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山月記 2004
2005/1/16修正・追記

11月

 群馬県の榛名山へ。
 数年前の9月の朝、ここの野原にきたことがある。しゃがむと、茶色っぽい草原のあちこちに、色とりどりの花が咲いていた。露が降りて、全体がうるおっている感じがした。いまでは美しい記憶になっている。
 この日はもう草も木もあたりは白っぽかった。榛名富士に赤い紅葉が数本あって、目立っていた。車道を越えて、スルス岩の下も歩く。人はほとんどいない。
 ところが、榛名湖畔に寄ってみると、駐車場はいっぱい。家族連れなどが歩いている。偏りぶりにびっくり。
 湖の上にちょっとかかった橋を歩く。さざなみの様子、逆さに映りこんだ山々。やっぱり湖はおもしろい。
 オンマ岳のふもとの風穴に寄ろうとしたら、道が工事中。残念。夏はヨーグルトが気持ちよく冷えそうな涼しさだった。いまはどう感じるのだろう。「逆にあたたかいのではないか」と言われた。



 お米の籾摺り(もみすり)をてつだう。ゆっくりと動く機械である。
 お米を注いだり、紙袋を取り替えるあいまに、今年は式亭三馬の『浮世床』(日本古典集成)を読む。江戸時代後期、1813年に初編が刊行されたという。これはすこしまえ、ホームセンターに行ったらやっていた古本市で、日本古典文学全集『方丈記 徒然草 正法眼蔵随聞記 歎異抄』、日本古典集成『日本永代蔵』『新潮現代文学 58 山口瞳』とともに買ってしまったのだ(『浮世床』は山猫館書房)。
 去年だったか、『浮世風呂』をちょっと読んだ。それでこれも江戸の庶民の姿、考え方、習慣などを描き出したものかと思っていた。ところが、漢文学者が批判される。万葉調の国文学者が批判される。とんちんかんぶり、野暮なところが嗤われている。
 これって、彼らがあまりに書物の言葉に依っているからではないだろうか。書物の言葉でしゃべりだし、人に教えようとしている。そういう半可通の学者を滑稽に描いているが、三馬は学問のよさも知っているようだ。
 しかし、生きている言葉のよさ、人の喋る言葉、飛び交う会話こそ、有意義な豊かなものが生み出される、と価値を見いだしているようだ。学者が退場すると、庶民たちは自由で、笑いと世間知に富んだ会話を再開するのだ。
 三馬は口語を称賛し、表現として究めようとしていたらしい。わたしは尊敬した。一種の国粋主義かもしれない。庶民文化の落語も称賛している。
 同収録の『四十八癖』は、どんな典型的なタイプがくっきり描出されるのかと、タイトルから期待したが、とちゅうで飽きてしまった。独白体より、会話のほうがいいみたい。
 日本の江戸で三馬がこういう本を書いていたころ、イギリスでもジェイン・オースティン(ジェーン・オースチン)が人間の性格をはっきりとらえ、コミカルに描く本を書いていた。1813年は奇しくも、傑作『自負と偏見』(高慢と偏見)が出版された。オースティンの複雑な構成で、味わいのある恋愛小説とくらべると、「やっぱりJAはすごい!」と思った。
 今年は暑かったけれど、お米は量が多かった。

 『浮世床』を買った日、家ですぐに読んだのは山口瞳の『江分利満氏の優雅な生活』。明るく軽やかな読み物だと思っていたのだ。ところがだんだん戦争のことが出てくる。敗戦文学、という言葉が浮かんでしまった。戦後の豊かで色鮮やかな生活の裏には、灰色の第二次世界大戦がべったりくっついているらしいのであった。
 本を買うのをやめようと思っていたら、古書市に出会ってしまったのだ。その後も、山猫館書房のお店で、『梁塵秘抄』、森類の『鴎外の子供たち―あとに残されたものの記録』ちくま文庫、田辺聖子の『蜻蛉日記をご一緒に』を買ってしまう。
 どれもよかった。とくに『梁塵秘抄』。『閑吟集』は前から好きだったけど、仏教歌がこんなに胸にじーんと来るものだとは。
 所有しなくてもパソコンの画面で読むこともできる時代だけど、やっぱり本はいい。いまは『平家物語』がほしい。


