著
砂書房 2001.7
★★★
 歴史の中で虫歯がどのような状態だったのか,今後はどうなりそうか,を5人の著者が7つのトピックで語ります.1997年11月鹿児島で行われた日本口腔衛生学会でのシンポジウム「むし歯の歴史」を元にした著作.
 簡単に虫歯の原因とそのメカニズムを教えてくれた後,日本の縄文・弥生・江戸時代,中国の虫歯の情況を人類学的に調べ,虫歯の原因たる砂糖普及の仕組みの歴史的考察,さらに今後の展望が与えられます.
 虫歯というのは大きく2種類,穀物に含まれるでんぷんを唾液中の消化酵素が分解して出来る「歯糞」を細菌が分解して酸を出し歯が脱灰するものと,砂糖を直接細菌が分解するものがあります.前者は,古代以来普遍的に人類に見られたものですが,砂糖による虫歯は近代型の虫歯として,砂糖の一般への普及と共に急増し,特に19世紀のイギリスで大流行したそうです.おもしろいことに,西欧諸国での虫歯はここ数十年で劇的に減少し,日本も遅れて1960年代・70年代をピークに減少しているというデータがあるそうで,著者の1人竹原は現代の虫歯の症状が軽症化していることにも注目しています.
 虫歯は細菌が惹き起こす病気です.ウィルスや細菌が引き起こす病気は,時間を経ると症状が軽くなる傾向があります.ペスト,インフルエンザのように.虫歯も砂糖によって惹き起こされる近代型のものは,既に劇症期を過ぎているのでしょう.著者の竹原は虫歯の変化をこのように理解しています.
 現代人がかかりやすいかみ合わせの面での虫歯が古代人にはなかった(固いものを食べていたのでかみ合わせ面が常にすり減っていたために,そこで虫歯が生じる暇がなかった)とか,日本最古の義歯(1538年に死んだ和歌山の尼僧のもの)はフランスのフォシャールによるものより2世紀ほど早いとか,いくつかおもしろい情報もあり.関心のある人にはどうぞ.
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126. 身体の中世
池上俊一
ちくま学芸文庫 2001
★★★★
 1992年に柏書房から出版された『歴史の中の身体』を改題して文庫化したもの.主に中世のことを扱っているので改題は正解でした.
 西洋中世における身体を巡る各種言説や図を集めて体系的に整理しようとした意欲作(と著者自身も言っている).最近身体史というのが流行で,イタリアで出ているMicrologusという雑誌が中世身体史研究を発信しています.近年もルネサンスの身体像についての論文集が出たりして,この分野はこの10年で著しく成長しています.けれど,日本では,翻訳は紹介されるものの,本格的な研究は端緒についたばかりなのでしょう.この著作は日本におけるこの分野の先駆的著作です.参考文献も多し.さらに,文庫版でのあとがきには,アップデイトな情報も載っています.
 内容は,身体をコミュニケイションのメディアとして捉えること,身体をメタファーで捉えること,身体と心の「狂い」のこと,感情表現のこと,五感+超越感覚についてのこと,という5つのトピックに分けて,西洋中世の様々な資料から身体に関する記述・図をまとめていきます.最後にまとめとして,12-13世紀に身体観に大きな変化があり,それは同時代の「合理化運動」に由来する,ということがちょっとだけ書かれています.著者は,この運動そのものについては自明のことのように詳しく論じないのですが,やっぱり12世紀ルネサンスのことなのですかね.
 一応生理学史をやっている私には身体史はかなり興味のある分野で,その研究についてはなるべくフォローしてみたいとは思っています.
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125. 古代ギリシアにおける知識人の経済生活
藤縄謙三
京都大学文学部研究紀要第15号(1975), pp. 65-118
★★★
 これは本ではなくて論文.現在私自身の経済生活がかなり危機的状態にあるので,昔の人はどうだったのかねぇ,ということで読んでみました.
 ディオゲネス・ラエルティオスなどを参考に,古代ギリシャの知識人(哲学者,ソフィスト,歴史家など)がどうやって金を稼いでいたのか,ということに注目してまとめた論文.タレスなどのいわゆる前ソクラテス期の人々はもともと金持ちであり,余技で哲学をしていた(その時代の「哲学」が世間知の延長といった程度だったから)のに対し,ソフィストの時代になると教えることで金をもらうようになる.また,ソクラテスやプラトンがギリシャの習慣である友愛による援助で糊口をしのぐようになり(プラトンの場合はスュラクサの僭主をパトロンにあおいでいた),アリストテレスも比較的裕福だったが,やはりこの習慣に依拠していた.「樽の」ディオゲネスは財産など論外(犬儒派だから),エピクロスはかなり財産を持ち,ストア派は質素な生活を貫いたという.
 自由に哲学する暇をもつためには,何らかの事情で出身ポリスを離れる(これはポリスで持っていた財産を手放すことを意味していた)必要があったりとか,当時の船賃が異常に安かったとか,学派=学校の存続が財産の管理をうまくやったかどうかにかかっていたとか,結構おもしろい指摘があります.この論文は紀要に載っているのですが,たぶんどこかの論文集に再録されているかもしれません.なかったら,コピーを取り寄せてみるのも良し.
