H19.11.11作成開始 H22.7.6更新

 

伊達左近中将吉村公筆軸一対・筑西市指定文化財書跡

 

 

 

 

 

 

伊達佐近中将吉村公筆軸一対[『国県市指定下館の文化財』より]

 元文元年(1736年)、第5代仙台藩主の伊達吉村(だてよしむら)が江戸よりの帰途、常陸の観音寺にある祖先の廟へ詣でた際に寄進したもの。内容は、中国の詩人である白居易(はくきょい 772年〜846年)の『冬夜』と題する詩を綴ったものである。 

 下館市教育委員会編集国県市指定下館の文化財』よると、読み方は以下の通り。

 

右「一盞寒燈雲外夜 いっさんのかんとうはうんがいのよ」

左「数盃温酎雪中春 すはいのうんちゅうはゆきのうちのはる」

 

 大意としては、「冬の夜に小さなともしびのもとで酒を温めて飲むと、雪の中でもまるで春が来たかのようである」といったところか。  

 

 

 

 

 


 

吉村公筆和歌・筑西市指定文化財書跡

 

 仙台藩第5代藩主伊達吉村自筆の詠歌。元文元年(1736)5月13日、江戸より仙台への帰途、常陸の観音寺にある祖先の廟に詣でて詠んだ歌を寄進したもの。 縦61.3 横160僂粒櫃永。鳥の子紙(とりのこがみ)、金襴緞子(きんらんどんす)が使われている。鳥の子紙とは雁皮(がんぴ)を主原料とした上質の和紙で、金襴緞子とは繻子織り(しゅすおり)という織り方で織られた緞子と呼ばれる絹織物に、金糸などで文様を織り出したもの。 

 下館市発行市制施行50周年記念誌 目で見る下館市史』よると、その内容は以下の通り。

 

「元文元年5月13日江府より国にくたりける序久しくねかひ侍りける常陸国中舘之観音寺にまうてて延命院殿之廟所にまいりぬそのかみのてらもおもひ出られて念珠之うちにかくなむ

                左近中将吉村

今は世にしる人さへもなきあとのこけのしたとふ袖そつゆけきここにきてとふやうれしき草のはら身はうつもるる苔のしたにもよみをけることはの玉をひかりにて世にとどめぬる名こそくもらね」 

 

 

 

 

吉村公筆和歌[『国県市指定下館の文化財』より]


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