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はじめに 歎異抄の成り立ち 歎異抄本文  うつの最中で読んだ「歎異抄」 終わりに 追記:うつの人を看る方へ

 

うつ病の私、歎異抄の救い

 

落合政道

はじめに

私は今うつ病を患っています。今は最悪の時期を何とか乗り越えたつもりでいますが、「うつ」が苦しい時、私は何度も「歎異抄」を読み返し、かろうじて自分を保ってきました。うつがひどく、自分で自分の感情をコントロールできない時、「歎異抄」で説かれる「救い」は最後に自分を支えてくれました。それは決してそれを読んだら、たちどころに苦しみから逃れられるといったものではありませんが、「苦しむ自分のままでいい。」と救いを感じられました。私は「歎異抄」は特に「絶望した人の心」に響く書物のようにおもうのです。それは、歎異抄を語られた親鸞が「絶望した人」であるからなのでしょう。そして「歎異抄」は私にとって「絶望した私」を支えてくれた「実用書」です。私は何か身の上に絶望を感じている方や、又、私と同じように、「うつ病」を病んでいるか方に、ぜひ、「歎異抄」を読んでみてほしいと思っております。その思いから、私は自分の場合にどのように救いを感じとることができたかを文章に残したい思いました。

蛇足とは存知ますが、「歎異抄」は浄土真宗の教えが語られている「宗教書」です。でも、もし、「宗教」もしくは「浄土真宗」に抵抗を感じらるのなら、たとえば、歴史上の人物としての「親鸞」の生き様をしっておく為に読んでみてほしいです。約七百五十年前に絶望した自分を抱えて生き抜いた人がいたと思うだけで、「救い」やあるいは「生き方のヒント」になるかもしれません。

 

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歎異抄の成り立ち

この章では歎異抄の書かれた背景について、簡単に説明いたします。私は「歎異抄」を「実用書」と考えていますので、「歎異抄」について研究したつもりは有りません。ただ、時代背景や、書かれた経緯については知っておいた方が「歎異抄」の理解の助けになると思いますので、私の知る範囲で簡単に説明させていただきます。

 

法然(親鸞の師)について

法然は親鸞の師であり「浄土宗」の開祖です。法然は比叡山延暦寺(天台宗)で、仏教を学び、修行をしました。時代は平安(公家の支配)から鎌倉(武士の支配)に変わるころです。そのころの世の中は戦乱、天災、飢饉といった災難が続いていました。当時の仏教界はそんな民衆を救うよりも、時の権力者に取り入り、布施を得ることばかり考える者等がおり、堕落していました。しかし、その時代を生きた民衆にとってこの世はまさに生き地獄であり、その日を生きる為の食料とするための生き物の殺生や、あるいは盗み、又は戦での人殺し、を行わずには生き延びることができませんでした。当時一般的に受け入れられていた仏教では浄土にゆけるものは仏教を学び、戒律を守り、修行を行って煩悩を捨てることで、「悟り」を得られた人だけとされていましたので、まさに、「この世もあの世も地獄」であり、苦しみの中をもがき苦しんでいました。法然はそれら苦しむ人々を救えない当時の仏教に疑問を感じ、何か方法はないかと多くの仏典の中に答えを探し続けました。その結果出合ったのが「阿弥陀仏の本願」念仏でした。


「阿弥陀仏の本願」念仏の概略

―遙か遠い昔に、一人の王が出家した、名前は法蔵(ほうぞう)といった。彼が出家した理由は世の中のすべての民衆を苦しみから救いたいという思いからだった。彼は修行にあたり「四十八の誓願」を立てた。その十八番目に次のことを誓った。

「私が修行の結果仏になれたならば、浄土に生まれたいと願って私の名前を称えたものあれば、すべての人を浄土に救いとります。」

法蔵は長い修行の末、ついに仏となり。名を改めて、阿弥陀仏となった。

つまり阿弥陀仏の名前を称えれば(=南無阿弥陀仏と称えれば)、すべての人は「浄土」に救いとられる。


法然はこれをもってすれば、民衆は死後の恐怖から救えると考え、この教えを民衆に広めました。これが「念仏を称えれば浄土に救いとられる。」教えとなって「浄土宗」が成立しました。


親鸞(法然に救われた人)

親鸞も比叡山延暦寺で仏教を九歳から約二十年間学び、修行をしました。しかし、いくら厳しい修行に勤めてもまったく、「悟り」、「心の平安」を得ることができませんでした。特に「性への欲望」に苦しめられたようです。他の修行者の中には深く自分を見つめることもせずに、「自分は悟りを得られた。」と簡単に考えることが出来た者や、表向きは「仏教者」を装いながら、裏では戒律を破り、食肉をし、持妻した者もいたようですが、真面目で、神経質で、完全主義の親鸞にはそんなことはできませんでした。いくら修行をしても「心が落ち着かない、煩悩を捨てきれない自分」に絶望した親鸞は比叡山を降り、都で「念仏」を教える法然の下に向かい、教えを請います。法然の前で、親鸞は自分がいくら努力しても心の平安が得られないことをありのままに告白し、どうしたら自分は救われるのかを訊ねました。法然は「阿弥陀仏の本願」念仏の教えを説きます。かなり乱暴な解釈ですが、私は二人の間でおおよそ以下のような会話があったと想像しています。

親鸞:「私はできる限りの修行をし、学問しましたが、悟りを得られません。私のようなものが救われる方法があるなら教えてください。」

法然:「念仏を称えなさい。そうすれば阿弥陀様が浄土に救い取ってくださる。」

親鸞:「私のような煩悩の多い人間でも救われるのですか?」

法然:「必ず救われる。阿弥陀仏の本願を信じ、念仏することです。」

親鸞:「わかりました。念仏をさせていただきます。しかし、私は特に性への欲望を捨てきれず、それがとても苦しいのですが、これはどうすればよろしいのでしょうか?」

法然:「持妻したほうが念仏し易いのなら持妻しなさい。持妻しないほうが念仏し易いのなら、持妻することはやめなさい。大切なことは阿弥陀仏の本願を信じて念仏を称えることただひとつです。」

 

親鸞は法然の下で、「念仏の教え」を学び、「あるがままの自分」で救われる喜びに浸ることができることになりました。又、同時に「持妻」することも許されるのでした。

 

しかし、この念仏の教えは既存の仏教の否定であるとともに、「念仏すれば救われる。」ことはつまりが、「仏の前ではすべての人が平等である。」ことになってしまうので、既存の権力者つまり仏教界、幕府から、弾圧を受け、法然は土佐へ、親鸞は越後に流罪になってしまいます。

 

唯円(親鸞の弟子、歎異抄の著者)

一般に「親鸞の歎異抄」と言われていますが、歎異抄を書いたのは親鸞の弟子である唯円です。唯円は親鸞の死後に念仏について間違った解釈をする者がいることを嘆き、師親鸞から教えていただいた、正しい念仏の教えを残す為に歎異抄を書きました。この書物のタイトル「歎異抄」は教えとの異りを歎いた文章の意味です。

