URUK NEWS イラク情勢ニュース> 占領への抵抗 2005
バグダッドで子どもたちを殺したのは誰か・・・
占領軍か、その手下か、あるいはレジスタンスなのか?
Who Killed the Children of Baghdad….
the Occupation and its Supporters, or the Resistance?
イスラム日報(元はアラビア語)
2005年7月16日
アルバスラ・ネット
2005年8月1日
http://www.albasrah.net/en_articles_2005/0805/child_080805.htm
Albasrah net
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Islam’s Diary:
この水曜日(訳者補足:7月13日)の流血事件は、5歳から10歳のあいだの子ども32人が犠牲になったが、アメリカ人占領者と彼らが配置したイラク政府をひじょうに喜ばせるものであった。彼らは報道各社にただちに声明を発表し、これらの子どもたちはレジスタンスの手で殺されたのだとして、イラクの武装勢力はイラク国民を抹殺しようと狙っている殺人者と強調した。いつものことだが、彼らは言葉を選んでいる。アメリカ人占領者によってその座につけてもらったジャファリ首相は、彼の言葉通りに言うと、「テロリストはこの子らがシーア派教徒であるという理由で標的に選んだ。彼らはシーア派のなかにイラクの問題を自覚する新しい世代が育つことを望んでいない」と断言した。
ハキム師に率いられたイラク・イスラム革命最高評議会は、アル・イラキーヤTVによると、預言者の子がシーア派に限られていることから、ワハーブ主義者の運動はシーア派教徒を殺すことによって、預言者ムハンマドの子孫を根絶やしにしようとしているのだ、と、発表した。
真相が葬り去られそうになったとき、この話の真相がどうなのかを知るために、バグダッドのイスラム日報の事務所は、占領者とその手下が隠そうとしている生のままの真実を確かめてみた。
そうして、イスラム日報の特派員がバグダッド東部の事件現場へと向かい、事件の背景について犠牲者の親類に幾つかの聞き取りをおこなった。爆発した車が廃棄されようとしており、その通りにはわずか6戸の家屋しかないことを考慮して、記者たちは彼らにアメリカ兵の周囲にそんなに大勢の子どもが集まっていた理由を尋ねた。その時、どうして通りに集まった子どもの数が42人にふくれることが可能だったのか、と。
そのうち32人が死亡し、残りはケガをした。イラク社会の性格と10家族を超えないという家族の数を考慮すると、それは非論理的なことなのだ! アメリカ人が通りを封鎖したことを目撃者や負傷した子どもの親たちが確認していることから、その子たちが近くの通りから事故現場にやってきたというのは仮説としてありそうにないものだ。
もし通りが封鎖されたのなら、どうやったら自爆者は(封鎖を)突っ切って子どもの群れのなかに入っり、自爆することができたのか? アメリカ兵が道路脇に爆弾を発見すると、彼らは地域全体を封鎖するということはここイラクではよく知られたことだ。それが爆弾を積んだ車であったとしても、どうやって実行するというのか?
すべてのイラク・レジスタンスのグループも、「メソポタニアのアルカイダ」のグループも含めて、その事件とは関わりがないと発表した。
イラク・レジスタンスはわれわれのバグダッド事務所を含む全報道機関に記者発表を届け、恐れるものは何もないが真実のためだとして、みずからの無実を表明した。発表は今回の事件を非難し、それはイラク・レジスタンスの名声を貶(おとし)めることを狙ったアメリカ軍の虐殺だとした。
イラク・レジスタンスはこの発表のなかで、この事件は子どもと女性を殺してはならないという、従来のイスラムの戦争における預言者ムハンマドの倫理にのっとったジハード(聖戦)の規則と合致しないことを確認した。
事故の状況を読者に伝えるために、わがバグダッド事務所の記者数人が現場に出むき、アラブ系の偏見をもつメディアと別に真実を探ることに着手した。これらのメディアは、テロリストの仕業だと評論する他の情報を報じることには熱狂し、アメリカ占領者と彼らの設置したイラク政府の機嫌をとるものの、(レジスタンスの)記者発表には言及しないできた。
4台のハンビーと3台のハンマー(※)で構成されるアメリカ軍部隊がその道路に入ってきたのは、その日の朝10時だった。この事件で犠牲となって殺されたフセインの父親ハジ・ムハンマド・アル・サイディは、事件の目撃者でもあり、次のように話した−−フセインが息せき切って帰宅し兄弟たちを呼びだした。その兄弟(負傷して今は病院で寝ている)が出ていった理由は、アメリカ人が通学カバンとキャンディー、ポケモン・ゲームを配っていたからだった。子どもたちが道路に飛び出すと、アメリカの車が贈り物を配って子どもたちを呼び寄せているのが見え、その傍ら(かたわら)では数人の兵士が近くの車(青色のキア)で忙しそうにしていた。証言では、この車が爆発したという。
※訳註: ハンビーもハンマーも米軍車両の車種名
どうして彼らは爆発前の車が停まっていた場所で贈り物を子どもたちに配ったのか、犠牲者の父親にはそれが不思議である。私(父親)は子どもたちに家に入れと叫んだが、彼らは贈り物に釣られて言うことを聞かず、もっと贈り物をもらおうと米兵の近くにいた。イラク兵は道路端に立って、贈り物の話を聞きつけて近づいてくる他の子どもたちを制止していた。アメリカ人は彼らに秘密にするよう依頼し、爆発寸前だという車の情報はウソだと念を押した。
15分ほどして、アメリカ兵はすばやくプレゼントをばらまき、贈り物を奪いあっている子どもたち(そのうちの1人は私の息子だ)を残して立ち去った。数秒後、アメリカ兵がはっきりと爆発寸前と指摘した車が爆発した。アメリカ軍は兵士1人が死亡し、もう1人が負傷したと発表したが、それとは逆に、アメリカ兵は誰一人として負傷しなかったのだ。これはすべてウソをおおい隠すための策略であった!!
