

| 第90回全国高等学校野球選手権記念大会 |
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| 第90回全国高等学校野球選手権記念大会 対横浜高校戦 8月6日〜8日 一般応援団「浦学甲子園バスツアー」参加の御礼とご報告 このたびは、野球部の甲子園出場に際し多大なるご声援・ご支援をいただきまして衷心より御礼申し上げます。 さらに、ご多忙中にもかかわらず170 名の皆様に遠路甲子園まで応援にご参加いただき感謝申し上げます。 試合は接戦の末、残念な結果となりましたが、選手諸君の健闘を大応援団の方々が導いて下さったことと確信しております。 何よりも2泊3日の強行日程におきまして事故もなく無事埼玉に戻ってこられましたことは、皆様のご協力の賜物です。 今大会で夏10 回、春6 回の甲子園出場計16 回を数えます。野球部には、精進を重ね甲子園出場を勝ち取ってもらうことを願い、 一般応援団主管部署と致しましても、一人でも多くの一般応援団の方々が参加しやすい企画を立案してまいります。 浦学甲子園バスツアー2泊3日の報告
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| 粘り強さ見せた浦和学 院 1点差に泣く 浦和学院はたくましかった。強豪の横浜に先行されても、すかさず追いつき、突き放されても最後の1アウトまで、 あきらめずにに追いすがった。 試合を終えカクテル光線に照らし出された選手は誇らしげだった。甲子園での戦いぶりを振り返る。 「失点直後に必ずといって良いほど得点する」粘り強さで、南埼玉大会を勝ち抜いた浦和学院。 甲子園でも2点を先行された直後の2回裏、持ち味を出した。相手エースの守備の乱れなどにつけこみ、坂本一将・鼻田真也の 連打で一気に追いついた。 例年のような長打力はない。その分、連打でたたみかける力強さや、相手ミスにつけ込むしたたかさは、昨年のチームを 上回っていた。長谷川樹は「本塁打を打てる選手はいない。だから、みんなが後ろの打者を信じてつなぐ打撃が出来た」と話す。 ベルト付近に来た甘い球を逃さず、横浜を5本上回る14安打を放った。 それでも、勝ったのは横浜だった。昨年に引き続き、1点差の負けだった。森士監督は「ほんの少しの差だった」と語った。 勝敗を分けたのは、南埼玉大会のようなきめ細かいプレーを着実に決めることが出来なかったところだ。 浦和学院は、6・7回、いずれも先頭打者が安打で出た。だが、次打者がバントを打ち上げてしまい、併殺打に。 試合運びのうまさで勝ち上がったチームだけに、度重なるミスが命取りとなった。 8回には走塁ミスも出た。伊東大昇は「点を取ろうとして焦ってしまった」。 3・5回に犠飛で手堅く1点ずつ重ねた横浜とは対照的だった。 三角大樹主将は「1点が欲しいときに、確実に取ってくる。そこに強さを感じました」。県勢初となる3年連続の 夏の甲子園を掴んだ浦和学院は、県内で深紅の大優勝旗に最も近いチームだと言える。今夏の経験を糧に、 「1点にこだわる野球」をさらに磨いて欲しい。
2008年8月9日 朝日新聞埼玉版掲 |
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| 浦和学院 猛追 意地の14安打 浦和学院の1・2番が最後に意地を見せた。「おれたちでなんとかしてやろう」。 9回、チャンスメーカー坂本と鼻田がベンチで誓い合った。 一死後、坂本が直球をたたく。「悔いの残らないように思い切り振った」と左越え二塁打。 鼻田も「自分が打たなければ終わる」と外角のチェンジアップにしぶとく反応し、一塁線を抜く二塁打だ 。坂本をかえし、1点差に迫った。 後が続かず、追い上げはここまでだったが、2人は泣いていなかった。 「最後まであきらめないところを見せられた」と、揃って胸を張っていた。 森「父に感謝」 浦和学院の森は、横浜の筒香に2点本塁打を浴びるなどして5回途中でマウンドを降りた。 「調子は悪くなかったが、失投を本塁打にされてしまった」。森監督の長男だ。 甲子園が親子で最後の試合になった。「負けたけれど、3年間面倒をみて貰って、お父さんには感謝している」と話した。 2008年8月8日 朝日新聞掲載 |
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| 浦学 詰め寄った 三たび初戦の壁にはね返された。浦和学院(南埼玉)は7日、横浜(南神奈川)に5―6で惜敗。 同校にとって4年ぶりの初戦突破はならなかった。けれども、森、高島両投手を中心とした粘りの守りに加え、 最終回で1点差に詰め寄るなど、春夏計5回の優勝を誇る相手を最後まで苦しめた。 14安打あと1本出ず 浦和学院は14長短打と、安打数で横浜を上回った。最後の1アウトまで横浜に食らいついた。 だが、あと1本が出ずに涙をのんだ。 2点本塁打で先制された直後の2回裏、伊東の右前安打を足がかりに1死満塁とすると、坂本の一、二塁間をつく 内野安打でまず1点。続く鼻田の中前適時打で一気に追いついた。 追加点を挙げられ、8回表には4点差にされた。それでも、浦和学院はあきらめなかった。 8回裏、1死から好機を作った。山谷が左中間を破る2塁打を放ち、長短打と野選で1死満塁。 ここで長谷川が放ったあわや本塁打かと思われる打球は、左翼フェンスを直撃し、2点を返した。 追い上げムードが一気に高まった9回にも粘りを見せた。1死から、坂本、鼻田の連続二塁打で1点差に迫った。 代打・儘田の打撃もバットの芯をとらえたが、左翼手の正面を突いた。最後の打者も右飛に倒れた。 勝敗を分けたのは、細かいプレーの差だった。浦和学院は、走者をためたところでのバントや走塁のミスが度重なってしまった。 一方、横浜は3、5回に犠飛で着実に点を重ねるなど、好機を確実に決めた。 「食らいつく」貫いた 鼻田選手 9回にも打点、好守も 2点を追う、9回裏1死二塁で、浦和学院の鼻田真也君(3年)は打席に立った。「自分で決めるんじゃない。絶対に次につなごう」 初球の変化球を逆らわず右翼線へはじき返した。1点差だ。二塁に滑り込むと大きく拳を振りあげた。 「食らいついて粘り強くいけとずっと言われていた。食らいついた結果だ」。2回には同点打も放っていた。 この日、3安打2打点と活躍した。 食らいつく姿勢は、二塁の守備にも見えた。7回表には、2回に本塁打を放った横浜の筒香嘉智君(2年)の痛烈な打球を 滑り込んでつかみ、一塁で刺した。他にも六つの打球をさばいて投手を助けた。 「相手は左打者が多く、自分のところに来るとわかっていた。打球は速かったけど、食らいつけば追いつけると思った」 最終回、浦学の山谷俊樹君(3年)の打球は右飛に。鼻田君は二塁から全力疾走で本塁まで駆け抜けた。 空を見上げると、整列に加わった。「最後まであきらめずに、粘りの野球を貫き通せた。勝ちたかった。でも、悔いはないです」 「浦学入って 兄のように」森投手の弟・光司君 浦和学院の一塁側アルプススタンドには、先発した森大投手(3年)の弟で、中学3年生の光司君(15)が応援に駆けつけた。 「今日はいつもより腕が振れていて、いいボールがいっている」 光司君は、さいたま市にある大谷口中学の軟式野球部の捕手。大君とはよくキャッチボールをしていたという。 試合前日の夜、大君に「悔いのないように頑張って」と励ました。 甲子園のマウンドで力投する大君の姿を見て、光司君は「浦学に入って、ここで捕手として兄のように野球をしたい」。 互いに励ましたかつての「球友」 スタンドから大声で応援していた浦和学院の竹内翔吾君(2年)は、北埼玉代表で初戦を突破した本庄一の野本広司君(同)と、 中学時代に同じチームでプレーした仲だ。竹内君が中堅手を務め、野本君がエースだった。 本庄一が埼玉を離れて甲子園に出発する日、2人はメールで「お互い頑張ろう」と励まし合った。 竹内君は「今日、まず1勝したい。そしてお互いに一つずつ勝ち上がって、直接対決してみたい」と話していた。 野球部初代主将 車谷裕通さん 一塁側アルプススタンドで、ひときわ大きな声を張り上げていた浦和学院職員、車谷裕通さん(46)は、同校野球部の初代主将。 約1400人の大応援団のうち、卒業生やファンら180人をバスで率いて甲子園にやってきた。 浦和学院が甲子園に出るときは必ず応援に来るという車谷さん。この夏は応援団として訪れる前に、16年ぶりに選手にも同行した。 7月30日から3日まで、練習場で球拾いやグラウンド整備まで手伝ったという。 部員の白藤大祐君(3年)は「車谷さんはチームの雰囲気を盛り上げるのがうまい。声のかけ方も、主将だっただけに、うまい」。 横浜戦ではプレーボールとともに、「よっしゃー」と気合十分。4点を追う8回裏、長谷川樹君(3年)が走者2人を返す ヒットを放つと、「まだまだ」と力強く手をたたいた。 試合後、車谷さんは、「上出来だけど、残念。ご苦労さまでした」と、選手らに惜しみない拍手を送った。 亡き父との約束胸に 坂本一将 約束の場所に帰ってきた。「お父さん、頑張るから見守っていて」。 浦和学院の坂本一将は、いつも通り、右の後ろポケットにしのばせた、父の写真に語りかけた。 昨春、父・貢さんを亡くした。一将は右利きだが、小学2年生から左打ちの方法などを付きっきりで教えてくれた。 小柄だった息子のためになると思っての事だった。中学でシニアリーグの全国優勝したときも、誰よりも喜んでくれた。 そんな父との突然の別れは辛かった。 けれども、坂本は前を向いた。そして約束した。 「甲子園で勝つからね」 昨夏は2年生だったがベンチ入りした。しかし出番は回ってこなかった。最後の夏の今年、南埼玉大会で打率4割以上を残し、 再び甲子園に戻ってきた。 2点を先行された直後の2回裏、一死満塁。坂本の打席を迎えた。「さあ、こい」と打席で叫んだ。 カウント1−1からの3球目。外よりのスライダーを右手1本で振り切った。打球は1・2塁間に転がった。「セーフにしてやる」。 164cmの1番打者は、全身を使って駆け抜けた。 50m5秒9とチーム1・2を争う俊足は貢さんと毎日、坂道をダッシュして鍛えたものだ。「父親と一緒に走っているような 気持ちになった」。内野安打になった。スコアボードに反撃の口火となる「1」がとっもった。 坂本はその後も2本の二塁打を放つなど、チームの反撃に貢献した。「甲子園で勝つ」という父との約束まで、あと1歩まで迫れた。 最後は1点差で敗れた。「でも」と坂本は言った。3ヶ月前の練習試合で、20個近い三振を奪われて敗れた相手に、 最後まで食い下がれた。「努力の大切さを知った。父も『良くやった』とほめてくれると思う」。額の汗を拭った。 2008年8月8日 朝日新聞埼玉版掲載 |
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| 浦和学院 あと1点 14安打も4併殺の拙攻 浦和学院は横浜の9仇を上回る14安打を放ちながら、1点及ばなかった。4併殺が響いた。 2点を追う6・7回に犠打を失敗し、無死の走者をかえせなかった。6回は先頭の伊東が中前打で出塁したが、 長谷川のバントが投飛となり併殺。7回は高島が二塁打を放ったものの、坂本のバントが再び捕飛になり併殺を喫した。 計5個の犠打飛を記録した横浜とは対照的だった。 8回は再び2点差に詰め寄ったが、直後に福士の左飛で二塁走者の伊東が飛び出し併殺を取られた。 横浜打線に森−高島の継投で臨んだものの6失点。9回には鼻田の適時二塁打で1点差としたが、一死2塁で後続が倒れた。 終盤の粘りもミス響く 2点を追う9回裏。坂本と鼻田の鮮やかな連打で1点差。観衆1万6千人のスタンドはどよめいた。あと1点。 だが、勝利の女神はほほ笑んでくれなかった。勝利への執念と気迫は横浜を上回っていたのだが。 森監督は「最高の舞台で、堂々と試合をしてくれた選手に感謝したい」とナインをたたえた。 強豪に真っ向勝負を貫いた。指揮官が出した指示は「超積極的にいこう」。その指示通り屈伸左腕土屋に臆することなく14安打。 初球からフルスイングを貫き、土屋にプレッシャーを与えた。 2点を追う2回には内野安打も含めた4安打や敵失に乗じて、しぶとく同点。8回までに4点差をつけられたが、 ここからが本領発揮だった。8回一死から山谷の二塁打を皮切りに野選を挟んで3連打を浴びせ、2点差に迫った。 流れは浦和学院にあった。9回に1点差まで迫り、横浜を土俵際に追い込んだ。だが、後1点が遠かった。 敗因を挙げれば6・7回の送りバント失敗で併殺を浴びたり、8回の長谷川のあわや本塁打という場面で走塁ミスもあった。 あそこでもう1点取れていれば勝てたかも知れない。