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2003.12.12加筆訂正
眼玉と歩いた 2003

「生命のまなざし 日本画の中の動物たち」高崎市タワー美術館(群馬県)

よかった順(厳密な順位は付けられなかったので大体です)

 「綵綬羈猫図」 (伝)何尊子
頭とシッポが茶色い白猫が描かれている。ひもの先には亜鈴のようなものが付いている。愛猫だろうか。褪色した茶色の紙に全体が沈んでいるのだけど、猫の姿が気に入った。作者はだれかと見たら、もちろん知らないし、変わった名前。時代も宋なのでびっくりした。上下に漢文が書かれている。私には読めないことが、この日は残念だった。

 「サハラを行く」 入江酉一郎
はじめは、全体がうすいピンク色なので好ましかった。ところがよく見ると、ロバに乗っている女の人の眼がこわい。不敵に微笑んでいる感じ。そしたら魔女に見えてきた。
 当地の風俗なのだろうが、ベールをまとい、棒を手にしている騎乗姿も、魔女っぽさを高めている。そもそも服装がヘンではないだろうか? 白丸を空色でかこんだ水玉模様の、七分袖のワンピース(ピンク色)。丈は膝上。足には薄ピンク色のパンプスっぽい靴を履いている。そのため、露出した長い足がみょうに目立つ。全体が、配慮がなくて子どもっぽい格好に見える。これも常人とはちがう魔女の証ではないだろうか。
 一瞬ロバの表情も意味ありげに見えた。そうするともう、なにかを考えているロバにしか見えなくなった。
 もっと想像した。この魔女は憎い人間をやっつけに向かう途上なのだ。ロバにはふさふさのシッポが生えている。これは魔女の乗り物の定番ほうきを連想させる。そうだ。魔女は目的を達成するために、時には箒をロバに変えて行くのだ。箒にまたがって空から突然現われるよりも、このほうが怪しまれないで事を遂行できる。なんで今までこのことに気づかなかったのだろう、とびっくりした。

 「秋映」 上村淳之
ピンク色を背景に、オレンジ色などの蓮葉が描かれている(鳥もいる)大きな絵(227,3×162,1僉法8軸悗篌分の部屋に、タピスリーのように飾りたいと思った。なぜ身近にほしいかというと、見ているうちに心のなかの雑音が消えて、平静になって、それから今度は高揚するからだ。エネルギー源になる絵なのだ。(私はよく、この展覧会の作品で買いたい物はどれか、考える。どこに飾りたいかも考える。しかし、お金も場所もないのである。現実を無視して心ゆくまで幸福な想像をできるし、いくらそうしても非難する人はいない。だから美術館が好きなのかもしれない)

 「緋桃」 上村松篁
画面いっぱいの赤によって、上の「秋映」よりも心が盛り上がる。もっとほしくなった絵。
 ところで、この作品で花に埋もれている雌雄の雉は、かつて夫婦の仲睦まじさを表わす吉祥文様だったらしい。しかし、現代の花鳥画「緋桃」の赤は、それを一層表現しているように思った。ラブラブな絵、というへんな形容が浮かんだ。新婚の家に飾られたかもしれないらしいボッティチェリの「春(プリマヴェーラ)」的な絵なのかもしれない、もし昔に描かれていたら。

 「月の兎」 小川芋銭
また出会えた。以前も展示されていた。今回は、右側の与謝蕪村「月夜之卯兵衛」とくらべて、紙が白く、字間が広いためか、清新さが際立っていた。洗練されているというか。そこに描かれている野人みたいなサル、白いオオカミのような狐(だったと気がする)が魅力的。しばらくして気づいたのだが、バックの延々と続く山並みもいい。こういう風景を望める山中の崖はほんとうにありそう。