以上がかなり大雑把ではありますが、歎異抄の成り立ちです。歎異抄は全部で十八章ありますが、十章までが、生前親鸞が語られた言葉を唯円が書き記したものです。ですので、私は十章までを私の理解の範囲でご説明させていただこうと思います。拙い私の意訳、解釈ですが、読んでみて頂けると幸いに存じます。

 

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歎異抄本文

   

原文 第一章 第二章 第三章 第四章 第五章 第六章 第七章 第八章 第九章 第十章

意訳 第一章 第二章 第三章 第四章 第五章 第六章 第七章 第八章 第九章 第十章

 

第一章

弥陀の誓願不思議にたすけられまいらせて、往生をばとぐるなりと信じて念仏もうさんとおもいたつこころのおこるとき、すなわち摂取不捨の利益にあずけしめたまうなり。弥陀の本願には老少善悪のひとをえらばれず。ただ信心を要とすとしるべし。そのゆえは、罪悪深重煩悩熾盛の衆生をたすけんがための願にてまします。しかれば本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、念仏にまさるべき善なきゆえに。悪をもおそるべからず、弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきがゆえにと云々

 

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第一章私の意訳

阿弥陀様の誓願の不思議に助けられて、往生できると信じることができ、念仏「南無阿弥陀仏」と称えるようと思えたとき、あなたはもう救いとられています。阿弥陀様の本願には年老いた人、幼い人、善人、悪人の区別はありません。ただ、深く本願を信じる心のみが必要です。なぜかといえば、阿弥陀様の誓願は罪の深い私たち凡人たちを助けようとしたものだからです。だから、本願のみ信じれば、他の善行は必要ありません。なぜなら、念仏にまさる善行はないからです。又自分の犯してしまった悪についてもおそれる必要はありません。過去、現在、未来において、阿弥陀様の本願を妨げるほどの悪行などありません。

 

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私の解釈

親鸞は念仏するだけで、往生できると言い切っています。なぜこんなことがいえたのでしょう?私はこう解釈しています。

親鸞は自ら「愚禿親鸞」(おろかな散切り頭の親鸞)と名乗るほど、自分の人間としての不完全さを自虐的までに見つめた人でした。しかし、既成の仏教では自分の中の「仏性」を目覚めさせることが重要であり、その為に、学問をし、修行をし、善行を行い、煩悩を捨てて悟りを開くことが、本道であるとされていました。

親鸞も比叡山で修行してそれに立ち向かいました。しかし、神経質で、完全主義者の親鸞には自分の中にあるわずかな煩悩さえも許すことができませんでした。だから、たとえ確かに行った「修行」「善行」でさえ、そんなものを根拠に自分の中に「仏」という「完全な存在」があると思うことができなかったのだろうと思います。だから、親鸞には煩悩の深い自分のままで救われる方法が必要でした。それが、法然に教えられた「念仏」だったのです。



第二章

おのおの十余か国のさかいをこえて、身命をかえりみずして、たずねきたらしめたまう御こころざし、ひとえに往生極楽のみちをといきかんがためなり。しかるに念仏よりほかに往生のみちをも存知し、また法文等をもしりたるらんと、こころにくくおぼしめしておわしましてはんべらんは、おおきなるあやまりなり。もししからば、南都北嶺にも、ゆゆしき学生たちおおく座せられてそうろうなれば、かのひとにもあいたてまつりて、往生の要よくよくきかるべきなり。親鸞におきては、ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすべしと、よきひとのおおせをかぶりて、信ずるほかに別の子細なきなり。念仏は、まことに浄土にうまるるたねにてやはんべるらん、また、地獄におつべき業にてやはんべるらん。総じてもって存知せざるなり。たとい、法然聖人にすかされまいらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからずそうろう。そのゆえは、自余の行もはげみて、仏になるべかりける身が、念仏をもうして、地獄にもおちてそうらわばこそ、すかされたてまつりて、という後悔もそうらわめ。いずれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし。弥陀の本願まことにおわしまさば、釈尊の説教、虚言なるべからず。仏説まことにおわしまさば、善導の御釈、虚言したまうべからず。善導の御釈まことならば、法然のおおせそらごとならんや。法然のおおせまことならば、親鸞がもうすむね、またもって、むなしかるべからずそうろうか。詮ずるところ、愚身の信心におきてはかくのごとし。このうえは、念仏をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面々の御はからいなりと云々

 

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第二章 私の意訳

みなさんが十以上の国をこえて、命がけで、来られた目的は、浄土にゆく方法ただひとつを知りたいためですね。しかし、私が念仏以外に浄土へゆく方法をしっていたり、法文等をしっているのではないかと、疑っているのであれば、大きな誤りです。もしそのようなものが知りたいのであれば、京都や、奈良に立派な学者が大勢おられるので、その方々に教えてもらってください。親鸞においてはただ念仏して、阿弥陀様に助けていただくだけであると、法然様に教えていただいたことを信じているだけで、他の理由はありません。念仏が本当に浄土にゆく方法であるのか、または地獄に落ちることになってしまう行いであるのか、まったく興味がありません。たとえ、法然様に騙されて念仏したために地獄に落ちたとしても後悔はありません。その理由は私が修行をして、悟りを開いて仏になれるような人間であるならば、修行をやめ、念仏したために、地獄におちたことで、騙された。と後悔するかもしれません。しかし、私はいくら修行をしても煩悩を捨てきれない人間であるので、念仏をしようとしまいと、私は地獄に落ちるべき人間なのです。阿弥陀様の本願が本当であるなら、釈尊の説教は本当でしょう。釈尊の説教が本当であるなら、善導の解釈もうそではないでしょう。善導の解釈が本当ならば、法然の教えもうそではないでしょう。法然の教えが本当ならば、親鸞がいうことも、うそではありません。結局愚かな私の信心はこれだけのことです。ですから、このことをお知りになった上あなた方が念仏を信じられようと、捨てられようと、あなた方にお任せします。

 

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私の解釈

私はこの章が一番好きです。「たとえ地獄に落ちてもいい。」といえるほど人を信じられたら、なんとすばらしいことでしょう。親鸞が法然から初めて念仏を教えられるのは二十九歳のときです。それから、流罪になる三十五歳まで、親鸞は法然の下で学びます。煩悩の多い自分を救っていただける法について学ぶ六年間は親鸞にとってもっとも幸せな期間であったことでしょう。しかし、親鸞は流罪を契機に法然と別れなければならなくなります。そしてその間に法然は死去することになりますので、親鸞が法然の下にいられたのは結局この六年間だけでした。親鸞は法然と別れた後、師の教えについて繰り返し思索し続けたとおもわれます。しかし、今まで身近に支えになっていただいた師がおられなくなったことは「念仏」に対し少なからず、不安や疑問をもたらしたと思われます。だから、親鸞は師のたどった足取りを自らの足で歩き直すように、念仏について検証しなおしていったようです。念仏の教えにつながる経典類を読み直し、分かった気になるのですが、すぐに新しい疑問が沸き、また経典に答えを探すことを繰り返したことでしょう。しかし、結局のところ、親鸞にとって念仏への信心の根拠は法然に直接教えられ、救われた「喜びの体験」以外になかったのではないでしょうか?だから、関東から京都まで、命がけの旅をして訪ねてきた弟子たちに、「法然様が言われたことを信じているだけである。」と言い切ることができたのでしょう。