横浜を上回る14安打を放ちながら4併殺が示すように勝負所で 打線が続かなかった。 それでも三角主将の表情は晴れやかだった。 「点を取られても粘って粘って取り返すことが出来た。勝ちたかったけど、力は出し切ったと思う」とうなずく。 カクテル光線が輝く甲子園で、最後の最後まで粘り、確かに「浦学魂」を見せてくれた。胸を張って埼玉に帰ってくればいい。 悔しさと満足感 優勝候補の横浜を追い詰めた。好左腕の土屋から14安打を放ち攻略。4点差の敗戦ムードから終盤、粘りに粘った。 あと1点届かなかったが、最後まで気迫あふれる持ち前の野球を見せた。 昨秋の県大会コールド負けから出発したチームを引っ張ってきた主将の三角は「離されても食らいつく野球が出来た。 あと1本出なかったが、今まで1番良い試合が出来た」と悔しさとともに満足していた。 「お疲れ様と言いたい」 浦和学院 終盤追い込むも惜敗 優勝候補にあと1歩だった。大会6日目の7日、浦和学院は強豪横浜と対戦。終盤追い込んだが及ばず5−6で敗れ、 3年連続の初戦敗退となった。 今年こそ初戦突破。1塁側アルプス席には、真っ赤な「URAGAKU」Tシャツを着た1000人の応援だが埋め尽くした。 引率責任者の角道俊哉教諭は「帽子・メガホン・Tシャツ・タオルを全部赤にして、スタンドを真っ赤に染めて応援する」と張り切った。 一時は4点差までリードを許したが諦めなかった。 8回に2点を返し、9回にも1点。大会屈指の左腕土屋投手を追い詰めた。 父母会長の伊東大昇の父正典さんは「昨秋のコールド負けから、本当によく練習し、みんなたくましくなった」と感無量の表情。 最後までナインに温かい拍手を送った。 森士監督の親子鷹も健闘。先発した長男大は横浜打線に真っ向勝負を挑んだ。アルプス席から夫と息子を見つめた 森監督の妻志奈子さんは「大は本当に幸せ者。周りの方に本当に助けてもらってきた。 県大会では言わなかったけど2人には『お疲れ様』と言いたい」と労った。 2008年8月8日 埼玉新聞掲載 |
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| ご声援ありがとうございました! 8月7日 1回戦 浦和学院5−6横浜(南神奈川)
【横】土屋−小田 ▼二塁打 坂本x2 高島 山谷 鼻田(浦) 小田x2 土屋(横) ▼本塁打 筒香(横)
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| そつない攻めで横浜6点 浦和学院 9回の粘り届かず 横浜の攻めはそつがない。3回、二塁内野安打の倉本をバントで進め、左犠飛で勝ち越し。 5回にも送りバントに左邪犠飛で加点と、効率がよかった。 浦和学院の粘りは見事。8回に3長短打、9回も連続二塁打で1点差に迫っただけに、バント失敗でえ2併殺を喫したミスが痛い。 浦和学院 森監督 併殺や走塁ミスが出て、勝利の女神がほほ笑んでくれなかった。最高のチーム相手に選手たちはたくましかった。 浦和学院 山谷 狙い球通りの球(スライダー)が来て少し力んだ。転がすべきだった。 浦和学院 高島 失点した8回は投げ急いで制球を乱してしまった。1点差で負けて悔しいです。 横浜 渡辺監督 浦和学院は粘り強かった。守りが上手く、きびきび動いていて相当練習を重ねている。土屋は緊張していたのか制球が悪かった。 筒香の2点本塁打がなければ、勝てるゲームではなかったと思う。 横浜 小川 負けるとしたら初戦だと思っていた。投手の土屋も本調子ではなかったが、勝ててうれしい。 浦和学院は投打ともに良いチームだった。浦和学院のつなぐ野球を参考に、浦和学院の分まで勝ち進みたい。 |
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| 浦和学院・高嶋が自らを責める「勝てた試合」 5回途中から救援した浦和学院・高島政信投手(3年)は、8回に5長短打を浴びて2点を失ったことに、 「ランナーを出してから焦ってしまった」と悔やんだ。 チームは終盤に反撃し、最後は1点及ばなかった。 それだけに自責の念が強くなり「ピッチャー陣がもうちょっと踏ん張れば勝てた試合だった」と目を真っ赤にして声を絞り出した。 浦和学院・鼻田真也二塁手(3年、9回に1点差に迫る適時二塁打) 「次につなぐことだけを考えて打った。最後の打席まで自分の役割を果たせて良かった」 浦和学院・三角大樹三塁手(3年、主将) 「離されても食らいつく野球ができた。あと1本が出なかったが、いままでで一番いい試合だった」 浦和学院・森が失投悔やむ 父子鷹の夏終わる 浦和学院の先発・森大投手(3年)は「ここぞというところでの失投が響いた」と悔やんだ。 2回、筒香に甘く入ったカーブを右翼ポール際に運ばれると、3・5回にも失点。 わずか3安打に抑えていたが、5回途中で降板し「あと少しのところが足りない」と唇をかんだ。 父親でもある森監督は「調子は悪くなかった。相手によく研究されていたと思う」と息子の力投をかばった。 「堂々とたくましく投げてくれた」と語ったときは、監督ではなく父親の顔だった。 2008年8月7日 サンケイスポーツネット配信 |
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| 浦和学院 きょう 横浜と初戦 魅せろ王者の底力 第90回全国高等野球選手権大会に3年連続10度目の出場となる浦和学院は大会第6日の7日、 第4試合(16時開始予定)で横浜(南神奈川)と初戦を迎える。 春夏通算16度目の甲子園出場は県内最多。夏の埼玉大会20連勝で、甲子園3年連続出場は県内初。まさに埼玉の王者だ。 だが、例年とはひと味違う。夏の大会前の下馬評は「今年の浦学は例年ほど強くない」だった。昨秋の県大会は準々決勝で 選抜大会準優勝の聖望学園にコールド負け。春季県大会でも3位に甘んじ、今季は夏前までノンタイトルだった。 昨夏の赤坂(現:中日)のようなスター選手がいるわけでもなかった。 だが蓋を開けてみれば、やっぱり浦学だった。夏はやはり強かった。打線に爆発力がない分、勝負強さは圧巻だった。 誰か1人に頼る「点」ではなく、「線」で攻める強さ。勘所では必ず打線が繋がった。そして泥くさかった。 「高校野球の原点のようなチーム」と森監督が形容するとおりの試合運びだった。 夏の甲子園では2年連続で初戦敗退。8大会連続で2回戦を突破できない壁にぶち当たっている。 この分厚い壁を高校野球の原点を突き進むチームに打ち砕いて欲しい。 森監督は「目の前の相手に全力で立ち向かうだけ」と一戦必勝を強調する。 その先には埼玉勢で初となる深紅の大優勝旗が待っているはずだ。 全員野球で一戦ずつ 浦和学院高校 小沢友紀雄校長 浦和学院高校が夏の甲子園への3連覇を達成することが出来ました。 これも応援してくださった皆様のおかげで、心から感謝申し上げます。 今年の浦学は全員野球で頑張ってまいりましたが、甲子園でも一戦ずつ、日ごろの練習の成果を出し、 持ち前の粘り強い精神力で勝ち抜くことを念じております。 皆様のご支援をよろしくお願い申し上げます。 2008年8月7日 埼玉新聞掲載 |
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| 合言葉は「一戦必勝」壁破りつかめ大旗 「不屈」貫く勝負師 森士監督 昨夏の甲子園は、まさかの初戦敗退だった。試合後のインタビューを終えてベンチに座り、ストレッチをする選手たちを 見守る横顔は少し寂しげだった。 新チームとして迎えた秋季県大会。準々決勝で今春の選抜大会で準優勝することになる聖望学園に7回コールドで敗れた。 「コールド負けは記憶にない」屈辱的な敗戦だった。 それでも試合後、ベンチ裏から出てくると「負けちゃったよ」と少しおどけた表情を見せてから、取材に応じてくれた。 負けて悔しくないはずがない。でも、その悔しさをこの指揮官はいつも胸の内に抑えているようだった。 「やっぱり負けた時には1番考えるから。敗戦をどうやって次に生かすかを常に考えるね。勝たせることが監督の仕事だから」 勝負師なのだ。 信条を問われると「勝者は常に諦めない」と答えてから、「ネバーギブアップだな」と少し照れながら笑った。 だが、その信条通り、秋の悔しさを糧に今夏もチームを鍛え上げて頂点に立った。 春夏通算14度目の夢舞台。ここ7年間は毎年、甲子園に名を連ねてきた。ただ勝利の女神がなかなかほほ笑んでくれない。 夏は7大会連続で2回戦を突破出来ない苦しみを味わされてきた。 それでも「ひたすら必死に頑張るのみ。ただ1日でも長くゲームをやれたらいいかな」と気負わない。ネバーギブアップ。 その信念を貫き通した者を勝利の女神が見放すはずがない。 投手 光る勝利の方程式 南埼玉大会では森−高島の継投が勝利の方程式となった。初戦の2回戦以外、すべて先発森、2番手高島のパターン。 防御率は森が1.80、高島が1.42と安定感は抜群だ。準々決勝の埼玉栄戦では、1点差のゲームをものにするなど、 大崩することなく我慢強く投げられるのが持ち味だ。 森は最速130キロ台後半の直球を内外角に集め、カーブやスライダー、フォークなど多彩な変化球を操る。 打たせて取るスタイルだが三振も狙え、30回投げて26奪三振。立ち上がりも安定しているのも強みだ。 高島も最速130キロ台後半の直球にスライダーなどの変化球が切れる。立教新座との決勝では、6回から継投し、 無失点でほぼ完璧に抑える内容だった。 3番手には左腕勝が控える。南大会では登板はなかったが、打者を背負ってからも粘り強いのが特徴だ。 守備 強肩、連係も安定 この堅い守備なくして3連覇の偉業はあり得なかった。南埼玉大会は6試合で5失策だが、記録以上に安定していた。 バックが投手陣をしっかり支えたことが、1・2点差の接戦を制した大きな一因として挙げられる。 5失策のうち遊撃手の坂本が4失策したものの、併殺を狙っての積極的なミスも含まれており、数字ほどの不安要素はない。 昨夏の二塁手として甲子園で先発した主将の三塁手の三角が内野陣を引っ張る。二塁手の鼻田と遊撃手の坂本は フィールディングも軽く、一塁手の島津と合わせて併殺の連係は安定している。 外野は長谷川・伊東・山谷といずれも50m走6秒台と俊足。遠投105mの山谷を中心に肩も強く、甲子園の浜風や 広い守備範囲にも十分対応出来そうだ。 捕手の福士のリードも的確。遠投115mという強肩で盗塁を阻止する。 攻撃 勝負強さに粘りも 例年に比べ爆発力こそないものの、ここ1番を逃がさない勝負強さが武器だ。接戦に負けない粘り強さも兼ね備え、 チーム打率は3割3分3厘。機動力も駆使して、つないで1点をもぎ取るしぶとい野球に徹する。 1番坂本は打率3割9分1厘でシュアな打撃の好打者。2番鼻田が確実に送り、3−5番の主軸で返す形が機能している。 打率3割3分3厘の島津、4割3分4厘の山谷、3割5分3厘の三角の3人で計19打点とチーム37打点の半分以上を たたき出している。 下位も力強い。福士は打率2割8分6厘ながら1本塁打6打点。伊東は3割5分3厘、長谷川も3割1分6厘と粒ぞろい。 先発メンバー全員が50m走6秒台と足でも揺さぶる。 三振数は6試合で11と少なく、35四死球と制球眼もある。 代打の佐藤は2打数2安打1打点とチャンスに強い好打者だ。 2008年8月7日 埼玉新聞掲載 |
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| 強敵撃破へ気合十分 浦学、きょう横浜と初戦 横浜との初戦を翌日に控えたチームは6日、午後1時から2時間、伊丹市の伊丹スポーツセンターで練習。 森監督や選手たちは時折笑顔ものぞかせ、終始リラックスした様子だった。 シートノック後に行われた打撃練習では攻撃陣が軒並み好調で、鋭い打球を連発していた。横浜の左腕エース土屋対策も 万全のようで、左打者の島津は「左投手の対策はずっとやってきた。低めの変化球やボール球を振らされないように、 甘い球を一発で仕留めたい」と話し、伊東も「打倒横浜でいく」と闘争心をみなぎらせた。 スイッチヒッターも含め左打者が上位7人を占める横浜打線に対して、森・高島の投手陣がいかに最少失点で抑えられるかが 焦点になる。 接戦になれば十分勝機を見いだせるだけに、高島と森は気合十分だ。それぞれブルペンで約30球投げ、調整は順調の様子。 森は「きのう、きょうと調子がいい。横浜対策は十分やってきたし、あとは試合をやるだけ」と言い、高島も「内容は気にせず、 挑戦者のつもりで全力で立ち向かっていく」と誓った。 主将の三角は「今までやってきた集大成を明日の試合の2時間に発揮したい。目の前の相手を倒すだけ。自信はある」と 力強く初戦を見据えた。 2008年8月7日 埼玉新聞掲載 |