 『浮世床』では、庶民が落語(落とし咄)や歌舞伎、遊郭のことをふつうに喋っている。自分たちと等しい高さにある娯楽だったみたい。しかし今、それらは庶民の文化とはいえないだろう。高尚だったり、知識や教養の必要なものに変わってしまっている。音楽のジャンルでも、そういうものはある。俳句や和歌もそうかもしれない。 
 映画『写楽』は、歌舞伎が江戸の市中の人々の活気のなかにあったことを描き出そうとしていたのかも知れない。大道芸とのかかわりも。しかし、ふつうの人々とのつながりは、もう失われてしまったものだから、哀しい気がした。松竹創業100年記念協賛作品であるがゆえに一層。
 この映画自体は、絵としてよかった。赤い布の色が印象的。それから、歌舞伎小屋の舞台裏が描かれているところ。吉原を見れたこと。
 人は、葉月里緒菜がよかった! まだ花魁ではないのに、登場したときから別格という感じがした。こんなに魅力的だったとは。ただ、あまりせりふが無かったからかも知れないけど。
 ほかの俳優は有名な人ばかりなのに、あまり。期待してわざわざ見た(BS・NHK衛星映画劇場)からかも知れない。男優(真田幸広とか)は、それぞれ目立ちすぎていた感じ。『桜の森の満開の下』もそうだったけど、岩下志麻って個性的でない気がする。
 葛飾北齋(北斎)とか、喜多川歌麿(佐野史郎)、十遍舎一九(片岡鶴太郎)、蔦屋重三郎、山東京伝(河原崎長一郎)といった有名な人物がでてくるのもおもしろい。
 でも、北齋(永澤俊矢)や歌麿はああいう性格ではないんではないかな、とけなすわけだ。わたしは。北斎がきたない長屋で子犬をかわいがっているのには納得。
 読み本を書きはじめたばかりの滝沢馬琴がストーリーとは関係ないのに何度か現れ、「水滸伝かぶれ」と批判されていた。
 やっぱり、東洲齋冩樂=阿波の能役者説がでてきた。この点の扱いは満足。舞台の袖でやおら横笛を吹く人物が、おわりのキャスト紹介によると日比野克彦なのでびっくりした。目がくりっとして可愛い。
 (篠田正浩監督、衣裳:朝倉摂、1995年)


 このころ、山を歩いていない。見ていただけ。よく見たのは、トイレの窓から裏山の木。
 今年は紅葉が美しくない気がする。

12月

 2005.1.16修正
 このころから、夕方の西の空に魅了された。光り輝くオレンジ色の雲の海も好きだけど、雲がない空もいい。
 山のうえが薄い白や薄いオレンジ色になっている。お皿にしたいような色だ。
 空がだんだん暗い青になっていって、星が輝くのもいい。




 今年もまた一年がおわる。自分もまた一つ歳をとった。しかしもう、その次の歳へまっしぐら、という感覚をもっている。
 誕生日のころ、「これで一歩、死に近づける」と一瞬、うれしくなってしまった。受動的な死を待っている気はした。すこしまえ、「神様、はやく自分を殺してください」とか願っている自分がいたのだ。
 あとで気づいた。この神様への願いって、安楽な死とか、意味のある死(犠牲とか殉死とか)を請うているわけで、ずるい。
 ……この世が嫌だから、というのではなく、この世への関心が薄くなった気がする。これまでは、本を読んだり、アートにふれたり、山を歩いて得られる忘我、没我没入の境地が「この世に生を受けてもらえる唯一のプレゼント」のように思ってた。この世につなぎとめてくれていた物みたいだった。
 いまも、新しいものに出会えば驚くし、眼が広がる感じはするのだけど、どこか、その繰り返しに飽きてしまっている。

 それでいて、「本や自然の見せてくれるあまりに美しいものを得たい! でも、この世に生きていても得られない!」という絶望に駆られるときもある。
 薬の意味でもあり、毒薬の意味でもあるというギリシャ語「ファルマコン」が思われる。本や自然や芸術は、自分にとってこの世の美味しい水・甘露であり、苦しませ、のたうちまわさせる毒の水だ。

