Language : Japanese


T折々想うこと4U

楽器を所有するということ


 楽器の演奏に習熟する近道は、パイプオルガンなど個人で所有することの難しいものを除いて、借り物でない自分の楽器を持つことだと思います。好きなときに弾けるし、自分の癖や嗜好に合わせて楽器を調整することもできます。
私自身も、私の知り合った人達も、買うなり自作するなりして楽器を手に入れたわけですが、民俗楽器や古楽器を求めるにあたって、2種類のタイプがあると、かつて知り合ったVielle弾き達を見ていて思いました。
勝手に名付ければ、「骨董派」と「弾ければいい派」です。

▼骨董派
 材料・組立て方・装飾等の全てにわたって伝統にのっとったきちんとした楽器、そしてできれば名の通った製作者のものを好みます。プラスチックや合成ボンドを使ったものは間違っても選びません。楽器の手入れも怠りません。
 かつて知り合いのVielle弾きが、横目で私の楽器を見ながらこう言いました。
「おれのはだれそれの作ったVielleで、こことここはちゃんとかにかにの骨をはめこんで伝統的な製法で作ってある。もし売るとしたら、いくらいくらにはなる。おまえのは売るとしても、二束三文だ」
彼も利殖のためにVielleを買ったのではないし、実際には簡単に自分の楽器を手放したりはしないでしょう。確かに、物の価値を量る上で、お金に換算するというのは分かりやすいやり方です。また、ニカワを使った伝統的な作り方ではなくて、合成ボンドなどを使ったりすれば修理が非常に面倒になるということも真実です。
 また、あるとき、野外コンサートで、怪しくなってきた空模様を見ながら、セミプロのVielle演奏家が主催者に話していました。
「Vielleというのはとても繊細な楽器だから、雨の一滴でも落ちてきたらすぐに演奏を中止する」
これも一面の真実ではあります。
しかし、民俗楽器としてのVielleというのは、野っ原でコルヌミューズ(バグパイプの一種)なんかと一緒にガンガン弾くようなものではないかと私は思っています。また、弾いている最中に汗が楽器の上にしたたり落ちるということはままあります。そのために、ホイールカバーが付いているのです。
 ここまで書き方がちょっと批判的だったので、私がどちらの派に与するか、もうおわかりかと思います。

▼弾ければいい派
 楽器の質は、良ければ勿論そのほうがいいのですが、有名な製作者の楽器は、注文してから何ヵ月も、場合によっては何年も待たなければなりません。値段もそれ相応なので、金のない者には手が出ません。ですから、骨董派の人から見たらいまひとつの楽器を買ったり、キット制作、あるいはまるごと自作をします。要は、自分の楽器で自分なりの弾き方ができればいいと割り切っているのです。ただし、気持ちは骨董派なのに、諸般の事情で骨董的な価値の落ちる楽器を買ってしまうと悲惨です。格落ちの楽器でもそれなりの値段はしますから、簡単に買換えもできません。実際、こういう人に会ったこともあります。どうしてこんな楽器を買ったのか初対面の私に色々言い訳をしていました。
昔、自分で木を切ってきましたという感じの、いびつな、なかなか凄まじい自作Vielleを弾いているあんちゃんに会ったことがあります。でも、立派な楽器をへたくそに弾いているよりはこういうあんちゃんのほうがずっとシブイですね。そう、骨董派にはこういう弱点もあるのです。技術が道具に負けているとカッコつけられません。

 う〜ん。自分の楽器をバカにされた憂さをここで晴らしているみたいな内容になってしまいましたね。まあ、好きでやっている分には、何派でも自分のやりたいようにやればいいということです。

April,1998


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