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124. 脳とプリオン 狂牛病の分子生物学
小野寺節・佐伯圭一
朝倉書店 2001
★★★
 理科系の人向けのパンフレット.一応プリオンの研究史から,プリオン病の分類,病気のメカニズムについて簡単な解説が90ページ強の中にあります.詳しいことは私に訊かないでください.
 プリオン(prion)という単語は1982年にPrusinerによってproteinaceous infectious particle(タンパク質性感染粒子)という言葉から作り出されました.プリオンには正常型(PrPC)と異常型(PrPSc)があり,正常型はヒト他の動物にも普通に存在するということです.このタンパク質はアポトーシスの抑制などに役立っている(即ち,正常型が少なくなるとアポトーシスが進行し,神経細胞が過剰に死ぬことになる)ということが見出されているそうです.正常型は異常型に接触するとまだ不明なメカニズムで異常型に変化し,異常型が蓄積していくのだそうです.
 ちなみに,狂牛病を正式にBSEと言いますが,Bovine Spongiform Encephalopathy(牛海綿状脳症)の頭文字を取ったものです.勉強になりますね.

 右図はプリオンの構造をタンパク質のらせん構造を基本に図式化した(これをリボンモデルという)もの.手前にある2つのらせんと,奥にある斜めになった2つのらせんが見える.この手前の2つのらせんが変化することで異常型になります.



123. 郵便配達夫シュヴァルの理想宮
岡谷公二
河出文庫 2001
★★★★
 もとは1992年に作品社から出版されていた本の文庫化.
 私がシュヴァル(Cheval)という人物のへんてこな建築について知ったのは,今は無き産報ジャーナル社から出ていた『世界の不思議99の謎』という大判の本でした.買ったのは恐らく私が小学生か中学生の頃なので,おおかたのモーニング娘。メンバーの生まれる前の話.特に99にはこだわらず世界の妙なものの写真が載っていた中に,奇妙な建築物として二笑亭と共にこのシュヴァルの理想宮があまり鮮明でない写真であがっていました.二笑亭については戦前の式場隆三郎の『二笑亭綺譚』があり,それが10年ほど前に復刻増補されて出版され,数年前にさらに増補されてちくま文庫に入っています(買うならこの文庫本を,ただし,ちくま文庫はすぐ品切れになるので急げ).そして,今,私の小学生時代の思い出がまた文庫に入ったのです.うれしいですね.
 この著作は,日本語で読めるほとんど唯一のシュヴァルの生涯と建築について書かれたものです.1836年に南仏のイタリアよりのドローム県オートリーヴ村(リヨンや冬季五輪のあったグルノーブルから車で日帰りできる)で生まれたシュヴァルは一生この地を離れず,郵便配達夫として1日32キロを歩くという仕事をしていました.ある日,石につまずいて転びそうになった時,その石の不思議な形に見せられて以来,通り道にある変な石を集めることに精を出します.その石の集まりがやがて長年抱いていたシュヴァルの夢の宮殿を造るための材料に思えてきて,仕事の傍ら(リタイアしてからの10年以上もあわせると)33年かけて石を積み上げてセメントで固める素人造りの宮殿をこしらえてしまうのです(1912年に完成).シュヴァル自身は88歳まで一度も病気せずに生き延び,8年かけて造った妻と家族のための墓(これもまた尋常ではない)が完成したのは86歳の時でした.健康とはありがたいものです.晩年になってようやく一部から認められるものの,死後もゲテモノの扱いされ,朽ちていくのにまかされていました(素人造りのために壊れやすかったらしい).それが1968年に時のフランス文化相アンドレ・マルローによって文化財と認められ,修復保存が開始され,現在に至っています.つまり,正当な評価が始まってまだ30年ちょいといったところなわけです.
 ここまでは大体著者も先行研究に依存しています.著者の新しさとしては,このシュヴァルの建築を建築史の中で見るのではなく,より広い文化史の中で捉えようとする試みにあります.それは,ほぼ同時代を生きたフランス人であるアンリ・ルソー(画家),レーモン・ルセール(作家)と比較することです.アンリ・ルソーとシュヴァルとの関係はしばしば論じられるのだそうですが,仏文専門の著者はそこにルセールを加えたわけです.ルセールというと私はカルージュの『独身者の機械』(せりか書房)くらいからしか知識が無いのですが,『アフリカの印象』の著者です(ということしか知らないというのは私だけ?).この三者に共通するものとして著者は,彼らの自閉性・幼児性・妄想などから「無意識的」「生への欲求」を取り出します(しかし,ルセールは自殺している).この欲求の強さが3人をして素朴派(というのがマルローのシュヴァル評価)=個性を越えられない,というレッテルを越えさせている,と著者は評価するわけです.
 それはどうあれ,シュヴァルの建築は妙です.それを単純に楽しむだけでも良し.参考文献も多数挙がっています.ただ,版権の理由で肝心の建築についての良い写真が載っていない(著者自身が撮ったとおぼしき,日付入りの普通の写真が白黒で載っているだけ)のと,その写真も痒い所には手が届いていない,即ち本文でいくらか詳しく説明されている箇所についての写真が無いというのが,この著作の最大の欠点.もっとグラフィックに力の入った本が出ることを望みます.
