H20.1.12作成開始 H20.1.21更新

 

伊達氏と伊佐氏考

 


 

 

 

 

 

>常陸介・藤原実宗 >伊達氏の始祖・常陸入道念西 >伊達氏における始祖の認識 >新治国と常陸国新治郡 >常陸国伊佐郡の成り立ち

>伊佐氏と常陸大掾氏 >下野国中村  >伊佐氏と北条氏 >幻の四代将軍・貞暁 >伊佐を称した人々 >伊達行朝と伊佐城 

>南北朝期以降の伊佐郡

 

 伊達氏の出自は、藤原房前(ふじわらのふささき)5男の山陰(やまかげ)に始まる藤原北家山陰流とされる。山陰6代の藤原実宗(ふじわらのさねむね)は常陸介となり常陸に住した。実宗は常陸国伊佐庄(伊佐郡)中村を領したことから、伊佐あるいは中村を称したという。文治5年(1189年)実宗5代の常陸入道念西・朝宗(ともむね)の時、4人の子息が源頼朝(みなもとのよりとも)による奥州合戦(奥州征伐)で戦功をあげ、伊達郡を拝領する。朝宗は伊達郡に下り伊達氏の祖となり、長男為宗(ためむね)は常陸に在って伊佐を称した。ただし常陸入道念西宗村とするなど諸説があり、念西朝宗が同一人物であるか定めがたい。また藤原氏出身を疑問視する説もあり、初期の伊佐・伊達氏については不明な点が多い。なお初期における奥州伊達郡以外の一族所領として、前述の念西長子である伊佐為宗が領したと思われる常陸国伊佐郡、念西女で源頼朝(みなもとのよりとも)との間に貞暁(じょうぎょう)を生んだ大進局(だいしんのつぼね)が得た伊勢国三ヶ山、宗村長子である時綱の出雲国但馬などが知られる。

 

【伊達氏歴代当主】 

1朝宗―2宗村―3義広―4政依―5宗綱―6基宗―7行宗(行朝)―8宗遠―9政宗―10氏宗

―11持宗―12成宗―13尚宗―14稙宗―15晴宗―16輝宗―17政宗―18忠宗―19綱宗―20綱村

―21吉村―22宗村―23重村―24斉村―25周宗―26斉宗―27斉義―28斉邦―29慶邦―30宗基

  

 


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>伊達行朝と伊佐城 >南北朝期以降の伊佐郡

奥州伊達郡に残る伊達氏の足跡 >高子岡舘跡 >下万正寺遺跡/伊達朝宗の墓/桑折寺山門 >観音寺 >阿津賀志山防塁/念西夫人の墓

常陸国伊佐郡に残る伊達氏の記憶 >藤原高房供養塔 >施無畏山延命院観音寺 >木造観世音菩薩立像 >伊達行朝廟 >伊佐城跡 

>螺鈿硯箱/絹本著色八景の図 >伊達左近中将吉村公筆軸一対/吉村公筆和歌

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