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| きょう初戦 監督対談 浦和学院 森監督「粘り強く終盤逆転」 横浜 渡辺監督 「先取点挙げ大胆に」 浦和学院は7日、同校にとって4年ぶりの初戦突破をかけ、春夏計5回の優勝を誇る横浜(南神奈川)と対戦する。 浦和学院・森士、横浜・渡辺元智両監督に意気込みを聞いた。 チームの特徴は 森監督:突出した選手はいないが、粘り強さが身上だ。足を使ってつないでいく野球で、高校野球らしいチームだと思う。 渡辺監督:超高校級のスター選手はいない。好機を作って土屋・筒香につなげる。地方大会では2人がもうひとつで、脇役が頑張った。 相手校の印象は 森監督:歴史ある強豪だと思う。練習試合もしているが、昨年の経験者も残っていて、 投攻守の三拍子がそろったバランスの良いチームだ。 渡辺監督:非常に鍛えられていて、コツコツとつないで粘り強い野球をやってくる。 こういうチームは高校野球では警戒しないといけない。 相手のキーマンは 森監督:エースの土屋君。多くの三振を取られるかも知れないが、好投手でも甘い球は必ず来る。 その球を確実に狙うように指示したい。 渡辺監督:継投で来るだろう。森君はスライダーなど変化球をしっかり覚えている。 甲子園での出来がどうか見極める洞察力が必要だ。 自チームのキーマンは 森監督:継投を含めた投手陣だ。攻撃では足も絡めていければと思う。 渡辺監督:投手の土屋の投打と、打者では筒香だ。 どう戦いたいか 森監督:先行されても粘り強く食らいつき、終盤で逆転できれば。 渡辺監督:先取点が欲しい。運良く先に1・2点取れれば大胆にいける。 何点勝負になりそうか 森監督:3〜5点の勝負になると思う。失点は3点程度に抑えたい。 渡辺監督:3・4・5点とは思うが、読めない。 |
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| 8月4日 打撃陣が好調維持 横浜想定し実践練習 チームは4日午後1時から2時間、伊丹スポーツセンターで調整。この日はシートノックなどのほか、3日後に迫った 初戦をにらんだ実戦形式の練習にも取り組んだ。 森監督は仕上がり具合について「まだまだだね」と話しながらも、打撃陣は好調を維持。伊東や長谷川など クリーンアップ以外の選手たちも、鋭い打球を飛ばしていた。 実戦形式の練習では森と高島が登板。森は内角を攻めきれず、高島も長打を浴びるなど内容的にはいまひとつだった。 初戦の相手となる横浜は左打者をずらりと揃える。スイッチヒッターを含めると上位7人が左。南神奈川大会では 本塁打こそ出なかったものの、機動力を絡めて得点を奪いにくる。 高島は「変化球が有効に使えるので左打者はそんなに気にならない」と言う。 注意すべき打者には主軸の3人を挙げた。中でも3番の松本はチームトップの三塁打3本、10打点をマーークした好打者だ。 さらに高島は「打つだけでなく、足も絡めてくるので揺さぶられないように意識してやりたい」と注意点を挙げた。 先発が予想される森は「左打者にはちょっと苦手意識もあるけど、対策も十分練っているので本番は大丈夫だと思う」と話していた。 2008年8月5日 埼玉新聞掲載 |
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| 8月3日 7日横浜戦 左腕想定し打撃練習 エース高島は順調に調整 チームは3日午後1時から2時間、兵庫県西宮市の大阪ガス今津総合グラウンドで練習した。 初戦で対戦する横浜の左腕エース土屋を想定し、左投手を起用した打撃練習では、軒並み選手たちは快音を響かせていた。 特に森監督が「キーマン」として挙げる3番島津、4番山谷の左打者が左投手を意に介さない好調ぶり。 山谷は「土屋は外角のスライダーとストレートがいいので、しっかり踏み込んで打ちにいくように心がけている。 左投手に苦手意識を持っているようでは勝負にならない。打って慣れていくしかない」と頼もしい口ぶりだ。 ただ、土屋は屈指の左腕だけに「足もしっかり絡めて、ゆさぶらないといけない」と警戒も怠っていなかった。 斬り込み隊長の坂本は「自分がいかに塁に出るか。フライを上げたら終わり。出塁したら全部次の塁を狙ってやりますよ」と 腕白そうな笑顔で気合十分だ。 ブルペンではエース高島が好調ぶりをアピール。この日は45球投げ直球・変化球ともに低めに集めていた。 「体の開きが少し早かったので修正したら良くなった」と納得のいく表情を見せた。 2008年8月4日 埼玉新聞掲載 |
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| 8月2日 堂々入場行進 第90回全国高校野球選手権記念大会が2日に開幕し、県代表の浦和学院と本庄一が堂々の入場行進をした。 満員のスタンドから大きな拍手を浴びた選手は、「楽しんで歩けた」「甲子園は広い」と興奮気味に感想を話していた。 10回目の夏の甲子園となる浦和学院は「イチ、イチ、イッチニー」のかけ声に合わせて、甲子園の土を力強く踏みしめた。 三角大樹主将は「みんな緊張していなかった。早く試合をしたいという気持ちが高まってきた」。 プラカードを持った市立西宮高校2年の新田さんは幼稚園まで所沢市に住んでいた。「埼玉の高校の先導が出来てうれしかった。 ぜひ、浦和学院の試合を観に行きたい」と話した。 2008年8月3日 朝日新聞埼玉版掲載 10度目出場に「感無量」 「感無量です」。開会式を一塁側の内野席で見守った森監督は開口一番に言った。 何度も甲子園の舞台に立っているが、それでも「やっぱり感動するね」と上機嫌だ。 入場行進でナインが登場すると、バックスクリーンの画面には「3年連続10度目の出場」の文字。 「あれはうれしかった。出場が2ケタになった節目だしね」とニッコリ。 選手たちの行進には観客からひときわ大きな拍手が起こり「なんでかな」と首をかしげながらも笑顔が絶えなかった。 開会式を終えたチームは午後2時半から約3時間半、兵庫県尼崎市の市立尼崎高校でみっちり練習。 森監督は「セレモニーは終わった。打倒横浜で闘争心を出していこう」と初戦に向けてすぐに気持ちを切り替えていた。 練習では内野守備の連係確認やシートノックなどを行い、打撃練習ではこの日も横浜の左腕エース土屋を想定して 左の打撃投手を起用。右打者の三角が良い当たりを連発していたが、「たまたま当たっただけ。調子がいい時は逆方向に もっと打球が飛ぶんです」と納得していなかった。ブルペンでは高島と森がそれぞれ約30球投げた。 主将でもある三角は、「開会式で浮かれた気分は全くない。これからは実戦形式でしっかり調整したい」と気合十分だった。 決意新たに「まず1勝」森大 あれから1年。浦和学院の森大が夢舞台に再び戻ってきた。 開会式で堂々の入場行進。「お客さんの数がすごかったですね。でも緊張はしなかった」と頼もしい受け答えだ。 森監督の長男は昨夏、2年生ながらメンバー入りし初めての甲子園を訪れた。 その際、「全国制覇するのが最高の親孝行だと思う」と力強く言った。しかし初戦の前橋商(群馬)に敗れ、 自身もマウンドに立つことはなかった。 昨年は先輩たちに連れてきて貰ったという意識が強かったが、今年は違う。自分たちの力でもぎ取った舞台だ。 「父親を甲子園に連れて行きたい」といつも言っていた。まさに有言実行した。 チームは2年連続初戦敗退の辛酸をなめている。「まずは1勝したい。そして全国制覇です」。 昨夏の思いは今も変わらない。最後の夏。大の本当の挑戦が始まる 2008年8月3日 埼玉新聞掲載 |
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| 8月2日 熱戦今日開幕 早くも戦闘モード 開会式前日に行われたリハーサルでは、3年連続の出場とだけあって堂々とした様子。 昨夏も開会式で甲子園に立った森は「去年は先輩たちに連れてきて貰ったので、やっぱり自分たちの力で甲子園に 出られるのは良いですね」と余裕の表情。 入場行進の練習では主砲の山谷が掛け声を担当。「自分が真ん中にいたから」と笑いながらも、 昨夏はテレビで開会式の様子を見ただけに、初の夢舞台にうれしそうだ。 初戦の相手は屈指の左腕土屋を擁する横浜。「土屋から打ちたいですね」と早くも戦闘モードに入っていた。 リハーサル後、チームは午後3時から約2時間、西宮市の仁川学院高校で練習し、高島と森が約40球投げた。 「調子が良い」と話す森に対し、高島は「自分は普通です」と苦笑い。 打撃練習では土屋対策として打撃投手に左の投手を起用。右打者の鼻田が力強いスイングで快音を響かせ、 「右打者が頑張らないと」と気合十分。左の山谷や島津も鋭い当たりを連発し調子は良いようだ。 森監督は「開会式は通過点。初戦は第6日なので、それまで間延びしないようにしっかり調整したい」と話した。 2008年8月2日 埼玉新聞掲載 主将の意気込み 三角大樹主将 一戦必勝で目の前の相手に集中するのみ。足でかき回したい。 2008年8月2日 朝日新聞掲載 |
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| 8月1日 甲子園で開会式リハーサル 南から順に行進練習 2日に開幕する第90回全国高校野球選手権大会の開会式リハーサルが1日午前、兵庫県西宮市の甲子園球場で行われた。 晴れ渡った真夏の青空の下、入場行進は昨夏に初優勝した佐賀北(佐賀)を先頭に浦添商(沖縄)鹿児島実(鹿児島)と 南から北の順に続いた。最後に駒大岩見沢(北北海道)が登場し、出場55校が甲子園の土を踏みしめた。 希望者の中から選ばれた選手宣誓は、福知山成美(京都)の椎葉一勲主将が元気な声で練習を行った。 金属探知機で検査実施 甲子園球場の入場門で 第90回全国高校野球選手権大会の大会本部は1日、選手や入場者の安全を確保するため、大会全日程を通じて 甲子園球場12カ所の入場門で金属探知機によるチェックと手荷物検査を実施すると発表した。 大会本部は「通り魔事件も多発しており、何かが起こってからでは遅いので警備を強化した」と導入の理由を説明した。 |
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| 8月1日 テレ玉 PM6:00〜7:00 高校野球壮行特番 甲子園で埼玉旋風を巻き起こせ! 〜本庄第一・浦和学院〜 |
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対戦校 横浜高校南神奈川大会データ
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| 7月30日 甲子園入り 浦学球場を下調べ 第90回全国高校野球選手権記念大会に出場する浦和学院の選手が30日、甲子園に向け地元を出発した。 南埼玉代表の浦和学院はこの日午前7時過ぎにJR南浦和駅を出発し、昼過ぎに兵庫県伊丹市の宿舎に到着。 午後から甲子園見学をした。 今年は全国大会までの日数が少ないため、ノックやキャッチボールなどは行われず、守備位置に立って10分ほど 感触を確かめるだけに。 左翼手の長谷川樹(3年)は「ファウルゾーンは狭いけど、風が強いので注意しないといけない」。 三塁手の三角大樹主将(同)は「(改修前の)昨年より内野が狭くなったように感じるので、守り方の工夫を伝えたい」と話した。 2008年7月31日 朝日新聞 埼玉版掲載 浦和学院「いよいよ」気合い十分 夏は10度目の出場となる浦和学院は午前中に関西入り。 午後3時半から例年の甲子園練習に代わって実施される甲子園見学に参加した。 森士監督は「大阪に乗り込んできて、すぐに甲子園を見学できたのは良かった。いよいよという感じだね」と 気合十分の様子だった。 2008年7月31日 埼玉新聞掲載 父子鷹しっかりチェック 第90回全国高校野球選手権大会(8月2日から17日間)に出場する代表校の甲子園見学第2日が30日、行われた。 マウンドや打席の感触を確かめる浦和学院・森大投手(3年)に、父の森士監督が打席に入ったりマウンドに立ったりと“お手伝い”。 父子鷹でしっかりとチェックした。初戦(大会6日目の第3試合)の相手は春の練習試合で3−9、0−4と惨敗した横浜。 森監督は「ノーヒットでも点をとれるような野球をする」と意気込みを語った。 2008年7月31日 サンスポ掲載 |