 「涅槃図」 狩野探雲
上には悲嘆をあらわにしている多くの人間が、大きなお釈迦様を囲んでいる。号泣に満ちた、ある意味うるさい空間だろう。
 この絵は、動物がいっぱい描かれているので好きになった。動物コーナーは下にあって、左隅には迦凌頻伽(カリョウビンガ)がいる。これは人面で色あざやかな羽を生やしているので、東洋の天使的な存在だろうか。しかも、受胎告知のガブリエルの百合のように、一本の蓮の花をもっていた。
 その下にはそれぞれ黒と白の小さな鳥がいる。これらは地味なのだけど、かわいい。
 その左には鶴や白い鷺(?)、白蛇、蛙。ムカデもいるので驚いた。線の体に赤いたくさんの手足(これも線)が描かれている。みみずらしき生き物も這っている。
 馬、牛、山羊。おうど色のやせ犬がうなだれている。
 ほかの生き物より大きめの獅子は、背中を地面にこすりつけて、暴れている(ように見える)。子どもが「ヤダヤダ」と願望をそのまま泣き叫んでいる感じ。現実の動物はこんなことをしない。だから想像上の生き物が必要とされるのかもしれない。また、この獅子だけ切り取ると、単にびっくりしている姿に見えてかわいい。
 さらに左には白象、猿2ひき、トラ、白に黒いぶちのトラ(豹?)、にわとり、雉の雌雄、孔雀、ガチョウ、鼠、白うさぎ、鹿、ふたこぶラクダ(あまりリアルではない)、猪、亀、カラス(な気がする鳥)。ほかにも虫や鳥や動物がいたけれど、わたしには名前がわからない。
 現代の日本絵画のテーマには、一枚にこれだけ多くの種類の生き物を描くものは無いのではないか。しかし、わたしが楽しく眺めたこれらの生き物たちは、いちばん下に描かれている。横たわったお釈迦様を取り囲んで側にいるのは、人間だけだ。人間以外の生き物が訪れて、悲しんでくれたことこそ奇跡で、すばらしい偉大な出来事ではないだろうか。動物コーナーのちょっと上、人間たちのすぐそばには、一本の角の生えた緑色の鬼がいる。人間と、それ以外の生き物の間にはこのような存在まで入れて、遠く離れた存在にしていたのだろうか?

 「金魚」 上村松篁
いろいろな出目金が描かれている。フナらしき魚も1ぴき泳いでいるのだけど、「出目金帖だ」と思った。
 黒丸で瞳が描かれているからか、写生画というよりマンガっぽい。集まったり、寄り添っている金魚には会話が思い浮かぶし、すれ違ったり、ただ1ぴきで別方向へ泳いでいる金魚にもストーリーが生まれそうだ。フキダシのないマンガ、文章のない絵本という感じもする。松篁さんて、こういう絵も描いていたのかと驚いた(1929年、京都市立絵画専門学校研究科展出品)。
 ぜんぶの金魚の位置と向きをメモして、思いついたせりふを書きこんでみた。そしたら、「あれ?」とか「なんかないかなあ」とか「ふ〜ん」とか言っている。ただボーっと泳いでいるのもいた。

 「デカン高原」 長谷部日出男
一見すると、白地に赤と灰色の絵。赤は服、灰色は大きな牛。黒色もまじった牛がいい。それから、足と腕以外を覆っている真っ赤な服もとてもいい。わたしもこうありたい。

 「遊風」 本多功身
草がいっぱいの画面に、子ガラスらしき黒い鳥。草むらには、ノイバラかなと思う赤い実や、黄ばんだ草、みょうに草のすくない隙間が見られる。季節は秋らしい。一面の草原(くさはら)は、風に強くゆさぶられている。動感に満ちた絵だ。しかしその中心では鳥が落ち着いて、いる。そこがいい。
 また、現実の秋の野もこんなふうに風が吹いている。草や生き物だけではなくて、見えない風も大事な存在の場所である。それを描いたのだろうか? 気に入ったし、印象に残った絵。

 「月夜之卯兵衛」 与謝蕪村
かわいいネズミ、と喜んで近づいたら、ウサギ。しかも、有名なブソンの作品なのでびっくり。名前に弱いのだ。
 濃淡がいろいろで、ぐにゃぐにゃとカーブした文字もいい。しかし、前述の小川芋銭「月の兎」とくらべると、情念がこもっているように感じた。稚拙というか、子どもが夢中になって一気に描き上げた絵みたい。素朴でかわいくもある。
 文末にあるらしい(私には読めない)俳句「涼しさに麦を月夜の卯兵衛かな」も佳い。涼しい月夜には、本当にウサギが麦をつくことがあるような気がしてくる。現実に起こりそうな空想を描いていて気に入った。