 お金が好きだと思っていた。高校の夏休みに進学補習を受講しながら、「将来はエアコンの効いた部屋でごろごろ寝っ転がって、本でも読んで過ごしたい」と願っていた。なんと身の程もかえりみず、玉の輿が夢だったのだ。
 このごろになって、資産や名誉、虚栄心、子どもなどが唯一の目標で価値基準の人が、(もしいるなら)うらやましい。その人たちは幸福だろうから。ゴールがわかるし、そこへ至る道筋も見えるのだから。
 でも、心の幸福みたいなものを求めていても、ゴールはわからないし、どうやったら、幸福になれるのかも、わからない。心のさびしさは埋まらない。
 「幾山河越えさりゆかば さびしさの果てなん国ぞ 今日も旅ゆく」という短歌(若山牧水)が嫌いになった。寂しさの果つる国はない、っていっているのだから。

 自分が、とびっくりしたのだけど、新興宗教の教祖とかに頼ってしまいそうだ。答えとか、生きていく方法が知りたくて。
 樋口一葉の日記をすこし読んだら、彼女の享年を超えているのに、共感するところがずいぶんある。学校を出てしばらくしてから、やっと現実の厳しさを知ったからかもしれない。
 一葉が久佐賀というあやしい占い師に押しかけたわけもわかる気がする。「わたしの非凡な才能を見なさい、歌塾のためのお金を出しなさい」という高圧的な脅し、挑戦である一方、アドバイスがほしかったのではないか。一葉の周りにはきっと、夏子自身や妹・邦子の結婚、収入を得る職業について、あれこれ言う人はいただろう。
 でもそういう、地上にごく近い場所での具体的な世渡りのアドヴァイスではなく、天空から俯瞰したような、天の時の流れを視野に入れた広い見地がほしかったのではないか。

 一葉は日記に、命は捨てた、と書いている。同時に、はなやかに生きたい、と願っている。そこは大きく違う。
 俗世、濁世、穢土、塵の中、憂き世。いままで世の中がそういうものであるから、自分は苦しめられているのだなんて、したり顔で思いこんでた。
 でも、自分が塵だから、塵芥(ルビをふれば、ゴミ)だからこそ、浮き世が憂き世になり、汚れ濁るのではないか。
 一葉の日記のタイトル「塵の中」はそういう意味ではない気がする。
 一方、わたしは生きていても、塵芥であること、悪人であることをやめられない、積善という言葉があるけど、生きていれば生きているほど、積悪してしまう気がする。
 これまで聖書(福音書)の「心貧しき者は幸いである、彼らのために天国はある」や、「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」という仏教の章句(唯円「歎異抄」 親鸞の言葉)にうっとりとしていた。今は、「悪人」という言葉がもっと怖ろしい感じでせまってくる。

 先に書いたように、意義のある死(犠牲とか)を願ったりしてる。映画かなにかのキャッチコピーに「命を捨てても守りたいものがある」と記されていた。そんなもの、たくさんある。わたしが死ぬことで地球滅亡後も『源氏物語』が残るなら、わたしの命なんて放り投げてあげる。
 ところが、そんな“うれしい”自死のチャンス、来ないのだ。たとえば、わたしは里山が好きだけど、死んだら、守れない。
 とはいえ、生きていても、近くの野山、河川、沼が壊されているのをギリギリと睨んでいるだけ。自分をふがいなく思ったりしているのだけど……

 並木道があって、暗い長い道の出口がぽっかり開いて、明るくなっていた。その先に別の世界があるような想像に駆られた。もし本当にあるなら、さらりと行ってしまいそうだった。
 この世に大事なものはいっぱいあるはずなのに、未練は起こらなそうなのだった。
 ・・・・・・これって、「死なないで別の良い世界に行きたい」っていうことだ。
先の、「自然のかいま見せてくれるような美しい光輝に満ちた世界に行きたいから死にたい」、っていうのも、死ねばそんな世界、行けないわけで、私は「死なないで楽土に生きたい」っていう、ずうずうしい願いをさも美しい純粋な願いであるかのように、粉飾させて抱えていたみたいだ。

 「身土不二」っていう言葉があるとか。
 自分と世界は不二。だから、生きていくっていうのは、生きるか、死ぬかを選ぶことじゃない。それはもう選ぶことじゃない。この世から離れず、生きていくべきなのだ。
 美しい別の世界、天上にありそうな光輝に満ちた世界にいくら憧れても、この身を捨ててはそこに行けない。自分は一生、地べたに生きていくのだ。
 むかし、雲は泥が成ったものと考えられていたとか。でも、泥が天に昇り、浄らかな雲と化す時代があったしても、そのときすら、雲にはなれない泥・塵が世界の片隅にはいたはずだ。
 雲泥の差っていうように、空で光って、風のままに流れて、静かに美しく消えゆく白雲を、ずっと地上で見つめている茶色いべっちゃりした泥っていうのも、絶対いたはずだ。