匿名(とくめい)を求めたあるバグダッド交通警察官は、アメリカ兵が爆発の1分前に急いで通りから立ち去り、彼らは現場に戻ることなく、その地域から出ていった。
名前を明かさなかったある消防班長は、爆発がひじょうに大きく、地面には穴があき、普通の車の爆発ではないだろうと話した。武装した男たちは旧イラク軍が使用していたロシア製のTNT火薬を使うが、旧軍の兵士なら誰でも、これは上へむかって破裂する性質のものであり、下へではないことを知っている。アメリカ軍がそこで銃撃しなかった理由はこれだ。
わが社の記者がそれはどういう意味かと尋ねると、彼は、その事件の背後にアメリカ人がいると発表した交通局長が、その1時間後に米軍から撃たれたのだと説明した。アメリカ人はこの話を無責任な発表だとし、彼はスンニ派だからイラクで発生している事件がテロリストの行為だと受け入れることができないのだと見なした。
では、この事件でアメリカ人はなにを目論んでいるのか? いつものごとく、アメリカ人は自分たちの対テロ戦争に法的な衣を着せるため、イラク・レジスタンスの名誉を傷つけたがっている。そして、それと同時に、カイムやタルアファル、ラマディのような全都市を破壊したがっている。
次の疑問はこれだろう。すなわち、この流血事件をイラク・レジスタンスのせいだと非難する他の子どもや女性がアメリカのリストにあがっているのだろうか? あるいは、口をふさがれたイラク人によってアメリカ人の薄汚いゲームが暴露されたので、これでお終い(しまい)になるのか?
イスラム日報のバグダッド事務所は、バグダッド地域の交通局長が影響力のあるアラビア語放送チャンネルに話した談話のなかで、アメリカ人を告発したあとに撃たれたことを知っている。では、なぜ、目撃者によると思われるこの談話が放送されたのか? 他方では、バドル旅団の代表者のような他の人物が、グリーン・ゾーンの中から、以前は彼の信徒だったという自爆犯が子どもたちの群れのなかに突っこんだと語っていたときである。この疑問への回答は読者にゆだねよう。
バグダッド住民は、1年半前、アメリカ軍のミサイルがカルク警察署前で25人の住民の声明を奪ったことをまだ覚えている。目撃者たちが米軍ヘリ・アパッチから発射されたミサイルについて話したのに、アメリカ人は車の爆発について語った。その翌日、『ガーディアン』(英国の新聞)が目撃証言通りの真実を誇らしげに報じた。不幸なことに、アラブ系、イスラム系のメディアは真実の報道から遠くかけはなれていた。
2、3ヶ月前のマダイン(※)におけるできごとは生きた証明である。バドル旅団組織に属する老女がカメラの前でヒステリックに泣き叫び、自分たちの息子を救出してくれ、テロリストであるワハブ派の誘拐犯から救ってくれと訴えた。彼女らのうちの1人は、自分は誘拐犯が押し入ってきて、銃を頭に突きつけて息子をさらっていくのを見た、とまで言った。
これらの老女達はハリウッドの女優を超える演技力だと思われる。日ならずして真実が照らしだされ、茶番劇が明るみに出た。人質にされた者などいなかったのだ。サドル師とイラク・イスラム##委員会が最初にその事件を茶番劇だと指摘した。その事件に関係する2つの記者発表を最初に公表し、他のアラブ系および国際的な通信社はそのあとに続いたことを、イスラム日報の事務所は光栄に思っている。
アメリカ人の関与とシスタニの陰謀が暴露されたあと、虚偽の事件を報じたと謝罪したアラブ系の通信社および新聞社は1社としてなかった。それどころか、彼らは栄光の国民の戦いを中傷しつづけている。
2005年7月16日 土曜日
アルバスラ・ネット: 2005年8月1日
引用または転載の際にはアルバスラ・ネットに照会してほしい。
※訳註: Madaan マダイン(Madain)と訳した。同じと思われる。
参照: 「100人が人質」、市民分断と攻撃の口実
http://www.geocities.jp/uruknewsjapan/2005no_hostage_crisis.html
同 続報: マダイン地区での「誘拐・人質事件」デッチあげ
http://www.geocities.jp/uruknewsjapan/2005_Hoax-alMadain.html
同 チグリス川の死体は何週間も浮いていた
http://www.geocities.jp/uruknewsjapan/2005Corpses_floating_for_weeks.html
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