【後記】
 『二笑亭綺譚』の原著は,二笑亭の話は半分くらいで,後は精神分析の話になります.近年再刊されたのは,二笑亭に関する部分だけです.また,二笑亭主人の伝記を水木しげるがマンガ化しています
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122. 太平記 鎮魂と救済の史書
松尾剛次(けんじ)
中公新書 2001
★★★
 かなり前にNHK大河ドラマで『太平記』が放送されて,結構楽しんで見ていました.アレジの嫁さんが男装して出ていたりして.その時,原本の『太平記』も読んでみようという気になり,読みました.それほど楽しい話ではありませんでした.合戦と戦った人の名前(知り合いは1人もいない)にうんざりするからです.TVドラマの方は吉川英治の『私本太平記』が元になっていて,それはオランダで読みました.レイデンの図書館に吉川英治全集があったからです.こっちの方は確かに大衆小説としてそれなりのものなのですが,まあ,それだけでしたね.
 『太平記』は明治以来その扱いが非常に微妙だった著作でした.それは,後の水戸学派が読んだように,この著作が天皇史の要にある時代を南朝に好意的に書いたもので,そこでの「忠臣」たちの活躍が天皇制を護持するための手本と見なされた時代があったからです.そして,その後の時代には,歴史的な価値がないとして資料的に無視されてきたからです.著者は,『太平記』を単なる軍記物とか南朝擁護の反歴史書という見方を退け,内容が混乱して一貫性がないという批判もかわします.その時のキィ・ワードが「鎮魂と救済」なわけです.『太平記』は敗者の怨霊の跋扈する世界を描いていて,それらの迷える魂を鎮め救うことが勝者(最終的には足利政権)の役目だ,ということを主張しているのです.敗者の怨霊を祓うという『太平記』の目的(琵琶法師が『平家物語』を語ることで鎮魂したように,太平記読みという職業の人々がいた)は著者に,その書き手として恵鎮率いる法勝寺の律僧グループの存在を推測させます.南北朝時代に中立の立場にあった法勝寺グループは,その一部に軍奉行や歴史家を含むまさに理想的な歴史書の編纂能力をもつ人々だったのです.この点にもう1つのキィ・ワード「史書」が浮かび上がります.『太平記』は物語や合戦談ではなく,足利幕府の検閲を経て,関連する登場人物(の子孫)からの異議申し立ても反映した公式な史書という性格も持っていたのだ,というのが著者の主張です.鎮魂のために叙事詩を必要とするが,まだ日本人は第二次世界大戦を鎮魂する物語を持っていない,と著者は考えます.
 『太平記』成立の経緯が,実は『難太平記』と称される,『太平記』の登場人物の1人の子孫(今川氏)によって描かれた著作から判るというのも愉快.今川氏の家訓のようなものとして残された文章の中に,自分の祖先が『太平記』で良く描かれていないということを難じる部分があったから,その通称があるといいます.こういう手もあったな,ということですか.
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121. 世界文明における技術の千年史 「生存の技術」との対話に向けて
アーノルド・パーシー (林武 監訳)
新評論 2001
★★★★
 Arnold Pacey, Technology in world civilization: a thousand-year history (1990)の訳.
 話題の本なので読んでみました.ぴったり技術史の本です.しかも,最近技術史の通史が無かったので(昔は岩波とかから出ていたけれど)こういうのはありがたい.題名にある通り,著者は,技術が諸文化の間で「対話」する様子を千年という長いスパンと世界という広い地域について記述していきます.それが3百ページばかりの本に入っているので,ジェットコースター感覚の読書を体験できます.著者の言う「対話」というのは,技術というものが一方から他方へ一方向に流れる(移植されるともいう)のではなく,移植は最初だけで,その後は各地域の技術的伝統や自然・社会的条件に従って改良されて戻る流れも生じていき,技術が行ったり来たりするという過程を示すもの.このように技術には多様性が歴史的に存在していて,これからもあるべきだというのが著者の主張です.
 私が全く苦手な技術史の話.広い範囲と時間をカヴァーするために,2次文献のサーヴェイのような感じになってしまうのはしょうがないでしょう.ビッグ・ピクチャーを描くが故に,細かいところには結構間違いはあるかもしれません.そういうところの指摘は専門家にまかせます.まあ,楽しく読める本でもないし,それほど親切な本でもないのですが,これを機会に技術史の本を読んでいこうと思うなら,それでこの本の価値があるというものでしょう.
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120. 西洋職人服飾図絵 17世紀のファンタスティック・コスチューム
石山彰 編著
岩崎美術社 1989
★★★★
 下に引き続いて17世紀の職人もの.Nicolas de Larmessin III (1640-1725), Les costumes grotesques et les métiers (1695)という銅版画(burin版画という)の図版のほとんどを再録して最後にちょっとだけ解説を加えたもの.
 下で引いたLuikenと決定的に違うのは同じエンブレム的な図像でありながら写実的ではなく寓話的であるということ.どう寓話的であるかというと,職業を表現するために,人物がその職業に関係する道具を服のようにして着ているからです.縮尺してしまったためにちょっと見にくいのですが,右図はざる・籠(かご)屋で全身にざるや籠をまとっています.頭の上の鳥も右手の人形も籠細工でできているようです(実際にそんなものがあったのかどうかは別として).
