• 書評

  • 長い家の殺人
    ■あらすじ
     大学生バンド“メイプル・リーフ”は、メンバーの卒業を前に、ラストライブを計画していた。ラストライブはきっちりやり遂げたい、とメンバーは、湯沢のロッジ、〈ゲミニー・ハウス〉で合宿をやることにした。しかし、バンドのラストを前に、メンバーの思惑は微妙にずれ、不穏な空気がロッジを包んでいた。とそんなとき、リードギタリストの戸越が休んでいるはずの部屋から姿を消し……。
    ■感想
     1988年、歌野晶午氏が島田荘司氏の推薦によってデビューした作品です。歌野氏自身もドラムを操るそうで、バンドのライブの描写はストーリーの筋とは殆ど関係ないものの、細密に描かれているところが楽しめて読むことができます。
     島田氏の推薦文によると、本書以前にこれまでミステリを書いたことがないそうで、当時島田氏に推薦されてデビューしたような新人作家の方々と異なり、歌野氏は大学在学時にミステリ研に所属していたわけではないそうです。そのためか、ミステリを書き始めの頃の初期衝動が非常につまっているように感じられました。一方で、ミステリに対する分析があまりなされておらず、ミステリという言葉に対して一般的に持たれるイメージがそのまま具現化された印象も受けます。

     というのは、犯人特定の場面描写は非常にミステリらしい印象を受ける一方で、犯人に至るロジックがあまり見られなかったり、動機が論証の最中で登場してきたり、と、事件の解明部分だけでも非常に錯綜しているような印象を受けます。本書が語られる際においてはメイントリックが、それこそ文字通り中心に語られるところだと思うのですが、他にもミスリードが施されていたり、バンドに所属していた歌野氏ならではのトリックが施されていたり、と内容は盛りだくさんのように感じます。ですが、それら大小散りばめられたトリックも、一つのストーリー上で綺麗に組み合っているとは言い難く、全体的に散漫なイメージを与えます。
     会話のシーンの単調な文章運びは、文字通りの処女作であるからやむを得ないにしても、トリックはバラバラ、ロジックは緻密さを欠く、では、どうしても面白味に欠けてしまうかも知れません。何より本書のメイントリックのような類のトリックにおいて、回避しなければならない問題点が無造作に放り出されているところに、バランスの欠如の理由の一端があるかも知れません。
     ですが、本書が秀でているところは、散漫であるものの、その過剰なまでのサービス精神にあると思います。ストーリーの上にはまりきってはいないものの、トリックや伏線が散りばめられていて、これが有機的に機能することがあれば、そこで一気に完成度が高まることになるのです。恐らくは島田荘司氏はその歌野氏の作品の持つ情熱に惹かれたのではないか、と僕は思います。そのワントリックだけで物語を作り上げるのではなく、伏線もそこここに散りばめられているのは、現在の歌野氏の作品にも敷衍して論じることができる特徴なのではないか、と思います。