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| 7月29日 知事表敬 浦和学院 一戦必勝でひたむきに 2日に開幕する第90回高校野球選手権記念大会に出場する南埼玉代表の浦和学院と、北埼玉代表の本庄一が 29日、上田清司知事を表敬訪問。上田知事は「埼玉勢で優勝争いできればうれしい」と両校にエールを送った。 浦和学院は小沢友紀雄校長、高間薫部長代理、森士監督、三角大樹主将、森大副主将、本庄一は高階良雄校長、 山浦秀一部長、須長三郎監督、氏原重雄主将、木部翔馬副主将が訪問。県高野連の長谷川清司会長、田中信理事長も訪れた。 春夏を通じて初出場の本庄一と、夏10度目の浦和学院。上田知事は「新進気鋭と常連はうれしい顔合わせ。埼玉では インターハイも開催され、埼玉西武や浦和レッズ、大宮アルディージャも元気。そういううねりの中甲子園でも活躍して欲しい」と 激励した。 浦和学院の三角主将は「県代表として一戦必勝でひたむきにプレーしたい」と答え、本庄一の氏原主将は 「胸を張ってはつらつとプレーしたい」と誓った。 浦和学院の森監督は「激励の言葉を胸に秘めて大会に向かっていきたい」と話し、本庄一の須長監督は「ここに来てやっと 勝ったんだという実感が湧いてきた。期待されているので頑張りたい」と意気込みを語った。 浦和学院は同日、さいたま市の小宮義夫副市長らも表敬。小宮副市長は「森投手は自分と同じ大谷口中学出身なので、 大変応援している。甲子園でも独自の粘り腰を発揮して欲しい」と激励した。 2校とも30日に大阪入りする予定。 2008年7月30日 埼玉新聞掲載 |
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| 浦学だより 7月28日 先輩以上の結果を 甲子園メンバー18人決定 チームは28日、同校のグラウンドで甲子園メンバー18人を発表。森監督が部員の前で登録選手を読み上げ、 1人1人と固い握手を交わした。森監督は「夢を託されたメンバーは頑張ってほしい」と激励。 主将の三角は「チームが1つになって、すべての力を出し切るので応援よろしくお願いします」とメンバー外の部員にあいさつした。 継投が必勝パターンとなった高島と森の2枚看板は高島が背番号1、森が10番。 ポジション別では投手が4人、捕手が2人、内野手・外野手がそれぞれ6人。先発メンバーは南埼玉大会と同じ顔ぶれになった。 この日は、午前と午後に分かれて練習。内野守備に連係やシートノック、打撃練習を行い、高島と森はそれぞれブルペンで 数十球を投げた。森は「疲れはほとんどない。甲子園では自分の投球をして、まずは1勝したい」と話した。 初戦の相手は春夏連続出場となる横浜。高島は「背番号1の責任感を持って悔いのない戦いをしたい」と意気込んだ。 29日は北埼玉代表の本庄一とともに上田知事や県議会への表敬訪問を行い、30日大阪入りする。 浦和学院 登録メンバー 責任教師:安保隆示 監 督:森 士
大会までに変更になる場合もあります |
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| 7月31日 NHK首都圏ネットワーク(18:10〜19:00) 高校野球出場校紹介のコーナーで 浦和学院高校野球部が紹介されます なお、都合により変更になることもあります |
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| 浦学だより 7月27日 県内史上初めて夏の甲子園3年連続出場を決めた浦和学院は27日、同校グラウンドで軽めの調整。 午前中は甲子園に向け新しいユニホームのサイズ合わせなどを行い、午後は体をほぐすなどして戦いの疲れを癒した。 立教新座との決勝から一夜明け、森監督は「対戦相手もすでに決まっていて、ほっとしている暇もない感じ。 でも逆に樹が引き締まっていいかもしれない」と話す。 初戦の相手は強豪の横浜。「相手が相手だからね。とにかく1つずつ勝っていくだけ」と10度目の甲子園へ一戦必勝を誓った。 |
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| 浦学応援バスツアー 浦和学院高校公式サイト 1回戦 めざせ全国制覇 浦和学院高等学校 応援バス 8月7日 13:30 Vs横浜高校
★旅行代金に含まれているもの 貸し切りバス代・有料道路代・食事2回・入浴代・アルプス席入場券・ 応援セット(メガホン・帽子・Tシャツ)・添乗員経費・傷害保険(主催旅行保険) 全行程添乗員が同行 集合場所:浦和学院専門学校 集合時間:8月6日 午後8時30分 募集人員:200人 最少催行人員:40人 受付最少人員:1人(基本的に2人座席) 注意事項 @出発後雨天等で試合中止になった場合、旅行代金の全額または、一部払い戻しは出来ません A出発後、翌日に日程変更の場合、原則として全員宿泊 但し、宿泊料金は各自負担 宿泊の斡旋はJTB B長距離移動に加え、炎天下での応援となりますので、18歳未満の方、 65歳以上の方は必ず同伴者との申し込み C都合により帰京する場合は各自で交通費負担 D1泊分の準備・雨具・バス車内用のバスタオル・洗面用具の準備をお奨めします E埼玉帰着は深夜となります。解散後の交通費は各自負担 申し込み・問い合わせ:浦和学院甲子園応援デスク 048−645−3003 受付開始:7月28日 10:00〜 受付時間 9:30〜17:30 担当 足立・丸山・大神田・佃 JTB首都圏法人営業埼玉支店 尚、この応援ツアーに関しましてはこのサイトは一切関係ありません |
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| 甲子園応援グッズ販売 スポーツタオル:550円 応援セット(メガホン・帽子)840円 Tシャツ:1260円 販売場所:浦和学院高校学校事務室 平日 9:00〜16:00 |
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| 第90回全国高等学校野球手権記念南北埼玉大会 南北埼玉大会トーナメント表 |
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県大会 個人成績
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| 南埼玉大会を振り返って 浦学、基本重視で頂点 好投手投げ合い目立つ 浦和学院の県勢初となる、3年連続の夏の甲子園出場で南埼玉大会は幕を閉じた。 選抜大会準優勝の聖望学園が初戦で敗れるという波乱含みの大会を制した秘訣は、基本に忠実なところにあった。 打率は3割3分程度と、決して例年の様な強打に恵まれたわけではない。だが、決勝の初回に見せた3連打のように、 「ここぞ」というときに、一気に畳みかける力があった。勝負どころで確実に犠打を決める力やノックで鍛え上げた堅守は、 他の追随を許さなかった。 森から高島につなぐ継投策もはまり、1試合平均の失点は2を下回った。 準優勝の立教新座も、エース岡部を中心にまとまった好チームだった。藤や木村ら中心打者はまだ2年生だ。 来年への期待を持たせた。 |
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| 浦和学院初のV3 連覇の数だけ3度浦和学院の森士監督が宙に舞った。過去3年連続夏の甲子園出場に挑戦した熊谷商、 そして和田監督時代の浦和学院が成し遂げ慣れなかった偉業を゛“森浦学”が達成した。夏の大会20連勝。まさに王者だ。 すごみある先制劇だった。立教新座の右腕岡部に対し、1回一死から2番鼻田・3番島津が連打。続く4番山谷が痛烈に 右中間を破る2点三塁打を放つと、5番三角がすかさず犠飛。あっという間に3点を先制し、試合の流れを決めた。 森監督は就任後、初優勝した76回大会(1994年)から、この15年間で決勝に10度進み、今回で8度目の頂点に立った。 それだけの選手が集まっているから。それは正論。しかし、それだけでは勝てないのも高校野球。 「一生懸命泥臭く、ひたむきに。それに勝てるものはない」。森か野Tくは自身の野球信条を問われるとそう答えた。 今年のチームは例年のように傑出した選手はいないが、森監督は「高校野球の原点」と言った。「各自が自分に負けず、 最高のパフォーマンスを発揮しなければ勝てない。チームと仲間を意識し、苦しみ、喜びを分かち合い、束になって向かっていく。 最終的に1つになった絆が勝てた秘訣」。勝利への執念とチーム一丸。森監督の原点ともいえる「ど根性野球」での3連覇だった。 一球に込めた闘志 「ウワーッ」。歓喜の声を上げながら部員が駆け寄る先には高島がいた。4回を無失点に抑え、今大会初安打を放った。 「努力してきて良かった」と拳を握り、誇らしげに点を仰いだ。「後は頼むぞ」と森に送り出された。「抑えるから」と答え、 6回にマウンドに立った。2点リードも「負けたら1回戦負けと一緒」。闘志むき出しで一球一球を投げた。いきなり連続三振。 打っても7回の内野安打で今大会初ヒット。9回は左中間に適時二塁打した。 出身は長野県。「県外の強いチームでやりたかった」と浦和学院を選んだ。昨夏は甲子園メンバーから外れた。 地元からは松商学園が出場。そこに、シニア時代の仲間の姿があった。「負けたくない」と刺激を受けた。 だが、秋は準々決勝の聖望学園戦で先発で登板、コールド負けを喫した。 そこで目が覚めた。毎朝7キロの走り込み、中距離ダッシュに腹筋1000回。夜の11時まで野球漬け。 間食を止め、生活態度も改めた。「気の緩みは大事な場面で出る」との森監督の言葉を信じ、どんな細かい部の規律も守った。 森が先発、高島がリリーフのパターンは6月中旬から。それまで先発も任されていたが、「勝ちにこだわった。自分の立ち上がりの 悪さを(森)大が補ってくれる」と受け入れた。 グラウンドでは涙を見せなかった高島が、仲間の元では目を潤ませた。 苦楽をともにした球友の前でやっと背番号「1」の重圧が解けたのか。「甲子園では初戦突破を目指します」と飛躍を誓った。 4番が大舞台で真価 1回に浦和学院の4番山谷が先制の2点三塁打を放ち、試合の流れをぐっと引き寄せた。 優勝の立役者は「自分の仕事が出来て良かった」と胸をなで下ろした。 試合前のミーティングで「相手は立ち上がりが悪い。そこをとらえろ」と指示された。その通りにめぐってきたチャンス。 「来た球をぶっつぶしてやろう」と意気込んで打席に向かった。 初球ボールの後の2球目。岡部の直球が高めに浮いた。「ここだ」。バットを思い切り振り抜いた打球は、右中間を転々。 その間に夢中で塁を駆け抜け、ヘッドスライディングで3塁に到達した。「勢いをつけたかった」とユニホームをどろだらけにして 放った一打が、チームを勢いづかせた。 多くのプロ野球選手を輩出するなど、「強打」のイメージが強い浦和学院の4番打者。「自分はあくまで4番目の打者」と冷静だが、 「役割を果たせなかった試合もあった」と大会を振り返る。その悔しさを晴らす大舞台での一撃。 笑顔のヒーローは「甲子園でも自分の役割をしっかり果たしたい」と誓った。 自慢の俊足でチームに活気 1・2打席目は凡打に倒れるなど、調子が悪かった浦和学院の伊東。だが、「目立ったプレーは出来なかったけれど、 目立たないところでプレッシャーをかけられた」と胸を張った。 チームの流れが停滞気味になった6回に回ってきた3打席目。「仕留めてやろう」と思っていた直球を右前に運び出塁すると、 自慢の俊足を生かし、盗塁と敵失で3塁へ。打線がつながらず、得点にはならなかったが、チームに活気を呼び戻した。 優勝が決まった瞬間、今までのつらい練習を思い出し「大泣きでした」と照れたが、初戦の相手となる横浜高へは 「ぶち当たって食らいついていきます」と表情を引き締めた。 悔しさバネに栄光勝ち取る 4回に二塁打を放った浦和学院の長谷川。「1打席目はスライダーに立ち遅れてしまったので、気持ちを切り替えた。 1球に集中し、食らいつくつもりで打席に立った」。外角の直球を振り抜くと、打球は左翼線への大飛球となり、チームを勢いづけた。 秋の大会は聖望にコールド負け。悔しさを胸に「気持ちを強く持とう」と、1日1000回の素振りや冬場の厳しい練習にも耐えてきた。 血のにじむような努力の末、勝ち取った栄冠。「めちゃめちゃうれしい」と満面の笑みを浮かべる長谷川。 「甲子園では勝ち急がずに1球に集中し、全力プレーで臨みたい」とキッパリ。 森士監督−森大投手 親子鷹が夢舞台へ 親子鷹が決勝の晴れ舞台で大きく羽ばたいた。森士監督の長男・森大は、5回を4安打1失点に抑える力投。 先発の重責を見事に果たし、高島へとつなぐ勝利の方程式で3連覇の偉業を成し遂げた。 幼稚園のころから、甲子園で浦学を指揮する父の姿を目に焼き付けてきた。「家では気楽に話せる優しい父だが、 グラウンドに出れば別世界の人。すごい監督だと思う」。浦学に入り、尊敬する父を甲子園へ連れて行きたい。 次第にその思いは強くなった。 そして念願の浦学へ。入学前、森監督から「同じレベルなら、他の選手を使うぞ」とくぎを刺された。人一倍厳しくされ、 仲間の前でよく怒鳴られもした。それでも大は「それを承知で大好きな浦学に入った。辞めようと思ったことはない」と振り返る。 一方、森監督は「ユニホームを着れば、親も子も関係ない。全員が息子だと思っている」とするも、好投した長男を 「コツコツと努力してきた成果が出てきたかな」と照れくさそうにたたえた。 父と甲子園行きの切符を手にした大は「とにかくホッとしている」と喜びより安堵の表情。甲子園では2年連続初戦敗退という 悔しさがあるからだ。「甲子園で1勝して初めて父に喜んで貰えると思う」。親子のきずなで初戦突破を目指す。 横浜と対戦が決まり「全力で戦う」 初戦の相手が競合の横浜に決まったことについて、森監督は「強い相手に当たってしまって。抽選(運)良くないからなぁ」と 優勝の余韻もつかの間、現実に引き戻されたようだった。 それでも「(南埼玉大会も)激戦の組合せだったので、目の前のことをしっかりやって同じように立ち向かっていくだけです」と 力強く大舞台を見据えた。 ナインのひと言