 こういう本は絵を見るだけなので評価しにくいのですが,退屈な時に眺めるということで,まあ,ありということでしょうか.こういう本もある,ということは知っておいて損は無し.
 意外にこういう職人づくし的な図像は翻訳が出ていて,同じ岩崎美術社からはアマン版の『西洋職人づくし』という本が出ています.この本は以前早稲田で見かけたことがあるのですが,その時はちょっと金額的に買おうと思わなかったので見過ごしました.こういうことをしてはいけない,と古本の神様は常に言っているのに.

 職人の中にはもちろん内科医・外科医・ヘルニア外科医というのもあり,当時の医学の道具を身にまとっています(本ののどに近いためにスキャンできませんでした).

【後記】ローマの大橋さんから「ビュランはアイスピックのような形で、先の鋼部が細い四角柱になっていて、それを斜めにひし形に削りだしてその角で版を直彫りする道具です」ということを教えていただきました.ありがとうございます.
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119. 大アルベルトゥスの秘法 中世ヨーロッパの大魔術書
[偽]アルベルトゥス・マグヌス (立木鷹志 編訳)
河出書房新社 1999
★★★
 1703年のフランス語版を復刻したと言われている(何故「言われている」なのかは不明)Les admirables secrets d'Albert le Grand (La Diffusion Scientifique, 1962)を底本としてベルナール・ユッソンの著作を参照して訳出したもの.ということで中世とは全く関係ないのですが,とくに訳者は気にしていないようです.
 この本は「魔術」っぽい作りですが,実は妖しげな民間療法書という内容.全4巻のうち,第1巻が人間の発生,第2巻が植物・石・動物の効能,第3巻が下等動物の効力と鉱物の精製・使用について(この部分が錬金術的),第4巻が観相術(姿形から内実を推測するやつです)と暦の上の吉凶と熱病対策,という構成.この著作は勿論あのアルベルトゥス・マグヌス自身の著作ではなく,後の偽作で,テクストの起源は13世紀にまで遡り,14〜16世紀に盛んに写本や版本が作られ,ラテン語の原著から俗語訳も作られていたようです.こういう書物の性質上,オリジナルを復元するのは難しく,版によって内容が異なるのでエディションも大変な作業になることでしょう.というので,とりあえず適当に選んだテクストが訳されているわけです.
 とにかくルネサンス頃の魔術というものの内容を知りたいと思う人は読むべきでしょう.ただし,訳者による解説等は読むべきではありません.
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118. 歴史人口学で見た日本
速水融 (はやみ・あきら)
文春新書 2001
★★★
 歴史人口学という学問を日本に紹介した第一人者による入門かつ研究の概略が判る著作.著者自身の研究史が語られていておもしろい.著者はベルギーのGent大学でこの学問に出会ったのだそうです.
 ヨーロッパなどではキリスト教会が書き留めていた洗礼や結婚の記録,日本では宗門改帳(しゅうもんあらためちょう)という人間が生存していた記録が残っていて,そのデータを丹念に収集整理して地域ごとの人口動態を観察することで歴史的変化の基礎資料を与えるのが歴史人口学の意義(少なくとも歴史人口学者ではない人にとっての).この著作では,日本の諏訪・美濃地方(比較的資料が揃っているという)の18世紀の人口動態から,明治の人口統計の話まで,さらに今後の展望も語られ,入門書としては申し分ありません.
 私がこの学問について初めて読んだのは,グベールの『歴史人口学序説』(岩波書店)を読んだ時でした.18世紀日本の場合,離婚が意外に多い,という指摘が印象的.
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117. サレルノ養生訓 地中海式ダイエットの法則
佐々木巌
柴田書店 2001
★★★
 下に引き続いて中世医学原典ですね.南イタリアのSalernoにあった医学校あたりで12世紀頃編纂されたラテン語韻文の医学詩の1607年の英語訳からの翻訳に,著者(現役の医者)が現代医学の観点からコメントを加える,という構成の著作.こういうものが日本語で読めるというがありがたいですね.
 この著作は,副題「地中海式ダイエット」で判るように,一般の人向けに書かれています.そのため簡単な医学詩知識も含まれていますが,「これはどうして?」と私などが思うような所には註は付いていません(自分で調べろってね,専門家だし).訳は,時々テクニカルタームに難があるだけですね.
 総じて医学史・中世思想史に関心の有る人は手にとって損はないと思います.ただ,「地中海式ダイエット」は本気にしない方が吉.
 この項を書いている時に,日本人男性が総じて肥満傾向にあるという調査が発表されました.私も肥満化に協力しています.
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116. 歴史のアウトサイダー
ベルント・レック (中谷博幸・山中淑江 訳)
昭和堂 2001
★★★
 Bernd Roeck, Außenseiter, Randgruppen, Minderheiten Fremde im Deutschland der frühen Neuzeit (1993)の訳.
 16-18世紀ドイツでの「アウトサイダー」即ちユダヤ人・非正統派・身体障害者(含む精神障害者)・貧民等々が具体的にどのような人々でどのような地位にあったかを記述する.そのような人々が近世に周辺化したのは,宗教改革と対抗宗教改革が権力と結びつき地上に「神の国」を具現しようとしたことから,特に宗教的なタブーに触れることが都市全体に不幸をもたらすという発想が生まれ,それが或る集団を排除しようとしたり,特定の低い地位に固定化しようとしたのだ,と著者は説明します.