それにしても法然と親鸞の信頼関係はなんとすばらしいものでしょうか。私は「歎異抄」を読むたびにその関係に憧れ、「嫉妬」に近い感覚を覚えます。


 

第三章

善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや。しかるを、世のひとつねにいわく、悪人なお往生す、いかにいわんや善人をや。この条、一旦そのいわれあるににたれども、本願他力の意趣にそむけり。そのゆえは、自力作善のひとは、ひとえに他力をたのむこころかけたるあいだ、弥陀の本願にあらず。しかれども、自力のこころをひるがえして、他力をたのみたてまつれば、真実報土の往生をとぐるなり。煩悩具足のわれらは、いずれの行にても、生死をはなるることあるべからざるをあわれみたまいて、願をおこしたまう本意、悪人成仏のためなれば、他力をたのみたてまつる悪人、もっとも往生の正因なり。よって善人だにこそ往生すれ、まして悪人はと、おおせそうらいき。

 

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第三章 私の意訳

善人だって往生できるだから、悪人は当然往生できます。しかし、世間の人々は悪人が往生できるなら、善人は往生できるといいます。これは一見正しいように思えますが、本願他力の教えとは異なります。その理由は自分で善行のできる人は阿弥陀様にすがる気持ちが弱いので、阿弥陀様に救われにくいのです。しかし、自力のこころをやめて、阿弥陀様にすがる気持ちになれば、往生できるのです。欲の深い哀れな私たちがどんな修行でも生死の苦しみから逃れられないことを哀れにおもって阿弥陀様が願を立ててくださったのです。だから、阿弥陀様にすがる悪人こそもっとも往生しやすい人なのです。だから、善人だって往生できるのだから、まして悪人は往生できるのです。

 

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私の解釈

「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人おや。」は親鸞もしくは歎異抄のなかで一番有名なことばです。「悪人正機説」ともよばれます。ここで使われる悪人および善人は一般につかわれる定義とことなります。故にいつも誤解をうけるようです。

一般的な定義

            悪人:犯罪者、利己主義者、等

            善人:善行を行える人、博愛主義者、等

歎異抄での定義

            悪人:完全な善行などできないと自覚のある人

            善人:完全な善行ができると思い込んでいる無知な人、又はおごりのある人

 

繰り返しになりますが、親鸞は自分が悪人でることに悩み、修行にやぶれて、比叡山をおりた人です。そして、悪人のままでも念仏すれば往生できると教えられ、法然に救われたひとです。ですから、一見奇をてらったようなこの文章も念仏の教えを正しく理解すれば、決して不可解なものではないのです。

ここで、「本願他力」という言葉もでてきましたので、一緒に説明します。一般的には「他力本願」とよばれますが、他力とは阿弥陀様の力のことです。あまりにも誤ってつかわれすぎて、辞書にも載ってしまっている意味「他力本願」=「他人任せ」ではないのです。

もうすこし、「他力本願」について、述べさせていただきますと、一般に法然が浄土宗にて「他力本願」=「念仏を称えれば、どんな者でも救われる」という「教え」を広め、弟子の「親鸞」が念仏するこころがおきることも「御仏のお計らい」によるものだとし、「絶対他力」という「教え」に深めたとされています。

ここからは私の解釈なので、史実と違うかもしれませんが、私にはこうとしか思えないので、私の私見を述べさせていただきます。

私は法然の中にも念仏するこころがおきることも御仏のお計らいによるものだとする、「絶対他力」の思想があったのではないかとおもっています。なぜなら、「ナムアミダブツ」と称えれば極楽にいけるという解りやすい教えは多くの人を救うことができますが、たとえば「口のきけない人」はどうでしょうか?念仏が称えられないから、極楽にはいけないのでしょうか?又、まだ言葉をおぼえる知恵のない子供、痴呆の老人、知的障害者はどうでしょう?彼らを救う方法は無いのでしょうか?「智慧第一」いわれた法然がそんなことに気づかないわけがありません。でも、念仏を称えるこころがおきることさえ「御仏のお計らい」などといっても民衆には理解しにくくなるだけです。だから、法然は大衆の多くを救えるように「ナムアミダブツと称えれば往生できる」に「教え」をとどめてしまったのだと思うのです。しかし、親鸞は違います。法然にとって念仏とは民を救う法でしたが、親鸞にとっては自分を救っていただくために命がけで求めた法なのです。彼は自分こそ悪人中の悪人の自覚がありましたから、どんな人間でも救い取る「法」がなければ、「自分が救われる」ことにはならないのです。だから、親鸞は「絶対他力」まで教えを深める必要があったのだと思います。直接的に法然からそれを伝えられたかどうかは、しるよしもありませんが、「善信(親鸞)が信心も聖人(法然)の御信人もひとつなり」と親鸞が言い切ったことからも、私はそう思っています。


 

第四章

慈悲に聖道・浄土のかわりめあり。聖道の慈悲というは、ものをあわれみ、かなしみ、はぐくむなり。しかれども、おもうがごとくたすけとぐること、きわめてありがたし。浄土の慈悲というは、念仏して、いそぎ仏になりて、大慈大悲心をもって、おもうがごとく衆生を利益するをいうべきなり。今生に、いかに、いとおし不便とおもうとも、存知のごとくたすけがたければ、この慈悲始終なし。しかれば、念仏もうすのみぞ、すえとおりたる大慈悲心にてそうろうべきと云々

 

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本書を書いている間に、私の第四章の解釈は大きく変わりました。本来なら、その最終稿

のみを記載すればよいのかもしれませんが、私は自分の為にこの変化を書き残しておきたいと考えました。又、その方が、最終稿での私の理解を、より正確にお伝えできるのではないかとも思いました。ですので、本章では私の解釈の変化を時系列的に書かせていただきます。

 

私の意訳1

慈悲の考え方には聖道門と浄土門で違いがあります。聖道門での慈悲とは自力で相手を憐れみ、悲しみ、守ろうとするものです。しかし、おもうように相手をたすけることはとても難しいことです。浄土門での慈悲とは念仏して死後いそいで仏となって、仏の大慈大悲心によって衆生を救うことをいうのです。生きている間に、いかに相手をかわいそうにおもっても、その慈悲に始終はないのです。そうであるなら、念仏を称えることだけが、唯一の大慈悲心なのです。

 

本書を書くに当たり、監修いただいている住職様に「私の意訳1」を見ていただいたところ、「念仏して、いそぎて仏となりて、」の解釈に誤りのあることをご指摘いただきました。

 

「そこを死後に、仏になると解釈してはいけません。私たちが生きて念仏を称えさせていただいたとき、その瞬間に仏の救いが私たちにとどいていることを言われているのです。」

 

住職様は穏やかに私の間違いをご指摘されました。しかし、私は戸惑いを感じずにはいられませんでした。私が読んだ数冊の解説書にも「死後仏になる」意味の訳が載っておりましたし、対比する「今生に、」は「生きている間」と解釈する方が、自然に思えたからでした。私は何とか住職様にいただいた言葉を咀嚼し、自分の言葉にする努力を行いました。その結果が以下の意訳です。

