お祭り講

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 祭囃子につられて、つい狸もポンポコリン。祭りが復活した地区が増えてきて、楽しい毎日です。
 このサイトは、祭りについて思い巡らすページです。



   
      「岡崎」です。さて、どこの神楽でしょうか?笛は、まだまだ修行途中の者が吹いています。
      『楽風打』、「出会い・喜び」が楽しく演出されています。子供から大人まで楽しく演奏しています。
      『鼓夢』、「屋台囃子」屋台囃子から玉入れの場面。洗練された屋台囃子となっています。
      『松平わ太鼓』、「祗園」なかなか迫力のある演奏です。大太鼓と締太鼓の掛け合いがいいですね。
      『早川流やぐら太鼓』、「やぐら太鼓」この桴さばきは真似ができません。見ていて楽しくなります。
      『楽風打』5周年記念演奏会、「16ビート3人娘」、迫力満点、よくこれだけ打てるものです。

   
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      新春祭り放談 ”伝承について語る”
      ”祭りの伝承について2”鼎談

   


新春祭り放談 ”伝承について語る”

  2004年1月、某所にて
  司会:裏庭の狸
  A氏:A地区祭囃子役員、20年以上囃子や神楽に携わってきた。現在は、もっぱら役員として、後進の見張りをしている。
  B氏:B地区祭囃子笛方、笛方を初めて10年ほど、笛方の中心として活躍中。
  C氏:C地区祭囃子世話役、長年神楽の世話役として携わってきた。
  D氏*D地区長老、80年以上に渡り、祭囃子を行ってきた、この界隈では最長老。

司会  お忙しい方もお忙しくない方もお集まり下さってありがとうございます。きょうは、祭囃子に掛けては、何れも経験豊富な方々ばかりですので、いろいろな裏話を聞かせてくださると嬉しいです。
 祭囃子を伝承してきて、変化というものはあるのでしょうか。

D氏  俺が太鼓を始めたときは、大太鼓をやっとってな、若い衆が張っとったもんだよ。だが、若い衆と役員がもめてな、待遇をもっとあげよと今で言うストライキを始めたもんで、役員は怒ってな、自分たちだけで祭り囃子を行うことにした訳だ。ところが、大太鼓はもん手がようけもないいるからできん訳だ。そこで、大太鼓は売り払って、屋形を買ってきてやった訳だ。屋形だと、3人いれば出来るから、役員だけでやれる訳だな。

司会  そんな3人だけで、屋形がやれるもんですか。太鼓に大小鼓、三味線と最低でも5人いるのでは?

D氏  そりゃそうだが、3人しかおらんかった訳だから、やれるようにやった訳だ。屋形は今よりもうちょっと大きかったな。

司会  大きかったというと?

D氏  ばらして仕舞ってある屋形を、祭りが始まると組み立てるんだが、それがなあ、はっきりどこの場所と部材は決まってるんだが、1年も経つと分からんくなってな、若いもんがカケヤでバンバン打って嵌めるもんだから、壊れた訳よ。そこで、部材の端を切って作り直した訳だな。だから、ちょっと小さくなってしまった。

司会  Aさん所はどうですか。隣町から神楽を伝えたと聞きましたが。

A氏  Dさんなら知っているかも知れないですが、もううちんとこでは知っているものはいません。20年くらい前に、ビデオに撮ったのをもとに練習をしています。

司会  Aさん所の締太鼓の所作は変ですよね。天と打った後、手の置き場所がちょっと違います。

A氏  よそのを見ると違いますね。まあ我々は先輩のやってきたことを伝えているんで、これでいいと思っています。笛も昔の笛を楽器屋に特注で作らせています。一応昔のままでやってきていますが、元の所の神楽囃子とはちょっと違いますね。