 ただ,この著作は,個々の集団について取り扱うために,それぞれについての記述が非常に簡略化され,教科書のような味気ないものになってしまいました.ということで,これを入門書としてより以上の個別問題の研究に進む,というのが正しいやり方なのでしょう.参考文献も豊富です(ただしドイツ中心).訳には若干問題があり,生硬な直訳が平滑な読書をしばしば妨げます.さらに不必要なカタカナ語の使用も(アンビヴァレントとかマージナル化とかは両義性と周辺化で良いのでは).あと189ページのスピノザの主著Ethicaはエティカあるいは倫理学と訳するのが普通です.
 個人的には「ドイツ・プロテスタンティズムにおける親ユダヤ主義者のきわめて希な典型」としてアンドレーアス・オジアンダーが出てくる(p. 29)というのに注目.確かにこういう人に表立って弁護されたらコペルニクスも受け入れられなかったかも.詳しくはこの論文
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115. 英国紅茶論争
滝口明子
講談社選書メチエ 1996
★★★
 18世紀イングランドで起こった「紅茶」を巡る論争史を見ながら,当時の飲茶文化の英国社会への浸透を論じた著作.そのために著者は18世紀に盛んに書かれた『茶論』の書や新聞や絵画(でお茶を飲んでいるシーン)などを豊富に援用して論じていきます.サミュエル・ジョンソンのような大物も出てきたりするのですよ.
 また,題名に反して18世紀のイングランドで飲まれていた「お茶」がいわゆる「紅茶」ではなく,緑茶とボヒー茶と呼ばれる半発酵茶(ウーロン茶みたいなやつ)であることが述べられています.題名は「英国飲茶論争」とした方が正確だったかも.いわゆる紅茶がポピュラーになるのは19世紀に入って,インドやセイロンでお茶が出来るようになってからなのだそうです.
 私がこの著作を読もうと思ったのは,冒頭で17世紀ネーデルラントの医者Bontekoe(著者はボンテクーと表記するが,私はボントクーとか書いています←どっちでもいい)の話が入っていたからでした.通常,この人物は『茶論』の著者として知られているのですよね.私にとってはCraanenの弟子にして「正統的」デカルト主義機械論生理学の系譜に連なる愉快な人物なのですが.
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114. 中世シチリア王国
高山博
講談社現代新書 1999
★★★
 世界史ではちょっとしか出てこなかった中世シチリア王国の結構複雑な成立史と文化的意義を簡単に整理した本.良いですよ.澤井繁男さんが強調する南イタリアの知の伝統の源泉についての話です.
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113. グノーシス 陰の精神史
大貫隆 他
岩波書店 2001
★★
 どうして岩波でグノーシスものが立て続けに出るかというと,重要なグノーシス文献である『ナグ・ハマディ文書』(全4巻,岩波書店)が発売されたのとタイアップということのようです.けれど,ちょっと無理矢理にブームを創り出そうとしているのは辛い.
 内容はグノーシスとは何かを一応解説する第I部,古代におけるグノーシス主義の生成と影響について第II部,ラテン中世でのキリスト教との関係を扱う第III部,最後にルネサンス以降(フリーメイスンは18世紀だ)についての第IV部という構成になっています.それぞれの時代のそれぞれの分野の結構名立たる人々が著作陣に加わっているので豪華なのですが,残念ながらこの著作の試みはあまりうまくいっていません.古代に関する部分はかなり読みでがあるのですが,私の関心のあるルネサンス以降の部分はがっかりです.というのも,それぞれの著者が「××とグノーシス主義」について書いている際に,自分の専門の「××」の部分を詳しく書き,肝心の「グノーシス主義」との関係はちょっと触れるだけに過ぎないからです.しかも,時にはかなり強引に結びつけられてしまっています.そして,まさしく「グノーシス主義」について各著者の間で共通了解がないに等しいというのも問題でしょう.ルネサンス以降の部分についてのエッセイが必要あったのかはかなり疑問です.
 グノーシス主義についていろいろな意見があって,大変そうだな,ということだけはよく判る本でした.
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112. 医学の歌
アヴィセンナ (志田信男 訳)
草風館 1998
★★★
 これはAvicennaのCantica medicaとラテン語では呼ばれる著作を,アラビア語-フランス語の対訳本(ラテン語版付き)と英語訳などを参照にしながら日本語に訳したもの.
 あまりにも医学上の古典であり,その意味で重要度高し.同じアヴィセンナのCanonという長大な医学の著作を憶えやすいように韻文にしたもので,ラテン世界でもかなり浸透していました.中世医学史の原典など滅多に翻訳されることはないので,この分野に関心が有る人ならたとえこの値段(4800円+税)でも購入すべき.
 ただ,韻文の訳ということで一部妙に七五調で,平常文と擬古文調と妙に砕けた口語(なのさ,とか,じゃない,とか)が入り交じった文章は文学嫌いの私のカンに障り,不愉快なので評価を少し下げました.また,医学史のテクニカルタームの訳についても多少問題があるようで,やはり専門分野なのだから結局ラテン語を読むことになるのですよ.でも,そういうことを全く気にしない「新しい」文学感覚を持つ人はちょっと楽しめるかもしれません.