 

私の意訳2

慈悲の考え方には聖道門(自力)、浄土門(他力)で違いがあります。聖道門での慈悲とは自力で相手をああ、かわいそうだとおもい、悲しみ、守ろうとするものです。しかし、おもうように相手をたすけることはとても難しいことです。浄土門での慈悲とは念仏してまずただちに自分を救いとっていただき、仏の大慈大悲心によって衆生をも救いいただくことをいうのです。仏の救いに出会わずにあって、いかに相手をかわいそうにおもっても、その慈悲に始終はないのです。そうであるなら、念仏を称えることだけが、唯一の大慈悲心なのです。

 

上記の意訳をお伝えしたところ、住職様から、

 

「今回の意訳は、素晴らしいと思います。私は、この訳で、ぴったりくると思います。」

 

との言葉を頂きました。しかしまだ、素直に頷けない自分がいました。実は本書を書くまで、私にとって第四章はあまり印象のないものでした。一章,二章を読んだときのような体の中を突き抜ける感動がなかったからです。そして今住職様にいただいた言葉によって、より正確に理解できたはずなのに、今だに自分の血肉となった感がないのでした。

 

住職様から「私の意訳1」の解釈の誤りをご指摘いただいた際、理解を深める為に、金子大栄先生の「歎異抄」(岩波文庫)を読むことを薦められました。私は早速拝読させて頂きました。そうしたところ、以下の文に当りました。

 

「この書に現れるものは、すべて告白である。身に感じたままをしみじみとあらわす述懐である。

<歎異抄 P21 岩波文庫>

<金子大栄 校注>

 

私はその視点にて原文をもう一度読み直し、再度意訳に挑むことにしました。そして、その策として、文頭に「親鸞において」を追記する手段をとりました。

 

第四章 私の意訳:最終稿

親鸞において、慈悲に聖道(自力)から浄土(他力)へのかわりめがありました。聖道に立ち、相手をああ、かわいそうだおもい、悲しみ、守ろうとしたのですが、おもうように相手をたすけることはとても難しいことでした。しかし、浄土に立場を移してからの慈悲は、相手をああ、かわいそうだと思い、念仏させていただい瞬間に、まず、自らに仏の救いをいただけたと気づかされ、私に届いている救いが、今かわいそうに思えた相手に対しても届いている事を知らされることでした。仏の救いに出会わずにあって、いかに相手をかわいそうにおもっても、その慈悲に始終はありませんでした。ですから、念仏を称えることだけが、親鸞にとって唯一の大慈悲心なのです。

 

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上記の解釈がゆるされるのならば、私にとっての第四章はこれまでとはまったく違うものにすることができます。「私の意訳1」の解釈ではそれはただの「聖道門と浄土門」の解説文でした。ですから、私には響かなかったのです。しかし、私の解釈が「最終稿」にいたった時、私の目前に「体験を告白される親鸞」があらわれて、他力の教えを説いていただけたのでした。

 

今私は私の過ちを「聖道門と浄土門の解説文になっていた」と書きました。しかし、私はもっと大きな過ちを犯しています。「私の意訳1」において私は暗黙の内に「聖道門は浄土門より劣っている意」を記しています。おそろしいことです。罪深いことです。親鸞は決して聖道が劣っているから浄土に立場を移されたのではないのです。第二章にて「いずれの行もおよびがたきみ」と告白されているように、親鸞には他力にすがる道より他になかっただけなのです。

 

ここで、少し私事を述べさせていただきます。私が高校生時代に知り合った親友にS君という方がおられます。彼とはしばらく疎遠だった時期があったのですが、偶然にも彼も私と同様に仏教に惹かれていました。しかし私とは異なり、「自身の仏性を目覚めさせて、善行につとめる」聖道門の立場に身を置いています。彼は高校卒業後、就職しました。そして、家庭を持ち、今小学生の息子さんがおられます。そんな彼と最近久しぶりに会いました。彼は「より良い人になりたい。人を助ける人になりたい。」と澄んだ瞳で私に語るのでした。そしてそれは決して言葉だけのことではなく、実際に自らを高める為に仕事、妻子ある多忙の身でありながら、通信制大学に入学し、八年の歳月をかけて学び通し、今春ついに卒業することができたのでした。とても私にはできないことです。そんな彼の生きかたを見せていただいていたにもかかわらず私は「私の意訳1」にておおきな過ちを犯し、それに気づくこともなかったのでした。私は自分の中の「おごり」に恐怖を感じます。

 

この場を借りてS君に謝罪と感謝を述べさせていただきます。

「君という友人を持ったことは私の誇りです。本当にごめんなさい。そして、間違いに気づかせてくれてありがとう。」


 

第五章

親鸞は父母の孝養のためとて、一辺にても念仏もうしたること、いまだそうらわず。そのゆえは、一切の有情は、みなもって世々生々の父母兄弟なり。いずれもいずれも、この順次生に仏になりて、たすけそうろうべきなり。わがちからにてはげむ善にてもそうらわばこそ、念仏を回向して、父母をもたすけそうらわめ。ただ自力をすてて、いそぎ浄土のさとりをひらきなば、六道四生のあいだ、いずれの業苦にしずめりとも、神通方便をもって、まず有縁を度すべきなりと云々

 

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第五章 私の意訳

親鸞は父母の追善供養のため念仏を称えたことは一度もありません。その理由はこの世の一切の衆生はすべて世々生々の父母兄弟であり、どの人も、次々に仏様になられて、今生きている私たちをたすけてくださるからです。念仏が自力の善であれば、念仏で父母をたすけることもできるでしょう、しかし、ただ自力をすてて、そのまま浄土のさとりを得られるのであれば、六道四生のあいだ、どのような苦しみにあっても、仏様の衆生救済の力によって、まずは縁ある人がすくわれるのです。

 

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私の解釈

私は今36歳ですが、私は十歳の時、父を癌で亡くしています。又、三十一歳の時、母を交通事故で亡くしました。ですので、私はすでに両親がいません。そして、私にとって母を亡くすことは、私に親と呼べる人がいなくなってしまうこと同時に、障害を持つ兄の保護者を引き継ぐことを意味していました。これがすべてではないですが、このことが、私がうつ病を病むきっかけとなりました。

 

母をなくした後、私は住職様に「供養」ということについて、次の教えをいただきました。

 

「お母様は亡くなられ、今は仏様になられています。世間ではよく、先祖供養と言いますが、亡くなった方は阿弥陀様の本願にて、浄土に帰られ、仏様になられているので、生きている私たちが、亡くなった方を供養すると考えることは間違いなのです。仏様になられたお母様は今あなたのことを心配し、見守ってくださっているのです。いわば、供養されているのはあなたの方なのですよ。」

 

本書を書くに当たり、幾つかの歎異抄の解説書を読まさせていただいたのですが、上記のような意訳をされた本はありませんでした。しかし、ご住職様にいただいた教えは私の理解となって、その深さは比べられるものではありませんが、ご住職様と共有するものとなっています。その理解を私の言葉に下ろすことで、上記の意訳となりました。