 「かちかち山」 安田靫彦
草や木、花、それからウサギの線がいい。生き物はそれぞれ動きのある姿態で、表わされていることは詞がなくてもわかりそう。ウサギの描き方や、ほかの生き物の姿勢は、鳥獣戯画を想起させる。また、生き物たちが水辺に集まって、沈む狸を囃しているところは、伴大納言絵巻で炎上する応天門にかけつけた人々のようだ。
 波も魅力的。線の太さの異なる薄墨色のカーブがくりかえされている。
 この絵巻が威厳のある聖徳太子を描いた安田靫彦によるものだったのでびっくりした。

 守屋多々志の扇形の作品
下にはその絵がついた扇子も展示されていた。「餅花」はねずみの絵。「神牛」は黒牛。「さる」は白描で、葉だけうすい朱色がほどこされている。「狗子」はわんこ(犬)と福寿草。「亥」は前進する巨大な猪と5ひきのウリ坊。これらがかわいいと思った絵。

 「仔牛」 松尾俊男
林功さんの仔牛の絵(「生」)には、こういう作品も描いていたのか、とちょっと驚いた。しかし同じ対象でも、こちらの方が気に入った。ふくらんでいる大きな黒い目。頭の毛も魅力的。かわいい牛なのである。これもほしいと思った絵。

 「画室の客」 金島桂華
おしゃれな女性が訪れたということなのか? 気になったのは、黒いプードルもお客さんが連れてきたのか? ということ。この犬は毛並みが本物のよう。しかし、赤い花が描かれた画中画がいい。黒い線で縁取られていて、塗り絵のようだ。平明で惹きつけられる。

 「対」 長澤昭朗
一目で引きつけられた。ほかにないような絵だからだ。大きな画面の向かって右にキツネが一匹。左にカラスが数羽。それだけだ。近づくと、そういう構図だけではなく、背景にも驚かされた。紬のような着物の縦縞を描いたような背景なのである。こんなのも、今まで見たことがない。おもしろい。
 カラスはそれぞれポーズが違うのだけど、一匹だけでいるキツネが気に入った。不動の姿勢で、じーっと睨んでいる。その顔と腰がいい。時間が経つと、私にとっては、キツネで保(も)っている絵になった。看板狐だ。


そのほか

「芦辺」 上村淳之
いまいち。
「睡鴨・飛鴨」 小茂田青樹
上に同じく。
「旭老松鶴」 橋本雅邦
×
これら3つの作品についてこういう感想をもったのは、順路の最初のほうに展示されていたことも関係しているかも知れない。

 「深春」 栗原幸彦
まあ、でっかい白孔雀、くらいの感想しか湧かなかった。せっかくの大画面(185,0×366,0僂琳風)なのに。

 「四季十二清客図」 滝 和亭
2羽の立派な孔雀がいて、その周りには色とりどりの花がいっぱい。花園みたいだ。まえにも数回見ているけれど、好きになれない。私には色あざやかで、派手すぎる。ところが、この日、デコラティブ(decorativeのこと。もちろん綴りは思い浮かばなかった)という形容が浮かび、そのとたん、「これからはデコラちゃんと呼ぼう」と思った。そしたら親近感が湧いた。

 「雪解け」 後藤順一
またバンビ、と思った。鹿の絵がいくつか展示されていたからでもある。


この展覧会については、もう少し書き足したいと思っています。
[追記:そう言ったのに、できませんでした。殴り書きのメモだけが手元にあります。]

会期:8月17日(日)まで

北野美術館(長野市)

 駐車場から館のあいだには湯島天神が奉られている。今回、美術館を再訪したら社殿が完成していた。たいへん立派なのでびっくり。湯島天満宮信濃分社というらしい。
 美術館には「まえ来た時は感激したけど、2度目だし…」と思いながら入館った。ところが、受付前にしてもう彫刻に釘付け。ふしぎな魅力のある少女像。池田カオル「おだやかな日」。