2008年7月27日 埼玉新聞掲載 |
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| 3度届いた浦学の夏 「ご苦労さま」はまだ 県内初となる夏の甲子園3年連続出場の悲願に向け、スタンドからは猛暑を吹き飛ばすほど強力な援護射撃が発射され続けた。 1回に3点先取もあとは無得点。3回には1点を返されたナインを、前主将の阿部雅人さんは「きれい事はいらない。 泥臭くいくだけ」と鼓舞。だが得点機を生かせず3−1のまま8回へ。「めざせ甲子園」と書き込んだメガホンを手に奮闘するナインを 阿部ゆりなちゃんは見つめる。ナインはもちろん、スタンドの兄良亮も「がんばってほしい」。 吹奏楽部OGの水垣さんはトランペット片手に「さっきまで部員と吹いていました。野球応援が大好きで、来ると現役の時の 気持ちになる」とにっこり。 転機は9回二死1塁。高島の二塁打で1点追加。その裏も高島が抑えて、4−1で試合終了。 ナインとともに喜びを爆発させたスタンド。 坂本一将遊撃手の母幸子さんの胸には昨年5月に急逝した夫貢さんの写真。「お父さんもきっと喜んでいる」。 とめどなく涙があふれた。 試合後、森士監督の妻で大投手の母の志奈子さんは「(2人には)『(甲子園に)長くいさせて』と言おうと思います。 ご苦労さまはまだ言いませんよ」とほほ笑んだ。 2008年7月27日 埼玉新聞掲載 |
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| 浦学初の3連続V 反撃のすき与えず逃げ切る 浦和学院が立教新座のエース岡部の立ち上がりを攻め、長短3安打と犠飛で3点を奪い、主導権を握って逃げ切った。 浦和学院は初回、一死から鼻田・島津が安打で出塁して1・2塁。続く山谷が右中間三塁打を放ち、2点を先制した。 さらに三角の中犠飛で3点目を挙げた。9回には二死から内野安打で福士が出塁。高島の左中間二塁打で1塁から一気に生還し、 試合を決定づけた。 森は1回、先頭打者にいきなり四球を与えた。しかし浮き足立つことなく後続を断った。5回で降板するまでに4安打1失点と好投し、 6回から救援した高島も4回を1安打に抑えた。 立教新座の岡部は2回以降立ち直り、8回まで無失点と粘りの投球を見せた。打線の援護を待ったが、 3回に藤の右越え本塁打で1点を返すにとどまり、最後まで相手の2投手を打ち崩せなかった。
親子で「甲子園」気配り料理にも 監督の妻 志奈子さん 浦和学院側スタンドでは、森士監督の妻志奈子さんが、赤のメガホンを握りしめながらグラウンドを見つめていた。 視線の先には先発した長男の大がいた。 家で監督でもある士さんに選手としてたしなめられている姿を見ると、「野球のことは学校で終わらせてきてよ」と言いながらも。 ほほえましく見守ってきたという。 特に気をつけていたのは料理だ。夏バテしないようにショウガを多く使ったり、カロリー計算したり。 家では気楽に過ごせるよう気配りをするなど家族全員で甲子園を目指してきた。 本塁打で1点を許した大を見て「ひやりとしたけど、チームに助けられているからきっと大丈夫」と話し、 優勝が決まると「先輩たちの夢がまたつながった。今年こそは1勝して」とエールを送った。 両校の健闘たたえる 閉会式 この日の県営大宮球場のスタンドは土曜日あって、約1万8千人の観客で埋まった。 閉会式では、優勝した浦和学院の三角大樹主将らに優勝旗と賞状、盾が手渡された。 準優勝の立教新座の野澤浩貴主将らにも、賞状と盾が贈られると、温かな拍手が沸き上がった。 県高野連の長谷川清司会長は「3年連続出場の浦和学院には、優勝旗を埼玉に持って帰って欲しい。 敗れた立教新座の戦いは見事でした」と両校の健闘をたたえた。 初戦相手は横浜 球場で抽選会 試合直後にホームベース近くで行われた甲子園での全国大会の組合せ抽選会で、浦和学院の三角大樹主将は 「41」番の札を引き当てた。 大会6日目の第3試合だ。しかし、この時点では相手校の欄はまだ空欄。見守っていたスタンドの観客からはため息が漏れた。 しかし、閉会式直後、対戦相手がこの日南神奈川大会で優勝した横浜に決まった。 |
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| 2008夏 粘り強さ 大敗バネに 派手な本塁打はいらない。その分しぶとくつないで勝つ。今年の浦和学院にはそんな芯の強さがある。 それは、初回の攻めに現れた。一死後、鼻田真也から山谷俊樹まで3連続長短打で2点を先制。続く三角大樹主将の中犠飛で、 相手にとっては手痛い1点を加えた。 鼻田は連投で疲れの見える立教新座のエース岡部賢也に7球投げさせた末、中前安打を放った。 「岡部君の不安定な立ち上がりを突く作戦が、チーム全体に行き渡った結果だ」と喜んだ。 9回には、二死から下位打線にもかかわらず、相手の反撃の気をそぐ1点を加えた。三角主将は「中盤は点を取れなかったけど、 チーム全体が集中力を切らさなかった」。 この試合も森大から高嶋政伸へとつなぎ、立教新座の継投策をとった。藤卓哉(2年)に本塁打を打たれたもののその他は、 3塁を踏ませなかった。 森士監督は「高校野球らしいチームになった」と、選手の成長に目を細める。 終わってみれば、巧みな試合運びで、3年連続の甲子園を掴んだ。しかし、道のりは決して平坦ではなかった。 赤坂和幸(現中日)ら昨夏の主力選手の大半が抜け、新チームで挑んだ秋の大会は聖望学園にコールドで敗れた。 春の県大会も準決勝で市立川越に競り負けた。 「どうしたら勝てるのか」 春の県大会の後、選手たちは、夏に向けて寝る間も惜しんで猛練習したという。三角主将は「あの頃が1番辛かった」。 粘り強さはこうして培われた。 投攻守のバランス、そして何より、点を取られたら取り返す。浦和学院の選手たちは実践して栄冠を掴んだ。 三角主将は「次は甲子園。これまで通り、目の前の相手を倒すことだけに集中したい」と目標を次に切り替えた。 2008年7月27日 朝日新聞埼玉版掲載 |
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| 浦和学院 立教新座を破り、3年連続の甲子園へ 第90回全国高校野球選手権記念南埼玉大会の決勝が26日正午から県営大宮球場であり、浦和学院が立教新座を 4−1で破り、県勢初の3年連続の甲子園出場を決めた。 初回一死1・2塁から山谷の三塁打で2点を先制、さらに三角の中犠飛で追加点を挙げた。9回にも加点し、 この日も森・高島の継投で逃げ切った。 勝負強い打撃と、継投策で勝ち進んできた浦和学院。準々決勝では埼玉栄に3−2と競り勝った。 準決勝の浦和実戦も小刻みに点を重ねた。 2008年7月26日 朝日新聞 号外 |
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| “浦学父子鷹”でつかんだ甲子園切符 高校野球地方大会の南埼玉は浦和学院が1回に3点を先制すると継投で反撃を抑え、3年連続の甲子園出場を決めた。 全6試合で先発した右腕森大は森士監督の長男。 この日も5回を1失点に抑え、監督も「日に日にたくましくなっている」と成長を評価した。 「高校に入った時から父ではなく監督と思っている」と話す森大は「甲子園で勝って監督に恩返しがしたい」と活躍を誓った。 |
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| 浦学院高校 優勝 (3年連続10回目) 県内史上初の3連覇達成! 甲子園出場決定! 決勝 7月26日 浦和学院4−1立教新座
【立】岡部−野澤 ▼二塁打 坂本 長谷川 高島(浦) 藤(立) ▼三塁打 山谷(浦) ▼本塁打 藤(立) 浦和学院が先手必勝で立教新座に快勝した。 浦和学院は1回、立教新座のエース岡部の立ち上がりを攻め、3連打と犠飛で3点を先制した。 一死から鼻田・島津が連打を放つと、山谷が右中間越えの2点三塁打。続く三角が犠飛と電光石火の攻撃だった。 その後はなかなか追加点を奪えなかったが、9回に高島のタイムリー二塁打でダメを押した。 先発の森はカーブがよく落ち、5回を1失点。継投した高島は直球に伸び、スライダーにも切れがあり、4回を内野安打1本と、 今大会1番の出来だった。 立教新座の岡部は立ち上がり、球が高めに浮いたところを痛打された。3回無死1・2塁のピンチを脱した後は、 立ち直り、バックも堅守で盛り立てた。打線は3回に放った藤のソロ本塁打の1点のみ。 5回までは好機を作ったが、森のカーブを打てず、6回以降は高島に抑えられた。
ハイライト 一人一役全員が主役 「目の前の敵を倒すだけ」。それは主将の三角の口癖。大会前に3連覇への意気込みを聞いても、対戦相手について尋ねても、 答えはいつも一緒だった。「自分たちは弱いから」。その思いが三角を、ナインを突き動かしてきた。 浦和学院が境内史上初めて、夏の甲子園3年連続出場の偉業を成し遂げた。「みんなが1つになって相乗効果を発揮できた。 絆のように上手くかみ合った」。森監督の表情は穏やかだ。 全ては昨秋の県大会準々決勝から始まった。今春の選抜大会準優勝の聖望学園に7回コールド負け。 昨夏も甲子園に出場し、新チームのスタートは遅れたが、それでも屈辱的な敗戦だった。 先輩たちにコールド負けという経験はほとんどなかった。落ち込む選手たちに指揮官は言った。「この悔しさを味わったのは おまえだちだけだ。この悔しさを乗り越えれば必ず栄光は掴める」と。ナインはその言葉を信じ、冬は例年以上に過酷な トレーニングをこなした。昨夏の赤坂(現・中日)のように大黒柱がいるわけではなかった。「一人一役、全員が主役」(三角)を テーマに掲げた。 迎えた今夏。悔しさを糧にしたチームには例年とはひと味違う勝負強さと粘り強さが芽生えていた。 「高校野球の原点の様なチーム」と森監督。泥臭く、貪欲に1点を奪いにいった。「打てるチームじゃない」(三角)が 接戦にはめっぽう強かった。 この日の決勝でも、持ち味を見せた。屈指の右腕岡部を簡単には攻略できない。「狙うには立ち上がりしかなかった」と鼻田。 その言葉通り1回に鼻田・島津・山谷が鮮やかに3連打を放ち、この回に3点を奪う勝負強さが光った。 その後は粘り強く守って9回に1点を追加。傑出したヒーローはいなかった。まさに全員主役で勝ち取った甲子園の切符だった。 屈辱をバネに身体を鍛え抜き、1点に並々ならぬ執着心を燃やす姿は「野武士」のような勇ましさがある。 三角に甲子園への意気込みを聞くと「目の前の敵を倒すだけ」と、やはり答えは一緒だった。甲子園では2年連続で初戦敗退。 荒ぶる戦士たちはその壁を打ち砕く強さを感じる。 2008年7月27日 埼玉新聞掲載 |