 

第六章

専修念仏のともがらの、わが弟子ひとの弟子、という相論のそうろうらんこと、もってのほかの子細なり。親鸞は弟子一人ももたずそうろう。そのゆえは、わがはからいにて、ひとに念仏をもうさせそうらわばこそ、弟子にてもそうらわめ。ひとえに弥陀の御もよおしにあずかって、念仏もうしそうろうひとを、わが弟子ともうすこと、きわめたる荒涼のことなり。つくべき縁あればともない、はなるべき縁あれば、はなるることのあるをも、師をそむきて、ひとにつれて念仏すれば、往生すべからざるものなりなんどいうこと、不可説なり。如来よりたまわりたる信心を、わがものがおに、とりかえさんともうすにや。かえすがえすもあるべからざることなり。自然のことわりにあいかなわば、仏恩をもしり、また師の恩をもしるべきなりと云々

 

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第六章 私の意訳

ひたすらに念仏する仲間の間で、私の弟子、ひとの弟子という論争があることはもってのほかです。親鸞には弟子のひとりもいません。その理由は私のはからいで、ひとに念仏を称えさせたのであれば、私の弟子ということになるでしょうが、ただ、阿弥陀仏のお計らいにより念仏を称えるひとを、私の弟子だということはまったくむなしいばかりです。一緒になる縁があれば、いっしょに、離れる縁があれば離れるだけのことなのに、師にそむき、他のひとといっしょに念仏すれば、浄土に行けないなどということは、ありえないのです。阿弥陀様にいただいた信心を自分があたえたかのように、とりかえそうとするのでしょうか?重ね重ねあってはならないことです。はじめてはからいのない世界に出会えた後には、仏様の恩もわかり、また、師の恩を知るようになるのです。

 

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私の解釈

念仏は「絶対他力」のものです。仏様のお計らいによって称える縁をいただくものです。だから、親鸞は自分には弟子の一人もいないと言い切ります。


 

第七章

念仏者は、無碍の一道なり。そのいわれいかんとならば、信心の行者には、天神地祇も敬伏し、魔界外道も障碍することなし。罪悪も業報も感ずることあたわず、諸善もおよぶことなきゆえに、無碍の一道なりと云々

 

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第七章 私の意訳

念仏者はさまたげのない一筋の道を行きます。なぜなら、信心の行者には天の神、地の神も敬服し、悪魔も外道も妨害することはできません。自らの犯してしまった罪を思い悩むことはありません。また、自ら行った善行も念仏にはおよびません。念仏はさまたげのない一筋の道です。

 

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私の解釈

親鸞にとって念仏は地獄に落ちてもくいのないものです。そんな親鸞にとって天の神、地の神、悪魔、外道など恐れる理由などあるはずがないのです。

 

第八章

念仏は行者のために、非行非善なり。わがはからいにて行ずるにあらざれば、非行という。わがはからいにてつくる善にもあらざれば、非善という。ひとえに他力にして、自力をはなれたるゆえに、行者のためには非行非善なりと云々

 

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大八章 私の意訳

念仏は念仏者にとっては行でもなければ善でもない。念仏は自分のはからいで称えるものではないので、非行という。念仏は自分のはからいの中からおこる善でないので、非善という。ただ阿弥陀様のお計らいであり、自分の力ではないから、念仏者には行でもなければ善でもない。

 

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私の解釈

念仏は阿弥陀様のお計らいにより、称えさせていただく「絶対他力」のものです。ですから、いただいたご縁でさせていただく念仏は当然自分の「行」でもなければ、「善」でもないのです。


 

第九章

「念仏もうしそうらえども、踊躍歓喜のこころおろそかにそうろうこと、またいそぎ浄土へまいりたきこころのそうらわぬは、いかにとそうろうべきことにてそうろうやらん」と、もうしいれてそうらいしかば、「親鸞もこの不審ありつるに、唯円房おなじこころにてありけり。よくよく案じみれば、天におどり地におどるほどによろこぶべきことを、よろこばぬにて、いよいよ往生は一定とおもいたまうべきなり。よろこぶべきこころをおさえて、よろこばせざるは、煩悩の所為なり。しかるに仏かねてしろしめして、煩悩具足の凡夫とおおせられたることなれば、他力の悲願は、かくのごときのわれらがためなりけりとしられて、いよいよたのもしくおぼゆるなり。また浄土へいそぎまいりたきこころのなくて、いささか所労のこともあれば、死なんずるやらんとこころぼそくおぼゆることも、煩悩の所為なり。久遠劫よりいままで流転せる苦悩の旧里はすてがたく、いまだうまれざる安養の浄土はこいしからずそうろうこと、まことに、よくよく煩悩の興盛にそうろうにこそ。なごりおしくおもえども、娑婆の縁つきて、ちからなくしておわるときに、かの土へはまいるべきなり。いそぎまいりたきこころなきものを、ことにあわれみたまうなり。これにつけてこそ、いよいよ大悲大願はたのもしく、往生は決定と存じそうらえ。踊躍歓喜のこころもあり、いそぎ浄土へもまいりたくそうらわんには、煩悩のなきやらんと、あやしくそうらいなまし」と云々

 

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第九章 私の意訳

「念仏を称えているのですが、天に舞い地に踊るほどの喜びのこころがわいてきません、また、いそいで浄土へいきたいと思えないのはどうしらよいのでしょう。」とお尋ねしたところ、次のように答えていただきました。「親鸞も同じ疑問があったが、唯円房も同じように考えたのですね。しかしよくよく考えてみれば、天に踊り地に踊るほどによろこぶべきところを喜べないのは、いよいよ浄土にゆけるとおもうべきなのです。喜ぶべきこころをおさえて、喜ばせないのは煩悩の為です。ところが、阿弥陀様はあらかじめそれを知った上で、我々を煩悩具足の凡夫といわれているのであり、阿弥陀様の悲願はこのような私たちのためであるとわかり、いよいよ頼もしくおもえるのです。又、浄土へいそいでゆきたいと思えず、少しでも心配なことがあれば、死ぬのではないかと不安になるのも、煩悩のさせることです。遠い昔より、いままで流転してきた苦悩の世界がすてがたく、いまだに行ったことのない浄土に行きたいと思えないのは、本当に煩悩が強いからなのです。なごりおしかろうと、娑婆の縁がつきて、ちからなくしておわるとき、浄土にゆくことになるのです。阿弥陀様はいそいでいきたいと思えないものを、とくに哀れにおもってくださっています。だからこそ、いよいよ阿弥陀様の請願はたのもしく、浄土にゆけることがきめられているとわかるのです。もし、天に舞い地に踊るほどの喜びがあり、いそいで浄土へゆきたいとおもえたら、煩悩がないので、阿弥陀様に救っていただけないのではないかと心配になりませんか?」と親鸞様はそういわれた。

 