 1階左手の展示室はまえ、小茂田青樹の「村道」に魅了されたところ。わくわくして入ると、「村道」はなかったが、よい絵があった。
 荒井寛方「天地和平」 はじめ、天照大神かと思った。赤い上着。ゆっさゆっさと横にはみ出た大きな胸。ウェストはとてもくびれている。ナイスバディ。この若くて美しい女神は金色の剣も帯びている。しかし目を引くのは、頭から足もとにかかっている白い、もさっとしたものだ。ローマ時代の棺だったかに浮き彫りされている花綱というものを思い出した。この女性は絶世の美女、木花咲耶姫だという。世界平和を祈念した絵らしいが、制作は昭和初期なので複雑な気持ち。
 前田青邨「兎」 ゾウガメみたいな顔でおもしろい。
 上村松園「風」 着物は薄くて、むこうに肌が透けているのだけど、品がある絵。目に残る青色。
 下村観山「酔李白」 髭も眉毛も白くて、気持ちよさそうに寝ているおじいさんだ。冠とゆったりした服(オレンジと白色)からは、官僚という印象を受ける。平民ではない階級のひと。手前には石製の机があって、筆と緑色や青色の紙の入った白い鉢。心地よい眠りから覚めたら、これらを用いて詩を書きつけるのかもしれない。
 河合玉堂「稲田の鶴」 ツルの目が不気味。生きている鳥もそうだけど、いかにも恐竜の末裔という感じだ。
 安田靫彦「供花」 花籠や、簪(かんざし)、髪型、服装など、骨董やアンティークの雑誌に載りそうな絵だと思った。
 北村西望「聖観音像」 仏像らしく金ぴか。でも、ギリシア彫刻みたいなりりしい顔立ち。また、等身大に近いので、この観音様に説教されていると想像すると、生々しいリアルな感じがして圧倒されそう。
 北村西望の母子像 日常の一コマがうまく捉えられていると思った。
 杉山寧「山吹小禽」 こんなふつうの絵も描いていたのか。
 円山応挙「中寿老左右鴛鴦鴨三幅対」 重要美術品だという。わたしは好きではないな。
 川端龍子「錦木」 メモからすると、龍子っぽい塗り方だなあ、と思ったようだ。

 隣りの展示室
 太田聴雨「唐胡妓女」 タイトルを見るまで、虞美人かと思っていた。左目が片袖に隠れている。スカート(?)の襞(ひだ)が美しい。線の絵だ。平明で印象的な色によっても、線が活かされている。見惚れた。
 片岡球子「写楽」 白目は金、瞳は銀、そこに黒い玉。なにより、金銀で文様が描かれた着物がすごい。これらの装飾は仏教美術でいう荘厳で、この絵は仏画みたいだ。濃厚な雰囲気は密教美術の感じもある。これが球子さんの尊敬の表現なのかもしれない。
 高村光雲「仁王」 小人だと思った。迫力を感じない。
 橋本明治「舞扇」 外国人の画家のだれかの絵に似ていると思ったが、思い出せなかった。
 西山英雄「月明富士」 富士山が青やエメラルドグリーンだったかもしれない。

 廊下のようなところに甲冑が展示されていた。鎖が網のようになっている鎧も興味深いけど、やっぱり変わり兜がおもしろかった。上田城で、金色の細い角がとても長く立った獅子(?)がよかったけれど、ここではウサギ。愛らしい。
 烏帽子兜に、四股を伸ばし、走る兎が縦についているもの。ちょとねずみっぽい兎が下に向かっている。また、兜から兎の顔と前足だけが突き出ているもの(文化文政時代)。こちらの兎は黒くてでっぷりしていて、耳(金色。中が赤)が長い。どちらもすてき。
 馬面というのがあった。とても怖い顔をしていたような気がする。馬面は、防御と敵の威嚇のため古墳時代からあるらしい。