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| 今日決勝 南埼玉大会展望 立教新座の右腕岡部を試合巧者の浦和学院がどう攻略するかが見所だ。 岡部は内角の直球と外へ流れる変化球を主体に、5試合全てを1人で投げ抜いてきた。攻めの投球で波に乗れれば、 立教新座に勝機が見えてくる。 浦和学院は、打線の迫力よりも、好機を確実に得点につなげる堅実さが目立つ。 1番打者の坂本らを中心に機動力も兼ね備え、どこからでも得点できる力がある。 先行逃げ切り型のチーム同士。一方で、両チームとも劣勢をはね返す粘り強さもあり、終盤までもつれる展開も予想される。
2008年7月26日 朝日新聞 埼玉版掲載 |
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| 準決勝 7月24日 浦和学院4−2浦和実業
【浦実】植木−鈴木 ▼二塁打 島津(浦学) ▼本塁打 島津(浦学) 底力発揮3連覇へ前進 攻守で勝負強かった浦和学院が、浦和実の好投手植木を攻略して競り勝った。 3回まで無安打だった浦和学院は4回、2四死球で二死1・2塁とすると、伊東の中前適時打で1点を先制。 6回には先頭打者の島津の右越え本塁打で1点を追加。1点を返された7回には送りバントを手堅く決め、 坂本・島津のタイムリーで2点を奪い突き放した。 終盤に追い上げられたものの、森−高島の継投で6安打2失点に抑え、逃げ切った。 浦和実は右腕植木が5回まで1安打に抑え込む力投だったが、中盤以降は甘く入った球を痛打された。 打線は好機を生かし切れず、終盤に2点差まで詰め寄ったものの、反撃が遅すぎた。
浦和学院 「2人で1勝」継投決まる この日も森−高島の継投が決まった。 4回を無失点の先発・森は「調子は良くなかったけど、悪いなりの0点に抑えられた」とまずますといった表情。 5回からマウンドに立った高島は2失点しただけに「変化球のコントロールが課題」と反省を口にした。 初戦の2回戦以外は、先発・森、2番手・高島の勝利の方程式。 「2人で一役ですね」と森が言えば、高島は「2人で1勝と考えていつも投げている」と話す。 決勝もこのパターンが濃厚。背番号1と10の”2本の矢”で史上初の3連覇を成し遂げる。 2年生主砲が会心弾 カキーン。1−0の6回、先頭打者の3番島津が放った打球は快音を残してライトスタンドへ。 「内角高めのスライダーだった。打った瞬間、入ると思った」。 浦和実ナインの度肝を抜く、会心の一打で喉から手が出るほど欲しかった2点目を挙げた。 168センチと大柄ではないが、パワーは十分。「バットが下から出てしまう癖があるので、今日は上からボールをつぶすイメージで 打席に入った」と島津。7回二死2塁の場面でも、特大の右越え二塁打でダメ押しの4点目をたたき出した。 森監督は「うちの打線の中では、長打を打てる数少ないバッター。ヘッドスピードはチーム1速い。今日はいいところで本当に よく打ってくれた」と笑顔。2年生の中では、唯一スタメンで起用している主砲の活躍をたたえる。 抜群の打撃センスとパワーを備えた島津の趣味はバッティングセンター。高校1年の時から毎日のように地元の施設に通い、 1日500球近くも打ち込んでいる。「もう少し速い球にして欲しい」と施設側に頼むと、152キロまで球速を上げてくれたという。 次は史上初の3連覇をかけた決勝。「今日の試合に満足せず、持てる力を存分に出せるよう頑張りたい」。 大一番に向け、気を引きしめ直した。 ハイライト 1点に貪欲な王者 狙った獲物は逃がさない。1球で仕留める勝負強さ。そこには王者の底力を見た気がした。 浦和学院が地力を見せつけ、3連覇へのマジックを「1」とした。 森監督は「少ない好機をものにするしかないと思っていた。ここまでよく粘り強く戦ってくれている」と目を細めた。 4回が印象的だった。それまで浦和実の好右腕・植木に無安打に抑えこまれていた。制球力があり、手元で伸びる直球に 手を焼いた。だが、2四死球で二死1・2塁とすると打席には6番伊東。 カウント2−1からスライダーを鮮やかに中前にはじき返し、1点を先制。この日の初安打を適時打にしてみせる勝負強さが光った。 伊東は「追い込まれていたので、がむしゃらに振った。これまで必死に努力してきたことが勝負強さにつながっている」と胸を張った。 指揮官も「野球は2アウトからと言ってきたし、最高の点の取り方だった」と納得の表情だ。 6回に島津の本塁打で1点を追加。7回に1点を返されたが、その直後に小技を絡めた手堅い野球で、すぐさま2点を奪い返した。 取られたら取り返す。それは相手に勢いを与えない常套手段だ。最後まで攻撃の手を緩めることなく、 王者は貪欲に追加点を奪いにいった。 「高校野球の原点のようなチーム」と森監督は言う。昨夏のようにスター選手が揃っているわけではない。 「1点をもぎ取るために全ての力を出す。ノーヒットで1点を取るような、嫌らしい野球をやりたい」と 主将の三角は14度目の決勝を見据える。粘り強さと勝負強さ。今夏の浦学には一味違う力強さがある。 2008年7月25日 埼玉新聞掲載 目標は元阪神監督「牛若丸」 浦和学院 坂本遊撃手 ダイビングキャッチ 浦和学院の遊撃手・坂本一将に好プレーが飛び出した。 8回表無死、中堅に抜けそうな当たりをダイビングキャッチ。すぐさま起き上がり1回転して送球し、アウトに仕留めた。 50m5秒9の俊足の持ち主である坂本が目標にするのは、吉田義男さん(元阪神監督)だ。 現役時代、広い守備範囲と軽い身のこなしで「牛若丸」の愛称で親しまれた。 「自分も牛若丸と呼ばれるようにがんばりたい」と笑う。ただ、4回には自らのエラーでピンチを招いた。 「守備から攻撃につなげるのが浦学の持ち味。決勝では、あんなミスをなくすためにも、帰ったら練習したい」と気を引き締める。 打撃でも、1番打者として7回に追加点をたたき出した。 「立教新座の岡部君は好投手だと思う。自分が出塁してかき回したい」と誓った。 スタンド 中日赤坂選手ら後輩らに声援送る 浦和学院側スタンドでは、プロ野球・中日の赤坂和幸ら昨夏のメンバー約20人が後輩に声援を送った。 昨年のプロ野球の高校生ドラフト会議で1巡目に指名を受けて中日に入団した赤坂。 「今のチームはずば抜けた選手はいないが、粘り強さがある。母校が勝ち進むと自分の励みにもなる。 昨年に続く甲子園出場を祈っています」 2008年7月25日 朝日新聞 埼玉版掲載 |
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| 準々決勝 7月22日 浦和学院3−2埼玉栄
【栄】土肥−酒井 ▼三塁打 山谷(浦) ▼二塁打 山崎(栄) 浦和学院常勝の勝負強さ 埼玉栄、好機に1本出ず 浦和学院が森−高島の継投と堅守で1点差を守りきり、埼玉栄に粘り勝ちした。 浦和学院は2−2で迎えた4回二死から死球と敵失で1・2塁とすると、坂本の右前適時打で1点を勝ち越し。 先発した森は内角を強気に攻め、6回から継投した高島は変化球を主体に廃して8回二死満塁、 9回一死2塁のピンチをしのぐ力投で1点を守りきった。 埼玉栄は右腕土肥が粘り強く投げ、5回以降追加点を与えなかったが、打線は散発4安打と援護できず、 終盤の好機にもあと1本が出なかった。
浦和学院 打球見失うミス バットで返す 「投手の森が敵失につけ込み、一生懸命走ってつないでくれた。どんな球でも初球から打つつもりだった」と話す坂本が 4回二死から意地の右前適時打で勝利を掴んだ。直前の4回表、二死満塁のピンチに遊撃手として飛球を見失い、 同点となる2点を献上してしまった。原因は太陽の光で、記録は安打だが、坂本が奮起しないはずがなかった。 勝ち越し打は「気落ちしたらこのままいってしまう。おれが勝たせる」と打席に入って出した結果。 「うれしいの一言。その後も気を抜かずにプレーできた」と汗まみれの表情を和らげた。 雪辱期すも厚い壁に涙 浦和学院の壁は厚かった。昨年の準々決勝で敗れた因縁の相手との対決。 しかし、1点の差を最後まで縮めることは出来なかった。 「相手は追い詰めてもなかなか崩れない。互いの精神力がぶつかり合う良い試合だった」戸栗監督は粘り強く戦った 教え子たちを最後までかばい続けた。 チームは春から変わった。県大会で初戦敗退した後、戸栗監督はエース土肥を含む主力数人をベンチから外した。 「チームのためという気持ちが足りなければ勝てない」ということを分からせる荒療治だった。 1番変わったのが土肥だった。精神的にも崩れることが多かった土肥も、この日はチームプレーに徹した。 4回までに3点を失ったが、集中力を切らさず最後までインコースを攻め続けた。仲間の失策にも「切り替えろ」と笑顔。 チームは一丸となって粘り強く追加点を防いだ。 しかし、相手は甲子園常連の強豪。得点は4回のラッキーな内野安打で奪った2点に抑えられ、森ー高島の投手陣の前に、 打線は沈黙した。「土肥が頑張っていたので、なんとか点を取りたかった。絶対に雪辱したいと思っていたのに」。 昨年も先輩たちと一緒に浦学に挑戦した主将の酒井は、涙で声を詰まらせた。 ハイライト 粘り強く1点差を死守 リードはたったの1点。だが、浦和学院にはこの1点差を守りきる確かなタフネスさがあった。 「気持ちは熱く、頭は冷静に」(森監督)。粘りを身上とし、1球のおもみにこだわってきたチームが埼玉栄との 真夏の天王山で、その本領をいかんなく発揮した。 森監督も「粘り強く、集中してやれたことが紙一重の勝利につながった」とうなずいた。 2−0で迎えた4回二死満塁のピンチ。続く打者の打球はただの遊飛だったが、不運な適時打となり同点。 だが動じることなく、その裏に坂本が自ら適時打を放ち、すぐさま勝ち越した。「おれが勝たせてやると思った」と 坂本はしてやったりだ。 投げては先発した右腕の森が強気の投球。徹底して内角を攻めた。5回までに3死球を出したが「インコースを攻めた結果」と森。 6回から継投した高島は、この日最大のピンチだった8回二死満塁の場面をしのいだ。 「気持ちで抑えた」と高島も頼もしい口ぶりだ。 赤坂(現:中日)らを擁した昨夏に比べ、突出した選手はいない。昨秋の県大会で聖望学園にコールド負けして以来、 徹底的に鍛えた。春季県大会は逆転に次ぐ逆転で勝ち上がり、「粘りの浦和学院」を印象付けた。 「ピンチをしのぐのが自分たちの持ち味」と主将の三角は胸を張る。 そして迎えた大一番。「1球に対する集中力が出てきた」と指揮官も選手達の成長ぶりを認める。 試合を重ねるごとに、たくましさを増すナイン。夏の浦学はやっぱり強い。 2008年7月23日 埼玉新聞掲載 浦学粘りの勝利 浦和学院の少ない好機での勝負強さが光った。4回二死から死球と敵失の走者を置き、坂本が初球のスライダーを 右前にはじき返して勝ち越し。この1点を守り抜いた。 6回から継投した高島は被安打1の好投。8回表二死満塁のピンチでカウント2−3と粘られたが、遊ゴロに打ち取った。 埼玉栄は4回、相手守備の乱れをついて同点に追いついたが、終盤の好機を生かせなかった。 2008年7月23日 朝日新聞さいたま版掲載 |
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| 4回戦 7月20日 浦和学院12−5浦和北 7回コールド
【浦北】鈴木拓・山口−鈴木尚 ▼二塁打 川本(浦北) 福士(浦学) ▼本塁打 福士 【満塁】(浦学) 吉成優(浦北) 6回に逆転された浦和学院はその裏、長短6安打などで一挙8得点し、試合を決めた。 浦和北は6回に吉成優の2ランで勝ち越したが、鈴木拓がつかまった。
猛攻6回8得点 焦らず一気に流れつかむ 6回に継投した高島が逆転2ランを浴びたその裏、打線が爆発。打者11人、6安打の猛攻で8得点し コールド勝ちにしてしまった。 森監督は「逆転されて嫌な状況だったが、一気に流れを変えることが出来た」と話す。 浦和北の足でかき回す野球にリズムがつかめなかった。6月11日の練習試合では2−3で黒星。 今日も1点を追う4回に福士が満塁本塁打を放ち逆転したが、6回に再逆転された。 しかし、3番島津も4番山谷も「こういう展開は予想していたので焦りはなかった」と口をそろえる。 6回一死満塁から島津が逆転打を放つと5連打の猛攻を浴びせた。 主将の三角は「高島が打たれたらバッターが打ってやる。絶対助けようと思った」と胸を張った。 逆転直後に痛恨の「自滅」 浦和北 6回、吉成優の逆転2ランで1点リードした直後、集中打を浴びて試合が決まった。 先頭打者が2塁打、犠打の後、2四球で満塁。ここから5連打を浴び、この回だけで8点を献上してしまった。 試合後、山崎監督は6回の守りを「歩かせて1・3塁にしちゃったところが敗因」と振り返った。 投球については「審判が(ストライクを)取ってくれないなら、もうちょっと中に投げないと。技術がない」と同監督。 捕手の鈴木尚は、「どこに投げても打たれてしまい、動揺した」と2年生投手をリードしきれなかった点を悔やんだ。 選手たちには「1点を取られるのを怖がって8点取られている。そこが野球の面白いところ。おまえたちはまんまと 引っかかった。残念な負け方だ」と山崎監督の叱責が飛んだ。 2008年7月21日 埼玉新聞掲載 |