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私の解釈

弟子の唯円は師親鸞に「念仏を心から信じることができない。」とその心中を赤裸々に告白します。それに対し、親鸞は「唯円房私も同じだよ。」と語りかけるのです。そうなのです。親鸞にあっても「念仏すれば浄土にゆける。」ことに対し、時折疑問、不安を感じられていたのです。親鸞はここまで私たちに自分の内面をさらけ出してくださるのです。なんと有難いことでしょう。私もそうです。厳密な意味で、浄土や、阿弥陀様の存在を信じきることができません。しかし親鸞はそれでいいとおっしゃってくださいます。この人間くさい親鸞に私は深い共感を覚えるのです。


 

第十章

「念仏には無義をもって義とす。不可称不可説不可思議のゆえに」とおおせそうらいき。

 

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第十章 私の意訳

念仏ははからいを超えたものです。はからう心では称えられないし、説明できないし、理解することもできない。といわれた。

 

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私の解釈

親鸞は繰り返し、「念仏」は他力によるものであり、「自力」、はからいの心があるかぎり、称えることも、説明も理解することもできないと説かれています。

 

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うつの最中で読んだ「歎異抄」

 

冒頭で述べましたが、私はうつ病を患っています。しかし今はなんとか最悪の状態は乗り切りましたので、薬を飲み、無理さえしなければ、社会生活に支障のない状態には回復できております。私はうつがひどく、気持ちがどん底にあるとき、「歎異抄」を何度も読み直し、心の支えにしてきました。私は自分の体験をお話することが、同じ「うつ」に悩む方々のなんらかのヒントになってくれたらと思い、うつ病を病む私にとっての「歎異抄」について述べさせて頂こうと思います。

 

まず最初に申し上げたいことは、私は浄土真宗の檀家の家に生まれましたので、「南無阿弥陀仏」と称える縁をいただきましたが、これは私にとって自分の力ではどうする事も出来ないことを任せる「おおいなるもの」の象徴として称えさせているということです。これは私個人の考えですが、もし皆さんの中で、「南無阿弥陀仏」と称えることに抵抗がおありなら、皆さんが信じられる対象にお任せすればいいと思います。ご実家の宗派のご本尊を信仰されることはすばらしいことでしょうし、仏教にとらわれず、キリスト教でも神道でもよろしいでしょう。又、個別の宗教にとらわれない概念としての「神様」でもいいと思います。

 

私が歎異抄について書こうとした事から、私が「もともと信心深い人間」であると思われた方がおられるかもしれませんが、実はそうではありません。実際私は学生時代に機械工学を学び、今技術職に就いています。技術は原因と結果を明確にすることで進歩するものですから、そのようなことを好む私の性格から、私にとって宗教は決して近い存在ではありませんでした。それゆえに私は「歎異抄」を読むまでは、よく自己啓発とか心理学の本を読んでいました。そしてそういった本の中で、時折以下のような心理分析がありました。

 

<コップに半分の水>

質問:ここにコップに半分水が入っています。これをみてあなたはどう感じますか?

 

@    コップにはまだ半分も水がある。

A    コップにはもう半分しか水がない。

 

解説:Aと答えたあなたはマイナス思考です。物事のプラスの面に目をやり、前向きに生きてゆきましょう。

 

私は広く行き渡ってしまったこの「常識」のために、たくさんの人が苦しんでいるのではないかと思っています。私は「もう水は半分しかない」と思うマイナス思考のタイプの人間です。そしてあなたがもし「うつ病」を病んでおられるのなら、私と同じAを選んでしまう人、もしくは今はそういう状態なのでしょう。そしておそらく親鸞という方もAを選んでしまう人であり、それが故に「他力」に任せる生き方を選んだのだと思うのです。

私の解釈の「他力」の生き方とは「もう水は半分しかない」としか思えない自分を変えず、そのままの自分を「大いなるものに任せる」=「念仏する」ことなのです。


 

マイナス思考人間

 

マイナス思考の方は今まで様々な場所で、自分の考えかたが悪い、性格が悪いといわれて、それを改善しなければならない。私の心がけがわるいのだと、自分を責め続けていませんでしたか?しかし最近の医学的研究において、マイナス思考は遺伝子に起因している可能性が指摘されています。私は医学の専門家では有りませんので、又引きになりますが、その文献が記載されている物をそのまま紹介します。

 

「悩みについての本を書いている、アメリカの精神医学者ハロウエルによると、ある人は悩むように生まれついているようである。ある人は傷つきやすい神経を持って生まれている。

―中略―

アメリカ国立衛生研究所のデニス・マーフィーとドイツのビュルツブルグ大学のクラウス・リーシュは、悩みの遺伝子を分離したという。脳の中でセロトニンの生産に影響する、つまりその人がいつも悩んでいるか、自信に満ちているかを決める遺伝子を発見した。」

(悩みの遺伝子 P13 幻冬舎

<早稲田大学教授 加藤諦三 著>

 

これが本当だとするなら、あなたのマイナス思考はあなたの努力不足だけが原因ではないことになります。いうなればそれは「他力に授かったもの」という事になるのです。もしそれを無理に替えようとするなら、それは黄色人種の遺伝子を持つ私が白人になりたいと願うような「滑稽な事」なのかもしれません。私はマイナス思考の人は自分のそういう性格を受け入れて、自分の性格は悪いので、プラス思考に変えなければいけないといった間違った認識や、努力を改める方が良いとおもうのです。

 

次ぎに最近良く紹介されているプラス思考のメリットをあげます。

1.            思考力が上がり仕事、勉強の能率が上がる。

2.            免疫力が上がり、病気になりにくくなる。

 

これを逆に読むとマイナス思考のデメリットになります。

 

1.            思考力が下がり仕事、勉強の能率が下がる。

2.            免疫力が下がり、病気になりやすくなる。

 

この「最近の常識」対し専門家が正確に検証された書がありましたので紹介します。


「こういう時代だからこそ、「弱い自分を認めてしまう」という考え方が、人の心と体を元気にするし、楽にすると私はおもう。いっときもてはやされたプラス思考はプラス思考する本人が元気でないと、有効に作用しない。元気のない心と体に強引に「やるぞ、がんばるぞ」と言い聞かせるのは、ただ鞭を打つようなもので、結果的にはマイナスにしか作用しないとおもう。では、なぜ「弱い自分を認める」ことが、人の心と体を元気にするのか。結論からいえば、「弱い自分を認める」という考え方が、最終的に脳の中にある「報酬系」とよばれる神経領域を刺激するからである。

―中略―

報酬系の刺激は体にどのような影響を与えるのだろうか。非常にシンプルな言い方をすると、体の細胞の一個一個が活性化して、いわゆる元気な細胞になってゆく。細胞の中でも、もっとも元気になるのが、免疫系のNK(ナチュラルキラー)細胞だ。

(プラス思考だけじゃダメなんだ! P30 サンマーク出版)

<国立精神・神経センター心身症研究室長 川村則行 著>

 

つまりプラス思考がそのまま前述のメリットの原因になると考えるのは間違いであり、その人の性格や、置かれた状況によってはマイナス思考のままにしておくことの方が、報酬系の刺激となり、メリットを得られるというのです。

 

