H20.1.7作成開始 H20.5.11更新

 

伊奥州伊達郡に残る伊達氏の足跡

 

 伊達郡は伊達氏発祥の地である。文治5年(1189年)源頼朝(みなもとのよりとも)は、奥州藤原氏追討の戦い「奥州合戦」を行う。この戦いで、常陸入道念西(ひたちにゅうどうねんさい)の子息・伊佐為宗(いさためむね)兄弟が戦功をたてた。これにより念西は伊達郡を賜り一族とともに同地へ入部。以降伊達氏を名乗る。奥州入りした伊達氏の最初の居城とされるのが高子岡舘(福島県伊達市保原町)で、3代義広の時代に桑折の粟野大館(あわのおおだて 伊達市梁川町)に移ったという。旧伊達郡内には現在も、伊達氏関連の史跡が数多く残っている。

 


 

 

 

 

 

伊達市

 

高子岡舘跡

 

 福島伊達市は平成18年1月1日、伊達郡伊達町梁川町保原町霊山町月舘町の5町が合併し誕生した。県北部に位置し、県都福島市の北東に隣接。東に阿武隈山系の霊山、西には吾妻連峰、北方には宮城県境の山々が遠望できる福島盆地の中にある。口67,532人、世帯数20,894世帯(平成19年12月1日現在)

伊達町→昭和31年に伊達町、伏黒村が合併し誕生。

梁川町→昭和30年に梁川町、粟野村、五十沢村、富野村、山舟生村、白根村、堰本村が合併し誕生。

保原町→昭和30年3月に保原町、大田村、上保原村、柱沢村、富成村が合併し誕生。

霊山町→昭和30年1月に掛田町、石戸村、霊山村、小国村が合併し誕生。

月舘町→昭和30年3月に月舘町、小手村が合併し誕生。

 


 

桑折町

 

下万正寺遺跡/伊達朝宗の墓/桑折寺山門 観音寺

 

 福島県伊達郡桑折町(こおりまち)昭和30年1月1日、桑折町、睦合村、伊達崎村、半田村が合併し誕生した。中通り地方北端部に位置し、東と南は伊達市、西は福島市、北は伊達郡国見町と宮城県白石市に隣接する。13,574人、世帯数4,468 世帯(平成19年11月1日現在) 

 


 

国見町

 

阿津賀志山防塁/念西夫人の墓

 

 福島県伊達郡国見(くにみまち)昭和29年3月、藤田町、小坂村、森江野村、大木戸村、大枝村の1町4村が合併し誕生した。福島県の最北端に位置し、北は宮城県白石市、東は阿武隈川を挟んで伊達市、南は伊達郡桑折町と隣接する。口11,198人、世帯数3,141 世帯(平成12年10月1日現在)

 


伊達氏と伊佐氏考 >常陸介・藤原実宗 >伊達氏の始祖・常陸入道念西 >伊達氏における始祖の認識 >新治国と常陸国新治郡

>常陸国伊佐郡の成り立ち >伊佐氏と常陸大掾氏 >下野国中村  >伊佐氏と北条氏 >幻の四代将軍・貞暁 >伊佐を称した人々

>伊達行朝と伊佐城 >南北朝期以降の伊佐郡

奥州伊達郡に残る伊達氏の足跡 >高子岡舘跡 >下万正寺遺跡/伊達朝宗の墓/桑折寺山門 >観音寺 >阿津賀志山防塁/念西夫人の墓

常陸国伊佐郡に残る伊達氏の記憶 >藤原高房供養塔 >施無畏山延命院観音寺 >木造観世音菩薩立像 >伊達行朝廟 >伊佐城跡 

>螺鈿硯箱/絹本著色八景の図 >伊達左近中将吉村公筆軸一対/吉村公筆和歌

 >本サイトについて・最初にお読みください >トリビアの伊佐氏&伊達氏 >伊佐・伊達氏年表 >伊佐・伊達氏事典 >参考図書

>サイト更新日記 >リンク >ゲストブック >お問い合わせ


 

伊達氏と伊佐氏ホーム

copyright © 2007-2011 venusandmars, All rights reserved.