 トイレの入り口の彫刻、帽子をかぶった女性像。エレガント。朝倉響子「HAT」
 ビデオ視聴スペースのようなところに大きな絵が掛っていた。深緑色の地味な着物をまとって、踊っている女性。顔は引き締まっていて、若くはない。なのに色香がある。武原はん像であった。野村青雍(?)作。

 庭に面した部屋。
 掛け軸になった(軸装された)書に引きつけられた。だって、信長のものなのだもの。秀吉も家康のもある。ほかには織田有楽斎、それから近代、明治の偉人たち、徳川慶喜、西郷隆盛、勝海舟、山岡鉄舟、福沢諭吉、伊藤博文(など?)。昔の人はみんな書を能くしたんだなあ。しかし、有名な人のだ! という驚きが過ぎると、じきに飽きてしまった。
 ガラスケースに有名な作家たちの短冊が並べられていたが、これも興味が湧かなかった。
 島村藤村の『破戒』の原本。これには圧倒された。筆字の細さ。内容の訂正ではなく、ポイント(活字の大きさ)などが細かく指定されている。原稿(冊子)の厚さは3センチくらいもある。命より大切というけれど、なにか危難の折り、こんな大部の原稿をもって逃げるのはたいへんだろう。
 この部屋でくりかえし見たのは、布製の煙草入。もようの赤が印象的だ。『別冊太陽 骨董を楽しむ12 木綿古裂(もめんこぎれ)』にのっていた江戸時代の更紗かもしれない。だとしたら、はじめて本物を見た。
 根付けは有名な骨董らしいけど、気味悪くて好きではない。しかし、ここでは蓮根の形のとかが気に入った。
 2階に上がろうとして、最初に入った展示室まえにネコを発見。以前も見た、インパクトのある彫刻だ。背中を山のように盛り上がらせ、目ん玉を半ば飛び出させて威嚇しているすごい形相。「フッシャアー」という唸り声が聞こえてきそう。北村西望「防衛」。この人はいろんなものを彫刻につくったんだなあ。

 2階でもっとも強い印象を受けたのは、今回も斎藤真一の「越後瞽女妙音講」だった。以前の同行者とも、北野美術館というと、この絵が合い言葉のように出ていた。やっぱりわたしにとっては、北野美術館の顔だ。瞽女たちの顔や着物の後ろ姿が印象的。ひとりひとりに存在感、重量感がある。バックの茶色くて背の高い裸木が林立する、黄土色の平野もいい。民家のならぶ里がとても遠くに描かれている。そういう寂しい涯(果て)で、楽を奏で、歌っているのだ。強い感じがする。
 里の背後には雪をかぶった山並みが広がっている。もうすぐあのような厳しい冬がやって来るのだ。画面にも粉雪が舞っている。寂しさや悲哀が漂う絵だ。でも、瞽女たちの簡潔明瞭な姿やフォルムによって、ユーモラスな感じもする。すごい傑作だと思う。