 自然を見ていて哀しくなるのは、きっと得られない理想を見せられること。
 それから、水色の空に雲が流れ、木々の葉が快く揺れていることからもつきつけられるように、すべては過ぎ去っていくこと。美を愛おしんでいる瞬間にも、限りある自分の時間は過ぎていくこと。
 でも、紅葉して、散っていく秋はそれほどでもない。春が哀しい。
 日に日に、というより、時々一刻、花が満開になり、緑が濃くなっていく。野山、丘陵はすごい勢いで変化し、美味しそうなサラダになっていく。しかしわたしの身はガタピシと、ギシギシと、古びていくのだ。
 春にも書いたけれど、「花の色はうつりにけりな」って、春に歌われたのがわかる気がする。あと、『伊勢物語』の「月やあらぬ春は昔の春ならず」
 時間が過ぎ去っていくことが実感されるのは、春なのではないかなあ。
 そもそも、自然は冬に死に絶えても、春に生き還る。何度も何度も、再生する。指輪みたいな環っかになっている。でも、人間の人生はまっすぐにたった一回の、はるなつあきふゆを過ぎていく。

 自分は地上を離れない一粒の泥だなあ、って思っていても悲しい。悪人だなあ、って思っても、ますます積悪してしまうみたいだし。夢中になるものは見つけたけど、それだけを目標にしては生きていけないし。
 映画や音楽や本が表しているように、本当に、生きていくって悲しいこと・つらいことを抱えていくことみたい。
 十代後半は死にたくなり、20代前半は生きる歓びに酔い、これまで自分の振り子はいつも対極、最大幅にふれていたけれど。


 変化していくものと、変なものに、むしょうに惹きつけられる。
 前者はたとえば、空と山。空はとくに夕暮れだ。「雲にあらわれるピンクやだいだい色は、この世のどこにもない」とうっとりとする。ああいう色の服を着たくなる。
 山なら、春と秋。空も山も時々刻々と変わっていく。美っていうのは、変化していくこと、そのものなのではないか。

 そういう自然界の美には、光が必ず関わっている。若葉も紅葉も、きらきら光っているとき、ハッとする。自分の好きな鉱物や石やアートについて、いままで「光り物が好きだ」と思っていた。
 しかしそうではなくて、空も山も石も天文現象も、光を帯びているから、光を発しているから美しいのだ。自然界は光にささえられていることを実感する。ほんとに、太陽あってのこの惑星(ほし)なんだなあ。
 (たしかに、光に惹きつけられる自分は、太陽系の一構成要素だ。
 ・・・っていうか、夜、白い灯りのまわりをむやみにバタバタと羽ばたいている蛾とおなじかも)

 変化と光は結びついてる。いままで気づかなかったけど、これも当たり前ではないか。星を見てもわかるように、光は永遠に存在はせず、時には一瞬だ。光が変化を、つまりは美を生み出す。
 ピエール=オーギュスト・ルノワール (Pierre-Auguste Renoir)やクロード・モネ (Claude Monet)とかアルフレッド・シスレー(Alfred Sisley)、印象派の画家はそう思ったのかな?
 光は美しさの母なり、源なり。
 ・・・・・・でも、これって悲しい。
 光老化っていうのがある。太陽の下に誕生させられたのに、寿命とはべつに、光を浴びれば浴びるほど、紫外線によって身体は傷つけられ老いていく。衰退、死滅に向かっていくのだ。
 そもそも、美しいものに接すると、悲しくなる。うつくしいっていうのは、うつろっていくことだ。ましてや、光や輝きは一瞬だ。なんで自分だけが、(美しくないけどさ)、ただの生き物の常として、そういう時間の鎖から逃れられるだろう。