司会  Bさん、笛吹としてその辺どうですかね。

B氏  師匠の笛は、初め聞いていても分からないんです。指打ちや転がしが多くて訳が分かりませんでしたね。真似するのは難しいです。真似したつもりでも、なかなか指が回ってくれないです。でも、転がしばかり気にしていると、大事なメロディーを見落とすことにもなるので、程々にしておくべきでしょうね。メロディーをきちんと押さえた上で、適度に転がしや指打ちを入れた方がいいと思います。まあ、師匠の通りには吹けませんので、細部はどうしても自分流になってしまい、多少曲の雰囲気が変わってしまうのはしょうがないでしょう。

司会  Bさんとこ、本家の笛とはだいぶ違うと思いますが如何でしょうか。

B氏  別にわざわざ変えようとはしていないのですが、誰かの時に間違って覚えたのかも知れません。今となってはもう分かりません。今の吹き方が当地流としておかしくないので、このまま続けて行こうと思っています。

司会  Cさん所は、伝承元からほとんど変化していませんが、何か秘訣は有るのでしょうか。テンポが速くなったくらいで、結構細部まで、本家と変わっていませんね。

C氏  若い衆が主体で神楽をやっていまして、我々は社務所で番をしているだけです。若い衆が中心なって頑張っているからいいんじゃないかな。太鼓の擦り桴でも、昔のままの姿でやっていますよ。1つだけ、初めの合図に、よそがやっているのを取り入れましたね。伝えて行こうとか、そんな難しいことを考えてやっている訳ではないけれど、みんなが祭りで楽しんでやってくれるのでありがたいと思います。

司会  昔の様子はどうだったでしょうか。

D氏  昔は、部落の中を屋形で回るなんてことは無かったな。公民館から、大通りに出て、国道沿いに神社に向かう訳だ。祝儀をくれるところは町中の何軒と言うくらいだから、ちょっと回るだけだな。祝儀と言ったって、金でくれるところは少なく、酒とかまんじゅうだったぞ。回るところが少ないから、3人でもやれたんだな。

C氏 うちんとこは、部落の角角で屋形を停めて、チリカラチリカラやったもんだね。今のように、全戸回るなんて考えられんことだった。確か、伊勢湾台風前までは、昔のままだったかな。

D氏  伊勢湾台風で祭りが休みになって、復活してから若いもん達が全戸回るようになったな。

B氏  うちも、昔は部落の所々で太鼓を叩いていたくらいだと聞いています。昔はあんまり回らなかったんですね。
D氏  というか、昔はみんな貧しくてな、部落を回っても、誰も祝儀をくれん訳だ。自然、太鼓を叩かんわな。くれるところは、町の決まった家だけだから、そこへ行く訳だ。そもそも、部落の中は、道が狭くて屋形が通れんわな。だから、誰も来てくいとは言わんかったぞ。

司会  今と随分違いますね。今は、大抵の部落は全戸回っているようですが、どうなんでしょう。

C氏  今は、みんな回るようになったね。若い衆もよう頑張るわね。今では、1軒1軒回って、太鼓を叩いて、神酒を振る舞ってくる訳で、待っている人も多いね。まあ、一種のお祓い事をやっている訳だ。花を1本ずつ渡してくるけど、神さんのものだからといって、去年のを捨てるに捨てられず困っている人もある。

B氏  今の囃子は、家々を回るときは、お祓いやってるのと変わりませんね。どうしてこうなったんでしょう。

D氏  なんだろうな、どこの家も家内安全とか商売繁盛とか、願い事がいっぱいあるからかな。

司会  成る程、求められることが変わってきて、祭りの形態も変化していると言うことでしょうか。
 今日はどうもありがとうございました。





”祭りの伝承について2”鼎談

  2004年1月、某料亭にて
  A:裏庭の狸
  B:B地区祭囃子役員、お祭り大好き人間で、祭りとなれば、どこまでも働いてしまうお人好し。
  C:C地区祭囃子長老、地区の祭囃子の伝承には、若い者の先頭に立ち、伝承に尽くしてきた。