私のような医学については素人がこのようなことに言及してはいけないとは承知していますが、経験として「他力にまかせる」=「マイナス思考の自分のままで生きる事にした」ことで、私のうつ病が改善してきたことは、医学的にも検証されていくかもしれません。

 

又、私が本書を書くに当たり集めた資料のなかで、他力に任せることでうつ病が改善したことを経験された方がお二人見えました。

 

「そして、毎朝毎朝、仏壇に向かって「南無阿弥陀仏」を唱え続けました。最初は自分で自分が念仏を唱えているなと意識しながら唱えていました。しかし、アット気がついたときには念仏が念仏を念仏していました。そこには自分というものがなくなっておりました。そしたら、直っていたのです。」

(歎異抄フォービギナーズ P98 現代書館) 

<遠藤 誠 著>

「入院してしまえば、あとはすべておまかせするしかありません。ある意味で「南無阿弥陀仏」の心境です。他力本願です。自分は何もしないで、ただ祈っているだけです。こう努力しなければならない、ああ努力しなければならないという自意識はすべてなくなりました。壁際まで追いつめられたとき、落ちるところまで落ちたとき、初めて至ることのできる境地とでもいうのでしょうか。すべての力を失うことで生まれてくる勇気というか、悟りというか、それまでとは質の違う力が、その頃、私自身も知らない間に少しずつ蓄えられていったのではないかと思います。」

(やまない雨はない P160 文藝春秋)

<倉嶋 厚 著>

 

だれにでも当てはまることかどうかはわかりませんが、確かに「他力」に任せることで、うつが改善することは「私ひとりの偶然」ではなさそうです。


 

人間の器


よく人間には器があるという言われ方をされます。器の大きい人は大きな責任を担って大きな仕事ができる人です。逆にプレッシャーに弱く小さな仕事しかできない人がいます。私のようなマイナス思考の人間はプレッシャーに弱いので、大きな仕事はできません。うつ病になったことで、それは思い知らされました。このことについて、先に引用させていただいた。「悩みの遺伝子」のなかで加藤諦三先生が次のようなことを述べられています。

 

「これは努力の差とか誠意の差とかではない。その人の器の違いなのである。ただ何度もいうように、器が大きければいいというものではない。小さな器でも美しい器もあるし、大きくても汚い器もある。」

<悩みの遺伝子 P147
<早稲田大学教授 加藤諦三 著>

 

 

私なりにこの「器」について補足説明をさせていただこうとおもいます。(蛇足かもしれませんが、誤解を受けない様に先に釈明させていただきます。私はキーワードとして「器」をお借りしただけで、加藤諦三先生の著書にいつも同感し、愛読させていただいています。どうか批判しようとするものではないことをご理解ください。)


 

加藤諦三先生は「美しく小さな器」という表現にて、小さな器に価値を与えることをされましたが、歎異抄を読み、住職様に「他力」について教えいただいた私には、少し違う感覚ができました。私は「器にはその大きさ、その小ささであること自体に価値がある。」と思うのです。たとえば、お茶を飲むには湯のみの大きさが使いやすいでしょう。ご飯を食べるにはお茶碗の大きさがよろしいでしょう。うどんを食べるにはどんぶりの大きさがよろしいでしょう。いかにきれいな湯飲みでもうどんを食べるには都合が悪いのです。しかしこれも人によってはこの常識は当てはまりません。思春期の少年はどんぶりでガツガツとご飯を食べる方がおいしいかもしれないのです。

又、美しさについても絶対的な価値があるわけではないと思います。たとえば歴史に名を残すような有名な画家の絵画は当然価値があるのでしょうが、自分の子供が描いた「お父さんの似顔絵」のほうが、そのお父さんには価値がある場合があると思います。


 

私の価値

 

私は今でもうつがひどくなると、仕事が手につかなくなることがあります。それでも会社員の私は仕事をしないわけにはいかないので、人の倍以上時間をかけ、やっとの思いで仕事を終わらせます。しかし、その結果を上司にチェックしてもらうと、あちらこちら間違いだらけのことがあります。そんなときこんな自分は「小さくて汚い器」なんだろうなと思わずにはいられません。しかしながら私は「こんなに小さくて汚い器」の自分にも価値があると考えることにしています。私は誰にとって価値があるのでしょうか?少なくとも「会社」にとってではありません。間違いだらけで、しかも遅い仕事しかできない社員に価値などありません。では「友人」にとってでしょうか?仲のいい友達は私を励ましてくれますが、といってもその方々には家族や恋人など、私より優先すべき人がいます。当然のことです。では「私の家族」でしょうか?妻は彼女なりに私を最大限いたわってくれますが、「うつ病」については判らないようで、うつの時にはかえって辛い「励まし」をしてくれることがあります。私は彼女の好意は理解していますが、別の言葉がほしいと思うことはあります。(しかしそれは私のほうが甘えすぎなのでしょう。)一方、私だってかわいいはずの自分の子供を時々「うるさいな。」と思うことがあります。結局人は誰でも「自分の都合」で相手の価値を決めているのではないでしょうか?

では私に価値を与えてくれるのは誰なのでしょうか?それを私は「他力」にお任せしようときめたのでした。「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人おや。」なのです。「小さく汚れた器」の私こそ仏様は真っ先に救ってくださると信じて置くことにしたのです。繰り返しになりますが、私は「阿弥陀如来」や「浄土」の存在をそのままに信じきることができません。でも親鸞様はそれでいいとおっしゃってくださいますし、私は親鸞様以上に「いずれの行もおよびがたきみ」であるので、親鸞様と同じように法然様に騙されておこうと決めたのです。そしてそう決めてから、私のあせりは少しずつ無くなってきて、うつに沈んでしまうときにも、ジタバタせずに「しかたない」とうつのままの自分を受け入れられるようになってきているところです。

 

私にとって「歎異抄」は「実用書

 

少し俗な例えですが、私は「うつ病になった自分」を「肩を痛めた野球の投手」になぞらえることができると考えています。私は肩を痛める(うつ病になる)まで、全力投球を身上とする投手のようなものでした。しかし、私のピッチングホームは肩にとても負担がかかるものでした。その為、ついに私は自分の肩を痛めてしまいました(うつ病の発病)。私は肩を直す為に、しばらく治療と安静をとりました。そしてその結果、一応肩は直りましたので、再びマウンドに上がるようになりました(仕事への復帰)。しかし、一度痛めた肩は、前よりも無理が利かなくなっていて、力いっぱい投げると、又、肩を痛めるかもしれません。そこで、私は肩を痛めないように、力まずに、全身をうまく使って投げるピッチングホームへの改造を試み始めました。それが、私にとって「他力に任せる生き方を身につけること。」なのです。肩を痛めたこと(うつ病を病んだこと)はそれまでのピッチングホーム(生き方)に無理があったことを知らしてくれる縁なのでした。ピッチングホーム(生き方)を変えることは難しいかもしれません。でもそれは挑むに値するものだとおもいます。ひょっとしたら、肩だけで投げていたころより、コントロールのいい投手になれるかもしれません。前ほどスピードは出ないかもしれませんが、打者の近くで伸びる打ちにくい球がなげられるようになるかもしれません。「華々しい先発投手」にはなれないかもしれませんが、地味でも必要な「貴重な中継ぎ」にはなれるかもしれません。私にとって「歎異抄」は「教養の為の宗教書」ではなく「正しいピッチングホームを教えてくれる野球教本」のような「実用書」なのです。