 変化するもののほかに、変なものも好きだ。漢字はおなじ「変」だけど、意味はけっこうちがうと思う。
 前述とはちがう意味で、美しく整ったものは決まりきって、分け入るすきがなく、つまらない。のっぺりとした分厚い壁みたい。完璧なものは美味しくない。
 対して、変なものはなぜか、後々まで心に残る。「これは何だろう?」「この意味はなんだろう?」「答えはなんだろう?」、って引きつけられる。いわば、この世界が贈ってくれるナゾナゾなのだ。
 ココ(この世界)の魅力と、快適かそうではないかの住み心地は、このナゾナゾにかかっている、と言ってもいいのではないか。

 羊、ドリーの誕生を知ったとき、「これで自分は何百年も、何千年も生きられる! 自分のクローンをつくって、そいつから古くなった臓器を交換して、生きていけるんだ!」と歓喜した。
 と同時に、器官交換体でしかないコピーとして、なにかの液体に一生、漬かっている自分のお腹に刃物が入り、臓器がえぐりとられる感覚も起こった。気持ち悪かった。
 その感覚は、他人を殺してまでも生きたいという貪欲・エゴイズム、人を踏みにじってまでも不老不死を得たい、という利己的な心について、示していたのかもしれない。

 しかし、変化と光が好きな点でも、変なものが好きな点でも、自分は不死なんて望んでいない、むしろ要らないみたい。
 漆黒の夜、誘蛾灯に魅了されて離れることのできない羽虫のごとき存在であり、光の理(ことわり)、自然の理に従うべきなのだ。永遠(不定)はないし、それどころか、生きているのはつかの間だと。
 あるいは、光の下で生きているものが、光から贈られる老化を拒絶できないように、自分も死ぬべきなのだ。
 ナゾナゾだって、自分はいつかは、一つも見つけられなくなるだろう。そしたら、つまらなくなって退屈してしまう… くだらない、まちがっているかも知れない答えを、冥土の旅用スーツケースに詰めこんでいるだけ、かもしれなくても。

 高い峰に住まい、カスミを食す仙人よりも、下界の澱(おり)の底にうごめき、ものを食べているふつうの人の方がこの世界についてよく知っている。
 草木虫魚鳥獣のなまえも性質も、まずは食卓にのぼるから覚えるのでは。食べるから、この世界を学べるのだ。お皿に載ったサラダのみずみずしいレタスにしても、殺して死体を摂取しているわけで、生と死のつながりも思われる。
 人は定命のなか、自然から収奪して食べ散らかし、大地を穢(きた)なくする一方で、生を豊かにしているのかもしれない。そういうふつうの人こそ、なぞなぞの答えをたくさん持っているはずだ。
 対して、仙人は久米の仙人(『徒然草』第八段)のように、深山で修行して天空を飛んでみるや、ふだん着で洗濯している田舎女を見ただけで、落ちて(堕ちて)しまうのだ。
・・・・・・こんなにいろいろ理由づけしてまで、
俗界の塵埃にまみれた凡夫の自分は尊いと、
いずれ命衰え尽き、死ななくちゃいけないのは尊いと、
なぜ主張しなくてはならないのか。なんで、考えずに無心に生きられないのだろう? 生いゆく草木、行く雲流れる水のようには。


夕食のあと、用事があって庭に出てみたら、黒い空に白い月が輝いていた。あたりの山と田んぼがうつくしい。青色というか、銀色の世界というか。
 月夜はあまり明るくない、というだけのはずなのに、日のそそぐ昼間とも、電気の明かりともちがう気持ちになる。
 そのまま散歩する。田のあぜ道、川沿いの草の道、山の道。行ってみたい所に向かい、ぶらぶらした。
 耳が痛くなるくらい寒かったけれど、家につくと、1時間近くたっていた。思い立って、そのまま歩き出したので、携帯電話も時計も持っていなかった。
 「ナイト・ウォークと呼ぶと、散歩よりかっこいいかもしれない」とくだらないことも思った。



 スケッチブックを開いて、そのときの気持ちにあうような色で水玉模様(ドット)を描くことがある。赤やオレンジ、黄色で塗るようになると、「自分は元気になったな」と思ってやめる。
 暖色系で前向きになるなんて、単純かもしれないけど、一人で手軽にできるセラピーみたいなものではないだろうか。
 石も赤っぽい(えんじ色の)石が好きで、机の上にいくつか転がっている。赤と補色の関係にある緑色(うすい緑色)の石や、白っぽい石にも惹かれる。
 