 藤島武二「孔子廟の裏木戸」 とてもよかった。何度も見た。こういう場所が好きだから。赤や黄色の壁に囲まれて、小さな戸がある。その向こうは緑。戸の壁は上が切れていて、青空がのぞいている。外には気持ちよさそうな自然が広がっているのだ。立派な建物の正面ではなく、こういう大した所ではない場所を選べるのは、自由な精神をもっている証かもしれない、とも思った。
 パブロ・ピカソ「ドーラ・マーの肖像」 暗い色調。頭の両側から女の横顔がのぞいている。つまり二つ。でも、いい。
 木村荘八「浅草寺の春」 赤が印象的。人や建物の装飾がこまかく描きこまれている。こういう絵も好きだ。
 福沢一郎「牧神とニンフ」 一郎にはちょっと飽きていたんだけど、いろいろな画家の作品のなかで見ると、とてもいいではないか。一郎作品としては、サイズは小品なんだけど。
 小山敬三「白鷺城」 太い輪郭線が印象的。脈打っている、生き物みたいなお城だ。
 エミリオ・グレコ「オノリア」 後ろから見ると、高く結い上げた髪型の盛り上がりがすごい彫刻。ありえないような、ありえるような。線刻による毛筋が美しい。
 佐藤忠良「帽子のチコ」 上部が平たい帽子をかぶった女性。平明な感じ。
 ユトリロ「セーヌの小さな町」「パリの風景」 ヤン・ファン・アイクはやや上空から見下ろして、高層建築の密集する都市を描いていた気がする。ユトリロは地上にいて、町中の地べたにいて、人間の作品である街を描いている。
 マリー・ローランサン「犬を連れた婦人と少女」 額縁の花の浮き彫りが気に入った。
 ビュッフェ「オウム」 物語の挿絵にしたいような絵。ほかで見た絵もよかった。なんで自殺してしまったのだろう。
 「夏の花木」「母の子」 ひさしぶりにシャガールを見た、と思った。ヴァイオリンを弾いたりしているロバがいい。「シャガールの主題は、地上の重力の法則を超えた永遠の愛である」
 中村不折「蘇李訣別」 なつかしい絵だ。前回は、背景で兵士たちが子山羊に気を取られている時に、ふたりが別れを交わす設定が興味深かった。しかし今回見ると、蘇武は猜疑心をいだいた顔をして、自分でしっかり立っている。対して李陵のほうは、蘇武に手をかけて頼んでいるようだった。
 ルオー「人物」 仏画みたい、と思ってから、そういえばこの人はキリスト教に傾倒していた人だっけと気づいた。
 前田寛治「裸婦」 でぶなマハ、と思った。
 梅原龍三郎「裸婦座像」 どんなのか覚えていない… 
 アンリ・マルタン「ガロンヌ河畔の果実摘み」、アルマン・ギョーマン「風景」 のどか。ほんとうの幸福は宮殿や宝庫ではなく、野外にあるんだ、ということを伝えているように思った。
 藤田嗣治「素描・馬」 こんな絵も描いていたんだ、と思ったかもしれない。
 中川一政「牛小屋」 茶色や黄色の混じったでっかい牛が印象的だった。
 ピカソのお皿 絵で拾得した技術を活かした粘土作品みたいだと思った。
 ヴラマンクの絵 水の色も雷光も激しい。光、それも劇的な光の画家だと思った。
 岡鹿之助「白鷺城」 暗〜い日本画、と思った。洋画なのだけど。
 牛島憲之「水郷」 挿絵によさそう、と思った。

 信長だのの書は会長さん(北野建設の会長さん?)が好きらしい。今後は、パソコンが設置されたり、1階の展示室のつくりがちょっと変わったりするようだ。旧知の作品にもまた惹きつけられるだろう。再訪したい美術館だ。


岩松院(小布施町)

 とちゅうでちらっと目に入った街並が昔ぽくて、いい感じだった。それが後に書く須坂だった。
 葛飾北斎の鳳凰図の天井絵は楽しみにしていたので、山門をくぐる時はうれしかった。ところが、北斎館の展示品のほうが良かった。全体に魅力、迫力を感じなかった。鳳凰の羽根のもようは、ブタの鼻にみえた。また、寝ころんで天井絵を見たいと思っていたが、それは禁止されていた。説明のテープがくり返しかかっていた。
 かわりに、仏前の金の紙(?)でつくられた蓮の花に夢中になった。本物そっくりに開いた蓮花、つぼみ、まがった茎、丸まった葉っぱ、実。暗闇のなかでの金色の輝き。
 べつの部屋にもなにか仏具が置かれていた。と思ったら、楽器だった。キリスト教だけでなく、仏教でも、音楽が大事なのだ。
 観光客がたくさんいた。福島正則が国替えさせられて晩年を過したのはここで、霊廟のある菩提寺だという。小林一茶が「痩せ蛙まけるな一茶これにあり」を作句したという池もあった。池に面した部屋にはカエルの写真が貼られ、売店にもカエル関係のものもならんでいた。

 以前、来た同行者は入らず、本堂の玄関そばで売られていた野菜やりんごを買っていた。切ってむかれていたリンゴは、食べるのに躊躇したけど、とても美味しかった。前もおいしかったんよ、とのことだった。
 近くの農園で3種類のブドウを買った。家で食べたら、これも美味しかった。


