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「子生れ石」

龍門山大興寺

静岡県榛原郡相良町西萩間

2005年5月9日UP



 この無縫石は子生れ石とも名付けられているが、代々の住職が長寿であったので、「長寿の石」として、又子供が生れるように出てくるところから、「安産の石」とも言われ、ひょうたんに似ていることから縁起のよい石と信仰をあつめている。
 龍門山大興寺は曹洞宗大本山総持寺の御直末寺院で、遠州二州にわたって末寺七十余ケ寺を有する東海の名刹で、今から六百年前に大本山第七代貫主大徹宗令禅師によって開山された。
 この寺は開山以来、代々の住職の往生直後に岩中よりまゆ形の石が生れるという摩訶不思議な現象があらわれるのである。
 大徹禅師は仏の道を説くかたわら石に関する学識も深く「那須の殺生石の謎を解いた名僧」としても語りつたえられる。
 人徳の高かった大徹禅師は九十余才の高令で多くの門弟に見まもられ、静かに大往生をとげようとしていた。惜しまれて逝く大徹和尚は、「わしの身がわりとして裏山より石が生まれるであろう。」と予言した。
 事実、往生直後、岩中よりまゆ形の無縫石が生まれ落ちた。そして弟子達はこの石を大徹和尚の身がわりとして墓石にした。以後、代々の住職も無縫石の落下を予言して大往生したが、その通りに落下し、現在に至る二十九代続いている。    

               この文章はhttp://www.fuji.ne.jp/~sagara/より引用しました。

 


この話の真偽は別として、大徹禅師の「わしの身がわりとして裏山より石が生まれるであろう。」との予言には、大きな意味があると思う。曹洞宗の教えの柱の一つに「欲を捨てる」というのがあります。自分が死ねば、門弟達は、立派な墓を作るに違いないと考え、それを戒めるために、遠回りに言われたのではないかと思う。こう言えば、門弟達は立派な墓は作らないだろうと。




大興寺
歴代住職の墓地は、この中左手奥にある。


大興寺住職の墓地
歴代の墓石「無縫石」



住職の墓石。綺麗な繭型をしている。


少し変形した墓石。




 ここにある墓石を見て回ると、基本的には繭型が多いが、綺麗に完全な物は少なく、様々な形がある。左の写真にも、右下に接続部がある。この接続部を下にして立ててある物も多いので、恐らくは、全ての物が、完全な球体、もしくは繭型という物はない。何処かに接続部分があるようである。



墓石ではないが、単球型の子生まれ石。
表面が剥離している。

もうすぐ生まれそうな子生まれ石。
もう、そろそろかな?




左の写真の子生まれ石は、表面が剥げるようにめくれている。この部分は石灰分が多い。他の産地のノジュールでも、こうした構造の物がある。この石は、祀ってあり、ひっくり返すことが出来なかったので、下側の状態を調べることが出来なかった。

子生まれ石は、層理に対して平行に入っている。


子生まれ石は1列に並ぶ傾向がある。


公園にある子生まれ石。
どちらかというと、形は瓢箪石に近い。


鍵穴型の子生まれ石。
長さは約1m


魚雷型の子生まれ石。

山芋型の子生まれ石。




 子生まれ石は、繭型の物もあるが、様々な形がある。しかし、どの形であっても、何処かに接続部があるようである。



子生まれ石の断面。3重構造になっている。

子生まれ石の断面。3重構造になっている。



 子生まれ石の構造は、3重構造になっている。最外殻は剥離しやすく、石灰分が多い。その内側は、母岩とほぼ同じ砂岩で石灰分が少ない。右写真は明瞭に顕れているが、中心核(褐色の部分)があって、それは母岩より細かく、石灰分の多い泥岩質である。


 

付近にある紡錘型の化石。

水面下にある、笹の葉形の化石

 2004年の台風で表土が流され、泥岩層が露出した。そこに顕れた正体不明の化石。




山形県戸沢村産の繭型ノジュール。


 このノジュールは、戸沢村角川の川原に露出していた物で、たくさんのノジュールがあり、幾つかの繭型ノジュールがある。このノジュールにも、左に接続部があり、子生まれ石と非常によく似ている。ただし、これは何かを核として、石灰分が沈析したと一般に言う、ノジュールではない。ノジュールについては、いずれ項を改めて書きたい。




参考文献・HP
  
  相良町のホームページ  http://www.fuji.ne.jp/~sagara/

  子生まれ石については、「子生まれ石」で検索すればたくさん出てきますから、そちらを参照してください。



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