 ことしも野を這う火を見た。「紅蓮の炎」という言葉があるけれど、火はオレンジ色や黄色、むしろ透明な金色・黄金(こがね)色といえるのではないだろうか。
 いつもながら、「火は美しい」とまた思った。
 世界を構成するという四大元素の精霊と友だちになれるのなら、やっぱりサラマンダーがいい(土はノーム、風はシルフ、水はウンディーネ(ニンフ)らしい)



 石のことが気になって探したら、書き物机の一隅には、小石がごろごろ。台にしている机には、中くらいの石がごろごろ。床に目をやったら、ふつうは戸外にしかないような大きさの石が数個。ごろんごろんと転がっていた。
 自分の部屋だが、あぜんとした。そんな風になっていたなんて、意識したことがなかった。



 星でも絵でも石でも「光り物」が好きだと思っていた。しかし石は探してみると、自分の身近にはなかった。
 ただ、水色の蛍石(ホタルイシ)や、ピンク色の紅水晶、茶色や緑や青い瑪瑙(メノウ)の小石は、ガラスの小さなボールに入れていたことがある。透明な色石が好きだったのかもしれない。
 机が片づいたので、えんじ色(赤紫)の石・チャートと、黒い火山弾(だと思う)を飾ってみた。これまで、紙などに埋もれていたのだ。
 チャートは丸みを帯びた部分と、鋭く切れた縁(へり)とがある。火山弾は、ボールのようにふくれ、裂け目が入っている。真っ黒。どちらも惚れ惚れする。
 初めてふたつを並べてみたら、ぴったり。美しい。



 翌日は、白い石の切片を加えてみた。丸い米粒のようなフズリナの化石がつまった石灰石(?)。
 赤、黒、白とそろい、これまた美しい。とくに日光が当たっているとき。

 この日思いがけなく、黄鉄鉱と石英の結晶をいただいた。
 黄鉄鉱は、鈍い輝きを放つ金色のかたまり。ところどころ、平らな断面が露出している。そこを見たり、さわるとドキドキする。持ったときの重さもいい。本のページを押さえておくのにも重宝。

 石英の結晶は、かなり大きい。怪獣かなにかの生き物の頭蓋骨みたい。小さな六角形の結晶が上下から生成しており、鋭い歯がぎっしり生えた口に見えるのだ。
 はじめ、茶水晶かと思った。結晶のおおくが茶色なので。でも、紅茶や羊羹(ヨウカン)のような濃さではなく、枯れ草の色っぽい。
 怪獣の顎(アゴ)にあたる部分は、六角形の結晶ではないけれど、白い石英のかたまり。半透明だったり、白濁していたりする。光を反射して美しい。
 雪の女王の住む宮殿みたいだ。
 NHK−BS2(衛星第2)で放映されていた映画『スノークイーン』で、ブリジット・フォンダ演じる若く美貌の女王が、印象的だったのだ。まじめな女子大生みたいなゲルダよりもずっと。
 (監督デヴィッド・ウー、2002年、アメリカ)

 [これを書く過程で、フォンダが『リトル・ブッダ』の若い母親役、『キス・オブ・ザ・ドラゴン』のヒロインの娼婦役だったことを知る。わたしは目の記憶力がないらしい。
 『リトル・ブッダ』のフォンダは、生まれ変わりといわれた息子をチベットに送り出しながらも、不安そうだった。釈迦のお母さん、摩耶夫人は出産後まもなく亡くなり、我が子と別れたからだろうか、と思って見ていた。
 『リトル・ブッダ』の監督が『シェルタリング・スカイ』のベルナルド・ベルトルッチであることも知る。
 ・・・インターネットって、つくづくすごい。自分は山村の一室に座っていただけなのだから]

 追記
 「石英」と書いたが、後でくださった人が水晶だと言った。呆れているようであった。たしかに、水晶の結晶だ。(2005.1.16)



 石やビンや、缶や箱なんかを飾るつもりだった机の端から端。気がついたら、本が並んでいた。 その整列のまえにも山ができはじめている。
 しかし、すみれ色の函入り本『日本の詩歌』(中央公論社)が床に並んでいるのは、もっといけないだろう。
 本棚を買うことにする。それは、欲望の釜を開けてしまうこと。本を置いていい空間をつくりだすのだから。いちばんいいのは、棚を足さないことなのに。
 ・・・欲しかったものはなく、家具屋さんを出る。すると、予想以上に雪が激しく降っているではないか。道は真っ白。
 「車があまり走っていない」と、数日前、オレンジ色の外灯だけがついた霧の山道のときのように喜んだのもつかのま、峠は渋滞。ちっとも進まない。
 路肩にとまっている車が何台もあった。Uターンする車が出る。気がついて、丘陵全体をまわる道にもどる。空いていた。ところが今度は国道で渋滞。路肩にとまっている大型トラックもある。