 

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終わりに

私のような者が「歎異抄」について書くことが許されるのか、今でも疑問があります。本当に私の理解は正しいのか、親鸞聖人の信心を歪めて伝えることにならないかと心配です。

只、私はうつ病を病むことで、歎異抄をすこし深く読めた気がします。又、うつ病の私にとって歎異抄で語られている親鸞聖人の信仰のあり方は最後の自分の支えになりました。ですから、私は私の理解の範囲で、自分に書ける文章で、私にとっての「歎異抄」を伝えたいと思いました。冒頭でも述べましたように、歎異抄は特に絶望を体験された方に響く書物のように思います。実際、癌に侵された方が歎異抄を読まれ、支えにされたといった話を聞いたことがあります。しかし逆に、理想に燃える若者には響きにくいかもしれません。若者には自分の中の仏性を目覚めさせ、善行を行っていく教えのほうが、よほどわかりやすく、響くであろうことは想像できます。しかし、私のような人間は人の役にたつどころか、人に迷惑がかからないように自分の始末もできないのです。「他力」にお任せする以外にないのです。言いすぎかもしれませんが、「選択の余地がない。」という感覚なのです。

 

最後に、病の私を支えていただいている先輩方、友人、家族にお礼を述べさせていただきます。今まで支えていただきましてありがとうございます。これからも私はみなさんに迷惑をかけながらいきていくことになるとおもいますが、よろしくお願いいたします。

そして本書を書くことを薦めていただき、いろいろご指導頂きました、順慶寺ご住職様、そして老院様、本当にありがとうございました。

 

 

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追記:うつの人を看る方へ

私はうつ病になってみて、知識として知っていたうつ病と実際のうつ病がこんなに違うものかと本当に驚いています。ですので、今身近にうつ病の方がおられて、どう接して良いのか判らないと、戸惑われている方のために、私のうつ病体験をご説明いたします。

私はうつがひどい時、本当に仕事が手に付かなくなると書きましたが、それはどういう事かと言いますと、たとえば112という計算が出来なくなります。いきなりで私が何を言っているのかが判からないと思いますので、もう少し説明します。

たとえば、上司が3という結果をほしがっていることが判っていて、実際にどうであるか確認を頼まれたとします。そして集めた資料から、どうもこれは3ではなく2になりそうなだと思ったとします。私は答えを確かめるのが怖くて電卓のボタンを押すことが出来なく成ります。誰が計算しても結果は同じなのですが、上司が嫌がる結果を報告しなくてはならなくなりそうだと思った瞬間に、恐怖心で心身は硬直し、頭の中は真っ白に成り、計算が出来なく成るのです。

 

「この怖くて出来なくなる」という感覚を説明するのに、テレビ番組の中でお笑いタレントのkさんが経験されていたある事例で例えさせて頂こうと思います。

 

ある生放送の番組のコーナーに、kさんがバンジージャンプを飛ぶという企画がありました。(ロープを体に縛りつけ、高いところから飛び降りてスリルを楽しむという遊びです。)実はkさんは高所恐怖症でした。おそらく企画としては、kさんが怖がりながら飛び降りる様子は、笑いを誘うだろうという事だったのだと思います。そしておそらくkさんも「お笑いのプロとして、バンジージャンプぐらい飛んで見せよう。」と思って引き受けた仕事なのでしょう。しかし、kさんは生放送であるにも関わらず飛べませんでした。番組を台無しにしてしまいました。そこで、kさんは来週こそは必ず飛ぶと約束し、その週の放送は終わりました。あけて翌週、kさんはもう一度バンジージャンプに挑みました。こんどは額に鉢巻をまいて、威勢の良いいでたちです。しかしまたもや飛べません。おそらくkさんの中には「今週飛べなくて、再度番組を台無しにしたら、タレントとしておしまいかもしれない。」という思いがあったと思います。しかしながらkさんはまたもや飛べなかったのでした。

(蛇足ですがkさんはもともと才能がある方なので、今もタレントとして活躍されています。)

これは高所恐怖症の人にしかわからない感覚ではないでしょうか?物理的にいえば、飛び降り台から足を前に出せば飛べるのです。簡単なことなのです。でも高所恐怖症のkさんには飛べないのです。

 

普通の人にとって112と計算することは簡単なことでしょう。でもうつがひどくプレッシャーに敏感になっている私には、どうしても出来ないのです。理解していただけないかもしれません。そんな私を見て「出来ない」のではなくて「していない」のではないか?と言いたくなることも容易に想像できます。でもそのときの私にはやはり「出来ない」のです。

私が悩んで仕事が進まないときに、「命が取られる訳じゃないのだから、気楽にやれよ。」と励ましを頂くことがありました。私はその方の好意は理解しているので、「心配していただいてありがとうございます。」と何とか答えたと思います。でも先ほど例にしたkさんはどうでしょう。バンジージャンプは安全な遊びですので、命を落とすことはまず無いといって良いでしょう。逆にバンジージャンプを飛ばないと「タレント生命」は終わってしまうかもしれません。その番組を台無しにした責任を問われて、もう使ってもらえなくなることは十分ありえるのです。でもkさんは飛べないのです。

うつがひどい時の私が「命が取られる訳じゃないのだから、気楽にやれよ。」といわれて仕事が出来るようになるなら、タレント生命が無くなるかもしれないkさんが安全なバンジージャンプをとべない理由など無いのです。

又、別の機会に「くよくよしたってしかたないぞ、元気だせよ。」と言ってくださった方もおられました。その方だって好意をもって言ってくださっています。でも仮に私が風邪で高熱を出していたとしたら、「熱なんか出してないで、元気にやれよ。」とは言われないでしょう。ひとは風邪の苦しさと気持ちで熱をコントロールできないことを知っているからです。でもうつ病は自分の感情がコントロールできなくなる病気であるということは、まだ広く理解されていないので、こういう励ましをされることがあります。大変申し訳ないのですが、好意は理解していても、こういう励ましは辛いものなのです。(ちなみにうつ病は英語で“感情障害”とよばれています。)

 

何かの本で主婦のうつ病のことが載っていました。うつがひどいと夕飯の献立が決められない、買い物ができないといった状態になるそうです。なぜこんなことが出来ないのだろう。人はどう思うのだろう、こんな自分は主婦失格ではないか?と自分を責める気持ちになるのでしょう。112が出来なくなる私には、わかる気がします。

 

うつの人を看る方へのお願いはただひとつ「理解」です。あるいは理解しようとしてくれる態度です。気持ちをそのままわかっていただけなくていいので、どうか、知識だけはもっていてほしいのです。

 

今、私はこういうことが書けるようになったのは自分が回復している証拠だと思っています。うつがひどい時はしてほしいこと、してほしくないことが言えませんでした。病んでしまった方が、何かを要望するようになったなら、回復の兆しかもしれません。

 

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