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111. 境界を生きた女たち
ナタリー・Z. デーヴィス (長谷川まゆ帆・北原恵・坂本宏 訳)
平凡社 2001
★★★
 Natalie Zemon Davis, Women on the margins: three seventeenth-century lives (1995)の訳.
 17世紀後半から18世紀初頭にかけて生きた3人の女性の生涯を追います.ただし,それらの女性は女性として平均的な生き方をした,というのではなく,かなり外れた,即ち「境界上にいる」人生を送った人々です.ユダヤ人商人でドイツとフランスで生きたグリックル,フランスで宗教的情熱に捉えられ仏領ケベックで修道女として生活した受肉のマリ,そしてドイツ生まれでオランダで活躍しスリナムにまで昆虫の観察に出かけた昆虫研究者メーリアン,という3人が主人公となります.それぞれが三様の宗教との関係,書くことによって自己成型する過程を著者は描き出していきます.ただ,著者の関心の重心はグリックルにありますが(ナタリーはユダヤ系).
 ちょっとこの著作は評価に迷います.面白くないわけではないのですが,退屈.というわけで,平均的評価となりました.
 翻訳にはもう少し工夫すべき点がありました.大変に苦労する翻訳であったことは充分に理解できます(登場人物の言語だけでドイツ語・イディッシュ語,フランス語,オランダ語と多岐に渡る).ただ,原文が良くないのか,訳者たちの日本語センスの問題なのか,疑問に思える訳文にしばしば出会えます.あとがきで多国語の翻訳の苦労の話が出てきますが,英語と日本語もそれくらい苦労してくれたら.それと,17世紀に「マウリツ王子(この人物は総督になった人とは異なる)」がいることになっていますが,PrinsはOranje家の持ついくつかの領地の(名目上の?)領主を意味する単純な称号で,「王子」という訳は誤解を招きます.
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110. 謎とき日本合戦史 日本人はどう戦ってきたか
鈴木眞哉
講談社現代新書 2001
★★★
 この著作は『鉄砲と日本人』と『刀と首取り』や(私は未読ですが)『戦国合戦の虚実』(講談社)などで著者が主張していることを,1つの主題を取り出して歴史に沿って叙述したもの.ということで,他で読んだことがある話ばかりなので★の数が少ないのですが,内容的にはかなり良いものです.
 その主題というのは,「日本古来の戦い方は白兵戦であった」という「常識」に対して,史実によって反論していこうというものです.それは鉄砲の普及についての著作や,刀が戦場で実際にはどのような役割を果たしていたのか,という以前の著作にも含まれていたものですが,この著作ではさらにその「常識」が史上有名な合戦について調べることで覆されていきます.では,何故以上のような誤った「常識」が出来てしまったのか,ということについても著者は論じています.その過程は是非この著作か,同じ著者の他の著作を読んで自分で知ってみてください.そして,白兵主義が日露戦争後に日本の軍隊の規範となり,太平洋戦争の惨劇を生んだということや,さらに現代においても左右を問わず防衛問題で「白兵主義」的な思想が生きてしまっている,という重要な指摘もこの著作には含まれています.
 しばしば「世界の現実に目を向けろ」という人は世界の歴史を知りません.誤った歴史認識でどうして現実を見ることが出来るのでしょうか?
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109. 現代社会学選書 心と行為 エスノメソドロジーの視点
西阪 仰
岩波書店 2001
★★★★
 心理学の一番最初の教科書には,社会学と心理学がどう違うのか,という疑問が出ています.その時,心理学の教科書は,心理学は「個人内部」を扱い,社会学は「個人の集団」を扱うのだ,という区別をします.だから,社会心理学というのが心理学とは別のdivisionになっているのです(たとえば東大の文学部とか).もちろん,こういう区別は,かつては何かの有効性があったのかもしれませんが,今日ではそれほど重要であるとは思えません.
 この本は,「エスノメソドロジーの視点」から心理学を批判する著作です.その際に著者は「相互行為分析」という手法を用いて,心理学の中では当り前と思われている前提に疑問を投げかけます.批判的に再検討されるのは,視覚・イメージ・想起,そして,心理学実験の手法そのものです.著者は,心理学が個人を扱うことを中心にしているために決定的に欠如せざるをえない複数の人間による相互行為が,様々な人間の行いのあり方(エスノ・メソッド)に潜んでいることを指摘しています.私も全くその通りだと思います.ただ,著者が,他の人々の見解(たとえばチョムスキーとか)を批判する時の「混乱している」という評価が私には今ひとつよく判りません.これは恐らく私の読みが足りないせいでしょう.
 ということで,私はもうひとつこの著作を消化できていません.けれど,おもしろいということは何となく判ります.騙された,と思って読んでみるのも一興.
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108. 古高ドイツ語 メルクリウスとフィロロギアの結婚
斎藤治之 訳著
大学書林 1997
★★★★
 Martianus Capellaが5世紀前半に書いたDe nuptiis Philologiae et Mercuriiをザンクト・ガレン修道院にいた修道士Notker (ca. 950-1022)が修道院での若い修道士の勉強用に当時のドイツ語(高地ドイツ語の古い奴なので古高ドイツ語)に訳したものを,古高ドイツ語の勉強用のテクストとして訳著者が日本語と対訳にした著作(判りました?).
