H19.7.28作成開始 H19.9.30更新

 

木造観世音菩薩立像・国指定重要文化財彫刻

 

 

 

 

 

 

 

 

 

観木造観世音菩薩立像[右『国県市指定下館の文化財』、左『筑西市公式ホームページ』より]

 木造観世音菩薩立像(もくぞうかんぜおんぼさつりゅうぞう)は、筑西市中舘にある施無畏山延命院観音寺(せむいざんえんめいいんかんのんじ)の本尊。鎌倉時代の作で、別名「延命観音」と伝わる。大正11年(1922年)に国宝に指定され、昭和25年(1950年)8月重要文化財に指定。この表現だけだと国宝から重要文化財に格下げされたかのような印象を受ける。実際には、昭和25年(1950年)に従来の国宝保存法と史蹟名勝天然記念物保存法、重要美術品等の保存に関する法律が統合され、現在の文化財保護法が施行されたのにともなう名称変更であり、旧法における国宝は現行法の重要文化財に相当するため、格下げされたというわけではない。ただし、現行法では重要文化財のうち特に貴重なものがあらためて国宝に指定されることになったため、前述のような誤解を生むことになった。なお昭和37年(1962年)、京都国立国宝美術修理所(現在の財団法人美術院国宝修理所か?)において補修が行われている。現在非公開。


 観音菩薩は救うべき対象や状況に応じて様々な姿に変化(へんげ)する。基本となるのは \惨儔(しょうかんのん)、そのほかの変化観音として 如意輪観音(にょいりんかんのん)、十一面観音、だ藜蟯儔(せんじゅかんのん)、ド垓羂索観音(ふくうけんじゃくかんのん)馬頭観音(ばとうかんのん)准胝観音(じゅんていかんのん)がある。あわせて7観音。また7観音以外にも、神仏習合の影響による垂迹観音(すいじゃくかんのん)や子育て観音ともいわれる慈母観音(じぼかんのん)、異形の千手千足観音(せんじゅせんぞくかんのん)などの造像例もある。7観音の像が持つ外見上の主な特徴を簡単に示すと以下の通り。

 

 聖観音像…一面二臂。あらゆる観音の根本となる最も基本的な像

 如意輪観音像…六臂(ろっぴ、6本の手のこと)の坐像で表現される

 十一面観音像…頭上に11面(もしくは10面)の小面を配する

 千手観音像…千手を持つ。実際には、ほとんどの像は40の手で千手を表現する

 不空羂索観音…一面八臂で表現される事が多く、左の一手に羂索(投げ縄)を持つ

 馬頭観音像…三面の忿怒相(ふんぬそう、怒りの表情)と六臂を持つ

 准胝観音像…通常は一面三眼で18臂。8臂の場合もある 

 

 以上のような特徴をとらえたうえで観音寺の木造観世音菩薩立像を見ると、そのいずれにも属さないことがわかる。観音寺の木造観世音菩薩立像は一面六臂の立像であり、持物(じぶつ)は左第1手が五鈷鈴(ごこれい)、同2手が鉾(ほこ)、同3手が宝弓(ほうきゅう)、右第1手が五鈷杵(ごこしょ)、同2手が蓮華(れんげ)、同3手が宝箭(ほうせん 矢のこと)。なお持物とは仏像が手に持っている物のことで、その像の性格や働きを示す。神仏のかたち1 観音菩薩』(平成14年 Gakken 学習研究社)は、「異相の観音像。多臂で一面の像は造像例が非常に稀で、聖観音に分類すべきか不明。持物も独自で他に例を見ないため、変化観音にも分類しにくい。」と解説している。

 

続く…   

 


伊達氏と伊佐氏考 >常陸介・藤原実宗 >伊達氏の始祖・常陸入道念西 >伊達氏における始祖の認識 >新治国と常陸国新治郡

>常陸国伊佐郡の成り立ち >伊佐氏と常陸大掾氏 >下野国中村  >伊佐氏と北条氏 >幻の四代将軍・貞暁 >伊佐を称した人々

>伊達行朝と伊佐城 >南北朝期以降の伊佐郡

奥州伊達郡に残る伊達氏の足跡 >高子岡舘跡 >下万正寺遺跡/伊達朝宗の墓/桑折寺山門 >観音寺 >阿津賀志山防塁/念西夫人の墓

常陸国伊佐郡に残る伊達氏の記憶 >藤原高房供養塔 >施無畏山延命院観音寺 >木造観世音菩薩立像 >伊達行朝廟 >伊佐城跡 

>螺鈿硯箱/絹本著色八景の図 >伊達左近中将吉村公筆軸一対/吉村公筆和歌

 >本サイトについて・最初にお読みください >トリビアの伊佐氏&伊達氏 >伊佐・伊達氏年表 >伊佐・伊達氏事典 >参考図書

>サイト更新日記 >リンク >ゲストブック >お問い合わせ


 

伊達氏と伊佐氏ホーム

copyright © 2007-2011 venusandmars, All rights reserved.