H19.12.2作成開始 H20.1.2更新

 

観音寺

 

 

 

 

音堂[管理人撮影]

 

奥の院[管理人撮影]

 弘安年間(1278〜1287)に伊達氏四代政依が亡父義広の菩提寺として建立したといわれ、伊達五山のひとつとされる。現在は浄土宗専称寺末に属し、地元桑折町では「坂町の観音」として親しまれている。現存するの観音堂は元禄元年(1688年)の建立だが、延宝年間(1673年−1681年)に仙台藩が調査・作成した絵図に、観音大仏として堂宇が描かれており、それ以前からこの位置にあったものとみられる。堂内に安置される福島県指定重要文化財の観音像は、寄木造で高さ255cm。胎内銘などは無いため作られた年代を正確に知ることはできないが、その様式から鎌倉末から室町時代初期に作られたものと考えられている。また堂内には、観音像と同時期の作とみられる脇侍の不動明王立像と毘沙門天立像も安置されている(いずれも桑折町指定文化財)。

 

 

 

 

 

 

 

 

  


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