 原著は9巻あって,最初の2巻がフィロロギアとメルクリウスの結婚という寓話であり,残りの7巻がそれぞれ中世大学の自由7科(文法・レトリカ・論理学(後にディアレクティカとも)・算術・幾何・音楽・天文学)の解説に当てられています.この訳書は,最初の2巻のうち40章だけを選んで訳したものです.ここで言うメルクリウス(即ちヘルメス)とは錬金術とは関わりなく,レトリカを象徴しています.それに対してフィロロギアは文献学というのではなく,書物を通じて得られる知識のことを象徴しています.お話の中では,フィロロギアは人間の娘で,神様の嫁になるということで不死の卵を呑み込んだ後に,リヴァースしたものが書物になったとか.私はフィロロギアのゲロを慈(いつく)しんでいるわけです(←そりゃヘンタイだわな).結婚という寓話は,自由7科の理解を容易にするための導入部であり,今で言うマンガで哲学を解説するという試みと同じことになります.でも,修道士に結婚の話をしてどうするのでしょう,とか,あなたは思いませんか?
 訳文は原文に忠実であろうとするあまり,日本語としてはかなり読みにくいものになってしまいました.もちろん,日本語としてこなれていることが良いかどうかは別として.巻末に古高ドイツ語の変化形の一覧がついています.
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107. ベギン運動の展開とベギンホフの形成
上條敏子
刀水書房 2001
★★★
 ベギン会という中世西欧に生まれた特殊な宗教団体の成立から現代まで,特に中世後期のLeuvenの状況を中心に論じた著作.ベギン会とはおよそ13世紀頃ラインラント・ネーデルラントを中心にポーランドやフランスにも生まれた主に女性が所属する宗教的団体(しかし,修道会とは異なる)で,都市内にあることを特徴とします.ことにネーデルラントに生まれたベギン会はベギンホフ(begijnhof)という或る種の都市内都市を形成し,一定の自治権を持った団体であるということを,Leuvenの例で著者は示していきます.ベギン会についての研究もそれほど日本ではないと思うのですが,この著作の特徴はベギン会の法的・経済的な状況や具体的な生活についての論考を中心に据えていることです.また,16世紀以降の近代のベギン会についても1章割いているのも特色で,「ベギン会は中世のもの」という俗信(というか私がそう思っていただけ?)を振り捨てるには充分です.実際著者によると反動宗教改革によって17世紀フランドルのベギン会は第2の繁栄期を迎えるのだ,ということです.
 私が何故ベギン会に関心があるかというと,16世紀末のLeidenで解剖学教室を作る際にベギンホフを接収して作った,という経緯があって,その理由を知りたかったからです.北ネーデルラントにおけるベギン運動(特に16世紀の)についてはこの著作で全く触れていないので判りませんが,ベギンホフに或る種の病院があったというのも理由の1つになるかもしれません.
 と,まあ,関心の有る人には面白いかもしれない著作です.私はちょっと辛かった.
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106. 日本陰陽道史話
村山修一
平凡社ライブラリー 2001
★★★
 小説になり,マンガになり,TVになり(しかし残念ながら封印),ついには映画にもなる安倍晴明によって有名になった陰陽道.以前安倍晴明についての本を読みましたが,この著作は陰陽道一般についての話.
 お話の流れとしては,中国における陰陽道の発生と展開,その日本への移入から始まり,日本史上の出来事の中にいかに陰陽道の思想が入り込んでいるのかを具体的な例(安倍晴明の時代も勿論,後の平安末期,鎌倉時代,室町・戦国時代,江戸時代からも採られる)で示しています.さらに,陰陽道と密教,陰陽道と修験道などの関わり,さらに元々は貴族のものだった陰陽道がいかにして民間にまで広まったか,という点まで或る程度概説してくれます.日本史を常識程度しか知らない人にはちょっときついのですが,その辺をクリアしていれば,日本における陰陽道思想史入門として充分に行ける著作です.もっと詳しいあたりは同じ著者の『日本陰陽道史総説』(塙書房)を読め,ということですね.
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105. ギリシア世界からローマへ [転換の諸相]
地中海文化を語る会編
彩流社 2001
★★★
 西洋人は自分の文化的起源をギリシアに置きたがります.19世紀ドイツでは「ギリシアの暴虐」とかがありましたね.だから,ギリシアは西洋だ,と思っている人も多いのでしょうが,そういう分け方を拒否するのが古典ギリシアの存在だと思うのですよ.誰かが言っていましたが,日本文化に仏教が深く関与しているからといって,日本文化のルーツをインドに求めるのは間違っているように.
 この著作は,ギリシアの文化とローマの文化を対比するのではなく,それらの連続性を考察しようという試みです.やはり,文学の話が主になってしまいました.哲学や修辞学についてキケロの章(第VIII章)が少し扱っていますが,ギリシアのレトリックとローマのレトリックの連続性については,1つの章を加えるくらいの話題はあるはず.さらに,科学と技術の章(第IX章)も著者が数学の専門家ということで,精密科学に話が偏ってしまっています.ヒッポクラテスとガレノスの話が出てこないというのはいかにもさみしい.政治思想についても第VI章が「自由」について触れているだけというのも,ちょっと.それにファインアートや建築についての章もあるとよかった.