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| 3回戦 7月16日 浦和学院7−1川越初雁
【川】高橋将・清藤・新井−與那嶺 ▼三塁打 高城(川) ▼二塁打 坂本 長谷川(浦) 浦和学院は1−1の5回、島津の犠飛で1点勝ち越し。6回に1点、9回に4点を追加し、快勝した。 川越初雁は散発3安打に抑えられた。
エース高島初登板で好投 エース高島が今大会初登板。6回から継投し、4回を無失点に抑える好投を見せた。 直球を外角低めに集め、スライダーを織り交ぜて打者を次々と打ち取った。 高島は「不安もあったけど投げていくうちに、味方の援護もあって、良い投球が出来た」と気持ち良さそうに汗をぬぐい、 「これからも1点差の接戦もあると思うので、(森)大と2人でものに出来るように頑張りたい。」と意気込んだ。 登板断念も仲間に感謝 川越初雁 昨夏の16強入りを支えたエース中條が最後に立ったのはマウンドではなく一塁だった。 冬場は「投げ込んで140キロも楽に出るようになっていた」と宮内監督。 だが、春先に肘を故障し、大会直前になっても状況は好転せず、登板を断念した。 「去年以上の成績を残したかった」 試合直後に目を真っ赤にしていた中條の口から出たのは感謝の気持ちだった。 「投げられなくなって迷惑を掛けたけれど、みんなここまで頑張ってくれてありがとう」。 仲間への思いを語り終えた時、もう涙はなかった。 2008年7月17日 埼玉新聞掲載 |
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| 2回戦 7月10日 浦和学院10−0岩槻 6回コールド
【岩】香取・白井−木村 ▼三塁打 木村(岩) ▼二塁打 斉藤祐・昼間(岩) 佐藤(浦) 浦和学院は1回、山谷の適時打などで2点を先制。2回以降も着実に加点し、8安打10得点。 岩槻は投手陣の13四球が響き、打線も散発3安打に終わった。
「反省すべき点が多い」 浦和学院・三角主将 (コールド発進も)バントや外野の連係ミスがあって反省すべき点が多い。次に向けしっかり修正したい。 「気負いすぎた」 岩槻・竹元主将 (6回コールドで敗北)強豪校が相手ということで気負いすぎた。もう少し力があれば接戦にできたかも。 2008年7月11日 埼玉新聞掲載 |
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| 父子鷹で好発進! 父子鷹が好発進だ。エースの森が6回を3安打無失点、8三振を奪う好投をみせた。 「(父から言われたのは)気持ちの部分で負けないことぐらい…。きょうのピッチングは60点から70点ぐらいかな」。 初戦を終え、ホッとした表情を見せた。 しかし、父でもある森監督は「まあまあではない。点数は半分ぐらい」と息子に厳しい評価を下した。 大は英才教育を受けてきた。母・志奈子さんは、当時夫がコーチを務めていたこともあり、おなかの中にいても 浦学の応援に行った。“胎教”はグラウンドに響く金属音。生まれてからもかごの中に入れて球場へ。 軽快なブラスバンドの音楽が“子守歌”だった。 「浦学で野球をやりたい」。そう思ったのは自然の流れ。そして今、母の視線は息子に注がれる。 「次も低めにコントロールして、0点に抑える投球をしたい」。父子で甲子園。 大目標に向けてはじめの一歩を踏み出した。 2008年7月11日 サンスポ掲載 森監督長男、大が6回無失点デビュー 夏7度の甲子園出場を誇る浦和学院・森監督の長男、大が6回3安打無失点と上々の夏デビューを飾った。 初回に二塁打、2回に三塁打と連続して長打を許し“監督”から「仲間を見て投げろ」とカツも入ったが 「終盤は低めに制球できた」と納得の表情だ。打線も8安打10得点と効率よく援護し、6回コールドを呼び込んだ。 昨夏は赤坂(中日)鎌田、内山(ともに東洋大)の3本柱を擁し、2季連続の甲子園へ。 「監督にはあきらめない気持ちを教わった」と話す右腕の“親孝行”はもちろん父を3年連続の全国舞台へ導くことだ。 2008年7月11日 スポニチ掲載 森親子コールド発進 3年連続の甲子園を目指す浦和学院が、父子で好発進した。森士監督の長男大投手が先発、6回を被安打3で 岩槻をゼロ封し、打線の援護も得て10−0でコールド勝ちした。 「背番号10」の森が、130キロ台後半の直球と父親譲りのスローカーブで凡打の山を築いた。 6回まで3安打8奪三振。初戦先発の重責を果たした。「序盤は球が浮いた。今日は60点から70点の出来。 今後も無失点に抑えられるようにしたい」。大勝にも浮かれることはなかった。 名門浦和学院に誕生した親子鷹。周囲の注目を浴びる中、森監督は初戦の先発に息子を抜擢した。 「ずっと調子が良かった。先発で行くのは今日の朝伝えた。」と話す。監督の期待に息子は「自分が先発で 行くつもりだった」と応えた。 打撃陣は8安打10得点で援護した。森監督は「緊張もあって決め球が甘く入っていた。夏を経験し 今後に期待したい」と、あえて厳しい言葉でねぎらった。 「ウラガク」のユニホームを着て戦うことが小さい頃からの夢だった。27歳から監督を務める父親の試合を 3歳のころにはもう楽しそうに観戦した。母志奈子さんは、「今1つの夢がまさに叶っている瞬間。 とにかく楽しくウラガクの野球をして欲しい」と勇姿を見守った。 入学時、監督に「あえて必要以上に厳しく叱らなければならない場面もある」と言われた。家では「だい」と 呼ばれているが、グラウンドは「もり」だ。練習では人一倍厳しい指導を受ける。だが、「自分を強くするため。 甘えない気持ちを学んだ」と監督としての姿も尊敬する。 目指す埼玉初の甲子園3年連続出場。父と仲間とともに最高の結果をつかみ取る。 2008年7月11日 日刊スポーツ掲載 父子鷹!浦和学院・森Jr.6回0封 南埼玉大会では、浦和学院が岩槻を六回コールドの10-0で下し、3年連続夏の甲子園に向けて好発進。 森士監督の長男で背番号10の大投手(3年)が先発し、6回を3安打無失点、8奪三振の快投を演じた。 父から仕込まれたしなやかなフォームから、小気味よいテンポで投げ込んだ。6回を3安打無失点、8奪三振。 大は「今日は70点くらいですね」と満足そうな笑顔を浮かべた。 この日の朝、父である監督からグラウンドで「森で行く」と先発を告げられた。 「いい状態で来ていた」というのが初戦起用の理由だったが、その期待に応えた。 ユニホームを着れば、2人だけであろうと、「監督」「森」と呼び合う。 試合後も、大とのツーショットを要求したカメラマンたちを、監督は「試合のときは息子ではないですから」と制した。 愛息の好投にも、表情を崩すことはなかった。 ただ、監督も妻・志奈子さんにだけは本音を漏らす。「一緒に野球ができることが楽しい」。 大も「最後の夏に、一緒に甲子園に行きたい」。父子で3年連続夏切符をつかむ。 2008年7月11日 デイリースポーツ掲載 父子鷹の夢が森モリ!… “父子鷹”が快勝発進だ。南埼玉では春夏通算15度の甲子園出場を誇る強豪・浦和学院が、岩槻を6回コールドで撃破。 先発した森士監督の長男・大投手(3年)が3安打無失点と快投した。 浦和学院の父子鷹が光り輝いた。森士監督の長男で、背番号10をつけた大が初戦のマウンドで躍動。 1、2回と先頭打者に長打を浴びたが、最速134キロの直球を低めに集める投球で後続を打ち取った。 「70点くらい。体が開くのが早かった」という右腕だが、6回3安打無失点8奪三振の“完封”で、父である監督の期待に応えてみせた。 試合中は監督と一選手の関係にすぎない。森監督は報道陣がリクエストした2人そろっての記念撮影を拒否。 「野球やってる時は親子だとかは関係ない。一人の選手として見ている」試合当日の朝に「森が先発でいく」と言い渡した。 息子を名字で呼び、決して特別扱いはしない。大は「監督からあきらめない、甘えない大切さを学んだ」と指揮官を尊敬する。 家に帰ると、その関係は完全に切り替わる。父は子を名前で呼び、笑い話が絶えない仲の良い親子だという。 指揮官の夫人で、大の母でもある志奈子さんは「投げる姿はそっくり。野球に対してまじめなところも似てる」と2人を分析。 「主人は常に考え、動くタイプ。逆に大はのんびりしてる」と、対照的な性格であることを明かした。 昨夏の甲子園では背番号11でベンチ入りしながらも、赤坂和幸(現中日)ら3年生投手の陰に隠れ、マウンドに立っていない。 『URAGAKU』を甲子園に春夏計13度導いた指揮官は、「まだまだこれから。森もまず1試合投げたことが収穫」と息子の成長を 評価。試合後のベンチ前では、キャッチボールする父と子の姿があった。3年連続の夢舞台へむけ、南埼玉の父子鷹が 二人三脚で突き進む。 ◆森 大(もり・だい)1990年12月28日、埼玉県生まれ。17歳。3歳から野球を始め、向小では「ストロンガー」で遊撃手として プレー。大谷口中で投手に転向して、地区大会で優勝。浦和学院では2年夏からベンチ入り。178センチ、75キロ。右投右打。 2008年7月11日 スポーツ報知掲載 |
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| 7月9日 3連覇へ「一戦必勝」 県勢として史上初となる夏の甲子園3年連続を担う浦和学院が、157チームの先陣を切って入場行進。 優勝旗を持った主将の三角が胸を張って先頭を進んだ。 三角は「昨年は昨年。今年は今年。自分たちの野球をやって一戦必勝で戦う」と気合い十分だ。 昨年は赤坂(現プロ野球・中日)らを擁し、20年ぶりに2連覇を達成。今年は例年に比べ突出した選手はいないものの、 粘り強さが武器だ。春季県大会も再三の逆転劇で3位に入り、関東大会にも出場した。 右腕森は「やることはやってきたので、その成果をぶつけるだけです。甲子園に行って先輩を超えることが目標。 そのためにもまずは3連覇したい」と意気込みを見せた。 2008年7月10日 埼玉新聞掲載 演奏で大会盛り上げ 開会式は浦和学院の吹奏楽部130人が華やかな演奏で盛り上げた。クラリネット担当の3年生畠山孝実さんは 「選手の思いの詰まった大会が、ここから始まるので責任重大です。みんなの気持ちを高められるよう、 元気よく吹くことを心掛けました」 2008年7月10日朝日新聞埼玉版掲載 |
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| 浦和学院 登録メンバー 責任教師:安保隆示 監 督:森 士
三角大樹主将コメント 目の前の敵を倒すことを一人一人が考え、チーム一丸となって戦っている。 冬の厳しい練習の成果を発揮し、どんな状況でも諦めない粘りの野球で優勝を目指したい。 |
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| 第90回全国高校野球南北埼玉大会 9日開幕 第90回全国高校野球南北埼玉大会は9日、県営大宮球場で開幕。 南埼玉大会79チーム、北埼玉大会78チームが参加し、代表切符2枚を懸けた熱戦の火ぶたが切って落とされる。 今年は私立の強豪に加え、公立勢の実力も高く混戦模様だ。公立が10年ぶりに甲子園の切符を手にするか、 それとも私立が地力を発揮するのか。 ■南埼玉大会展望■ 強豪ひしめき激戦か 『浦和学院−川口ゾーン』 ★実力校揃う注目区 実力校がひしめく激戦区。浦和学院・川口のシード勢のほか、埼玉栄や川越初雁・坂戸西・栄東などが顔を揃える。 ただ、地力のある、浦和学院と埼玉栄が抜け出し、準々決勝で顔を合わせる可能性が高い。 浦和学院は3回戦で川越東か川越初雁との対戦が見込まれる。川越初雁は昨夏の16強の立役者となったエース中條を擁し、 川越東は総合力が高い。強打者が揃う川口は3回戦で栄東とぶつかりそうだ。栄東は右腕大島に安定感がある。 埼玉栄は3回戦で粘り強い坂戸西との対戦が予想される。 『市川越−西武文理ゾーン』 ★市川越が一歩リード 市川越の準決勝進出が最有力だが、そこに待ったを掛けるのが、立教新座・西武文理か。 朝霞や飯能南・城西大川越・埼玉平成・所沢北などの好チームも絡んできそうだ。 市川越は朝霞とあたる初戦から気の抜けない戦いになる。朝霞はエース村山を擁ししぶとい。ここを勝ち上がると 次は城西大川越か。順当なら4回戦の立教新座が最大のヤマ。立教新座とは秋季県大会3回戦で対戦し、3−4で敗れている。 ここを突破すれば西武文理と準決勝で争うことになりそうだ。 『大宮西−聖望学園ゾーン』 ★選抜準Vの聖望本命 聖望学園が準決勝進出の本命だが、序盤から好チームが待ち受ける。初戦の大井は秋・春ともに地区大会で姿を消したが、 それぞれ西武文理・所沢商と延長の接戦を演じており実力は高い。ここを勝ち進むと3回戦では浦和実との対戦が見込まれ、 最初のヤマ場を迎える。浦和実は右サイドのエース佐藤を軸に投打に戦力がそろい怖い存在だ。 もう一方のシード川越西−大宮西ブロックには所沢商が入った。いずれも好投手を擁し、この3校の勝者が準々決勝で 聖望学園に挑むことになりそうだ。 『市川口−武蔵越生ゾーン』 ★市川口の順当勝ちか 比較的組合せに恵まれた市川口は、順当に準々決勝に進みそう。左腕根本ら投手層の厚い武蔵越生は、昨夏4強の富士見との 対戦が予想される4回戦が最初のヤマ場となる。 富士見は昨夏も登板経験のある内田に加え、最速140キロ近い右腕清水健らを擁する。打線も桜庭を軸に振れており、 武蔵越生に劣らない戦力を有する。そこに強力打線の狭山ヶ丘や秀明などが絡む展開になりそうだ。ここを勝ち抜いたチームが、 屈指の右腕高木を擁する市川口と準決勝を懸け対戦することになる。 2008年7月7日 埼玉新聞掲載 |