 居住地域に入る。道はより白くなった。車はほとんど通らなかったらしい。ひさしぶりにギアを1速や2速のまま運転する。マニュアル車なのだ。
 ゆとりが出てきたのか、「ケーキの上を移動しているようだ」と思った。
 土や汚れがまじって茶色い筋は、モカチョコレート。木々はざっと粉砂糖がふりかけられたようだ。まわりの家々は、ケーキにのっている飾り。
 雪があまり降らず、苦しめられないせいか、美しく見える。そんな楽しい気分も家のまえに来て消えた。小道は、タイヤの跡もみえないほど真っ白。ふっさりと雪が積もっている。
 それは美しい風景だけど、のぼる身(上り坂なのだ)にしてみると怖ろしい。5センチありそう。家の前にして携帯電話をかける。
 …スノータイヤの威力を実感した。雪が吸いつくような感じで無難に納屋(車庫)へ。
 こんな雪行に数時間もついやした大みそか、大つごもり。
 一人行動でも「孤舟蓑笠の翁 独り寒江の雪に釣る」だと、意味も人生の味わいもあるのだけど。
 (前句「千山鳥飛ぶこと絶え 万径人蹤滅す」 柳宗元『江雪』 高校生のころ、音がいいので好きだった唐詩。
「こうせつ りゅうそうげん せんざんとりとぶことたえ ばんけいじんしょうめっす こしゅうさりゅうのおう ひとりかんこうのゆきにつる」
「千山鳥飛絶 万径人蹤滅 孤舟蓑笠翁 独釣寒江雪」)

 高崎市内で、競走馬と書かれた、四角い箱みたいなトラックが横を通過。東へ曲がった。(もし馬が乗っていたとしたら)もう走り終わり、ここの競馬場で走ることはないのだろう。
 わたしは中学生のころから、競馬の馬に興味があったけれど、結局一回も行ったことはなかった。

 峠で渋滞していたとき、山の木々をぼーっと見ていた。樋口一葉は日記に『塵の中』というタイトルをつけたけれど、わたしは自分こそ塵だと思う。自分が塵だから、世の中が汚い。でも、このいま、空からきりなく舞い降りてくる白い雪は、塵である自分をそそいで清らかにしてくれる気がする。
 男子高校生が「いい」といっていた詩句がついて出た。「汚れっちまった悲しみに 今日も小雪のふりかかる」
 わたしには中原中也の当時の気持ちはわからない。しかし、ほとんど初めて読んだらよかった。
 全文写してみる(原文は旧かな遣い。例「汚れつちまつた悲しみに」)

 汚れっちまった悲しみに……

 汚れっちまった悲しみに
 今日も小雪の降りかかる
 汚れっちまった悲しみに
 今日も風さえ吹きすぎる

 汚れっちまった悲しみは
 たとえば狐の革裘(かわごろも)
 汚れっちまった悲しみは
 小雪のかかってちぢこまる

 汚れっちまった悲しみは
 なにのぞむなくねがうなく
 汚れっちまった悲しみは
 倦怠のうちに死を夢む
 
 汚れっちまった悲しみに
 いたいたしくも怖気づき
 汚れっちまった悲しみに
 なすところもなく日は暮れる……

 こんなことを書いているうちに、FMラジオでカウントダウンがはじまって、2005年に変わっていた。
 萬葉集(万葉集)最後の歌。


三年の春の正月の一日に、因幡の国の庁にして、饗(あえ)を国郡に司等(つかさら)に賜ふ宴の歌一首

新しき年の初めの初春のけふ降る雪のいや重け吉事
(あたらしき としのはじめの はつはるの きょうふるゆきの いやしけよごと)

   右の一首は、守大伴宿彌家持作る。  

 国歌大観の番号:四五四〇(4540)
 このとき759年(天平宝字3年)、大伴家持は42歳。彼が亡くなったのは68歳だという。


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