 などと不満はあるのですが,関心の有る人は,関心のある部分だけでも読んでみるのが吉.初心者向けに書かれている本です(ただし超初心者向けではない).
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104. 新しい学 21世紀の脱=社会科学
イマニュエル・ウォーラーステイン (山下範久訳)
藤原書店 2001
★★★★
 Immanuel Wallerstein, The end of the world as we know it (University of Minnesota Press, 1999)の全訳.
 この大著に関して特に言うべき事はありません.私はこの著作を消化していません.でも,読んで面白いのは第2部の「知の世界」の部分です.私自身は西欧のド中心であるネーデルラントの研究をやっているわけで,常に日本人がこれを研究するべきなのかねという違和感があるというのは事実です.逆に,やっぱりヨーロッパ中心主義に過適応してしまっているのではないか,という恐れをいつも抱いています.それはこの国で西欧の研究をやる人間が皆抱いている不安でしょう.この辺を反省し出すとつまらなく長くなるので止めます.
 ただ,ウォーラーステインは「社会学の文化」への挑戦として,また他の部分でも自説の主張の際にいわゆるサイエンス・スタディーズの著作(ケラーやダナウェイやラトゥール)を援用しています.こういうのって,科学論の人たちはどう思っているのでしょうね.
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103. 文庫クセジュ ラテン語の歴史
ジャクリーヌ・ダンジェル (遠山一郎・高田大介訳)
白水社 2001
★★★
 なにをどう間違えて期待したのかしりませんが,これは完全に言語学の本でした.音の変化についての説明には全くついていけません.これは本当に言語学の人向きです.もしどうしても気になる人は読んでみると良いと思います.ただ,第1章のラテン語自体の歴史(何語に由来し何語に成っていったか)の部分は素人でも充分に楽しめます.
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102. 西洋職人図集 17世紀オランダの日常生活
ヤン・ライケン (小林頼子訳著,池田みゆき訳)
八坂書房 2001
★★★★
 偶然かエンブレムものが続きます.
 Jan Luikenが書いたHet menselyk bedryk (Amsterdam, 1694)というエンブレム本の図の再録+翻訳(これを小林と池田が行った)+各図についての寸評(今井澄子・望月典子・阿部純子)+小林による論文,という形式になっている著作.Luikenの著作の題名は『人の営み』という意味.その題名通り,100種類の職業(パン屋に始まり墓堀人に終わる)をエンブレムにして,例の宗教的な詩を付けたもので,その図版の素晴らしさがこの翻訳のウリです.
 様々な職業ということで,かなり職人の図も入っています(訳題はこのことに由来).この点で,科学史・技術史の研究者は是非目にしておいて損はありません.ただし,小林は美術史家なので,美術としての画像に主な関心があり,科学史・技術史の視点からは充分とは言えないでしょう.こういう著作を作る時に参与できる技術史家の人がいたらなぁ,と思うばかりです.
 小林の論文も良し.図版がかなり写実的であることを強調した後で,それらが演出する嘘についても指摘します.それは女性の従属的役割という嘘であり,仕事の環境が良さそうに見えるという嘘です.それは,Luikenの著作が宗教的であることと大いに関係しているのでしょう.
 繰り返しますが,この著作に技術史家が絡んでいないことは非常に残念です.訳者たちは最初から技術史の人々の助けは必要ないと思ったのか,それとも助けをするに足るだけの人物がいなかったのでしょうか.
 ちょっと注意.第56番「外科医」への註釈の部分(p. 127)は少々誤解を招きます.この時代のネーデルラントでの「外科医」にも様々な階層があり,大学での「高級な」外科医もいれば,床屋医師,クワック(やぶ医者などと訳すのはかわいそう)などと分かれていました.Leidenでの医療従事者の区分けは石田純郎の論文「オランダの一都市における17世紀末から19世紀後半に至る医療職の構造」『医学史研究』, 1993, n. 65: 51-60 (62)が役に立ちます.それと,第91番「医者」でSteenの絵が挙がっていますが,あれは恋煩い(即ち妊娠)した女性を揶揄しているので,医者が訳知りにニヤリとしているのです(左下で子どもが矢で遊んでいるのは,キューピットを模しているわけです).尿検査は妊娠の判定には役立つのです.もう1つ,Luikenの意図的な選択として,女性の職業の代表である助産婦が挙げられていないというのも議論の材料になるかも.でも,題名通り「男の営み」というのなら女性の仕事は出てこなくて当然なのか.
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101. エンブレム集
アンドレア・アルチャーティ (伊藤博明 訳)
ありな書房 2000
★★★
 Andreae Alciati, Emblematum liber (Augustae Vindelicorum, 1531; Parisiis, 1534)の翻訳.
 翻訳は,註釈が最後にまとめられているのが若干読みにくいですが,原著の雰囲気を伝えるような構成になっています.深い教養もなくただエンブレムの絵を眺めるだけでも充分に楽しめます.ただ,訳者に詩心がない(原文に忠実であろうという学者の良心はある)ので,「文学」として鑑賞するのはちょっとキツいものがあります.このシリーズが今後も続くように,みなさんも購入することをお勧めします.
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