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| テレ玉 情報 ★7月9日〜26日(雨天順延) 県営大宮球場から実況生放送 ★高校野球ダイジェスト(大会中) 23:00〜23:30 再放送 翌朝6:30〜7:00 ※放送時間が変更になることもあります 当日のテレビ欄でご確認下さい |
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| シード校紹介 しぶとく”3年連続”へ 史上初となる夏の甲子園3年連続出場を目指す。例年に比べ突出した選手がいない分、今季はしぶとさで勝負する。 春季県大会では武蔵越生との3位決定戦で5点差をひっくり返すなど粘り強さが際立つ。 投手陣は右の高島・森、左の勝と揃える。高島は最速130キロ台後半の直球にスライダーなどの変化球も切れる。 森は丁寧にコースを攻め、カーブやスライダー・フォークなど多彩な変化球を操る。勝は打者を背負ってから粘り強い。 打線は爆発力こそないものの、小技や機動力を駆使してかき回す。1番坂本は足があり出塁率も高い。 長打力を備える3番島津、4番山谷、5番三角は勝負強さが光る。下位までつなぐ意識が徹底している。 2008年7月1日 埼玉新聞掲載 |
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| この夏注目の8人B 『悔しさ力に夏へ挑む』 浦和学院 三角大樹三塁手 このままじゃ終われない。その思いがキャプテンを支えてきた。 浦和学院は昨夏、赤坂(現:中日)らを擁し埼玉大会を2連覇。全国制覇を見据え、甲子園に乗り込んだ。 並み居る先輩たちの中にただ1人、2年生として先発メンバーに名を連ねた。 ただ夢舞台は苦い思い出となった。初戦で前橋商(群馬)に負けた。「勝てた試合だったのに焦った…」。 当時のエース鎌田(現:東洋大)に言われた。「経験したのはおまえしかいないのだから、この悔しさをみんなに伝えて 甲子園に戻って来い」。その言葉がすべての出発点となった。 新チームを迎えて主将となり、仲間を引っ張った。道は険しかった。秋季県大会は準々決勝で聖望学園にコールド負け。 落ち込んでいる暇はなかった。「自分たちは弱い」。冬は例年以上に過酷なトレーニングをこなした。 打順は昨夏の2番から5番になり主軸を担う。二の腕はプロレスラーのように太い。鍛え抜かれた肉体はこの1年の悔しさが 作り上げたのかも知れない。「『負けてたまるか』というチャレンジャー精神で戦う」。 そう話す表情には強豪校としてのおごりはみじんもない。必死さだけが伝わってくる。 先輩との約束、あの悔しさ、自身の夢、そしてチームを引っ張ってきた自負もある。「必ずもう一度甲子園に戻る」。 キャプテンはすべてを背負って夏に挑む。 2008年7月1日 埼玉新聞掲載 |
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| 白球がつなぐ絆 高校野球と家族の物語 『闘将支える妻と母』浦和学院・森士監督 2人の息子とじゃれ合う姿はどこにでもいるマイホームパパだ。妻と話す時は冗談を交え、笑いが絶えない。 優しい母の前では、今でもちょっぴりやんちゃな息子。そのにぎやかな茶の間の風景は多くの家庭となんら変わらない。 ただ違うのは、家族の大黒柱が一歩外に出れば、厳しい勝負の世界に身を置いていること。 春夏通じて県内最多の通算15度の甲子園出場を誇る浦和学院。そのうち13度はこの監督が導いた。 森士、44歳。埼玉を代表する指導者だ。 上尾高校から東洋大を経て1987年、浦和学院のコーチに就任し91年、若干27歳で常勝チームの指揮を託された。 青年監督はその約8ヶ月後、春の選抜大会に最年少監督として初出場し、4強に名を連ねた。 妻の志奈子とは90年3月に結婚した。当時25歳の士は浦和学院のコーチ。妻は同級生の姉だった。 だから小さいころから知っていた。憧れの女性でもあった。明るい妻である。士が息子と野球の話ばかりしていると、 違う話題でちゃちゃを入れようとする。「指導者の妻としての自覚がないんだよな〜」と士は苦笑い。 ただ、そんな冗談を言い合う2人にもたくさんの苦労があった。 監督に就任したころ、士はやはり多忙だった。就任1年目で甲子園に出場したものの「2回目はいつ行けるのか」。 指導者としての真価が問われるのはこれから。必死だった。 長男の大は当時2歳。次男の光司も生まれ、志奈子もてんてこ舞いだった。子育てに一番手のかかる時期に夫は家にいない。 風呂に入れて泣き叫ぶ息子たちをあやしながら志奈子も泣いた。 就任6年目のころ、心身ともに疲れ果てた妻は、神経症の病を患い3ヶ月寝込んだ。「野球か家庭かどちらかにして」と 訴えることもあった。でも、本音ではなかった。そう言わざるを得ない状況に追い込まれていた。翌年には士が胃潰瘍で倒れた。 家族にとって苦しい時代を迎え、士の考えも少しずつ変わった。それまでは寝ても覚めても野球ばかり。妻と話しても上の空。 「それでは駄目だと気づいた。相手を理解して自分を理解されるようにならないといけないと感じた」。 士は試合で負けても家で愚痴をこぼすことはない。「何も言わないというか、言えないというか。やっぱり負けた時に1番考える。 敗戦をどうやって生かすかを1人で考えるね」。 そんな夫に対しても妻は多くを語らない。志奈子は「ウラガクをずっと応援してきたし、一生懸命頑張っている選手たちの ことを思うと、そこから主人を取るわけにはいかなかった」。 母・富枝は士が初めて甲子園で負けた時、電話で言った。「一生懸命やったんだから胸を張って帰ってきなさい。 だけど皆さんのおかげで甲子園に行けたのだから、できるだけ頭は下げて帰ってきなさい」。 その思いは今でも変わらないし、士の原点でもある。 そして野球を教えてくれた父・克。士がコーチだった89年に64歳の若さで亡くなった。「親父っ子だったから」。 甲子園での晴れ姿を見せられなかったが、コーチ時代から試合前は必ず父の墓前に手を合わせ 「けがなく見守ってくれ」と語り続けている。 士を陰から支える母と妻。そして2年前から白球の絆に息子が加わった。長男の大は浦和学院の投手として 最後の夏を迎えようとしている。大は、父であり監督である士について多くを語ろうとしない。だが、父の苦労をずっと見てきた。 勝っても「当たり前」と言われ、負ければ批判される強豪チームの監督の重圧は相当のものだ。 「父として信頼できる人。監督としてはすごい人と思う。甲子園に連れて行きたいですね」。 家族の中心にはいつも高校野球がある。楽しい時も苦しい時も。士にとって家族とは「一緒に戦ってくれる存在。 ここにいると安心できる。だから、どんなことにでも挑んでいけるんだ」。闘将の顔がほころんだ。(敬称略) 2008年6月29日 埼玉新聞掲載 |
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| 野球びと 高校球史90年 Q 第3章 80年代から 初陣 いきなり4強 無名の浦学 全国区に 稲の緑が広がる見沼田んぼや埼玉スタジアムの白い屋根。その近くに浦和学院(さいたま市緑区)はある。 春と夏の甲子園に県内最多の15回出場し、2位の上尾(7回)を大きく引き離す。 10人以上のプロ選手を輩出し、全国から有力選手が門をたたく。 野球部のグラウンドの道を挟んだ向かい側にゴルフ練習場がある。練習場には、野球部前監督の和田昭二の姿があった。 今はゴルフ部の顧問だ。 和田は山口・岩国商から日体大に進んだ。卒業後の81年に浦和学院の体育教師となり、野球部の練習を手伝うようになった。 浦和学院は78年創立の私立校だ。「特色ある学校作り」を掲げ、クラブ活動に力を入れて生徒を集めた。野球部もしかり。 ただ、当時は1回戦を勝ち抜くのが精いっぱいだった。 84年、上尾を春夏6回の甲子園に導いた野本喜一郎が監督に就くと、鈴木健(元西武など)ら有力選手が入学。 状況は一変した。「3年で甲子園に連れて行く」。2年後の86年夏、野本は約束通り、浦和学院を甲子園に導いた。 けれども、埼玉大会は病院のベッドでテレビ観戦となり、全国選手権大会の開幕を見届けた夜、息を引き取ったという。 当時27歳の和田が監督代行として指揮を執った。ベンチには野本の遺影が置かれた。 和田は気負いはなかった。「怖いもの知らずだった」。1回戦で大阪代表の泉州(現:飛翔館)を10−3で下して勢いに乗り、 ベスト4まで勝ち進んだ。だが、準決勝で松山商(愛媛)に3-14と完敗。6回に一挙10点を失った。「勢いが止まった時、 全く手を打つことができなかった。経験不足だった」。野本と比べたマスコミに「あの監督では勝てない」とも言われた。 「何としても、来年は甲子園に帰る」と必死になった。翌87年、夏の甲子園に再び戻ってきた。 だが、初戦でエース伊良部秀輝(元米大リーグ・ヤンキースなど)らの尽誠学園(香川)に2−5で敗れた。 以後、甲子園には「あと一歩」届かないまま、4年後の91年に監督を退くことになった。やり残したことがあった。 でも、子ども達を甲子園に連れて行けない現実に、「仕方ない」とも思った。 浦和学院の名は、今や全国に知れ渡る。 「赴任してきた頃は、タクシーも道を知らなかった。野球部の功績は、本当に大きい」と誇らしげに語る。 今も夏の大会などの公式戦になると、球場に足を運ぶ。浦和学院は簡単に負けない粘り強いチームになったと感じる。 浦和学院の夏の甲子園最高成績は初出場時のベスト4だ。和田は「レベルは確実に上がっている。 県勢で1番最初に深紅の大優勝旗をつかむのは浦学だ」と信じている。(敬称略) 2008年6月23日 朝日新聞朝刊 埼玉版に掲載 |
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| 夏に会わせ着実に力 浦和学院 浦和学院は史上初となる3年連続の夏の甲子園出場を目指す。 森監督は「非常に厳しい激戦区に入った。一戦必勝でやっていくしかない」と季を引き締める。 3連覇について聞かれ「過去は過去。目の前のことを精一杯やるだけ」と気負いはない。 昨秋の県大会準決勝で聖望学園にコールド負けを喫し、その悔しさをバネに冬は徹底的に鍛えた。 春は粘りの野球で這い上がり関東大会にも出場。夏に合わせ着実に力をつけてきた。 主将の三角は「目の前の敵を全力で倒すだけです」と力強く話した。 2008年6月18日 埼玉新聞掲載 |
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| 浦和学院−川口ブロック 昨秋4強のノーシード埼玉栄が入り激戦区となった。他にも昨夏16強の原動力となった右腕中條のいる川越初雁、 しぶとい坂戸西、投打に安定感のある栄東、川越東など実力校がひしめく。 高島・森・勝ら好投手を擁する浦和学院は粘り強さが身上。埼玉栄か川口との対戦が予想される準々決勝が最初のヤマか。 埼玉栄はエース土肥、強打者の白崎、酒井をそろえ、投打に高レベルだ。川口にも打線に力があり、侮れない。 2008年6月18日 埼玉新聞掲載 |
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