 祭りの伝承って、結構面白いですね。隣がやっているから、俺たちもやろうという感じで始めたところが多いです。B区から神楽を伝えられたところは多いですね。

 伝え聞いた話では、B区から広まったようですね。隣町からも修行に来た話を聞いています。

 では、B区はどこに教えてもらったのでしょうか。

 私が若い衆のころ、長老の祖父達がT地区に修行に行ったと聞いたことがありますよ。

 私たちはいつ伝えられたのか聞いていませんね。ただ、S地区から伝えられたことは確かです。いつというのはいつしか忘れられてしまいました。

伝えられてから、そのままの形で伝承してきたのでしょうか。

 どうでしょうかね。一応そのままの形で伝えてきたつもりですが、太鼓は変わっていないと思います。笛は、笛吹が一時絶えてしまったため、違っているところがあるかも知れません。今の笛は、中学生でも吹けるように簡単になっていますから、本来の姿ではありません。もう笛は復活できないかも知れませんね。

 我々も、伝承してきた事を絶やさないようにするため、B地区みたいに、昨年から笛のタブ譜を作り始めました。なかなか保存するのは難しいですね。

 タブ譜は、細かい音を表現できないので、あらすじと言った感じです。おかげで、小学生や中学生でも吹けるようになりましたか、曲はつまらなくなりました。

 細かいところまで吹ける笛方は、いないのでしょうか。楽譜には、基本の部分しか記譜しないのが当然だと思いますし、笛方としては、そこから応用して吹くのが普通ではないでしょうか。

 それはそうなんでしょうが、B地区では、笛方が一時絶えたこともあり、しっかりと伝承されていない部分があって、苦しいところです。簡単に言えば、上手に吹ける人がいなくなってしまったので、伝えられないんです。

 B地区は、若い人が多いのでいいですね。うちんとこは、若いと言っても、30代です。

 若い人が多いといっても、小学生と中学生です。中学校を卒業してしまうと来なくなってしまいますので、人を集めるには毎年苦労しています。

 そうですか、でも、若いころやっていれば、年を取ってまた戻ってくるんではないでしょうか。うちの所でも、保存会に入っても、1年くらいで止めていく人も多いです。反面、残っている人はずっと残っています。

 まあ、それを期待していますが。

 Cさんの所は、本家が分かっているので、見に行って研究すると言うことは無いのでしょうか。

 たまたま誰かが見に行くことは有りますが、きちんと見直すことはしていないです。多少の変化はあってもいいのではないでしょうか。我々は、今まで伝承してきたことを続けていくことが大切だと思っています。まあ、将来的には、元から見直そうという機運が起きるかも知れませんが。

 うちの所の囃子は、どこから伝えられたのか全く分かりません。どこぞのを盗み聞きして覚えてきたのかも知れません。中には、芸者さんに教えてもらったという曲もあります。部分的に他の部落の曲が生き残っているところを見ると、盗み聞きして覚えたと言うことも、説得力があります。

 私の所も、囃子はどこから伝わったのか、今では知っている人はいなくなりました。ちょっと残念ですね。

 昔は、みなさんご存じの通り、B地区では屋形をやっていました。止めてから50年くらい経ちますので、もう何も分かりませんね。面白いことに、何故かコンコロ太鼓が有るのです。屋形を始める前には、コンコロ太鼓をやっていたのでしょう。

 ということは、どこの部落も昔から今の祭囃子をやっていたのではないと言うことでしょうか。祭囃子というと、何か長い伝統を持っているように聞こえますが、意外に新しいのでしょうか。

B、C  その通りですね。

では、今から新しいスタイルを構築していってもいいのでは。

 それはそうかも知れませんが、新しく何かを始めるという機運は起きてきませんね。

 Cさんと全く同じです。そう長くは無いかも知れないけれど、伝えられてきたことにみんな価値を持っていますね。
 成る程そうですか。きょうはありがとうございました。