須坂クラシック美術館(元・牧新七家)

 蔵の2階に李朝の家具があった。本物を見たいと思っていたけど、あまりよくなかった。ガラスの器や、着物(大正時代の銘仙だったか)もきれいだったけど、夢中になる程ではなかった。岡信孝の絵画もあまり(高崎市タワー美術館の、雪の積もった赤い壁の家の絵はよかったのに)。
 建物はおもしろかった。土蔵の扉の分厚さにびっくりした。主屋の縁側のガラス戸は、入った木枠でもようが作られていた。李朝みたいなモダンな感じがした。近づきたかったが、傷んでいるとのこと。また、椅子があって休憩できる上店の2階も落ち着いていて良かった。でもいちばん面白かったのは、抜け道。柱や壁に囲まれた狭い四角い道が続いていた。
 パンフレットによると、李朝の民画もあるそうだ。この日は見なかった気がする。また来たい。

 クラシック美術館よりも気に入ったのは、町の通り。“蔵の町”として保存に努めている所だなんて知らなかった。でも、まったく昔風なのではなく、いまの建物のお店もある。そこがいい。生きている感じがする。それに清らかできれいな通りだ。おなじ長野県の、昔の建物ばかりがきちんと並んで、用水路が引かれ、観光客のためのお店もあった海野宿(すこし前のメルセデス・ベンツの新聞広告の背景がここに見えたが)よりも気に入った。
 もっと歩きたい。そして以前、朱色で鶏が描かれたガラス製ペーパーウェイトをお土産にもらった笠鉾会館に入りたい。由緒ありげな墨坂神社にも行ってみたい。この日は眺めて通ることしかできなかった。

佐久市立近代美術館(長野県)

よかった作品

平成14年度新収蔵品展
 大橋博「on a trip」
おもしろい! 水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』みたいな木製の顔。それが細長い箱に並んでいたり、天井から吊されている。目に特長がある。出目、白目、伏し目、閉じた目。
 福井祐介「kiraly 2001」「Two lights in Early Naight 2001」
濃紺の絵。そこにたしか後者の文が記されていた。ことばの力で、よかった。
 吉野辰海「FLYING DOG」
グライダー(?)を装着した雄犬の像。ブロンズではない。色つき。
 白鳥勇次「状況86-A」
銀色の四角い金属板が貼られ、エメラルドグリーンの光線が描かれている。これを飾ると、かっこいい部屋になるかもしれないと思った。

中国陶磁(吉沢コレクション) 寸法の単位は
栗田美術館(栃木県足利市)ほどではないが気に入った(栗田は量もすごいし、有田焼・鍋島焼)。
 染付獅子水滴(16〜17世紀 明 景徳鎮官窯 高さ8.0 長径10.4)
わたしが気に入ったのだから、もちろん間抜け面の獅子である。
 白釉扁壺(17世紀 清 高さ12.4 胴径9.7)
 染付花卉図皿-芙蓉手-(17世紀 明 景徳鎮窯 高さ3.5 口径21.2)
料理を盛ったら、映えそう。
 色絵花鳥文硯屏(16〜17世紀 明 景徳鎮窯 高さ13.7 長辺13.0)
緑と赤が印象的。
 三彩松蓮文花瓶(16〜17世紀 明 甌窯 高さ22.6 長径16.4)
浮き彫りにされた蓮がよかったらしい。
 三彩童子臥像(15〜16世紀 明 磁州窯系 高さ10.8 長径25.0)
腕輪、足環をつけている。子どもに見えない顔が気に入った。

 「開館二十周年記念特別展 〜春草・孤月・契月…〜 信濃の国から生まれた日本画壇」より、これらの方がよかった。
 ポストカードは一枚50円だった気がする。とても安い。種類もたくさんある。
 今回の特別展のカタログは、見開きも多いのに、とても安かった。
 この日は講演会があったらしく、見ていたわたしを館の人が誘ってくださった。

今後も書き足していくつもりです。
【追記】…無理でした。すみません。
特別展・平成14年度新収蔵品展 2003/11/16まで


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