20トン電車のディテール
7号電車
2010年3月15日公開
Detail of Type 20ton B


 20トン電車のヴァリエーションとして7号電車を取り上げましょう。昭和31年にリール台車対応に改造されていますが、おなじ対応車である3号電車とは電気連結器の形状は異なり、また1位2位の両側に装備しています。そのほかは他の20トン電車と同様のスタイルとなっています。
 平成元年3月時点での機関車在籍表では休車(ほかに2号、12号、14号)に入っています。2号電車と同様に貫通ブレーキを装備していないので、港駅入換グループの予備車だったと思われますが、多少とも整備状態にあった2号電車に比べると色褪せも激しく、実際には稼動機会はなかったと思います。

 20トン電車の製造所(年)について、2つの資料を下表にまとめてみました。おそらく製造所については問題はないと思われますが、製造年については、ここに掲げていない資料もふくめて相違点がおおく見られます。実車には銘板のような物的証拠がなく、おそらく何度も塗り直されたであろうペイントが書かれているだけで、これも資料と相違している車輌も確認されています(例えば9号電車はMITSUBISHI T6-8となっている)。
 下表において、1〜12号については微妙な時間差がありますが、港務所沿革史の方はおそらく使用開始を基準としているのではないかと考えられます。また、20トン電車は1〜6号と、7号以降では設計変更(歯車比)されていますので、おなじ三菱製でも6号と7号との間には一区切りがあるはずです。

 三作製とされる13号以降については、両表の内容がおおきく相違しています。まず20トン電車はいったい何両が製造されたのでしょう。『三井鉱山50年史稿』によれば総計18台(昭和14年末)となっていて、その内訳は本線用16台、港構内用2台となっています。のちの31/32号も含めるとこの数字は妥当のように思われますが、同機は竣工図表によれば昭和27年に15トン電車13/14号から改造されていることになっているので、じつは2台分の勘定が合いません。港構内用とされた電車は、15トン電車とおなじグループに属して船積荷役に専用されたため、本線用(20トン電車1号〜)の電車とは番号が重複していて益々混乱させられます。港構内の20トン型は内港船積等の長距離化により昭和5年に15/16号が増備されましたが、そのうち15号電車が昭和9年に本線用に転用されました(港務所沿革史による)。

 以下、わたしの勝手な推測ですが、下表港務所沿革史の15/16号は本来は港構内用に属していた20トン電車が転用されたもので(16号の転用は確認できませんが)、竣工図表のほうは転入年をもって製造年と書き違えたのではないかと考えられます。総計18台とするのは、本線用と港構内用を重複してカウントしてしまった(?)ということもあるのでしょうか、電車の総数についてはこの他にも色々と不思議な点がありますので、ここまでにしておきます。

『三池港務所沿革史』付表より

番号 製造年月 製造所
明治44年下季 独逸シーメンスハルスケ
2 明治45年上季
3 明治45年上季
4 明治45年下季
5 大正4年下季 三菱造船所
6 大正4年下季
7 大正5年上季
8 大正5年上季
9 大正5年上季
10 大正5年上季
11 大正7年上季
12 大正7年下季
13 大正14年下季 三池製作所
14 昭和9年下季
15 昭和4年下季
16 昭和4年下季
『竣工図表』より

番号 製造年月 製造所
明治44年10月 シーメンス
2
3
4
5 大正4年12月 三菱造船
6
7
8
9 大正4年
10 大正4年
11 大正6年
12 大正6年8月
13 昭和3年 三池製作所
14 昭和9年
15 昭和9年
16 昭和9年



(1991年7月三池港)港本庫に留置されていた7号電車。後ろに続くのは14号、2号。おなじ20トン電車でも装備品等が異なるのも興味深いところ。


(1991年9月三池港)



(1990年3月三池港)



(1990年3月三池港)



(1990年3月三池港)リール台車用のソケットを装備。



(1991年3月三池港)塗装の参考に。だいぶ色褪せてはいるが、要所にイエローが挿してあるのはよいアクセントになるだろう。



(1990年3月三池港)


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